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家なき子(上)(新潮文庫)
家なき子(上)(新潮文庫)
エクトール・マロ、村松潔/新潮社
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総合評価

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    339P エクトール・アンリ・マロ (Hector Henri Malot、1830年5月20日 - 1907年7月17日)は、フランスの小説家。フランス北西部、ルーアン近くのラ・ブイユ(フランス語版)の村長の家に生まれた。パリに出て劇作家になろうとしたが成功せず、小説家となった。新聞連載後刊行という形で生涯60編あまりの長編小説を発表した。現在知られている代表作は『家なき子』(Sans famille, 1878年)で、児童文学の古典として知られる。また姉妹編の『家なき娘』(En famille, 1893年)や、最初に児童向けに書いた『ロマン・カルブリス物語(海の子ロマン)』(Romain Kalbris, 1867年)も人気があり日本でも翻訳され紹介されたが、大半の大人向けに書かれた小説は日本では全く知られていない。 マロ『家なき子』 養母と引き離され、フランス中を旅した少年レミ。 明日がどうなるかもわからない、不安定な暮らし。自由であることの大変さを、子供の頃から知ることに…… クリスマスシーズンで美味しい食べ物に喜ぶ子供たちを眺めるレミ、辛そうで泣ける 「私の村、もっと正しく言えば私の育てられた村は――というのが、私には父親や母親という者がないと同様に、自分の生まれた村というものがなかったのだから――で、とにかく私が子どもの時代を過ごした村は、シャヴァノンという村で、それはフランスの中部地方でもいちばん貧しい村の一つであった。」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「「おまえさんが本当にこの子が働けると思うなら、なにも追い出したがることはないだろう。捨て子を引き取るというのは、その養育料をはらってもらうためではない、働かせるためなのだ。それから金を取り上げこそすれ、給金なしの下男下女に使うのだ。だからそれだけの役に立つものなら、おまえさんはこの子をうちに置くところなのだ」」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「この言葉は私に元気をつけてくれた。私はしじゅう靴が欲しいと思っていた。村長の息子も、はたごやの息子も靴を持っていた。それだから日曜というと彼らはお寺へ来て石の廊下をすべるように走った。それをわれわれほかのいなかの子どもは、木靴でがたがた、耳の遠くなるような音をさせたものだ。」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「「これはおまえをほかの子どもと同じように見せないためだよ。ここフランスではおまえはイタリアの子どものような服装をするのだ。イタリアではフランスの子どものような服装をするのだ」と彼は説明した。私はいよいよびっくりしてしまった。「私たちは芸人だろう。なあ。それだから当たり前の人のような服装をしてはならないのだ。われわれがここらのいなかの人間のような服装をして歩いたら、だれが目をつけると思うか。私たちはどこでも立ち止まれば、回りに人を集めなければならない。困ったことには、なんでも体裁を作るということが、この世の中で肝心なことなのだよ」こういうわけで、私は朝まではフランスの子どもであったが、その晩はもうイタリアの子どもになっていた。ズボンはやっとひざまで届いた。老人は靴下にひもを縫いつけて、フェルト帽子の上にはいっぱいに赤いリボンを結びつけた。それから毛糸の花でお飾りをした。私は他の人がどう思うかは知らないが、正直に言えば自分ながらなかなか立派になったと思った。」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「他人を教えるものは自分を教えるものだということがこれでわかる。私が動物たちに教訓をあたえるのは、同時に私が彼らから教訓を受けることになるのだ。」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「犬が人間に教訓を授けるのは奇妙だろう。だがこれは本当だよ。すると主人が犬をしこもうと思えば、自分のことをかえりみなければならない。その飼い犬を見れば主人の人柄もわかるものだ。悪人の飼っている犬はやはり悪者だ。強盗の犬はどろぼうをする。無知な農民にはがさつな犬で、もののわからないものだ。親切な礼儀正しい人は、やはり気質のいい犬を飼っている」」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「「おまえは本を読むことを知っているか」彼はしばらく考え深そうに私の顔を見て、こうたずねた。「いいえ」「本にはこれから私たちが旅をして行く土地の名や昔あったいろいろなことが書いてある。一度もそこへ来たことがなくっても、本を読めば前から知ることができる。これから道みち教えてあげよう。それはおもしろいお話を聞かせてもらうようなものだ」」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「村の獣医というものは無知であって、その代わりどんな小さな村でも、医師といえば学者だということはだれだって知っている。医師の標札の出ているドアの呼びりんをおせば、知識があり慈愛深い人にかならず会うことができる。猿は動物ではあるが、博物学者に従えば、彼らはひじょうに人類に近いので、病気などは人も猿も同じようにあつかわれると聞いている。のみならず学問上の立場から見ても、人と猿がどうちがうか、研究してみるのも興味のあることではないでしょうか」」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「パリに近づくにしたがって、いなか道がだんだん美しくなくなるのが、奇妙に思われた。もう雪も白くはないし、輝いてもいなかった。私はどんなにかパリをふしぎな国のように言い聞かされていたことであろう。そして何かとっぴょうしもないことが始まると思っていた。それがなんであるか、はっきりとは知らなかった。私は黄金の木や、大理石の町や玉でかざったご殿がそこにもここにも建っていても、ちっともおどろきはしなかったであろう。」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「マチアはそう機械的に言って、あたかもこの子どもも罰せられると思うのが彼に満足をあたえるもののようであった。私は彼の優しい悲しそうな目のうちに、険しい目つきの表れたのを見て驚いた。だれでも悪い人間と一緒にいると、いつかそれに似てくるということは、私がのちに知ったことであった。」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「みんな平等であるということは、苦労の中の大きな楽しみであった。そのうえ私はもうまったく失ったと思ったものを回復した。それは家族の生活であった。私はもう独りぼっちではなかった。世の中に捨てられた子どもではなかった。私には自分のベッドがあった。私はみんなの集まる食卓に自分の席を持っていた。昼間ときどきアルキシーやバンジャメンが私にげんこつをみまうこともあったが、私は何とも思わなかった。また私が打ち返しても、彼らは何とも思わなかった。そうして晩になれば、みんなスープを取り巻いて、また仲よしの兄弟に戻っているのだった。」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「そこには学者たちがいて、彼にしぜんと、物を読んで覚えたいという好奇心を起こさせた。それで何年かの間、貯めた金は書物を買うために使ったし、その本を読むために休みの時間を費やした。けれど結婚して子どもができてからは、休みの時間がごくまれになった。なによりもその日その日のパンを稼がなければならなかった。しぜんと書物からはなれたが、捨てられたわけでもなく、売りはらわれたわけでもなかった。私が初めて迎えた冬はたいへん長かったし、花畑の仕事はほとんど中止同様に、少なくとも何か月のあいだの仕事は暇であった。それで私たちは暖炉を囲んで、一緒に暮らす晩などには、そういう古い本をたんすから引き出して、めいめいに分けて読んだ。それはたいてい植物学の本か植物の歴史のほかには、航海に関係した本であった。アルキシーとバンジャメンはお父さんの学問の趣味を受けついでいなかったから、せっかく本を開けても三、四ページもめくるとすぐいねむりを始めるのであった。私はそんなに眠くはなかったし、すごく本が好きだったので、いよいよ寝床に入らなければならない時間まで読んでいた。こうなるとヴィタリスが手ほどきをしてくれた利益が無駄にはならなかった。私は寝ながらそれを独り言に言って、彼のことをありがたく思い出していた。」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「私がものを学びたいという望みは、お父さんに、自分もむかし本を買うために毎朝朝飯のお金を二スー倹約した頃を思い出させた。それでたんすの中にあった書物のほか、何冊かぼくのためにパリでわざわざ買って来てくれた。その書物の選び方はでたらめか、さもなければ表題のおもしろいものをつかみ出して来るにすぎなかったが、やはり書物は書物であった。これはその頃の秩序もなく、私の心に入っては来たが、いつまでも消えることはなかった。それは私に利益を残した。いいところだけが残った。なんでも本を読むのは利益だということは、本当のことである。」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「リーズは本を読むことを知らなかったが、私が一時間でも暇があれば、たちまち本を読みふけるのを見て、何がそんなにおもしろいのだろう、そのわけを知りたがっていた。初めのうちは彼女も自分と遊ぶ邪魔になるので、本を取り上げたが、それでもやはり私が本のほうへ心をひかれる様子を見て、今度は本を読んで聞かせてくれと言いだした。これが私たちのあいだの新しい結び目になった。いったいこの子の性質はいつも物わかりがよくって、つまらない遊びごとや冗談ごとには身のはいらないほうであったから、やがて私が読んで聞かせることに楽しみを感じ、心の養いをえるようになった。」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「何時間も私たちはこうやって過ごした。彼女は私の前に座って、本を読んでいる私から目をはなさずにいた。たびたび私は自分にわからない言葉や文章にぶつかると、ふとやめて彼女の顔を見た。そういうとき私たちは、ずいぶん長いこと考えこむ。それでもわからないと、彼女はあとまわしにしましょう、という身ぶりをしてあとを読む合図をする。私は彼女にまた絵を描くことを教えた。まあやっと図画とでもいうようなことを教えた。これは長いことかかったし、なかなかむずかしかったがどうやら目的を達しかけた。むろん私は立派な先生ではなかった。でも私たちは力を合わせて、やがて先生と生徒のあいだがうまくいくと、本当の天才以上のものができるようになった。彼女は何を描こうとしたか人にもわかるようなもののかけたとき、どんなに嬉しがったであろう。アッケンのお父さんは私を抱いて、笑いながら言った。」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「だから、この祝日の前夜には、パリの通りは花でいっぱいになる。ふつうの店や市場だけではない。街道のすみずみ、建物の石段、そのほかちょっとした店を開くことのできる場所には花が売っていた。」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著 「ところでカトリーヌおばさんはなかなかしっかりした婦人であった。もとはパリの街で乳母奉公をして、十年のあいだに五か所も勤めた。世の中のすいもあまいもよく知っていた。私たちはまた、たよりにする目標ができた。教育もなければ、資産もない田舎女として彼女にふりかかった責任は重かった。びんぼうになった一家の長女はまだ十六にならない。いちばん下は口の聞けない娘であった。」 —『家なき子 上下巻セット』エクトール・アンリ・マロ著

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    投稿日: 2025.11.07
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    さまざまな出会いと別れを繰り返して逞しく成長するレミの姿に元気づけられます。下巻ではどんな旅が繰り広げられエピローグが待っているのか楽しみです。

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    投稿日: 2022.04.07
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    子どもの頃に読んだはずだが、内容はすっかり忘れてしまった。フランス中を旅しながら愛する人たちと別れ離れになり、孤独な旅が始まろうとするが、これまでの体験が心身共にたくましくなっていて生きる意欲にあふれている。この作品に限らず、貧しい子の童話は多かったが、今の子にも読みつがれ共感されているのだろうか。2019.12.19

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    投稿日: 2019.12.19
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    フランスには読みごたえのある小説がたくさんあるけど、児童書はあまりこれというものがない。ペローの童話、十五少年航海記‥‥そんなところ。 でも、知らないだけで探せば結構あるのかもしれない。これは冒険要素も入っていてワクワク楽しめる作品だ。

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    投稿日: 2019.12.13