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powered by ブクログイスラーム圏の文化を知るためには必読 科学を信仰する人々を遠くから見ると同じような物なのかもしれない。勉強します
0投稿日: 2025.07.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ややこしい本を読む方法で紹介本の1冊である。1冊本のコーランよりも格段に読みやすい。信者は信者を殺してはならない、と書いてあるにも関わらず、殺人が絶えないということには回答されていない。
0投稿日: 2025.06.24
powered by ブクログhttps://opac.lib.hiroshima-u.ac.jp/webopac/BB01975337
0投稿日: 2025.04.14
powered by ブクログイスラム学者・井筒俊彦による本格的なコーラン全訳。アラビア語原典からの直接翻訳としては日本で最も信頼される古典的業績。 本訳は、原典のアラビア語が持つ言語的特質を可能な限り日本語で再現しようと試みており、訳者の該博な言語学的知識と哲学的考察が反映されている。コーランでは、アラビア語原典のみが真の聖典とされ、他言語訳は「解釈」とされる。 最初に置かれた「開扉の章」は、イスラム教徒が日に5回の礼拝で唱える短い章で、「慈悲あまねく慈愛深き神の御名において」という有名な句で始まる。これは単なる祈りの言葉ではなく、神との契約を意味する重要な定式。続く「雌牛の章」は最長の章で、様々な規定や物語が、一見すると脈絡なく展開される。 規定の具体例を見ると、その詳細さに驚かされる。例えば、遺産相続では「もし子供のない者の遺産を相続する場合、その人に姉妹があれば、遺産の二分の一。もし姉妹が二人以上あれば、遺産の三分の二」といった具合に、あらゆる場合が想定されている。これは、当時のアラビア社会で女性が相続権を持たなかったことを考えると、画期的な規定だったとされる。 「ヨセフの章」は、旧約聖書の「創世記」のヨセフ物語を下敷きにしているが、強調点が異なる。コーランでは、エジプトの高官の妻による誘惑の場面が詳しく描かれ、ヨセフの貞潔さが強調される。また、兄たちとの和解の場面では「今日はお前たちを責めはしない。神がお前たちを赦したもう」というヨセフの寛容な言葉に重点が置かれる。こうした描写の違いは、コーランが預言者たちの倫理的完全性を強調する傾向を示している。 「夜の旅の章」は、ムハンマドの神秘的体験を描く。一夜にしてメッカからエルサレムに赴き、そこから七層の天を巡る描写は、後の神秘主義文学に大きな影響を与えた。しかし同じ章の中で、突如として「汝の主は、汝らが只かれの他には何ものをも崇拝してはならぬと命じ給うた」という一神教の教えや、「親孝行せよ」「浪費する者は悪魔の兄弟」といった倫理的教えが挿入される。 天国と地獄の描写は、具体的かつ感覚的である。天国には「乳の川、蜜の川、葡萄酒の川」が流れ、「真珠のように美しい乙女たち」が待つ。一方、地獄では「煮えたぎる油が顔を焼き、皮膚が溶け落ちては新しい皮膚に置き換えられ、永遠に責め苦が続く」。これは、水と女性が貴重で、灼熱の太陽が生命の脅威だった砂漠の民の心性を反映している。 「洞窟の章」には、数百年の眠りから目覚めた若者たちの物語(「七眠り人」の伝説)がある。これは、キリスト教の「エフェソスの七眠り人」伝説と共通する素材だが、コーランでは信仰の試練という主題が強調される。同じ章には、モーセと神秘的な導師ヒドルとの不思議な旅の物語もあり、表面的には不当に見える行為の背後にある神の深い智慧が説かれる。 「光の章」の有名な一節「神は天と地の光」は、続けて「その光を譬うれば、あたかも、一つの壁龕、その中に一つの灯火」と展開する。この複雑な光の比喩は、後のイスラム神秘主義に大きな影響を与え、数々の注釈を生んだ。後半の短い章々には、「暁にかけて」「夜がおおいつくすときにかけて」といった、アラビアの自然を背景とした印象的な誓いの言葉が続く。 コーランの文体は時期により変化する。メッカ時代初期の章は短く、リズミカルで警告的。中期になると物語的要素が増え、最後のメディナ時代では具体的な規定が中心となる。こうした変化は、小集団だった信徒が、次第に社会を形成していく過程を反映している。 井筒訳の特徴は、原典の格調を日本語で再現しようとする姿勢にある。たとえば「本当にわれは、お前の胸を開き広げなかったか」(「開胸の章」)といった、一見すると不自然な言い回しも、原文の調子を伝えようとする意図的な選択である。また「幽精(ジン)」「魔神(シャイターン)」といった訳語の工夫も特徴的。 豊富な訳注は、テキストの背景を丁寧に解説する。例えば、「アッラー」を「神」と訳した理由について、「アッラー」が固有名詞ではなく、「唯一の神」を意味する普通名詞であることが説明される。また、「ビスミッラー」(神の御名において)という句が文書や行為の冒頭で唱えられる意味も、詳しく解説される。 入門者には最初から通読することは勧められない。解説を手がかりに、「光の章」や物語的な章から読み始めるのがよい。特に旧約聖書の物語との比較や、当時のアラビア社会の文脈を意識しながら読むことで、単なる古典としてではなく、生きた思想として理解することができる。宗教や古典に関心を持つ読者、そして人類の精神史に興味を持つ者にとって、図書館で手に取る価値のある古典である。
0投稿日: 2024.12.01
powered by ブクログ(通巻の感想) 20億人近くの信者を抱えるイスラム教をどこか遠く未知なものと感じてしまうのは彼らの聖典に馴染みがないからかもしれない。そう思いコーランを手にしたが、たしかに取り扱いの難しい書物だ。同じような表現が何度も反復され、物語(のオリジナル)性が乏しく、過激な表現の今日的な受け入れは難しい。それでもイスラムの世界観を知るには繙かねばならない書物だと思う。 まず、アッラーの、唯一性、遍在性、不可知性が強調される。「東も西もアッラーのもの。いずこに顔を向けようと、必ずそこにアッラーのお顔がある。」という表現は神の遍在を端的に表しており、天上の人型の神というイメージからはかけ離れている。ここに偶像の絶対禁止の理由を知ることができる。また、神の一人称が「我ら」であることも興味深いが、ムハンマドが語る最中にしばしば人称が変化する様は神秘体験の臨場感を伝える。 ムハンマドが宗教家であると同時に為政者であり戦の指導者であったことが、聖典としての特殊性をもたらす。離婚や相続についてなど生活上の規則まで細かく規定される。ここにイスラムにおいて宗教と世俗的生活を分離するのが難しい理由があるのだろう。また、戦いを鼓舞する表現など厳格で荒々しい表現も多く、聖典としては戦闘的な性格であることは否めない。 そして、天国と地獄の描写はとても感覚的だ。天国は、川の流れる楽園で、食物に満ち、男性には天女があてがわれるといい、とても快楽的・実利的な描写である。対して、信仰しない者が地獄(ジャハンナム)の火に焼かれるという描写がとにかく散々繰り返される。神の恵みも強調されてはいるが、不信仰への報復を徹底する峻厳な神がアッラーだという印象を強く受ける。 アブラハム、モーセ、イエスなど旧約と新約の神話についても語り直されているが、オリジナルな物語として、イブリースの神話が興味深い。天使の一人イブリースは、神の創った人間(アダム)に跪けとの神の命令を拒み、追放されサタンとして神に抗うようになったという。たとえ自己の不利益になろうと、たとえ神の命令であろうと、己に及ばないものには決して跪拝しない自恃の精神にはある種の輝きがあり、否定的精神を具現化したアンチヒーローともとれる。
0投稿日: 2024.03.17
powered by ブクログ六信。アッラー・天使・啓典・預言者・来世・予定を信じなさい。アッラー以外に神はなし(47:19)。ムハンマドはアッラーの使徒(48:29)。アッラーは全能(35:1)。神に並ぶものは存在しない(4:48)。 ※ムハンマドは預言者・人間。神ではない。クルアーンの著者はあくまで神アッラー。アッラーが天使ジブリール(ガブリエル)を通じて、ムハンマドに伝えた内容。 ※カリフは「ムハンマドの後継者」という意味。 ※「アッラー」は固有名詞ではない。唯一神を意味する言葉。 ※ラー・イラーハ・イッラッラー。ムハンマドゥッラスールッラー。 五行。信仰告白、礼拝、断食、喜捨、巡礼をしなさい。礼拝。決まった時間にメッカの方向に頭を下げて祈る。毎日5回(夜明け前、12時、15時、18時、20時)。始まる前に祈りの呼びかけ(アザーン)がある。細かな礼拝の方法はスンナに書いてある。ラマダン(イスラム歴9月)の間は、1カ月、太陽が出ている間は何も食べてはいけない。太陽が沈んだら、食べてもよい。空腹に耐えながら神さまのことを思う。喜捨=税金(所得の40分の1)は神に対する義務。脱税・節税の発想がない。現世で差し出した財産は、来世で受け取ることができる。イスラム歴12月に、聖地メッカのカーバ神殿の儀式に参加。一生に最低1回は行うべき。信徒の平等。神の前ではみな平等。巡礼中は、敵も味方も、人種・社会的地位、関係なく平等。連帯が生まれる。 ※モスクは礼拝の場。夏は涼しい。信仰の対象物を設置する施設ではない。キブラ(メッカにあるカーバ神殿の方向)。ミフラーブ(キブラを示すモスク内の壁のくぼみ)。 ※礼拝中の人の前を遮ってはいけない。その人と神とのつながりを遮ることになる。 禁止。ワインと賭け矢、偶像と占い矢はこれを避けよ(5:90)。死んだ動物の肉、血、豚肉は不浄(6:145)なので、食べることを禁ずる(2:173)。ひづめが割れていて反芻するものは食べてよい。盗みをした者は両手を切断せよ(5:38)。 ※食べてよい(ハラール)と食べてはいけない(ハラーム)。 ※豚がもつ病原菌による感染症を抑えようとした。 天国。絶対に腐らない水、涼しい木陰(※灼熱のアラビア半島の人にとっての楽園イメージ)。澄みきった蜜の川。あらゆる種類の果実。美味しい酒、質がよくて悪酔いしない。美しい乙女を妻にできる。永遠の至福。※来世をとにかく重視。よりよい来世のために現世を神の導きに従って生きる。 ジハード(神のために奮闘努力する)。多神教徒を見つけ次第、殺せ。捕まえよ。拘束せよ。あらゆる場所で待ち伏せせよ。だが彼らが悔い改め、礼拝を行い、喜捨するなら、放免してやれ。アッラーは寛容で慈悲深い(9:5)。不信仰者と出会ったときはその首を打ち取れ(47:4)。神の道のために殺された者は主のもとで十分養って頂きながら生きている(3:169)。現世の享楽は些細なもの。来世こそ神を畏れる者にとっては最もありがたいもの(4:77)。あなた達はあなた達自身を殺してはならない(4:29)。 ※クルアーンの解釈は複数あり、「これが正しい」と最終判断する機関や権威は存在しない。真実は神のみぞ知る。 一夫多妻。あなたがよいと思う2人、3人または4人の女をめとれ(4:3)。だが公平にしてやれそうにないなら、ただ1人だけめとれ。もしくは、女奴隷(右手が所有する者)で我慢しなさい(4:3)。女はお前たちの耕作地である。思うままに手を付けるがよい。反抗的な女はよく諭し、寝床に追いやって叩け。言うことを聞けば、それ以上の手に出てはならない。 ※戦争で夫を亡くした女性たちの生活対策だった。 悪霊(ジン)イフリートは、女王シバの玉座を一瞬のうちにソロモン王のもとに運んだ(27:39)。※千夜一夜物語では、瓶に閉じ込められていたイフリートが外に出て巨大化して活躍。 ******************* ※成立。第3代カリフ、ウマイヤ家ウスマーン時代(在位644-656)。 ※啓典(キターブ)の民。ユダヤ・キリスト教徒は同じ一神教の仲間。旧約・新約聖書も(クルアーンと比べて不完全だが)イスラム教の聖典。預言者モーセ(ユダヤ)、イエス(キリスト)、ムハンマド(イスラム、一番偉い)。イエスは神ではなく人間(4:171)。 ※クルアーンは声を出して高らかに読むもの。声に出して読むとき、一字一句間違ってはいけない。 ※ハディース。ムハンマドの言葉や行いが書かれている。ムハンマドの日常の行為スンナ。 ※安息日は金曜。ユダヤ教は土曜、キリスト教は日曜。 ※キリスト教は神を信じる以外求めないが、コーランはよいことをせよと繰り返し書いてある。良い行い・悪い行いはシャリーアが決める。 『コーラン』610 ******************* ※シーア派はアリー(ムハンマドの娘の夫)の直系子孫だけが指導者(イマーム)であると考える。十二イマーム派(シーア主流派)は、最後のイマームは亡くなったのではなく、隠れているだけで、いつか再び姿を現すと考えている(ガイバ)。 ※タキーヤ。危害を加えられる恐れがあるなら、意図的に信仰を隠してもよいという思想。たびたび攻撃を受けたシーア派が自分たちを守るために生み出した。 ※シーア・イスマーイール派。神秘的・直感的にとらえられた神の啓示体験における英知(グノーシス)を重視。 ※アゼルバイジャンはシーア派。 ************* ※ジズヤ(人頭税)を支払うならば、ユダヤ・キリスト教徒もズィンミー(庇護民)として信仰の自由。イエスを神とするコプト教をイスラム教のエジプトは寛大に受け入れた。 ※アフガーニー。固き絆。英の侵略に抵抗するため、イスラーム教徒たちよ、団結しよう。人種や民族が違っていても同じイスラーム。スンナ派もシーア派も同じイスラーム。団結すべき。パン・イスラーム主義。 ※汎アラブ色。国旗。赤(聖戦で流れた血)・黒(黒は過去の圧政)・白(清浄)・緑(豊かな国土)。 ※二カーブ禁止。仏、ベルギー、オーストリア。 ※アブド。しもべ。 ************** ムスリム同胞団(1928-)(エジプト)。ハサン・アルバンナーが創設。コーランに基づく新国家の建設を目指す。エジプトのソ連系の社会主義政権に反発し、イスラム主義を掲げる。暴力によってイスラム主義国家を作るべきと考える一派(ジハード団)がサダトを暗殺。
2投稿日: 2023.04.04
powered by ブクログ馴染みがないせいなのか、とっつきがわるく、なかなか前にはすすめない。回教の教えそのものが浸透していないか、テキストはこれくらいしかみあたらなかった。
5投稿日: 2021.04.01
powered by ブクログ50ページで断念。 時間をかけて、精読しなければいけないが、ちょっと時間が取れない。 しばらくは積読か。
0投稿日: 2020.07.22
powered by ブクログマホメットが信徒に向かって語った日々の教えを編纂した文書。 つまりマホメットによる信仰告白、説教集なのだが、繰り返し繰り返し、アラーを信じよ、敬え、懼れよ、讃えよという言葉がいやというほど出てくる。それは当然なのだが、訳者も言っているように、聖書のようなストーリーがあるわけではなく、アラーに関するメッセージが延々と続くので、まとめて読むのはかなりつらい。 それにしてもアラーという神は、偉そうに威張っているな。 神様だから当然だが。
0投稿日: 2020.04.19
powered by ブクログ読了。上、中、下の上だけです。読誦はできませんのでしていません。イスラームの知識が欠けていることを自覚して読んだ次第です。非常に長いものを苦労して読んだため、少しは分かったことになるのかも知れません。が、国内の識者らしきひとびとに見られるいくつかの言及は、わたしのなかではより不鮮明になりました。詳しくは書きません。主に、書物のなかに矛盾がいくつも見られることに加えて、本物の天の啓示である証拠に矛盾がないと堂々記述されていることが不思議でした。また、死後の刑罰の描写は火責めの一辺倒であり、それが100回くらい記述され、一方天国の描写は川と女だけで、こちらも幾度も出てくる割にバリエーションはありませんでした。ひとつ気が付きましたが、神は過去と現在を完全に疑いなく熟知している一方で、未来については判らないように思えます。ひとの人生がいつ終わるのかを決めているという記述はありますが、これは寿命をろうそくの火で例える日本の宗教観に例えても、ろうそくの長さは過去のいづれかの日に決めておいておくものなのだから、未来を知っていることにはなりません(谷から石を落とせば「落ちる」ことなら人間も知っています)。風を起こして火を消すように、人のともし火を消すことも可能でしょうが、それは現在を司る力です。未来は、存在しない。後、これを持ち歩いて電車のなかで読んだりするのは少し怖かったです。無知故の不敬をお許しください。
0投稿日: 2018.03.07
powered by ブクログムハンマドが書き直した旧約聖書の神は慈悲深いな。イスラム教の教えは、ムハンマドがいきなり書き上げていきなり広まったのではなく、彼の時代にはすでに一定以上の信者がいたのか。 これを読み通すだけでなく、朗唱できるほど自分の一部にしきったハーフィズは偉大すぎる。
0投稿日: 2018.01.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
いわずと知れたイスラム教の聖典の邦訳本。全3巻中の第1巻。黙音読。 全能の神は全責任を負う(というより万能で責任すら問題にならない)。一方、神(アッラー)の思し召しである以上、人々は責任を感じる心性を持ちにくい。自己責任や罪の概念を持ちうるのか。 イスラム圏の初等教育がどういう手法で、どういう内容が教授されているのか。本書を読むと気になってきたところである。
0投稿日: 2016.12.21
powered by ブクログ長いし、同じ話が繰り返し出てくる。ただしそれも含めて教養として読んでおく価値は十分にあるだろう。 前提として旧約聖書の主なエピソードは復習する必要あり。
0投稿日: 2016.11.01
powered by ブクログこの本はイスラム教の初学者にとって難しいと思われる。大学入試で倫理の受験経験がある人や大学の一般教養の講義を受けた人でも難しいかもしれない。何かイスラム教に関する入門書を読んでから、『コーラン』を読んだ方がよいと思われる。
0投稿日: 2015.11.27
powered by ブクログ旧約聖書、新約聖書は読んだことはあっても、コーラン(クルアーン)は今まで読んだことがなかった。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はいわゆる啓典宗教と呼ばれるが、これら三つの宗教に登場する神は実は同じだという事実を知らない人も多いのではなかろうか。 コーランはマホメットが約20年間にわたりアラーから受けた啓示の集大成である。マホメットが現れたのは6世紀、ユダヤ教は紀元前13世紀、キリスト教は紀元1世紀なのでかなり歴史は新しい。 コーランの文章は旧約聖書、新約聖書を意識的に踏まえている。例の創世記のくだりだって出てくる。後半の記述が違ったりしてるんだけど。モーセとか登場人物がたくさんかぶっているので聖書を読んでいた方が理解は早い。 しかしながら聖書は読み物としてドラマティックでそれなりに読めるが、コーランは読み物としてはぶっちゃけ退屈である。解説にもあるようにアラビア砂漠の砂そのもののごとく無味乾燥としている。 ところがどうして。YouTubeとかで聴けばわかるんだけど、コーランは詩歌であり、神の音楽なんですよ。朗誦されて快く響くこと、それが一つの価値。凛冽たるフロウと律動するライム。アラビアンラップがごとく、ずーっと聴いてるとある種の恍惚感と共に陶酔状態に陥る、かもしれないとさえ感じる。 論理のたどりにくいところや、文脈の乱れ、話がポンポン飛ぶなど、読みにくいけれど教義としてはシンプルでわかりやすいのではないかと思う。近年イスラム教徒が増えてるのも頷ける。心の平安を得やすいんだと思う。
0投稿日: 2014.06.23
powered by ブクログアッラーを裏切るだけではなく、信じないというだけで地獄行きの罪となる、ということが延々と記されていた(例外あり)。この時代は、それだけ絶対的な強い「何か」で人々を導く必要性があったのだろうな。
0投稿日: 2013.07.01
powered by ブクログ前提として自分が持っていた知識を大きく超える記述は見られなかったけれども、キリスト教・ユダヤ教への対抗意識の表出や、時代の変遷に伴う記述の変化を実際に読むことが出来たのは収穫であった。時代による記述の変化の存在を頭に置いて読まないと、混乱を来してしまう恐れがあるので注意されたし。
0投稿日: 2012.11.20
powered by ブクログ大事なクルアーンに従う。 一語一句尊いし正しい。 クルアーンに従う人生が必ずあなたを救う。 必ず読まれなければならない本だと思います。
0投稿日: 2012.11.11
powered by ブクログ読み終わった。…ツラかった。ツラかった! ナニコノ精神攻撃。 なんの苦行!? 「コーラン」つまり「クルアーン」はもともと「読誦」を意味するそうです。 つまり、この内容を、イスラームの人たちは日々読みあげている、と。 そもそも「言葉」には力があるんだよ?(と私は信じてる。) それなのに、これを毎日読み、聞くなんて…! なんて恐ろしい。 「コーラン」を読んだきっかけは、「知らない」というコトは恐怖や嫌悪の原因になる、知れば、怖くなくなるかもしれない、と思ったから。 読み終わって。 「知った」からこそ、怖いコトがあるんだと分かった…。 怖かった。 イスラームの人たちから、私たちはこう見えているのかと思うと。 怖い。 純粋な疑問として。 それぞれの世界が遠かった時代ならいざ知らず、今のように世界が狭まったこの時代、イスラームの人たちは非イスラームとどのように折り合いをつけているんだろう。
1投稿日: 2012.05.06
powered by ブクログ青木武信先生(国際学部)「イスラーム入門」レポート参考文献 湘南OPAC : http://sopac.lib.bunkyo.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=1252406
0投稿日: 2011.06.03
powered by ブクログ(2006.10.06読了)(2000.10.27購入) コーランは、イスラム教徒の聖典です。アッラーが預言者マホメットに啓示したことを書き残したものだということです。前のものほど時代としては新しいということなので、後のほうから読んだほうがいいのかもしれません。マホメットが語ったのだとすると著者は、マホメットですが、アッラーがマホメットの口を借りて神の教えを説いたものとすると、著者は、アッラーということになるのでしょうか。 「コーラン」の原語「クルアーン」とは、もと読誦を意味した。この聖典は目で読むよりも、文句の意味するよりも、何よりも先にまず声高く朗誦されなければならない。(298頁) アラビア以外の回教諸国では、「コーラン」の翻訳ということは禁止されていた。意味がわかっても分からなくとも、信者はアラビア語の原文のままで「コーラン」を読まなくてはならなかった。(299頁)(この本も、日本語への翻訳ということではなく、日本語による解説書ということなのだそうです。) コーランには、イスラム教徒の守るべきことが生活のすべてにわたって規定してあるので、政治と宗教が分離できないといわれるのですが、上巻を読み終わった段階では、生活に関する事はそれほど多くは見受けられず、多神教やユダヤ教、キリスト教との戦いについて書いてあったように思われる。 ●偶像崇拝の禁止(14頁) アッラーこそは汝らのために大地を置いて敷床となし、蒼穹を頭上に建立し、蒼穹から雨を下して様々の果実を実らせ、それで汝らの日々の養いとなし給うたお方。されば偶像のたぐいを、それと知りつつアッラーとひとしなみに崇めたりしてはならぬぞ。 ●礼拝と喜捨(30頁) 汝らは礼拝を正しく守り、喜捨の務めを怠らずに果たしておればよい。 ●アッラーのもの(31頁) 東も西もアッラーのもの。それゆえに、汝らいずこに顔を向けようとも、必ずそこにアッラーの御顔がある。 ●祈りの方角(キブラ)(36頁) (最初、回教徒はイエルサレムの方角に向かって祈祷していた。しかし後に、マホメットがユダヤ教徒とはっきり敵対するに至って、その方向をメッカに向けかえた。) お前はどっちを向いてお祈りしていいのか分からなくなって空をきょろきょろ見廻している。よし、それならここでお前にも得心の行くような方角を決めてやろう。よいか、お前の顔を聖なる礼拝堂(メッカの神殿)の方に向けよ。 ●禁じられた食物(42頁) アッラーが汝らに禁じ給うた食物といえば、死肉、血、豚の肉、それから屠る時にアッラー以外の名が唱えられたもののみ。 ●聖戦(46頁) 汝らに戦いを挑む者があれば、アッラーの道において堂々とこれを迎え撃つがよい。だがこちらから不義を仕掛けてはならぬぞ。 ●遺言(59頁) 汝らのうちで妻を後に残して神のみもとに召されるものは、彼女らが一年間、家から追い出されずに充分扶養を受けられるよう遺言する必要がある。 ●利子(68頁) アッラーは商売はお許しになった、だが利息取りは禁じ給うた。 ●妻(108頁) もし汝ら自分だけでは孤児に公正にしてやれそうにもないと思ったら、誰か気に入った女をめとるがよい、二人なり、三人なり、四人なり。だがもし妻が多くては公正にできないようならば一人だけにしておくか、さもなくばお前達の右手が所有しているもの(女奴隷を指す)だけで我慢して置け。 ●男と女(115頁) アッラーはもともと男と女との間には優劣をおつけになったのだし、また生活に必要な金は男が出すのだから、この点で男のほうが女の上に立つべきもの。 ●信徒殺し(126頁) 信徒が信徒を殺す事は絶対に許されぬ、誤ってした場合は別として。 ●来世(247頁) およそ預言者たるものは、地上の敵を思う存分殺戮した後でなければ捕虜など作るべきではない(殺さないで捕虜にした方が身代金が取れるから得なのである)。一体汝らはこの世のつまらぬ財を欲しがりすぎる。アッラーの欲し給うのは来世じゃ。 ●喜捨の用途(260頁) 集まった貴社の用途は、まず貧者に困窮者、それを徴収して廻る人、心を協調させた人(他の宗教の信者から回教徒になった人)、奴隷の見受け、負債で困っている人、それにアッラーの道(回教の伝播活動)、旅人、これだけに限る。 ☆関連図書(既読) 「イスラムの世界」大野盛雄著、講談社現代新書、1971.03.16 「マホメット」藤本勝次著、中公新書、1971.06.25 「世界の歴史(5) 西域とイスラム」岩村忍著、中公文庫、1975.01.10 「イスラムの蔭に」前嶋信次著、河出書房新社、1975.03.25 「アラブのこころ」曽野綾子著、集英社文庫、1979.01.30 「イスラム文化と歴史」前嶋信次著、誠文堂新光社、1984.06.09 「イスラーム生誕」井筒俊彦著、中公文庫、1990.08.10 「イスラームの日常世界」片倉もとこ著、岩波新書、1991.01.21 「聖戦の教典 コーランの秘密」吉村作治著、ワニ文庫、1991.03.25 「コーランと聖書の対話」久山宗彦著、講談社現代新書、1993.10.20 「乞食とイスラーム」保坂修司著、筑摩書房、1994.04.10 「現代イスラムの潮流」宮田律著、集英社新書、2001.06.20 「イスラーム世界を読む」小杉泰著、NHK人間講座、2002.04.01 訳者 井筒 俊彦 1914年 東京生まれ 1937年 慶応義塾大学文学部卒業 1968年まで慶応義塾大学文学部言語文化研究所教授 1969年 カナダ・モントリオールのマックギル大学イスラーム教授に就任 慶応義塾大学名誉教授 専攻は東洋哲学、言語哲学 1993年 死去 (「BOOK」データベースより)amazon 預言者マホメットの口を通して語られた神のことば―断続的に下された啓示を、第三代カリフ・オスマーンが集積・編纂させて聖典は成立した。以後、『コーラン』解釈の発展史がイスラーム文化史を形成してきたといえる。アラビア語原典からの口語訳。
1投稿日: 2010.02.18
powered by ブクログ△ さらさら読めて素敵な一品 でも順序としては旧約から読むべきだった!orz いつか原典で読めるようになりたいなぁ
0投稿日: 2009.07.31
powered by ブクログコーランを読めばイスラムが分かる・・・というものではないだろう。 けれど、たとえばイスラムのハーレム制が女性差別だと批判する前に、元々は戦争によって夫を失った婦女の救済を目的としていたということも知っておくのは良いかもしれない。(コーランに書いてしまったから修正が効かないということもあるんだけど・・・)
0投稿日: 2008.12.17
powered by ブクログ社会を成り立たせるにおいて、イスラム法ってのは実によくできていると思う。 ただ、今の世にあわせていかないと・・・。 原理主義ってのは怖い。
0投稿日: 2008.10.31
powered by ブクログ上・中・下の三巻。言わずもがなのイスラム教聖典。雷鳴のようにとどろくアッラーの声と、地獄の恐怖とアッラーの慈悲深さに危うく、イスラム教徒になろうかと思ってしまった。ユダヤ・キリストと同じ一神教ながら、旧・新約聖書とはかなり趣が違った。また、それぞれの巻に書かれている井筒氏の解説はコーランの成立やその背景、ムハンマドの生涯の理解に役に立つ。素晴らしい。
0投稿日: 2008.09.21
powered by ブクログ聖書のキャラクター達が、違った意味を持って登場します。 マホメットはゾロアスターみたいなものですね。
0投稿日: 2008.08.27
powered by ブクログ俺敵にはキリスト教の聖書よりも興味深かった。テロと結びつけるのはよくないけどテロリストはこの辺の文章から解釈しているのかなーっていう部分もあって勉強になった。
0投稿日: 2007.06.12
