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powered by ブクログ戦国大名が分国法を定める。 法で国を治めるなんて、とても先進的で素晴らしいと、思っていたのだけれど、読み終わってみたならば、分国法が残っている大名は、みな滅んでしまっていた。自らの支配に法を持ち込んでいるほうが、色々と治めやすく、混乱も少なく、商業も農業も発展していくのではなかいかと、現代を生きる私は安直に思っていたのだけれど、『戦国時代』は決してそうではなかったらしい。 裁判でどっちが正しいかを決めるより、暴力(物理)で相手を黙らせた方が速いし、自らの正当性を訴えて根回しし、小さな土地の所有権を認めてもらうよりも、戦で攻め入って新たな土地を奪ってしまったほうが早くて実入りも良い。 自身が生きる時代が『戦国』である自覚があったのならば、法治に自身の権力基盤をのせねばならない時点で、とても不安定なことの現れともいえるのかな? 時代によってほ、法律を越えた先の無法の世界の住人が、時代に求められていることがあるのだな。 時代と法について、新たな目が開いたような気がする。
0投稿日: 2025.10.10
powered by ブクログ結城・伊達・六角・今川・武田の分国法を題材とし、制定の経緯を踏まえて条文を読み解く内容。戦国社会の実情が伺われると共に、中世の法慣習を乗り越えようとした苦闘の有様が見えて面白い。分国法の意義に対する辛口の結論も示唆に富む。
0投稿日: 2023.08.29
powered by ブクログ戦国大名と呼ばれた家々が、家臣と領民を統制するために作った法は「分国法」と呼ばれていますが、その内容をわかりやすく説明した一冊です。分国法には、ゲームや漫画でも身近な戦国大名が抱えていたリアルな悩みが凝縮されていると言っても過言ではありません。近道だからといって生け垣を壊して通るなとか、喧嘩はやめなさいとか、中学・高校の校則と見間違うかのような細かい規定が作られた背景には、荒くれ者たちをなんとか押さえ込もうとする戦国大名の苦悩が透けて見えるようです。
0投稿日: 2020.03.08
powered by ブクログ結城・伊達・六角・今川・武田の5戦国大名の領国だけに通用する分国法を順に取り上げて考察している。分国法のねらいは、①自力救済の抑制(たとえば私闘の禁止)②大名権力の絶対化(たとえば治外法権の極小化)③公共性の体現(たとえば公正な裁判や職権主義の実現)④既存の法習慣の吸収・再編などであるが、結局のところ上手く機能することはなかったようだ。領国の法制度を整えるより、近隣大名との争いに悩殺されたからである。では、分国法というのは無駄だったのか。いや、江戸時代になってこれらの試みの経験は大いに生かされたようである。それにしても、それぞれの大名の面白い実態や、意外と村共同体が強かったことなどが、読んでいて面白かった。清水氏の文章は、そういう細部のところが魅力があっていい。
2投稿日: 2019.09.23
powered by ブクログはじめに―分国法の世界へ 第1章 結城政勝と「結城氏新法度」 第2章 伊達政宗と「塵芥集」 第3章 六角承禎・義治と「六角氏式目」 第4章 今川氏親・義元と「今川かな目録」 第5章 武田晴信と「甲州法度之次第」 終章 戦国大名の憂鬱 参考文献 あとがき
0投稿日: 2019.07.29
powered by ブクログ面白いポイントがいくつかあった。まず先進性。分国法とは、大名が領地に対して適用する法律のこと。それは戦国大名の専制政治を示すものとして理解する向きもあるのだが、実際には自らの権力をも法によって一定の規制を加え、その正当性によって領地を経営するための「武器」であったらしい。つまり非理法権天(非は理に勝り…権力の源は天にあるとする)という近世日本の価値観に対して、戦国時代の分国法には「権(権力)」よりも「法」が優越する。あるいは、喧嘩両成敗法は行き過ぎた法律と思われるかもしれないけれど、これは中分・折中と言って、「両者それぞれに義がある」という考え方に基づく。そんななかで子孫親族らに遺恨を残さぬかたちで紛争を解決するための極めて現実的な方法だった。 そして、法律や法体系として未熟であるがゆえに、その生活の実態を生々しく反映しているということ。「あなたたち(家臣)は老いも若きもどうしようもない方々ばかりですね」など、愚痴が書いてあったり、「ほら貝が鳴ったら、本丸でどこへ向かうのかを聞きなさい。勝手に出撃はしないこと(勝手に出撃とか面白すぎる)」とか。やりたい放題動く家臣に、大名は頭を抱えてたのでしょうねぇ。 分国法の最大の意義は、それまでの慣習法を吸い上げ、再編したことにあるという。そしてそのことを通じて新たな支配のかたちを目指そうとした。これは新しい挑戦であり、偉そうに現代的な観点から言えば進歩した部分があると言えなくもない。にもかかわらず分国法を定めた彼らの大半は、歴史的には「敗者」となってしまう。熾烈な戦国時代においては、法によってかえって混乱が生じてしまうこともあっただろう。先んじたことがかえって仇となってしまったのではないか、と考えられなくもない。因果なことだなぁ、とわたしは思った。 あっ、今川とか、武田とか、有名な武将も出てます、面白いです(言うのが遅い)。
0投稿日: 2019.03.01
powered by ブクログ戦国大名が定めた「分国法」を取り上げ、戦国大名たちが何に悩み、何を解決しようとしてきたのかを鮮やかに浮かび上がらせる。まさに史料からその時代の姿を浮かび上がらせる、歴史学の醍醐味を味わえる一冊だと思う。ところで、取り上げられた戦国大名たちは、結城政勝、伊達稙宗、六角承禎・義治、今川氏親・義元、武田晴信。武田晴信と、再評価が進む今川義元(それでもやはり戦国の負け組には変わりない)を除くとちょっとマイナーなような…という疑問にも本書はきちんと答えてくれる。
0投稿日: 2018.11.23
powered by ブクログ戦国時代の大名の中には、六角氏式目とか甲州法度之次第とか自国内の法律を作っているところがある。この法律を分国法と呼ぶが、本書では5つの即ち5家の分国法を詳しく読むことで、各家が当時おかれていた状況や課題、当主の悩みや統制上の問題点などを平易に解説してくれる。 条文とはいえ、単なる愚痴だったり何を言いたいのかわからず法律の体を成していない箇所も少なくないが、かえって当主がさまざまな雑事のような小問題にも悩まされていたことが判り、読んでいて殿様もいろいろたいへんだなあと思ってしまう。 今から見るとこの時代の分国法は稚拙ではあるが、慣習をも含んで成文化したわけだから歴史的に重要なステップであることは間違いない。 歴史好きな人はぜひとも本書を読んだほうがいいと思う。
0投稿日: 2018.09.15
powered by ブクログ本書と読み比べると、学校で学ぶ日本の歴史は、政権交代史に偏重し過ぎている印象がある。本来、民主主義を追求するなら、本書のような生活に密着した歴史を主体とすべきと思う。
0投稿日: 2018.08.13
powered by ブクログメモ 結城、伊達、六角、今川、甲斐武田。分国法を制定した大名はだいたい滅亡しており、そもそも制定した大名が少ない。中世の慣習をまとめ、自力救済を制限していく。大名自身も制限を受けた。今川かな目録は体系的で良くできているが、結城や伊達はゴチャゴチャ?
0投稿日: 2018.07.28
