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総合評価

21件)
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    資本主義社会の歪みが "勝ち負け" といった基準をつくり敗者には自己責任といった烙印を押す。勝者は過ちがあっても認めず責任から逃避する。このシステムでは決して互いに助け合う手段が選択されず弱者は一部の有志によるボランティアや少ない援助に期待するしかない。この理不尽な現状に怒りはうまれやがて "悪の力" が作用する。これが "悪" の全てではなく不安という思考がやがて排除という行動へ向かい果てに虐殺という惨劇もあり得る。ではどこに解決策があるのか、私たちは責任追及といった答えではなく "赦す" という持続を伴う心の変容を試みるべきなのだろう。苦難を要するが、共生する社会こそ悪を派生させない土壌ではないだろうか。筆者・姜尚中の言葉はわかりやすさの裏に困難な道程が見えてくる。しかし諦めることなく踏み出していこう。

    0
    投稿日: 2024.11.20
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    読みやすかった。 なぜ悪が魅力的に思えてしまうことがあるのか。 なるほど、と思えました。 ゴールディングの「蠅の王」など、読んだことがない本の説明も多く、教養となる一冊でした。

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    投稿日: 2023.12.18
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    悪とは何かに対する一つの答えであるが、あくまで筆者の考える悪の形であるから、これが正解というものでは無い。だがカラマーゾフの兄弟や過去に発生した悪魔的とも思える殺人事件などを例に挙げ、悪の形を明らかにしている。 「魔が刺した」とか、「他人の不幸は蜜の味」など我々の周りには小さな悪もたくさん潜んでいる。確かにニュースから流れてくる戦争やテロ、犯罪の報道を見ていると時に目を覆いたく、耳を疑いたくなるような凄惨な出来事が世界中で起きている。それを見た大半の人は、許せない気持ちや、被害者への「可哀想」という感情を抱くだろう。だが一方で身近な悪を成敗するような正義ぶったユーチューバーの動画を見てきっと恐らく「ザマアミロ」という感情も抱いた事はないだろうか。そこには筆者が言うように、同じ感情を抱く者同士の共感性があり、言ってみれば悪の感情によって繋がれた社会が存在する。 普段真面目で清廉に見える人が、スーパーマーケットで万引きする事がある。本人は魔が刺したとか、スリルを味わいたかったと言う事であろうが、側から見ると理解し難いことの一つだ。良い人間であろうとする反動が表に出る事を完全には防ぎ切れないと言う事なのだろうか。私なんかも、勿論他人に対して、怒りや嫉妬の感情を持つし、場合によっては嘘だってつくこともある。そんな風に普段の生活の中で小さな悪を小出しにしているからか、幸いにも万引きや痴漢などに手を染める事はないし、殺人などもやろうとは思わない。 悪が何故生まれ、悪に染まる人が現れてしまうのは何故か。そもそも悪とは一体何か。難題ではあるが自分なりの悪に対する考えを持つきっかけにする様な内容である。

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    投稿日: 2023.12.03
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    「憎悪」のエネルギーは、他人と、社会と繋がりたいという切な願いがかなえられずに生じるものである。だから、少し力を抜いて、半分だけ怒りというものを肯定してみよう。 様々な文学作品を例に取りながら説く、怒りのについて、怒りとの付き合い方について。

    0
    投稿日: 2022.04.26
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    忖度なしに悪が悪であるためのすべてが書かれていた。平常心で読むのは危険。悪を好む人、悪と戦う人、どちらの感情をも揺さぶる内容。空っぽの自分とは違う、確かな存在感のある空虚な悪(ん?)に惹かれるカラクリ。これは世界の新しいレイヤーが見えてくる恐怖体験だと思う。

    1
    投稿日: 2021.11.05
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    川崎市の中学生の事件や名古屋大学の女子学生の事件などの若年者の惨虐な事件を起点に悪に対する向き合い方を教えてくれていると感じた。

    0
    投稿日: 2021.10.15
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    悪は至る所にある。それは分かる。しかし、資本主義は本当に、史上最悪のシステムなのか?そして作者の言う通り止めようはないのか?良く分からない。

    0
    投稿日: 2021.06.13
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    「悪」は病の一種だと著者は言っているが、善悪は時代により変化しているようにも思える。絶対的な正義というのもあるのだろうか。

    0
    投稿日: 2019.01.31
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    破壊。破滅衝動。革命。達成感。そして空虚。 悪は病である。「安全」「正義」「自由」これだけではないだろうけども、環境と人間の繋がりは依存すると思う。 語ったり論ずるにはいいテーマだが、事件の詳細には怒りしか湧かない。これからも理解しなければいけない衝動だ。

    0
    投稿日: 2018.01.18
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     自分の存在自体が空虚で不安であるとき、その空っぽを埋めるようにあくが忍び寄ってくる。  自分が世間の一部であるという実感が、アイデンティティーとなり空虚感を満たす。しかし、資本主義社会では、自分だけが頼りで自社が勝ち残るという思想を教え込まれ、孤立し空虚になりがちである。  世間の人間関係の中に、もっと入り込んでいくことが、悪をなくす方法である。

    0
    投稿日: 2017.11.11
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    悪は病いである。愛するにも憎むにも他人が必要です。しかもその一人一人の田shが自分と同じように自由な存在であるとすれば、悪は人間の自由と他者の共存という、永遠のテーマとかかわっているのです。 これが結語である。それまでは散漫な展開。初めての姜尚中の著書だががっかりだった。

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    投稿日: 2017.09.28
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    タイトル借り。本書では中村文則氏の作品からも抜粋がありましたが、悪とか神とか、説明不可能な土着性とか、そういったにおいのする内容の本にひかれます。

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    投稿日: 2016.06.07
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    悪の代表として、イスラム国の残虐非道ぶりを取り上げていたが、もっと言及してほしかった。彼らのしてることは宗教における原理主義でもなんでもなく、意味のない非道極まりない暴力集団にしかすぎず、到底許せるものでない、どうして他国は彼らをのさばしておくのか、理解に苦しむばかりだ。とにかく私は許せない。

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    投稿日: 2016.03.26
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    「悪の力」 姜尚中の悪に対しての考察である。 古くは聖書から、その他古典的な文学から考察した悪に対しての考察である。 キリスト教的な考えが強く、ベルゼハブやヨブ記についての考察が印象に残る。 そして、資本主義が悪を生み出す根源ととらえているようで少々行きすぎのような気もする。 しかしながら、空虚に悪が忍び寄るというのはわかるような気がするが、人間はそれほど高潔なものでも悪魔的なものでもないだろう。 むしろなぜそういう悪の考えや行動が生まれるのかの科学的な知見が必要なように思える。原罪だの心の闇などと言っても何も解決にはならないし、そもそも解決できる問題なのだろうか。

    1
    投稿日: 2016.02.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    著者の本は初めて読んだが、かなり期待外れだった。 悪についてもう二段、三段掘り下げた考察を期待していたが、「悪を探す名著紀行」の様な展開で、著者の悪に対する見解は上っ面だけのものにとどまり、後は聖書や古典文学に語らせて終わり。 本人の考えをもっと聞きたかった。 敢えて議論の対象の定義を狭くして自分の知っているごくごく狭い世界に読者を引き込み、その世界の中だけで語られた感じ。 資本主義が悪を培養するという説はいただけない。社会主義でも官僚の腐敗や一部特権階級への富の集中は厳然としてあり、資本主義が悪を生む根本原因とは考えられない。悪を生む原因はもっと深い所にあるはず。 ここまで言うと失礼だが、本を読んで世界が広がるのではなく、逆に世界が狭くなる珍しい本。

    1
    投稿日: 2016.02.24
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    古典などの紹介がたくさんあったのは嬉しいけれど,それらと冒頭で並べた犯罪との結びつきがよくわからなかったような…。単なる古典の書評だけにとどめたほうが良かったような気がしますが,私が理解しきれていないだけかもしれません。

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    投稿日: 2016.02.08
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    悪なんて遠い存在だと思っていたけど、自分の回りにいたよコンチキショウ、というところから書かれた本、らしい。だがそのコンチキショウ、のことは書かれていない。 最近会った凶悪事件や、歴史に記された悪(資本主義も含め)を紹介しつつ、淡々と進む。ほんとに淡々としてる。悪のことを書くならもっと大胆に、なんて思うけど、そういうキャラなのだろう。 さしあたり、涙を飲んで資本主義というシステムとつきあっていくしかない、と。悪は自分しか信じない→やがて何も信じない、ということになる。けれど、その段階にいる悪は、自分しか信じていないから魅力的に映る。愛も憎しみも他者があってこそ成立するから、それが悪と戦う、というかお付き合いするコツか…。 いろいろと引用があるので最もな風にはなっているが、要約すると「北斗の拳」の修羅の国編のような話である(爆)。 というのは概ね冗談だが、最後は国家悪、という言葉で終わっている。よっぽど腹に据えかねた何かがあったのだろう。けれど著者も書いているように、許せない、という気持ちは誰かと繋がりたい、という心の声でもある、と。ますます北斗の拳だなあ。

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    投稿日: 2016.01.08
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    悪は拠り所ない空虚な心に宿る、という指摘は 新しい考え方だったが得心した。 悪事を働いて世間に迷惑を掛ける行為は、 自分の存在を知らしめたい→社会と繋がりたい という気持ちが、負の方向へ発露してしまったもので、 結局はコミュニケーションを欲している。 陳腐な言葉だが、人間は他人との関わりなしには生きられない というのは不変の真理だと改めて思った。

    1
    投稿日: 2015.12.14
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    今現在の、世界中の社会に立ち現れた悪意が起こした事件の様相を紐解きながら、悪とはそもそも何か、私たちは悪に対してどう抗って行けるのか、悪に負けないための共生という考え方などを説いています。 新書版であり、エッセンスだけを本書に込めたとのことですが、厚み以上の濃い内容です。 「人は大きな虚無に捕らえられたとき、自分であれ、他人であれ、死への刃を振るいたくなるのでしょうか。」 この一文を読んだ時ぶるっと震えが来ました。 「空っぽ」の中に悪が巣くう。言い得ていると思いました。 これまでの「力」シリーズのように、多くの世界や日本の文学が引用されています。純文学(一部ですが)へのブックガイドとも読めます。 著者のおっしゃるように、悪の連鎖がいつか人間的な連鎖へ全て変わっていく希望は持ち続けて生きたいものです。

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    投稿日: 2015.12.14
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    いままで読んだ姜さんの本の中で 一番よかったと思う本です。 どれも面白いと思うことが多いのですが、今回の本は とてもいいと思いますし、大げさにいうと感動します。 悪とは何か?悪はどのように生まれるのか。 最後の「第4章 愛は悪の前に無力か」とエピローグは その中でも秀逸。内容は書きませんが、一文一文が とても感慨深く、美しい言葉であり、感動で震える 感覚があり、とてもいいと思います。 また『ヨブ記』やドフトエフスキー『悪霊』 『カラマーゾフの兄弟』は読んでみたいと思いました。

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    投稿日: 2015.12.01
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    世の中にはびこる悪から根源的な悪にまで解説している。 悪に対抗するには悪について考え続けるしかないのかもしれない。

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    投稿日: 2015.10.22