
総合評価
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powered by ブクログ加藤典洋(1948-2019)。病床で2週間で書き上げたという渾身の一冊。出版は没後。 68年の東大紛争の時は20歳、大学3年生だった。まさに渦中。話の中心はその時のこと。結局東大には6年在籍したが、2度大学院に不合格。国会図書館に就職し、その後はカナダで研究の道へ。 学生運動はなにも日本だけのことではなかった。世界的な潮流だった。そのことを書いている。第二次世界大戦が終わって、子どもがたくさん生まれて(ベビーブーマーの世代)、価値観もがらりと変わった。かくして、既成概念に縛られない大量のベビーブーマーたちが思春期・青年期を迎えると、起こったのは学生運動。フランスもそう、西ドイツもそう、アメリカも、日本も……、そして中国の文化大革命もそう。なるほど、そう考えると、学生運動は生物学的な(もしくは個体群生態学的な)現象だったのかもしれない。
0投稿日: 2025.08.16
powered by ブクログ文中に出てくる2019年という記述に違和感を覚える。確か彼は近年病没したはず。入院中日々執筆に勤しみ、書き上げたものらしい。この本が新刊として発行されていたことは知らず、図書館で偶然見つけて借りてきたものだ。これまで読んできた論文調の著作とは一線を画したエッセイ風のスタイルに、親近感を持ちながら読んだ。年齢的にまさに東大闘争の最中に大学生活を送っていたのだと、改めて認識した。院試では苦労したようだが、東大入学当初から商業誌に執筆依頼を受けることもあるほど、その文才は認められていたようだ。田舎から上京して、多才で刺激的な人物との出会いをとおして、幾多の経験を重ねていく様子は、読んでいて憧憬を感じる。夫人との出会いと長年にわたる深い紐帯も、稀有のものに思われる。文章的には雑なところも見られるが、病床ゆえのことだろう。あとがきにあるように、今のこの日本の現状をみて、加藤氏ならどう論評するだろうかと、問うてみたいものだ。
0投稿日: 2025.01.30
powered by ブクログ山形から現役合格して6年間東大に在学した著者は、後に有名な文芸評論家になる。本書は余命幾許もない病床で、在学中の全共闘を中心とする学生運動を軸に、主体的でない関わりを通じて彷徨った経験が赤裸々に書き綴られている。 東大闘争は安田講堂の籠城戦を経て、文学部を除き鎮静化していくが、著者の中では無期限ストから離脱宣言しないまま没入していく。在学中は友と呼べる友人がほとんどできず、入学後に感じた'東大はクソだ!'の感慨は'オレもクソだった'という自己発見に帰着する。この心の移ろいを見出すことは難しいが、数少ない友だった詩人・瀬尾育生氏の解説が、著者の細部を照らし、作品群における本書の位置付けを明確に指摘している。 東大入試中止を引き起こした一連の出来事から、大学側の問題処理の頑迷さが感じられる。
0投稿日: 2023.02.02
powered by ブクログ著者の評論自体にさほど触れたことはないが 全共闘時代における、ある種傍流な学生のあり方を「今の若い人にも面白かろう」として 死と隣接した病床の中、2週間に書き連ねた躍動力に目を見張り、 人生の様々な転機を振り返る中、見出した人生の決算に先人の重みを感じる。
0投稿日: 2022.01.04
powered by ブクログ加藤氏の大学生時代のことがテーマなのだが、実際には文芸評論家として本格始動する直前までの半生記となっている。加藤ファンとしては。彼がどのようにもの心つくようになっていたのかが垣間見えて面白い。 闘病は凄まじかったようだ。喪失感は大きいが、改めてご冥福をお祈りする。
0投稿日: 2020.09.07
