
総合評価
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powered by ブクログ読む人によっては極端な意見が飛び交いそうな本だが、シュライアーが伝えたいことは明白。 右とか左ではなく科学の世界に性の問題を還元していこう、まずはそれからだという強烈なメッセージを受け取れた。 読書中色々と思ったが忘れちゃった。 本のタイトルがだいぶ扇情的だからそこに釣られて自論の正当性を主張しようとする人が多そうなのがネック。
0投稿日: 2026.02.20
powered by ブクログ至極真っ当なことが書いてある。 この界隈は既にカルト化され、アイデンティティの揺らぐ思春期の子供を餌食にして金を産んでるのだということ。 不可逆な手術をして取り返しのつかないようなことになってもここに挙げられてる活動家やインフルエンサーは誰も責任は取ってはくれない。 日本でも某アイドルが女性という自覚がないといって乳房を取った例が出来てしまったが(しかも勲章と言わんばかりに今時ありえないくらいワザとらしく大きな傷まで作って)、これが日本の若者にまで広まっていってしまったらと思うと吐き気がする。 また、数年前に亡くなったタレント兼インフルエンサーもこの界隈の誰かしらに嗾けられたのでは?と邪推してしまう。 前々から胡散臭いと思っていたこの界隈については、害悪しかないと考えていたので余計にこの本には共感するところは多い。 古い人間だと思われても構わない。 人間の性は男と女、オスとメスしかない。 例え体を作り替えたとしても遺伝子的にはXYとXXで分けられる。 今度は何だ、遺伝子レベルで性を変える術式でも開発して幼い子供あるいは母体にいる胎児の時からデザインジェンダーみたいに造語を作って稼ぐつもりか。 なぜこの本に対して出版中止の脅迫がされたのか。 手口がバレたらヤバいからの一言に尽きる。 どこかの国が仕掛けた計画的な去勢では?と疑ってしまうくらい酷いムーヴメントである。 善人ヅラして金儲けするエゲつない奴らは後を経たないが、この界隈のグロテクスさは群を抜いている。それが克明に記された著書である。
0投稿日: 2025.12.24
powered by ブクログ『#トランスジェンダーになりたがる少女たち』 ほぼ日書評 Day936 あまりにも真っ当なことを書いているので、そういう系からバッシングを受け、本屋の店頭から姿を消した…という "焚書" 本。 以下、極めて印象的なところをかいつまんで紹介するが、図書館で借りて、しかも斜め読みで良いので、一読を勧めたい一冊(どこを拾い読みしても、びっくりするようなことが書いてあるので)。 "そう" でない人が、"そう" であると自認することを、ひと昔前の脂肪吸引やカルト宗教になぞらえる。 かつて「性同一障害」と呼ばれていた性別違和は、自身の生物的な性別に激しい不快感を抱き続ける。概ね2〜4歳の幼少期に発現、70%近くは子供の頃に認識する。そのような状況に悩まされるのは歴史的にごく少数(0.01%程度)で、殆どが男児、2012年までの科学論文では11〜21歳の女児で性別違和を発現した事例報告は無かった。 それが、この10年で状況が激変し、西欧諸国では "トランスジェンダー" を自認する思春期の少女たちが激増した。 そうした "分母" が増えた結果、一旦はトランスジェンダーを自認したものの、のちに撤回した "ディジスター"、医療措置で外見も変えてしまったが後悔、復元を試みる "ディトランジショナー" という呼称も一般化しつつあるほど、その数が増えているという。 そうした思春期の少女たちに「カミングアウト」させる "勇気" を与えるのは、ネット上の尊師(グル)たち。 1990年代に10代の妊娠率がピークアウトした後、2009年から2017年にかけては自殺を考えたことのある高校生の割合が1/4増え、ほぼ同時期の臨床的うつ病と診断された高校生は37%(1/3超!)増、特にうつ病経験者の女子は男子の3倍だ。 また、自傷に及ぶ率も同様の割合を示すことから、女子の方がうつ病を自認する比率が高いだけではないことも裏付けられるという。なんと、10代前半女子の自傷は、2010年からの6年間で2.9倍に増えているのだ。 そういう子が、もはやクラスの変わり者ではなく、「流行の最先端を行くトランスジェンダーの若者」としてもてはやされる。 頼みの綱であるはずのセラピストは性的違和感を和らげるどころか、「次はどうしたい?」とステップを進ませる(医療的措置、つまり乳房切除を受ける)ことを促すことばかり。 ジェンダークリニックでは、「思春期ブロッカー」なる薬で、第二次性徴を抑止するとともに化学的閉経を起こさせる "治療法" が強く推奨される。本人にしかるべき自覚ができるまで、体を性的に中立な状態にとどめることで時間を稼ぐと説明されるが、精神・肉体両面で十分に女性的になれなかった(不妊の確率も極めて高いという)状態から生まれ持った性別に戻す負荷が大きいために医療措置で性的移行を選択する比率が大きいという調査結果も出ている。 さらに、そうした負の側面がありつつも、子ども(娘)の性自認を認めないならば自殺の危険が大きいと告げられると、親としてはそれ以上、反対をすることができない。 "自分のことは本人が最もよくわかっているという" という論拠のもと、本人が自認する性を無条件に受け入れることが推奨されるのだが、その結果が、カリフォルニアでは、13歳の少女がトップ手術(繰り返しになるが乳房切除)を受けられることに。 13歳の判断を無条件に受け入れて良いものか、議論の余地はないと思う。 著者は喩えて、これが自分は人間でなくニワトリだという主張や、人種の自認、つまり本来はアフリカンアメリカンなのにスポーツもダンスも得意でないから自分は白人の少女であると言って肌の色を薄くし、鼻の形を変えたいという話だったら…と綴るのだが、これがジェンダー肯定(アファーメーション)になると一気に様相を異にすることとなるのは何故か? 思春期に(相対的に精神的に幼い男の子たちではなく)同級生や少し上の同姓の少女に憧れ、恋愛に近い感情を抱くのは、日本でもよくあること。それと何が違うのか…などと真っ当なことを言うと、排斥される。 一方で、本人たちは、進んでマイノリティになること、そのコミュニティに参加することで "居場所" が得られる。例えは悪いが不良グループと本質は同じということだ。 それまで打ち込んでいたことを全て捨て去り、唯一の趣味は "トランスジェンダーであること" だけになる。 頭の中にあるのは、ホルモン治療をうけるための台本作りと、そのストーリーをいかに周囲に受け入れさせるかしかない。 なんと勿体ない10代の過ごし方であろうか。 ちなみに、"トランス…流行り" の結果、"本来の" レズビアン達は、逆に "イケてない" 存在として、忘れ去られ、あるいはさらなる差別を受けているという悲痛な叫びもあげられているそうだ。 「人権派」たちの行動が、まさに "タメにする" ものであることを示す事実に他ならないだろう。 https://amzn.to/47f3UNk
9投稿日: 2025.10.14
powered by ブクログ同性に憧れたり 他とちょっと違ってみたかったり 女性的でない振る舞いの方が媚びてなくて良いような気がしたり 思春期に経験することの多い割と普通のことを特別視してなんだかおかしくなっているようで 過去にアダルトチルドレンや多重人格が流行った頃に一気に自分はそうだと言う人が増えた時のよう
1投稿日: 2025.10.12
powered by ブクログトランスジェンダーの人権を踏み躙っていると批判されているのを聞いていたので、どんなことが書いてあるかと身構えていた。 しかし、著者はあくまでも幼少期から身体違和を感じていた人については異論を述べず、思春期に突然トランスジェンダーだとカミングアウトした人に対して警鐘を鳴らしている。 なにものかでありたいーそれは人間が普遍的にもつ願望だと思う。しかし、それを実現させるために生殖機能を失うリスクのある、逆戻りできない「治療」は安易に勧められないという筆者の主張は共感できた。
0投稿日: 2025.09.10
powered by ブクログこれでもか、というほどの事例が提示され、それぞれの当事者や関係者の行く末が丁寧に描かれていました。この分量のデータを集め、形にされた筆者の熱意を感じました。 以下、印象的だった内容です。 ・物理的には比較的不自由なく生きてきた中で、何らかの原因で周りに馴染めない自分に理由を見つけたくて、「自分は女の子じゃないのかもしれない」という思いに至るというケースが多いということでした。 ・未成年からの一方的な主張だけで、身体改造に進んでしまうと、後戻りできなくなる、ということも書かれていました。 ・そこまで熱狂的にTGになりたいと思う裏側には、「仲間が欲しい」「何者かになりたい、思われたい」という欲があるという分析もなされていました。 もしも当事者が読んだら、どんな気持ちになるのか様々な想像が膨らみました。個々人で状況も心境も違うという前提はありますが、図星だと感じた人は怒り、それこそ冷静を保てないのではと心配にもなりました。 ある程度恵まれている環境にいるからこそ、いろいろなことを考えてしまうというのは、ギリシャで哲学が生まれた理由(暇だから不要不急無事を考えてしまう)ともつながるのかと感じました。この本のテーマはトランスジェンダーでしたが、多かれ少なかれ、人がものや地位など何かを欲しがる理由としては、周りの目が関わるものだと感じています。 もし無人島で生きていても、そのブランド品のカバンを欲しがったか、出世のための試験を受けたか、性別違和を感じたか、、、などと考えるきっかけとなりました。 特別な自分でいたい、なんて思わされる世の中はしんどいです。
0投稿日: 2025.08.28
powered by ブクログ分厚く専門的な内容でわたしには少々難しかったがなんとか頑張って読了。思春期に誰しもさまざまな問題や第二次性徴による身体の変化への不安を感じる。特に現代の若者は昔より1人で過ごすことが多く孤独感を感じていると言われる。 その中で、自己肯定感の低さ、自分が典型的な女性像から外れているという意識などから、自分はトランスジェンダーだと誤認してしまう少女が増えていると理解した。それには、現代はSNSを使用する時間が増えたことも大きな要因となっている。キラキラしたトランスジェンダーのコミュニティにどっぷり浸かり洗脳されてしまい、その中で「トランスジェンダーであること」にアイデンティティを求めてしまう。 •精神病は伝染する •以前は性別違和を訴えるのはほとんどが男性で女子は稀だったが、近年「自分はトランスジェンダーだ」と訴える女子が急増している。 •従来の性別違和→幼少期の嗜好からして、生物学的な性別と不一致と思われる特徴が見られる 近年急増しているトランスジェンダー →思春期以降に突然「自分はトランスジェンダーだ」と訴え、それ以前にSNSへの傾倒が見られる。 •ジェンダー医療の現場では、本人がトランスジェンダーだと言ったらそれを認めてホルモン療法を始めるのが主流だが、思春期に自分の性的嗜好、ジェンダーアイデンティティを正確に把握できているのか疑問が残る。 •思春期ブロッカー、ブレストバインダーは健康を害する恐れがある。 •学校が親に知らせず、子どもが求めるままにジェンダー肯定医療を受けさせてしまう
0投稿日: 2025.06.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
女性が男性になる、というところが米国の特徴である。逆に、日本やアジアでは男性が女性になることのほうが多いように思われる。SNSを見せない。ということで対策を書いていたが、その原因がどれほどのものかを調べる必要があったであろう。LGBTQの人々からの反論が多いというのも、反論も掲載してくれると助かる。
0投稿日: 2025.05.22
powered by ブクログトランスジェンダーの急増について理解が深まった。 医療の問題、政治的な問題、宗教的な問題と複雑に絡み合って台頭してきたものだと理解した。 日本には強力な宗教信仰がないから、左翼の政治的材料になる程度だと思う。
1投稿日: 2025.05.20
powered by ブクログ厚くて長い本なので、最初だけ読みました。後はパラパラと。 いわゆる、トランスジェンダーと言う概念が広がる中で、本来は医学的には性不一致ではない子供たちが、メンタルの状況によって、トランスジェンダーを自認して、テストステロン投与や、手術に踏み切ってしまうと言うことに、警鐘を鳴らす内容。 そうですね、個人的な、感覚的には、何かファッションの一環というか、考え方1つで、LGBTQになるみたいなところはあるような感じは持っていました。全く否定するわけでは無いですが。 とは言え、LGBTQコミュニティーからは、割と内容的に糾弾された物議を醸した作品だったようです。 LGBTQと言うラベルをつけなくても、まぁ何でも自由に自分が思った通りに生きればいいんじゃない、別に男と女どっちが好きだっていいんじゃない?と言う感じもしますが、結構医学的にシビアな手術とかをして、後遺症が残るような事は、そっちに何か追い込まれていくのは、あまり幸せじゃないなぁとも思いました。親御さんとしては、自分の娘が何かそんな風になっていってしまうのは、止めたいなぁって思う気持ちもわかりますわね。
0投稿日: 2025.02.24
powered by ブクログ私は昨今のトランスジェンダー問題に懐疑的である。トランス女性が女性スペースに侵略したり、スポーツの世界で女性の表彰を妨害することに反対である。 だからこそ、著者の思想自体には近いと言えるが、読んでみると著者自身もミソジニーを内包していたり、性愛至上主義的なところがあることが分かる。そこに注意を傾けながら読まなければならない。 今が辛い時、別の何かにさえなれば問題は解決すると錯覚しがちであるが、その考えは危険だ。特に思春期には。 非常に難しい問題だと感じたが、訳者あとがきに書かれていたように精神疾患・精神病界隈では医学的事実が時代によって二転三転する。(発達障害についての知見とか)なので、トランスジェンダー問題も現時点でその渦中にあるのかもしれない。(話はずれるが、性別違和が精神疾患扱いするのは差別的だという感覚自体障害者差別なのでは?治療すべきものか否かの違い?でも性別適応手術等何らかの手を加えるのなら疾患ではあるだろうに) 少女達が自分とは別の性になれば人生が改善されると考える理由の一つにこの世の中に蔓延るミソジニーがあると思う。だが、この本の著者自体もミソジニー的思想に支配されているまとめ方をしており、それがまた恐ろしかった。 以下、読みながらのメモや感想 性別違和はおおむね幼少期に発現する 性別移行を撤回 “ディジスター” 医療処置で外見を変更したのを元に戻そうとしている“ディトランジショナー” 男性になりたいわけではなく、女性でいたくない逃げ道。 ノンバイナリーも同じことが言えるのではないだろうか。 手っ取り早く解決しようとする時代特有の演出がある 思春期にない、性体験や恋愛経験がない人生経験の乏しさを、彼女たちは性に関する語彙やジェンダーイデオロギーで補っているとあるが、思春期に性体験や恋愛経験は必ずしも必要ではないだろう。 それがおかしなことだと考えるのは性行為至上主義、恋愛至上主義と変わらない。 それがないからおかしな方向に行くんだという考え方は改めた方が良いと思われる。 今のトランスジェンダー問題は、所謂思春期に一人称を「おれ」や「ぼく」にする女性らしさに支配されたくない女性(少女)の行く着く先なのではないだろうか。 彼女たちに必要なのは、彼女達の選択に舵を切る外的治療ではなくカウンセリングと向精神薬なのでは? “生まれもった性に対して一般的と考えられない振る舞いや性的表現をする人”とは如何に? フェミニズムが後退している。 ジェンダー・クリティカル 女性蔑視 父権社会 男性支配 精神障害差別 多くの少女達にとってこの選択はこの世に蔓延る女性蔑視と性の道具としてしか見られない男達への反発から来ているのかもしれない。だからこそ、肉体が男性のトランス女性に女性スペースが侵略されて更にフェミニズムが後退していることが皮肉でありおぞましく感じる。 アメリカも、日本も変わらないのだ。
1投稿日: 2025.01.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
日本における刊行時の騒動(https://www.sankei.jp/news/2024/04/895696)によって知り、興味をいだいた。 解説によれば一九六〇年代から一九八〇年代にかけて「反精神医学」の嵐が荒れ狂ったそうで、新左翼的な運動と結びつき進歩的な文化人から支持されたが、無残な失敗に終わったそうな。 LGBTQの在り様と、なんと似ていることか。 「偽の記憶」の事件なるものもあるそうで、「心理療法家」のカウンセリングによって患者のトラウマが捏造され、ありもしない家族の虐待などで告発されるにいたり、多数の服役者を出したという。 LGBTQの在り様と、なんと似ていることか。 いろんなものが混じり合ってこれはなんぞやという様相を呈しているが、政治的であるという一点でポリコレのタグは適用できよう。 NHKを公開謝罪に追い込んだNPOが公然と存在し、司法の働きすらあやしく見える昨今、他人事ではない危機感を覚える。
0投稿日: 2025.01.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
『トランスジェンダー』がアメリカのティーンエイジャー、とくに少女達の間で"流行っている"という衝撃の書籍。 昨今、急激にポリコレやLGBTQへの理解を深めよう!という世相になってきているのは分かりますが、自分を受け入れてくれる場が欲しい、優しくされたい(チヤホヤされたい、人気者になりたい)→トランスジェンダーになる!という訳のわからなさ。 慎重に、本当にトランスジェンダー?別の心理的要因では?と誠実に進めようとすれば、バッシングの的になるという地獄。 身体的な手術を行なった後では、もう引き返せないというのに。 大学の友人にも、何人かLGBTQの人は居ましたが、決して周囲と同調したとか、そういうことではなかったと思います。 日本は遅れてる!と声高に言われることもありますが、外政の良い面と悪い面どちらも、みていくことは大事ですね。
4投稿日: 2025.01.12
powered by ブクログ思春期に性自認が揺らぐなんてめちゃくちゃあるあるで、大人になれば自然と落ち着くもの 落ち着いた先がトランスジェンダーならそこから考えていけばいい、というかそれより前に、揺らいでる段階で何かを決定するなんてあまりにも危険 ましてや本人以外の、大人たちがそれを煽るなんて最悪の所業 SNSは功罪あるけど、ちょっと毒がでかすぎて怖い 辞めさせるのは難しいかもしれないけど、時間をかけて規制してくのは必要じゃないかな… お酒やタバコみたいに。 なんか焚書騒ぎがあった本らしいけど、それはちょっと敏感すぎるような 内容は、正直アメリカの話だし、自分の周りにはもう思春期の子っていないので、ちょっと対岸の火事感… だけどちゃんと大人として考えていかなければならない問題だなと思う 読んで良かった。出してくれてありがとう!
1投稿日: 2024.12.28
powered by ブクログジェンダーについて初めて理解しようとする人間が読むべき本ではない。僕は、本を読む際に必ず著者の経歴や思想などの背景を確認するようにしているが、彼女が保守的な環境で育ち、右中道派のLGBTの受け入れを嫌悪するような立場である新聞社のライターであったことも読む際には考慮する必要がある。この本に限らずだが、活字には必ずその人の思想が挟まるのだから、アメリカの実情についてもこの本を鵜呑みにするのは危険だと思う。実際はアメリカでも州によってはLGBTについての教育などを規制するような動きもある。他国ではこのような情報は入りにくく、著者の主張しか知らぬまま終わっている読者もいるだろう。この発行時とは異なるが、傾向はトランプ氏が就任した後、さらに強まりヘイトクライム等も多く起こっているようだ。世の中が新しい変化をしようとする時は必ず反作用の力が働く。かつての奴隷解放や、女性参画でもそうだろう。スマホを取り上げろ、コミュニティから引き剥がせといった子供を所有のもののように扱う過激な思想は、そんな時代にマッチしたのではないか。活動家に目をつけられたのは、内容というよりかは「男性を自認する出生時の割り当てが女性であった人を少女と呼ぶことの是非」のようだ。 「思春期の人間は果たして自決できるのか」 Yesととり、自己決定権を重視するのがこの本の言う活動家サイドの人間で、Noで、自分たちの言うことこそが正しいから従わせておけば間違いがないというのが著者なのだろう。僕は部分的にではあるがYesと捉える。自分が同じ年齢の時そこまで守られなければいけないほど馬鹿ではなかったからだ。とはいえ、思春期に性別不合を自覚した人の中にネットの歌い手などに影響され憧れてしまった人が一握りくらいはいるだろうが。だからといって、「少女を守ってあげなければ」なんて上から目線なことを言う気もない。また、引用された論文についてはそう言う意味で書いていないという科学者からの反論もあったようなのでここでも深くは触れない。もし、ニュートラルな視点を持ちたければ「トランスジェンダーQ&A」は完全に活動家の立場で書かれた本である為勧めておく。
3投稿日: 2024.12.24
powered by ブクログ豊富な知識が載っていたので星4です。 自分をトランスジェンダーと思い込んだ少女たちについて書かれていました。が、結論を言わずに例をひたすら読者に与え続けて答えを誘導するスタイル、あまり心地良くはなかったです。 本当のトランスジェンダーの人についてはほとんど触れられず、非常に偏った考えの本だと思いました。この作者の書いた真逆の思想の本があれば読んでみたい。思想を中和したい。
1投稿日: 2024.11.29
powered by ブクログ親戚の方が読めなかったとのことでいただいた本。 確かに難しいし日本人には理解しきれない部分はあるのだけれど、現実を知るには十分だと思う。 トランスジェンダーだけでなく、ジェンダーマイノリティ(という言葉が適切かはわからないが)についてもっと理解を深めなければと思った。
0投稿日: 2024.11.28
powered by ブクログ一応読むだけは読むか、と身構えつつ読了。ほんとに大半親の意見ばかりで子供当人の意見が限りなく少ない本でした。しかも最後に記された「現在の子供たち」5人の様子が、あなたこれで何でここまで自信いっぱいに書いてきたの・・・という内容で怖かった。
1投稿日: 2024.10.08
powered by ブクログこれほどのポテンシャルを持った本が、2020年の米での発刊から、2024年にならないと我が国で出ない現実。これがまず大問題。 「幸いなことに、日本の学校関係者も、医療関係者も、トランスジェンダーの扱いについては比較的慎重である。臨床的にも、トランスジェンダーを訴える人が病院の外来を受診することは多いとは言えない。〜略〜大部分は男性であり、米国のような状況には至っていない。」(P332「解説」より) 勿論、日本では比較にならないくらい少ないのであろうが、ホルモン摂取のハードルは格段に下がりつつある(私は限界精神界隈のウォッチが趣味)。専門家に対し野暮は百も承知だが、そんな危機感で大丈夫なのか心配になる。 本書で衝撃だったのは3点。 DSM-5で、性別違和の定義の執筆を監督したほどの専門家が、トランスジェンダー活動家の攻撃により職を解任させられていたこと(勿論、その筋では有名な事件だったみたいだが)。 もう一つは、「ジョンズ•ホプキンス大学の著名な精神医学及び行動科学の教授ポール•マクヒューには答えがあった。性別違和は"過大評価された考え"または心を支配するほどの情熱なのだ。それは「世の中の多くの人々がいだいている考えではあるが、患者や一部の人々にとっては、それが人生のすべてだと激しく思いこんでいる考え」なのだとマクヒュー博士は語った。」(P206) 性別違和とはなにか?に対するこれほど分かり易い答えがあることを私は知らなかった。果たしてこの答えが正解なのか?人の心とは、なんなのか?答えが出る日は来るのであろうか。 最後に、オートガイネフィリア(レイ•ブランチャードによる造語)の存在をトランスジェンダー活動家が否定しているってのは、何かのギャグなのだろうか?(笑)これが最も衝撃的でした。
0投稿日: 2024.10.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読みづらい。 話題になった本だけど…。 「自分探し」の中に性が入ってるのでは? それに対して大人が子供に対して「腫れ物に触るような対応」をしてしまう。 ジェンダーってなんだ? といってこの本が指針になるとは思えない。 アメリカでの201?年時点での話。 女性の話なので、乳房切除や陰茎形成等の話あり。
0投稿日: 2024.09.27
powered by ブクログ不公正、抑圧への、抵抗。 それ自身は、尊重されるべき。 しかし、そうした行動は、社会的な生き物である人間が行う場合、複数名で行うことで、力と正統性を主張する場合が多い。 その場合、正当な抵抗は、いずれ「運動」「活動」「政治」というものに、自然に変化する。 最初は、損なわれたものを取り返すだけの正当な動き、主張であったものが、個としてはでなく、集団としての動きになり、「政治性」を帯びることで、行き過ぎた動きとなる。 その動きには、どんどんと、自らの自己顕示欲を満たすことに重きを置く活動家が入り込み、correctness を求めための動きは、political なものに変質していく。 よく目を凝らしてみると、その動き、活動の中には、既に不公正、抑圧の被害者はあまり見当たらないことも。 本当の被害について、声を上げようにも、その政治性に合致しないものはむしろ疎まれることもあり、あるいは、被害者が阻害されることもあるようだ。 あまりに身勝手で醜悪な、政治性。 少し前の世界の、権力に対するカンターパワーであった、「リベラル」「メディア」たち。 今では、批判を許さない姿勢を貫き、政治性を身に付け、人々を阻害する。 醜悪。あまりに醜悪な姿を、そのままに描き出した良著。 読み進めているうちに、ある日本語を思い出した。 「腫れもの」 特定の団体、メディアが、タブーを作り出し、世の中がタブーとして忌避する「腫れもの」になれば、大人になることを拒否しても、誰も、ついには親も何も働きかけることができない、「腫れもの」になりおおせる。 その先死ぬまで幸せに過ごせるか。 どんなに辛い通過儀礼や修行に臨もうが、幸せなんか確定的に得られるものであるとは思わないけど、「腫れもの」として扱われて、幸せを感じられる人に、自分の子供になって欲しいとは思えない。 著者は、この構造を顕にするという素晴らしい仕事をしたのではないか、と思う。 「腫れもの」を作る人たち。 一体どんな世界に生きているのだろうか。 なんとかそういう人と関わらずに生きていきたいもの、と思う。
0投稿日: 2024.09.24
powered by ブクログファッション化してしまっている部分があるよね。 思春期の揺れ動く気持ちの受け皿として、トランスジェンダーが出現している。 人と違う自分になりたいという感情は古今東西あったわけだが、昨今の多様性の尊重。そして、インフルエンサーという虚構じみた存在が身近になってしまった、現代特有の病のように感じられる。 そんな生半可な気持ちで名乗るべきではない。本当にそうである人に対しての侮辱のようにも感じる。 実際にリスクがある決断でもある。 大前提として、多様性を認めることは大切なので、そこは否定しない。 そして本書もそのスタンスは一貫している。よって、この本が差別的だ!!と騒ぐのは流石にナンセンスかな。 思春期の子どもに、性別の変更について意思決定をさせるのは、親としての責任放棄のように感じる。 多様性の尊重というもっともらしい言葉をもっても、そのリスクは許容されるべきではない。 本書でも何度も取り上げているが、数ヶ月で辞める、数十年後に後悔したが時すでに遅していったこともあるからだ。 熟考に熟考を重ねて、やっと決断するような話である。
1投稿日: 2024.08.18
powered by ブクログ2020年に刊行された本書は、米英有力紙の書評で絶賛されベストセラーとなった。 米国では2010年代以降に10代の少女たちの間でトランスジェンダーとしてカミングアウトし、男性名への改名、性別・人称代名詞の変更、テストステロンの投与、乳房切除、甚だしくは陰茎形成手術などを行うケースが急増した。 本書は当事者本人、母親、教師、医者、活動家、反対派、成人した経験者などに幅広く取材し、その背景を多面的に分析したもの。 発行後、活動家界隈からは激しい非難を受けたというが、内容は極めてバランスの取れた常識的なもので、翻訳版を角川書店が発行しようとした際にも爆破予告だかの脅迫を受け断念したらしいが、産経新聞が出してくれたおかげで本邦でも日本語訳を入手できることとなった。 活動家界隈は自分の主張は声高に唱えるが、他者の言論・思想の自由の侵害には何ら気を留めないという習性が、この一点にもよく現れている。 著者の結論は、第二次性徴を迎えた思春期の少女に特有の精神的不安定さにSNSのインフルエンサーや活動家がつけ込みカルト的に洗脳されているケースが大部分で、両親は娘の反感を買うことになっても断固としてインターネットから遮断するなど、影響を及ぼす媒体、環境から本人を切り離すべきというもの。 カミングアウトし、薬品投与までした子どもを長期旅行に連れ出すなとして周囲の影響を断ち切ったところ、生来の女性としての性自覚を取り戻した実例も複数あげ、活動家がいう思春期の性自覚は正しく、一生変わらないという主張を退けている。 リベラルな親は子どもを理解したいと思うあまりカミングアウトした我が子の気に障らないようにしようとするが、薬品投与、手術をしても本人の自己肯定感が上がることはまれで、むしろ生活の質が下がる悪循環に陥る。 思春期の自己認識が不安定なのは経験した者には自明だが、それだけを根拠に専門家としての客観的な診断を怠り、改名や薬品投与、手術などの後戻りの効かない身体侵襲をむしろ後押しする医学会、大学を含む教育界などのなんと無責任なことか。 本書で紹介された少女たちは時を経て親子関係や精神や生活の落ち着きを取り戻しているようだが、こういう悪夢のようなスパイラルに陥る少女たちがいなくなることを願ってやまない。
2投稿日: 2024.08.02
powered by ブクログ多様性を標榜する某界隈からの執拗な抗議に屈して発行すら断念したKADOKAWAのお陰で、発売前から出版が待ち望まれ、強力な宣伝効果があったその本。 この本が「差別」だと言う方々が、LGBTQ活動の中心であると言うことが、答えだと思った。 どこが差別なのか、さっぱり理解できない。 どこを差別と言ってるのか、全く分からない。 いわゆるLGBTQは、昔からその個人の問題を抱えて来た人たちと、今大騒ぎしている活動家界隈と、この本が対象にしている思春期の女性と、全く問題が異なる。 そもそも、生まれながらの性とジェンダーが違うんだと、何十年も前から言い出して来たことが、ここに至る罠ではなかったのかとすら思う。 ヒトの性は、男性と女性しかない。 つか、その男性と女性を、極めて狭い定義に押し込めてるのはその多様性を謳っている方々やろうに。 ヒトの性は、生まれながらに決まるが、社会によって育っていく。 思春期がやばいと言うのは太古の昔から言われてるわけで、疾風怒濤とかなんとか言うわな。 大半の人は悩みながら、答えを見つけてきた。 なのに今は、それを逃げることができる。逃げることを推奨する。 自我が芽生えて来た子供が、色々悩むのは当然だが、今は、簡単に、安易に、知識だけが目に入る。経験も、思慮もなく、最初に見たものに飛びつく。そこで賞賛される。ああ私は間違ってないと思う。 否定されれば、頑なになる。 それを、そうだよ、君は間違ってないよ、こっちにおいでという。出て行ってはいけないよと言う。 カルト宗教と変わらん構造やんか。 判断力が無いうちに、取り込んでしまう。 いわんや、肉体的な施術や投薬で、気がついても帰れない状況に追い込んでしまう。 それを問題視している。 本当の「性同一障害」で悩む人を一言半句も否定していないし、活動家の「活動」自体にも、一言も言及していない(と記憶しているが)。 問題提起として、極めて良書だと思います。 それが困るんだろうが。 なんで困るんだろう。
4投稿日: 2024.07.31
powered by ブクログ焚書、と煽られているが真っ当な一冊だと感じた。 米国で社会問題化している性的違和。 本作で描かれているのは米国が抱える病理そのものだ。 十代は社会的経験値が皆無だから精神的に不安定になりやすい。そこにつけいる熱狂的な一部の集団はまるでカルトそのものだし、そうした光景を「クールだ」としてSNSで拡散する様は歴史の中に時折現れるある勢力のよう。 ある集団を盲信するのではなく、疑うこと。そしてSNSやネットから離れて「自分なりの考え」を持つこと。強く持つこと。本作は今後の世界を語る上で重要な役割を担うかもしれない。
0投稿日: 2024.07.24
powered by ブクログ何つながりで読んだのか思い出せない 図書館で予約 反ポリコレ本と分類してます ちょうど都知事選がおわり、蓮舫さんがキーキー言ってるのと被る 「正義の話をしてるワタシは正義 それを非難するアナタは攻撃の 対象です」と言ってるように見える 橘玲の書評がニュートラルなのが意外
0投稿日: 2024.07.20
powered by ブクログズッカー博士ら従来の専門家か排斥されたあたりについてのまとめが本書の主な貢献だろうか。ニワトリのジョークは意味がわからなかったが文化の違いのせい?
0投稿日: 2024.07.01
powered by ブクログ2020年にアメリカで出版され、賛否両論の騒動を巻き起こした本の全訳版。当初はKADOKAWAから出版される予定だったが、発売前からタイトルや帯、内容を巡って批判が殺到し、謝罪と刊行中止に追い込まれた。それを引き継いだ産経新聞出版や書店に対しても脅迫が行われた。 21世紀に入ってから「自分はトランスジェンダーだ」と主張する思春期の少女が急増した(この時点でなにか異常な事態が起きていることがわかる)。本書は彼らや家族を中心にインタビューし考察した、まっとうなノンフィクションである。 インターネットやスマホの普及でどんな情報にも簡単にアクセスできる時代の功罪か。自由すぎるアメリカ社会にも問題がありそうだ。
4投稿日: 2024.06.23
powered by ブクログこの本は当初別の出版社から刊行予定だったが、「ヘイト本であり、人を傷つけるおそれがある」との訴えにより、出版が取りやめになり、あらためて別の会社から出版されたという、国内では特異な経緯をもつ本になった。 読んでみたが、内容はショッキングではあるがヘイトではないと思う。 科学的でない、という批判もあり、それついてはそうかもしれないと思うが、非科学的な医療本とか、宗教、思想に関する本は世の中にたくさんあるわけで。 読まないと判断できないのに読むことさえできない状況に陥るのは、とても恐ろしいことだと思う。
1投稿日: 2024.06.21
powered by ブクログ本書はアメリカで2020年に発刊され、ベストセラーになった本の翻訳版です。アメリカで十代の思春期の多数の少女たちが突然、性別違和を感じ、トランスジェンダーを志向する問題を知ることができたのはよかったと思います。本書を読むことでトランスジェンダーを志向する思春期のまだ他人から影響を受けやすい少女たちが性別移行のための処置を行うことの危険性が分かります。ただ、その対策として著者が著わした内容が実現可能なことなのかはちょっと疑問が残りました。巻末の解説も併せて読むと良いと思います。
1投稿日: 2024.05.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
噂の本読みました。トランスの考え方が、ジェンダー規範の押しつけでしかなくてびっくり。 トランスを自認する人に対しては肯定医療が主流になっているって話も、もはや宗教。。トランス界隈の人たちがこの本の出版を阻もうとしたことでもお察しだけど。 欧米、想像以上だった。その点まだ日本は理性的かなという感じがするけど(さすがキリスト教が根付かなかった極東の地である)、トランス活動家の声が大きくなればいずれ日本も…という怖さはある。すでに欧米で警戒されるようになった思春期ブロッカーを日本へ売り込む動きがあるそうだし。 少子化少子化言われてる現代に、人間の生殖を真っ向に否定するような性自認という概念が根付きつつあるというのは興味深い。世界的にみたらやっぱり増えすぎている人口を抑えようとする種としての見えない力が働いているのかな?
0投稿日: 2024.05.25
powered by ブクログジェンダー思想によってトランスジェンダーの数が増殖されているのでは?という内容なのだが、これのどこがヘイト本なのか全く理解できない。 慰安婦に関するラムザイヤー教授の論文と同じ扱いに思える。 https://seisenudoku.seesaa.net/article/503199915.html
0投稿日: 2024.05.13
powered by ブクログ話題の焚書。書店に寄るたびに軽く探していたが見つからず(10店舗ぐらい?)、結局アマゾンで購入。 思春期の少女たちの間で急増する性的違和感に対して疑念を呈する内容で、「性転換の失敗例を恣意的に抽出することにどれほど意味があるのか」とか「無用な偏見を助長するのではないか」とは思うし、本書への反発はさもありなんと思うのだけど、感じやすい思春期に社会から先進性の象徴としてトランスジェンダーの概念が提示され、性的違和感の自己診断さえあれば保護を名目としたトランスジェンダーまっしぐらのベルトコンベアーが用意されている(ただしカウンセリングの実態は本書でしか読んだことがなく、バイアスはあると思う)今日の社会情勢を考えると、こういったアンチテーゼが存在するべきなのも事実。本書に対する批判として「科学的でない」というものがあるが、本書を読む限り少女たちの自己診断の肯定が科学的だとも思えない。第三者のいちCis Maleとして、乱暴を承知でいえば、性的自認が政治問題化している今日、否定派vs肯定派はどちらも同レベルの非科学の殴り合いに見える。一点確からしいのは、今日ではLGBTQの権利保護をあまりに急速に進めてしまったためにこういった疑念の提起さえも誹謗中傷として過剰反応されるという点で、本書の出版に対する反発がその証拠になっているのがなんとも皮肉。 個人的な見解をいうと、性転換は結局自己決定の範疇なので、本書のようなマイナス面が自由に発信できる土壌は整えたうえで、身体に対する不可逆的な治療は年齢制限を設けるような形で落ち着ける必要があると思う(アメリカ人って性的同意年齢を絶対視して未成年の性的選択をタブー視するけど、不妊にも繋がる不可逆的な身体改造って性的関係の選択よりよっぽど大きな決断なわけで、未成年が成年とセックスしようとする意思決定は認めないけどテストステロン注射はご自由にどうぞってどう考えても歪だと思う)。 で、本書がなんらかの着地点を提唱しているかというとそうとも言えず、今日の情勢に対するいちアンチテーゼとしての存在価値はあるのだけど、社会のオーバーコレクションに対するツッパリでしかないと思うので、主張自体には同意できるけど、あまり価値のある書籍ではないのかなというのが最終的な感想。(スマホ取り上げろ云々は論外)
7投稿日: 2024.05.11
powered by ブクログ【感想】 「友人はほとんどがバイセクシャルです。友人グループ――人数は少ないですが――のなかでヘテロセクシャルの女の子がひとりだけいますが、ほかはレズビアンかバイセクシャルです。娘はその一歩先をいかなければならず、それで『トランスジェンダーになった』というわけです」 上記は、トランスジェンダーを自称し始めた小学1年生の娘を持つ母親の言葉である。彼女の言っている内容が、私にはさっぱり理解できなかった。周りがトランスジェンダーだから自分もなる?レズやバイより「一歩先」を行くために、トランスジェンダーを選ぶ?いったいどんな感覚で自分の性別を変えようとしているのか。簡単に着脱できるファッションのように捉えているのか。 だが、これが今の欧米諸国のリアルなのだ。ジェンダー教育は完全に行き過ぎており、SNSにより不安に駆られた少女がアイデンティティのために乳房を切除する。そうしたカルト宗教にも似た価値観が、初等教育の段階から蔓延しているのである。 本書『トランスジェンダーになりたい少女たち』は、西欧諸国の少女たちの間で起こっている突発的な「トランスジェンダー化」の実態を描いた一冊だ。思春期に突然「性別違和」を訴える少女が、この数年で数十倍に爆増している。今まで性別違和を訴えていたのは2歳から4歳の男児が多かった。しかしここに来て、思春期の少女が罹患者の大半を占めるようになった。それはいったい何が原因なのかを、SNSや教育、医療の観点から深掘りしていく一冊となっている。 トランスジェンダーになろうとする少女たちにはある一定の傾向がある。 まず、彼女たちは幼い頃には性自認になんら問題がなかった。しかし中学・高校に入ってコミュニティが変わると、一定の生きづらさや不安をかかえるようになる。そのときに「トランスジェンダー」をおおやけにしている子どもが多いグループに関わる。そして自らも同様に「実はトランスジェンダーだ」という告白をする。親からすれば寝耳に水であり、気の迷いだと説得するも、不理解から家族との間に溝ができ始める。少女たちの精神状態は悪化し、怒りっぽくなり、いつも不機嫌で、抵抗しだす。そして自身の性に対する違和感が強まるにつれ、救いの手を差しのべてくれそうな人とますます距離をおくようになる。 彼女たちはトランスジェンダーのインフルエンサーからが大きな影響を受ける。「トランス少年」あるいは「トランス男性」を自称する生物学的少女たちが、テストステロン補充療法を受けはじめてからどのように日常生活が改善されたかを誇らしげに語る動画やコメントを見る。テストステロン補充療法でもたらされた高揚感、下腹部に黒っぽい毛が生え、俗に言う「ハッピー・トレイル」ができたときの身震いするほどの喜び、社会的な不安の消滅について語られる。 少女たちをさらに後押しするのが精神科医だ。性別が違う、反対の性になりたいと主張する子どもたちに対し、精神科医は簡単に「トランスジェンダー」と診断を下す。親や学校に男子生徒扱いすることを求め、外堀がどんどんと埋まっていく。 これが少女たちがトランスジェンダー化する典型的なルートであり、そのうち乳房切除、子宮と卵巣の摘出という取り返しのつかない行為にまで踏み込んでいくのだ。 ――「『わたしはトランスジェンダー』と宣言するだけで、ジャーン、あなたはもうトランスジェンダー。進歩的な山を登っていけば、このインターセクショナルな世界観でさらに信用される」 ―――――――――――――――――――――――― 以上が本書の部分的なまとめである。 読んだ感想だが、衝撃的な事実の数々にただ絶句するばかりだった。確かに性的マイノリティへの理解と配慮は必要不可欠だが、本書で描かれる内容はどう見ても歪みすぎである。男or女に生まれ変わりたいという気持ちは、本来なら思春期特有の一過性の熱病であり、そのうち自然と治癒される。しかし、今の西欧社会ではそれを「病気の一種」とみなし、後戻りのできない治療に進ませている。Instagramを開けばトランスジェンダーのインフルエンサーが乳房切除手術を推奨し、性的違和のカミングアウトに万単位のいいねと励ましのコメントが来る。それを疑問に思わず真似してしまう子どもたち、そしてそれを増長する大人たちがこれほどまでに存在するとは、いよいよ社会全体がおかしくなっていると寒気がしてしまった。 本書はかつて、その記述が「トランスジェンダー差別を助長する」として、KADOKAWAから発売中止を受けている。自分が読んだ限りではヘイト本というほど悪意に満ちた内容ではなかったが、一部の内容に疑問が残ったのも事実だ。特に、本書の最後に述べられる「娘を犠牲者にしないための実践論」はかなり怪しく感じてしまった。筆者の提案する方法は、子どもからスマホを取り上げたり、コミュニティから強制的に引き離したりと、かなり極端だからだ。 正直、トランスジェンダー化問題は究極のところ家庭環境に端を発していると思う。少女たちの性別違和は「不安からの逃避行動の一種」であり、その対応策として「子どもに寄り添う」「家族の時間を大切にする」「正しいしつけをする」ということは絶対必要だと思っている。しかし、本書ではそうした親の責任を全く論じていない。偏ったコミュニティに傾倒しすぎないように親が手綱を握ることで、思春期の子どもは成長していくと思うのだが、そうした役目をなおざりにしてただ「遠ざけろ」と主張している感が否めなかった。 朝日新聞の記事によれば、本書に使われている論文やデータに瑕疵があるとして、研究チームが原著の問題点をまとめた啓発サイトを公表する予定だという。そちらもチェックしてみたい。 ―――――――――――――――――――――――― 【まとめ】 0 まえがき かつては性同一性障害と呼ばれていた性別違和は、自身の生物学的な性別にはげしい不快感をいだきつづけるのが特徴だ。おおむね2歳から4歳の幼少期に発現するが、思春期にとりわけ顕著に見られる場合もある。だが、その70パーセント近くは子どもの頃に性別違和を認識する。そのような状態に悩まされるのは全人口からするとごくわずかな人々(およそ0.01パーセント)で、ほとんどが男児だ。現に2012年までの科学論文では、11歳から21歳の女児で性別違和を発現した事例は示されていなかった。 この10年で状況は激変した。西欧諸国では、性別違和を訴えて「トランスジェンダー」を自認する思春期の少女たちが急増している。医学史上初めて、そのように自認する人々のなかに女性として生まれた少女たちが現れただけでなく、全体の大きな割合を占めるようになったのだ。 どうしてなのか。何が起こったのだろう?性別違和に悩まされる人々のなかで常に少数派だった思春期の年代の少女たちが、なぜ多数派を形成するに至ったのか? それ以上に重要なのはおそらく、圧倒的多数だった男児に替わって思春期の少女が大半を占めるようになった男女比の逆転がどうして起こったのかということだろう。 1 SNSに煽られる現代の少女たち 今日、思春期の少女たちは多大な苦悩を抱えている。アメリカやイギリス、カナダでは、10代の若者たちが「メンタルヘルス危機」におちいっている。 2009年から2017年にかけて、自殺を考えたことのある高校生の数が25パーセント増加した。臨床的うつ病と診断された高校生の数については、2005年から2014年にかけて37パーセント増加している。ここで犠牲になっているのは男子より女子だ。うつ病を経験した割合は男子の3倍にのぼる。10代の女子全体で、自傷行為におよんだ数が62パーセント増加している。 2016年から2017年にかけてアメリカでは、女性に生まれついた人で性別適合手術を受けた人の数が4倍に跳ねあがった。生物学的女性が性別適合手術全体の70パーセントを占めるようになったのだ。2018年、イギリスではジェンダー医療を望む10代の少女の数が、過去10年のあいだに4,400パーセント増加したとの報告があった。プリンストン大学の「あなたはLGBTQですか?」という大学の調査に対して、学生の40パーセントが「はい」と答えている。 少女たちが不安定化している原因はSNSだ。TikTok、Instagram、YouTubeでは、拒食症やリストカット、自殺など、自傷行為を促すコンテンツが投稿され、実際にスマートフォンの登場以来そうした自傷行為の件数は劇的に増えている。トゥエンギによると、今日の18歳は情動面の成熟度がX世代の15歳と、今日の13歳はX世代の10歳と同程度だという。 現代の10代は長いときで1日9時間、カスタマイズされたインターネットという土牢にひとりではまり込んでおり、友人やセレブリティ、インターネットのインフルエンサーたちの生活が垣間見え、修整がくわえられた写真が載っている魅力的なページを見ている。YouTubeやTikTok、Instagram、Reddit、Tumblrにもぐり込み、そこで彼女たちを待ちかまえている住民から、人生に関する助言をもらう。Z世代の若者は、もしたとえば自分の性的指向に疑問を持っているとすれば、時間をかけて「誰に恋をすればいいのか?自分はこの女の子の手を握りたいのだろうか?」と考えず、すぐにインターネットへ向かう。すると無数の赤の他人が喜び勇んで、性的指向の手引きを提供する。 今日、アメリカにかぎったことではないが、8歳から19歳の若者は、性スペクトラムにおいて自分がどこに位置するかを明確に示すよう強いられている。まだ性的にじゅうぶん発育しておらず、自分が何者で何を欲しているか自分でもはっきりとわかっていない時期だというのにだ。まわりから女らしさに欠けると思われた若い女性は、臆面もなく訊かれるようになった。「あなたはトランスジェンダーなの?」 ジュリーも、SNSの犠牲になった少女のうちの一人だ。ジュリーはバレエを習う典型的な少女だった。しかし高校に上がり、ゲイ・ストレート・アライアンスやトランスジェンダーのインフルエンサーに触れ始めると、性自認に対して疑問を持つようになった。女性と付き合い、乳房切除手術の動画を見たり、男性になることを夢見るようになった。 ジュリーはセラピストのもとでカウンセリングを受けるようになった。セラピストはまずジュリーに、彼女の好きな名前と人称代名詞を決めさせた。そして髪の毛を短くし、母親たちに新しい名前と人称代名詞を使うよう求めた。ジュリーの学校の教職員や友人たちはジュリーを男子生徒として扱い始めた。次第に家族とそりが合わなくなり、家を出て、やがて連絡が取れなくなった。 本来であれば、思春期の恋の悩みやストレスは毒ではない。それを乗り越えれば人間的に成長できる。思春期にストレスを感じるのはいまも昔も変わらないが、変わったのは、ストレスに対処する力がなくなったこと、そして「手っ取り早く解決する」という選択肢が存在することだ。どんな不快感であれ、それに耐える必要はない。注意欠如障害のためのリタリン、鎮痛剤のオピオイド、抗不安薬のザナックス、抗うつ薬のレクサプロ、思春期の少女用のテストステロン。常にスクリーンを眺めている10代の若者は忍耐力が低下している。そして社会の「その症状には薬があるはずだ」「その悩みは違う性別を押し付けられているせいだ」という通念が、彼女たちを誤った方向に後押ししているのだ。 2 急速発症性性別違和 リットマン博士は2つの発見をした。ひとつは、思春期になってからトランスジェンダーを自認した10代の女子のうち、明らかに過半数(63.5パーセント)が、長い期間にわたってSNSに熱中したあと、突然自分はトランスジェンダーだと言いだしているということ。もうひとつは、女子の友人グループ内において、トランスジェンダーを訴える子の割合が予想される割合の70倍以上になっていることだ。 リットマン博士はこの非定型の性別違和を「急速発症性性別違和(ROGD)」と名付け、「トランスジェンダーの急激な増加の理由は友人間での伝染」という仮説を立てた(その後、彼女の論文は物議を醸し、「偏見の塊であり弱者を虐げる人物だ」という汚名を着せられた)。 リットマン博士は、SNS上での3つの考えが伝染を広げているという。 ①特異的ではない症状も性別違和とみなされるべきであり、性別違和はトランスジェンダーの証拠だという考え ②幸せに通じる唯一の道は性別移行だという考え ③トランスジェンダーだという自己認識に異をとなえたり、性別移行の計画に反対したりする人はトランスジェンダーを嫌悪し侮蔑的だから、縁を切るべきだという考え リットマン博士の研究は、「精神的に傷つきやすい年齢で診察を受けにくる少女全員が、自分の症状の原因について正しく判断できているわけではない」ということを示唆している。 調査によれば、急速発症性性別違和者の90パーセント以上が白人である。つまり、今日の大学でもっとも悪く言われているアイデンティティだ。少女たちは有色人種にはなれない。大半は同性愛者にもなれない。 「あらゆる被害者の立場のなかで、現実で選べる唯一のものが『トランスジェンダー』なのです」。プリンストン大学客員研究員ヘザー・ヘイングはそう指摘した。「『わたしはトランスジェンダー』と宣言するだけで、ジャーン、あなたはもうトランスジェンダー。進歩的な山を登っていけば、このインターセクショナルな世界観でさらに信用される」 3 学校がトランスジェンダー化を肯定している 2020年1月、カリフォルニア教員組合は、シスジェンダー、トランスジェンダー、ノンバイナリーの生徒が平等かつ内密に、身体面や精神面、行動面についての幅広い診療を受けられるよう、学校が基盤のヘルスケア・クリニックの創設に向けて動きだした。うまくいけば近々、カリフォルニア州において性別移行目的のホルモン療法を望むマイノリティの生徒は、親への通知や親の同意なしに、ホルモン療法を受けられるだけでなく、学校を早退しないで受けられるようになるかもしれない。 ニューヨーク州、ニュージャージー州、コロラド州、イリノイ州、バージニア州の北バージニア、オレゴン州の公立校では、ジェンダー問題への急進的なジェンダー教育がすでにカリキュラムや方針に組みこまれている。 カリフォルニア州は性自認と性的指向に関して、どの州よりも包括的な教育を誇っており、幼稚園から高校3年生までの全生徒を対象に、性自認と性表現および性的指向に関して、親へのオプトアウト(生徒に関する情報を親に伝えること)を明確に禁止している。同性愛者やトランスジェンダーを理由とするいじめを防ぐ、という建前だ。 教師たちによると、トランスジェンダーの生徒の性自認を肯定するのはその子の幸せや安全にとって非常に大切なことなので、カミングアウトをしても「親には知らせない」方針をとっている。内密に学校の記録簿に記載されている生徒の名前と人称代名詞を書きかえ、反対の姓のトイレの使用を認められるのだ。 公教育でキーワードとなるのは「ジェンダー・ノンコンフォーミング(性に関する旧来の概念に合致しない人)」だ。過去の例を挙げると、ジャンヌ・ダルク、エカチェリーナ二世、サリー・ライド(アメリカの宇宙飛行士)である。この女性たちは誰ひとりとして、男性の役割と考えられてきたことをしたからといって自分を女性らしくないとは思っていなかっただろうし、自分はほんとうは男だと主張もしなかった。しかし、アメリカ中の学童が教わっているのは、彼女たちが実は「同性愛者」であり、それがゆえ男性が得意な分野で秀でることができた、という歴史である。 未就学児から始まるLGBTQ教育の累積効果はどれほどのものだろうか? 「教育によって、わたしたちを標準化しようとしているのだと思います」とLGBTQに属するチアソン博士は言う。同性愛者の生徒を平然と無視したり、大勢の目のまえでその性的指向をからかったりすることはもはやできない。 しかし、またべつの側面もある。教育という名のもとで思春期の若者たちに、否応なく自分の性や性的指向を突きとめさせようとしている。常に強い感情や衝動、ジェンダーフルイドかクィア、アセクシャル、またはノンバイナリーのほうに向かせるかもしれない何かを意識するよう仕向けているのだ。それに、ふたつの集まり――『自分たちとそれ以外の人たち』の漠然とした形成をうながしてもいる。実際、かなり多くの学校のスクールカレンダーには、LGBTQの生徒を平等に扱うだけでなく、その生徒たちの勇敢さをたたえるための、年間何ヶ月にもわたって行われるイベントがある。 4 肯定ケア 現在の精神科医は「肯定ケア」を軸とした診察を行い、トランスジェンダーの診断を下している。肯定ケアとは、性別違和に対する診察の根拠について、患者の自己診断および患者の認識を「全て正確である」と肯定することである。たとえ多くの証拠に反し、ときには問題に対する医者自身の考えと逆であっても。つまり、性別違和で自分を女性だと思っている男性患者は、例えどこからどう見ても妄言だとしても、ほんとうに女性だと認めなければならない。「自分のことは自分が一番知っている」というわけだ。 米国心理学会のガイドラインは医療従事者に対して、トランスジェンダーのコミュニティにおいて『味方として肯定的な関わり』を持つことを推奨し、「トランスジェンダーとされる患者が必要としているのは肯定的な方法で性自認に対処する敬意ある治療だ」としている。 ジェンダー肯定療法は、次のような主張に基づいている。 ①思春期の子どもたちは自分のことをわかっている ②社会的性別移行とジェンダー肯定は「成功確実」な提案である ③肯定しなければ、あなたの子どもは自殺するかもしれない ④性自認は不変。子どものトランスジェンダー自認は変えられない 5 女性の役割の剥奪と、男性の役割の神格化 すでにアメリカじゅうの高校で最高水準にある女子スポーツ選手が、女性を自認する生物学上男子の選手に圧倒されている。女性の陸上競技選手も、水泳選手も、ウエイトリフティングの選手も、トランスジェンダーを自認する選手に追いやられた。その多くは男子チームでは月並みの選手だったのに。不公平さに異議を唱えても、簡単にかたづけられるか、偏見だと非難されるかのどちらかだ。 もはや女性を身体の特徴や生物学で定義できないのであれば、どう定義したらいいのだろうか?著名なトランスジェンダーの作家であるアンドレア・ロング・チューには答えがあった。「女性とは他者の欲望によって定義される普遍的な存在」だ。 女性についてこれ以上不快でおもしろみのない定義は想像できない。だが、トランス女性をふくむ女性を再定義するためには、この種の解答が標準になっている。女性とみなされる人物を説明する生物学的な指標を奪われたことで、トランスジェンダー活動家はステレオタイプな女性像に頼った。その多くが古めかしく侮辱的だ。 確かに、大人の女性への道のりは優雅にとはいかないし、簡単なものでもない。性別違和を覚える若い女性たちのうちで「男の子になるほうがはるかに得かも」と思っている人は少なくない。女性が大きな割合を占める職業は、男性の占める割合が多い職業よりも低く見られがちだ。 しかし、男性たちのほうが有利で、彼らの求めるもののほうが何でもいいに決まっていると考えてはいけないし、母性を傷つける行動を推奨してはならない。少女たちはジェンダー論にまつわる大人たちの被害者意識や妬みを見ており、それに影響されてしまうからだ。地位の低い危険な仕事を担っているのは圧倒的に男性のほうが多く、絶え間ない競争にさらされ続けて生きているのも男性のほうが多いことを忘れてはいけない。 6 少女たちに施される改造手術 ●思春期ブロッカー 思春期ブロッカーとは、リュープリンなど、下垂体の一部の働きを抑え、第二次性徴の進行を遅くする薬である。 ジェンダー問題の医師は思春期を開始時に止めるのは中立的な介入、すなわち一時停止ボタンだと主張したがる。思春期ブロッカーの投与をやめれば、正常な思春期がはじまるのだからと。しかし、身長や体重の成長を阻害する薬の投与を中立的な医療介入とは呼べない。 たとえ人工的にトランスジェンダー・アイデンティティを得たとしても、異なる性別の体をしているという根本的な苦痛は無くならない。治療という名の医療的手段は続いていく。 ●テストステロン テストステロン(T)は代表的な男性ホルモンだ。アメリカのジェンダークリニックは現在ゆうに50箇所を超え、紹介状もセラピーも必要なくテストステロンを打てる。 トランスジェンダーを自認する少女にとって、テストステロンは麻薬のようなものだ。テストステロンは不安を抑え、抑うつした気持ちを引きあげさえする。若い女性は大胆になり、心配がなくなる。人付きあいが苦手な人にとって、テストステロンが与える自由は奇跡に等しい。注射を打って最初の数週間で身体や顔に毛が生えはじめ、腿と腰と尻から肉が落ちると、これまで自分は笑われるために身体を差し出してきたのだと明らかになる。もう美貌の無さに一喜一憂する心配はなくなる。 テストステロンを投与しつづけて数か月たつと、少女の声はかすれはじめる。ニキビができる。男性型脱毛症になる場合もある。鼻は丸く、あごは四角く、筋肉はたくましくなる。神経性無食欲症の人がやせていく姿を見つめていたように、彼女はこの変化を鏡で観察する。だが、無食欲症と違い、彼女は次第に強くなっていく。それを実感する。 テストステロンは血液を濃くする。トランスジェンダーを自認する女性は希望する身体の変化を起こすために、通常の10倍から40倍のテストステロンを投与される。この量のテストステロンを投与された生物学上の女性が心臓発作を起こす危険性は通常の女性の5倍近く、男性の2.5倍だという指摘がある。 また、男性ホルモン投与後まもなく、永久的な変化が起こる。生物学上の少女が決断を後悔してテストステロン投与を中止しても、大きくなった身体や顔に生えた毛は残り、肥大したクリトリスと低くなった声、おそらく男っぽくなった顔の造作さえ変わらないだろう。性別移行の効果を完全に残すためには大量のテストステロン投与を継続する必要があるが、そのいっぽうでテストステロンを除去しても思春期はもとには戻らない。月経不順による子宮頸がんの可能性が増し、その結果予防措置として子宮と卵巣の摘出手術の必要を考える人も出る。 ●乳房切除手術(トップ手術) カリフォルニアでは13歳の少女がトップ手術を受けられる。しかし、テストステロンの投与と違い、一度取り除いた乳房はもとに戻すことはできない。授乳機能も失われる。 「いちばんうれしいのは、みんなの笑顔を見たときでしょうね」トップ手術で有名なトロントのヒュー・マクリーン医師は言った。「どうしても手術を受けたいという患者たちがいるのはご存じでしょう。患者さんたちの望ましい結果や、幸せや、安寧がうれしいのだと思います」。マクリーン医師は個人として合計「1000件以上」のトップ手術を行ない、16歳の患者にも行なったと話した。 支持者によると、こうした手術だけが患者を性別違和から救える有効な方法らしい。若い女性たちに男になる機会を――少なくとも、男に見えると確信をいだける機会を――与えなければ、患者たちは悲しみに負けてしまう。 信じられないことに、マクリーン医師もほかのトップ手術を行なう外科医たちも、男だと自認すらしていない生まれながらの女性にも、男になるための両乳房切除手術をしていた。『ノンバイナリー』を自称する人々にも手術を施したのだ。もはや手術の目的は「女性を男性と思わせること」ではない。患者の意思を(たとえ13歳の未熟な子どもの判断でも)をすべて肯定し、違和感を解消してあげることなのだ。 7 わたしたちが子どもにできること ・スマホを持たせない ・親の権限を放棄してはいけない ・子どもの教育の場でジェンダー思想を支持してはいけない ・家庭のプライバシーを取り戻す ・子どもを今のコミュニティから引き離す
40投稿日: 2024.05.10
powered by ブクログ昨年末、kadokawaから出版されようとして活動家や一部のリベラリスト(自称)果ては出版関係者(嘆かわしいことに複数の作家すら含まれる)の妨害活動が起き、それに屈したkadokawaが出版を中止したという曰く付きの本である。「現代の焚書」とすら呼ばれた。 さて、本書を批判する人たちはヘイト本と言い,トランスジェンダーを傷つけ、権利を毀損すると主張している。それは正しいか?果たして根拠があっての主張なのか?出版中止が報じられてから、それを確認したくて原書を購入したのだが(amazonで容易く買えた)、英語を読むのが面倒で放置していたところ、幸い産経が出版してくれた。多謝。 で、内容だがなぜこれがヘイト呼ばわりされるのか?この本で描写されているように、特に欧米でトランスジェンダーを自称する少女が異常に増加しているのはデータが証明している。また、デトランジショナーが存在するのも事実である。活動家たちの「性自認は変化することはない」という主張にもかかわらず。まあ、当事者たる少女たちへのインタビューが無いというのは確かだが、彼女らは未成年だし、そもそも本書はルポルタージュであるので取材対象はインタビューイが選ぶのが当然だろうから絶対的な瑕疵とは言えないだろう。 確かに著者が提言している解決法など首を傾げたくなるものもありはするが、前述した様に本書に書かれている内容自体は否定できないものである。批判者の中には「本書は学術的に全く価値が無く、完全に否定されたもの」と主張する人もいるが、本書の主張を否定するには作者が依拠しているデータが間違っていることを証明するしかないが、そんなデータが示されたことはないようだ。 活動家界隈は本書についても「ノーディベート」を貫こうとしているようだが、かかっているのは「少女たち」の人生であり、政治的な主張のために、それが犠牲にされることなどあってはならないだろう。反対なら反対で議論が尽くされるべきである。「ノーディベート」が許されるような事ではない。
1投稿日: 2024.05.10
powered by ブクログある日突然、自身はトランスジェンダーだと主張する10代の女性が増えている。 そうした少女たちを取り巻く問題について、様々な証言を通して、取り上げている。 読んでいて、決して差別的な本でもないし、むしろ、公平な立場から、問題は問題であると主張している本だと感じた。 実際、10代の少女にとって、テストステロンやトップ手術などは身体に与える健康リスクも大きく、その決断が取り返しのつかないものとなりうることは確かだろう。 (原題の通りIRTEVERSIBLE DAMAGE となりうる) 権利を求める活動は別に悪いことばかりでもないだろうが、 それにより起きている医療的な問題を棚上げにして、それを問題として指摘する本書のような主張が迫害されるというのもおかしなことだと思う。
6投稿日: 2024.05.08
powered by ブクログトランスジエンダーとは何なのか?。著者の膨大な時間と取材により様々な実例を下に考察を深めて多くが少女であると言うことは非常に興味深い。そもそも性同一性障害が進んだものかと思っていたが、これはある種の洗脳なのではないかとさえ思う。トランスジェンダーは・・という前に、アメリカという大国の病というものを非常に強く感じた。教育現場、医療機関など親の知り得ない場所で侵食するイデオロギーは恐怖すら感じた。彼らの主義主張はイデオロギーなのか、金儲けなのか・・。少女達の手のひらに収まるデバイスの先に広がるインターネットの世界の様々な情報の犠牲者。思春期の多感な少女たちを食い物にするために巧妙に仕掛けられた、様々な情報や罠にどう立ち向かっていくか非常に悩まされる内容だ。人の成長の速度とコンピュータの進化のギャップが生んだ悲劇。それを金儲けネタにした仕掛けた人々。 手術にまで至った少女たちを思うと心が痛い。
1投稿日: 2024.05.01
powered by ブクログ角川から出版されるはずが、活動家達の反対により出版が中止されたという話で知り、読んでみた。言論の自由が認められているはずなのに、出版を停止させるって何?どれだけ活動家にとって都合が悪いの?都合の悪さを揉み消しながら"トランスジェンダー"と声高々に叫んでる人たちは、何がしたいの?と思い。 思春期の不安定な時期。体が成熟して乳房が膨らむなど今までと急に変わっていくことに違和感を感じる時期。誰もが通るその違和感の正体を、今の少女たちはSNSやYouTubeなどの影響で、"思春期"だからではなく、自分が"トランスジェンダー"だからと誤認してしまうケースが増えてるらしい。 若気の至りで入れたタトゥーが消えないように、トランスジェンダーになるために手術した体は元には戻らない。 本来の"トランスジェンダー"なら、幼少期から親が気づくような違和感があるはず。そういった違和感やトランスジェンダーの兆候がなかった少女が、ネットで得た情報に傾倒して、自分はトランスジェンダーだと誤認してしまう。 興味深かったのは、今レズビアンである少女はいなくなってきていて、代わりにトランスジェンダーが増えているとのこと。 幼く、まだ自分のことや世の中のことがよく分かっていない少女たちが、"トランスジェンダー教"により、取り返しのつかない始末になっている。タチが悪いのは、"あなたはトランスジェンダーではない"と正してくれる親のことを耳を傾けない親と決めつけ、そんな親とは絶縁すべきだと洗脳し、実際に親との縁を切らせるところ。ますます少女の周りはトランスジェンダーやトランスジェンダーに傾倒した人だけになり、宗教のようにどんどんハマっていく。行き先は沼。 "トランスジェンダー"が増えているおかしな社会現象に、私の周りの大事な人が巻き込まれないように、おかしな流行りが早く収束し正常に少女たちが判断できるようになるといいが... "トランスジェンダー"と叫ぶことで正当性を主張する性犯罪者も増えている。性犯罪者を指摘しても、指摘する方が差別だと法律で罰せられる。世界が歪みすぎでないか?
3投稿日: 2024.04.27
powered by ブクログ時は2010年代。トランスジェンダー、性自認が肉体の性と異なる感覚を抱いていると主張する人が、特に欧米の、未成年の少女の間で急増していることがわかった。理解が広まった結果なのであれば喜ばしいことだが、調査を始めると、全く別の、社会全体に関わる重大な問題が顕になってきた――。 少女たちが自ら望む "Irreversible Damage――回復不能な損害" とは。 本書を短絡的にジェンダー/トランスジェンダーの問題に分類すれば、必ず問題の本質を読み誤る! 少女たちの "流行" の実態を明らかにし、ジェンダー思想と性自認の実情、思想と彼女たちを政治的に利用する人々、そして副次的に "キャンセル・カルチャー" の問題まで社会に突きつけた衝撃のルポルタージュ。 本書で示された問題が解決したとしても、内面にある真の問題を解決しない限りは、似たようなことはこれからも、何度も起きるのでしょう。第二次性徴期/思春期を迎えた子と親に読んでほしい。 なお、原著の刊行は2020年で、作中で紹介された問題や課題、用語を英語で検索すると、2024年現在、ディトランジショナー(性別移行のプロセスを中断したり元々のジェンダーに再移行した人)らが性急な性別移行の危険性を訴えたり、WHO(世界保健機関)がケアの対象を成人に限定することを求める見解を発表したりするなど、行き過ぎたトランスジェンダー称賛に対して社会全体で揺り戻しが進んでいることを確認できる。 "トランスジェンダー/Transgender" "ディジスター/Desister" "ディトランジショナー/Detransitioner"
1投稿日: 2024.04.27
powered by ブクログジェンダーについて関心があったのと、話題になったので読んでみた。 今アメリカで起こっていることを全く知らなかったため驚いたし、怖くなった。この本が出版取りやめになったままだったら、知ることがなかっただろう。日本だって他人事じゃない話。正直読んだとて、難しいことはわからないままだが、読んでよかった。
0投稿日: 2024.04.27
powered by ブクログアメリカのジャーナリスト、アビゲイル・シュライアーが、アメリカの十代の少女を取り巻くトランスジェンダー関連の状況についてレポートした本。ここでいうトランスジェンダー状況とは、ホルモン注射や外科手術も含む。トランスジェンダーとしてホルモン注射や外科手術を受けた少女や家庭へのインタビュー、インフルエンサー、医療業界、学校関連、トランスジェンダーとして生活している人々、それぞれにしっかりとインタビューしており、それだけでも、著者の並々ならぬ苦労がしのばれる。 以下、箇条書きとなるが、感じたことなど。 ・本書は十代の少女にどう向き合うかの方が主題だと思う。原題は「不可逆的なダメージ」であり、キャッチ―なタイトルとして「トランスジェンダー」の言葉が先行しているが、「十代の少女はなぜトランスジェンダーに向かうのか」と「少女」を主語の方が正しいと思う。 ・昔からある思春期の少女の揺らぐ気持ちや不安感、それと苦しみながら向き合うことで成長するところを、安易にトランスジェンダーという解法を用意してしまう風潮。トランスジェンダー仲間を増やす手段としているように見える。 ・トランスジェンダー「活動家」が学校、医療の現場に対して影響を持ってしまい、漠然とした不安感の原因として提示されたトランスジェンダーではないか、という考えを煽り立て認めてしまう状況。これは昨今の個人の感情を優先する風潮や、子供を叱らない状況が加速させているのではないか。 ・医療業界もホイホイホルモン注射や外科手術をやってしまう状況。ポリコレ棒で殴られて最悪職を失うことを恐れているのではないか。 ・個人的にはダイバーシティの「みんな違ってみんないい」は正しいと考えている。他者との違いを否定せず認めるのが知だと思う。それなのに、なぜトランスジェンダー「活動家」は僅かでも考えが異なるとトランスフォビアのレッテルを張り排除しようとするのか。好意的に考えれば、今まで迫害されてきたため、攻撃的になることで自分のアイデンティティを保たねばならない(黒人のラップのような)というのがあるのかもしれないが、錦の御旗のもとに他者を屈服させたい人々が集まっているのではないか。 ・後半の章に登場するトランスジェンダーの人達は、手術を受けるまで十分に考え、かつ少女たちに対して、安易にホルモン注射や手術を行わず、慎重に考えるようにと述べており、とても好感が持てる。 ・大人世代は子供(十代は子供だ)の悩みを受け止めて、ともに苦しみながら悩みに向かい合うのをサポートするのが責務ではないのか。それを全面肯定して不可逆的な道に安易に導くのは責務の放棄としか考えられない。子供が本当にトランスジェンダーで、ホルモン注射や手術が最良の手段だったとしても、安易に結論に飛びつく/飛びつかせるべきではないだろう。「悩みに向かい合う」その過程こそが人間の成長させ、それを手伝うのが大人の責務であろう。
0投稿日: 2024.04.17
powered by ブクログ抗議が集まって一旦出版が取りやめられたことで話題になった本。思春期になって訴えられる性別違和についての診断は慎重にしましょう、取り返しのつかない処置は特に、という主張で、拍子抜けするほど穏当。カルトへの傾倒や、HPVワクチンによる症状と同様、思春期から青年前期の苦しみをどう受け止めるかが問われている。
0投稿日: 2024.04.15
powered by ブクログKADOKAWAを脅して一度は焚書に! 次に産経新聞出版や全国の書店にテロ予告までして葬り去ろうとされた話題の本 この本が出版されてそんなに都合が悪い人は誰なの?って考えてしまう 全く差別本ではありません 当事者への非難はありません 社会を揺るがす悲劇を克明に綴り、社会の歪みに警鐘を鳴らすルポルタージュです 米欧の少女達の中での"流行"がトンデモナイ事態に アメリカではジェンダーイデオロギーの浸透に「いじめ防止」というレトリックが使われたらしい しかもそれは(活動家にとって)上手く行き、学校が治外法権の洗脳場となったらしい(怖い) 日本も対岸の火事ではない この本はトランスジェンダー当事者を1ミリも差別してないどころか、そのことについてよく理解できる内容です あわせて"'活動家"の手口とレトリックを一つ一つ明瞭に説明されています このことから"焚書"事件が起こったのだと納得しました 活動家にとってはチューチューモデルの手口がバレてやりにくくなるから死活問題です そのためテロ予告をしてまで出版を止めたかったのでしょう そして一番忘れてはならないことは、こうした活動家が騒ぐことで一番迷惑しているのが本当の当事者達であるということです
13投稿日: 2024.04.14
powered by ブクログむしろ岩波明先生の解説が興味深い。「DSMにおける診断名や診断基準の内容が純粋な医学的なデータというよりも、社会的・政治的な要因に影響されることがみられている。たとえば、最近では「アスペルガー症候群」という診断名が、この疾患の提唱者であったハンス・アスペルガー博士が第二次世界大戦中にナチスドイツの協力者であった可能性が指摘されたことによって、DSM-5の診断名から削除された」みたいな。
0投稿日: 2024.04.13
powered by ブクログ本書の刊行に関する政治的なゴタゴタはともかく、帯にあるとおりヘイト本ではなかった。むしろ、都市化による個人の孤独化やSNSによる子供への精神的な影響、実体を無視して暴走する観念、ネット上でカルト化する人権運動、資本主義経済が倫理を踏み潰して暴れている様などが読み取れるアメリカ現代社会の病理を描いたルポとして非常に興味深い内容だった。トランスジェンダリズムの流行とは現代社会の問題点が集約された社会現象だったのだなと改めて思わされた。 現在アメリカで「トランスジェンダー」を自認する人の多くが、かつて性同一性障害と診断されてきた人々とは違って、思春期に突然性別違和を感じはじめた少女たちだと言う。本書は彼女たちがそこに至った経緯を多数の専門家や証言、データにより分析している。読んでいるとこれは一部の子供だけの問題でないのがよく分かる。 現代の子供達は思う以上に孤独だ。だからこそSNSやインターネットで見聞きしただけの「望めば異性になれる」などというファンタジーにも容易にかぶれてしまう。 大人の自分なども、デバイスのモニターを見つめていると体も周囲の世界も消えてなくなるような感じがある。存在するのは観念ばかりだ。だから誰でもその気になれば犬にも猫にもなれるし、バーチャル・アイドルや老婆にだってなれる。そんな環境にどっぷり浸かれば、自我の危うい子供たちが現実と仮想現実を混同するのも仕方ない気はする。 しかもモニターの向こうにあるSNSとは終わりなきバーチャル戦争の最前線でもある。少しのスキも見せられない。どこかのグループに属して安心を得たくなるのも分かる。共通の「敵」を攻撃することで絆(オキシトシン)は強まるし、快感(ドーパミン)も得られる。 これが現代の子供たちが置かれている生存環境だ。体を動かしていないから一見楽そうに見えても、メンタルヘルスの面から考えるとかなり過酷ではなかろうか。現実から遊離しているせいで確固たる自分は永遠に掴めず、自分が何ものなのかも分からない神経症的不安を生き続けねばならないのだから。 大人にしても状況は似たようなもので、子供時代に泥まみれになって走り回ったり、青年期に他者と肉体を通じて交流した経験がある分だけましとはいえ、カルト的なものにハマる孤独な中高年も多い。インフルエンサーや活動家が唱える教義に熱狂し、大金を吸い取られ、手術の傷跡を誇る「トランスジェンダーになりたい少女」は過酷な社会状況を生きる大人たちの縮図でもある。 本書にある、娘が突然「トランスジェンダー」になってしまった親たちの苦悩はカルト教団に娘を取られた人と全く同じで色々興味深かった。敵と味方しかいないカルト的世界観に洗脳されると人は家族や友達を毛嫌いするようになり、グループにとじこもる。積極的に家族と縁を切らせるのからしてまんまカルトのやり方であり人権運動とは異質な力学を感じる。 昔は、思春期の少女たちが自分の体を否定したくなるのは特別な証拠でもなんでもない、ごく普通の成長過程だった。ただでさえ肉体の変化が激しいうえに性暴力の被害者になりやすい年代でもあるから「女でなくなれば安全かもしれない」「女になりたくない」と思っても不思議ではない。 その上、自我が成長する時期というのは、人と違った自分というものに価値を見出しがちな物でもあるから、自分という人間は他の平凡な女の子たちとは違う進歩的な「トランスジェンダー」「LGBTQ」なのだ、と言いたくなる気持ちも充分共感できる。 ただ、昔から、「私」ではなく「僕」と自称しはじめる思春期の少女は一定数いたものだし、それで差別されるわけでもなく、それぞれ社会となんとか折り合いをつける過程でいつのまにか消えている一過性のものだった。おばさんになってまで「僕」で押し通している人なんて見た事も聞いた事もない。 そうしたありふれた揺らぎの中で悩む子供たちを、周囲の大人や、ちょっと年上の子たちが軌道修正してやれないというのはコミュニティの弱体化の現れではないかと思った。共同体が個人にもたらす情報は言葉だけではない。他人の背中からも人は学べる。そうした言語化不可能な学習の機会を子供たちは失っている。子供だけでなく、今や孤独な都市生活者が見つめるのはデジタル情報だけだ。だからそれらを本物の友達や家族のように感じてしまう。これはカルトが蔓延ってしまう要因でもある。 しかも今は一過性の「僕っ子」ではすまされないから事は深刻だ。 本書が書かれた当時のアメリカでは、少女が「僕は男だ」と言って男服に身を包んだら、「トランスジェンダー」とか「ノンバイナリー」などという輝かしい名札が速攻でつけられ、医師やセラピストや教師といった現実の権威からお墨付きをもらえるという。 そのまま「ジェンダー肯定治療」という名の、一生終わらない医療ルートに乗せられたら最後、身体の永続的な損傷と高額な支払いという高い代償を払うことになるが後戻りはできない。後悔しても泣き叫んでも誰も責任は取ってくれない。切り取られた乳房も子宮も、女性らしい声すら当然ながら戻ってこないのに。 そうした囲い込みとルートがすでに教育、医療、経済、政治システム上に出来上がっているというのだから、現代アメリカで思春期を過ごすのは大変なことだなと思った。とんでもないなと。 もちろん当事者にとっては一種のコーピングとして一定期間は機能するのだろうが、払う代償があまりにも高すぎる。ボディーピアスやタトゥーどころの話ではない。たかが思春期のゆらぎで不妊手術をするなどあってはならないことだ。 本書では何度も「ヒポクラテスの誓い」という言葉がでてくるけれど、これは医療倫理の問題でもあるだろう。 幼少期から続く強い性別違和に苛まれ、ホルモン剤や手術によってしか緩和できない苦痛を感じている人たちと、思春期に突如「性別違和に目覚める」少女たちは別の苦境にいる。同じ治療法で良いわけがない。人権問題についてもまた然りである。 そこをしっかり判断するのが専門家の仕事なのに、本来責任を取るべき専門家が集団でほっかむりしている。得をするのは誰なのか。少女たちをお金儲けのネタとして切り刻むベルトコンベアーに乗せたいのは誰なのか。これは一般に言われるような人権問題ではなくて、都市化がもたらす孤独と行きすぎた資本主義が生み出した悲劇ではなかろうか。 トランスジェンダリズム思想の活動家たちが本書を激しく攻撃したのもむべなるかなという内容だった。
5投稿日: 2024.04.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本書のテーマはネットからの情報に影響を受けた思春期の少女たちの悲劇という内容。スマホなどのネット環境から隔離すれば、(スマホを取り上げるなど)すれば、カミングアウトする子供たちはぐっと少なくなるだろうというひとつの提案が示されていた。いずれにせよ、"彼ら"はこどもなのだから、親がしっかりすべきだという結論になる。手術に失敗したり、「あのときなんで手術をとめてくれなかったの!?」とひどく後悔している元子どもたちが大勢いるのだから……
0投稿日: 2024.04.07
powered by ブクログ日本での刊行にあたり発売が、反トランスジェンダー本で有害だからという理由で抗議があがり、一旦中止に追い込まれた本書。反トランスジェンダー本でもなんでも無かった。アメリカでも日本でもどこでも有害な活動家(医者をはじめとする専門家も含む)はいるし、彼らを信じて感情的になり事実に目を背ける大衆がいる。本書が日本でも刊行され書店で手に取ることができ、読むこと、知ることの権利が奪われなくて本当に良かった。性別違和、急速発症性性別違和(RODG)に悩み性別適合手術(乳房を切除するトップ手術)を受けた後に、自らの選択、行動を後悔している彼女(少女)らの心のケアは誰が行うのだろうか。日本での本書刊行に反対した人たち(書店員もいたそうだが)は本書を読んでどのような感想を持ったのか?お聞きしたい次第である。まあ、彼ら彼女らが全うな理性を持っているとは思えないのだが…自らもこのような態度を改めて戒めなければならないとつくづく思いました。
14投稿日: 2024.04.06
powered by ブクログ話題の本なのでとりあえず読了。 正直な感想としては「焚書」と呼ぶほどのものか?といったところ。 話題かどうかを気にせずこの本を手に取ろうとした多くの人はおそらく「トランスジェンダー」という言葉に惹かれたのだろうと思う。実際に私もそうである。だが、この本のメインは「トランスジェンダー」ではなく「少女」であるということをこれを読もうとしておる人は頭に入れておいた方が良い。なぜなら、この本ではトランスジェンダーであること自体を批判しているわけではないからだ。著者がこの本でターゲットとしているのは「幼い頃は女の子らしい女の子で性別違和などなかったのに思春期になってからSNS上の誰かに感化され自らもトランスジェンダーだと名乗るようになった少女たち」である。それ以外である大人のトランスジェンダーや小さい頃から違和感を感じていて周りもそれを認知していた子は最初からこの本の対象ではない。 私がこの本を読んで感じたことは思春期というものは実に厄介であるということだ。身体と精神の両方が大人に向けて成長していくこの時期は「何者かにならないといけない」という気持ちが常に少年少女を苦しめる。それは職業や大人への成長という意味合いもあるが男女のどちらかの性別に体が変わっていくという意味もある。髭が生えたり胸の膨らみがでたりと身体的な性別にそった成長が子供というあやふやな性別から男性・女性というハッキリとした性別へと変わっていく。そうした中で突然「何者でもない人気者」が自分の前に現れ、自分もそれになれるかもしれないとわかればそれに飛びついてしまうのも無理はないだろう。 これらの解決策の一つとして「SNSを強制的に辞めさせる」を著者は挙げていたが情報社会となったこの世の中で周りに取り残されたくない、孤独でありたくない若者には難しいのではないかと思う。
7投稿日: 2024.04.05
powered by ブクログ2530 今月の大会は富山県なんだけど、富山県の高岡市ものづくりの街らしいから楽しみ。 アビゲイル・シュライアー(Abigail Shrier) 独立系ジャーナリスト。コロンビア大学で文学士号(Euretta J. Kellett Fellowship)、オックスフォード大学で哲学士号、イェール大学法科大学院で法務博士の学位を取得。2021年にバーバラ・オルソン賞(ジャーナリズムの優秀性と独立性に贈られる)を受賞。また本書はエコノミスト誌とタイムズ紙(ロンドン)の年間ベストブックに選ばれた。
0投稿日: 2024.04.03
