
総合評価
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powered by ブクログ幕末の戦乱を知力と薩摩隼人の勇猛さで勝ち抜いてきた薩軍の綻びの理由が以下の文章に集約されていると思った。 「政略(多分に希望的要素がつよかったが)は、存在したが、それを実現せしめる戦略を持たなかった。政略はいわば気体のようなものであり、それを固体化するのが戦略であったが、桐野・篠原らの感覚では、西郷その人の存在こそそのまま戦略であるとしたむきがつよかった。西郷さえ持ち出せば、その圧倒的人気(と桐野らはおもっていた)によって、戦略の機能を十分果たしうると思っていた。 要するに、桐野・篠原らは西郷という世間的価値に、世間以上にまず自分たちがまばゆく眩んでしまったということであろう。このために常識的な意味での政略も戦略も考えなかった。」(p260) 必要以上に持ち上げられた西郷が、もはや何も言わずに持ち上げられたままでいた本当の気持ちはどうだったのだろうか?
0投稿日: 2025.07.24
powered by ブクログ「飛ぶが如く」8巻。反乱勃発、熊本城攻囲、高瀬周辺の戦闘。 理念だけが先走って、しかもその理念が象徴を抱いているというだけの根拠に基づいた蜂起。戦略もなく、個人武力を戦術の基本に置いたのでは、先行きのない戦争でしかない。 どこまでも、西郷隆盛一人におんぶにだっこの戦争だったのか、という気持ちです。臆病であることを最大の恥とする文化のもとで育ち、勇敢であることを示すために戦い死ぬという思想が何よりも大事とされる人たちが指揮官である軍隊の脆さ、なのでしょう。 なんというか、薩摩藩に抱いていた強者の幻想が砕かれてゆくな。『ドリフターズ』しかり『薩摩転生』しかり。戦略の立案者は他にいて、あくまで一個の戦場にだけ注力できれば、フィクションで勇躍する薩摩のイメージに近くなりそうです。 とはいうものの、近代軍隊を目指し生まれたばかりの陸軍も脆い。 西南戦争始まったばかりですが、結果的にはこの戦争を経たことで軍隊の調練になったのではないかな、と思ってしまいます。
0投稿日: 2025.03.24
powered by ブクログ西南戦争がいよいよ勃発 なぜ起こったのか、その背景は西郷隆盛の反乱…というような一言で終わる話ではない。 最終章に挿話のように書かれている、政治が大きく変わる中での混乱や不平不満が、江戸時代よりも前から武士道に行き続けてきた薩摩藩という特殊国家で爆発した…ということなのだろうか。 西郷隆盛が反対だったこと、周囲の暴発を抑え込んでいたことは『代表的日本人』にも記述あった通りか
0投稿日: 2024.05.25
powered by ブクログ西郷は維新の時と西南戦争の時とは人が変わったようになった。その理由は明治2年に狩猟中切り株に頭を強打して15日も寝込んだことが原因の可能性がある。16
0投稿日: 2023.11.10
powered by ブクログ西南戦争が遂に始まったが、作戦といったものも特に無く、その内実は実にお粗末であったという事は意外だった。薩摩士族は、当時最強の武士、まさにラストサムライ達、というイメージがあったので本当に意外だ。 佐賀の乱など、その前の諸々の内乱こそ早々に新政府軍に鎮圧されたが、今回は西郷さんを中心に一枚板で政府軍と死闘を繰り広げる…という展開にはならないのだ。 戦場には煮え切らない何かがあり、西郷さんのやる気の無さが見え、両者銃器の差があり、両者不慣れがあり、官軍に対する農民の不満もありと…複雑な状況。士族の反乱、と一言で言えない部分が非常に細かく描かれている。 余談として。詳しくは知らないが乃木希典が旗を失くす事に関してかなり細かく調べてあり、なんだろうかと思っていたら、夏目漱石のこころに関する事件なんだと。
0投稿日: 2023.10.20
powered by ブクログ「尊王攘夷」のスローガンで始まった筈の倒幕運動から、明治維新が為ってみたら、幕末からの開国方針が何も変わっていないという、この歴史の流れが、長らく釈然としなかったのだが、これを読んで、漸く腑に落ちたというか――当時の士族達も釈然としなくて、だからあちこちで士族の反乱が起きて、最終的に西南戦争に至ったのね、と。しかし、旧支配層の武士は既得権益を取り上げられ、庶民は税金やら兵役やら負担が激増した、この明治維新という大改革が、よく破綻・瓦解しなかったものだという、新たな疑問が湧いてきた。
1投稿日: 2023.09.10
powered by ブクログ※2008.2.22購入@Book Off調布 2008.11.3読了 2017.5.6売却@Book Off
1投稿日: 2021.08.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
p.311 西郷一人の声望に無限にちかい価値を置き、それのみを政・戦略の代用としてきた こんな筈じゃなかった感が出てきた薩摩。さあ、どーなりますかねー。
0投稿日: 2020.06.18
powered by ブクログ【感想】 読み始め、このシリーズは西郷と大久保を中心に作成された、維新後→西南戦争までの壮大な物語なのだと思っていた。 この2人を中心に、伊藤・桐野・川路・山県などの準メインキャラクターで物語は進展していくと思っていたが・・・蓋を開けてみればそれ以外のサブキャラや、はたや農民たちまで出てくる始末。 明治初期から西南戦争までの時代小説として、とても広範囲の勉強にはなるものの、読み物としては少し蛇足が多い気がする。 薩摩藩や西郷隆盛が思ったよりも張子のトラだったのか、或いは彼らの自負心がそうさせたのか、戦線は初期段階から思いのほか接戦になっている。 事を成すにあたって、敵や状況をしっかり見極め、天狗にならないようにしっかり準備をする事が大切なんだなと教訓になった。 窮鼠猫を噛む。僕自身、どんな相手と向き合う時も、手抜きせずにしっかり戦術を持って臨もう。 【あらすじ】 明治十年二月十七日、薩軍は鹿児島を出発、熊本城めざして進軍する。 西郷隆盛にとって妻子との永別の日であった。 迎える熊本鎮台司令長官谷干城は篭城を決意、援軍到着を待った。 戦闘は開始された。 「熊本城など青竹一本でたたき割る」勢いの薩軍に、綿密な作戦など存在しなかった。 圧倒的な士気で城を攻めたてた。 【内容まとめ】 1.明治時代の西郷の態度の不可解さには理解に苦しむ。 頭を強打して15日間寝ていたことが原因か? 2.桐野・篠原らの感覚では、西郷その人の存在こそそのまま戦略であるとした向きが強かった。 西郷さえ持ち出せば、その圧倒的人気によって、戦略の機能を十分果たしうると思っていた。 3.経済に綿密だったはずの西郷が軍資金について全く無頓着だった。 また、作戦行動中、戦いは桐野らに任せきりで終始無為傍観の態度を通していた。 【引用】 p14 誰の目にも明らかであったことは、以前に比べ、根気がなくなったそうでございます。 しかし天気の良い日は以前と変わりなく頭が冴えていて、勘が鋭かったそうでございます。 南洲翁の持病は、ご高承の通り陰嚢水腫がありましたが、頭を強打して15日ばかり寝た事は、あまり知られてないのではございませんか。 西南戦争について西郷がとった態度の不可解さには理解が苦しむとされている。 一つは本来、経済に綿密だったはずの西郷が軍資金について全く無頓着だったこと。 作戦行動中、戦いは桐野らに任せきりで終始無為傍観の態度を通したことなどが挙げられる。 p103 「自分は東上する。ついては貴下は兵隊を整列させて自分の指揮を受けよ。」 さすがに西郷好きの樺山もあきれ、これはまさか西郷が書いたものではあるまいと、何度も問うた。 西郷の使いに対する熊本城 樺山中佐の応接態度は、ほとんど喧嘩腰だった。 たしかに樺山は西郷の恩も感じていたし、尊崇もしていたが、しかしこの書信は正気の沙汰ではないとも思った。 p220 政略はいわば気体のようなものであり、それを固体化するのが戦略であったが、桐野・篠原らの感覚では、西郷その人の存在こそそのまま戦略であるとした向きが強かった。 西郷さえ持ち出せば、その圧倒的人気によって、戦略の機能を十分果たしうると思っていた。 要するに、桐野・篠原らは西郷という世間的価値に、世間以上にまず自分たちがまばゆく眩んでしまったということであろう。 このために、常識的な意味での政略も戦略も考えなかった。
6投稿日: 2018.10.18
powered by ブクログ「翔ぶが如く(8)」(司馬遼太郎)を読んだ。 『西郷一人の声望に無限にちかい価値を置き、それのみを政・戦略の代用としてきた薩軍の欠陥は、このときもまた露呈した。』(本文より) あまりに杜撰すぎないか? この決起の有り様はまさに悲劇としか言いようがないと思うのだが。
1投稿日: 2018.07.06
powered by ブクログ変わらずエッセイ風に進む。 彼の主観を通してだが、ずいぶん篠原国幹という男は無能で、こんなやつがいたら本当にたちがわるい。 無口が威厳を醸す無能。 そして勝海舟の肥大化する自己顕示欲も、かわいいが、小物である。 私心の彼と無私の象徴のような西郷が、歴史的事業をおこなったということが面白い。
1投稿日: 2018.06.02
powered by ブクログいよいよとと言うかようやくと言うか、西南戦争が勃発し、高瀬での第三次開戦までの第8巻。相変わらず小説の体は成しているが、作者の歴史研究の成果物的な様相が濃いです。決起に至った群衆心理がわかりやすく描かれています。 そしてこの巻以前の、やや退屈な登場人物の心理描写中心の展開から一転し、興味をそそる開戦の展開に。 しかしながら薩軍の幹部達は人間的魅力が乏しい上、愚策を展開してしまい、読み進める上で虚しいものを感じる。戦いの結末を知りつつなのでことさらなのかも。薩軍目線ではなく官軍目線で読みたくなりますね。 西郷隆盛と言う人物は愚物として描かれており、銅像まで立てら皆が尊敬する人物とはかけ離れて不思議に感じます。維新前の倒幕の功績のみが輝く人物なのか。その人物に惚れ遣えて死んでいく兵士たちが哀れとまで感じます。
2投稿日: 2018.04.15
powered by ブクログ薩摩軍は遂に鹿児島を出発、熊本城を目指す。熊本鎮台の司令長官谷干城は籠城を決意、西郷を戴く桐野利秋、篠原国幹らは綿密な作戦計画も無く城を責め立てるが・・・?
0投稿日: 2018.02.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
西南戦争がいよいよ始まる巻。文章は戦いの詳細を事細かく綴っていく。ただ、当の西郷隆盛は戦争に乗り気ではなく、周りの桐野や篠原が政府軍との戦闘を進めていく印象でちょっと拍子抜けがする。士族の反乱はやがて国民の政治参加を促す運動へと続いていく過程が読んでいて興味深い。ともかく続けて読み、西南戦争が何をもたらしたのか確認していきたいと思う。
0投稿日: 2017.05.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
今回は大久保利通さんは、まったく出て来ず。 明治10年2月の西南戦争の状況が描かれていました。 つまり、青竹1本で落とせると思っていた熊本城を攻めて、高瀬で3回官軍と戦って「あれ?なんだか思っていたよりも苦戦じゃん!味方増えないじゃん!」って薩軍が思うところまで。 今のところ、官軍側で飛びぬけてダメダメなのが、乃木希典さん。 長州ってだけで地位を得た人で、やっぱり愚鈍でリーダーには向かない人物として描かれていました。 この巻の乃木さんは、若いとはいえ、命令されたことしかできない視野狭窄人間で、失敗すると後始末よりも前にすぐに死んでおわびをしようとする使えない困ったタイプね。 巻末に熊本の詳細な地形図がありました。 最後まで気がつかなかった! 最初からこれを見ながら読んでいくと話がわかりやすいよ。 しかし、西郷軍も無計画極まりないし、官軍は農民さんたちを鎮台兵として徴兵して、費用も結局は人民に全部押し付けだわで、苦しめているだけ。 今の財政界が明治政府の系統を汲んでいるから間違った歴史観をお役所に植え付けられているけれど、そもそも明治維新は成功していないよねぇ…。 明治維新後に構築され、内部分裂し、暴走した薩長土肥メンバーによる昭和の大きな敗戦を経て、後に戦勝国が敷いたレールを今は走っているだけなわけで…。
1投稿日: 2016.11.08
powered by ブクログ西南戦争が始まったが、「太政官軍対反太政官軍」の図式という以外に何もなく、薩軍も本来の目的が何であるのか忘れてしまっているようだ。 「敵を叩く」ことに終始しており政略も戦略もなく、維新の功高い薩摩壮士とは思えない戦いだ。 西南戦争については一般的に「明治の初期頃に政府と西郷率いる薩摩を中心とした不平士族の内戦」というくらいの認識しかない。 この「翔ぶが如く」を読んで、その歴史の前後関係や対外情勢、思想気分などをつぶさに観察してみると維新〜西南戦争の姿がよくわかる。
1投稿日: 2015.11.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
西南戦争、はじまるよ~~!!いよいよ戦闘が始まるも、盛り上がらない…。大した正義のない戦争のつまらなさよ…。 とはいえ、日本人の戦争の始め方ってもんがわかる。こういう思考回路に陥った時、戦争は始まる。そして、戦争が始まるように敵に罠をかけられる。 この巻は戦争のない未来のために、読んで心に刻まないとダメだね。 日本人が巨大な敵に竹槍で応戦しようとするのはこの頃からあったんだなぁ、いやもっと前からなんだろうなぁ。 _____ p24 日本人には 西南戦争のきっかけは西郷暗殺の疑い、だったが、その本質は違うところにあるとアーネスト=サトウは見抜いていた。 日本人の戦のやり方は、堂々たる理論を展開するのではなく、不正義な事件を取り上げ大方の人情を刺激して開戦に持ち込む。 p94 清正城 熊本の不平士族の一人、池辺吉十郎は薩軍の別府晋介に「熊本城は加藤清正が築いた堅城、いかに攻めるのか」と問うたところ、「別に方略なし。鎮台兵もし、我が行く手を遮らば、これを一蹴して通るのみ」と別府は答えた。 p125 清正信仰 地方のあらゆる階層の土着民に信仰されるほど愛好を受けたのは、加藤清正と西郷隆盛くらいである。 清正は戦国時代にこの土地を封じられて、勇猛な性格と秀でた土木技術から人々の人気を集めた。 p157 反官感情 当時さつまで流行した数え歌に「盗みは官員、咎は民」という物があった。それほど当時の新政府は反感を持たれていた。 これは西郷が一番敏感だったことで、維新を好機とみて下級士族が成り上がり贅沢に溺れるようになっている様子を誰よりも嘆いている。 p218 緒戦 「戦い全体においても緒戦が大事である。小さな隊ことにあっても同じことだ。最初に士気を挙げてしまうだけでなく、味方の士気が低下し、敵を怖れるようになる。そのひらきは埋めがたいほどに大きい。また最初の戦闘に負けた指揮官は、、次の戦闘で名誉を回復しようとし、つい無用の無理をし、また負けたりする。いかに次の機会に苦闘をし、その次の機械に苦闘をしても、人は、あれは名誉回復のためにあせっているのだとしかみず、正当な評価をしてくれない。戦闘は最初において勝たねばならない。」 薩摩人において歴史的に濃厚な思想である。たしかにわかる。緒戦に勝ったものほど冷静に次の戦いに臨める。 戦で一番大事なのは冷静なことである。 p261 戦略ではなく戦術 薩摩軍は戦術的戦闘にこだわってしまった。目指すべきは東京の新政府であるはずが、目の前の熊本城を完璧に落とすことにこだわった。それゆえ、長い目で見た戦略のない戦い方が目立った。 薩摩の戦の仕方は、個々の部隊長に作戦は一任するというやり方だった。それゆえ、一つ一つの戦闘に行き当たりばったりで臨んだのである。 正義である自分たちに酔っていて、信じる者は救われる、正義は必ず勝つ、という根拠のない自信だけで動いていたんだなぁ。コワイコワイ。ISISかよ。 p332 金による納税 日本の農本主義では国際経済に参加できない。そのため、新政府は明治六年から農民にも納税を金銭で納めるよう定めた。 農民は動揺、混乱、反発したが施行された。多くの農民が金納できず苦しみ、土地を売り小作農に没落する者も多かった。地主は資本家化し、旧来の封建的隷属関係から資本主義的格差関係の社会に人々は困惑した。 _______ 薩摩士族が新政府の軍人になった。やはりその雰囲気が残っていたのだろう。昭和でも同じような戦術と戦略の認識違いを犯してしまった。 日本人の戦争が人々の感情を利用して始めるというのも、すごく大事な観点である。 これから政治家が国民の感情に訴えるようなことをしてきたら危機感を持って、それに否と唱えよう。 戦が始まると、とたんに話のふくらみ方が狭窄してしまい、面白くなくなってきた。もっと広い視野で物語が進まないかな。 大久保利通どこいった。
1投稿日: 2015.03.06
powered by ブクログ熊本城に籠る政府軍(熊本軍)+博多から上陸する政府軍vs薩軍 政府軍は農民の寄せ集めと言われ、弱く、薩軍は士気高し、高瀬で会戦。
0投稿日: 2014.09.25
powered by ブクログようやくサクサクと読めるようになった。西南戦争への経緯や過程は終了し、とうとう戦争勃発。今までとは打って変わり登場人物一人一人の背景よりも、戦闘シーンが事細かに描かれていた。明治10年(1877年)2月のほんの数日の両軍の動きが実に事細かに描かれているのだ。 この時代に関して素人の私は西南戦争とは薩摩にて完結した戦争だと思っていたが、すぐに誤りに気付いた。西郷隆盛ら薩摩軍は別に薩摩内で反乱を起こそうとした訳ではなく、東京に行きたかったのである。その途中、鎮台があった熊本城を破ろうとしたものなのだ。なるほど、確かに熊本城は堅牢である。なので、熊本城に籠城する政府軍との攻城戦のほか、その北西地域の随所において戦闘が繰り広げられたのだ。私は去年秋に熊本県を訪れ熊本市内を歩き回り、他の街も電車で巡っているため、少しだけ熊本の土地勘がある。そのお陰で幾分か位置関係が分かり楽しむことが出来た。 本巻で印象的だった記述を一点だけ引用したい。 ・戦い全体においても緒戦が大事である。小さな隊ごとにあっても同じだ。最初に敵と出会った時、どんな無理をしても勝たねばならぬ。最初の戦闘で負けると、敵の士気を上げてしまうだけでなく、味方の士気が低下し、敵を怖れるようになる。その開きは埋め難いほど大きい。また最初の戦闘に負けた指揮官は、次の戦闘で名誉を回復しようとし、つい無用の無理をし、また負けたりする。いかに次の機会に苦闘し、その次の機会に苦闘しても、人は、あれは名誉回復のために焦っているのだとしか見ず、正当な評価をしてくれない。戦闘は最初において勝たねばならない。 →薩人の与倉中佐が作戦会議で力説したもの。まさに先手必勝である。
1投稿日: 2014.02.22
powered by ブクログ西南戦争開戦。内容は戦の描写が中心となる。思想や制度など、新しい日本が如何に築かれていくかを描いていた七巻以前の方が面白い。 何回にもわたり、薩摩軍の自信過剰さ、戦略の無さが記載されている。過去の成功体験や西郷のカリスマ性に因ることが大きく、悪い企業に置き換えて読んだ。 ドラッカーの言う、リーダシップにカリスマ性が要らない云々の考えが正に当てはまる一例。
0投稿日: 2014.01.13
powered by ブクログいよいよ西南戦争! 俄然面白くなってきた。 それにしても西郷の心境がさっぱり分からん。やはり頭打ってからおかしくなったのだろうか。
1投稿日: 2014.01.02
powered by ブクログやっと西南戦闘本格化 年内になんとか読了するつもり 熊本城を包囲しつつ 田原坂を越えた地域でも戦っているんだ。 しかし北上はできず熊本城から1日半程度の狭い地域での戦いが続く 乃木の弱さが目立つ 連隊旗を奪取される ※当事者の言い分が食い違いナゾのこる 24 サトウ、表向きの日本の開戦理由は真のものではない 30 勝の談話、癖があり小うるさい。世間や聞き手を小虐め 31 勝、西郷優勢を信じ込む。長州人嫌いだから 37 大久保、西郷加担を信じず。大山巌も 38 弾薬庫破り、大久保は心中笑う、伊藤宛手紙 40 西郷無関係説、大久保2月17日まで信じる 42 西郷、単純頚烈な兵児好き。政治家嫌う 47 大久保「一時天下は瓦解と見る」 50 長州人はおおむね西郷を好まず。←封建制温存 54 山県「いたずらに熊本城にこだわった」のが敗因 ※想定した3策どれも実行せず 75 馬上姿の西郷 93 桐野、熊本城は「この青竹で、ひとたたきでごわす」 115 天守閣にコメ1カ月分集める 125 清正と西郷、あらゆる階層から神人的な個人崇拝 131 天守閣、燃えて防御容易に。あると薪を背負っているようなもの 133 旧城下の9割燃える。戦国時代は防御側があらかじめ焼いた。 ※鎮台が城下付け火の噂 158 薩摩集団の利益第一。長州と会津は酷い眼にあう。高杉、死ぬまで薩人信じなかった 163 薩軍、篭城戦なのに砲兵軽視。戊辰戦争では上手かったのに 169 薩軍、夕食の手当て考えてない。1日の強襲でOKと思っていた 210 奪われた連隊旗、戦後の回収 218 日本の戦争は緒戦主義、最初に勝った方が一気に優勢に 237 乃木の殿軍、弱い部隊にやらせた 245 宮崎八郎とお浪。戦中も逢瀬。不評。 251 乃木軍戦数百人逃げる。薩軍追走せず 254 久留米→南関、大隊の全兵隊が人力車で移動 273 西郷の鄭重さ。あいさつも 280 銃器捨てて逃げてもOK。道具に精神性なし 290 山県、現場に極度に干渉する。皆毛虫のように嫌う 297 薩軍、自軍の勇をたのみすぎ、敵状の十分な偵察せず 303 またも負けたか八連隊 317 西郷と桐野の間に隙間風 319 薩軍、むやみに民家に放火しなかった 合戦に先立ち焼いておくのが常道なのに
0投稿日: 2013.12.07
powered by ブクログ昨年、司馬遼太郎の「坂の上の雲 全8巻」を読みました。 坂の上の雲の中ですごく気になったのは、司馬遼太郎が描く薩摩藩型のリーダーシップ。 ネット上での解説を少し転載します。 明治時代も終わりに近づいた頃、ある座談会で、明治の人物論が出た。 ある人が「人間が大きいという点では大山巌が最大だろう」と言ったところ 「いや、同じ薩摩人だが西郷従道の方が5倍は大きかった」と反論する人があり 誰もその意見には反対しなかったという。 ところが、その座で、西郷隆盛を実際に知っている人がいて 「その従道も、兄の隆盛に較べると月の前の星だった」と言ったので、 その場の人々は西郷隆盛という人物の巨大さを想像するのに、気が遠くなる思いがしたという。 西郷従道(つぐみち)は「ウドサァ」である。薩摩藩(鹿児島)の典型的なリーダーの呼ばれ方である。 本来の語意は「大きい人」とでもいうようなものだ。 従って、西郷隆盛などは、肉体的にも雄大で、精神的にも巨人であるという点で、 まさに「ウドサァ」を体現した男であると言えよう。 薩摩藩型リーダー「ウドサァ」の手法は二つある。まずは最も有能な部下を見つけ その者に一切の業務を任せてしまう。 次に、自分自身が賢者であろうと、それを隠して愚者のおおらかさを演出する。阿呆になりきるのだ。 そして、業務を任せた有能な部下を信頼し、自分は部下が仕事をしやすいように場を平らげるだけで、後は黙っている。 万が一部下が失敗するときはさっさと腹を切る覚悟を決める。これがウドサァである。 日本人はこのリーダーシップのスタイルに対してあまり違和感を持っていないと思う。 日本の組織のトップはリーダーというよりは殿様なのだ。殿様は知識やスキルではなく人徳で勝負。 細かいところまで口を出す殿様は 家老に 「殿!ご乱心を!」とたしなめられてしまう。 でも、このリーダーシップのスタイルは世界のスタンダードではないと思う。 世界の卓越したリーダー達で「ウドサァ」みたいなスタイルだった人を私は知らない。 スキピオ、ジュリアスシーザー、アレキサンダー大王 ナポレオン、リンカーン ・・・ ビルゲイツもジョブズも孫正義も 部下に仕事を任せはするが、後は黙っているなんて事は絶対にない。 古代中国の劉邦と劉備は「ウドサァ」かもしれない。(だから日本で人気がある?) 私も大きな組織で働いているが トップに非常に細かいことまで指示される事を想像すると辟易してしまう。 そのくせ、「トップの方針が明確でない」みたいなことを言ってみたりもする。 どないやねん! 1年以上かけて、ようやく全10巻を読破しました。 いや〜〜長かった。 面白かったけど、やっぱり長いよ司馬さん。 「翔ぶが如く」本線のストーリーは、征韓論から西南戦争に至るまでの話なんですが、水滸伝のように、周辺の人物の描写や逸話に入りこんでしまって、本線のストーリーが遅々として進まない。。 新聞小説の連載だからなのかもしれないが、ふだんノンフィクションの実用書ばかり読んでる身としては、かなりじれったかった。 本線のストーリーだけ書けば、半分ぐらいの頁数で済むのでは? と思ってしまいました。 [読んで思ったこと1] 本書を読み「薩摩藩型のリーダーシップ」について理解するという当初の目的は果たせませんでした。 著者にとっても、西郷隆盛という人物は、スケールが大き過ぎて掴みどころのない存在のようでした。特に征韓論以降の西郷隆盛は、現在の我々からは訳がなかなか理解し辛い事が多いです。 しかし、リーダーシップとは何かという事について、いろいろと考える事ができました。昨年一年間かけて考えた、私なりのリーダーシップ論は、後日別のエントリで纏めようと思います。 [読んで思ったこと2] 西南戦争は、西郷隆盛を担いだ薩摩藩の壮士と、山縣有朋が徴兵して編制した政府軍との戦いでした。 当時の薩摩藩は古代のスパルタのような軍事教育国家であったため、壮士達は世界最強の兵士とも言える存在でした。 しかし兵站という考え方がほぼ皆無に近かった。 一方で政府軍の鎮台兵は百姓出身者が大半であり、本当に弱く、戦闘となるとすぐに壊乱してしまう有様でした。 しかし、山縣有朋の綿密な軍政準備により、予備兵・食糧・弾薬などの後方支援が途切れる事は無かった。 両者が激突するとどうなるのか。 短期的には薩摩藩が圧倒的に有利なのですが、戦いが長期的になつてくるとジワリジワリと政府軍が有利になってくる・・・ 古代ローマ帝国とカルタゴのハンニバルの戦いを見るようでした。 いや、普段の仕事についても同じ事かなと思いまして。 仕事でも、短期的に物事をガーと進められる人に注目が集まりますけど、さまざまな兵站をキッチリ意識して、長期的に組織的に物事を動かせる人の方が最終的な結果に結びつくのかなと。 この間、絶好調のアップルの決算発表がありましたが、今のアップルの収益性を支えるサプライチェーンとロジスティクスの仕組みを確立したのは、現アップルCEOのティム・クック氏だとの事。
1投稿日: 2013.08.29
powered by ブクログ明治維新直後の不安定な時代を描いている。 征韓論から西南戦争にいたる5年間が舞台。 西郷隆盛を始め多数の人物のエピソードと緻密な時代考証にその時代を知る思い。
0投稿日: 2013.08.25
powered by ブクログ前巻までが主義思想のぶつかる政争小説とするなら、8巻は西南戦争を時系列で記述した戦争小説。今まで知らなかった地理的状況も細部まで記述されていて非常に興味深いです。薩摩士族の前に立ちふさがる熊本城(加藤清正)!
0投稿日: 2013.02.09
powered by ブクログ喜多平四郎『征西従軍日誌』を読みながら、西南戦争の全体的な推移について確認しておく必要を痛感した。そこで、同書の解説者佐々木克氏の「西南戦争にかんする文献で、もっとも一般向けで手に入りやすいものが、司馬遼太郎『翔ぶが如く』である。小説ではあるが、史実もほぼ正確で、戦争の全体像がわかる」との言葉に導かれて本書を購った。司馬作品に触れるのは中学生以来30年振りか。その間、否定的な意味で「司馬史観」も云々されているが、諸資料を網羅した司馬の筆致はやはり圧倒的。戦国以来最強と謳われた薩軍が、政戦略を欠いて壊滅していく様を克明に描いている。1990年にはNHK大河ドラマで映像化されており、原作読了後は久し振りに西田敏行の西郷、鹿賀丈史の大久保を楽しみたい。
0投稿日: 2012.09.30
powered by ブクログやっとドンパチが始まる。薩摩軍のオプティミズムは後の日本陸軍に通じるものがある。偶像と化した西郷隆盛は不思議な存在だ。
0投稿日: 2011.10.07
powered by ブクログ薩軍と政府軍の戦闘が始まる。 桐野利秋が「熊本城はこの青竹で、ひとたたきでごわす」と言ったが、薩軍は必ずしもそのようにはいかなかった。 戦国最強と言われた薩摩が、近代兵器の登場や綿密な作戦の欠如によって劣勢に立たされる。
0投稿日: 2011.07.04
powered by ブクログますます過酷さを増して行く西南の役。 政府軍を甘く見ていたところが薩軍に結構あり。 こうすれば政府軍が危うかったのに、っていう場面も多々あるのに。 後ろのページの地図を見ながら本作を読むと より楽しむことが出来た。 田原坂周辺の観光にとても行きたくなる一冊でした。
0投稿日: 2011.01.31
powered by ブクログいよいよ西南戦争の勃発。 西郷隆盛暗殺(疑惑)の件を問いただすべく北上しようとする私学校党(桐野利秋・篠原国幹など元陸軍の要人ら)は軍を編成。 これに対し政府陸軍は熊本鎮台の牙城とする熊本城に続々と兵を送り込む。 難攻不落の熊本城にかかりっきりになり薩軍は次第に不利な戦況になっていく。対する鎮台兵は大阪から次々に補給される潤沢な武器・弾薬を駆使しこれを攻め込む。さらに九州の地にて陸軍の総指揮をするべく陸軍卿・山縣有朋が福岡に入る(海軍からは川村純義が参軍)。 とまぁ怒涛の勢いで戦況が展開、比較的はじめの戦闘から政府軍の有利な状況でコトが進んでいったようです。 高瀬の会戦では菊池川を挟んでの戦いとなりましたが、中央隊を請け負った篠原国幹が弾丸の欠乏を理由に戦線を離脱するという無茶ぶりを発揮したり。それでも、桐野と参戦した宮崎八郎率いる民権党(協同隊)の吶喊(とっかん)で政府軍もタジタジ…することもあり。いかにもな戦争ドラマが展開されてゆきます。 勇将はいても名将がいない薩軍に対し、政府軍には児玉源太郎や川上操六など天才参謀がいる。これはもう…勝負の結果は明らかですね。 “天の利、地の利によって起つことがあるが、このたびは人[西郷]によって起つ”と言った桐野の言葉が、近代戦争における薩軍の未熟さを露呈しているかのよう。
1投稿日: 2010.10.28
powered by ブクログかつて徳川幕府を倒した日本で最強の薩摩軍が、この西南戦争では十分な戦略がなく、政府軍に対して優勢を保つことができない。戦略としてあるのは、西郷をたて東京に向かう途中で各地域の士族が同調し雪だるま式に軍勢を拡大して、最終的に太政官を倒すことである。しかし、現実としては熊本城に拘り、軍の配置も非効率となっていることが指摘されている。戊辰戦争と西南戦争の違いは驚くべきものである。 薩摩軍の士族個人個人は非常に精強であり戦に慣れている反面、政府軍はまだ徴兵されて間もない兵士であり戦にはなれていない。ただ、武器・補充体制・全体の戦略という観点で政府軍が優位に立った。 戦争における優劣を決めるにあたり、戦略の重要性が改めてわかる。
0投稿日: 2010.03.09
powered by ブクログ全巻通読後のレビュー。 全10巻という超大作であるが、もともと毎日新聞に連載された小説であるから、多々同じ記述が見られる。 しかしながら、明治維新後の日本の姿を鳥瞰的手法で世界史と関連付けて論じられている点で、日本近現代の始まりを理解する際の基礎理解には最適の入門書であると考える。 島津久光という超保守派の考え方から、維新を支えた革新派の面々の考え方が手に取るように分かる小説である。重要なのは士族の不満、百姓の不満がどのようなものであったか、であるが、それもこの小説では網羅されている。 物語は維新開始直後から、西南戦争(明治10年)を経て翌年の紀尾井坂の変(大久保の死)、さらに川路利良の病没までを描く。 明治維新は天皇の威を借りた王政復古という形でスタートした。それが後に軍の独走いうものを招くが、この時点ではそうせざるを得なかったということも、小説中で書かれている。 後の日本を支えていく山県有朋、伊藤博文、板垣退助、軍人で乃木希典、川村純義などが登場する。 西南戦争は8巻の半ばくらいから始まる。桐野、篠原ら薩摩隼人に担がれた西郷、悲劇のような最後の激闘である。西郷が桐野や篠原といった兵児(へこ)を最も愛し、彼らと生死をともにしたことは、西郷をうかがい知る上で、見逃せない点である。 西南戦争の中身についての描写は一流である。 時間がない方にも、8~10巻は読むことをお勧めしたい。
0投稿日: 2009.11.01
powered by ブクログ司馬遼太郎に初チャレンジした作品。が、10作もあり読むのに2ヶ月超もかかってしまったww 舞台は戊辰戦争後の明治初期。西郷隆盛を大きな軸として揺れ動く日本政府の動向をあらゆる人物の観点から追っている。よくもここまで調べたなって感心してしまう
0投稿日: 2008.05.11
powered by ブクログ西南戦争勃発〜前半戦までの様子が描かれている。 官軍の活発な補給活動・軍政と、 薩軍の勇猛さ、熊本協同隊の崇高な理想の対決である。 政府軍の装備・資源の豊富さ、山県等緻密な実務活動と、児玉等の天才的な策士 反政府軍側の作戦ミス、自己肥大化と、 負けるべくして、負けていく流れが、 当時の農村風景や生き残りの口述を元に描写されている。 戦争には、食料・弾薬様々な物がいり、 村々で徴収していく様に、巻き込まれる人々の悲惨さを見た。 だが、一部お祭り騒ぎにのっかるような、他人事のような気楽さも感じられた。 戦いは、前半、特に緒戦で決まる。 最初で負けると、士気がくじけ、 名誉挽回を図るあまり、無理をする。
0投稿日: 2008.04.24
powered by ブクログアーネスト・サトウは薩摩士族が現政権に対し反乱へ立ちあがった不平の諸条項について以下のようにのべている。一、現政府がおこなった士族への金禄公債化による秩禄処分の強行(註・士族の経済的特権の剥奪)。一、廃刀令などによる士族の身分的特権の剥奪。一、四年前に西郷らの征韓論が現政府によって一蹴されたこと。一、さきの佐賀ノ乱が終了したあと、大久保が首魁江藤新平に対し、不必要なほどの苛酷さで処刑したこと。
0投稿日: 2008.02.27
powered by ブクログ西郷を擁した薩軍は熊本城を目指し進軍する。熊本城では籠城を決意し、政府からの援軍を待つ。桐野、篠原を中心とする薩軍は綿密な戦略もないままに、その圧倒的な士気で攻め立てようとする。その士気をもって、果たして熊本城を落とし、東京まで登ることができるのか。
0投稿日: 2007.07.02
powered by ブクログ意気揚々と攻める薩軍に対し、武器の近代化と統制力で勝る政府軍との衝突が始まった。 戦いが長引くにつれ、薩軍の問題が表面化してくる。 戦略が乏しいということ。 最終目標がしっかりとしていないせいか、戦術はおろか、戦略すらおぼつかない。 ここには現代社会で得るものが多くある。 何事にも物事の最終目標というのが存在するが、それを忘れて眼前のことだけをやってしまいがち。 しかし、この目標と言うのを意識しているだけで、大きく成果は変わってくる。 もう一度、自分に問い直してみたい。
0投稿日: 2007.04.01
powered by ブクログこの物語の序盤から中盤は、とてもとても停滞していて、なかなか話が唸りをあげてこなくて、どうにも入っていけない感じがあったのですが、いよいよ大海に飛び出すところまで来て、勢いが見えてきました。
0投稿日: 2006.05.17
powered by ブクログ薩摩藩士と明治政府の戦いが始まります。始まってます。薩摩藩は西郷隆盛を頂点に戦います。というのが、今までの僕が思っていた事でした。しかし、どうやら実際は、西郷隆盛は何も指揮せず、何もしなかったらしいです。代わりに指揮したのは桐野という人物が薩摩藩を率いて戦います。西郷隆盛はまるで自分の戦いでない様に傍観的に過ごします。なぜ西郷がその様な行動をとっていたのか? 維新では『大きく打てば大きく鳴り、小さく打てば小さく鳴る鐘のような人物』と評された西郷がなぜ? 維新を成功に導いた西郷ではなく、別人の西郷がいた様な感じを受けます。
0投稿日: 2005.01.29
