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資本主義の終焉と歴史の危機
資本主義の終焉と歴史の危機
水野和夫/集英社
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総合評価

200件)
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    資本主義は中心と周辺で成り立っており、中心を支える周辺が無くなってきている事が資本主義の終焉なのだとわかった。電子化を進めて無理やり周辺を国内の格差に生み出してるから貧富の差がより増えてるんだな。10年前の本だけどそうなってきていることは肌身で感じている、資本主義の次は何が来るのかしら。

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    投稿日: 2025.11.05
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    グローバリズムとは、「中心」と「周縁」の組み替え。 資本主義は、周縁から中心に富を集中させること。 新興国が中心化し、周縁が限定されてくるなかで、新たに生み出されたのがアメリカのサブプライムローン(証券化)や、非正規雇用者(保険無し)。 資本主義には矛盾が孕んでる。 今の日本の国債の利子率は異常。14世紀イタリア並みの歴史的低さ。 資本主義:利潤極大化を最大のゴールとする資本主義は、資本の自己増殖のためにバブル経済も厭わないことで、(バブル崩壊、信用低下、gdp減、失業増、その対策の国際増発とゼロ金利政策)超低金利というさらなる利潤率の低下。

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    投稿日: 2025.10.13
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    https://www.nikkei.com/article/DGKKZO90118990Y5A710C2MY6000/

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    投稿日: 2025.07.20
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    経済を地理物理的空間、成長、金融空間の3種類で捉えることは面白い。 そして、リーマンショック、9.11、福島地震を同じ要因で見つめることもまた面白い。 過去を中心・周辺で分析するのは納得するが、現在も同様に考えるのはどうかなと。過剰を求めると中間層が没落するイメージはわかるかも

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    投稿日: 2025.05.04
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    「持続的成長」、「社会の発展」、「お客様満足」。入社して嫌という程叩き込まれた言葉の数々に疑問を持ったとき、手に取ったのが本書だった。資本主義というシステムが臨界点に近づいていることは何となく感じていたが、本書を読んで予感でも何でもなく差し迫った事実であることを認識した。成長至上主義からの脱却、新しい経済システムへの移行が急務であることを、多くの人が悟るところから始めなければならない。

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    投稿日: 2024.12.28
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    資本主義の分析という分野において、昨今取り上げられる脱成長モデルとそう遠くない論旨。 文字通り十年一昔となりながらも、筋道としては現在からそれほどそれてないように感じる。 再読。

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    投稿日: 2024.09.02
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    10年ぶりの再読です。 資本主義の本質をフロンティアの開拓、"中心"による"周辺"の搾取と捉える考え方をベースとして、ゼロ金利は無成長状態の現れでありそれはフロンティアの消失によるものである、最終的には自国内に"周辺"(搾取される側)を作り出し中間層を没落させ民主主義を危機に晒す、周辺が消失した時に資本主義は終焉する、その終焉は近く、今後は資本主義を脱して新たなシステムを構築したものが次の覇権を握る、といった内容の本であると理解しました。 とくに15,6世紀との対比は興味深いです。中国が内需主導型に転換できない場合、低成長、デフレ状態となるという読みも当たっています。とはいえ資本主義を脱しようとして失敗しているので半分当たりといったところでしょうか。 少ししか触れられていませんが量的緩和への批判の部分は結構的確で、実際貨幣数量を増やしたところで貨幣流通速度が下がれば物価水準も取引量も変わらんのですよね。コロナによる供給ショックで結果的に物価は上がりましたが、あれがなければ結局どれだけ量的緩和だけしたところで物価は上がっていなかったんじゃないかと考えてしまいます。 なおメインの論旨について、プログラマー兼医学博士として申しますと、やはり一つ一つのアイデアや研究開発だけで生産性向上を成し遂げる事自体は可能であり、そういう意味ではフロンティア自体は無限にあると言え、そうである限り資本主義は終焉しないと言えます。それが良いかどうかは別として。 ただ中間層の没落や消費の低迷は事実であり、どちらかといえば搾取で過剰な富を蓄積するような行き過ぎた資本主義が終焉するという言い方の方が正しいように思います。またそれを願いたくもあります。

    0
    投稿日: 2024.08.18
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    「超マクロ展望世界経済の真実」と併読するとよい。 グローバリゼーションの進展によって、発展途上国(周辺)と先進国(中心)という構図は内部化された。それが、先進諸国における格差の拡大と中流階級の消失である。 「利子率革命」「価格革命」に代表されるように、もう世界経済は大幅な成長を見込めない。

    0
    投稿日: 2023.10.10
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    仕事で毎年目標が上がっていくけれど、そもそもその市場広がっていってないよね…?という気持ちがこの本を読むとすっきりします。

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    投稿日: 2023.08.07
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    資本主義の目的である拡大と成長のための侵食先が欠乏していき、そして金利の低下から資本主義の終わりと未来への警告を唱える一冊。 ルターとスノーデンを同列に考えるなど、ちょっと強引かなと思うところもあるが、資本主義の終焉を憂える根拠は理解できる。 エネルギー問題など色々あるが、著者の指摘する資本主義の侵食先となるのは、これからはきっと宇宙になると個人的に思うが、人類初の月面着陸から大きな進歩が感じられない宇宙開発が、資本主義が終わったらそれこそ進まなくなるし、どうなるんだろうか。

    0
    投稿日: 2023.03.26
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    「中心」が「辺境」を侵食・拡大していくことで成長を続け、資本を永続的にドライブさせていく、それが資本主義社会。「辺境」つまり投資先が無くなってしまったから、利子率が低下しゼロに近づいている。そのせいで、金余りが起きバブルの生成と消滅が起きやすくなっている、という筆者の主張。そこまでは同意できる。構造としてはそうなんだろう、たぶん。 しかし、利子率がゼロ=資本主義の終焉は強引。9.11や3.11まで資本主義の行きつく先にしてしまうのは論理が飛躍しすぎ。読んでいて、史的唯物論と同様の強引さと違和感を感じる。社会科学系の論文にありがちなこの手の結論ありきの文章展開は辟易する。 確かに筆者の言う、成長神話が間違いだ、という主張は魅力的に聞こえる。環境問題と整合するし、他人・他社・他国との競争に飽き飽きしてる人も多いだろう。でも、何が幸せなのか価値感の軸はたくさんあるとは思うが、世の中が多様性に向かう方向性は悪いことじゃないと個人的には思っている。 で、多様性を生み出すのはたぶん資本主義じゃないと難しいと思う。経済構造が上部構造を規定するんだから、資本が利潤を求めていろんな方向にフロンティアやスキマを開拓してくれないと、社会が多様する道は拓けないんじゃないか。イメージでは、多様性を生む資本主義は熱帯雨林や湿潤温帯の生態系で、民主的でない資本主義・社会主義は針葉樹林や人工林。後者の方が効率的だろうけれど、棲みかとしては心地よくない気がする。  ・・・という自分も論拠なしに論理展開してる。筆者のことは悪く言えないかも。

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    投稿日: 2023.03.03
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    先進国が横並びの低金利と中間層の没落が何年も続いていることを理由に水野和夫さんは「資本主義の終焉」に入っていると主張する。 先進各国では(日本もご多分に漏れず)自己責任の新自由主義やグローバリズムを喧伝することで中間層を没落させて富裕層にさらに富を集中させていく構造があり、99%の人々にとって資本主義を維持するインセンティブがなくなってきている。 米国の「ウォール街占拠運動」「トランプ現象」「サンダース現象」、英国の「ブレグジット」、フランスの「国民戦線ル・ペン」、イタリアの「五つ星運動」にも、日本国内の「反TPP」「れいわ山本太郎」にもその傾向が見られる。

    0
    投稿日: 2022.08.26
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    現状、資本主義が末期状態にあり、だましだまし延命させているだけだということが分かる。 その一例がアベノミクス。異次元金融緩和によって資産価値(株価)を膨張させ、あたかも経済がうまく回っているかのように見せかけている。しかし持続可能なシステムではないから、いつか破綻する。 利子率の水準が利潤率の水準を反映しており、先進各国の利子率の低下が資本主義の瀕死状態を表しているというのは説得的。 しかし著者が掲げる「脱成長」というのは魅力に欠ける。共産主義社会でも成長はできるのでは? 要するに、成長とはイノベーションのことだろう。知識と財産が共有された自由な共産主義社会でこそイノベーションが乱発すると思われる。マルクスも、共産主義社会になればゼロ成長になるという夢のない話はしていなかった。共産主義は資本主義からの撤退・敗走ではなく、アップグレード・上位互換でしょう。

    0
    投稿日: 2022.06.11
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    『#資本主義の終焉と歴史の危機』 ほぼ日書評 Day578 初めにお断りしておく。旧民主党の御用学者が書いた、目次だけ見れば大概の内容の予想が付く類の本である。2014年刊の新書なので書店には並んでいないかと思うが、間違ってもused購入などなさらぬよう。 本書の主張を一言でいえば、フロンティアなき今、資本主義は遠からず終焉を迎える。その中でも課題先進国たる日本は拡大なき均衡による新たな経済学体制を目指すべきというもの。 こんな学者が「内閣官房内閣審議官(国家戦略担当)」に就いていたのであるからして、日経平均7千円時代は必然であったと言わざるを得ない(Amazon書評で高評価を取っている非正規雇用者の増加は、程よく"人材派遣会社"の会長に収まっている、自民政権時代の大臣による悪政に起因するものだろうが)。 とまれ、本書を簡単に振り返る。 出だしは多少興味深い主張で始まる。 "アメリカは、近代システムに代わる新たなシステムを構築するのではなく、別の「空間」を生み出すことで資本主義の延命を図りました。すなわち、「電子・金融空間」に利潤のチャンスを見つけ…" どうだろう、2014年刊にしては、なかなかのものではないか? ただ、時代は、まだアメリカが「リーマンショック」の影響から十分に立ち直れず、日本が先行して経験した超低金利&デフレのスパイラルに落ち込もうか、というタイミング。 ここでいう「電子・金融空間」は、過度なレバレッジを掛けた金融商品("リーマン" を引き起こした原因と位置づけられる)と、ほぼ同意である。今日のような、メタバース、ブロックチェーンといった代物ではない。 そうした新たなフロンティアへの挑戦といったポジティブな文脈ではなく、むしろ実体経済からの逃避という批判的視点で、たまたまこうした表現を用いているにすぎない。 2010年代の超低金利を、もはや資本の産み出す期待利潤が失われつつあるから、と資本主義の終焉近しを予言するのだが、その根拠として16世紀の新たな大規模金脈(物理的な鉱山)発見が、大インフレをもたらした歴史を持ってくる。供給側の限界が強固であった時代との半ば意図的な混用は学問の徒の名に恥じるものではなかろうか(この辺り詳しくは、本書を手に取るきっかけとなったDay572『自由と成長の経済学』を参照されたし)。 https://amzn.to/3925CXP

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    投稿日: 2022.04.19
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    先進国における金利の低下を根拠として、利潤率の減少、すなわち資本主義の終焉を論じでいる本。 資本主義を延命するために金融市場にバブルを生成し、その崩壊によって労働者が割を食うという構図の解説はとても興味深く感じた。 現状の資本主義の代替案に関しての記述が弱く感じたので(他書籍で詳しく解説なさっているのかもしれないが)星をマイナス1した。

    1
    投稿日: 2021.09.29
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    資本主義が永続不能なシステムであるということは今や衆庶の知るところであるが、金利の推移を見れば、その終焉は「いつか来る」程度のものではなく、もう我々の眼前に迫っていると言える段階まで来ていると警鐘を鳴らすのが本書である。水野によれば70年代には既に資本主義は有限性の隘路に逢着していたそうだ。そこでアメリカは電子・金融空間にフロンティアを見出した。そこさえ侵食し尽くした資本主義の次なる延命策は「中心の内部に周辺をつくり出す」というアクロバットである。これがネオリベの増長や格差拡大の主因だろう。

    1
    投稿日: 2021.09.18
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    水野和夫(1953年~)氏は、早大政経学部卒、早大大学院経済学研究科修士課程修了、三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト、民主党政権の内閣官房内閣審議官、国際投信投資顧問顧問、日大国際関係学部教授等を経て、法政大学法学部教授。 本書は、2014年に出版され、経済書にもかかわらずベストセラーとなり、2015年の新書大賞第2位を獲得。 2013年に発表(日本語訳は2014年出版)されたトマ・ピケティの『21世紀の資本』とともに、資本主義の問題・限界を明快なメッセージで指摘したことで、多くの人々に受け入れられた。 近年、斎藤幸平氏の『人新世の「資本論」』をきっかけに「脱成長」に関わる議論が大いに注目されており、私も、あまりに不合理な格差を生む資本主義の限界を強く感じているのだが、先駆けて「資本主義の終焉」という警鐘を鳴らした本書を、今般改めて読んでみた。 エコノミストの著書なので、少々経済学の基礎知識を要する記述はあるものの、論旨は以下の通り明快である。 ◆近年、先進各国で超低金利の状態が続いているが、これは、16世紀末~17世紀初頭にジェノヴァで同様の現象が起こって以来のことである。利子率ゼロとは利潤率ゼロということ、即ち、利潤を得られる投資機会がなくなったということであり、そのときの経済システムが限界に突き当たったことを示している。16世紀においては、その結果、中世から近代への移行(中世封建システムから近代資本主義システムへの転換)が生じた。 ◆資本主義とは、「中心」と「周辺」から構成され、「周辺」即ちフロンティアを広げることによって「中心」が利潤率を高め、資本の自己増殖(「成長」)を推進するシステムであり、その性格上、常にフロンティアを必要とする。しかし、20世紀後半のグローバリゼーションの進展は、発展途上国を「周辺」に留めることを許さず、地球上の「地理的・物的空間」のフロンティアを消滅させた。その後、資本主義は、金融自由化により新たに「電子・金融空間」というフロンティアを創り出して延命を図ったが、米国のサブプライム・ローン問題、ギリシャ危機、日本の非正規社員化問題などを引き起こし、2008年のリーマン・ショックでバブルは結局限界に達した(実体の伴わないバブルが崩壊した)。 ◆このまま資本主義システム(=「成長」)の延命に拘れば、世界中の(地域を問わない)相対的弱者が「周辺」に成らざるを得ず、格差の拡大を生み、延いては国民国家の危機、民主主義の危機、地球持続可能性の危機を顕在化しかねない。よって、今こそ我々は近代(=資本主義)そのものを見直し、脱成長システム=ポスト近代システムを見据えなくてはならない。 では、ポスト近代システムとはどのようなものなのかについては、著者は正直に「その明確な解答を私は持ちあわせていません」と述べているのだが、この解答の一例が斎藤氏のいう「脱成長コミュニズム」と読むことは可能であろう。 様々な意味で「大分岐」にある今、改めて読む意味のある一冊と思う。

    2
    投稿日: 2021.09.07
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    ---- 感想 ---- 近現代の資本主義の流れが特にとてもわかりやすく、面白く読めました。 今まで「非正規労働問題」などのワードを見かけても何も思わなかったけど、過去からの流れを頭に入れると、その意味も頭に入ってきて、かなりアンテナの感度が上がった気がします。 知識の少ない自分にとっても説明がわかりやすく、新たなフロンティア、周縁を探し続けている現在の資本主義の姿が理解できました。 ---- 勉強になったポイント ---- - 資本主義は、安く買って高く売るのが原則だったが、先進国では、1970年代半ばに石油を買い叩けなくなったことで、ピンチに=>金融、IT空間を作り出し、実態経済が伸びない中でもバブルを起こし続けて延命してきた。 - その後は国内に格差を作り出して、企業は利潤をあげる様になる。日本における非正規労働問題、アメリカにおけるサブプライムローン問題など。 - 先進国の超低金利は、中世に起きて以降の低水準で、すでに投資をして利潤を得る先がなくなったことの証拠。

    0
    投稿日: 2021.08.17
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    1970年代に始まった「長い21世紀」。それは、800年続いた、資本主義の終わりの始まりに他ならない。 16世紀末から17世紀初頭の「長い16世紀」における利子率革命は、中世から近代資本主義へとシステムを大変換させた。それと同等の変革期が、1970年代からの「長い21世紀」であると水野は説く。それはまさに、資本主義の終わりの始まりである。 資本主義は「周辺」を作り出して、そこから「中心」へと富や資源を移転させるものであるが、もはやこの地球上に「周辺」は存在しなくなった。資本主義の延命を図ろうとするグローバル資本主義は、国内に「周辺」を生み出し、それは市民社会や民主主義といった、近代の価値に対する重大な脅威となる。 しかし、現今の日本におけるゼロ金利・ゼロインフレという状況は、成長を信奉してやまない末期の資本主義からのソフトランディングを可能にさせる条件でもある。この「歴史の危機」にあって、未来への構想力が求められる由縁である。

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    投稿日: 2021.07.08
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    部長に2年前もらった本。積読で再チャレンジ。社会人4年目も終わり頃にようやく意味がわかってきた。 2014年の著者の考察は確実に21年転換期にきているのではないか?コロナ禍で生活様式が変わり、本当に必要なものと不必要なものがわかれ、大量消費主義に終止符が打たれるかもしれない。 はっきり言って、メーカーで働いている身としてはとても恐怖感を抱く一冊。

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    投稿日: 2021.02.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    何気に手に取って、そのメッセージ性に衝撃を受けた。 [受け取ったメッセージ] 日本が世界に先駆けて資本主義の終焉に直面している。ゼロ金利と低成長がその証拠、とのご主張。 しかし、ゼロ金利は資本主義からの卒業を意味している。日本は成長願望にとりつかれて倒錯した 経済運営をしている。資本主義にどっぷり浸かったおじさんたちが、若い者はカネを使わな過ぎると非難する。。。 全く仰せの通り。 [以下、個人的な気になりポイント] “(2) 「国家の集合ではあるがシステムではない」は国によっては実現可能性はあります。。。 しかし、小国やあるいは日本のような国の場合は、没交渉の世界を生き抜くことはできません。” これは本当か?日本の江戸時代は自足自給経済を回せていたハズ。 江戸時代は幕藩体制で、政治的には徳川家が最強だった訳だが各藩の経済は独立していた。 明治維新の時とは状況が異なるので、連邦制(=道州制)を追求しても良いはずだと思うがどうか?

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    投稿日: 2020.12.31
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     グローバル化が資本主義というシステムから、多くの人を幸福にする機能を奪っているというような話だったような気がする。強欲なものが勝つとすれば、より強欲にならざるを得ず、ドラッカーや松下幸之助は見向きもされなくなり、日本型経営は競争に勝てなくなっているようですね。

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    投稿日: 2020.11.24
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    0成長論、おもしろい。 0成長の世界の中では、きっと資本主義的な成長は止まっているのだけど、資本主義は自然的なものに、もはやなっているので"数"という成長基準とは別の基準の成長という概念を作りクロスで考えていくのが良いのだろうなぁと思った。

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    投稿日: 2020.10.16
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    世界は開発されつくし、物理的にもデジタルの場にもフロンティアは無くなっている。もはや利潤をあげる空間がないところで無理やり利潤を追求すれば、そのしわ寄せは格差や貧困となって弱者に集中する。 利子率革命:資本主義は、資本を投下し利潤を得て資本を自己増殖させるシステムであるから、利潤率が極端に低くなると、もはや資本主義が維持できなくなる。利潤を得られる投資機会が無くなった、ということ。 長い16世紀に起きた「利子率革命」 →16世紀の半ばから利子率がどんどん下がり、1619年には、1.125%まで下がった。当時はワイン畑が投資の最先端産業だったが、ワイン畑に投資しても、もう1%しかリターンが得られない。投資先が見つからなかった。 次第に既存の社会システムが維持不可能になり、中世荘園制・封建制社会から近代資本主義・主権国家へとシステムを一変させた。 消滅した投資先を海外植民地という「周辺」に見出し、解決したのだ。 原油価格の高騰とフロンティアの開拓の停止により利潤低下に直面した1970年代半ば、先進国は別の空間である「電子・金融空間」を見つけ、金融のグローバリゼーションによって利潤を生み出した。 しかし、グローバリゼーションは成長ではなく、あくまで「中心」と「周辺」の組み換え(格差収奪関係)であったのだ。 そのため、16世紀のようなイギリスが植民地政策により「周辺」を作り出していったように、21世紀では貧困層が「周辺」として生み出された。 この加熱した経済によってバブルが生成され崩壊したのだが、それは需要を急激に収縮させ、銀行には政府が公的資金を投入する一方、債務者には何もせず見捨てる結果を招いた。格差の拡大を生む一方で、再び成長を目指して過剰な金融緩和を招き、バブルが再生成される、ということを繰り返している。 【新興国】 先進国は「周辺」である新興国の開発に資金を投じているが、新興国の経済成長は伸び悩んでいる。それは、新興国の成長の仕方が輸出主導型だからであり、それには先進国の消費ブームが必要となるわけだが、リーマンショック+コロナで、消費は回復していない。 16世紀の価格革命では、生活必需品が高騰するとともに、既存の社会システムからの脱却が見られた。21世紀もこれと同様にグローバリゼーションが進み、原油価格が高騰し、新興国の必需品の高騰が起きている。「価格革命」が起きるときは、異なる経済圏が統合されるとき、「周辺」の経済圏が「中心」を飲み込む時だ。 「価格革命」とは、グローバリゼーションによって市場が統合され、新しい経済・社会システムに適応した新しい価格体系に移行する過程で起きるもの。 21世紀の「価格革命」は、それまで国家と資本の利害が一致していた資本主義が維持できなくなり、資本が国家を超越すること。 グローバリゼーションによって、格差が拡大する。現代の資本はやすやすと国境を越えていくため、貧困の二極化が「自国内で」現れる。中間層が消滅すると、今度は民主主義が没落する。 新興国で加熱したマネーの行き場所は、数少ない投資先を残している新興国だが、巨額のマネーを新興国だけでは吸収しきれず、バブルの崩壊と格差の拡大を招く。 世界の富がスペイン→オランダ→イギリス→アメリカ→中国と移っていくように、覇権を握った国がバブル崩壊から次の国に覇権を明け渡す、という構図が歴史上繰り返されてきた。しかし、次は中国が覇権を握るとは限らない。資本主義とは異なるシステムを構築した国に覇権が移る。 【アベノミクスの結果】 ①金融緩和 物価(P)×生産量(T)=貨幣数量(M)×貨幣流通速度(V)で表される流通速度を上げれば物価が上がるという理論は、閉じた経済の中でしか機能しない。 グローバリゼーションの今、貨幣が増加しても金融・資本市場で吸収され、資産バブルの生成を加速させるだけ。 景気と所得が連動しなくなっている。 ②積極的財政政策 過剰設備を維持するために固定資本減耗を一層膨らます。 これらは全て、資本主義を維持し成長させるためのものだが、資本主義がこれ以上膨張できない世の中では、既存のシステムの中でやりくりするのは不可能。 【資本主義の終焉】 ①ハード・ランディング・シナリオ 中国バブルが崩壊。一気に需要が減り設備過剰となり、世界的なデフレと景気後退が起こる。 ②ソフト・ランディング・シナリオ ゼロ金利・ゼロ成長・ゼロインフレを目指す。「定常状態」への移行。しかし、どのようにやる? ・財政均衡。なるべく現在の借金から増やさない。増税もやむなしだが、法人税や金融資産課税を増税し、逆累進性の強い消費税の増税は控えるべし ・エネルギー問題の解決。活動を維持するための資源価格をより安く抑えるため、エネルギーを効率化していく。

    0
    投稿日: 2020.09.09
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    文字通り、資本主義が勝利したわけではなく、今後崩壊していくことを描いた一冊。 上位15%に富が集積し、先進国はその恩恵に授かってきたたが、発展途上国も同様に発達しつつある今後は厳しいということがよく分かった。

    3
    投稿日: 2020.09.05
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    地球上の資源が有限であることから導き出せる考察である。 仮に、構造改革や積極財政では近代の危機は乗り越えられないのだとしたら、国民への最先端技術への教育を通じて直接投資していくしかないのではないだろうか? 教育こそ生きた投資である。 少くして学べば、則ち壮にして為すことあり 壮にして学べば、則ち老いて衰えず 老いて学べば、則ち死して朽ちず

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    投稿日: 2020.08.07
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    面白かったー。搾取する対象がなくなることが資本主義の限界ってことは前に何かで読んだが、資本が国境を越えるようになった1995年以降、国民国家と国家資本の利害が一致しなくなり中間層の下流化(格差拡大)と共に民主主義も破綻しつつある。

    0
    投稿日: 2020.04.24
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    現在は、16世紀以来、世界を規定してきた資本主義がフロンティアを失ったことで終焉に向かい、国民国家を解体させる大転換期にあることを示す画期的な一冊。

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    投稿日: 2020.04.06
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    p38 〜「電子・金融空間」という新たな空間をつくり、利潤を再び極大化させようとしました。これがアメリカによる資本主義の延命策でした。新しい空間を創造して高い投資機会を見出そうとするグローバリゼーションは、現代の「空間革命」と呼ぶべきものです。 #空間の開発によって経済が相転移するのであれば次は宇宙? p41 グローバリゼーションとは、「中心」と「周辺」からなる帝国システム(政治的側面)と資本主義システム(経済的側面)ないかあって、「中心」と「周辺」を結びつけるイデオロギーにほかなりません。 p42 資本主義は「周辺」の存在が不可欠〜新たな「周辺」をつくる必要〜アメリカで言えば、サブプライム層であり、日本で言えば、非正規社員であり、EUで言えば、ギリシャやキプロスなのです。 p80 〜ニ〇三〇年代前半に中国の一人あたり実質GDPが日本に追いつくまで、資源価格の上昇と新興国のインフレ、つまり「価格革命」は収束しません。〜今からニ〇年後、あるいはもう少し先に、新しい政治・経済システムが立ち上がってくるかもしれない〜

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    投稿日: 2020.03.31
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    これは確か、経済ブックガイドからだったか。プラス、帯の内田樹推薦コメントもポイント。 若干読み流してしまった部分もあるんだけど、基本的にはリーダビリティが高く、読みやすいものだった。可視資本が飽和した後、ネット世界という不可視資本に活路を見出したのは凄いけど、次にそれさえも飽和してしまったら、その先はもう、資本主義の終焉が待つ、というのはとても分かりやすい展開。

    0
    投稿日: 2020.02.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2019/12/19:読了  「閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済 (集英社新書)」に比べると、あまりスッと入ってくるものがなかった。

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    投稿日: 2019.12.19
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    資本主義が臨界に達している現代に警鐘を鳴らし、脱成長、脱資本主義を進めるべきと主張する著者。あまり経済関連の書籍は読まないけど、肌感覚で実感している現在の経済の問題点を線で繋げてくれるような分かりやすい解説で、おすすめ。

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    投稿日: 2019.10.31
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    残念ながら、何をもって資本主義とするか、資本主義の中身は、定義されていない。 成長神話を戴いている資本主義の歴史は、終わりだということだ。

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    投稿日: 2019.09.22
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    これからの経済成長を目指してはいけない、という主張。20世紀型の資本主義は終わっている。世界中の人々が中間層になることはあり得ない。万が一、そうなったとしても持続はできない。

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    投稿日: 2019.08.12
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    ☆本書のメッセージ 利子率が0に近いことは、資本主義システムの終焉を意味する。持続可能なkとを目的としたシステムの開発を目指すべきだ ●読んだきっかけ 資本主義に限界を感じている先輩に説明されて ●本の概要 資本主義という仕組みがいつから始まったのか、それを利子率を中心に紐解いていく。歴史の流れを追いながら、今ここが「システムの転換点≒歴史の危機」にあることを説く ●本の面白かった点、学びになった点 *利子率が0に近いこと。これは資本主義の仕組みがもううまく機能しないことを指す。利子率とは、資本利潤率に等しい。これまで、資本主義は、ある資本に基づいて、フロンティアを開拓し、資本を吸い上げることで成長を続けてきた。利子率が0に近いということは、そのような仕組みがもう期待できない、ということである *フロンティアは一時期電子空間に移った。だがそれも限界を迎えつつある *元来、自由貿易からして貿易がお互いに利益をもたらすというのはごく限られた条件でしか成立しない →自由主義は、最弱の者と自由に競争でき、抗争の主役ではなく、犠牲者であるにすぎないか弱い大衆を抱く種できる完ぺきな力を、最強の者に与えたかったのである *成長がすべての怪我を癒す、という近代資本主義の価値観に引っ張られるのを止めよ *中心に人や金を集め、周辺から吸い取る、という構造の限界 *資本主義のソフト・ランディングを目指す。ゆるやかな着地を目指す *より早くへ、より遠くへ、より合理的に と言われてきた価値観から *よりゆっくり、より近くへ、より曖昧に と転じるべきであろう *どうやって「脱成長」と向かいあうのか ●具体的なアクション&学んだことをどう活かすか *脱成長、資本主義から別のシステムを模索する思考の維持 *ゼロ成長を掲げながらも人々がハッピーに生きるためのシステムを考える *格差を是正する方法やその社会システムの模索

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    投稿日: 2019.05.25
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    ゼロ成長すら難しくなったゼロ金利時代の処方箋案。マネタリストの金融緩和が世界経済の前に何の意味も無かったように、この案も世界経済にがんじがらめになった中で効果はあるのだろうか?

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    投稿日: 2019.05.23
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    S332.06-シユ-0732 300357019 預金しても利子がほとんど0、日本の借金が1000兆円を超える、近い将来AIが人々の職を奪う…。誰もがうすうす感じている資本主義がヤバいんじゃないかということを、真っ正面から実証的に述べている。文系理系を問わず、現代社会を生きる私たちの道標となる一冊です。

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    投稿日: 2019.05.23
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    とても実感に近い著書だった。 資本主義は1番優れたシステムだと思っていたがもしかしたらそうでは無いのかもしれないと考えるようになった どんなに政策を打っても利子率が上がっていないと言うことがそのサイン 資本主義は中心と周辺から構成され中心が利潤率を高め資本の自己増殖を推進していくシステム 資本主義は成長を最も効率的に行うシステム 利子はつまり時間を人間が所有すると言う事 知は神の独占物だったがインターネットの普及で普通の人間が今世界で何が起きているかを知ることができるようになった

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    投稿日: 2019.04.03
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    「資本主義」というシステムは終わりを迎えつつある。その一端の表れが、ゼロ金利という現象。「成長」、「自己増殖」を前提とする「資本主義」の時代はやがて終わる。次に来るのはどんなシステムなのか?それはまだ誰にも分からない。 ジャック・アタリ、ミニマリズム、禅名などとも絡めて考えたい、鋭い考察。面白い。

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    投稿日: 2018.12.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    経済が一国ではなく基軸通貨により連結された世界では金利≒成長が地球規模で物理的な制約を受け、経済成長が持続できなくなるという趣旨に見受けられる。

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    投稿日: 2018.11.04
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    【由来】 ・hontoのクーポンで購入したが、その前にamazonでジョージ・ソロスの関連本で。なお、その後Kindleの日替わりセールで¥299だった。 【期待したもの】 ・ ※「それは何か」を意識する、つまり、とりあえずの速読用か、テーマに関連していて、何を掴みたいのか、などを明確にする習慣を身につける訓練。 【要約】 ・ 【ノート】 ・ 【目次】

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    投稿日: 2018.10.28
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    ●資本主義は終焉に向かっており、新たなシステム構築が求められる時代に来ていると筆者は説く。例えば、グローバリゼーションや金融革命は、他の空間に富を求めるもので、既存のシステムを強化したところで、もう空間はなく、ただ資本主義を延命しているに過ぎないのだという。

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    投稿日: 2018.10.26
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    発売当初は良く売れていたらしい本書。暗に資本主義の限界を説き、マルクス主義を推しているような論調であり、少々左寄り。話半分で読む。 結局、アベノミクスを批判するも具体的な対案は無し。 確かに右肩上がりの経済成長が見込めなくなってきた時点で企業活動含め、資本の増大、売上高の拡大を求め続けなくても、均衡を図り一定のレベルの生活を維持できるような仕組みが出来れば良いのだろう。また、転換点にいることは確かなのだろうとは思うが・・・。

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    投稿日: 2018.10.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ・利子率=利潤率だが、ゼロ金利では資本主義の終焉=卒業という趣旨。 ・資本主義は途上国への市場拡大を行ってきたが、それが無理となり、アメリカでは、電子・金融空間への進出となった。 ・この16世紀以来の資本主義の終焉という歴史的危機を迎えて日本はどうすべきか? ☆うーん。どうも、前提があまりよく理解できていない。利子率という貨幣の利潤率と、資本の利回りは一緒なのかな。だって、地球というシステムでは、何もしなくても、果実(利子)が毎年生産されるではないか。その場合、太陽エネルギーが外部から来るからだろう?どうも、経済の議論はよく理解できていないな。 ■ 書籍情報入手先   ☆☆☆☆☆

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    投稿日: 2018.10.18
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    とても面白いです。 バブル崩壊以後一向に回復しない景気。日本だけでなく世界的に長く続く歴史的低金利。しかし富はごく一部の富裕層に蓄積。そして庶民は働けど働けど楽にならない生活。なんだか閉塞感が払拭されません。何でなんだろう、、、 それは近代資本主義世界が終焉を迎えつつあるため。 20世紀末でもやはり「世紀末感」が世間に蔓延し、明るい未来と言うより不安の多い未来に対する不安感が何となく感じられていたものですが、近代資本主義もまさにその段階を迎えていて、閉塞感はそこから来ているのです。そしてその最先端をこの日本が走っている、、、 示唆に富んだとても良い本です。 はたして日本は真っ先に近代資本主義の次の世界へ行けるのでしょうか。。。

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    投稿日: 2018.10.13
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    超低金利がつづく日本経済に資本主義の終焉の予兆を見いだし、資本主義の発祥から現在にいたるまでのプロセスをおおまかに踏まえながら、このシステムが現在直面している危機について論じた本です。 著者は、ジョン・エルスナーとロジャー・カーディナルの『蒐集』における「帝国とは、諸民族を集めた一コレクション」であるという洞察を参照しつつ、「電子・金融空間」の開放によって無限の成長をつくりだそうとした英米の「資本帝国」とEUに代表される「新中世主義」の「領土帝国」のいずれもが、いまや行き詰っていると主張し、新しいシステムを創出する必要があると論じています。 具体的な処方箋が示されていないのはよいとしても、資本主義の「終焉」についての議論が、あまりにも時間的なスケールの大きな話に感じてしまいます。もちろん次のシステムについてある種の理念的なレヴェルで考察をおこなうことには意義があるのでしょうが、それにしても本書の議論はあまりにも茫漠としていてつかみどころがないと感じてしまいます。

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    投稿日: 2018.10.12
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    利子率の低下は資本主義の死の前兆。古いシステムから新しいシステムである利子率革命を実現した「長い16世紀」と比較して現在を資本主義が終焉を迎える「長い21世紀」と見る。ゼロ成長、ゼロ金利、ゼロインフレである現在の日本がゼロ成長社会に適応するトップバッターだという。成長神話に取り付かれてはこの先中間層が貧困層に没落する。ゼロ成長社会へソフトランディングさせる時が来た。

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    投稿日: 2018.10.11
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    現代の超低金利の時代背景を16世紀の中世封建制の終焉から読み解く。 経済の勉強に加えて、歴史を学ぶことの重要性を再確認させてもらった。

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    投稿日: 2018.07.22
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    「閉じていく帝国と逆接の21世紀経済」が面白かったので、少し前(2014年)に話題になっていた本書も読んでみました。主張されている内容は同じ。歴史的な流れについては、本書のほうがより詳しく述べられています。 本書を書かれた時点で、あと数年で資本主義の終焉を象徴するような動きが始まるとおっしゃっていますが、それから4年。英国のEU離脱、ロシア、中国の内向きな動き、そして米国の保護主義と、まさにその流れで動いていますね。。

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    投稿日: 2018.07.09
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    サヨク思想の特徴がよく表れている。 問題点を指摘し、自説に都合の良い歴史を引用して変革がいかにも必然であるかのように説き、そして責任は回避する。 代案らしきものはあるが、人間の本性であるエゴ、暴力性、ねたみそねみのような要素から目を背けているため、小学生が考える「ぼくのかんがえたりそうのしゃかい」程度の空想になっている。 「資本主義の本質は貧者からの収奪であり、収奪すべきものがなくなれば自壊する」という主張はわかる。 「成長しすぎた強欲資本主義は、国民国家と民主主義を破壊し、特権富裕層による王政的な支配に行きつく」という主張もわかる。 しかし、「もう成長はないのだから、あきらめてスローライフを生きよう」という主張には、「それは素敵だね。でもどうやって?」と問わざるをえない。 「グローバル企業の規制はG20の連携が必要」という主張も「それはそうですね。で?」としか言えない。 ピケティはグローバリズム企業の規制が容易ではないことを認識しており、「まずできそうなこと」として各国の情報交換を提唱している。また、経済格差を世代間で固定させないために教育の重要性を訴えている。 ケインズは経済成長を促す原動力が単なる利益率だけではなく、人間の「アニマル・スピリッツ」にあることを理解し、一見無駄に見えるピラミッド建設や聖歌隊の維持にも価値を見出している。 三橋貴明(ピケティやケインズと並べるのはどうかと思うが)は日本の各地を回ったうえで、災害対策、交通インフラ整備、少子化対策としての生産性向上、そして国家防衛のための「政府による投資」が必要であると説き、国家と企業・家計を同一視するプライマリーバランスによる投資抑制を批判している。 過去20年で日本「だけ」が成長していないのは、日本が資本主義の最先端に到達したわけではなく、小泉改革と民主党の失政が原因であり、マスゴミと結託した民主の残党は中共による「日本停滞戦略」を忠実に実行している。 資本主義の行き詰まりは第一次、第二次の世界大戦でリセットされたという非情な現実を考えると、今なすべきことはお花畑の空想に賛同するのではなく、「今度は」負け組に入らないことである。 そのためには国内にはびこるサヨクと特アの一掃、これこそが最優先事項だ。

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    投稿日: 2018.04.14
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    経済成長の神話を否定し、その根拠を経済の視点から説明している。近年のデータのみならず、他国の過去の事例も多く提示しているのが特徴的。 経済成長は常に周辺を必要としているが、周辺が開拓され尽くした現状、成長の余地はなく、無理な金融政策はバブルとデフレを生むだけだと明かす。 よって、より理想的なのはゼロ成長ということになるが、その社会の仕組みはどんなものか、どのようにシフトしていけば良いかについては、具体的には書いていない。そのことに不満を持つ読者もいるのかもしれないが、今だに経済成長が多くの人に信じられている現状を考えれば、ゼロ成長の可能性を根拠を持って解き明かしているというだけでも、充分知る価値のある内容だと思う。 私は自然環境や物資資源などの見地から現在の社会の危うさを指摘する書は読んだことがあったが、経済の視点に絞って解説している本はあまり読んでいなかった。経済に詳しい人には、むしろこういう本の方が分かりやすいのかも。

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    投稿日: 2018.01.29
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    2014年の刊行で著者は民主党政権時代の政策ブレーンでもあった経済学者。 経済成長の時代は終わった、資本主義は終焉に向かっているというのが論点。その根拠は、グローバリぜーションが進み新興国にも資本が流れ込み、資本を投下すべき世界中の地理的・物的空間がなくなった。それが長期的に低金利に現れているというもの。 じゃあ次は何が待っているのかいうと、著者自身も明確な答えは持ってないけど、皆さんにかかってますとい〆る。次の一手を期待していただけにズルっと来たが、そうなると「先行き不透明だし自分さえよければいいや」なんていう個人主義に向かって世の中が走るような気がしてならない。

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    投稿日: 2017.12.03
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    長期にわたる低金利は、資本を投下してももはや利潤を得られない、資本主義の死を意味しているという主張はわかりやすかった。では資本主義が徐々に終焉に向かっていく中で、中国やロシアなどの非資本主義の大国はどのような変化を遂げ、また他の資本主義国家にどのような影響を及ぼすのか、疑問が残った。 金融のグローバリゼーションと、電子・金融空間(実物以外の取引空間)の創出により、資本は国境、または実物経済の垣根を容易に越えるようになった現代。マネタリーベースを増減させたところで一国内の消費者物価や雇用を操作することはもはや不可能である、という考え方も納得できる。ただし著者もこれほどの原油安は予見していなかったように、多方面から慎重な考察を行わないとシステムを誤った方向に誘導してしまう恐れもあると思う。 いずれにしても主張はわかりやすく、さらなる議論が必要であると感じた。また非常に多くの学者の言葉を引用してあり、素人としては勉強になった。

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    投稿日: 2017.10.27
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    どうしても資本主義の向こう側が見たくてPart1 著者の考えでは、資本主義に次ぐシステムを生み出すポテンシャルを最も秘めている国は、日本なのだという。 何故ならば、最も早く資本主義の限界にぶち当たった国が日本だからだそうだ。 けれども、次なるシステムはまだ誰にも見えてはおらず、今は只、ゼロ金利・ゼロ成長・ゼロインフレを基調とした「定常状態」を維持することで、資本主義の暴走を食い止めることしか方法はないという。脱・成長主義だ。 資本主義の次の社会は私の生きている内にやってくるのだろうか。私が次なるシステムを考え構築できる力など持ち合わせているはずもないから、頭の良い人、頑張ってくれ!という感じだ。

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    投稿日: 2017.10.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    大学の講義がきっかけで日銀のマイナス金利政策の勉強をしてから、経済への興味が出てきた。また、先進国の経済は持続可能なのか?という疑問が昔からあったため、本書のタイトルに惹かれて読んだ。もう一回読もうと思う。 本書は、 「20世紀後半のグローバリゼーションによって資本が国境を越えて行き来出来るようになったことで維持される近代資本主義の構造は、後進国が近代化した時点で崩壊し、ゼロ金利・ゼロ成長の世の中が訪れる」ことを、12世紀頃から始まる資本主義の歴史を検証することで、説得力のある形で主張している。 成長を善とするシステムがこのまま続けばバブルの膨張と破裂が繰り返される不安定な社会になり、中間層が没落し、マルクスの言うような革命が起こりかねないという(これを筆者は資本主義の突然の終焉・・・ハード・ランディングと呼んでいる)。 資本主義を穏やかに終わらせられれば(ソフト・ランディング)、人類は持続可能であるそうだ。 筆者は、日本を世界で最も早い時期に資本主義が終焉を迎えた国とみなし、日本が資本主義の次にやってくる新しいシステムの提案者になることが出来るとしている。ただし、具体的なシステムについては言及せず、知識人が団結し知恵を絞る必要があるとだけ述べてある。

    1
    投稿日: 2017.09.29
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    ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレ →投資をしても利潤の出ない資本主義の死 資本主義は中心と周辺を作りつだすことで中心だけが利益を得る。民主主義は中心内でのみ機能するシステム 常に過剰を求める資本主義は、ゼロ成長下で限界を迎えている。 日本は脱成長へと前進するべき。 西欧は理念によって領土を蒐集する帝国。ヨーロッパの政治統合は古代から続く。

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    投稿日: 2017.09.02
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    なんで供給が飽和してる世界で、大人たちは精神削ってさらなる供給を目指すのか。高校生ぐらいから疑問に思っていた。 それが資本主義という経済システムによるものだと理解したのは大学生の時。システムのロジックは理解したものの、やはり「物質的に十分豊かなのに、どこまで成長を目指すつもりなんだろう」と首を傾げていた。 昔から資本主義に対してボヤッと感じていた疑念みたいなものの正体がこの本で分かった気がする。 このまま成長路線を突き進んだら、将来産む予定の子どもは成長戦略のしわ寄せをかかえる日本で幸せになれるのかなと不安になった。

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    投稿日: 2017.07.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    資本主義は、それによって恩恵を受ける「中心」と、資源を持つ「周辺」により成り立ってきた。そして構図が崩れたときに、革命を起こして更なる成長をしてきた。まず一つ目が、大航海時代の植民地支配という「空間革 成長に対して疑いのない資本主義をそろそろ見直そうという話。

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    投稿日: 2017.07.03
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    ・資本主義は「中心」と「周辺」から構成され、「周辺」つまりフロンティアを  広げることによって「中心」が利潤率を高め資本の自己増殖を推進していくシステム ・利潤率が極端に低いということは、資本主義が機能していない兆候。 ・先進各国で超低金利の状態が続いている現代は「21世紀の利子率革命」 ・利潤率の低下が始まったのは、1974年。 ・アメリカの「電子 金融空間」の元年は、1971年。  終わりは、2008年のリーマンショック。 ・グローバリゼーションは、中間層を没落させる。  それは、民主主義の破壊につながる。 ・中国の一人当たりGDPが、日米に追いつく2030年時点で21世紀の「価格革命」も収束。 ・資本主義の限界に最も早く突き当たった日本は、新しいシステムを生み出す  ポテンシャルをもつ。 ・1995年以降は、いくらマネーを増やしても物価上昇にはつながらない。 ・アベノミクスの積極財政政策は、過剰な資本ストックを一層過剰にする。 ・アベノミクス(インフレ目標、公共投資、法人税減税、規制緩和)は、  近代システム(成長)の維持強化が目的。 ・資本主義の強欲と過剰にブレーキをかけることに専念。 ・英米「資本」帝国と独仏「領土」帝国。 ・「蒐集」は、西欧の歴史において最も重要な概念。  資本主義は「蒐集」に最も適したシステム。 ・資本主義の本質は、富やマネーを「周辺」から「蒐集」し「中心」に集中させること ・既に「周辺」が存在しない世界では、永続的な資本主義は不可能。 ・「より早く、より遠くへ、より合理的に」から  「よりゆっくり、より近くへ、よりあいまいに」

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    投稿日: 2017.05.06
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    資本主義は15%の人々が85%の人々を収奪することで成り立つと主張する本。そのロジックは私には分からないところが多かったけれど、感覚的には分かるような内容。以前は15%の先進国が85%の途上国を収奪していたが、現代ではグローバル化により、あらゆる国が15%の中流・富裕層と85%の貧困層に分かれるようになりつつある。世の中が貧困化すると民主主義が成り立たなくなるので、この状況は経済だけでなく政治的にも問題であり、本書によれば資本主義も民主主義も世界的にもはや「死に体」なのだそうだ。 とはいっても、資本主義や民主主義に代わる方式が発明され、定着するには100年単位の時間がかかるので、現代に生きる我々としては、「ゼロ金利」「ゼロ成長」「ゼロインフレ」の3点セットによる定常状態(現状維持)により衰退を遅らせるのが良いとのこと。そして、これら3点セットを世界で一番早く実現しているのが、我らが日本。日本のチャンスはここにある。アベノミクスは駄目だ、と主張している。正直、内容の妥当性は私にはよく分からないけど、「ゼロ成長」という言葉には惹かれるし、これからの時代に経済成長を追い求めても駄目だろうということは直感的に理解できた。

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    投稿日: 2017.02.02
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    資本主義は「トン(獣偏に貪)」である。際限無い成長を要求し、実物空間を呑み込み終え、金融というimaginaryな虚空間さえも生み出し、食べ尽くした怪物。 「脱成長」「ゼロ成長」と聞くと、人生を逃げ切った団塊の年寄りの妄言と断じたくなるが、現実的にもう不可能だという認識を持つところから今後のシステムを考えていく必要性。 リーマンショックと3.11とを並列にして語る箇所がいくつかあるが、そこは大いに引っかかる。金融工学と原子力工学を同列に語らないでほしい。 作者もわからないという「資本主義の次のシステム」、願望としては利子の無い世界が創出されてほしい。あるいは宇宙に実空間を拡張するか。

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    投稿日: 2016.11.15
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    ①先進国、中進国の需要が飽和したこと、②それにより資本が生み出す利潤=利子率がゼロになっていること、③これまでそうならなかったのは周辺から資源を簒奪してきたからに過ぎないが、それももう限界が近いこと、④地球上でエネルギーを好きに使えるのは全人口の15%であり、これ以上の成長はあり得ないこと、の4点については説得力があり納得できる。一方で陸の国→海の国への権勢移動とか、資本主義が蒐集に適したシステムであるとかは全く共感できなかった。 仮に資本主義が終焉を迎えているとして、著者の示唆はその先のゼロ成長を前提とした停滞社会を考え方を変えることで乗り切ろう言っているだけに思える。これまでに預金したお金も出資金と捉え直して差し出せと言うのは到底実現できない政策で暴論である。 こうなると古典的手法である戦争と革命でガラガラポンしか解決策はないか?

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    投稿日: 2016.09.30
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    んー。なるほど。 資本主義のその先の世界かあ。 今の経済状況を踏まえ、そも限界とこれから先を見据えた本。 確かに今のやり方が上手くいっているとは思わないし。 脱成長路線ならとって代わることも可能かもしれない。 意外と日本は世界で初の試みができるかもしれない。 絶望ばかりではない。希望も少しはある。

    1
    投稿日: 2016.09.04
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    本の内容どおりの金融危機が起こっている。アフリカへの投資が先日ニュースとなっていた。周辺を巻き込んだ蒐集が行われ、資本主義の最終局面の様にも思われる。無限の成長は、理論的のありえない。考えさせられる内容であった。

    1
    投稿日: 2016.09.02
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    グローバル化という周辺の拡大は、長い21世紀のやり方としての、ローマの没落以来繰り返されてきた資本主義による嵬集なのである。しかし、利子ゼロパーセントでの投資が繰り返されているという事実は、ほかならぬ周辺の消滅を証明している。 より早く、より遠くに。その時代は、より遅く、より拠点を多く。そう変わるべき一点をむかえている。

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    投稿日: 2016.08.06
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    歴史的な潮流に合わせて、現代の資本主義について説明している。1億総中流後、過剰設備投資の状況下では経済成長率が利子率を下回り続けるのは自明の理であり、金融緩和は意味がない(逆効果)というのは非常に納得出来る。 ちょうど、アベノミスクの金融緩和に限界が見えてきたところなので、再びこの書籍が脚光を浴びるだろうか。 ピケティ氏も21世紀の資本論で類似の指摘をしているので、そちらと合わせて読みたい。

    1
    投稿日: 2016.05.08
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    資源国から搾取して豊かになった先進国。確かにグローバルな世界になった今では今迄のような利益を享受することは出来なくなったかもしれない。それに抗うようなアホノミクスを推し進める政府。 ゼロ成長やゼロ金利などを受け止めていく必要があるのかもしれない。

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    投稿日: 2016.04.11
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    資本主義の本質とその歴史的な危機が明晰に説かれている。薄々感じていた成長信仰の危うさがはっきりした。豊かではありたいが、強欲である必要はない。

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    投稿日: 2016.03.21
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    近年の新興国の台頭や中国による経済けん引から、明らかに世界の「中心」と「周辺」の相互関係は変わってきている。たしかに新興国は潤い、資源価格の高騰は留まるところを知らなかった。その結果どうなったか?なんのことはない。実質GDPが先進国に追いつく前に中国バブルがはじけてしまった。そしていま、原油安なのに経済が後退するという奇妙な現象に直面している。そう。先進国は「周辺」を演じきることはできず、「先進国なみの新興国」というシナリオは崩れようとしている。ただ、著者が言うように、先進国だけでなく新興国までも、確実に格差社会が醸成されつつあるのは間違いない。いずれ国家と資本の利害は一致しなくなる。そのままでは資本主義の維持は難しくなるであろう。それを打破するために、著者が提唱する「強欲な資本主義の放棄」や「均衡経済」は有効かもしれない。が、決して起こりえない理想論と確信する。なぜならグローバル社会は腹黒い人間集団で形成されているから。

    1
    投稿日: 2016.02.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    資本主義では必ずバブルが発生し、バブルはいつか崩壊する。資本主義では貧富の差が拡大する。現在の状況はさらに深刻化していく。今世紀は資本主義の終焉になるのだろうか。

    1
    投稿日: 2016.01.22
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    この本を読み終わった後、ピケティの「21世紀の資本」が 話題となり、一層確信した一冊でした。 30年後にはアフリカを最後に開拓余地はなくなり、資本主義の終焉とともも民主主義も崩壊するというシナリオは、最近の企業不祥事とISの台頭なんかを見ても、単なる警告ではなく現実味を感じます。 昨今の評価廃止傾向をこの文脈で読み解くと、どう説明できるのか、楽しみです。 資本主義の基本である市場原理による分配の法則が成立しなくなってきたことが、影響しつつあるように思えます。 最近、榊原英資さんと共著でこの延長線上の本を出版したようで、次の購読候補にいれています。 【佐々木】

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    投稿日: 2016.01.11
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    特に読んで目新しい内容はなかった。リーマンショック以来このへんの論調に大きな進化はないね。国際資本の移動の自由化というものの影響がただ明確に示されてたのはよかった。投資の対象の空間の拡大(土地→金融に現代社会はシフトしてきた)はいつ食い止められるのか、あるいはその前に宇宙が新たな投資先になるのか。資本主義後のイデオロギーを明確に描かれるのはいつになるんだろう。

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    投稿日: 2016.01.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    著書では、中世ヨーロッパの価格革命(価格の高騰)、17世紀の利子率革命(利子率の低下)などの現象と現代を比較しながら、「資本主義」というシステムが終焉に向かっていることを論じている。ここに書かれていることが正しいのかどうかは、素人の私にはわからないが、 ・資本主義は「中心」と「周辺」から構成され、すでに物理的な「周辺」はほとんど存在しない。 ・物理的な「周辺」がなくなったため、米英は電子金融空間を作り利潤を追い求めたが、リーマンショックによりそれも行き詰った。 ・過去には経済成長=賃金上昇であったが、現在は経済成長は資本家のためのものであり、賃金上昇には反映しない。 等、身の回りの出来事からみても「なるほど」と思えることはたくさんある。 実際、中国が深刻な不況を迎えた場合、世界経済は本当に儲ける場所を失い、大混乱に陥るのではないかとさえ思う。成長を追い求めた結果、格差社会や地球温暖化など、悪影響が目立つようになってきた昨今、確かに新たなシステムを早急に考え出す必要があるのではないだろうかと思わせる書である。 ただし、この本にはその答えは出てこないし、著者も「私には思いつかない」と言い切り、あくまで本書では現状分析にとどめている。

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    投稿日: 2015.12.09
  • 【オススメ】事実を淡々と整理しています。そしてActionを起こすのはあなたです。

    トマ・ピケティの「21世紀の資本」に取り組む前に読んでおくと良い本です。 あちこちに綻びが目についてきた現状の裏側を丁寧に解説してくれます。 まもなく、次に何かが起こる事は明確に示してくれますが、それが何なのか?そして、何をするべきなのかについては著者は語っていません。それはあなたの問題です。 物事の見方が少し変わる本です。

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    投稿日: 2015.12.05
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    以前から読みたかった本であるが、筆者は、国債の利率が低いことから資本主義の終焉が近いといっているが、これが、16世紀と状況が似ているということで、結論を出すことは、安易、早いと思う。まだ、どんな感じになるかわからない。でも、筆者が推奨するゼロ成長社会は、実現が難しいと思う。最終的に成長志向社会で、いくところまで、行くのではないか。いろいろ今まで、未来を予想する本が出てきたが、外れた本も多かった。

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    投稿日: 2015.11.20
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    【いよいよか。】 資本主義も地域的な中央と周辺では、アフリカ大陸(周辺)が攻略されたところで終了という気はします。 ただ、アメリカがIT・金融という拡大できる領域を創りだしたように、アメリカ以外かもしれませんが、また新たな領域を創りだす可能性はあると感じます。 今から100年ぐらいかけて、徐々に資本主義から次の世界へ変化していくような気がしますが、では次の世界とはどのような世界なのでしょうか。 おそらく、資本というものがなくなるので富の差もなくなるのではないでしょうか。しかも、現在のように富というものに固執しない環境になるでしょう。さらに、雇う、雇われるという関係もなくなるということです。 一人ひとりが自立したいわば個人事業主になることです。しかし、これは今の雇う、雇われる関係よりもシビアな環境になります。今までであれば、能力を十分に発揮できない人は雇われるというポジションで生きていくことができましたが、そのポジションがなくなるのです。これは雇われる側で生きてきた人にとってはとても厳しい状態となります。 また、所有するという感覚にも変化があらわれると思います。「超シェア」状態ができれば、必要以上に富を蓄える必要はなくなります。なんでもかんでもシェアしてしまえば、個人で所有することに意味がなく、必要なときだけ使用するという新しい世界ができそうです。

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    投稿日: 2015.11.06
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    ものものしいタイトルです。 なぜ資本主義が終わると著者は考えているのか。 もはや地球上には、市場が成熟してしまったがゆえに利潤を上昇させる隙間がないと指摘。これまでの歴史を振り返ると、利益率2%を下回る状況が長年続くと、既存の経済システムが維持できないのだという。そして今がその状態。日本に至ってはもう10年も続いている。 中世ヨーロッパの動きと近現代を比較しているところが面白く、 中世のヨーロッパでは農村の開拓が天井に突き当たると領主は利益が得られず没落、荘園制が崩壊→大航海時代の突入。国王が後ろ盾になって未開地の資源を搾取 この動きが21世紀ではグローバル化によって市場が成熟し実物経済に限界が見えると、こんどは金融・ITという、非現実空間への利益追求に走る という形で表れている。しかしITバブルもはじけ、リーマンショックにより金融業界もすでに頭打ち。 深刻なのは、利潤を追求するあまり、巨大化した企業はバブルがはじけても公的資金が投入されるなどで救済されるが、労働者は救済されない。また、資源の高騰で利潤が減少した分は、リストラという形で労働者が影響を受ける。最近は法人税を下げ、特区を儲け、企業がもっと動けるようにできる政策が目白押しとなっている。このうらには、企業が儲かると賃金が上がるという主張があるが、実際には大企業の1部だけに留まり、企業は設けているのに賃金には反映されていないのが現実。 もっと広い視点では、新興国が近代化により生活水準を上げようとしても、先進国と呼ばれる国々より人口の多いこれらの国に行き渡る食糧も資源もエネルギーももはや地球上にはないため、資本主義を推し進めても全国民を豊かにすることはできない。 このような指摘から、各国政府が推し進めている経済政策は、それが成長戦略を謳っている限り、その場しのぎの成長でしかなく長期的にみるとむしろ格差拡大、資源の枯渇をまねくだけでしかないと著者は考えています。 次の新しいシステム構築が求められるとしながらも、著者自身はそのアイデアは持ち合わせておらず、警鐘を鳴らしているにとどまっているのですが、一つの案として消極的ではあるが成長路線をやめ現状維持に努め、次の新しい時代のために蓄えておくというものがありました。成長戦略よりもこちらの方が技術を要するのでしょうが。 格差拡大も資源の枯渇も、本書だけでなく多くの著者が指摘しており、さまざまな視点から見ても問題大アリの成長路線です。親が子供できることを今から考えておかねば。

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    投稿日: 2015.11.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ●読んだ動機 経済成長は限界に来ていると感じており、無理に無理を重ねることが常態化している。背伸びできないのにまだ背伸びしようと気持ちが空回りしているのが現代社会であると私は感じています。 それは資本主義が終わりを迎えるととも取れるのでしょうか。そうではないのであればどう考えれば良いのでしょうか。そんな疑問からです。 ●そもそも経済は そもそも経済はゼロサム(得失点の総和が0)・ゲームなのでしょうか。誰かが富むと一方で誰かが貧しくなる。大きく富むと一方で誰かが大きく貧しくなるそんなものなのでしょうか。 ●精神科医齋藤茂太さんがおっしゃるところの もっともっとと求め続けることがモアモア病です。もっともっと成長しなければ、豊かにならなければ、便利にならなければ、速く、そして快適に!そんな方向で突き進んできたのが従来の経済ですが、果たしてどこまででもそのコンセプトで突っ走れるというのでしょうか。 突っ走ってこれた理由は、今まで投資の余地がある発展途上の国々(周辺)に投資できてきたからだ。と説明しています。現段階ではその周辺をもう食い尽くしてしまった。 ●食い尽くした次の段階は・・・? 仮想です。仮想空間。それが金融工学です。その仮想空間も破裂してしまった。それが2008年のリーマン・ショックです。 実物を食い尽くし、仮想までも食い尽くし、ではもう投資の余地がないのでしょうか。 ないのです。だから資本主義の終焉なのです。 ●”時間”と”知”でさえも手に入れてしまった 人々は利子という仕組みを生み出すことで時間を所有するに至りました。また、インターネットという仕組みを生み出すことで知でさえも所有することになりました。 「山のてっぺんから地の果てまで行き渡ったウォシュレット」という話が新聞のコラムに載っていたそうです。 どこにこれ時間・知を含むあらゆるものを手中いおさ、果たして投資の余地がどこに残されているのでしょうか。 ●終わりに・・・ 大きな社会システムの転換が気になる中で、私たちそして子どもたち、孫達は生き抜いていくことが求められるわけです。 資本主義の終焉と歴史の危機 | デジたろう http://digitaropiano.luna.ddns.vc/digitaropiano/?p=857

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    投稿日: 2015.10.24
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    21世紀の今、格差社会に対して警笛を鳴らすような本や経済に関する本が話題になっていますが、この本もタイトル通り、行き過ぎた感のある資本主義に対して終わりの始まりを告げる内容になっています。意外に読み易い内容でした。 筆者は資本主義の 歴史的な経緯を引き合いに出しながら現在の日本のアベノミクスに代表されるような経済政策の限界を説いていきます。「帝国」化による富の過剰な蒐集は、地球上の周辺を消失させ、さらに未来世代からも利益を収奪しようとする事態を招いているとする主張は、世界中で起こっている不均衡な現状に照らし合わせると納得させられます。 富を独り占めしようするような強欲な社会はいずれは破綻するだろう‥このようなことを「文明崩壊」で語っていたジャレド・ダイヤモンドのメッセージが思い起こされます。持続可能な社会にするためのシステムとはとの問いには、非歴史的な選択というだけで筆者にもわからないという返答でした。人類史初めての段階に突入しつつある今、このまま愚かな道を行くのか、叡智を結集して道を切り開くのか‥後世の歴史家の検証を待つしかないのですが、結局のところ、私たちの今の暮らし方が未来を左右するのは間違いないことを肝に銘じました。

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    投稿日: 2015.10.18
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    資本主義の終わりが近づいている理由と、その終焉はソフトランディングすべきだと主張している本。 資本主義にも種類があり、今はグローバル資本主義の時代。資本は国境をやすやすと越え、新たなフロンティアを求めて過剰なマネーが新興国に流入している。またアメリカは電子・金融空間を作成し、新たな投資先とした。 だが日本を始め多くの先進国で金利がゼロに近づいている。それは資本主義の終焉であり、これ以上の成長は望めないと。それでも成長しようとするアベノミクスは資本主義の終焉が来るのを加速させるだけであり、その崩壊はハードランディングとなり、悲惨なものになるだろう。 資本主義の終焉を遅らせ、新しい時代の萌芽を待ち、次世代へソフトランディングすべきだと主張している。 次世代の明確なビジョンは著者を分からないが、脱成長であるらしい。 少し難しい部分もあるが、基本的には平易な表現が用いられて、この手の本にしては読みやすいと思う。 今を生きるすべての人にオススメです。

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    投稿日: 2015.10.13
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    小さい頃から、先進国の生活は後進国を犠牲にして成り立っているんだなと思っていました。その終焉に、バブル以降の0成長があると納得できました。大きな歴史的な流れで見ると、今の日本の経済状態が卑下するものばかりではなく、どこかにたどり着くはず。 その後の世界を創造していくのは自分たち次第。自分なりに考えて、頑張ろうと思いました。

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    投稿日: 2015.10.11
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    水野和夫の資本主義の終焉と歴史の危機を読みました。 資本主義というのは投資した資本が十分な利益をあげることができないと成り立たないシステムです。 しかし、先進国と開発途上国の垣根がなくなってくるグローバル化の時代になると、いままでのように利益を上げることが難しくなります。 この事態を打開するために考え出された「電子・金融空間」はリーマンショックというバブル崩壊を招いただけでした。 資本主義の前提条件が成り立たなくなってきているため遠からず資本主義は行き詰まる、という意見はおもしろく読みました。 しかし、これからの展望については明確に書かれていなかったので、ちょっと残念に感じました。

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    投稿日: 2015.10.10
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    利子率の低下、資本拡大の場の消滅、などから資本主義の危機を読み解く。 難しかった。折りに触れて読みたい。 新自由主義、グローバリゼーションの名の元に、国内的・国外的に規制緩和が進む現在、有益な視座をもたらすか。

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    投稿日: 2015.10.05
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    今話題のピケティに通じるものがあり読んでみた。資本主義の行き詰まりを歴史的見地から鋭く洞察している。例えば、アメリカの景気動向を実体経済から電子・金融経済への移行に警鐘を鳴らし、資本主義の採取を新興国からサブプライム層、日本でいえば非正規雇用の増大、EU圏では東ヨーロッパ諸国など資本主義経済の行き詰まりを示している。ただ、このようような行き詰まりに対して、明確なビジョンが無いのが残念なのだが、結局は富の再分配を推奨しているのではと思う。

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    投稿日: 2015.10.04
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    2015.9 課題図書 ■■9/29@コメダ珈琲店■■ 資本主義の話/エネルギーの話/教育の話/ニーチェの話/核兵器の話/「自分」の話

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    投稿日: 2015.09.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    経済学ではIS-LM分析、マンデルフレミングモデルといった概念があるが、どうにも違和感があった。これらの概念は労働者、消費者が国に依存している場合にはあてはまるが、現在は安い労働を国外に求める。大枠はあてはまるが、影響力の強い企業ほど当てはまらなくなるという矛盾。より複雑化している状況を、この本は言い当てている。グローバリゼーション。 資本主義が成長を前提としており、実際には富を中心に集約させること。結果的に弱者の存在が不可欠であるということ。ただグローバリゼーションにより国家間の貧困格差が縮小してきている。そのために弱者を国の中に作る必要が出てきている。EUのギリシャ、日本の非正規労働者、アメリカのサブプライム。 経済自体も同様に植民地の奪い合いという時代から、現在は電子・金融化による新たな仮想世界を作り上げている。だが、これは利潤の先取りにすぎない。バブルを3年に1度作り上げては壊す、マネーゲーム 資本主義の終焉はゼロ金利。投資しても利益が出ない状態を指す。日本はまさに、その該当。これの最大理由は過去の過剰な投資。もう投資するところがない。この状態にケインズ時代の公共事業投資を施策とする現在の政権。失敗に終わる。解決すべきは雇用である。 ただ、色々と書いてはあるが、どういった将来像かがほとんど書かれていなかった。その点は残念きわまる。 成長ではなく、ゼロ成長について、もっと語るべきではなかったか。概念的な内容で終わってしまって、残念 人によっては、「うんうん。・・・うん。え?・・・それで?」という感想で終わるかもしれない ●メモ ・資本主義は周辺が不可欠。途上国が成長すれば、新たな周辺を作る必要がある ・グローバリゼーションによって金融経済が全面化した1997年以降、マネーストックを増やしても国内の物価上昇にはつながらない。電子金融機関には実物経済の2倍のマネーが存在 ・世界経済の覇権をにぎった国は実物経済がうまくいかず金融化に走る ・自由主義は最弱のものと自由に競争できるということ ・雇用なき経済成長となった現在に成長を求めることは自滅に等しい ・日本株式会社はリストラできない ・デフレも超低金利も退治すべきではなく資本主義が成熟を迎えた証拠なので、新たな経済システムの与件となる ・英米は電子・金融支配。EUは理念による支配  西ドイツは経済利益を失ってでもドイツを統合 ・成長は未来からの収穫 ・情報革命と利子率革命は同時に起こる  ラテン語の聖書を翻訳。特権階級からの情報はく奪 ・ゼロ金利であればいま必要でないものをいま購入する必要がなくなる

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    投稿日: 2015.09.19
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    佐藤優さんのおすすめ本でしたので読んでみた。 借りたはいいが読むのが怖かった。たぶんあっているし、そして自分自身が問われるだろうという予感があったからだ。 ぼくはこの本を読み革命家になろうと思った。インチキにはうんざりしているし、「富者と銀行には国家社会主義で臨むが、中間層と貧者には新自由主義で臨む」ならもう闘うしか道はないではないか。潰されて死ぬよりインチキと闘って死ぬべきだと思ったね。 最後に資本主義の終焉におけるハード・ランディングとソフト・ランディングについて書いてあったが、僕にはソフトの目はあまりないだろうと感じた。経済界の連中も官僚も国家議員もマスコミも僕には全く期待できない。 読む前から感じていた怖さは無くなったが、その代わり闘うことは避けられないことを知った。そうだろう。それを知ることは大きなことだから。

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    投稿日: 2015.09.11
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    利子率を軸に、資本主義の終わりを明快に論じている。 そして、その先の脱成長モデルはわからないと結ばれているけれども、里山資本主義あたりは、その脱成長モデルのひとつの答えなのではないかと思う。

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    投稿日: 2015.08.20
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    資本配分を市場に任せれば、労働分配率を下げ、資本側のリターンを増やすので、富む者がより富み、貧しい者がより貧しくなっていく。 M (貨幣数量)v(貨幣の流通速度)=P(物価水準)T(取引量) 「貨幣数量」を増やせば、「取引量」が増えるか物価水準が上昇する(貨幣数量説)というマネタリスト的金融政策の有効性は1995年で切れている。 何故なら、低金利のもとで「貨幣の流通速度」が落ちているため、「貨幣数量」を増やしても変化が生まれないから。さらに、「取引量」の中には金融市場での株や土地の売買が多く含まれる為、グローバーリゼーションによって金融経済が全面化してしまった1995年以降の世界では、マネーストックを増やしても国内の物価上昇にはつながらない。 歴史的に、利潤率を高めてきた「地理的、物的空間」がこれ以上広がらなくなると、資本家は「電子、金融空間」にその資本をシフトした。現在では、実物経済の規模は74兆ドル。金融経済の規模はストックベースで140兆ドルあり、これに数倍、数十倍のレバレッジをかけたマネーが徘徊する。簡単に実物投資10年分の利益が得られるのだ。このような状況下で、量的緩和政策によってベースマネーを増やしても、物価ではなく資産価格の上昇、つまりバブルをもたらすだけ。 自国通貨安策で輸出を増加できるのは、先進国のパワーで途上国をある程度押さえつけるような仕組み、つまり資源を買い叩く事ができる交易条件があった1970年代まで。今はグローバーリゼーションによって新興国が台頭しており、新興国は雇用創出、国内経済を拡大させる為に、国内生産を促し、先進国から輸入をしない。 先進国の国内市場や海外市場はもはや飽和状態に達している為、資産や金融でバブルを起こす事でしか成長できなくなった。こうしてバブルの生成と崩壊が繰り返される。 先進国の中で最も資本主義の限界に突き当たっているのが日本。これは、1997年から現在まで超低金利である事、近代化のバロメーターである鉄の消費量が、この40年間横ばいである事、1974年に、合計特殊出生率が総人口を維持できる限界値である2.1を下回った事等、あらゆる指標が「地理的、物的空間」の膨張が止まった事を示唆している。 金融バブル発生の2条件 1. 貯蓄が豊かである事に加え、時代が大きく変わるようなユーフォリアがある事。 2.「地理的、物的空間」拡大が限界を迎える事。 「自由主義とは、最弱の者と自由に競争でき、抗争の主役ではなく、犠牲者であるにすぎないか、弱い大衆を搾取できる完璧な力を最強の者に与えたかったのである。」ウォーラーステイン 金融の自由化も同じ考え方。最弱の貧者は自己責任で住宅を奪われ、最強の富者は公的資金で財産を保護される。 資本主義の限界とは、資本の実物投資の利潤率が低下し、資本の拡大再生産ができなくなる事。 バブルが崩壊すれば、2年分のGDPの成長を打ち消す信用収縮が起き、賃金の減少や失業が待っている。これに対処するという名目で、国債の増発とゼロ金利政策が行われ、超低金利時代と国家債務膨張の時代へと突入する。 利潤の極大化を最大のゴールとする資本主義は、自らがよって立つ原理、すなわち、資本の自己増殖の為にバブル経済化も厭わない事によって超低金利というさらなる利潤の低下を招く。 既存のシステムはこれ以上膨張できない為に機能不全に陥っている。にも関わらず、既存のシステムを強化したところで新しい空間は見つからない。改革者の意に反して、既存のシステムの寿命を縮め、時代の歯車をいっそう早回しする事になる。 デフレも超低金利も経済低迷の元凶ではなく、資本主義が成熟を迎えた証拠。退治すべきものではなく、新たな経済システムを構築する為の与件。 デフレよりも、雇用改善のない景気回復の方がはるかに問題。雇用の荒廃は、民主的な資本の分配ができなくなった事を意味し、民主主義の崩壊を加速させる。 資本主義を乗り越える為に日本がすべき事は、景気優先の成長主義から脱して新しいシステムを構築する事。 「主権国家システムを超える5つの形態」ヘドリー・ブル 1. システムであるが社会ではない、、、複数の主権国家は存在するが、国際社会が構成されてない。 2.国家の集合であるがシステムではない、、、主権国家が相互の関係を持たない。 3.世界政府 4.新中世主義、、、権威と権力の分離。 5.非歴史的選択肢、、、これまでの過去からは全く考えられないような形態。 資本主義の始まり 12-13世紀説:利子の成立を根拠とする イタリアのフィレンツェに資本家が登場し、彼らは為替レートを利用してこっそり利子を取り始めた。利子とは時間に値段をつける事である為、利子を取るという行為は神の所有物である「時間」を人間が奪い取る事であった。だが、1215年のラテラノ公会議で、利子が支払いの遅延に対する代償、あるいは両替商や会計係の労働に対する賃金、さらには貸付資本の損失リスクの代価とみなされる時には利子をとる事が偽善的に容認された。そしてこの時、なんと上限33%もの利子率が認められたのである。この頃、平均の市場金利は10%程度であった。また、ボローニャ大学が神聖ローマ皇帝から大学として認められた。中世までは知も神の所有物であったが、この時、神から人間に移転された。つまり、「時間」と「知」の所有の交代劇であった。 15-16世紀説:海賊資本主義 海賊国家であるイギリスが「海」という新しい空間を独占する事によって、途上国の資源をタダ同然で手に入れる事ができる「実物投資空間」を拡大させた。一方、「知」の所有については、宗教改革でラテン語から俗語への交代劇を出版により実現させた。 18世紀説:産業革命 資本の自己増殖という事を考えると、利子率こそが資本主義の中核。 西欧は「蒐集」の為の最適なシステムとして、資本主義を発明した。 どの時代であっても、資本主義の本質は「中心/周辺」という分割に基づいて、富やマネーを「周辺」から蒐集し、「中心」に集中させる事に他ならない。 グローバル資本主義とは、国家の内側にある社会の均質性を消滅させ、国家の内側に「中心/周辺」を生み出していくシステム。 世界人口のうち、豊かになれる上限定員は15%前後。先進国15%の人々が残りの85%から資源を安く輸入して利益を享受してきた。つまり、資本主義は、決して世界の全ての人を豊かにできる仕組みではない。 全地球が均質化する現代では、新興国や途上国の57億人全員が資本主義の恩恵を受けるチャンスがあるという建前で進んでいるが、それでは「安く仕入れて高く売る」という近代資本主義の成立条件は崩壊する。 サブプライムローンでは、国内の低所得者(周辺)を無理やり創出して、彼らに住宅ローンを貸しつけ、それを証券化する事でウォール街が利益を独占した。日本では、労働規制を緩和して非正規雇用者を増やし、浮いた社会保険や福利厚生のコストを利益にする。世界のあらゆる国で格差が拡大しているのは、グローバル資本主義が必然的にもたらす状況。 1990年代末に世界的な流れとなった時価会計は、将来の数字がそのまま決算に反映されるシステムなので、将来これくらいの利益を稼ぎだすだろうという投資家の期待を織り込んで資産価格が形成される。この時、マーケットはその将来価値を過大に織り込む事で利益を極大化しようとするから、結果的には将来の人々が享受すべき利益を先取りしている事になる。これは常に前進あるのみで、空間が無限にある事でしか成立しえない。 「もし我々が、これまでと同様の発想で右肩上がりの豊かさを求めて人間圏を営むとすれば、人間圏の存続時間はあと100年ほどだろうと考えられる。」松井孝典 地球上から「周辺」が消失し、未来からも収奪している事態の意味は、経済の長期的停滞といった次元ではなく、欧州の理念、近代の理念であった「蒐集」の終焉が近づいている。資本主義の終焉とは、近代の終わりであると同時に、西欧史の終わりである。 G20で世界GDPの86.8%を占める。 日本の現在の金融機関は、800兆円の預金が年3%、24兆円づつ増えている。この多くは年金。年金が消費に向かわず預金として銀行に流れている。そして企業は99年以降資金余剰の状態が定着しており、2013年時点で1年間の資金余剰は23.3兆円にも達している。これらを合わせた48兆円(GDP比10%)が国債の購入に充てる事のできる金額。これで毎年40兆円の国債が消化されている。 日本のストックの1,000兆円の借金は民間の実物資産や個人の金融資産がそれを大きくうわまっている為、市場からの信頼を失わない。 日銀の試算では、2017年には預金の増加が終わると予測されている。そうなると、外国人に国債を買ってもらわざるを得ないが、そうなると金利は上昇し、日本の財政はあっという間にクラッシュする。 日本の借金1,000兆円は、債権ではなく、日本株式会社の会員権への出資と考えたほうが良い。 民主主義の経済的な意味とは、適切な労働分配率を維持する事。1999年以降、企業の利益と所得は分離していっている。政府はこれを食い止めるどころか、新自由主義的な政策を推し進める事で、中産階級の没落を加速させた。その結果、超資本主義の勝利は間接的に、そして無意識のうちに民主主義の衰退を招いた。 ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレが定常状態への必要条件。ゼロ金利は財政を均衡させ、資本主義を卒業するサイン。 情報革命と利子率革命が同時進行するのは時代の必然。つまり、ある空間の政治、経済、社会体制が安定している時は情報を独占している人間に対する反旗を翻す事はないが、それが不安定化して富の偏在があらわになると、同時に情報は誰のものかが問い直されるようになる。 この先の政治体制や思想、文化の明確な姿を見出す事。

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    投稿日: 2015.08.05
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    いま資本主義に何が起こっているのか、歴史を振り返ったとき、16世紀ジェノバが現在と同じような状況にあったことに気付いた著者が、そこから学べることは何なのかを述べられています。 まず、今の資本主義国での問題点とジェノバとの比較など、そしてそこから脱出するためになにをしなければならないのか。 結論的には、解決策はまだ見えていませんが、いたずらに資本主義の強化に向かう波には乗らないほうが良いということ。現実をしっかり見ないといけないということを教えてくださります。

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    投稿日: 2015.07.27
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     先日、水野 和夫 氏 による「資本主義の終焉と歴史の危機」を読み終えました。  ちょっと堅いタイトルですが、かなり流行った本です。私も遅まきながら読んでみました。  本書において、著者は改めて「資本主義」の発生・発展の歴史を振り返り、その研究から「資本主義の本質」とそこから導かれる「資本主義の終焉」を指摘しています。  そして、そういった局面に相対して為すべきこととして、「脱成長」を基本テーゼとした「ゼロ成長社会」へのソフト・ランディングを提唱しています。

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    投稿日: 2015.07.25
  • 近代資本主義を歴史的パースペクティブから捉える

    近代資本主義を歴史的パースペクティブから捉えたのが本書です。 資本主義の特徴は利潤の極大化を求めることですが、その資本の利潤と概ね同じ動きをするという10年国債利回り。 1997年に日本の10年国債利回りが2%を下回ってから既に20年余り、今では0.5%前後。 また、米英独仏など主要先進国の10年国債利回りも2%前後か、それを下回る水準です。 歴史上、国債利回りが複数年に渡って2%を下回ったのは、紀元前3000年のシュメール王国以来の5000年の歴史では、17世紀初頭のイタリア・ジェノヴァの時代だけです。 著者の水野和夫氏は、ジェノヴァ時代と現代を比較し、 『単なる偶然では片付けられない相似性が次々と見つかり、「長い一六世紀」と同様の「歴史の危機」にあることを意識するようになって行きました』 と言います。 「長い一六世紀」とは、中世封建システムから近代資本主義システムへの転換が起こった期間のことで、歴史家フェルナン・ブローデルが名づけたものです。 その転換期に起こったのがジェノヴァの利子率低下でした。 利子率=利潤率が2%を下回れば、資本側が得るものはほぼゼロで、これが長期間続くと、既存の経済・社会システムの維持は困難になり、実際、「長い一六世紀」ではシステム転換が起こりました。 そして現在、先進各国で超低金利が続いていることは、今の資本主義経済システムでは投資機会がもはやなくなったことを意味しているのではないか、と指摘します。 では、この先、どのような経済・社会システムを構築すればいいのかは、簡単に答えの出ない、難しい問題です。 水野氏は言います。 『その先にどのようなシステムをつくるべきなのかは、私自身にもわかりません。定常状態のイメージこそ語ったものの、それを支える政治体制や思想、文化の明確な姿は、二一世紀のホッブズやデカルトを待たなければならないのでしょう。 しかし、「歴史の危機」である現在を、どのように生きるかによって、危機がもたらす犠牲は大きく異なってきます。私たちは今まさに「脱成長という成長」を本気で考えなければならない時期を迎えているのです』 現在の金融市場の最大の関心事は、FRBの利上げ時期と言われていますが、今の世界的金融緩和が続くにしろ、FRBが利上げするにしろ、本書を読むと、これらは今の経済・社会システム維持のための弥縫策と映るでしょう。 果たして、今の経済・社会システムを維持できるのか、二一世紀のホッブスやデカルトを待つのか、当然、私ごときが答えは出せませんが、本書を読んで色々考えされられました。

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    投稿日: 2015.07.20
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    新しいシステムに向かうための定常状態への移行。 日本のアドバンテージとその活かし方。 定常状態の条件としての財政赤字の安定的付け替え エネルギー問題の解決 持続可能性 ギリシャ問題のヨーロッパ思想を通じた理解。

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    投稿日: 2015.07.12
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    なるほど!! 資本主義経済って、こういう仕組みだったんだ。だから、一般人は経済的には切ないのね。 初心者にも分かり易く問題点など載っている一冊。

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    投稿日: 2015.07.05
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    いままで、国単位で周縁・中心関係を保っていたウォーラーステイン的な資本主義がグローバリゼーションにより、国境横断的に周縁・中心関係ができる。つまり、国家の中に周縁・中心ができるわけで、非正規労働者などは新たな周縁と見なされる。このような国内における格差社会の進展は価値観を共有する中間層の没落を招き、中間層がになってきた民主主義の存続を危ぶめるというもの。非常にスッキリしたロジックでどんどん読み進めたくなる。

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    投稿日: 2015.05.24
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    http://hinbeee.blog31.fc2.com/blog-entry-2016.html

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    投稿日: 2015.05.22
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    話題になっており誰か(忘れた)も参照していたので、見てみるかと。 著者はアカデミック以外の経験もあり。 マネーの空間的拡大と利子率、資本主義の本質に関する洞察と経済・政治・思想の歴史の外観は示唆的。 処方箋というわけではないが、今の世の中を見る視点として参考になる。

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    投稿日: 2015.05.18
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    ピケティの「21世紀の資本」とも重なる部分が多い、なんとも悲観的で危機感を煽る内容。解決の糸口も見えない状況の中の問題提起なので、なんともやりきれない気分。

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    投稿日: 2015.05.17
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    現代のグローバル資本主義では必然的に格差は国境を越えてしまう。資本主義を延命させる『空間」も残されていない。近代資本主義は臨界点に達するだろう。成長を求めるほど危機を呼び寄せてしまう現在、近代そのものを見直して、脱成長システム・ポスト近代システムを見据える。資本家、支配層にとって社会秩序それ自体が本質的には蒐集である。ひとくちに資本主義と言っても時代によってその中身はことなるものの富を「中央/周辺」と言う分割のもとで富を中央に集中させる蒐集システムである点は共通している。飽くなき蒐集を止めない限り金融危機や原発事故や環境破壊等巨大な危機が再び訪れることになる。近代を超える非歴史的選択肢を探る。

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    投稿日: 2015.05.15
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    周辺を取り込んで過利潤を得てきた資本主義の限界を説く。周辺の取り込みという話は世界システム論やらポストモダンまでいろいろ言われてきたし、長期的に利潤ゼロというのも経済学の入門的論点で馴染みがある。それを、利子率の下落傾向を実証することで説明するというのはシンプルでわかりやすい。 しかし、利子率を利潤率の代理変数とするのはどうなんだろう。ファイナンスで例えるなら、WACC = 負債コストとするようなもので、資本コストはどうした?と。だから、利潤率の代理変数は資本収益率とすべきだろうし、その資本収益率はピケティさんが実証したように長期的に5%近傍のまま。そうすると、あれ、利潤ゼロって話はどこいった?ということになる。 理論的にも実務の実感値からも遊離している気がする。負債コストだけみちゃうのは、なんだか証券マンな発想なのかな。 周辺の枯渇と資本主義の限界というおおもとの主張はよくわかるのだけど、その実証としては少々疑問に思わざるを得ない。

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    投稿日: 2015.05.10