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歴史戦と思想戦 ――歴史問題の読み解き方
歴史戦と思想戦 ――歴史問題の読み解き方
山崎雅弘/集英社
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総合評価

33件)
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    2025年は戦後80年だった。(そして昭和100年でもあったという) 一つの時代の区切りも感じつつ、いつまで「戦後」という言葉を使うのか、不思議にも感じつつ。 私も含めてほとんどの日本人が戦後生まれとなり、戦争を知らない人が多くなって久しい。 私は55歳で、父が89歳で健在なのだが、最近よく父が子供だった頃の話をしてくる。 父の父(私の祖父)は、田舎の農家暮らしだったが、徴兵されて戦争に行き、戦地で亡くなった。 そのために私は、父方の祖父とは会ったこともなく、今実家には祖父が若い頃の古びた白黒写真が1枚あるだけだ。 父の記憶も曖昧で、「戦死した地はラバウルだったと思う」と言っていたが、いずれにしても激戦地に送られたのだと思う。 田舎農家から戦地に駆り出された訳なので、過酷な前線地に捨て駒的に送り込まれたのかもしれない。 戦死したからと子供の頃の父に連絡が入り、然るべき場所に来いというので行ってみたら、白い布に包まれ、祖父の氏名が書かれた木箱を渡されたのだという。 遺骨が入っているのだろうと思って中を見たら、全くの空っぽ。 祖父はどこで死んだかも分からず、遺ったものが何もなかったそうで、空の木箱を渡されたのだそうだ。 現地から回収できたものが何もなく、返せるものも何もないのだから、木の箱もまるで無意味であるが、そういう出来事があったらしい。 わずか8〜9歳だった父は、相当にショックだったらしく、トボトボと家に帰ったのだそうだ。 その時の父はすでに病気で母(私の祖母)を亡くしており、父の祖母(私の曽祖母)と二人暮らしだったそうだ。 一家の大黒柱も亡くし、生活は相当に厳しかったらしく、かなり貧乏な暮らしをしていたらしい。 終戦を迎え、数年そういう生活を送っていたようだが、やがて父が中学生だった時に、その祖母も亡くなってしまう。 遠い親戚はいたらしいが身寄りもなく、世話する人もいなかったらしい。 それでも誰かの紹介で、住み込みで働ける場所を見つけてもらい、父は中学校卒業を待たずに、社会に出たのだという。 働く場所の紹介のために、田舎の実家も農地もいつの間にか精算され、何も持たされないままにその新しい職場に追い出された。 戦災孤児となった父は、そこからも苦労の連続だったらしいが、住み込みをしながら仕事も転々として、結局その時の大工の棟梁に拾われてから大工になり、結婚して私が生まれたという。 父から聞いた話を書き出すと、更に長くなってしまうのでこれぐらいにするのだが、私にとって戦争とは、案外他所事とも言い切れない感覚があるのだ。 父が若い頃も、家で酒を呑んで酔っていると、幼い私に戦時戦後の貧乏苦労話をよく喋っていた。 今89歳の父も、相変わらず何回も聞かされた同じ話を喋っているのであるが、こんな時間も後どれだけ残っているかと考えると、心がしみじみとしてしまう。 こんなエピソードを記載すると、不幸な人のような感じがするが、父はどちらかというとポワンとした天然系のキャラである。 子供ながらに「もっと考えろよ親父!」と思ったことも多く、人が好いのでよく他人から謎なお裾分けをもらってくる。 反面、お人好し故に頼まれごとを断れずにいるため、「なんでそんな約束しちゃうの?」ということが絶えずあり、詐欺には合わないまでも、訪問販売の口車に乗せられて無駄なものを買わされたりしている。 そんなことで、父と母の喧嘩も絶えないのだが、日々ポツリと「戦争がなかったら、オレの人生どうなっていたかなぁ」なんて呟く時がある。 戦争が無ければ確実に母との結婚もない訳で、私も生まれるはずがない。 「そんなこと、息子に向かって言うか?」と突っ込みたくなるが、そういう所も天然なので、気遣いできずについ口に出てしまう。 心の棘として、父の気持ちの奥底に残っているから出てしまうのだろうと思う。 「今まで色んな人と出会って嫌な奴もいたけど、誰も恨むつもりはない。ただ、戦争だけは今でも恨むなぁ」というのも父の口癖である。 戦争が無ければ、父の人生は大きく変わっていた。 そうなっていたら、私も含めた今までの生活はない訳で、それが結果的に幸せだったのか、不幸になったかは誰にも分からない。 こんなベースがありつつも、個人的な興味としても、太平洋戦争のことはついつい調べてしまう。 あの戦争は何だったのか? 戦争の解釈は様々だし、それに対して「歴史戦」が繰り広げられるのも良く分かる。 私自身は、どちらの派にも属するつもりはないのだが、実際にどんな戦争が繰り広げられたのかは非常に気になってしまう。 政治では何が考えられて、大本営ではどう考えられていたのか。 そして、戦地では何が行われていたのか。 祖父がどうやって死んだのかは探りようもないのだが、どうしても興味を持ってしまう。 戦争では誰が悪人で、誰が正しいと裁くことは、今となってはあまり意味がない。 過去に過ちがあるとすれば、戦争を止められなかったことだと思う。 もちろん、時代の大きな流れの中で、止められなかった理由があったのも事実だろう。 それでも、本当に何か他の回避する手段はなかったのだろうか。 本書にある通り、「自虐史観」という意味ではなく、過去を真摯に振り返り、より良い未来を創るために、知的で誠実な反省をすることは、今からでもできるはずだ。 歴史問題はとにかく複雑で、安易に結論を出せるものでもない。 特に今はSNSなどを通じて、断片的で偏った情報に流されてしまう。 ほとんどが戦争を知らない国民になった今、過去を論ずるのは益々難しくなっている。 何かの考えに縛られることなく、歴史に対して誠実な態度を持って接するしかないと思っている。 本書「歴史戦と思想戦」は、決して読みやすい、明るい本ではないかもしれない。 まずは様々な意見があることを知ることで、自分自身の中でも咀嚼して、糧として取り込んでいきたい。 父の同じ話を聞けるのも、後何年なのか。 今は元気であるが、そんなに長い時間が残っている訳ではないはずだ。 戦争を語る人が減っていく中で、我々は何を残して、何を未来に繋いでいくのか。 そんなことをつらつらと考えることも、意味のある事だと思っている。 (2025/9/27土)

    10
    投稿日: 2026.01.18
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    第二次世界大戦では、世界各国が自国にとって戦況を有利に導くためにプロパガンダを積極的に多用した。 本書では、当時の「大日本帝国」が展開したプロパガンダを記録や証言に基づき丁寧に紐解くと同時に、 極端な解釈が今でも横行している現状を指摘し、憂慮しつつ問題提起している。 特に、「大日本帝国」と「第二次世界大戦後の日本国」、および一般概念としての「日本」の区別の重要性を説いている。 その区別が曖昧なまま、感情的に過剰反応している政治家や著名人がいることを名指しで指摘している。 個人的には、この名指しの指摘自体が形を変えた別種のプロパガンダにも見えなくもなかったため、全部を読後感そのままに鵜呑みにすることは出来ないと感じたものの、 1938年に日本橋高島屋で開催された思想戦展覧会など、公文書として閲覧できるような公的情報を時系列に基づき丁寧に挙げながら自論を展開している点から、 少なくとも事実関係についての信頼性は高いように思われる(し、反証可能性もしっかり担保されている)。 一見すると公平性を保っているように見える「両論併記」の心理的トリック、 「歴史戦」論者と歴史学者の根本的な違い(歴史に対して向き合う姿勢の違い)、 問題の本質や焦点の“すり替え”の事例、 等々、プロパガンダが実際にどのようにして日本で行われてきたか、ということについて、 一つ一つ記録に残っている具体例を挙げて考察しながら解説している。 「GHQ」や「コミンテルン」が、その実像から掛け離れた極端な形で、 政治家やマスメディア、著名人などの発信を通してどのように繰り返し伝えられてきたか(また、いつ頃からその活動が活発化したか)、 ということについても検証を重ねながら指摘していく。 日頃、マスメディアでは報道されることのないこれらの「社会構造の実態」は、 一般社会を観察する際の重要な視点を教えてくれる。 著者による細かい指摘のすべてを鵜呑みにしないまでも、 平然と事実歪曲が行われてきた経緯を知ることは、一般市民として今後も生き続けていく上で意義深いと感じた。

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    投稿日: 2024.02.03
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    ごめん、無理でした。 近隣国が仕掛けてくる思想戦と歴史戦かと思ったら違って、サンケイ新聞を初めとする「日本の保守」の「歴史修正主義」の批判だった。 たまにはそう言うのも読まないとなと思ったんだが、無理でした。 誰も言ってないことを言ってると批判し、問題を歪曲する。 一部の人が見てないからないと言うのか、と言う批判の後に、一部の人が見たと言ってるからあったんだとか。 南京大虐殺は、人数が問題ではない。 従軍慰安婦は、強制性が問題ではない。 初めて意識したが、界隈の人が、レッテル貼りが得意なのはそう言うことなのだな。 一旦名前さえつけば、広義にそこに含まれるものは、すべて同じレベルで批判する。 問題の本質に関係なく、悪魔化できる。 何をやったかが問題ではない。 それであることが絶対の罪なのだ。 それ、魔女狩りっていうんだよ。 後、共産主義ね。 頑張って読もうと思ったんだが、26になったうちの厨二の娘と喋ってるみたいで、無理でした。

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    投稿日: 2023.08.08
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    日本や世界の歴史問題について、いわゆる左派側の目線から読み解くことが出来た。 リベラルと言えば5chの嫌儲板の住民のイメージで、ただネトウヨが嫌いな人だと思っていた。しかし本書では俯瞰して物事を見れる人が沢山いて、アカデミックな知見の概要を得ることが出来た 歴史修正 つくる会 歴史選択 読みやすさ 一般層 慰安婦問題 経済協力 独裁政治に援助 道義的解決 文化生産者と歴史学の対立 右翼 左翼どちらか片方 他の国 アジアアフリカ会議 イギリス ケニア マウマウ 未来志向のイギリスの良心 インド エリザベス 教科書 中立 選別的思考 ドイツ 西ドイツ レパレーションではなく補償 道義的責任 日本 植民地主義自体ではなく行為自体 オランダ 東南アジア 奴隷制 遺憾の念 歴史学会 閉じこもり 網野 天皇 民族解放 メディアの商業主義 左右の定義

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    投稿日: 2023.02.05
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     書店の売り場に「中国・韓国の反日攻勢」「南京大虐殺の嘘」「慰安婦問題のデタラメ」「あの戦争は日本の侵略ではなかった」「自虐史観の洗脳からの脱却」などの歴史修正主義に関する書籍に目が行き、つい手を伸ばして購入したことはないだろうか?最近では、安倍元総理の銃撃事件に端を発し、国葬問題や統一協会問題、東京五輪不正など綴じ蓋が弾けた様な報道に、歴史修正主義者と歴史や事実の積み重ねによる研究書籍など、両論の書籍を並べる書店をSNS等で多数見かけるようになり、読者の目が片方に向かないようになってきているのを肌で感じる。  本書は、歴史修正主義者が「歴史戦」と称して、歴史の一部分をあたかも全体であるかのように見せかけるトリックの概要を解説し、その巧妙さを指摘する。例えば、南京大虐殺では、虐殺の事実の積み重ねが重要であるものを「虐殺された人数」への論点のすり替を行われている点を指摘する。アジア・太平洋戦争では、帝国陸軍は敗戦と同時に多くの書類を焼却・隠滅したために、正確な記録が無い中では明確に数値化できない点を巧妙に突いてくる。しかし、一方で最近になって軍の記録や個人の日記などが多数見つかり、またNHK等の番組で紹介されるようになり、事実の積み重ねと歴史の検証は続いている。この思想戦は、アジア・太平洋戦争中に開始され、戦後も続いている経過とトリックを丹念に追いかけ、歴史教科書や事実の積み重ねの重要性を伝え、ともすれば「非国民」=「反日」のレッテルのトリックも喝破する。作家保坂正康氏は、「自虐史観」から「自省史観」への転換を訴えるが、正に反省、自省、内省、猛省など、「自省史観」が重要な事を再確認した。また、学生を含めた社会人たちと共に歴史の積み重ねを学び、複眼で多面的に考える重要性を再認識した一冊となった。

    2
    投稿日: 2022.09.23
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    2019年5月。集英社新書。帯に内田樹、望月衣塑子、鴻上尚史、想田和弘の推薦文。 中韓への排斥論にあるもやもや感を「事実」と「論理」の角度から検証し解消する。

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    投稿日: 2022.06.14
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    歴史修正主義者がよく使う論法やレトリックを指摘している。歴史学的な検証もなされぬまま、個人の主観と幻想に基づく伝統主義によってファクトが歪められている。ステレオタイプに惑わされず、事実に対して真正面から向き合うことを心がけなければならない。

    1
    投稿日: 2022.04.16
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    歴史問題に起因する中国や韓国からの批判を「不当な日本攻撃」と解釈し、日本人は積極的にそうした「侵略」に反撃すべきだという歴史問題を戦場とする戦い「歴史戦」を展開せんとする言論の矛盾と、戦中に行われていたそれと酷似するプロパガンダ政策「思想戦」の成り立ちについて書かれた本。 この本の中で著者は「日本」という国を「大日本帝国」と「日本国」に分けている。そして「歴史戦」で負けるなと主張する人たちは「大日本帝国」時代の日本を「日本」と表現した上で、「日本は悪くない」「自虐的な史観は敵国に植え付けられたものだ」「日本のことを批判する人間は反日で非国民だ」と展開することで共感を得ようとしていると論じているが、なるほどうまいこと考えたものだと思わず感心した。 しかしその中で「日中戦争に踏み込んだのは現地での抗日運動がきっかけで、自分たちを守るためだ」という言い分が当時からあったという場面があるのだが、それが今まさにロシアがウクライナに侵攻している言い分と全く同じであることに驚いた。今、世界がロシアに向けている目はどうだろうか。「自分たちを守るためなら仕方がない」と共感を寄せている国がどれほどあるだろうか考えていただきたい。 「歴史戦」を戦い、「戦後レジームからの脱却」を叫んでいる人たちは「大日本帝国」時代に戻ろうとしているのだろうかというように読め、怖くて仕方がない。我々がするべきは、犯してしまった過ちをしっかりと顧みて、「過ちは繰返しませぬから」という“あの碑”に立てた誓いを守る事だ。

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    投稿日: 2022.03.13
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    「南京大虐殺や慰安婦問題は存在しなかった」という主張を見かけることがある時期から非常に多くなった。 存在しなかったわけないだろ、とオレは思っている。 が、ネット上にも本屋の店頭にも冒頭のような主張やタイトルを見かけることが多い。 「歴史戦」(第一次世界大戦時の「思想戦」が先祖)という言葉を振りかざす論者の歴史認識の誤りや、意図的な論点ずらしをわかりやすく説明してくれてます。 「日本」は好きだけど「大日本帝国」はダメでしょ、と堂々と主張できるようになるための基本書。

    1
    投稿日: 2022.02.17
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    正義とは相対的なものであり、戦争という状況下で勝ち負けはあっても善悪の分別は難しい。侵略した国された国、そこに憎悪が生まれてくるばかりで互いに歩み寄ることがなければ、解決の糸口は見出せない。互いに謙虚な姿勢は必要なのに、自己肯定で終始するなら新たな火種になる愚挙である。揚げ足を取って事実を見誤る言動を続けるなら、社会における信頼を放棄した矮小な集団の戯言でしか認識されないことを肝に銘じるべき。それでも耳を貸そうとしない意固地な理念ならば、とどのつまりこちらは憐れみを抱いてしまう。決して上からじゃないし勝ち負けを問うてない、"気付き" があるか否か、生きる価値がそこにある。

    1
    投稿日: 2022.02.17
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    歴史学者がきちんと歴史を捻じ曲げようとしている言説に対して、どこがどうおかしいのか解説。 おかしいとはわかっているのに、うまく説明できないで、モヤモヤとしていたことをすっきりとさせてくれる。心のもやが晴れて、くっきりと問題点が浮き彫りにされる感じだ。 歴史修正主義の本が、ゴロゴロある中で、このような本を出してもらえるのは大切なことだ。歴史学者ならではの明快さが救ってくれる。最近のおかしな社会の動きにモヤモヤしている人は必読書。

    5
    投稿日: 2021.08.12
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     題名に惹かれて購入しました。歴史はいつも為政者のために都合の良いように書き換えられてきたわけですが、最近は修正主義者が増えている。誰もが自分の過去を正当化したいのですが、少なくとも南京虐殺の事実そのものをないとするのは顰蹙だ。  ネットでは自分に心地よい情報が氾濫しているので、事実を冷静に客観的に見つめることができない人が増えている。怖い。

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    投稿日: 2020.11.22
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    ふだんは、「歴史戦」や「思想戦」を呼びかける新聞、出版社、ジャーナリスト、国会議員などの言説に触れることがほとんどないので、彼らがいかに荒唐無稽な主張を広めているのかということを知るためには、まことに貴重な一冊であると言えよう。

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    投稿日: 2020.11.03
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    耳ざわりの良い言葉に踊らされる事なく、事実を事実として受け入れる思考を手に入れられる本だと思った。 筆者の終始一貫した冷静さに救われる。

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    投稿日: 2020.10.04
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    200409歴史戦と思想戦 ――歴史問題の読み解き方 (集英社新書) 「日本会議」に対する「論」なので主張は至極真っ当 ただし冗長で却って理解と共感を得ずらくしている点が残念 ①大日本帝国②アジアの解放③慰安婦問題④南京虐殺など 双方が局地戦で打ち合って、大局と第三者の客観性が乏しいので 不毛な議論が永遠に続く 世界が納得する「第三者機関」に調査と判断を委ねてはいかがか これが戦前の話だけなら大した影響はないが、 本質は「現代の問題」に通じているところが怖いところ 1.CORONA問題  日本独自の取組みを「是」として見直しされない  ①検査の軽視②クラスター主義③水際作戦④医療制度は堅持⑤権威主義 2.オリンピック延期3月23日からの大転換  しかしオリンピックとCORONAは両立させていく  戦前の陸軍と海軍のようだ  いずれ真珠湾攻撃のように「大博打」に賭けるしかない 3.国が滅びた後  あの時はああするしかなかったんだ

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    投稿日: 2020.04.09
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    土俵が違う。噛み合わない。ムカついた・・・ 自分はやや右寄りという程度の普通の日本人の感性だと思っている。 このところの中韓(とくに韓)が事件を事実に反した内容で誇張し、一方的に世界へ発信・宣伝することが目に余る事態になってきているのに対して、ケント・ギルバートや、百田尚樹の言説にシンパシーを感じるというのが普通の日本人の感性。 「大」虐殺はなかったと思ってるだけで、虐殺が無かったとまでは思ってない。彼らをして「大日本帝国に自らのアイデンティティを求める人」とは思わんよ。 はじめに結論ありきは、お互い様なんじゃないかなぁ。

    2
    投稿日: 2020.03.05
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    内容的には、面白く読めましたが。 相手にしている、右翼的な大日本帝国に シンパシーを持っていて、大日本帝国に 戻したいと思っている人達の書いた本や内容を、 そこまで目くじら立てるような輩ではなく ほっておくしかないかなと思うこともあります。 ただ、その反面。最後の文書にあったように 相手にしない態度が、全体の方向性を間違った 方向に進めてしまう一助になることがあり得る ということについては。 そうかもしれないという危機感は持ちました。

    2
    投稿日: 2020.01.24
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    従軍慰安婦、南京大虐殺、大東亜共栄圏に対して、保守派論客達の主張を、冷静に反論していく著述に、著者との真剣勝負しないければならない新書。 愛国や郷土愛において、本来の日本と大日本帝国とは、別に考えなければならないと教えてくれる。 本作のお陰で、当面、刺激的な愛国主義風のエセ歴史本を衝動買いしなくてすみそうだ。

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    投稿日: 2020.01.17
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    南京事件が無かった(民間人は一人も死んでいない)とか従軍慰安婦は全員自主的な希望者(強制は一人もいない)なんて認識をしている人は皆無だろう。あとは程度の問題であって、ここは識者によってバラツキはある。そもそも史実を探究する歴史学研究とプロパガンダの外交とは各々の目的は違うものであり、日本国内ではある程度の住み分けは出来ている。この状況と上から強制され国家一丸となった戦前の思想戦を類比するのは無理があるだろうと思う。 逆に問題なのは中韓では両者の住み分けはできているのか?という事ではないだろうか?外務省を中心に日中歴史共同研究が行われたが、 https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/rekishi_kk.html 隔たりは大きく認識の一致には至らない。問題の本質はここにあるのではないだろうか?すなわち、産経関係者とは違った形で日本の歴史学者達も歴史戦に付き合わされてるのはなぜなのか?果たして中韓に史実を探究する意思はあるのか?外交的に史実を明らかにする事を避けているのではないか?つまり、国家一丸となって思想戦をしかけているのは中韓の方ではないか?これが国際政治のリアリズムなんだろうが、日本は事実と価値を区別しつつ歴史問題にどう対峙していくべきなのかが問われているように思う。少なくとも「謙虚に反省すれば世界はわかってくれる」というような単純な話ではないだろう。

    1
    投稿日: 2020.01.14
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    『鴻上尚史のほのぼの人生相談』での推しで読む。 歴史戦&思想戦に対する批判本。 歴史戦とは、大日本帝国による南京大虐殺や慰安婦などを擁護する産経新聞を始めとする論陣のこと。中国や韓国による歴史糾弾への戦いともいえそう。 それが大日本帝国による思想戦、政府主導のプロパガンダと同様だとする批判とともに、歴史戦を否定する。 被害者数や種々の事情の違いがあるにせよ南京大虐殺や慰安婦の不幸な事実から目を逸してはならないことは理解できる。しかし、日本側に歴史戦の論調が出てくる背景には、別の勢力からの歴史戦があるからではないだろうか。 歴史の動きには、それぞれの側に大義も事情もあるだろうから、一方の言い分だけが正解なはずもなく、不毛な論争を続けても折り合うとも思われないが、過去の過ちにはしっかりと向き合い、そうした過ちを再び繰り返さないために今後どうすればよいのかという視点は大切にしたいと感じた。 19-131

    1
    投稿日: 2019.12.16
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    現在、第二次世界大戦で大日本帝国が行ったことを否定または矮小化する言説が言論界や出版界で繰り広げられている。以前もあったことではあるが、一笑にふされていたのが、大手を振るうようになった。この問題について、歴史的な経過や事実も踏まえて論証した本である。客観的な歴史認識を広げる事自体が国益を守る事につながるという事を強調したい。

    2
    投稿日: 2019.11.14
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    今、本でもネット上でも、歴史問題について日本は正しかったと言う主張があふれている。その一見正しいと見える主張に、どのようなトリックや欺瞞が、そこに隠されているかを、明快に暴いている。 今後、国際社会の中で、まるで説得力のない、日本は正しかった、という主張に固執するのでなく、大日本帝国時代の過ちについて、認めつつ検証していく方が、国としての評価に結び付くということに、賛同する。 どのような学問領域でもそうだが、専門家が、その分野のトンデモ本や、トンデモ発言に、違うと真っ向から否定してくださることが、大切なのでしょう。

    1
    投稿日: 2019.11.08
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    読みながら自分自身の考えが整理されていくようでした。大変分かり易かったです。事実に反する事柄が広まっていくのを黙認するのは、それを支持していることと同じですね。意見が対立することを嫌がらず、対話する努力を持ちたいです。

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    投稿日: 2019.09.24
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    作者は何を言いたいいのだろうか。他の人の解釈を批判しているが、史実をどう読み解くかが書かれていないような気がする。読み方が浅いせいかもしれないが、作者の意図はケントギルバートや井上和彦等の意見の矛盾を指摘するだけに終わっているような気がする。 最後に少しだけこうしたらという部分もあったが、具体的にこうするのが良いという作者の意見は感じられなかった。前半は他の人の意見の矛盾を指摘するだけで、嫌になって途中で投げ出した人もいたのではないだろうか

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    投稿日: 2019.09.15
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     本書の題名が気になったのと,帯に「内田樹氏,津田大介氏推薦!」の文字が躍っていたのとで,読んでみたくなったのだが,なかなか面白かった。  産経や日本会議など,アベの支援者(というか,アベもその落とし子だが…ここでアベとカタカナにしたのは,漢字を使うのがもったいないから…金子兜太に倣った)たちが発している「大日本帝国バンザイ史観」(これはわたしの造語)は,その「史観」を示すべく,真面目に(たぶん本人たちは真面目なんだと思う)諸外国(中国,韓国はのぞく)に理解を求めようとすればするほど,今の日本国にとり,マイナスにしかはたらかなくなることがよく分かる。本当に,今の日本国と日本の伝統を守りたいのなら,大日本帝国時代に行ったことを,今の日本国の人間がしっかり総括し,それを国際社会に示してこそ,である。  この大日本帝国バンザイ史観のメンバーたちは,今の日本国への愛国心なんかないんだろうな。自分たちの言論や行動が,国際社会から日本国を浮きだたせている事さえ気づかないんだろうな。この人たちが持っているのは,愛「日本国」心ではなく,愛「大日本帝国」心だから,無理もない。  本書を読み終えて興奮してしまって先の文章を書いてしまった。が,本書は,とても冷静に「バンザイ史観」のメンバーたちの著作を読み解き,その中にちりばめられている論理の飛躍や事実の歪曲,プロパガンダなどについて語ってくれる。  バンザイ史観の人たちから見ると,わたしたち現代の日本人は,いまだにGHQに洗脳されているそうだし,コミンテルンにもやられているらしい。そういうことに,大部分の日本人は気づいていないという。そう,それくらい今のわたしたちは馬鹿だと言っている。  自然科学の分野でも,非科学的な著作がでても,プロの科学者たちは,面と向かって批判はしない。それは馬鹿馬鹿しくてやってられないからだろう。「どうせ,消える,ま,娯楽だし」とも思っているのかもしれない。しかし,「水は何でも知っている」といいながら学校現場の道徳の時間にまでそれが入ってきたときには,黙ってはいなかった。おかげで,「水にありがとう」と聞かせる実践は学校から消えた。  社会科学(たとえば歴史学)の分野でも,こういうトンデモ類のことにいちいち反応している暇はないかもしれない。が,最近のように,「従軍慰安婦はいなかった」「南京虐殺はなかった」と言い切るようなことが市民権を得そうになったときには,ちゃんとプロの世界から糺してくれる人が必要だ。教科書にまで影響するようになっては,ね。  それにしても最近の出版状況は気持ち悪い。  日本の経済力が頭打ちになったのを誤魔化そうとして,(大日本帝国の頃のことを持ち出して)韓国や中国を自分たちより下に見て,少しでも優越感を得ようとしているのが見え見えだからだ。この浅ましさが,本来の道徳からはほど遠いことに気づかないのだろうか? 道徳教育の教科化を進めた人たちの心には,どんな道徳心があるのか,本書で引用されている文章を読んでみるとよく分かる。             ☆ 河添 売春婦の経営が好きなのも,中国系や韓国系の黒社会でしょ? …『「歴史戦」はオンナの闘い』より             ☆  日本では,売春婦の経営をしている人,いないの? たくさんいるじゃん! こんな風な決めつけがあちこちに。             ☆ 本当に脳疾患ならお気の毒ですが,呆れてしまいます。 …ケント・ギルバート著『まだGHQの洗脳に縛られている日本人』             ☆  他国の人をつかまえて「脳疾患なら…」などと言うってどういうこと? これが,「日本人の心を取りもどせ」といっている人なんですが,このような表現をする人に与することなんてできるわけないよ。  論理的な批判ではなく,感情的な批判がいっぱいの大日本帝国バンザイ史観の人たちの本。買って読むのはもったいないので,図書館で借りてみるかな。  山崎雅弘さん,非科学的な文章につきあってくれてありがとうございます。頭の中がスッキリしました。

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    投稿日: 2019.09.11
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     日本の歴史問題について、論理的に記した本。  特に注目したのは、現在の「日本国」と「大日本帝国」を峻別する点。  確かに、繋がる面があるとはいえ、体制等異なるのだから別の「国家」である。  そこを峻別しきれていない所に、歴史問題の厄介さがあるように思う。

    1
    投稿日: 2019.09.08
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    著者は近代戦史がご専門の歴史学者。産経新聞などが中心となって展開している「歴史戦」は、戦時中にあった「思想戦」とそっくりな構造になっているという指摘は、かなり興味深いものだった。そしてそれらの主張には、詭弁やゴマカシがたくさん見られ、およそ学問的とはお世辞にも言えない稚拙なものであることを明らかにしている。ネット上で読みもせずに「左翼」と罵倒しておられる方がいるのは、著者も予想していたと思う。

    1
    投稿日: 2019.08.25
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    戦争のときの日本は悪くなかったという人たちへの否定の本。 そんな人達への否定が長くてくどくて読みにくい。 もっと素直に事実だけ書いてくれれば、ページも少なくて読みやすくて理解しやすいと思った。 言っていることは間違ってないと思う。

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    投稿日: 2019.08.07
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    愛国者でも昨今の出版・ネットメディア等の主張には胸が悪くなる。よくぞ出版してくれたと思う。 私たちの現実認識を誤った方向に導くプロパガンダ策略というのは昔も今も続いている。 まんまと乗っかる俺たちって。

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    投稿日: 2019.08.04
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    2019/7/26読了。しかし、我が日本国は難しい国だなあ。 未だ国会議員には、八紘一宇だ、美しい国だの大日本婦人会みたいな人がいるんだからな。そんな考えに我慢強く論理で向き合う姿勢には、頭が下がる。しかし、学者や研究者の論争は一筋縄ではいかないことがよく分かった。 自身の歴史への向かい方を考える意味では、良いトレーニングになった。

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    投稿日: 2019.07.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「主戦場」という映画を観た。日系アメリカ人が慰安婦問題をドキュメンタリーで撮った映画だ。題名の「主戦場」に違和感を持っていたが、この本を読んでガッテンした。 産経新聞社が「『主戦場』は米国、『主敵』は中国というキャンペーンを張っていたからだ」。アメリカ人がこの主張に対して関係者から聞き取りをして映画にした。 大阪人の僕としては、60年も続いたサンフランシスコ市と の姉妹都市提携を解消したのは残念だと思っている。一人の市長により一方的に終わらせる事がい事なのか? 軍国主義復活を目論んでいる人の文章を読んで、いつもモヤモヤした思いが残っていたが、この本を読んではっきりと理解できた。つまり、彼らのいう日本とは「大日本帝国」のことで戦後の平和憲法を選んだ日本国ではないということだ。つまり、賛美は「大日本帝国」自虐は「日本国」となる。そういう文脈からは当然「戦争放棄」「軍隊禁止」の日本国を擁護する人間は非国民となる思想なのだ。

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    投稿日: 2019.07.21
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    本書の特徴と意義は著者が「おわりに」で書いています。 「・・・大日本帝国時代の『負の歴史』を否認する言説の論理構造や、そこで多用される論理のトリック、認識の誘導などのテクニックをわかりやすく読み解くこと・・・」(p289)。 例えば、よく使われるトリックで南京事件の虐殺数が30万人というのはありえない、故に虐殺はなかったと論理が飛躍する点です。 また、基本的事項として気づかされた事は「日本」の具体的な概念とは?という事です。「日本」は現代の日本と戦前の大日本帝国の両方を含んでおり、どの日本を意識して語るかが重要です。 全体を通じて、著書は産経新聞が主張する歴史戦を起点に、歴史戦の主要著書に対して具体的かつ論理的に反証を提示していきます。 歴史を専門とするプロの研究家たちが積み上げてきた研究成果を、素人たちが見て見ぬ振りをして、自分たちの言いたいことを言っています。故に敢えて素人にもわかるように再度わかりやすく説明している構図に見えます。おまけにこの素人たちは、産経新聞を始めとして、いくつかの発表の媒体も持っており、それなりに影響力もあるので始末が悪いです。 プロ対素人の関係性の中で語られる言説であり、プロ側から見れば何の知見も得られない、何の生産性もない不毛な議論(というのもおこがましいですが)という事です。 逆に素人がプロに喧嘩を吹っかけているわけです。 プロである歴史学者は、意見の違いはあれど、新たに発見された歴史の事実を基準にそこから何かを学び、未来へつなげていく志向は同じです。故に、同じ土俵での議論が可能となり、その場から多くの知見を得ることができます。 「・・・歴史研究が尊重するのは個々の『事実』であって、最終的に導き出される『結論』ではありません。まず『事実』があって、それを適切に配列した結果として導き出されるのが『結論』です」(p70)。 一方で歴史戦を謳う方々は、 「・・・まず『日本は悪くない』という『結論』を立て、それに合う『事実』だけを集めたり、それに合うように『事実』を歪曲する手法をとっています」(p70)。 著者は最後にこう述べています。 「・・・専門家が傍観すれば、一般の人々は『専門家が批判も否定もしないということは一定の信憑性がある事実なのか』と思い、結果としてそれを信じる人の数が徐々に増加していくことになります」(p295) 著者には面倒臭いことだとは思いますが、 「社会の健全さを維持するための分担作業」(p296)と捉えて本書を上梓しています。非常に成熟した大人の振舞と感心しました。 昨今の歴史修正主義者の言説は子どもの戯れ言かもしれません。大人と子どもの間には議論は噛み合わないです。噛み合わないどころか「議論」という表現自体が不適切です。通常大人達の話の中には子供は入ってはいけません。間違って入っても相手にされないか、子供がわかるように諭されるだけです。一言でいうと対等ではないんです。故に、大人と子どもの言説が両論併記される事はあり得ないのです。 その異常さを暴露したのが、映画『主戦場』ではなかったでしょうか。本著書を読んで、構図が同じことに気づかされました。 最後に。エーリッヒ・フロム『自由からの闘争』を題材にして、歴史戦の言説に傾倒していき、権威へ服従していくプロセスを、わかりやすく解説しています。まだ読んでいないので、早速買って読んでみます。

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    投稿日: 2019.07.01
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    ”あれ、おかしいな?”がキーワード。副題にしても良いくらい繰り返されるけど、実際、終戦後の大戦論に関する詭弁たる諸々を、一見勇壮に見える中に垣間見える矛盾から、丁寧に解き明かしていくという内容。戦後の”日本国”と”大日本帝国”を、十把一絡げに”日本”と表記するレトリックを知るだけでも、随分と選別眼が鍛えられると思う。ここでも痛感されたのは、先日読んだ『病理医ヤンデル』でも触れられていたけど、声高な意見の頑迷さ・強大さ。ただ、その差は文章のうまさとかじゃなく、論者の誠実さにあるのではないか、と。かたやピンポイントを誇張して、あたかもそれが全てを表すかのように、断定的に声高に叫ばれる意見。かたや多方面からそれぞれの立場に立って検討しつつ、留保すべきところは留保しながら、じっくりと語られる意見。きっと、ぱっと聞きの心地よさは前者有利。しかも圧倒的に。だって素人からすれば、玄人に考えてもらって、”こうですよ”って決めてもらう方が楽だもの。そこをもう一歩踏み込んで、自力で答えを出そうとする向きがもう少し増えれば、本書における歴史問題も然り、件の書における医療問題然り、良い方向にいくはず。やっぱり、あきらめちゃダメですな。

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    投稿日: 2019.06.18