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異端者たちが時代をつくる――諦めばかりの現代社会を変えた6つの勇気の物語
異端者たちが時代をつくる――諦めばかりの現代社会を変えた6つの勇気の物語
松井清人/プレジデント社
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総合評価

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     ビジネスの異端者という期待は裏切られたが、社会派の記事にまつわるエピソードは興味深いものが多かった。    近藤誠氏の連載記事の要旨 ①手術はほとんど役に立たない。 ②抗がん剤が効くがんは、全体の一割にすぎない。 ③がん検診は、百害あって一利なし。 ④子慧眼には、本物のがんと「がんもどき」の二種類がある。  1989年に発覚した「女子高生コンクリート詰め事件」のその後  反省していている、申し訳ない、償いたい―ほかの被告、C(19)、B(17)、D(18)らの陳述も、A被告とほぼ同様のものであった。  それから三十年が過ぎ、四人は四十代後半となっている。彼らはその後、どんな人生を歩んだのだろうか。  懲役を終えて刑務所を出たあと、最初に逮捕されたのは、改姓していたC。2004年に監禁傷害事件を起こし、懲役四年の判決を受けた。女性に関するトラブルで知人男性を車のトランクに入れて連れ回し、殴る蹴るの暴行。「俺を誰だと思ってるんだ。十年食らってるんだぞ」と、前科を脅し文句に使っていた。  Aは2013年、パチンコ必勝法の情報料という名目で現金を騙し取る詐欺容疑で逮捕。ただし不起訴になった。  女子高生惨殺の現場となった家に住んでいたBは、2018年八月に殺人未遂容疑で逮捕された(起訴罪名は傷害罪)。同じアパートの別棟に住む男性と、駐車スペースをめぐって揉み合いになる長さ41センチの警棒で相手を殴り、さらに刃渡り8センチのナイフで首を刺すという、執拗で凶悪な犯行だった。  三十年前、東京地裁の裁判長は判決の最後に、四人の少年にこう語りかけた。 「事件を、各自の一生の宿題として考え続けてください」  与えられた宿題に対して、彼らの出した答えはさらなる犯罪を重ねることだった。  少年法は、彼らを更生させることができなかったのだ。

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    投稿日: 2020.04.25
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     ビジネスの異端者という期待は裏切られたが、社会派の記事にまつわるエピソードは興味深いものが多かった。    近藤誠氏の連載記事の要旨 ?手術はほとんど役に立たない。 ?抗がん剤が効くがんは、全体の一割にすぎない。 ?がん検診は、百害あって一利なし。 ?子慧眼には、本物のがんと「がんもどき」の二種類がある。  1989年に発覚した「女子高生コンクリート詰め事件」のその後  反省していている、申し訳ない、償いたい―ほかの被告、C(19)、B(17)、D(18)らの陳述も、A被告とほぼ同様のものであった。  それから三十年が過ぎ、四人は四十代後半となっている。彼らはその後、どんな人生を歩んだのだろうか。  懲役を終えて刑務所を出たあと、最初に逮捕されたのは、改姓していたC。2004年に監禁傷害事件を起こし、懲役四年の判決を受けた。女性に関するトラブルで知人男性を車のトランクに入れて連れ回し、殴る蹴るの暴行。「俺を誰だと思ってるんだ。十年食らってるんだぞ」と、前科を脅し文句に使っていた。  Aは2013年、パチンコ必勝法の情報料という名目で現金を騙し取る詐欺容疑で逮捕。ただし不起訴になった。  女子高生惨殺の現場となった家に住んでいたBは、2018年八月に殺人未遂容疑で逮捕された(起訴罪名は傷害罪)。同じアパートの別棟に住む男性と、駐車スペースをめぐって揉み合いになる長さ41センチの警棒で相手を殴り、さらに刃渡り8センチのナイフで首を刺すという、執拗で凶悪な犯行だった。  三十年前、東京地裁の裁判長は判決の最後に、四人の少年にこう語りかけた。 「事件を、各自の一生の宿題として考え続けてください」  与えられた宿題に対して、彼らの出した答えはさらなる犯罪を重ねることだった。  少年法は、彼らを更生させることができなかったのだ。

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    投稿日: 2020.04.25
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    元文藝春秋社長の著書。 文春在籍時代に携わった、数々の事件から 色々な意味で世間に衝撃を与えた事件報道 の裏側を書いた作品。 当然、暴露話的な物ではない。

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    投稿日: 2019.09.09