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ぐるりのこと(新潮文庫)
ぐるりのこと(新潮文庫)
梨木香歩/新潮社
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総合評価

112件)
3.8
29
31
36
6
1
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    エッセイ集で、癒しというよりは考えさせられる類の話が多かったです。 正直にいうと、自分はあまり得意ではない分野でした。 要所要所で意味がわからない表現だったり、回りくどい言い方だったりするので、一冊を丁寧にじっくり読む方にはおすすめです。 3行をまとめて読んでしまうような、せっかちタイプの自分にはあまり向かなかったかもしれません。

    0
    投稿日: 2026.02.26
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    梨木さんの「沼地のある森を抜けて」の原点になるような事が描かれていたり、世界の悲しい出来事に対して、自分は何が出来るのかなど、生きる事にもがく様子がつづられている。世界を旅してそこで目にした景色、出会った人たちから刺激を貰うように、私もこの本から刺激を貰った。

    0
    投稿日: 2025.07.25
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    梨木さんの感覚と思考回路 どう繋がって ああいった物語を 紡いでいるのかと分かって とても興味深く楽しく読めた 柔らかな雰囲気でありながら 深層まで思案し続ける 哲学的エッセイ...と言う感じ (チョット難シカッタヨ)

    6
    投稿日: 2025.04.21
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    梨木香歩さんらしい静かな文章だったが、その実結構主張があった内容だった。自分はここまで感受性よく生きてはいないなぁ。

    0
    投稿日: 2025.04.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    瞳という名前が誇らしくなった 動物は瞳で会話できると思うし、瞳は自分と他の境界をなくすと思う 境界を感じる人間生活は、私は嫌だ 自分を開く、訓練。 私たちの経験してこなかった相手の歴史に対して、そしてもしかしたらそれが自分のものになっていたかもしれない可能性に対して、自分を開いていく。 他者の視点を、皮膚一枚下の自分の内で同時進行形で起きている世界として、客観的に捉えてゆく感覚を、意識的なわざとして自分のものにする。 ずっとあたたかい世界にいたい

    1
    投稿日: 2025.02.04
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    これまで梨木香歩さんの小説を8冊読んだが、そのどれもがとても良かった。 彼女のことをもっと知りたくなり、初めてエッセイを手にした。 普段どのような目線で身の回りを眺めているのかしら?と思っていたので、『ぐるりのこと』は、そのタイトルからぴったりに思われた。 (実際、ああ、あの作品の欠片がここに!と思う場面が何ヵ所もあった。) 本書は、全ての章において“境界”が重要なキーワードとなっていた。 例えば「境界を行き来する」の章。 それは、米国人の友人とイギリスの断崖(セブンシスターズ)を散策した時。 梨木さんは断崖を見つめながら、 「境界が、こんなにもはっきりしている。その事実がこんなに目の前ではっきり迫っている、そのことが、こちら側の人間の間の連帯のようなものを強くするのだろうか」 と思うのである。 境界とは勿論、断崖絶壁のその先と陸地のことだけれど、この時の梨木さんは、精神世界の上での“あちら側”まで思い巡らす。 「向こう側に、自分を開いていく、訓練。 この境界の向こうは異世界だ。」 さらには米国人の友人と、 「この美しい海峡に、どれだけの戦いがあり、どれだけの死者が眠っていると思う?」 「それなのにきっと、自然は相変わらず美しいのよ。人間の愚かさも、時の流れの中で、詩情に彩られ、謳われていって…。」 「そういうふうにいわれると、なんだか断崖の方へ吸い込まれそうになる。」 との会話を交わす。 あるいは、「隠れたい場所」の章。 様々な動物たちが身を隠す生垣のあちら側とこちら側に思いを馳せたかと思えば、思考はいつしか“隠す”というキーワードからイスラムの国々のヘジャーブへ。 「隠れているが、所在を隠しているわけではない。ええ、ここに隠れているのです、という開き直った安定感。隠れていて、しかも現れている。「自分」ということの線引きにおいては、なんとクリアーな境界。」 それから、全体的に見てとれるのは、梨木さんのタフな探究心。 例えば、梨木さんはある日、藤原旅子の陵墓の場所を記した資料を眼にする。 その資料によると、梨木さんの記憶していた旅子の陵墓と場所が違う。 確認するために梨木さんは、宮内庁京都事務所に電話する。 詳しくは管轄が違うということから、桃山陵管区事務所へも電話をする。 更には墓調査室なるところへも問い合わせ、遂には滋賀県大津市神社庁へも…。 そしてとうとう還来神社で宮司さんから直接お話を伺うことになるのだ。 この探究心と思考を止めない体力! なんと果敢な! それはとても勇敢な行為にも思えた。 考え、感じとり、そして再び考える事の大切さたるや。 梨木さんは藤原旅子さんの件について、 「もちろん、しょっちゅうこういう風な生活を送っているわけではない。たまたまそれが、私自身の根幹に触れる何かであったため、本来ものぐさな私を突き動かしたのだった」 と仰られていたけれど。 また、「風の巡る場所」の章でのこと。 トルコのコンヤという町での、年配女性とのふれあいは、短いシーンながらもとても印象深いものだった。 詳しくは是非本書で…とお勧めしたい。 「私はそこに、もう今はこの世にいない、かつて私を慈しんでくれた母性に溢れた女性たちが、彼女の姿を借りて佇んでいる錯覚を起こした。」 母性って、国も宗教も人種も越えて、温かく包み込んで胸打つものなのだな。 「もっと深く、ひたひたと考えたい。生きていて出会う、様々なことを、一つ一つ丁寧に味わいたい。味わいながら、考えの蔓を伸ばしてゆきたい。」 「……私はその、「ぐるりのこと」という言葉に一瞬心奪われた。なぜなら私の興味のあるのはまさしく「ぐるりのこと」だったから。自分の今いる場所からこの足で歩いて行く、一歩一歩確かめながら、そういう自分のぐるりのことを書こう」 梨木さんにとっての“ぐるり”は、毎日の些細な出来事から精神世界から世界情勢までと、とても広い。 ふとした出来事から様々に思いを巡らせて、こちらからあちらへ、そのまた向こうへ…と、実に広範囲だ。 ああこれらが小説の種となって、後に数々の作品へと昇華されてゆくのだなぁ。。。 文庫の厚みよりも確実にもっと厚みのあるものを受け取った気持ちになった。 心にとまった文章 「世界の豊かさとゆっくり歩きながら見える景色、それを味わいつつも、必要とあらば目的地までの最短距離を自分で浮かび上がらせることが出来る力が欲しいのだ。」 「甘やかな連帯」 「「僕たち」「私たち」で語ることの出来ない孤独」 「群れの境界に足を引っかけて、どっちつかずの気持ちのまま、ノスタルジックな小説が書きたい、と思うようになった。」 「自らの内側にしっかりと根を張ること。中心から境界へ。境界から中心へ。ぐるりから汲み上げた世界の分子を、中心でゆっくりと滋養に加工してゆく。」 「物語を語りたい。 そこに人が存在する、その大地の由来を。」

    32
    投稿日: 2024.12.10
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    作者の身の回りで起こること、発見したことを通して社会の在り方を考える過程を描く。やがて物語へと昇華するのだろう示唆。冷静な分析やある種開き直ったような極論を展開しつつ、本質を捉えようと葛藤する作者に共感する。

    0
    投稿日: 2024.03.09
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    おそらく再読。内容はそんなに覚えていなかったけれど、「どうしたらこんなにも深く、広く思考ができるのか」と驚嘆したことを、感覚として、よく覚えている。そして凝りもせず今回も梨木香歩さんの思考の深さにひれ伏したい気持ちになると同時に、私は日々何を考えてるんだ、私のバカバカ、と思ってしまう。いつも、今日の予定、仕事は何か急ぎがあったっけ、夕食は何にしよう、週末あれがあるから、スーパーで買い物しておかなきゃ・・・・そんなのばっかり。人間本来、自分本位なもの。だからこれでいい、ではない、ぐるりのこともきちんと見つめて自分で解釈して、間違っていたら軌道修正して、思考に落としていかないといけない、そういわれている気がした。 「もっと深く、ひたひたと考えたい。生きていて出会う、様々なことを、一つ一つ丁寧に味わいたい。味わいながら、考えの蔓を伸ばしてゆきたい。」 例えばセブンシスターズで、切り立った崖の上と向こうの海との境界を認識し、残忍な争いに人が落ちていってしまう様を、内側と外側とで思考し、曖昧な境界があれば、と深く思考を沈ませていく。 例えば、今では少なくなってしまった垣根について、ダルがゆえに多くのものを内包し、その存在を助けてあげていたことを知り、イスラームの女性が被るヘジャーブの内側と外側について思考を馳せる。 なるほど、境界・・・か、と読む方も少しずつ思考を始める。そして思い浮かべる、垣根のような物理的な境界と、宗教、文化や政治などが絡んでくる複雑な心理的精神的な境界を。 例えば、目的地やゴールに最短距離でたどり着くことを良しとする教育について考える。これは何についての思考から派生したものだったか。 この人はこんなところからこんなにも思考を広げていくのか、と少し気後れするくらいにあちこちに思考が飛ぶ梨木さんの文章を読みながらも、気づいたら、梨木さんの思考の端っこにちゃっかり参加させてもらっている。私はそんなふうには考えられない、私にはどうもこうも表現できない、と思いつつも、自分なりに必死についていこうと思考をめぐらせる。 日々流れてくる悲しい、辛い事件について、むしろ情報が足りないのではないかと思うロシアとウクライナの情勢について、「悲しい」「辛い」「悔しい」「行き場のない怒り」を胸に抱いては、それ以上疲弊してしまうことを恐れて、思考をストップしてしまいがちだったと自らを省みる。疲弊しきってしまっては元も子もなく、バランスも必要だけれど、思考を止めてはいけない、たとえそれが自分の影響の範囲の外であっても、思考することに無駄はない、と思った。 読了後、本を閉じると、もう梨木さんのような深い思考はできない。日常に追われる。また、梨木香歩の思考に浸りたくなったら、この本を開こう。

    42
    投稿日: 2023.09.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

     タチアオイの花は、下から上へ花をつけてゆき、最後まで咲ききると梅雨が終わるそうです。梨木香歩さん、昭34年、鹿児島生まれ、英国留学、カヤックを趣味に、北方へ帰る鳥たちに会う旅を続け、大型犬と暮らしてるそうです。「ぐるりのこと」、2007.7発行、8編のエッセイ集。自分のぐるりのことにもっと目を向けてほしい。ぐるりから世界に心を開いてほしいとの思いが、このタイトルになったとか。「境界」もこのエッセイのポイントのようです。日本はアジアの中で、かつて歴史になかったほど西洋に近づいた一国。モデルはどこにもない。

    0
    投稿日: 2023.05.26
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    梨木香歩(1959年~)氏は、鹿児島県出身、同志社大学卒の児童文学作家、小説家。児童文学関連はじめ、多数の文学賞を受賞している。 本書は、季刊誌「考える人」に連載された「ぐるりのこと」をまとめて2004年に出版され、2007年に文庫化されたものである。 私は小説をあまり読まないため、著者については、小川洋子のエッセイ集に引用されていたことで初めて知って、少し前にエッセイ集『不思議な羅針盤』を読んだのだが、その時にも、著者が、身近で起こったひとつひとつの事柄をとても深く考え、それを慎重に言葉に表す作家であると感じた(作家とはそもそもそうした能力・性格を要する職業とはいえ)のだが、本書からは、それが一層強く感じられた。(『不思議な羅針盤』の初出は月刊誌「ミセス」、本書は「考える人」という違いもあるが) 著者も本書の中で、「もっと深く、ひたひたと考えたい。生きていて出会う、様々なことを、一つ一つ丁寧に味わいたい。味わいながら、考えの蔓を伸ばしてゆきたい。」と言い、また、連載の題名を「ぐるりのこと」した経緯を、キノコの観察会の指導者だった吉見昭一氏の「最近の子どもたちは身の回りのことに興味を持たなくなった。こういう菌糸類は身の回りに沢山あります。自分のぐるりのことにもっと目を向けて欲しい」という言葉を受けて、「私はその、「ぐるりのこと」という言葉に一瞬心を奪われた。なぜなら私の興味のあるのはまさしく「ぐるりのこと」だったから。自分の今いる場所からこの足で歩いて行く、一歩一歩確かめながら、そういう自分のぐるりのことを書こう、と、私はこの連載のタイトルを決めたのだった。」と語っており、著者自身が、身の回りのことを深く考え、それを表現することを強く意図していることがわかる。 また、細かいことながら、著者は「( )」による補足や但し書きを多用するのだが、これも、より適切な表現をしたいという著者の姿勢・苦悩の現れだと思うし、私も似たタイプなので、とても共感を覚える。 尚、本書の解説はノンフィクション作家の最相葉月氏が書いており、私は、同氏の思索的な文章も好きなのだが(これまで、『なんといふ空』、『れるられる』等を読んだ)、本書の解説を書くにはぴったりと思う。 エッセイは当然ながら、著者や作品によって、材料もスタンスも雰囲気も異なるし、読者の好みも分かれるものだが、身の回りの出来事を取り上げた思索的・硬質なエッセイ(但し、哲学的というわけではない)を好む向きには、読み応えのある一冊といえるだろう。

    1
    投稿日: 2022.09.12
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    裏庭を読むが何度読み返しても挫折していたが 西の魔女が死んだ を読んでこの人の作品に触れてみたいといくつか小説を購入し、難解なのもあるが読んだ作品は好きな部類に入るのでエッセイに挑戦。 したが思考回路が全く違うので共感できなかった。 再読してまだ理解できなければ旅立たせよう。

    0
    投稿日: 2022.08.10
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    言葉が分からないという関係のなかで、どうにかして相手を理解しようとすることが、コミュニケーションの大事な部分であると思う。 相手の人生観、宗教的な背景、など知ろうとすること。 通訳を通して得た言葉は、ただの言葉として分かりやすいけれども、本当に得るべきものは、相手を知ろうとする意識なのだと思う 旅の途中、共通言語のない人との会話に四苦八苦したときのことを思い出した。

    0
    投稿日: 2020.05.14
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    梨木さんの文章や思考は循環的というか、むしろ連想的というか、思考の順番をそのままにしているので、ちょっと分かりにくいところもあるが、それでいてとても奥が深い。

    0
    投稿日: 2020.03.03
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    梨木さんの本は2冊目だが、話題になっていたのに読んでなかった。 ミステリの世界をちょっと歩いてみようと思ってから、文学作品から少し遠ざかっていた。 仕事を辞めた途端に、後を引かない話がいいと思うようになったのが原因かもしれない。仕事に逃げられなくなると、身軽な日常の方が健康上よろしいのではと思いついた。ストレスの源は仕事だと思っていたが、今になって思うとちょっとした逃げ場だったかもしれない。 あまりに本が溢れているので、退職後の時間の使い道に迷ったついでに、あまり知らないジャンルに踏み込んでみたらこれが面白過ぎた。 そして最近、何か足りない、情緒にいささか偏りがあると思い始めた。それが全部ミステリにどっぷり漬かり過ぎたので、幼い頃から馴染んできたものを手放しからではないかとふと思った。文学書のような区別の難しいミステリも多くてまだまだ卒業できそうになけれど。最近そんな気がしていた。 梨木さんの本を手にして、こういう文章が心を落ち着かせるのか、帰るところはこういう世界なのかもしれないと気がついた。 身の回りの話題から、世界を大く広げるようなエッセイ集だった。「ぐるり」と言う言葉は、「周り」ということに使われる。母の田舎では「田んぼのグルリの草刈りをしよう」「家のグルリをひと回り」などと普通に使う。 「グルリのこと」という題名の「グルリ」とは、「グリとグラ」に近い何かの名前なのかとぼんやり思っていた。わたしは何でも予備知識なしで取り掛かる欠点がある。 境界を行き来する ドーバー海峡の崖からフランスの方に身を乗り出して見た時気づいた、「自分を開く」と言うことからつぎつぎに連想される事がらについて考える。 隠れていたい場所  生垣の中と外、内と外からの眺めや中に住んで見たい思いがイスラムの女性の服装について考える。 イスラームの女性の被りものは、覆う部位や大きさ、また国によって様々な呼び名があるが、総称してヘジャーブという(略)イスラームに対する批判の中には、唯々諾々とヘジャーブを「纏わされている」女性たち自身に対するものもある。「隠れている」状態は、それを強制させられていることに対する同情とともに抑圧に対する自覚がなく、自覚があるなら卑怯であり、個として認められなくても当たり前、というような。 それから、そういう印象を受けるイスラームの問題や、われわれの受け取り方や、わかろうとする無理について考える。面白い。 風の巡る場所 観光客が向けるカメラの先にいる現地の人たちに対する思いや、旅人の自分や大地を見つめて、考えたことなど。 大地へ 少年犯罪について、教育者の態度、子を亡くした親の悲痛な心について。逆縁の不孝、冠婚葬祭の風習などについても。 目的に向かう この分は実に「ぐるりのこと」なので面白い。車で信楽に出掛けたところ、回り道をしてしまって伊賀上野についたり、昔ながらの田舎の庭が、イングリッシュガーデンの始まりに似ていると思ったり、私も野草や花が好きなので、近代的な花もいいが、昔ながらの黄色いダリアや千日紅、ホウセンカなどが咲いている庭を見ると懐かしい。共感を覚えて嬉しくなった。 群れの境界から 映画「ラストサムライ」を見て思ったこと。葉隠れの思想、西郷隆盛の実像などの考察。 群れで生きることの精神的な(だからこそ人が命をかけるほどに重要な)意義は、それが与えてくれる安定感、所属感にあり、そしてそれは、儒教精神のよってさらに強固なものになる(その「強固」もうすでに崩壊に向かっている訳だけれど)この儒教精神も絶妙な遣りかたで(結果的に見れば。その時々で都合のいいように使われてきたことの堆積が宋見えるだけかも知れないけれど)為政者側に役立ってきた。 こういう物語や、現実につながる過去の歴史が思い当たる。 物語を 風切羽が事故でだめになったカラスに出会う、あんたは死ぬ、と言って聞かせた後、帰り道でカラスが民家の庭にいるのを見る。迷子のカラスがペットになった話があったなと思う。カラスと目が合って「そうだとりあえず、それでいこう、それしかない」と思い、そうだ、可能性がある限り生物は生きる努力をする。生き抜く算段をしなければ。 アイヌのおばあさんの処世術について。 ムラサキツユクサの白花を見つけたが、そこが住宅地になってしまって胸が痛んだこと。 本当にしたい仕事について、 物語を語りたい。 そこに人が存在する、その大地の由来を ますます好きになった梨木さんという作家の物語を楽しみに読みたい。

    1
    投稿日: 2019.12.30
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    日々の生活の中で梨木さんの胸に去来する強い感情、そして歴史や政治、社会問題に関する深い教養に裏付けされた思索が、エッセイの形で書かれていた。受験勉強などを通じて、目的に対して最小の労力でそれに辿り着く最短距離ばかり追い求めてきた私にとって、このような、自分を芯に添えて、ぐるりのことと交流しながら深く思考するということはとても新鮮だった。受験勉強で習ったことも、ただの知識に留まらず、思索の幅を広げる道具に出来たらいいなと思った。純粋に考えることの楽しさを感じた物語だった。 『共感する、というのは、大事なことだ。が、それはあくまで「自分」の域を出ない。自分の側に相手の体験を受け止められる経験の蓄積があり、なおかつそれが揺り動かされるだけの強い情動が生じなければ働かないのだ』 『個人や集団の中で混沌としていたものを、クリアな対立関係に二分しようという性急さ。さあ、おまえはどっちなのだと日本は迫られ、個人も迫られ、その度に重ねていく選択が、知らず知らず世の中の加速度を増してしまう。クリアな境界に、ミソサザイの隠れる場所はないと言うのに。(有刺鉄線と生垣)』 資本主義社会の教育に触れた一節で印象に残ったものがあった。 『目的を設定し、その最短距離を考えるー受験対応型マニュアル教育が基本にある。何かをしたい、という情熱がはぐくまれるまえに、「何かをするためにマニュアル」が与えられてしまう。1番の弊害は、立ち止まって深く考え続ける思考の習慣が身につきにくくなることだ。資本主義的な営為のもとで、この短絡性は社会全体が切磋琢磨して育んできたものだ。』 私が今感じている人生の虚しさ(笑)も、小さい頃から目標、最短距離、ゴールばかりを繰り返してきた結果として生まれたものなのかもしれない。 『世界の豊かさとゆっくり歩きながら見える景色、それを味わいつつも、必要とあらば目的地までの最短距離を自分で浮かび上がらせることが出来る力が欲しいのだ。』まさにその通りである!人生を豊かなものにするために、自分で速度を調節出来る力が欲しいのだ。 また、戦時中の日本の全体主義や国民主義などにも触れている。 『「死をも恐れない美学」群れ全体の組織性にアイデンティティを見出しているほど、命はたやすく投げ出せる。』 『長い長い間、東北アジアの大地に染み込んだ儒教精神で、いちばん人を安定させ得たファクターは、やはり、先祖から自分を経由して子孫にまで連綿と続いてゆく、その根っこの感覚、続いているという感覚だろう。しかし、その群れに人を健やかに安定させる力がけえ失せているとしたら、もう群れる必要はない。』 『群れのなかにあるということは、人を優越させ、安定させ、時に麻薬のような万能感を生む。しかし、その甘やかな連帯は、快感への渇望が暴走すると、異分子を排除しようと痙攣を繰り返す異様に排他的な民族意識へと簡単に繋がる。』 戦争を繰り返す人間の本質をよくついていると思う。私の心の奥にもまた、個人と群れが同居している。意識せぬまま自分を共同体の1部として捉えている「私」が、群れからのサインを受信したが最後、神話の時代さながらの激しさと高ぶりを持って、あっという間にひとつの生命体のような群れを、まるでありのようにひとつの目的に向かって突き進む。そんな気がしてたまらなく不気味な不安に襲われてくる。民族を生きるということは、そういう不気味さを生きるということでもあろう。気付かぬ間に、個がねじ伏せられていく。自分を保つとは、どういうことなのだろうか。個の生と時代の生を生きること。そのバランスはとても難しい。 とにかく、色々な刺激を得た本だった。

    0
    投稿日: 2019.09.04
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    エッセイ集 と言うには一遍が長い 話題があっちこっち飛ぶけど、その遍の中では一本筋の通った関連がある ただ、期待していたのとはちょっと違った 映画の「ぐるりのこと」のタイトルの由来がこれと知っていたんだけど それを前提に思い込みすぎてたね

    0
    投稿日: 2019.03.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    再読。エッセイ。タイトルの通り身の回りのことから、政治や国際情勢や世界のことまで幅広い。それも唐突な跳躍ではなく、世界は自分の延長にあり、世界の帰着に自分があるということをしっかりと考えさせてくれる。梨木さんが物語を語ることによって伝えてくれる想いをしっかりと受け止めていきたい。

    0
    投稿日: 2019.02.19
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    梨木香歩さんの本は「雪と珊瑚」を産後に読んでものすごく影響を受けたのだけど、エッセイは初めて読んだ。 こういう考え方をする人なのか、と新たな発見。 この本が出たばかりの頃に、職場の同期に「合うと思う」と勧められたことを思い出した。読んで納得した。

    0
    投稿日: 2018.12.28
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    梨木さんの紡ぐ物語をリアルタイムで読むことが出来る我々は、なんて幸せなんだろう、と思った。最後の一文を読んで、その気持ちはさらに強くなった。本当に素晴らしい文章を書く人だと思う。

    0
    投稿日: 2018.11.13
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    タイトル通り、色々な話がぐるぐる回っていくようなエッセイだった。 今まで読んだ中で1番難解なエッセイだった気がする…

    1
    投稿日: 2018.11.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

    私達をぐるりと取り囲む異世界。 ぐるりの内側へ籠りがちな私に、もっとぐるりの外側へ開いていけよ、と梨木さんから温かくも厳しい言葉をもらった。 ぐるりの内側と外側は言語や風習、文化等といった差異があり、その違いに混乱し時に大小様々な争いも否めない。 ぐるりの内側に籠り隠れることはとても楽ちん。 けれどそこに安住していてはいけない。 一歩一歩確実に自分の足で歩いていく。 「自らの内側にしっかりと根を張ること。中心から境界へ。境界から中心へ。ぐるりから汲み上げた世界の分子を、中心でゆっくりと滋養に加工してゆく」 梨木さんの常に五感を研ぎ澄ませじっくり丁寧に物事を見極める姿勢は相変わらず。 以前読んだエッセイで紹介された、ウェスト夫人の言葉「理解はできないが受け容れる」にも通じることだと改めて思う。 今回のエッセイを読んで、私にとって梨木さんは人生の道標的存在である、と改めて思い知る、とても大切な一冊となった。

    6
    投稿日: 2018.10.18
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    10年以上前の本とは思えないほどに、昨今の世界情勢と何ら変わっていないことに改めてショックを受けた。

    0
    投稿日: 2017.12.22
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    物事をふかーく考えるのが大人になって更に苦手になりました。梨木さんは生きるのがある意味でしんどそう。

    0
    投稿日: 2016.12.03
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    よくわからなかった。 次々に話題が転換していくエッセイ。 さーっと流し読みするだけだと、「なんでその話?」って思っちゃってついていけない(多分読み方が間違っている)。 個人的に文体がちょっと苦手。

    0
    投稿日: 2016.11.13
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    私にとって大切な本になった。 自然のことに精通している梨木さんの人間観察について書いてるところがとても好きだ。 思慮深くて読みながらうなずいてしまう。 特に好きなのは西郷隆盛について書いてるところ。通り一辺の分析ではない部分は読みごたえがあった。 儒教的精神について書かれているところも共感した。 「春になったら苺を摘みに」も良かったけどこちらの方が読みごたえがあった。

    0
    投稿日: 2016.09.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    おもしろいとの。5分しかあとないって時に、図書館でとにかく目に止まった本を借りた。そしたら、この本。私はこの人の著作を2冊読んだことがあったのだ。 静かな森のコテージで休息するような旅で読みたいと思った。だから、今回はつまみ読みしかしてない。 だから、ぐるりのことも、まだわからない。 またこんど。 最後の章の 「物語を」 よかった。 「地霊と言霊が、思わぬ形で互いに寄り添ってゆく。」 という好ましい状態が著者の望みなのだろう。 「物語を語りたい。 そのき人が存在する、その大地の由来を。」という強く確かな思いが、響いてくる。 「大地へ」もよかった。 93ページ目に「ぐるりのこと」について見つけた。 スコシズツ、少しずつやってゆけばいい。のくだりがいい。 今まであった成分の喪われた大地なら、、、のところ。

    0
    投稿日: 2016.05.15
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    はあ。やっと読み終わった。1か月半以上?くらいかかった。 わたし、小説と比べてエッセイって苦手なのよ。これ読んでて何でかちょっと分かったわ。この小説の作者ってこーいう人物やったのか、と興醒めするのが嫌なんやわ。 梨木香歩はいくつか読んだ小説が好きやったし、このエッセイの章題も興味深くて面白そうやったけん買ったけど、面白げな章題からは想像もつかんよーな社会派やったわ。 うーん…考えてみれば、「西の魔女が死んだ」とか「からくりからくさ」とか、しれっとフェミニズム的な思想ぶっ込んでたし、うん、まあ、そーいう人なんやね。 私はそーいう、素敵ないい人でしょう!ていう… エッセイって言うからには自身の経験が元なんでしょう。よく自分の言動をああいう綺麗なことばで飾って表現できるよね。

    0
    投稿日: 2016.03.24
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    矛盾を抱えて、生きていこう。考え続けて、生きていこう。 梨木香歩が好きだ、と思った。この前読んだ『沼地のある〜』を構想していた頃のエッセイ。あの話に至るまでの思考の流れ、渦巻きを知って、より『沼地のある〜』が気になってきた。 単純には割り切れない。違和感を感じる。だからといって、それを声高に叫ぶこともない。物語の力とは。「心を動かす」ことの危険性。「泣ける話」「全米が泣いた」という文句が嫌いなので、梨木香歩のとまどいが自分のことのように感じられた。梨木香歩の描く、「優しい冷たさ」は、私にとって心地よい。全員がわかってくれるなんて、怖い。でも、閉じこもらず、理解を得られるよう、働きかけること、考えることは、止めないでいたい。人と関わることはエネルギーがいるけれど、敬遠せず、さらっとしたことばだけを語って過ごすのではなくて、きちんと傷つくことばから逃げずにいたい。

    0
    投稿日: 2015.07.12
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    大切な本。 人との諸々の付き合いや、時代の大きな流れで自分を見失いそうになると、この本に帰ってきてすとんと自分の足下に落ち着く。 静けさに包まれ、それでいて開いている。 その生き方に、憧れをもった。 しかし生垣的な、ダルな境界を保とうとするからこそ、「そと」の流れは自分の近くまでに影響して、自分の足下はたやすくぐらつく。 開かれたまま、自分のぐるりのことに足をつけて、生活する方法を、自分のもとに手繰り寄せようと、繰り返し開く。 「春になったら苺を摘みに」の「夜行列車」で描かれたモンゴメリは、その方法を手にすることができず、境界をクリアにし、自分を守ったのであろうか。 わかる。人との境界をクリアに区切ったほうが、ずっとラクだ。 だけど、なぁ。 この「ぐるりのこと」と、「春になったら苺を摘み」を読んで、その境界をあいまいに。 クリアなものと、あいまいなもの。 二つの別方向のベクトルをなんとか、使い分けてみたくて…

    0
    投稿日: 2015.06.10
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    ☆4 水無瀬 咀嚼に物凄く時間をかけるととても美味しい、実にスローフードな名エッセイ。甘くない。が、渋くない。昨今流行りのレモンジーナではないが、「土の味」がします。

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    投稿日: 2015.04.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「ぐるりのこと」とは身の回りの事。九州、イギリス、トルコ等で出会った出来事を綴ったエッセイ。トルコ編は「からくりからくさ」で著者が見せたキリム等への造詣もうかがえます。著者の作品を読むたびに、自分も梨木さんのように、真摯に周りを見なければと反省させられます。

    0
    投稿日: 2014.06.01
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    言葉にしづらいことを丁寧に自然と結びつけるように書いているエッセイだなあーと。 ディテールがとてもクリアだとかんじる。こういう話ってすごくぼんやり書く人もいるけど、輪郭がくっきりしてる気がした。 でもクレヨンとかじゃなくて、あくまでも細いペンみたいなかんじ。 潔く落ち着いた知性みたいなもの?しんとした雪原とか、暖かな日差しのなかとか、そんなかんじ よみかえすといいな

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    投稿日: 2013.11.04
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    表題は、自分の「ぐるり」(周縁)のこと、という意味なのだが、筆者の想いは自分の身近な範囲から、時にはイギリスへ、そしてまたアメリカへ、アフガンへと拡がっていく。あるいは、彼女の出身地である鹿児島(薩摩藩)が背負っていた歴史的な構造を語り、さらにはそこから西郷隆盛論へと展開する。そして、最終的には「ぐるり」の中心にある『私』(個)へと帰着してゆくのである。それはまさに、銀河の渦のように回転しながら中心に収斂していくかのごとくだ。

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    投稿日: 2013.09.23
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    梨木さん、どれだけ深く、広く、物事をとらえながら生きているんだろう。 いつもぐるりのことにアンテナをはっており、疲れないのだろうか。 そんなところの気のゆるめかたもうまいんだろうな。

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    投稿日: 2013.07.24
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    久しぶりりエッセイが読みたくなって手に取りました。 普段読むエッセイと違って重かった…と言うか、頭使いました…が、家守綺譚の梨木さんの見る世界はこうなのか、と思い巡らせることができました。 ヘジャーブが纏わされるものではなく、個を主張するために自ら纏うもの、と言う意見は初めて知りました。 見られることでオブジェ化されることを拒む…考えたこともなかった… また、ジプシーは「知らない」ことこそがアイデンティティとなるとか。 自分の出自を知らなければ、誰でもなくなる。 誰でもない集合体が流浪する。音楽と共に。 (定住すると音楽に関心を持たなくなるらしい) もう一つ、刺さったのは、明晰性と、対する単純化、幼稚化について。 私は前者に憧れて、前者を持つ人を好むけれど、今の自分は後者だろうなぁ…と。

    0
    投稿日: 2013.07.15
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    身の回りの出来事から社会問題へ、社会問題から身の回りの出来事へ、作者の物事の感じ方がよくわかるエッセイ 自分もこんなふうに感じたなという共感と、こんなふうに感じる人がいるんだという発見がありました

    0
    投稿日: 2013.07.03
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    映画の「ぐるりのこと」の原作かと思って手にとってしまったら、全く関係なかった(^^; 梨木香歩さんのエッセイ、身の回りのこと=自分のぐるりのこと、に関しての梨木さんの思考の足跡。 最初は読むのがとても大変で、梨木さんの思考になかなか入っていけなかったのだけど、ゆっくり丁寧に読んでいくと、じわじわと入り込め、いろいろなことに立ち止まり、深く考え、自分の言葉を紡いでいく様子に舌を巻く…。 梨木さんの小説「沼地のある森を抜けて」誕生のための思索とも言える…と、解説に書いてあって、そう読むと、すごくわかりにくく、消化不良になってしまった「沼地のある森を抜けて」がちょっと身近になったので、今度また読み返してみようと思う。

    0
    投稿日: 2013.06.07
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    日々の生、社会の生、時代の生を丁寧に深く生き抜くことを綴る随筆集。 あらゆる物事と、その背景にある人間の心の動きを明らかにする、その為に選ぶ言葉の的確さに、何度もはっとさせられました。 自分という個と、世界との境界を自由に行き来する梨木さんの柔軟な思考が、数々の著作の根底にあったのだと実感すると共に、その真の思慮深さに憧れてやみません。

    1
    投稿日: 2013.06.06
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    ほっこりするエッセイではない。梨木さんの苦悩する、祈るような魂に触れ、こちらも触発される。声高に糾弾するのではなく、ぐるりのことに関わって行く姿勢に共感を覚える。特に西郷隆盛分析には深く反省させられた。

    0
    投稿日: 2013.06.05
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    梨木さんのエッセイは、とても聡明で思慮深く、梨木さんのお人柄がうかがえる。そして情緒もあって、思いやりも感じられる。 “聞いていて、私はその場を動けなくなった。白状すると、女性の「心からの感嘆」に打たれていたのだ。私ときたら、初めてあの美しいアクセサリーたちを見たとき感じた思いに、今に至るまで、きちんとした言語化の手間をかけてやることすらしないできたのだった。自分の感動に等級を付けて意識せず軽んじていたのだった。” こんなふうに感じることのできる人。 梨木さんの考えは深く、情も深く、そして誠実。 浅はかな自分の愚かさを感じながら読んだので、なかなかすんなりと読み進めることができませんでした。

    0
    投稿日: 2013.04.12
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    静かだけれど、密やかな情熱を秘めたこの著者だけが持つ独特の静謐な文体。石粒が落ちて湖面に水紋が広がっていくように、一つのテーマをきっかけに様々な出来事、考えが現れかつ一つに織り上げられていくので、物語の全体、要旨を自分なり把握するのに慣れと時間が必要。でもそんな風に少しずつその人の時間で味わいながら読むのが合っているのかも。境界を行き来するの章の『開かれている』と題名にもなった『ぐるりのこと』という言葉が私にも深く印象に残った。このエッセイを連載中に執筆していたという、沼地のある森を抜けてを読むのが楽しみ。

    0
    投稿日: 2013.03.11
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    一歩一歩確かめるように、感じることを考える。身の回りは世界に通じていて、世界は身の回りに通じていることを、あらためて、想う。そのように、きちんと自分の頭で考えて、自分の心で感じたい。

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    投稿日: 2013.03.06
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    「春になったら苺を摘みに」のほうが正直好き。 でも、このエッセイも良作でした。 アクセサリーに関する話で感情を素直を表現する婦人に対する見解に私もハッとなった。 どちらかというと私も「次郎ちゃん」のような反応を示すと思うのですが婦人の感情の表し方がとてもうらやましい

    0
    投稿日: 2013.01.13
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    恐らく精神性のありようとしては同類に位置すると思うけど、思慮深さが100万倍違うので恥ずかしくなる。 同じ犬好きでもこんなに違うのな。いや反省。 受け止める、感じる、共感する、これらの浸透度合いのちょっとずつの違いが思慮なんだろうな~

    0
    投稿日: 2013.01.10
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    その事をやらずには生きられない、 そういった事をやっているヒトを感じるのが、自分は好きで。 ニセモノとホンモノがあるのなら、このヒトはホンモノだと思う。

    2
    投稿日: 2012.11.05
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    向こう側とこちら側、そしてどこでもない場所。「苺」より難解な気がするが、何度も読む価値あり。ただ根性いる。

    0
    投稿日: 2012.09.24
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    梨木香歩さんが,自身の周囲(ぐるり)と周囲から広がる思考に目を向けて書かれたエッセイ. 常に何かを考えているような,梨木香歩さんの文章のつながりや考察の深さに,圧倒されました. 特に心揺さぶられたのは,タイトルの理由も述べられている「大地へ」という章.前章までの抽象的な,レベルの高い考察を継いで,落とし込まれていました. 自分のぐるりに対して,関わっていく, 境界を行き来して,しょうがないなあと受け入れ,繋いでいく 物事の捉え方のような,生き方のような,参考になりました.

    0
    投稿日: 2012.09.23
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    てっきり映画の原作だと思っていたら全く関係ないエッセイ集でした。 目的を設定し、最小の労力でそれに辿り着く最短距離を考えるー(中略)何かをしたい、という情熱が育まれる以前に、「何かをするためのマニュアル」が与えられてしまう。 ↑ここが一番ぐっときた。日本の教育について考察する場面なのだが、私は正にこの通りに育っていると思う。 著者はこういった教育を批判し切り捨てるのではなく、一定の理解を示しつつもっとなんとかならないものかと憂いている。 しかし、この短絡性を援助交際や恐喝などの犯罪に結びつけてしまったのは私には残念だった。 もっと「情熱を育む」という部分に焦点を当てて欲しかった。 著者はこれほど意識的に生活していくことに、疲れないのだろうか、と読んでいて心配になった。 自分で深く深く考えていても結局世界が変わることは(多分)ないのに。 何か行動を起こさないことに罪悪感を覚えたりしないのだろうか。 そう思うと同時に、著者にとっては作品を書いて世に発表するということが、行動を起こすことなのだ、と思った。

    1
    投稿日: 2012.09.03
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    先日読んだ「西の魔女が死んだ」といっしょにブックオフで250円で買ってきましたが、自分としてはこちらのエッセイに強く惹かれました。 books176

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    投稿日: 2012.08.14
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    難解な部分もあったが、それは決して読者を突き放したものではなく、こういった単純に割り切れない問題を一緒に考えてくれるでしょう、という、読者を信頼しての問いかけのように思えて、期待に応えようと一生懸命読んだ。 もっとこの方の、物語と、そして物語の形をとらない生の声を読んでみたいと心から思った。 『風の巡る場所』が中でも秀逸。

    0
    投稿日: 2012.07.10
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    人は生きているだけで物語を歩むものだ。 それを語るかどうかは解らないけれど あぁそれにしても、世の中には何と無数の物語があることか。 たくさんの物語がひしめきあい、交わり、混ざりあったり、時には反発しあったりしながら世界はまた作られてゆく。 その物語たちの合間には境界線はあるのか? 何をもって境界とするのか? 隔てられないことは常に「一緒である」という安心感と同時に「逃れられない」という不安感も生む。 どちらを意識する事が大事なのか? きっとどちらが大事ということはないのだろうが… けれど、生きるとは常にそういう中にさらされるということだ 特に「個」の意識をうまく持ちにくい日本人のこの意識の有り様がこれからどうなって行くのか? どのくらいの人がまずはこのことを「意識できる」のか、 そしてどうやって自らの個を育てていくのか、 その個を一体どんな場に位置付けるのか… 次々とあふれだす連想に身を任せながら読んだ。

    0
    投稿日: 2012.05.07
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    何かいろいろなことを急ぎ過ぎているなぁと感じたり、何かにとらわれ過ぎている気がするなぁと思うとき、梨木さんの書かれたものを手にするようにしている。深呼吸して、ゆっくりゆっくり、そして、じっくり考えること。もしくは考えること、カテゴライズすることを保留すること。わかりやすさに頼らないこと。しょうがないなぁ、やれやれと。それでも、そんな自分や世界を受け入れ、つきあっていくしかないのだと思い直して、歩いていこう。 なぜか『ぐるりのこと』は、私の中で印象の薄いエッセイだと思い込んでいた。でも、久しぶりに読んでみると、ふとした時に、自分を戒めたり、ちょっと待ってとブレーキをかけるときに思い出すことが詰まった大切なものだった。あちこちにたくさんの付箋が付いていて、思い込みってよくないねと思い直したのでした。

    0
    投稿日: 2012.03.18
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    読んで共感できるかできないか、パッキリ三つくらいに割れそうなエッセイ。 残念ながら、私はイマイチピンときませんでした。 ただ、もの凄く感情というか思考が迫ってくるのはわかる。 もう少し歳を取ってから読めば、また捉え方が変わりそうな本だと思いました。

    0
    投稿日: 2012.03.17
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    めまぐるしく過ぎてゆく日々を、どうやったら真っ直ぐ生きられるのか。立ち止まって考えごとなんてしていたら、あっという間に置き去りにされしまうこの社会で、それでも目を反らさずに、自分のぐるりのことを深く見つめる梨木さんを尊敬せずにはいられない。自分の生き方や思考の拙さを考え直すきっかけになった大切な一冊。

    0
    投稿日: 2012.03.06
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    初めて読んだときは正直、あまりピンとこなかったのですが、 長期海外駐在を経験した後に読みなおしたら 一文一文がまったく違って見えて、自分の心の深い部分に漂っていた 疑問やモヤモヤしたものにダイレクトに響く名文の連続でした。 生きていく以上絶対に避けることのできない境界の問題、 境界について考えたいと思うたびに読みたくなる、 手放せない一冊となりました。

    0
    投稿日: 2012.03.02
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    思慮深い、日々を大事に大事に、一歩ずつ踏みしめるような筆者の人柄がうかがえる。一見、枝分かれして浮遊する「考え事」に振り回されるような話題の飛躍が多いけれど、通読すればちゃんと、ひとつの根っこに集約してくる。 人間や自然の、根本的な本能とか原理とか、、、普遍的な真理みたいなものを探し、受け入れようとするかのようなの彼女の視点は本当に鋭くて、斬新。 最終値としての答えはどこにもないような命題ではあるけれど、考えさせられることが多く、とても刺激的だった。 さまざまなテーマが登場する中に、マニュアルやハウツーについて言及した箇所があった。決してそれらを否定するのではないけれど、「立ち止まって深く長く考え続ける思考の習慣が、身に付きにくくなる」という記述があって首肯した。 どんなマニュアルも、自分で咀嚼して消化することを怠れば、いくら実践してもただの機械と同じである。ディズニーランドのキャストたちが的確な行動を選べるのは、マニュアルの一歩先にある精神を、きちんと各々が理解しているからこそだろう。 とかく、「考えること」を省かせるようなマニュアル化や信仰のようなもの(宗教に限らず)のあふれる現代で、筆者のように、「生きている途中で感じる小さな違和感」をひとつひとつ、こうしてじっくり考える、という姿勢は、何より、凄い。

    3
    投稿日: 2012.02.13
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    同名の映画とは関係ないエッセイ。が、エッセイに合わない人だ。ガラスのように繊細な言葉がバラバラと散らばり、ただでさえぎゅっと掴むのが困難なのに、2つ(以上)の話題を平行につづる。きれいな文だが、不要と思える難解な接続詞遣いなど、現代文の長文問題を思い出した。そういう練習にはなります。

    0
    投稿日: 2012.02.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    映画「ぐるりのこと」の原作と勘違いして読んだ本。 梨木香歩さんの小説に重厚な 情報、時間、感情が折り重なっている理由が伝わってきました。 対話するように読める、とても濃厚な1冊。 たしかにそこに存在する「何か」を捕まえて 見て見ぬふりをしない。それが「ぐるりのこと」だから。 どこまでが「ぐるり」なのか、悩んでいた私にヒントをくださいました。

    0
    投稿日: 2011.12.20
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    梨木香歩の精神世界をそのまま、エッセイにしました、というようなエッセイ本。思考と文章が一体となっている。時に人の真の思考にふれることは、こんなに難解な世界に踏み入るものなのだなと思える節があり面白かった。以前読んだ、池田晶子が失望しながら世界を突き放すのに対して、この方はしょうがないなあ、と失望しながらも世界に付き合うそんな印象。どちらがどうではなく、人の性向が父的であり母的であるのなら、梨木香歩は後者のスタンスにいる気がする。

    0
    投稿日: 2011.11.17
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    児童文学というある程度の明確さを求められるジャンルを主として活動している梨木香歩の思考がここまで深淵なものであるとは。思考する、という行為の尊さを静謐な文章から感じ取る。 綴られているのは庭の垣根をはじめとした、それは無論人間にも当てはめられる、あちら側とこちら側の境界線について。普段気にもとめていないところに密かにずっとあった、境目とその意味をみつめなおすきっかけとなった。

    0
    投稿日: 2011.11.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    エッセイ。 話題が幅広く共感する内容も多くあった。 短絡的でない思考の深さが印象的だった。 視野を狭めず、固定観念にとらわれないことの大切さとかを再認識させられたと思う。 一見些細なことも大切にしたいと感じさせられた作品。

    0
    投稿日: 2011.08.19
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    梨木さんの作品は、静かな空気感のなかに、ひとつひとつに歴史を重ねてきた重みというのが感じられてとても好きなのだが、こちらのエッセー...というには深い思索に驚かされる。常日頃から、自分をとりまく事柄にこんなに思いを馳せている方だったんですね。すごく勉強になりました。

    1
    投稿日: 2011.08.11
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    穏やかで静かでありながらメッセージはちから強い良エッセイ。身の周りの「ぐるりのこと」から内的世界、外的世界へと思考が拡がっていく。著者の小説も読んでみたくなります。

    0
    投稿日: 2011.07.14
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    エッセイなので拍子抜け。 作家はみんなそうなのか分からないですが、 色々なことを考えてるんだなーと感じました。 梨木さんは深く考えてるとは感じたのですが、 何か違う気も感じました。 まぁ、世の中複雑だから仕方ないと思います。

    0
    投稿日: 2011.06.24
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    かなり考える、エッセイ。共感できることもあり、共感できないこともあり。共感できないことに嫌悪感は感じず、さらに深く考え、思考を広げさせられます。自分と他者、とりまく世界。じっくり時間をかけて、また読み返したい一冊。

    0
    投稿日: 2011.06.23
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    本のタイトルの『ぐるりのこと』は・・・ 茸の観察会の指導者だった吉見昭一さんの「さいきんの子どもたちは身の回りのことに興味をもたなくなった。こういう細菌類は身の回りにたくさんあります。自分のぐるりのことにもっと目をむけてほしい」という言葉を継ぐ形でつけられたようです。 「ぐるりから世界に心を開くー」 今 震災でつらい心を抱いている人たちへ・・・ 私のぐるりからできることをしようと思う。

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    投稿日: 2011.06.12
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    「西の魔女が死んだ」や「家守綺譚」でずっと前から馴染みの作家さんのエッセイ。とは言え、ちょっと気軽に読み流すという感じではない。 日常生活のあれこれを切り取りながら、深く思考の輪が広がっていく。物を書く人というのは、いつもこんなに深く突き詰めて考えているのかと、感心してしまった。自分の日常のなんと薄っぺらい事か…。 でも、なかなか素顔が見えない作家さんの日常が垣間見えて興味深かったです。その作品にたびたび登場する植物との関わりは、そのままご本人の日常なんですね。 「裏庭」や「西の魔女…」に出会った時のワクワクする喜びが蘇りました。

    0
    投稿日: 2011.04.23
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    身の回りのぐるりのこと。様々なエピソードを交え、深く深く物事の本質を追いかけていく。それは諦めなのか、それとも積極性なのか。時には思考の海に溺れかけながら、きっと今日もまた『しようがないなぁ』と考えること止めずにいる。だから梨木さんの著書は、ただ面白いだけでは済まないんだ。

    0
    投稿日: 2011.04.03
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    作者の独特の感性を通して「今」が描かれている。その文章は美しく温和にも関わらず、鋭利な刃でもあるような気がした。確かに今を生きる僕たちは加速するばかりなのかもしれない。その先に何があるか分からないというのに。(2011年) ------ また読んでみた(2023年) ・多様性はただそこにいることを受け入れることなのか?共感のような互いの侵食を必要とするのか? ・言葉は不便なものである。誤解も不信も生む。語るより何か作業を一緒にやるといい。 ・総合学習、なりたい職業を決めて、どうやったらなれるか調べてみよう。それはマニュアル化の始まり、本当になりたくてしょうがないのか?を考えるのが先なのでは。スタートアップのマニュアル化の話と似ている。 ・群れと個。群れの母性的な安定感、その裏返しには狂信的ファナティックと全体主義、無邪気な正義がある。

    0
    投稿日: 2011.03.05
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    なんの前情報もなく図書館で借りたのですが、なぜだか「ぐるり」という名前の犬の話だと思っていて、硬派なエッセイだったので吃驚しました。「ぐるり」とは周囲であり自分と他者との境界線。小説とは全く趣の違った内容で、特に9.11〜イラク戦争、子供の犯罪、人質解放の辺りに思われていたことが書かれていてさらりと読み流すことが出来ない一冊でした。 ※次何かペットを飼ったら「ぐるり」と名付けようかな。

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    投稿日: 2011.01.30
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    タイトルから女性作家の随筆、エッセイの類と思って読み始めて、驚く。むしろ評論というべきもの。 外部と内部、その間にある周辺とか境界といわれる領域。この辺までは教科書的な理解はあった。英国の生垣は動物や昆虫たちが集まる豊潤な世界という。中心あっての周辺と思い込んでいて、そんなことは考えもしなかった。著者自身、幼い頃そこに立て籠もった。遠くからの光に誘われて出てしまったとの告白。光とは何の比喩だろうか。自己と他者を超越する理想だろうか? 難しい。トンデモナイ疑問を最後にポンと置いたりする。意地悪じゃないけれど、読者についてこれるかと試しているかも知れない。 境界を行き来せよという。境界を曖昧にすればいいのかと思っていると、群れに埋もれることを糾弾してくる。周囲に捲かれず、遠い外部との境界を超えろという。ベクトルの方向が判らない。日常に埋没するサラリーマンは途方に暮れる。想像力の跳躍が必要だ。 一つの話題から急に唐突に違う舞台へピョンと飛ぶ。最後に軽々と最初の地点に舞い戻る。その跳躍力と着地の見事さ。ノルマンディーやトルコ、高千穂、近江の地の空気感が素晴らしい。 共感ではなく、境界を越えることを考えさせられた読書だった。

    1
    投稿日: 2010.11.11
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ぐるりのこと。最初はなんのことかよく分からなかったけど、どうやら身の回りのことらしい。作者が身の回りのことであれこれ考えたエッセイ。 どことなくしんみりした。旅先の人たちとのやり取い、女の子が微笑んだりするところ、特によかった。 この本の最後の作者の文章がかっこいい。「大地の由来~」の部分。これまで読んだ作者の小説を思い返すと、納得する部分がある。 かなり真面目な題材が主だったので、なんとも読むのに想像より時間がかかったけど、読んでよかったかな。 でもエッセイより小説のがやっぱり好きだ。

    0
    投稿日: 2010.08.17
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    2010/08/10 「風の巡る場所」のラストのエピソード (列からひとり外れた女の子に手を振る場面)に心和む。 文章に共感するところが所々にありました。 『これもまた型どおりの挨拶だが、型どおり、というのは、 本来こういうときのためにあるのかもしれない。 言語に絶する苦しみの最中、 文字通り言語化などできるわけがない。(p.121)』

    0
    投稿日: 2010.08.10
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    エッセイ本というのは、以前はあまり読む気がしなかったのだけれど 読み応えたっぷりで、面白い。 『春になったら~』も好きだったけれど、 こちらのエッセイもとても好きです。 ぐるりのこと、という題を見て最初は (『子どもたちは~』読了後購入) 「ぐりとぐら、みたいな。そういう愛らしいキャラクターの出てくるファンタジ-? もしくは、そういう愛らしい何かに関することがエッセイの中で出てくるのかな」 と思っていたのですが、全然違う。 ぐるりのことは、ぐるりのこと。 自分の周りぐるりのこと。 著者をとりまく周りの世界のこと。 それらを取り上げ語る今作からも 教えられる事、考えさせられる事は多かったです。

    0
    投稿日: 2010.07.31
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    このエッセイ、KiKi は好きですね~。  ただ読みやすいか、読みにくいかと言えばかなり読みにくいエッセイだと思うんですよね。  話が大きく飛ぶのは梨木さんの特徴・・・・・でもあるからさほどの戸惑いはないのですが、KiKi もこのブログでやりがちな()カッコ書きでの追記・・・・・がかなり多く、その()部分があまりにも長かったりするので、1つの文脈を2度、3度と読み直してみないと何の話だったのかわからなくなってしまった・・・・・ということも多々あって・・・・・。 ただね、これは論文ではなく、文学作品でもなく、エッセイであることを考えると、KiKi にとっては許容できる範囲の文脈の迷いなんですよね~。  逆に1つのことをああでもない、こうでもない、こっちの観点から見ると○○だけど、そう言い切っていいものだろうかと逡巡する姿勢そのものに、誠実さのようなものを感じます。  特に今回のこのエッセイで梨木さんが徹底的に拘っていらっしゃるのは自分は「わかったつもりになっている」けれどその実「何もわかっていないのではないか?」という想い、「物事を単純化、明解化することは悪いことではないけれど、今、誰もが思っているほど本当に正しいことなのか?」という想いがあるように感じられるからです。 (全文はブログにて)

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    投稿日: 2010.07.16
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    情報科教員MTのBlog(『ぐるりのこと』を読了!!) https://willpwr.blog.jp/archives/51134122.html

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    投稿日: 2010.05.23
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    梨木さんの視線って5月の陽だまりみたいに本当に暖かくて優しいけれど、しっかり日焼けしちゃうみたいな。 吉本ばななさんのエッセー読んでても思うけど、日々のことを近いことも遠いことも優しく自分のもとへ引き寄せる作業の大切さ、その瑞々しい感性の素晴らしさにいろいろ気付かされる。 「ぐるりのこと」タイトルもすごく好き。

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    投稿日: 2010.05.20
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    これはエッセイだから、ストーリーの楽しさ抜きに☆つけられて、いい(笑) もう、ハンパなく、めちゃくちゃ沢山のことに気付かされました。 いつも梨木さんの話は、私の価値観を、私の求める方向に導こうとしてくれるんだ。

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    投稿日: 2010.05.13
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     梨木果歩が「ぐるり」(世界)について、書いたエッセイ。  導入は、隣との境界線であって、それが人や国や民族など、様々なところにある様々な境界を考えていく。  世界は、まるで生まれたての小鹿のように震えている。  彼女の文章から、そんなイメージが浮かんだ。  何も知らず、けれど、自分が、他者とは違うことは知っている。世界と自分は融合した存在ではなく、どこまでいっても境界が存在する。  わかっていたはずのことが、突然膨大なイメージとなって押し寄せてくる。それこそ、イギリスの断崖、セブンシスターに突然立っていることに気づくように。    言葉は、イメージだ。  読み手にどれだけのイメージを抱かせることができるかが、良質の文章であるかどうかの違いなのではないだろうか。  その点でいえば、梨木香歩のこのエッセイは、満点といえるだろう。  どこにも難しい言葉はない。へんにこねくりまわしたような文章もない。淡々とけれど、純粋に世界を見つめている、彼女の瞳を確かに感じる。  素敵な本だ。

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    投稿日: 2010.05.09
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    とてもすきでした。 いろいろなことを考える。 自分の身の回りの事、ぐるりのこと、から、 とんでとんで、 世界に繋がったり。 ニュースに胸を痛めたり。 うまくかけませんが、私も梨木さんのように、 いろいろな事柄について考えるとき、 自分なりに、答えのようなもの、見つけていきたい。

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    投稿日: 2010.05.08
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    著者の繊細な感性、緻密な思考性を感じる本。 『物語』として、昇華する前のさまざまな「ぐるりのこと」それらがこの日々の生活、感性の中にあり、小説になった段階では咀嚼され、まとまっている以前のもの。 深く深くしみこむものもあれば、これは自分で考えたとしたらどうだろう。と、思うものもあるけれど、ひとつの轍…闇や不条理さからも光を見つけ出すような、道を探っていくような、そんな感覚を受けた作品。 個人的には、地球はそうそう滅亡しないけれど、人類はあっけなく滅亡させられる。 その言葉と、人はこのまま行き着くところまでいってしまうのか、しょうがないなぁ。と語りつつも、なにか模索しているような、折り鶴のように一人一人の少しずつが焼き払われた数を上回ったように、人のその部分、可能性に希望を持ちたいなぁ、と個人的に感じた作品。 (私も、しょうがないなぁ、と感じる一人であるけど) ・ライオンと草食動物の話 ・カラスのくだり ・白い露草の話

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    投稿日: 2010.03.19
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    やわらかい文章なんだけれど、書いている内容はすごく重い。 1文1文、自分の中で咀嚼しつつ読み進めていくので 時間がかかる・・・そして考えさせられる。 ちょうど問題意識に私の思いと重なる部分が多くて 読んでいてちょっと息苦しくなった。 言い方が一面的な正義感ではなく 多面的で何層にもなったように深く 用心深いくらいに緻密。

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    投稿日: 2010.02.16
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    いままでとは違った視点、物事の考え方を教えてもらった。 これぞ読書の醍醐味。 私も誰かやマスコミなんかに惑わされず、自分自身でぐるりのことを丁寧に深くじっくり考えていきたい。 「もっと深く、ひたひたと考えたい。生きていて出会う、様々なことを、一つ一つ丁寧に味わいたい。味わいながら、考えの蔓を伸ばしてゆきたい。」

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    投稿日: 2010.02.11
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    【内容】 旅先で、風切羽の折れたカラスと目が合って、「生き延びる」ということを考える。沼地や湿原に心惹かれ、その周囲の命に思いが広がる。英国のセブンシスターズの断崖で風に吹かれながら思うこと、トルコの旅の途上、ヘジャーブをかぶった女性とのひとときの交流。旅先で、日常で、生きていく日々の中で胸に去来する強い感情。「物語を語りたい」―創作へと向う思いを綴るエッセイ。 【感想】

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    投稿日: 2010.01.06
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    再読2017.05.29 自分のぐるりのことに、もっと目を向けたい。 人間は境界を持たざるを得ないということ。 一人のヒトの限界を受け入れること。 加藤幸子「長江」 ◯人はいつでも、「個人の生」と並行して、「時代の生」をも生きなくてはなりません ◯しょうがないなあ、の方は、あきれた感じと、本来つきあいきれないものだけれど、つきあってゆくよ、という、相手の存在を許して丸ごと受け入れる

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    投稿日: 2009.12.27
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    DVDで見る前によんどこ と思ったので一読。 思ったよりも、ぶつくさとい感じで、 感情的な部分が多かった。 完璧小説だと思っていたので、 とっかかりであれ?というかんじだった。 ただ 人間的な許せないこととか、 気になるとことか、 あー梨木さんってだから他の作品も 繊細なんだなと思わされた。

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    投稿日: 2009.12.11
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    よくここまで考えを広げていけるものだ…。途中からちょっとだけ悔しくなって、粗を探そうと皮肉に読んだが、いつの間にかまた共感していた。

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    投稿日: 2009.12.08
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    7章の、当時(2004年前後)に経験された、 作者のいうところの「時代の生」と、「個人の生」の狭間での随想。 特に前半に、はっとするような箇所が散らばっている。 (後半は、筆が滑りすぎた感のものが多い。「日本」とか「心の置くに届く」とかを、書き流してしまっているような。それもあって、少々退屈には感じられました。) 例えば、『ローザ・ルクセンブルクの手紙』を引用して、その共感性を「福音」と呼びながら、 「共感とは大抵のところ、相手を自分に引き寄せて発生させるもの」という冷静な認識を示す。 *** 「共感する」というのは大事なことだ。が、それはあくまで「自分」の域を出ない。 自分の側に相手の体験を受け止められる経験の蓄積があり、なおかつそれが揺り動かされうだけの強い情動が生じなければ動かないのだ。 (P38) *** ここまでならまだしも、一歩突き抜けた感じのあるのは、その後。 このローザの共感性を南京大虐殺の加害者の、 「どうしても同じ人間とは思えなかった」という台詞に結び付けて、 両者を同じ地平の上にあると言い切るところ。 ローザの共感性も、共感する自身の側に相手を引き寄せているに過ぎない、 自ら境界を越えることがないという意味では、ローザの共感性にまつわる美しさ、ヒロイズムも、「境界のこちら側」の連帯を強めるに過ぎない。 これを、境界のあちら側からの侵略への恐怖に結びついた、「同じ人間」であることの否定と同じ次元と。 * この人の本業であるはずの児童文学については読んだことがないので、一先ずそちらを読んでみたいと思います。

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    投稿日: 2009.10.29
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    ぐるりのこと、と言うタイトルに惹かれこの本を手に取ったが、最初の方はいまいち自分と作者との距離に戸惑った。 しかし読み進めるうちに何となく共感を得たが、どうしても文中の括弧書きが話の流れを分断している気がして成らなかった。 梨木さんの本はこれが初めてなのだが、エッセイではなく今度は物語を手にとってみたい。

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    投稿日: 2009.10.17
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    梨木さんのエッセイは他にもあるけれど、 この作品はかなり「自分の内面」に比重を置いて書かれてる印象。 精神論、とまで言ったら言い過ぎなのかな…。 さーっと流し読みするには深くて重すぎてもったいない。 一読した限りでは、ぶっちゃけ良く分からなかった。 でも梨木さんの作品はどれも大好きだからこそ理解したいと思う。 てことで、再読リストに入れておこう。

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    投稿日: 2009.07.22
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    巡り巡る思考活動を、丁寧に言葉に置き換えて書き綴ったもの。精神というものの存在が確実にそこに在るのだと、はっとさせられる。時々、読み返したくなる一冊。

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    投稿日: 2009.03.20
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    ぐるりのこと −外の世界、境界− について書かれたエッセイです。 そんなに易しくもなく、難しくもありません。 ・「個人の生」と「時代の生」 ・「個」と「群れ」 ・生け垣と有刺鉄線 対称的な言葉の組み合わせは色々出てきますが、 記憶に残っているものはこの3組です。 大台ヶ原に移住してきた春日山の鹿の話は分かりやすかったです。 人と人とが関わり合う、文化と文化が触れ合うということを 考えさせられる一冊。

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    投稿日: 2009.02.22
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    10/3/3~10/3/6 いままでちびちび、色んなところを読んでいていたけど、しっかり最後まで読もう、と決める。サークルの練習の帰りなどに、第三章くらいから読み始め、一気に読み終えた。  ☆09/02/17購入。まだ読んでる途中。ゆっくり腰を落ち着けて読もう。

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    投稿日: 2009.02.17
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    人類は、いや日本に住む自分は、いかに他者とかかわるべきか、色々考えさせられるし、とても興味深い。これは読み返すべしだなあ。 「共感」は大事だけど、と前置きしてその先まで考える姿勢がすごいなあと思う。 自分の内側に縮こまるのではなく、自分を開いていくこと、境界を行き来するとはいかにも難しいことだなぁ…。ただの「共感」では境界を越えていないとおっしゃる。 戦争で人を殺すのは、自分を侵略される恐怖から攻撃性が芽生えるからだと。それは本能だと。この恐怖を取り払う勇気を持つところから、本能をねじふせる努力をするところから人類は始めなければならない(P45)というのだけど、それはつまり、自分を犠牲にするということにはならないのだろうか。いったいどうすればいいのだろうか。境界を乗り越えるなんてことが、本当にわたしたちにはできるんだろうか。共感すらできない人が増えているような昨今なのに……

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    投稿日: 2009.01.14
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    向き合うべきなのになかなか向き合えないことに対する真摯さ。 ラスト・サムライを観て泣く観客ひとりひとりの両肩を 『しっかりしろ!』 と揺さぶりたい、という記述がウケた。 そんな気持ちに確かになりました。

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    投稿日: 2009.01.09
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     久々に良い本に出合ったかなぁ。と思いました。    なんだか腑に落ちない、納得いかないって思うところを、  きちんと言葉にして、私の心にすとんと落ちてきてくれた。  何回も読み返してしまう本は珍しい。  (しょうがないなぁ。)とため息つくのと、  (しょうがない。)と肩を落とす決定的な違い。  前者には寛容の優しさがある、という言葉が、胸にズシリと重く響きました。  映画も見てみたいなぁ。

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    投稿日: 2009.01.04
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    梨木さんの若い頃のエッセイ 確か英国での暮らしやイスラム圏への旅行のはなしが入っていたと思う 「ぐるりのこと」を考えるのは簡単なようですごく難しい

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    投稿日: 2008.12.29
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    1.08年7月17日(水) 2.絵描きの夫と、小説家をめざす妻。そんな夫婦にようやく赤ちゃんが授かる。が、流産してしまう。 うつ病になった奥さん(木村たえ)を、夫(リリーフランキー)がやさしく見守って、支えてくれる。 そんな夫婦愛を描いた作品。 3.船で一緒だった友達がエキストラ出演しているということで、友達目当てにいきました。  実際映画観でみてみると、その世界観にどんどん引き込まれてしまいました。リリーフランキーと木村たえの 夫婦役がとってもはまっています。友達を見に行ったのに、気づいたときには出演シーンすぎてました。    リリーの演技がとても定評をうけたこの映画ですが、たまにでてくるニュースを読むアナウンサーの声、息子を失った両親が必死に弁護士に訴えるシーンにでてくる遺影にも注目してみてください。

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    投稿日: 2008.11.05
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    うーん少し偏りのある意見が多かったなぁ。 イスラムのくだりは、私が現地で見て感じた印象とはだいぶ違っていて、そのせいかもしれない。 でもこの「ぐるりのこと」ってタイトルとその意味は素敵だと思う。 内容は★3つ、タイトルで+★1つ。 わたしも自分のぐるりのことについて常に関心を抱きたい。

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    投稿日: 2008.08.18
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    梨木さん自身に興味がある方におすすめ。すこし散漫な印象を受けるが、普段の小説より「生に近い梨木さんの思考」の道筋が映し出されているためだろう。

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    投稿日: 2008.08.15