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他者と生きる リスク・病い・死をめぐる人類学
他者と生きる リスク・病い・死をめぐる人類学
磯野真穂/集英社
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総合評価

28件)
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    神保町の共同書店「PASSAGE」でたまたま出会った本。ケアに関心があったので読んでみようと購入。独特の文体で最初は少し読みづらさを感じたが、中身はとても面白い。「人を動かす力は暗喩より直喩」とか、「思考と感覚の二分法をこわすというより両者を貫通し、往来すること」とか、「"自分らしい"には社会的承認が必要」とか、唸るような気づきが詰まっていた。その先の「私たちらしさ」とはなにか。魂や運命を言葉でうまく表現しているのも素晴らしい。対話しても面白そうな本。

    0
    投稿日: 2025.11.24
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    自分らしさの要件は、①規範への抵抗、②内発的動機づけ、③社会的な承認、があること(p.163)。私たちは『「自分らしさ」が確かに存在するのだという信念』(p.192)を必死であたためることで、無や空虚さと距離を取れるし、自分として生きることへの微かな希望と救済を感じられるのだと思う。

    0
    投稿日: 2025.11.16
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    面白かった。やや、難しい書き方も多かったけれど。自分的に言い換えれば、「生きることの密度はどのようにして決まりうるのか」というテーマなのかなと思う。

    1
    投稿日: 2025.08.31
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    情報経験が体験を上回る現代の問題を考えさせられた。特にコロナ対策における、自分の思いを事実のように語る姿勢には違和感があった。また、人生は長さよりも質や深さが大事であり、最短距離を目指すのではなく、多様な経験を積むことで豊かになるという視点を得た。人は個人ではなく、他者との関係性の中で形成されるという「分人」という考え方にも共感した。

    0
    投稿日: 2024.09.22
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    人類学の眼差しは普段巡り会う機会がなくとても新鮮で、他者への想像力をより豊かにしてくれる感覚があります。 本書も例外なく興味深く、サイエンスを冠しながら単純化されたエビデンスも確かでない狩猟採集民族への幻想に対する批判や自分らしさが結局他者との関係性の中で成立することへの指摘などに触れることができ、自分自身がなんとなく感じていた違和感のひとつ答えのかけらに出会った感覚がありました。

    3
    投稿日: 2024.08.21
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    【信州大学附属図書館の所蔵はこちらです】 https://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BC12117342

    0
    投稿日: 2024.05.10
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    テーマが深く、集中して読まないと筆者の言いたいことがなかなか頭に入ってこない。が、それは単に読者の私の集中力のせいであり、すぐに頭に仕掛かり中や納期に迫られる仕事に神経がついてしまう様な私には合わなかった。だが、本書のテーマは冒頭申し上げた様に深く考えさせられるものだ。 もし私が何らかの病気を患い、明日死の宣告を受けたらこれまでの自分の人生を振り返り、良かった、充実した人生だったと納得がいくだろうか。まだやり足りないことが沢山あり、ここで死ぬのは嫌だと最後まで治療法を探し生に執着するだろうか。読み終わった瞬間に頭を過ったのはこの思いだった。私が生きている上で、仕事でもプライベートでも様々な人(他人)と関わり合いを持ち、必ずしも心地よい関係だけではなく、中には面倒だったり会うことに恐怖や嫌気がさす人もいるだろう。後者がパッと頭に思い浮かばないものの、恐らくはこれまでの経験から、特定の人を嫌いになったりしてしまうと、途端にどうしても会わなければならない状況に陥った場合に、自分の時間が無駄に感じられたり、心に負担になるのがわかっているから、敢えてそう思わない様な自己防衛策が働いている事を自分で理解している。少々周りくどい言い方ではあるが、多くの人が嫌な人に会っても顔では笑いながら挨拶できるのと同じことだ。 そうやって自分の人生は他者と共にあり、他者との関係性によって、幸せだったりそうで無かったりと価値が変わっている様に感じる。自分の未来はわからないことが多いが、就職や結婚など自分が選んだ道は少なくとも、そうした未来を決定づけるイベントとして、自己の責任の上に成り立っている。時には失敗と感じる方もいるだろうが、そこで人生が終わるわけではないので、その後の人生に深みを持たせられる人間関係を築くのは、またこれも自分次第である。 人が生きていく上で他者と共にあるのは当然だが(どんなに田舎に閉じこもっても、地球上の最後の1人になる事は考えられない)、より深みがあり、充実した幸せな人生だったと最後の瞬間に思える様、今何を選択していくかは、自分次第だ。

    0
    投稿日: 2024.01.14
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    難しいテーマを平易に描いてる。はずだがそれでも私には難しい。 統計学的人間観はとても大切。だが取り扱い方が上手い人は少ない。長生きすれば幸せなのか、には答えられないので。 正しく恐れる、って時に弊害生むのね 自分らしさ、は周囲の環境があって初めて決まる。観測するから、何が他者に比べユニークかがわかる

    0
    投稿日: 2023.04.23
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    ここでは「医療」をテーマに論じられているけれど、 この「医療」を「心理学」に置き換えても本書の議論は通じる。 著者とは近い問題意識を持っているように思える。 人を「数」で捉えることはどこまで可能なのか、 他から切り離された個人は存在し得るのか、 人類学的な視点からの考察、大変勉強になりました。

    0
    投稿日: 2023.01.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    自動車事故を恐れるからといって自動車を禁止しない。 アルコール依存症が問題になるからといって禁止しない。 何をリスクとみるのかは何を基準にするべきか。 心房細動と抗血栓療法。出血のリスクを引き受けても抗血栓薬を飲み続けるべきである。飲まなければ必ず心房細動を起こすわけではない。皮下出血を起こしやすくなる。しかし血液サラサラの言葉に惹かれて薬を飲む。血液サラサラは、試してガッテンが最初に使った。 HIVやBSEは、合理性を欠いたパニックがみられた。 ゴンドラ猫の実験=自由に動けない猫は、ゴンドラを降りた後あちこちにぶつかる。=身体体験がないまま情報体験に反応して生きることは生命たりうる所以を骨抜きにする。情報発信者の意図のままに想像力が操作される。 震災時には、仮葬として土葬し、2週間後に掘り起こして火葬にした。冷たい土の中に閉じ込めておくことが耐え難かった。遺体を運ぶ車はトラックではなく、新車を含む10台の霊柩車らしく改造された車をつかった。 コロナのときは、有名人の死が、恐怖をあおるために報道された。 万が一、という留保が過剰反応を作り出している。万が一の連鎖が痛ましい死を作り出す。 大衆は、暴力的な事件を記号として喜んで消費する=ほどよい室温になったワインのように供されるのなら、大衆はそれを好んで飲む。 スマホ脳とファクトフルネス。どちらも狩猟採集民族である人類が今でも残っていることを主張の根拠としている。糖質制限食も同じ。=石器時代への幻想。パレオファンタジー。 農耕開始から1万年は十分な時間であるという主張もある。高地で生活したり、乳製品を効率よく消化する能力はここ数千年である。『私たちは今でも進化しているのか』マーリーン・ズック 平均人の病いの語り。=一般化可能性がある、が客観的事実として認識されやすい。 どんなときも。世界に一つだけの花、=自分らしく、自分らしさ、が強調された。 自分らしさ、を説明するとトートロジーになりやすい。 =大勢がそのようなもの、に対して抵抗すること。内発的に動機づけられていること。しかし、社会の規範を超えない範囲であること。 自殺は、自分らしいとは言われない。死ぬことは、家族との関係性の中で起こること。 統計学的人間観=平均人という概念を支える。 個人主義的人間観と関係論的人間観。 宇宙人と交流することは可能か。関係性をもつことができるか。 共存の枠=互いの間に規則性が生成される。挨拶はその規則性にはめるためのきっかけになる。

    0
    投稿日: 2022.11.29
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    この本の素晴らしさは後書きにあると思う。本書を購入された際に後書きを見てほしいが、ここでは簡単なサマリを備忘録的に残しておく。 人は相互理解をスムーズにするために共通規範を導入し、お互いの意思疎通で齟齬が生じないように調整している。例えば、ビジネスメールでは「いつもお世話になっております」と冒頭に書くのがマナーになっているが、この一文があるだけで「私はちゃんとビジネスマナーを分かってますよ」と相手に伝えるシグナルになり、相互理解を円滑にするきっかけになっている。そして、共通規範はコミュニケーションの予測可能性を与える。ビジネスメールのフォーマットが決まっているから、読み手は簡単に内容を理解できる。もし、自由なフォーマットで全員がビジネスメールを書けば、コミュニケーションのコストは膨大になる。 一方で、共通規範だけではコミュニケーションは取れないし、相互理解を深めることができない。なぜなら、共通規範にない偶然の出来事は必ず起き、その時の最善マニュアルは存在しないからだ。例えば、受験に失敗した浪人生に掛ける最適な励ましは、浪人生ごとに違うはずだ。 だからこそ、相互理解の根幹にあるのは、愛と信頼に基づく投射である。投射とは、過去・現在・未来を線形に予測するのではなく、偶然性に自ら足を踏み入れ、相手に伝えることだ。偶然性は不確実性を持つので、自分の考えを伝えることは相手を傷付けるリスクを背負う。それでも、精一杯の愛と信頼をベースに、相手を傷つけてしまうかもしれない畏れを持ちながら、自分からの投げかけが相互関係を変えるかも知れないと思いコミュニケーションを取る。

    0
    投稿日: 2022.10.30
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    第一部のリスクの手ざわりは、非常にわかりやすく、少数民族の長年培われてきたリスクの伝え方や、予防医学の中の抗血栓療法で多用されている元巨人の長嶋さんのレトリック。HIV,BSE、新型コロナでの志村けんさんや岡江久美子さんの報道とどんどん腹落ちする内容。一方、第二部の狩猟採集民、自分らしさの後からは一気に難しかった。統計学的人間観、関係論的人間観あたり。読み返し要。

    1
    投稿日: 2022.10.22
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    「急に具合が悪くなる」という往復書簡を元にした書籍で知った人類学者の磯野真穂さんの新刊が出るということで手にとってみました(実際は図書館予約)。 「急に具合が悪くなる」は、哲学者である宮野真生子さんとの往復書簡。宮野さんは多発性の転移がんを患っていて、その書籍が出る前に亡くなった。 哲学と人類学。往復書簡という形の本であったけれど、なかなか内容が難しくて、理解しきれないままでしたが、それでも、いろいろな気づきのある書籍でした。 今回の「他者と生きる」も、とても難しい本でした。ちょっと気を抜いて読んでいると、どんどん置いていかれる感じがあって、かといって、真剣に読んでいても理解できない部分もあり…。 それでも、たくさんの気づきをもらいました。 その1つは「自分らしさ」という言葉。 「自分らしさ」という言葉。今では、当たり前のように使っている言葉だけれど、平成になった頃から盛んに使われるようになったとのこと。 けれど、突き詰めてみれば、「自分らしさ」というのは、社会や他人とのつながりにおいて、自分の選択肢を正当化するための言葉であって、本当の意味(?)での自分の本性というわけではないのだ、というようなことが書かれていて(言葉も解釈も違うかもしれませんが)ハッとしました。 そして、この「自分らしさ」にもつながることなのだけれど、「自我」というものの捉え方が、社会や文化によって違うということを知ることができました。 世界でのフィールドワークのいくつかを例にして書かれていたんですが、メラネシアのカナク人やジャワの内陸にある村では、「私」という感覚や、「私の身体」という感覚が、現代社会の日本における「私」や「私の体」とは違っているという話が衝撃的でした。 社会の役割を果たすためにある使えるものとしての「体」。その「体」は、個人のものではなく、その社会のもの。「私」というものも、個人のものではなく、社会の中での役割を担う意識としても「私」??? これまた言葉も解釈も違っているかもしれないけれど、少なくとも、今現在の一般的な日本人(あるいは西洋文化における?)の感じ方とは全然違う。 これらのことを読みながら、世界情勢の見方も、西側諸国的な視点で見ていたら見えないものがありそうだな、などと、全然違うことを考えながら読んでいました。 「人権」「国家」の考え方の違いの根本に、「自己」とか「自我」とかの捉え方も、もしかしたら違うものであって、私には想像できないような捉え方をしているのかもしれない…。と。 そして、もう1つ印象に残っているのは、「関係性的時間の曲線」という考え方。「自分」というものは、自分だけではなく、他者(社会)との関わりで成り立つものであって、時間というものも、均一に流れているのではなく、他者(社会)との関係性によって浮き沈みがあるのだ、という考え方。 必然的なことしか起こらない時には時間は真っ直ぐに流れるけれど、偶然的な「出会い」にぶつかった時には、時間の曲線は下降したり、上昇したりする。カーブを描けば、描いたグラフの線は長くなる。すなわち、時間が「長い」と感じられる、と。 他者との相互作用の中で、時間曲線をふらふらと伸ばしたり、「なかったことにして」時間曲線を真っ直ぐに突っ走ったり。そんなふうに、自分の人生の時間を思い起こしてみると、違った視点から「私」というのをみることができるような気がしました。 難しい本だったけれど、得ることはたくさんありました。 これは、いつか読み返してみたい書籍の1つです。

    3
    投稿日: 2022.08.25
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    物事を簡単に語って済ませてしまわない知性。 何度も読み返してみたい。そんな本との出逢いに感謝します。

    0
    投稿日: 2022.08.16
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    「人生は長さではなく、どう生きたかである。人生は長さではなく、深さである。...対して私は、ある尺度に対し、別の尺度を持ち出して抵抗することとは違うやり方で統計学的人間観が帯びる価値への反駁を試みたい。」と帯にあったが、他人の書いた内容に、自分の考えを付け足しただけやないか。 全く面白みがなく、使う言葉もこねくり回したような、わかりにくい表現で、ひさびさに読んでつまらねー+読まなきゃよかったと思った愚書でした...

    0
    投稿日: 2022.05.13
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    第一部、第二部、そして終章と続く。最初の二部は全て終章のためにある。難解なテーマを平易な言葉で紡ぎ、一気に最終章まで引き込まれてしまった。前著の「急に具合が悪くなる」は未読であるが、もしかしたらそれに続くものかもしれないと思いながら終章を読んだ。「私たちが生の実感を感じる時はいかなる時か。それは少なくとも関係論的時間においては、相互作用の中で他者と時間を生成している局面のことであり、その時、時間の曲線は統計学的時間を凌駕する」。著者は終末期の人との対話で考察された。私自身は、読みながら、自助グループにおけるハイヤーパワーを連想した。「唯一の生への畏怖を宿した慎み深さ」による他者との関係で、人は生まれ変わる。

    1
    投稿日: 2022.05.05
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    ちょっと不思議な構成の本だった。 第一部は病気のリスクの話。 統計的なリスクと個人に降りかかることとの落差。こういうことをしたらしなかった場合と比べてこうなる人の割合は◯%アップする、とか。いや、だけどこうなるかどうかは、個人にとっては一かゼロでしょ、というのはいつもわたしが思ってることだし、対策を講じても確率的に何割かの人はそうなるわけで。平均値というのは平均でしかなくて、わたしのことじゃない。…わたしの視点に落とし込めば、そういう話が書いてある。 が、筆者が何を言いたいのかはいまいち判然としない。 第二部は自分らしさとはどんなことなのかについて。 ここでもやはり統計上の平均人と個人とは別物であるという下敷きの上で、自分らしい、その人らしいというのは一体何なのかが探られていく。 自分らしさというものは、大勢の人とは違う自分らしいものでなくてはならないと同時に、大勢の人に認められる必要があるのだ、と筆者は言う。この辺り、自分らしいとは自分が定義するものではなく他者によって定義されるものであるという筆者の立ち位置が透けて見える部分である。 そしてやはり筆者によって取り上げられる人類学者の観察した文化の異なった人たちの行動のパターンがいかに私たちとは違っているかという例、それは筆者の持つ文化パターンを浮き彫りにする。 が、第二部でも筆者が何を言いたいのか全く判然としない。 この辺りでわたしは「もしかしてこの人、めっちゃ若いんちゃう?少なくとも氷河期世代以降の人やな」との思いが強くなり、思わず略歴なんかを見てしまう

    1
    投稿日: 2022.05.02
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    なかなか難解 人生は長さではなく、どう生きたかである。 人生は長さではなく、深さである。 などについて説明してくれる。 共在を作るために挨拶はある。など目から鱗のはなしもたくさんあり

    1
    投稿日: 2022.04.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    なんかとても時期を選んで出てきた感じ。先は見えない。落ち着いては来ている。いろいろと面白かった。深い時間というのがわかったようなわからないような。

    1
    投稿日: 2022.04.03
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    大事なことが書かれていることは分かるが、きちんと理解したのかと言われるとうまく説明できない。再読してみたい。 医学的なエビデンスに基づいている風に書かれている生き方、健康に関する情報が巷にはあふれている。それらの情報発信者に騙そうという意志はないと思うけれど、踊らされているのかもしれない。私たちが踊らされる前提として、統計学的人間観があるのかもしれない。そんな新しい視点が得られた。「スマホ脳」などのベストセラー本に感心し影響を受けつつも、そこはかとなく感じる違和感の正体が少し見えた気がした。

    1
    投稿日: 2022.03.21
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    自分とは。そもそも人とは。他者との関係性の中で生じるということについて捉え直すきっかけになった。本著後半、特に、「自分らしさ」の孕む矛盾について記述した章と、「他者の生き方を評価することの慎み深さ」について記述した章は感銘を受けた。 全体を通して、難しい言葉が多かった。

    1
    投稿日: 2022.03.14
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    良書。ターニングポイントで読み返したい一冊。「自分らしさ」の考察は、先日読んだ『ダイエット幻想』の内容から発展したもの。日本人の遺体に対する考えに関する項では、原爆で亡くなった曽祖父と大叔母を「火葬できた」事に感謝していた曾祖母の言葉を思い出した。

    3
    投稿日: 2022.03.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    一般的に常識とされていることや前提そのものに問いを投げかけていく。そして、数多くの学者の論文を引用しながら複数の考え方を紹介した上で、著者独自の考察を展開していく。難解な箇所も多く、じっくり読む必要があるが大変興味深かった。 ・本書の中で出てくる「スマホ脳」「FACTFULLNESS」「私とは何か『個人』から『分人』へ」は既に読了したお気に入りの本たちであったが、特に前の2冊については、そもそも過去の人類を「平均人」としてある程度一律化し、当たり前のように正しい根拠として取り扱っていることについて是非を問う。自分にとっては斜め上の、相当斬新な問いであった。 ・人類学や論文などを読み慣れていない私にとって、納得しながら読めたページはそう多くなかったように思う。ただし、響く考え方、フレーズは随所にあった。 ・1年後くらいに再読したい。

    7
    投稿日: 2022.02.27
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    『#他者と生きる』 統計学的人間観に従ってリスク管理をするでなく、未来に向かって飛び他者と共に在る中で時間を作り出し生きていると実感できたなら、統計学的時間で測られた"長い"時間でなくとも、その人生は厚く、深く、長い。 とても良い。とても考えさせられた。 自身の生活を振り返ると、客観的な正しさに身を委ねて、日常を予測可能な範囲に留めてしまっているな。まだ来ぬ未来へ依拠する愛と信頼に基づく選択は、今ある関係性からは想像できなかった自他の生成が待っているかもしれないのだから、他者との関係性を持とう!頭を上げよう!手を挙げよう! 「私」の境界はどこか?もすごく考えさせられた。 身体の概念を持たず、「人」が関係性の中で存在すると捉えられているメラネシア社会。 皮膚を境に自己が途切れるのではなく、むしろ自己は共有されているアフリカのバカ・ピグミー。 自分だけで生きているとは思っていなかったが、所与としての人があることは無意識に考えていたと思う。他者との関係性の中で生成される自分という存在について考えた。 この興味はティム・インゴルドに向かう。 #読了 #君羅文庫

    3
    投稿日: 2022.02.15
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    リスク認知から異なる人間観のモデル、そして他者と共に時間を生成すること。 関係論的人間観に基づく考え方が新鮮。個人という観念が実は自明ではないのではということ。 そして自他が生成される過程。 最後の偶然と必然の時間感覚の提唱はおもしろかったが、理論を俯瞰して本の最後でにわかに景色が開けたような、そんな読み口。 応用を考えてみたいところ。

    1
    投稿日: 2022.02.05
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    優しくて、丁寧な内容だった。「正しく考える」「正しく生きる」ということを少しでも窮屈に感じたことがある人であれば、読むことで少し自由になる(これまで立脚していた点が、さまざまある点のうちの一つに過ぎず、他にも立脚できる点があることがわかる)のでないかと思った。 情報経験だけでなく直接経験を多く持ちたくなった。また、内心怯えながらでも、多くのものや人に出会い続けて、ラインを積極的に引き続けていきたいと感じた。 個人的な備忘のために以下少し要約を記載。 味わい深い内容なので、また読み直したい。 ------------------ 「自分らしさ」と聞くと一般的には、自らの内部にある考えや思いをピュアに表明することを想像することが多い。また、現代だと「自分らしく」あることが称揚される。 しかし著者は、「自分らしさ」がこのような内発的な動機や、その他大勢の意見への反抗だけでは成立せず、他者からの承認を必要とするものであり(例えば「自分らしい殺人」というのは他者から承認されにくいため成立しない)、すなわち実は「私たちらしさ」なのではないかと主張する。 その上で、実のところ「私たちらしさ」と呼ぶべきものが「自分らしさ」という呼称に隠蔽される背景には、戦後日本の個人主義的人間観(一つの身体の中に一つの個人が宿っており、それは世界からも歴史からも分離が可能であるという人についての理解)と、個人主義的人間観と(実は)相性の良い統計学的人間観(統計的に立ち現れるが実際には存在しない「平均人」を想定する人間観)があるとする。 また、統計学的人間観は、生物的な命が存続することが何よりも素晴らしいとする倫理を纏っており、それはこの人間観が、個人主義的人間観に基づいているからであるとする。 このような人間観に対して筆者が主張するのは関係論的人間観と呼ばれるもので、身体があるから個人があるという前提に立たず、自己と他者との関わりによってはじめて「私」が生じるとするものだ。 この関係論的人間観に立脚すると、他者と接合されて生まれる「自分らしさ」(実のところは「私たちらしさ」)とは他者と生きる中で立ち現れるものだとしている。 その後、最終章で、統計学的時間と関係論的時間の差異について論じており、これもめちゃくちゃ面白い。 ------------------ 長々と要約じみたことを書いてしまったが、以下が個人的に心に残った。 ・現代医学が多くの場合、リスクの実感を醸成することを目的としてレトリックを駆使すること ・身体的な実感を伴わない情報経験は生命としての世界との関わりを希薄にすることにつながり、結果として想像力が権威によって勝手に想起させられることにつながること ・そのような想像力の操作に抵抗するために、情報の背景にある意図や歴史、政治的事情を把握するのが重要であること ・様々な病の原因として、誰も確かめようのない狩猟民族時代の人間の脳と現代の人間の脳との対比を引き合いに出すのは、全人類にとって納得しやすい「平均人」を用いた起源の語りだから ・選択というのは、それによって変わっていく自分がその後起こる出来事に対応していくことを許容することである、ということ

    7
    投稿日: 2022.01.27
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    他者と関わりながら生きるとは、どういうことなのか? 一見当たり前のような問いの本質は、人間とは?生きるとは?という人生観につながってる。 本書では様々な事例を元に、この哲学的な問いに丁寧な補助線が引かれていく。 医療における私たちが感じる選択の難しさや、様々な文化を持つ民族の考え方、コロナ禍で日々私たちを追い込んでいく数字など、読んでいて悲しくなったり驚いたりしながら、人との関わり方の多様な視座が示される。 他者と愛を持って関わりたくなる一冊。

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    投稿日: 2022.01.23
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    この本は、全体を通して「手ざわり」がテーマになっていると思います。 まず、ひとりの医師としてこの本を読んで、自分は目の前の患者の生活を過度に医療化してしまっていないだろうかと、振り返るきっかけになった。エビデンスや統計学的情報を絶対的「正しさ」として振りかざして、その人のもつ経験や物語、「手ざわり」感を、ないがしろにしてしまっていないだろうか。 後半で語られる「関係論的時間」の概念は、時間というある種無機質にも感じるものに、「手ざわり」感をもたせてくれるようで、新鮮に感じました。

    6
    投稿日: 2022.01.18