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演劇入門
演劇入門
平田オリザ/講談社
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総合評価

71件)
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13
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12
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    良い俳優とはなにかについての話がおもしろかった。 「俳優とは他人が書いた言葉を、あたかも自分が話すがごとく話さなければならない職業」 自身のコンテクストを自在に広げられる、あるいは、他者のコンテクストの中に入っていけるというような優れた俳優が持つ特性は、理解しえない他者といかに交流するかについての方法論や、異文化理解、共生、寛容、赦しを探る際にも役立つと思う。

    0
    投稿日: 2025.12.08
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    演劇とは何かを、脚本の構造の組み立て方から語った上で演出や演技に対して述べており、とても分かりやすい著でした。時折図解などもあり尚良。

    0
    投稿日: 2025.02.20
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    まさにタイトル通りの演劇を作るための技術について書かれている 演者目線ではなく制作側、特に戯曲を書きたい方には非常に為になる事が多い 日本には役者が芝居を学ぶ場所は多々あれど“演劇を作る“事を学ぶ場所はない 脚本に関しては数える程の学校があるが、それも書くことに主を置いている 脚本講座に在籍している身として、とても勉強になる内容が多々あって読んで良かった

    0
    投稿日: 2024.05.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    作劇の方法が書かれている珍しく貴重な書といえる。 作劇方法以外に、とくに作者の演劇に対する見解がとても興味深くハッとさせられる文が多かった。他の著書でもうすこし深掘りして読んでみたい。 以下、印象的な文を引用。 ─私たちは、先にテーマがあって、それを表現するために作品を創るのではなく、混沌とした自分の世界観に何らかの形を与えるために表現をするのだ。 ─演劇とは、リアルに向かっての無限の反復なのだ。その無限の反復の中で、ゆっくりと世界の形が鮮明になっていく。この混沌とした世界を、解りやすく省略した形で示すのではなく、混沌を混沌のままで、ただ解像度だけを上げていく作業が、いま求められている。

    1
    投稿日: 2023.08.03
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    お芝居を書く、いわゆる戯曲をどのように作っているのかの概要を理解することが出来た。私は批評家ではないので、仮に不自然な戯曲に出会っても技術的に脳内で補完修正してより深く鑑賞に浸るようにしたい。高校演劇が割と引き合いに出されているので、是非一度高校演劇を観てみたいと思った。 また、戯曲に限定されるものでなく、広く示唆に富んだ内容なので確かに演劇が色んな人間模様を描く表現だということなのだろう。

    0
    投稿日: 2023.02.26
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    演じる場である劇場について、触れてるかなと思い読み始めたが、一言も出てこなかった。期待は外れたものの、内容は興味深く、特に一章のリアルなセリフとは何か、と、四章のコンテクストについて、でハッとさせられ面白かった。 コンテクストは一般化して考えることができ、演劇に限った話ではない。あらゆる物事において、何がベースにあるか知ることはとても大事だと思う。 別に演劇をやっているわけでも、よく観に行くわけでもないが、続編の「演技と演出」も読んでみたい。

    0
    投稿日: 2022.12.27
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    演劇のはじめ方の本。タイトル通り。 ダメな戯曲を書かないためのコツが分かる。 テーマより自分の世界を表現することが大事。 テーマに触れることで自分の世界の表現方法が見えてくるみたいな…。 情報の格差を持たせることがリアリティに繋がり、 格差を持たせるためにはセミパブリックな場を用意するとよいらしい。納得。 色んな舞台をいっぱい観たくなった。 財力が足りない………。

    0
    投稿日: 2021.11.13
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    「7人のシェイクスピア」という漫画を読んで、演劇に興味を持ったのでなんとなく読んでみた。 戯曲を書き、演劇を創るためのハウ・ツー本とのことで、確かに創作技法が丁寧に綴られていた。 創作技法はなるほどと思った。舞台設定や人物の配置、会話の展開方法などは、読者に戯曲を書いてみたい、自分にも書けるのではないかと思わせるような分かりやすさだった。 一方、現代演劇と近代演劇の区別も付いておらず、ストレートプレイは平田オリザどころかシェイクスピアですら1回しか観たことがない演劇音痴にとっては、演劇におけるリアルとは何か、演劇が市民社会に占める役割、日本文化と演劇の相性といった演劇論についてはよく分からなかった。 言いたいことは分かるが、それは演劇だけのものではないと思った。また、そもそも本書における演劇の定義が示されず、宝塚や歌舞伎が本書の「演劇」に入っているのかもよく分からずじまいだった(文脈によるようだが、非常に分かりにくい)。 また、著者は学校教育を「架空のコンテクストを強要する」として批判しているが、架空ではないコンテクストもそうない。「現実は万人の空想に支えられた楼閣である」と寺山修司も言っていた。文化も思想も架空そのものである。生まれ落ちたところのコンテクストをインストールするのはもはや本能であり、強要というのも違う気がする。著者がここで何を念頭に「架空のコンテクストを強要」と言っているのかが分からなかった(平田オリザの他の発言録等からなんとなくさす察することはできる)。 そんな調子で、全体として説明不足は否めない本だったが、手軽に読めて「入門」としては十分な内容だと思う。ただ、その説明不足は「演劇を通してコンテクストを丁寧に擦り合わせたい」という主張を空疎にしてしまい、本書においては致命的な気がした。

    0
    投稿日: 2021.10.24
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    大学で演劇サークルに所属していました。 入学した時にこの本を読んでおけば、多少は演劇に対しての考え方も変わってたのかなと感じました。 演劇を見ていてリアルに感じられない時があるのは何故かという疑問を起点として、戯曲の書き方をメインとして、演出・俳優についても論理的に書かれています。 特に「演劇=コンテクスト(文脈)の摺り合わせ」というのは当たり前といえば当たり前ですが、改めて考えさせられました。 ・役柄同士の対話 ・俳優同士・俳優と演出家の対話 ・表現者と観客の対話 この3つの対話によって、コンテクストを摺り合わせ、互いのコンテクストを広げる、気づきを得るのが演劇の目的 もう一回演劇やってみようかな。

    3
    投稿日: 2021.05.15
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    私は演劇やTVドラマ、映画などは見る一方なのだが、手に取って読んでみて、なるほど、TVドラマと演劇とでは似て非なるものであることがよくわかった。たしかに映画やドラマ、演劇では全くちがう感覚で見ていることに改めて気付かされて自覚的に改めて演劇を見たいと思った。このコロナ禍で、オンラインでのライブ配信などさまざまな取り組みがなされてはいるが、やはり生ならではの良さが演劇にはある。改めて演劇の奥深さを感じた。

    1
    投稿日: 2021.03.11
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    論理的で説得力のある文章だった。コンテクストの擦り合わせこそが民主主義の根源であるという考えに共鳴したし、その根拠を歴史と照らし合わせて証明していく手法に強く賛同した。

    0
    投稿日: 2020.07.01
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    平田オリザ(1962年~)氏は、国際基督教大卒の劇作家、演出家。劇団「青年団」主宰。東京藝大アートイノベーションセンター特任教授、大阪大学コミュニケーションデザインセンター客員教授、日本劇作家協会理事なども務める。 芝居がかったセリフではなく、日常的な話し言葉で舞台を演出する方法を体系化した「現代口語演劇理論」を提唱し、その手法は、現在の演劇界に大きな影響を与えた。 本書は、演劇(戯曲)を創るためのハウツーから始まって、現代日本における演劇の役割までを論じたものであるが、その論旨の展開はスリリングかつ見事で、演劇の世界の門外漢である私にとっても示唆に富む内容であった。 (ノウハウ以外で)印象に残った点を以下にいくつか挙げてみる。 ◆近代芸術には「伝えたいこと(=テーマ)」があったが、現代芸術(演劇)の特徴は、「伝えたいこと」がなくなってしまった点である。ただ、「伝えたいこと」はないが、「表現したいこと」はたくさんあり、それは、世界とは何か、人間とは何かという、自分の内側にある混沌とした想いであり、換言すれば、私たち人間の精神の振幅、心の在りようである。 ◆演劇というドラマの本質は、運命に立ち向かうにしろ、立ち向かわないにしろ、もともとは卑小な存在であった一個人が、直面する問題の中で右往左往し、人間として変化を遂げていくことである。シェイクスピア劇や忠臣蔵が長く舞台化されてきた理由もそこにある。 ◆日本語は、その歴史的背景から、「会話(Conversation」(既に知っている者同士のお喋り)には向いているが、「対話(Dialogue)」(他人と交わす新たな情報交換や交流)には適していない。「対話」が重要な要素を占める戯曲を書くという行為は、日本人・日本語の「対話」の形を探るという意味も持つ。 ◆演劇とは、一人ひとりが持つ「コンテクスト」(ここでは、一人ひとりの言語の内容、一人ひとりが使う言語の範囲を指す)を擦り合わせる(共有を目指す)行為である。それには次の3つの側面がある。①演劇とは他者との「対話」を中心とするものであり、舞台上の演劇作品の内部において、コンテクストの共有が必須である。②演劇を創る上で、俳優と劇作家・演出家の関係において、コンテクストの共有が必要である。③表現者と観客の間でコンテクストが共有されてはじめて、「リアル」な演劇となる。 ◆上記の「コンテクストの共有」とは、「対話」を通じて行われるものである。一個人があるときは表現者になり、あるときは観客となる、「参加する演劇」を文化としていた古代ギリシャにおいては、①~③は地続きに繋がっており、常に対話を通じたコンテクストの擦り合わせが行われ、それが民主制の維持に役立っていた。 翻って、現在の世界を見ると、自国(自分)第一主義、他国(他人)についての想像力の欠如が蔓延っているが、その根本的な原因のひとつは、まさに「コンテクストの共有=対話」の欠如である。本書の示す演劇の意義というのは、予想を超えて大きな問題の解決に繋がっていると言えるのかも知れない。 (2020年5月了)

    2
    投稿日: 2020.05.16
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    伝えたいことが先に立つ演劇からは観客はリアルな感動を持ちえない テーマ設定よりも場所、背景、問題の選定が先

    0
    投稿日: 2020.05.04
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    現代演劇は、観客とのコミュニケーション。つまりコンテクストの擦り合わせである。 作家は戯曲の中で、対話が起こるようなしかけを用意しないといけない。会話ではダメ。 場所を選び、問題を起こす。 他者を存在させ、様々な人物を右往左往させる。 という仮説を検証する。 演出家は権力者であるが、コンテクストの擦り合わせにより、民主的に集団をマネジメントし、かつプレイヤーからのフィードバックにより、コンテクストの精度を高めていく。 対話は西洋特有のものであるが、そのことに意識的になることで、何かインパクトを与えることができるかもしれない。

    0
    投稿日: 2020.04.03
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    演劇、戯曲について丁寧にわかりやすく解説されていました。作品は作者と観客のコンテクスト(文脈)の照らし合わせによって生まれるという解釈が腑に落ちました。 観客が作品に対して、アートリテラシーを持つべきというのも納得できました。

    1
    投稿日: 2020.03.20
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    書評集とかでオススメされているのを何度か見かけ、そんなに良いのならということで、入手したもの。演劇はたまに見に行くくらいで、好きと言えるほどには知らない。当たり前だけど、テレビドラマとは魅せ方が違う訳で、本作ではその理由を言語化されていて、なるほどという感じだった。特定の劇団しか知らないけど、もっと色んな演劇に触れてみたい、というモチベーションにもなった。

    0
    投稿日: 2020.03.06
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    10数年ぶりに再読しましたが、改めて名著だなって思いました。 本書は200ページ程の一般新書ですが、演劇の作り方、演劇の役割、そもそも演劇とは何であるのかがぎっしり詰まっていて、また熱い想いも感じれました。 「何かを伝えたいのではなく、表現がしたい。」 「対話、コンテクストと演劇の関係」 「演じる-鑑賞する、という限定的かつ一方的な空間の中で、”コンテクスト”の摺合わせ、積み重ね、共有、もしくは生成がいかにできるかどうか。」 演劇の面白さと難しさ、役割、奥深いです。

    0
    投稿日: 2019.04.01
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    今回読むのは2回目。2016年12月31日(土)から読み始め、2017年1月5日(木)に読み終わった。なかなか勉強になる。 1回目は2010年6月30日(水)に読み始め、7月12日(月)に読み終えている。

    0
    投稿日: 2019.01.22
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    平田オリザ氏 本質論であり、反権力主義 心から共感できる 初心を取り戻せる すっかり嵌まってしまいました 演劇の基本を学ぶ書 基本は大事だが、教えてくれる機会は少ない なぜ? 基本は全体像を教える  ex「戯曲」①場所②背景③問題④登場人物 戯曲を書くこつは二つだけ (1)周到な準備の元、どこかで勇気をもって書き出す (2)書き始めたら最期まで書く 演技とは、自分のコンテクストと、演ずべき対象のコンテクストを摺り合わせる cf新婚夫婦 共同体の形成には時間を要す=コンテクストの摺り合わせ 味噌汁の味 ☆「劇団の稚拙な組織論(176)」  「演出家が独裁者となる」← 絶対的人事権 劇団内に厳然としたヒエラルキーや年功序列が確立 劇団員同士の自由な相互批評を不可能にしている=組織の硬直性 いかなる集団も権力構造を内包し、その権力構造が腐敗を生む 「俳優の存在理由」・・・サラリーマン論に通じる その存在の弱さと孤独を知り、俳優とは何かを問い続け、 俳優の誇りは何かを常に考え続ける存在であること →俳優の尊厳と主体性

    0
    投稿日: 2018.11.11
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     戯曲を書くにあたって、テーマを先に考えてはならない。これは従来の戯曲方法からすると、おかしなことらしい。だが、私から見ると、従来の方法のほうがはるかにおかしなことのように思えてならない。だって、あなたは絵を描くときに、テーマを考えてから風景を探しはしないだろう。ある風景に出会い、その風景を描写したいという表現の欲求が、あたに絵を描かせるのではないだろうか。もちろん、テーマが先にあり、そこから描く作家もいるだろうが、それはおそらく少数派なのではあるまいか。  私たちは、テーマがあって書き始めるわけではない。むしろ、テーマを見つけるために書き始めるのだ。それは、私たちの人生が、あらかじめ定められたテーマ、目標があって生きているわけではないのと似ているだろう。  ジョン・ロックの考えに従えば、まず私たちは、普通、次の二つの事柄を前提にして(誤解して)、他者とのコミュニケーションをとっている。 一、自分の考えは、当然、自分の考えている当の事物と一致しているものと信じている。(表象の一致…概念と事物が一致している) 二、自分がある言葉によって表明した考えや物事は、他人も同じ言葉によって表明すると考えている。(間主観性の一致…概念と言葉が一致している)  「遠いイメージから入る」という戯曲を書く際の一つの法則は、この「内的対話によるコンテクストの擦り合わせ」の端的な例である。表現者は、鑑賞者が日常生活で五感を通して行っているコンテクストの摺り合わせを、それに代わる何らかの情報を提供していくことにより代行させる。そして、鑑賞者が、主体的にコンテクストの共有を受け入れるように、その感覚を緩やかに導いていかなければならない。

    0
    投稿日: 2017.09.12
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    ただ漫然と舞台を見るのではなく、演劇というものの良し悪しをちゃんとわかるようになりたいと思って、客の立場ではあるけれど、演劇についてちょっとお勉強したくなって読んだ本。これすっごくわかりやすかった。演劇の「良し悪し」の基準を「コンテキスト」という言葉を使って定義していて、すごく腑に落ちた。 一つの分野は最低3冊読むようにしているので、あと1,2冊演劇論の本が読みたいな。

    0
    投稿日: 2017.01.19
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    「演劇入門」というよりは「劇作家入門」という内容。 どちらも、特段興味はない。が、面白かった。 現役トップの創作論であり、ハウツー本である。面白くないわけがない。 「テーマ」は必ずしも必要ではない。というところが白眉。「表現したい」欲求があるだけで、伝えたいことが先にあるわけでもない。

    0
    投稿日: 2016.06.19
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    ここで語られている「コンテクスト(人が感じたり考えたりしている内容)のすり合わせ」としての「対話」をせずに、コンテクストを共有しているごく身近な仲間との「会話」に終始してるだけで「コミュ力ある」と勘違いしてる人がツイッターには多い。

    0
    投稿日: 2016.06.13
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    おそらくテーマはすでに、あなたの精神にいくつも内在しているのだ。その内在している表現の衝動が、書きたい対象と一致したときに「この風景を描きたい」という欲求が起こるのだろう。 。。。私たちは、先にテーマがあって、それを表現するために作品を作るのではなく、混沌とした自分の世界観に何らかの形を与えるために表現をするのだ。

    0
    投稿日: 2016.06.06
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    演劇における「リアル」とは何かについて考える本。日常会話におけるリアル、映画におけるリアル、演劇におけるリアルはそれぞれ全く違う、でもそれが何なのか掴みかねていた僕にはこの本を読んで納得できることが多かった。 「場」としての舞台と、それを構築していく過程における具体的なテクニックについても書かれていてよい。 平田オリザはかなり特殊な理論と実践をしている人だと思うが、しかし演劇人において多くは独自の方法論を持っているのではないかと思う。だから「特殊だから役に立たない」という批判は無用だ。多くの「特殊」を学ぶことによってある種の普遍を見出し、そして自ら独自の「特殊」を編み出せばよいのだ。 これは脚本を書く前に読み終えていたかったなあ。

    0
    投稿日: 2016.03.23
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    Kindle版で読破。 なので引用のページ数がちょっと不明です。 現代演劇の立ち位置についての筆者なりの考えをふまえた、演劇の手法についてがたいへん分かりやすく書かれています。 演劇を書きたいひとはもちろん、演劇の新しい見方を探したいという方にもおすすめだと思います。

    0
    投稿日: 2016.02.14
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     表現者とそれを観る者との間に生まれる対話、つまり「コンテクストの摺り合わせ」がどのように行われ、演劇としての「リアル」がどのように産出されるのか、といったことを劇作家、演出家である著者が解説している。  「下手な演劇」を下手と感じる理由の一つに、「説明的な台詞」があるが、例えばこれは「清水が大山のことを好きだからといって、『好きだ』だの『惚れた』だのという台詞を描いてはいけない」(p.103)というのがあって、なるほどと思った。「いかに清水の心情を、場の雰囲気に溶け込ませて表現するかが、台詞を書く技術だといえるだろう。」(同)というのが、分かりやすい。また、そのような台詞が発生する条件の1つとして、「絶対的他者である観客に近い存在、すなわち外部の人間を登場させ、そこに『対話』を出現させなくてはならない」(p.122)というのは、さらに納得させられた。確かに家族同士とか友達同士とかで延々続いていく芝居を見ていると、状況を理解するのに時間がかかるというのは、よく経験する。(状況が理解できるまで頑張れればいいが、途中で寝てしまったら最悪だ。)その他にも、役者と演出家との関係、演劇とサーカスやオペラとの違いなど、分かりやすく書かれていて面白かった。  演劇をする人だけでなく、演劇を時々観るという人にもおすすめ。演劇だけでなく、小説を読むことにおいても、こういった「コンテクストの摺り合わせ」は行われるのではないかと思った。(15/12)

    0
    投稿日: 2015.12.13
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    演劇を大学の授業開発に取り入れられないか考えてみたく本書をとった。教育工学における先行研究をあわせて読み進めて、深い能動的・浸透的学習方法を開発してみたい。

    0
    投稿日: 2015.11.03
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    ひさびさに、とんでもない良書に出会った。演劇の本なので、舞台や役者の文脈で話は進むが、要は、ある特定のプロジェクトを立ち上げて、人を配置して、どのように場を形成して、意図するところに人を導くかという話なので、プロジェクトでも企画でも、日々の業務でチームをマネージするなど、なにか場を作ることをする人にはすべて当てはまる本。これだけ、左脳な話題を、右脳で感覚的に捉えさせるとは、お見事!もっと前に出会いたかった!

    0
    投稿日: 2015.10.30
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    現代演劇の特徴は伝えたいこと=テーマがなくなってしまったこと 一つはそれが本当になくなってしまったこと もう一つは芸術の社会的役割が変容したこと 対話を通じて自己と他者のコンテクストと擦り合わせて新しいコンテクストを生成する 新しい世界像 そのために内的対話を積み重ねること

    0
    投稿日: 2015.05.19
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    ☆2 水無瀬 語り口が気負いなくキレッキレであるのでこの人天才では? どうすればリアルになるか演劇には2500年のノウハウがある、だなんて痺れませんか(インタビュー↓より) http://logmi.jp/36575

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    投稿日: 2015.04.17
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    『幕が上がる』を鑑賞し再読。 この本を読むと、演劇についてたくさんの気づきが得られる。なぜ劇中、そういう気づきのシーンがなかったのか… 「発語は常に、他者との関係において行われる」「私たちは、主体的に喋っていると同時に、環境によって喋らされている」。 これが核心。「静かな演劇」という呼称はやはり正確ではない。

    0
    投稿日: 2015.03.05
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    リアルな演劇の脚本を書くためのハウ・ツー本の体裁をとりながら、著者自身の演劇の捉え方が明らかにされています。 本書はまず、演劇をリアルなものにするために、「セミパブリック」な空間・時間を利用することや、「遠いイメージから入る」といったテクニックを紹介しています。その一方で、そうした工夫が「役者と対象、あるいは役者と観客との間で「コンテクストを摺り合わせる」こととして捉えることができるというアイディアが示され、均質性の高い日本社会においては「対話」の伝統が育まれてこなかったことなどに触れつつ、「コンテクストを摺り合わせる」という観点から演劇を包括的に捉えなおすような視座が示されることになります。 演劇の見方を解説した本だと思っていたので、ちょっと期待外れかな、と思いながら読み始めましたが、演劇におけるリアルを追求することが、メタ演劇的な考察につながっていることが明らかになっていくスリリングな議論の運びにしだいに興味を引かれ、おもしろく読めました。

    1
    投稿日: 2015.02.15
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    演劇をつくるという行為を通じて、コンテクストのずれを認識し、すり合わせを行うこと=対話の場をつくるということ。 WSDで学んだことの復習ができたなぁという感じ。

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    投稿日: 2015.01.25
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    「話し言葉を書く」ことのむずかしさ。「伝えたいこと」(テーマ)ではなく「表現したいこと」志向の現代演劇。物語を進展させるための「セミパブリックな空間、時間(背景・状況)」。 (起承転結すべて語りつくすのではなく、)観客の想像力にゆだねるのが演劇。 日本(ムラ社会)では、「対話」は育たなかったということ(=近代演劇の困難)。 といった内容で、「戯曲の作り方」を初心者に一つ一つ丁寧に(純を追って)講じていく体ではあるが、それに含まれるエッセンスのひとつひとつが、相当に興味深い。

    0
    投稿日: 2014.12.02
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    コミュニケーションが下手すぎる私に先輩からすすめられた本。勉強になったけど実践はできてないけどおもしろい。

    0
    投稿日: 2014.09.27
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    何度か読み返して身に付けるべきことが多い本。個人的には、ヒエラルキーの話が特に面白かった。 腐敗と共にありながら腐敗から脱するチャンスでもあるかもしれない。

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    投稿日: 2014.09.08
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    演劇のテーマ、プロット、コンテクストについてはメディア教育にも利用できるであろう。俳優のオーディションについての脚本家としての説明がもっとも面白かった。

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    投稿日: 2014.02.03
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    私の知りたかったことではないけど知らなかったまま、知らなかったら損してたことが知れたのでよかった。まあ個人的にはそうなんかなあ、と疑問に思う事もあったのだけど。

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    投稿日: 2014.01.27
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    演劇を知る入門書でありながら、演劇の本質を披露してくれる。 今後の演劇鑑賞は、また違ったものになるだろう。

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    投稿日: 2013.03.22
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    戯曲の作り方がわかりました。限られた空間でどれだけイマジネーションを広げられるか、それも観客の。コンテクスト、これは人生においても必要で擦り合わせの連続ではないのか?演劇本としては読みませんでした。集団生活を生きるすべのヒントかも。

    0
    投稿日: 2013.02.20
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    ◆社会で生きる、他人と関係を築いて行く為の哲学。 妹の結婚式での叔父スピーチ(味覚の実験にて、隣の人とこうも味覚は違うのか!同じ物質であってもそもそも遺伝的にセンサーが違う。育ってきた環境によっても違う。その違いを理解するする、感じ方、考え方の違いを意識して楽しむ。自分の知らない新しい世界を見ることができる。) 正に、自分のテーマを見つける、少しづつでも前に進める、足がかりではないか。 ◆コンテクストの擦り合わせ 自分のコンテクストの範囲を認識すること 対象のコンテクストの広さの範囲をある程度、明確にすること 対象のコンテクストとの差異のを仮に埋める為の方法論を吟味し、その埋める為のトレーニングを積んでおく ◆テーマがあって書き始めるわけではない。むしろ、テーマを見つけるために書き始めるのだ。それは、私たちの人生が、あらかじめ設定されたテーマ、目標があって生きているわけではないのと似ているだろう。私たちは、いける目的をどうにかしてつかもうとして、この茫洋としてつかみどころのない人生のときを、少しずつでも前に進めて行くのではないたろうか。私たちは、生きるテーマを見つけるために生き、そして書くのだ。(p108)

    1
    投稿日: 2013.02.18
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    「演劇入門」は、劇作家・演出家の平田オリザさんが演劇の"作り方"を分かりやすく解説した入門書。98年に出版され、すでに22回も版を重ねる隠れたベストセラーです。本広さんはこの本を「何回読んだか分からない」といいます。 続きはこちら GUEST 070/映画監督・本広克行:スミスの本棚:ワールドビジネスサテライト:テレビ東京 http://www.tv-tokyo.co.jp/wbs/blog/smith/2013/01/post142128.html

    1
    投稿日: 2013.01.31
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    わたしが演劇鑑賞にはまり始めた頃、 友人がプレゼントしてくれました。 観ている時は感性を使っているけれど、 戯曲として読んでいる時に、技術的な点でも「おおっ」と思うことができる視点を、 この本で知りました。 つまりこの本のお蔭で、戯曲がより楽しめるようになったと言えます。

    0
    投稿日: 2012.11.24
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    10年以上前に出された本。平田オリザを撮ったドキュメンタリー「演劇1」を見たら、この本で書かれていることをそのまましゃべっているところがあったり。 演劇の構造や作り方が少しわかった気がします。

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    投稿日: 2012.11.17
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    これはコミュニケーション論、権力論(ようするに自由論)で、著者は以降そちらの領域の大家となられる。 〈コンテクスト〉という用語を要チェック。

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    投稿日: 2012.11.12
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    演劇の脚本・演出を通してコミュニケーションとは何かという点を語っていたのが予想外だったのと、演劇を通して見ることで何気ない日常会話にはっとする発見があったのが面白かった。それと、演劇というものがかなり緻密な理論に沿って作られているのにびっくり。

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    投稿日: 2012.10.22
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    演劇をやり始めたころ(2005年?)に読んだ。 そもそも演劇ってなんだろう。 という自分の問いへの答えを探していたのだっけ。 なつかしい。

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    投稿日: 2012.09.13
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    演劇におけるリアルの表現など、大変面白かった。そして、どんな職業にもコミュニケーション能力が必要とされるんだなぁとつくづく思った。「日本人には真の対話がない」と言ったのは中島義道だったか・・・。アイデンティティーを確立しないと上手い役者にはなれないのか。

    0
    投稿日: 2012.02.04
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    (講談社現代新書 1422) [要旨] リアルな芝居とは何だろう。戯曲の構造、演技・演出の秘訣とは?平易で刺激的な入門書。 [目次] 第1章 「演劇のリアル」と「現実のリアル」;第2章 戯曲を書く前に―場所・背景・問題;第3章 対話を生むために―登場人物・プロット・エピソード・台詞;第4章 俳優は考えるコマである―戯曲・演出・俳優の関係;第5章 「参加する演劇」に向かって

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    投稿日: 2011.12.29
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    http://dramaplanet.blog27.fc2.com/blog-entry-2.html

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    投稿日: 2011.05.05
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    戯曲の書き方について書かれている本です。 「演劇入門」であって「演技入門」ではありません。 戯曲を書く上で、気をつける点が分かりやすくて良かった。

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    投稿日: 2011.04.25
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    ぼくの求めてた入門とは意味合いがちょっとちがったのだけど、演劇における制約、キャラクターや台詞の書き方なんかはわりと勉強できた感あります。

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    投稿日: 2011.03.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    劇の創作方法の本である。 学生時代にちょこっと演劇をやっていたことがあるのだが、その当時は考えてもみなかったような視点がこの本にはあり、目から鱗・・・もっと若いときに読めていればよかったのに(^^; ちなみに、私は、平田オリザ氏が主宰する劇団青年団の『ソウル市民』『東京ノート』『S高原から』の3作品を観たことがある。 演劇を創作する側の観点から、これらの作品の一部を例として取り上げていたのが、興味深かった。なるほど、こういうふうにして作られたんだ~という感じ。 この本を読んだ人には、是非青年団の舞台も実際に観てほしい。

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    投稿日: 2011.03.02
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    [ 内容 ] リアルな芝居とは何だろう。 戯曲の構造、演技・演出の秘訣とは? 平易で刺激的な入門書。 [ 目次 ] 第1章 「演劇のリアル」と「現実のリアル」 第2章 戯曲を書く前に―場所・背景・問題 第3章 対話を生むために―登場人物・プロット・エピソード・台詞 第4章 俳優は考えるコマである―戯曲・演出・俳優の関係 第5章 「参加する演劇」に向かって [ POP ] [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]

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    投稿日: 2010.11.21
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     小説やマンガ、映画、演劇を見ている時に、時折感じる不思議な感覚がある。  言い回しがおかしいんだけど、「これは現実的には起きないであろうけども『この物語の中』においてはリアリティがある」という感覚である。  自分が今まで経験したことも無ければ、想像したことも無いを見ている間だけ共有できる。それが優れた物語の資質だと思う。  ではどうやって『リアル』を出すのか? という点を、脚本・演出をしている平田オリザ氏が書いたものが、この「演劇入門」である。  具体的な詳細は本を読んでいただくとして、この本で著者は繰り返し「外界との他者との対話」によって、個々のキャラクタが浮かび上がるという。(家族や友人との掛け合いは「会話」として区別される)  たしかに、観客から見て「その集まりがどういう集団なのか」を理解するためには、集団の仲間同士の会話だけでは「説明的なセリフ」なしには、理解することは出来ず、のスポットライトとしての「外界からの来訪者(他者)」との対話……というのは納得できた。  ちなみにこれは演劇の話であり、場数に制限の無い映画や小説などでは、「事件」を扱って個々のキャラクタを浮き上がらせるという手法になるそうな。なるほど。たしかに「これ映画で見せる意図ってなんだろ?」と思わせる作品ってある。それぞれに見合った手法があり、それを理解して作らないとそうなってしまいがちなのだそうな。  そうして、最初に書いた「物語の中のリアリティ」とは何かと言えば、観客と演者(脚本家や演出家や見せる側)の間で、幾度と無く「ここは○○である」という場所の認識や「この人は△△」という登場人物の設定の認識の共通化が図られ(著者はこれを「コンテキストのすりあわせ」と読んでいる)、そうして「物語の中を現実と感じる」ことができるのだそうな。  なるほど……すごいな。  ちなみにこれは再読であり、初読の時には、平田オリザ氏の舞台は見たことが無かった。初読から再読まで2年くらい間が開き、その間に何作品化の舞台を見て「なるほどなぁ」と思える。  そうして、2010年の夏に見た「森の奥」がどうして「よくわからない」作品なのかの理解が出来た。  結局「ロボットが日常生活においてどんな位置づけなのか」が私と作品との間で共有できなかった。それに尽きるのだろう。

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    投稿日: 2010.10.17
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    20101005読了。 演劇の作り方について、基礎から書いてある。 演劇を舞台設定やセリフ、どういったものが良い舞台となるのか。 そういったことから書いてあり、演劇を見る際の新しい視点を得られる。

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    投稿日: 2010.10.06
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    演劇って聞くと役者がまず浮かぶ。役者の本質的な役割も語られているが、この本はさらに舞台設定やセリフの組み方など、演劇諸要素の作り方をうまく言語化してくれている。「リアル」と「コンテキスト」のたった2語で現代演劇の本質を説明できちゃってんじゃないのか。

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    投稿日: 2010.09.27
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    西洋的枠組みをとる近代演劇に、「対話」を苦手とする我々日本人がいかに入り込むか。日本人のもつ身体性をキーに練り上げる「アングラ」時代を相対化。スマート。

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    投稿日: 2010.09.24
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     「演劇入門」というタイトルだが、あらゆる面について総括的に書いた本ではないし、特にスタッフ関係の内容を考えて購入すると、まったく当てはずれになる。主に脚本の書き方・演出と演技の考え方のようなものが核になっている。そしてそれが、演劇を作ると言うことがどういうことであるのか、ど真ん中をぶち抜いているような気がする。  たとえば、もしあなたが高校演劇にでも関わっていて、台本を書く羽目になったとしたら、酒井は絶対にこの本を一読してから読むことを勧める。著者の言うように「いい戯曲の書き方は教えられないかもしれないが、悪い戯曲を書かない方法」を教えてくれるのは確かだからだ。もちろん台本にはいろんなものがあるから、平田オリザ氏の教えることがすべてだとは思わないけれど、平田流の台本の書き方は、確かに普遍的な何かがあると思う。酒井も素人ながら30以上の台本を書いているけど、経験上「こんなふうにやるといいかな」と思っていたことが、きちんと根拠づけられて説明してあり、うれしかったり驚いたりした。  演出や演技に関する話も同様である。読みながら、今まで漠然としていたいろいろなことが見えてくるような気がした。「コンテクスト」という概念、なるほどと思わされた。  演出や脚本書きや部活動の運営などに関わってる人、なにしていいかわからない人、なんとなく経験でやってる人に一読を勧めたい。

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    投稿日: 2010.08.17
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    第1章まとめ・「リアル」とは何か・「伝えたいことがある」近代芸術に対して、現代芸術、現代演劇のいちばんの特徴は、「伝えたいこと」=テーマが、なくなってしまった点・「伝えたいことなど何もない。でも表現したいことは山ほどあるのだ」・ふだんの日常生活のなかでは見ることのできない精神の振幅を描く第2章

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    投稿日: 2010.06.19
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    演劇だけじゃなくて、映画や小説にも通ずる点がありすぎる。難をあげるとすれば、演劇の必要性をむりくり見いだしているところ。論理的に説明する必要はない。演劇という媒体の特性を見いだすことと、必要性を見いだすことは、別ではなかろうか。

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    投稿日: 2010.06.11
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    四年前、初舞台が終わった後に読んだ。 稽古中に読みたかったなと思った記憶がある。 もやもや、わかるようでわからなかったことが言語化されてすっきりした様に感じた。

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    投稿日: 2010.06.02
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    感覚を言語的に解説してくれる ちょっと難しいと感じるかもしれない理論的な一冊。 とはいえ。。。言葉の選択の豊かさに引き込まれて、 深く考えるきっかけにもなります。 平田オリザさんは 劇作家になるためのハウツウ本といっているが、 それはまた、 私たち一人ひとりの人生はまさにそのときっきりの物語であって、 私たち自身がその物語を描いているのであるから、 自分らしく生きるハウツウともいえるのではないかと思うのです。 『人生は演劇』であるというところから 自分の生き方を創っていく自分らしさに近づくことになるのかもし知れない。 たとえば、 私は自分らしさを求めるのではなく ちゃんとあるものなんだという自由な気軽さを感じた。 今自分が「すきだ~~!!」と感じたままに いちいち理由をつけないで 感動のエネルギーを行動していくことが出来るようになった。 「だって、 あなたは絵を描くときに、 テーマを考えてから風景を探しはしないだろう。 ある風景に出会い、 その風景を描写したいという表現の欲求が、 あなたに絵を描かせるのではないだろうか」 また、 「戯曲は実際に書いてみてわかることがある。 戯曲の構造については、 書いたものにしかわからない部分がたくさんある。 だから私は、とにかく一本、短いものでもいいから、 構造のしっかりした一幕ものを最初に書くことを進めることにしている」 こんなふうに自分を見守ってくれる家族や、友達、上司がいたら安心だ。。。 まずは自分の思うままにやれるのだ。。。 そうだから、もっとよくなるのだってね。 最初の一歩に勇気がわく! そして、 これはまさに「そんなつもりじゃなかった~~」なんてコトを うまく表現していると思う。 「観客の想像力をうまく方向付けていくということも、劇作家の大きな仕事である。 ・・・・・ 対観客という点では、 戯曲はまず書いて、それが作品として上演されて観客の目にさらされ、 そうして初めてわかる事柄があまりにも多い、そういった非常に不思議な表現形態だということが出来る」 う==ん、まさに私たち一人ひとりが人の間で生きている日々なのだと思うのです。 またさらに、 仕事で迷ったときには大切にしたいなって思うあり方があります。 「ヤクルトスワローズの野村克也監督はよく『価値に不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』という。 ・・・・ おそらく、私のこの戯曲創作法も、「ダメな戯曲」の理由を検証するのには適した方法なのだろうと思う。こうして、ダメな戯曲を書かないための基本的な概念を系統立てて学ぶことによって、「いい戯曲」をかける確率を高めていこうというのが、私の講座の基本的な考え方だ」 まさに、反省ばかりではなく、反省はいいもののためであって、穴を埋めるのではなく、その積み重ね自体に意味があって、何も反省で暗くなることは無く、それを積んでいること自体がよくなることにつながっているということをうまく表現してくれていると思うのです。 最後に。。。。 「私たちは、テーマがあって書き始めるわけではない。 むしろ、テーマを見つけるために書き始めるのだ。 それは、私たちの人生が、 あらかじめ定められたテーマ、目標があって生きているわけではないのと似ているだろう。 私たちは、生きる目的をどうにかしてつかもうとして、この茫洋としてつかみどころの無い人生のときを、 少しずつでも前に進めていくのではないだろうか。 私たちは生きるテーマを見つけるために生き、そして書くのだ」 私はとても素直にほっとするコトバと感じます。 今ここに生きることから自分らしい生き方となることは 私にとってとても自然で自信のつく生き方だと思うのです。

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    投稿日: 2010.05.17
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    人のよさそうなコメンテーターとしてしか平田オリザさんを見ていませんでしたが、これを読んで印象がガラッと変わりました。日本語で西洋近代劇を作る難しさを演出家の視点で鋭く分析されています。演劇のベースにある脚本作りのノウハウや考え方は、演劇入門者でなくともすーっと読みきることができます。知的好奇心しっかり満たしていただきました。

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    投稿日: 2010.02.09
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    会話と対話とは、 ある情報を共有している人間同士のコミュニケーションと ある情報を共有していない人間同士のコミュニケーション、とのこと。

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    投稿日: 2009.10.11
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    リアルなセリフ 遠いイメージから入ることが原則 ex. 美術館のことを語るなら美術館のイメージを列挙し一番遠いものから会話を始める 現代演劇においては、伝えるべき主義主張、テーマなど何もない。しかし、表現したいものは山ほどある。それは、世界とは何か?人間とは何か?ということ 演劇は、ある表現の構造を通じて、日常生活では見落としてしまう、または見て見ないふりをしてしまう人間の微細な振幅を顕在化させる 演劇の起こる場所 セミパブリックな空間 「内部」の人々に対して「外部」の人々が出入り自由であること セミパブリックな時間(背景) プライベートな空間でも、外部の人間が出入り自由な背景、状況といったものを創り出す 戯曲は、象徴的な場面を抜き出して、前後の時間は観客の想像力に委ねる 戯曲は、観客の想像力を梃子にして展開する表現形態 机の上にコップがある。それだけでは、観客の想像力は膨らまない。コップに血がついている。あるいは口紅がついている。奇妙な欠け方をしている。何かのきっかけが、観客の想像力を刺激する。 目の前に俳優が立っている。その俳優が、何かを叫びながら自分の視線から消えていくとする。観ている側は、その俳優がどうなったかが気になるだろう。意識の変化、観客の想像力を方向付けるとは、単純に言えばそういうこと。映像では、フレームから出て行った登場人物は、いったんその物語から関係なくなるという暗黙のルールがある。なぜなら、もし必要ならカメラのフレームはその人物を追うだろうから。 戯曲の場合には、その戯曲、その舞台作品が「何についての」戯曲、「何についての」作品なのかということをできるだけ早い時期に観客にうまく提示し、観客の想像力を方向づけていくことが重要になる→問題提起(運命) ex. ロミオとジュリエット=出会ってしまったこと 忠臣蔵=お家断絶 運命に立ち向かうにしろ、立ち向かわないにしろ、もともとは卑小な存在であった一個人が、直面する問題の中で右往左往し、人間として変化を遂げていく。それが、演劇というドラマの本質 場所ー背景ー問題 (空間ー状況ー運命) 情報量に差がなければ、情報の交換は行われない 情報量の差異を念頭に登場人物を考える 問題に直面する人々(内部の人) 問題を複雑にしたり、解決に導いたりする人々(外部の人) 大事なのは、人物構成が持っている情報量の差 人は、お互いが既に知っている事柄については話さない。話をするのは、お互いがお互いの情報を交換するためであり、そこから、観客にとっても、物語を理解するための重要な情報が生まれてくる。すべての事柄は、出来る限り間接的な発言の形で語られていかなければならない。 ex. UFO研究家のことは、遺族と葬儀屋の間で語られる プロット 人の出入りとその人物達によってもたらされる情報の内容のみ →平田演劇の特徴 最初に誰がその場にいれば面白いか、次に誰が入ってくれば楽しいか、あるいは誰がその場にいると都合が悪いか。それらの点だけを考えて、人の出入りの順番を決めていく エピソード 実際にその場面で何を話すか、話題を考えること そのプロットで伝えたい情報とは、できるだけ離れた内容の会話であること。かと言って、全体のモチーフや状況からあまり離れていない会話であること できあがったプロットと照らし合わせながら、モチーフから遠い順番にエピソードを並べていく。遠いイメージから近いイメージへとあるイメージが別のイメージを喚起するような形で会話をつなげていくことができれば、その戯曲は成功する→モチーフについてあらゆる資料を集め、取材をし、観察する必要がある TVドラマや映画は、事件の連鎖、演劇はイメージの連鎖によって創られる 注意! ネタを探そうとして読書したり、取材してはいけない。あくまで、プロットを決めてからエピソード 直接的な表現をいっさい使わずに、いかに信条を場の雰囲気に溶け込ませて表現するかが台詞を書く技術 テーマがあって書き始めるのではない。テーマを見つけるために書き始めるのだ 対話 他人と交わす新たな情報交換や交流 ⇔ 会話 すでに知り合っている同士の楽しいおしゃべり 演劇においては、他者=観客に、物語の進行をスムーズに伝えるためには、絶対的他者である観客に近い存在、すなわち外部の人間を登場させ、そこに「対話」を出現させなくてはならない ex. 東京物語 空気枕 冗長率…文章の中にどれだけ伝えたい情報と一見無縁な内容が含まれているか → 対話の方が、会話より冗長率が高い 台詞が書き言葉のように硬くなってしまうと感じる場合には、間投詞や感嘆詞を挿入して台詞を解体していく試みをしてみるといい コンテクスト(文脈)のずれ、 伝えたい事が先に立つ演劇からは、観客はリアルな感覚を持ちえない コンテクストの擦り合わせが成されない段階で、表現者の側が鑑賞者に、仮想のコンテクストを押し付けるとき、セリフはリアルな力を失う 「ここは美術館かもしれない」「ここが美術館でもかまわない」という主体的な合意が形成される前に「ああ、美術館はいいなぁ」というセリフが俳優の側から発せられるとき、人はそのセリフをリアルと感じなくなってしまう 私のテーマが確実に伝わることを期待して作品を創っているわけではない。私は、作品を観た人々が、作品との内的対話を通じて、コンテクストの擦り合わせを行い、一人一人にとっての新しい世界像を生み出すこと、あるいは一人一人の世界像がより明瞭になることを期待しているだけ 優れた芸術作品は、創り手の知覚の束が具現化した形だと言ってもいい。その知覚の束に触れたとき、鑑賞者の側にも当然コンテクストの組み替えが起こるだろう。「このような世界の見え方があった」「たしかに私は、このように世界を観た瞬間があった」という覚醒は、受け取り手の側の知覚を刺激し、新しい世界の見方を模索を促すからだ。そのとき生まれる新しいコンテクストは、決して表現者である私のものでもなければ、鑑賞者だけのものでもない。そこに、コンテクストの共有、新しいコンテクストの生成が起こるはずだ。そして私は、そこから生まれてくる感覚を、リアルと呼ぶ。新しく生成されたリアルは、さらにまた、他者との接触を通じて、異なったコンテクストの組み替えを要求するだろう。演劇とは、リアルに向かっての無限の反復 演劇とは、内的対話 対話を通じたコンテクストの擦り合わせ、そしてコンテクストの共有、新しい共同体のコンテクストの生成 混沌を混沌のままで、解像度を上げていく作業

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    投稿日: 2009.07.13
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    平田オリザの論理的な説明がすごく分かりやすい。 「リアルな台詞」のために遠いイメージから入ることや、かなり具体的なプロットの組み立て方等、「へーーーそうなんだ・・・」ってびっくりしっぱなしでした。 ただ観てるだけやと、分からんね。 こうやって本を読むことで、わたしと演劇との間の「コンテクストの擦り合わせ」も徐々にやってきたいな〜 ☆以下メモ☆ 近代演劇と現代演劇の違い。 ━「伝えたいことがある」近代芸術に対して、現代芸術、現代演劇のいちばんの特徴は、この「伝えたいこと」=テーマが、なくなってしまった点だと私は考えている。 ━「伝えたいことなど何もない。でも表現したいことは山ほどあるのだ」 プライベートでもパブリックでもなくセミパブリックな空間で生まれる演劇。 セミパブリックな空間で他者が介入することで会話は対話になり、観客は状況把握できる。 会話だけで押し通そうとしてはいけない。

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    投稿日: 2009.01.28
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    あっという間に読んでしまった。 戯曲を書くための方向づけをやさしく書いている。感性の世界のことなので難しいはずだと思うが、小気味よいテンポでいい悪いをはっきりと判断しながら自らの演劇観を語っている。 演劇のリアルと現実のリアル。 戯曲のセミパブリックな空間論 コンテクスト論 など、参考になることが多かった。 コンテクストを広義にとらえると一人の人間としての生き方にもつながってくるのではないかとも考えさせられた。

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    投稿日: 2008.01.14
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    演劇というものを対話のメディアとして尊重し、その仕組みについて丁寧に書かれた本。重要な基本に的を絞って書いてある。この、物語を嘘くさくしないための概念は小説などにも転用できるだろう。別に戯曲も小説も書かないけど、妙に熱心に読んでしまったのは、対話の相手として観客も含まれており、物語を興味深く楽しむための方法論とも読めたからだろう。あと、長年の課題だったコンテクストという単語が、この本を読むことでやっと自分の血肉になった気がします。

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    投稿日: 2005.09.19
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    そもそも演劇なんて興味ないんですが、今まで演劇に対して持っていた違和感の原因が突き止められたのでまあ満足です。 もっと感覚的な世界かと思いきや、どこの世界でも大家となると論理的に物を考えているのですね。

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    投稿日: 2005.05.09