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本の読める場所を求めて
本の読める場所を求めて
阿久津隆/朝日出版社
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総合評価

42件)
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    前書きからもうずっとおもしろい。そして共感しかない。 周りに人がいないのを確認した上で、分かる、分かるわぁと声に出しながら読んでる。 そしてこの人の文章、おもしろい。 「なんでぼくに聞くんだろう。」の著者(幡野広志さん)と似た空気を感じる。もしくは、もっと練度が高くなると、しいたけ.さんのような。こういう人の書く文章がもうほんとに大好きだし、こういう文章が綴られた本はそれだけで大当たりだから、この本をどこで読もうか、と思った。 最初はトイレでぱらりと開いた。おもしろくて、あっという間に35ページ読んだ。その後にじっくり腰を落ち着けて向き合いたかったから、公園まで歩いてみた。たまたま天気が良かったのと、平日で人が少ないので、とても集中して読めた。 本を読む感覚、図書館やカフェでの居心地の悪さ、本を読む場所を求めて思いつく場所に対しての考察がいちいち私のツボに刺さる。もう私がなんとなく感じていたモヤっとした感覚を全部上手いこと言語化して書いてくれてるものだから、ほんとに「そうそう!」しか出てこない。 第1部を読み終えた。 もうまんまとフヅクエに行きたくなった。案内書きを読んで、うわあもうこんな嬉しいじゃないか、本好きが行くお店で、案内書きとメニューが小冊子のような仕立てになっているなんて、最高じゃないかと思った。 だけど、前に著者が本の中で紹介したお店に実際に行きたくて調べた時、もう既に閉店してて悲しい気持ちになったことがあるので、フクヅエを閉店してたらやだなーと思いながら調べたら、あった。しかも3店舗。 あいにく東北住みで東京近辺にはそんなふらっと立ち寄れる距離じゃないけれど、いつかいろんなジャンルの本を10冊とかごっそり持って行って、フクヅエで心置きなく本を読んでみたいなと思う。 そして料金体系が、どうして2000円前後に収斂されるのか、その仕組みはよく分からないけど、「ドリンク1杯で何時間もカフェに居るのはな…」「なにか追加で注文して売上に貢献しなきゃ…お腹すいてないけど」といったあのモヤモヤを感じずに心置きなくゆったり過ごしてください、とお店側から言われるのは、もうほんと第1部で言っていたことを体現してて素晴らしいと思った。 案内書きを、「この場所で過ごすあなたの時間が豊かなものになりますように」の言い換えだという表現も素敵。 あ、ただ、花粉症なので花粉のシーズンは避けて行かなきゃな。鼻水のスンスンという音が絶対迷惑になるわ。 読み終えた。 最初、目次を見た時は短いと思った。大抵本の目次って2、3ページに渡って書かれるものだから、こういう本にしては小説くらいのコンパクトさで、2度見してしまった。 最初は題名のとおり「本の読める場所を求めて」既存の場所についてあれこれ難癖を付けていく。難癖と言っても、満足にどっぷりと本に浸りたい、そういう読み方をしたい時には気になるポイントが逐一言語化されて書かれていて、そうそう!そういうとこが気になるの!と共感しっぱなしだった。 間に著者のお店、フヅクエの案内メニューが挟まれ、その内容に感嘆した。 その後はフヅクエをただの一つの店舗として見るのではなく、本の読める場所を広げていくムーブメントとして、他の案の提案と共にどうしたら本を「読む」ことが尊重され、広めて行けるか、を書いていた。 著者が言うように、本はどこでも読める。いつだって読めるし、小学校で文字を習ったあとなら誰でも読める。だからこそ、その余りの手軽さに本を読む専用の場所を作ろうとは誰も思わなかったんだろう。 軽んじられていた。フヅクエの存在を知って、まんまと行きたくなった。 ちなみに本は誰でも読める、というが、識字障害のある方や、活字の羅列が苦手な方、スマホに浸かりすぎていて「じっくり文字を追うこと」が苦手な状態の方、著者が書き連ねた言葉の間に宿る空気(行間と言いますね)を感じ取ることが出来ない状態の方がいる。ひとくちに「本を読む」と言っても、誰でも出来るとは簡単に思いすぎだし、上記に当てはまらない、このブクログを使用している人達のような本好きの人でも、本にどっぷり浸かれる空間はそう多くない。指摘されるまではただの自分のわがままだと思っていたが、日本の社会全体が(主語デカすぎ?)、「本を読む」という行為を軽く見すぎていると分かった。 追記。 この本の装丁デザインが意外と好き。抽象画?になるのかな、こういうの。 無機質っぽいのに暖かみがあって、きっとクリームがかった色あいの紙が背景にあるからなんだろうけど、本文の面白さを全く邪魔せず、無駄に増幅もせず、スっと本の中身に入っていける。意外と装丁のデザインって本文に影響することが多くて、ライトノベルなら登場人物のイラストとか、単行本の小説もお話しに関連する物が出ていたり、ビジネス書とかだと、もう店頭で「我こそ手に取って読め!!」と主張しっぱなしの強強デザインだから、長時間見ると疲れてしまうのよね。 小説でもビジネス書でもないけど、この本の本文がとてもおもしろいから、装丁のデザインで中身に影響を及ぼされなくて良かった。とっても素敵。

    2
    投稿日: 2025.10.30
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    本を外で読むって意外にハードル高いんだよね〜、 に込められた数々の葛藤を言語化してくれている本。 こんなお店が増えていったらいいなぁと本気で思ってる。

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    投稿日: 2025.10.25
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    フヅクエという本を心地よく読む為だけの喫茶店に魅力を感じた。 本は何処でも読めるが空間を意識した極上の体験として捉える事がなかったのでこれからこの様な場所が増えてくれればと願う。 他者から見た読書する姿は嫌煙されがちという考察も面白かった。読書には有無言わせぬ雰囲気が漂っており、スマホやPC作業者とは違うオーラわ、放っているらしい。 これから喫茶店で読書する際の心構えや気遣いの大切さが学べて良かった。

    0
    投稿日: 2025.09.23
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    とても良い読後感。本を愛する人、読書を愛する人に向けて「僕もだよ。僕も読書が大好き!貴方もですか?一緒ですね!嬉しいです!」と幸せを振りまいてくれているような本だ。 文字の流れに浮かんで行間に沈んで時折本から目を上げて一人現実に戻るような読書を愛する人達への本。全体的にそれは感じていたのだが、特に実感したのが、あとがきにこの本を読んでいる人間が発行からどれ程後にこの本を読んでいるかわからないからこそ、発行時(2020年)の著者から今現在の読み手へのコメントがある事。 書き手と読み手との時差に思いを馳せるのも読書の楽しみではある。手元に置いておきたい本かも。でも物語ではないので読み返すというのともなんか違う。友達にそばにいて欲しい感覚に近い。ねえ、こんな本読んだよ、といったらどれどれ?と興味を持ってくれる友達になってくれそうな温かさに溢れてる。 いい本読みました。

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    投稿日: 2025.06.28
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    最初は自意識をこじらせたような文体に戸惑った。読書に対してナイーブすぎるとも。 日常生活の細々したことを意識してしまうせいで読書が中断される話が出てくる。 我が身に置き換えて考えると労働さえなければ読書はいくらでもできると思う。労働のせいで自由な時間が制約されるし、やることが増えるし、読書中も頭の片隅から消せない。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』もそういう内容だった。 本を読める理想的な店ってどんなだろうと考えるとたしかにフヅクエみたいなあり方になるのかもしれない。オーダーごとに小さくなっていく席料はいいアイデアだと思った。 読書は孤独な行為、それをフヅクエという場があるおかげで見知らぬ他者と結託できるのは心強い。 いつかお店に行ってみようと思う。

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    投稿日: 2025.05.19
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    確かに本を読みたいからと外に出ても、じっくり腰を据えて…とはなりにくい。 自分が気にしいだからかもと思ってたけど、予想外・想定以上のことが多すぎて疲れてしまう。 かと言って自宅だと誘惑が多いし、生活音が気になるし。 本を読み終わったあとの「本を閉じて顔を上げて、ふーと一息つく」瞬間が大好きだから、その瞬間をfuzkueさんで迎えてみたいと思った。 会話のない読書会、いい!これ私も参加したい。

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    投稿日: 2025.03.08
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    ないなら作ってしまえの精神。 著者のいうこと、よくわかる。 わかるけど…。 程度は違うけど、私が喫茶店等で本を読むときに感じることそのままで、私はそこにある騒音を含めて喫茶店での読書だと思っているけど、やっぱり初めてのお店は、読書して迷惑かけたらどうしようと気にしてしまって、勇気が必要になる。 1回の注文でいつまでいていいのかは私もよく悩むし、ここで本読んだら場違いじゃない?と恐れおののくこともある。 本とたくさんであえる図書館も、自館の資料以外の読書についてどう思っているのかは…少なくとも利用者には届いていないように思う。 そして、おしゃれ演出システムとして本を使うのにもやもやするのも、またよくわかる。 ただ、私はそこまでの完璧を求めていない、そこまで完璧に整えなくても本が読める。 でも著者はそれじゃ満足できない人なんだ。 ないものは作ってしまえ。 だけど、作っちゃったら管理する人が必要。 自分が管理者になってしまったら…やっぱり本読めなくない?と思うけど、そこは上手く捻出しているっぽい。

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    投稿日: 2024.12.07
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    気軽に本を読むことの難しさ。 自宅や図書館、コーヒーチェーン、個人喫茶等々、読書に向かうまでにその人の生き様を読み取れると感じた。 私はどこでも本を読め、コーヒー代や席代を払うなら図書館で十分というケチ症ではあるが、フヅクエを自分へのご褒美として、いつか利用してみたいと思った。

    0
    投稿日: 2024.09.16
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    本を読むという個人的活動は、わたしにとって日常以外のなにものでもなくいつでもどこでも読めるし読む。 他の人の本を読むということを覗かせてもらえて、非常に興味深かった。 実際の案内書きが挟み込まれているのがとても良かった。お客さんとして初めて行ったら、と気持ちと雰囲気のシュミレーションができた。

    0
    投稿日: 2024.09.08
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    だいぶ共感できるところが多かった本。 自分自身は、そこまで「本を読む環境」にこだわる感覚は筆者ほどない(すぐ妥協する)けれど、たしかにシチュエーションと読書体験がマッチしたときの幸福感はわかるし、それを阻害するものに敏感になる感覚もわかる。 おそらく社会の多くの人からすると「読書体験を求めてこじらせすぎ」に映るのではないかと思う。帯にある片桐はいりさんの「書を携えて、街に出る。人が人といてひとりになるためにいはこんなすったもんだが必要なんですね」というコメントも、「ぶっちゃけ呆れてんじゃん?」と思ったりもした。 が、筆者はそんなこと十分にわかっている。わかっていて、その上で、自分のように読書を大事に死ている人のために、自分が良いと思う場所を作ることに心血を注いで来たのだと思う。 その過程での思考プロセスをひとつひとつ丁寧に言葉にしていき、トレースすることで、より共感度が増した。 ややこじらせたような文体であえて書いていて、「こんなに読書にこだわっちゃう自分」を言外に皮肉るような雰囲気もあるが、それがユーモアとなっていてそういうところも共感できる感覚。 フヅクエぜひ行ってみたいな。

    2
    投稿日: 2024.06.09
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    本を読むという行為を丁寧に掘り下げた本。 楽しみを最大限にするためにどうしたらよいのか。 ブックカフェなど、一見、本を読むためにあるような場所がもつ問題点、 少しのきっかけで台無しになるデリケートな読書という行為から、 邪魔になる要素をどれだけ排除できるか。 物理的・心理的なものひとつひとつを検証し、先回りして深く考察し、たどり着いた店のあり方。 あらためて、本を読むという行為を考えた。 本があればいいだけ、ひとりの世界に入ってしまうこと、 同じものを同じ時に読んでいても同じところとは限らないこと。 深く気づきの多い本。

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    投稿日: 2024.04.25
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    頭がもげそうになるくらい、頷きたくなるような本だった。 ただ楽しみたくて、その世界に浸りたくて読む。 何処でも読書なんてできると思われがちなゆえに、蔑ろにされやすい読むという行為。 大切に、贅沢に、自分を労り、本を敬う。 その姿が「まるで祈りのよう」で、「本を読む人は美しい」と感じる著者の、どこまでも純粋な読書への愛こそが、美しいと感じた。

    2
    投稿日: 2024.03.20
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    フラッと入った「おひとりさま専用カフェ」の案内された席の目の前にあった本棚で出会った一冊。お店にいる時間内では完読できなかったので、後日図書館で借り直した。 「フヅクエ」というカフェのオーナーさんが、自宅外での読書環境を求めて右往左往する話、どういった経緯でお店を始めるに至ったかといった話や、どうやってお客さんに読書に合った環境を提供し、楽しんでもらいながらお店の利益を出すかといった経営面での話もざっくばらんに書かれている。 実際に来店すると出される案内書き(ルールブック的なもの)も、すごい長文なのだが読むことができる。13,000字ほどあるらしい。フヅクエに敢えて行きたいような人にならごく当たり前の内容かと思うし、読み切るのも特段苦にならないと思う。興味深い内容だった。 著者さんが特定の書店で本を買う話。これは私もそうで、繁華街の大型書店より、最寄り駅前の書店で買うようにしている。ここの本屋さんがなくなると、家から徒歩で行ける本屋さんがなくなるので、使える金額は少ないながら、せめて買い支えたい気持ちがあって、そうしている。 あとは、チェーン店のありふれたカフェより、「おひとりさま専用」とかの特色があるカフェを敢えて選んで行ったりもする。 お金を使うというのは、単にモノやサービスを受け取る手段でもあるけど、好きな物事やお店がこの先も続いてほしいと願ってする投票行動でもあるのだなーという気づきが得られた。特に深く考えていなくても、ポリシーをもってお金を使っているのだな。 子どもの頃、なんぼでも家で本が読めたのは、家事は親がしてくれて、昔だからスマホはないし、没頭できる環境が揃っていたということでしょう。 今は家で読書しようとすると、途中途中で何かやること(ちょっとした家事とか)が発生したり、子どもが呼んできたり、さっぱりです。かえって通勤中の方がよく読める。 東京から離れたところに住んでいるので、なかなかこちらにフヅクエが開店することは難しそうに思いますが、せめて環境を整えて「自宅フヅクエ」ができるようにしたい!

    3
    投稿日: 2023.10.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    第一部はそれなりに面白く読めた。第二部からは著者がオープンさせたお店の話で、その強い思いが伝われば伝わるほど、私の中の読書スタンスとずれが生じ、残念ながら興味が薄れていった。とはいえ、読書する場所を切に求める人にとってはたいへん貴重で得難い場所だろう。同時に、読書特化型のカフェを必要とするほど読む場所に不自由を感じていないのは、たぶんありがたいこと。(図書館本)

    2
    投稿日: 2023.10.09
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    再読。読んでは行きたくなる場所、フヅクエ。最初に行くときは、体調や気持ちを整えて、じっくり読む本を見繕って、予約もしちゃおうかな。と気持ちだけが昂る。住まいからちょっと遠いので、まだ憧れの場所のまま。再読したら、あぁ、ここで働きたい。こんな店をやりたいという気持ちが強くなった。年齢的に現実になることは無いのだろう。でもそんなお店を東東京でやりたいなぁという気持ちはある。自分では難しいから、新店舗を東東京側に出してくれないかなぁとも。今年中にとにかく1回行ってみよう。

    0
    投稿日: 2023.09.06
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    ネットでフヅクエの画期的な仕組みを知り、この本に辿り着いた。期待以上におもしろかった!本好きと、業種を問わず経営に携わる方にはぜひ読んでほしい一冊。自分がお店を持つなら、いい人が損をしない仕組みを作りたいと強く思った。 いつか地方にもフヅクエが出来ますように!

    0
    投稿日: 2023.06.03
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    自ら喫茶店経営しているからか、すごく、払ったお金と居られる時間を気にしている。カフェ、喫茶店。僕は1杯のコーヒーで8時間いる人間なので、なんか不思議だったよ。過敏すぎるとも思った。ちょっと怒られそう。 非常に若書きな感じがした(35歳)のと、アンチがいたら直ぐに付け込まれるような危うさ、それに対する無防備さを感じた その執拗なまでのその場所にいることが妥当か不当かという神経質な論議に疲れてしまい、挫折した。 テーマが面白そうだっただけに、残念です。

    0
    投稿日: 2023.06.03
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    思いと強さと、理想の素晴らしさ。こういう場所私も作りたいと思った。「場づくり」がしたいと改めて思えた本。

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    投稿日: 2023.03.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    フヅクエ阿久津さんの日記はどちらも読んでいたところ、気になっていたこちらも読み終えました。阿久津さんはきちっとロジックを詰めていらっしゃってでもそれがひとに押し付けるような苦しいものではない。映画館や野球場があるのなら「本を読むための場所」があってもおかしいことではない、まったくそのとおりだった。みんなハッピーならいいけれども、そうじゃなくていい、という潔さにどこまでもついていきたい。あと、ブックカフェの違和感について、言語化していただいてありがたい気持ちです。 引用してらっしゃった江國香織の小説はわたしも好きな場面。読書というのは排他的な行為。 個人的には、雑に使えない場所(意訳)というのに納得。何度かフヅクエには足を運んだが、数日前からわくわくしつつ、「今日はフヅクエ行っちゃうぞ〜」そんな気持ちでいつも、ちょっと緊張しつつも行っている、そんな場所。 あとがきの、本と自分の記憶を書き連ねる部分には目頭が熱くなってしまう。わたしも今まで読んだ本とその記憶について思いを巡らせてしまいました。 これからも、ただでさえ楽しい読書をもっと、楽しんでいこう、そう純粋に思える本です。

    1
    投稿日: 2022.10.08
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    街に本を読む場所がない話は、その具体例も含めて大いに賛同。 だからこういう店(fuzkue)始めましたとなると、360度どこにもスキがないようにするためか、具体例がくどくも感じた。でもやっていることには賛同。 本を読むことに真摯な姿勢が心地よい。

    0
    投稿日: 2022.09.17
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    フヅクエがなぜできたのか、どんなものを求めてどんな場所になっているのか 本を読む場所の必要性に共感。 読書は、わたしにとっては極めて個人的な作業なんだけど、なんなら読書している姿を見られるのもあまり好きじゃないけど。 今年中には、絶対行ってみようと思った。 何を読みに行こう? 楽しみができたおかげで、秋冬の重めな仕事も乗り越えられるかなー

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    投稿日: 2022.09.10
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    落ち着いて本が読めるようなお店がしたいと思い 本当にそういうお店「fuzkue」を作った 店長さんのおはなし。 長居をする、ノットイコール利益が出ない。 そうじゃない経営を考え出すのが 大変だったことも書かれています。 そういう場所を求める人がいて 提供してくれる店主がいる。 選択肢のひとつとして長く続くといいな。 ちなみに、私自身は 周りに音があっても平気どころか むしろあまりに静音のほうが 落ち着いて読めない性質です(笑)

    1
    投稿日: 2022.04.02
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    本の読める店『fuzkue』店主阿久津さんの本。 『fuzkue』は説明するのがなかなか難しいのですが、本を読むための環境に特化したお店。 初台店からはじまり、現在、下北沢と西荻窪にも店舗がある。 本を読むための店だから会話は原則禁止。 PCやペンの利用も制限される。 ドリンクや食事のほか変動性の席料があり、だいたい2000円前後の利用料金となる。 ⁡ この「本が読める店」がどのようにして生まれたのかをつづったのが本書。 ⁡ ブックカフェは「本のある」カフェであって「本を読む」場所ではない、というのは残念ながらその通り。カフェによっては「本と出会う」場所ですらない。 前半でボロボロに言われているのはBrooklyn Parlorだと思われますが、オシャレなライブハウスか飲み屋みたいなところだから、ひとりで本を読んでいたら居心地がいいわけがない。 基本的にオシャレなカフェはおひとりさまに厳しいのだ。 ⁡ コロナのおかげで会食が制限されておひとりさまが増えたとはいえ、会話をするためにカフェにくる人は多いので、カフェで落ち着いて本が読めるかどうかは運次第。 (ドトールでよく見かける恋愛目的ではない出会い系?とか、意識高い系サークル?はほとんど私の敵。スタバだと本当に確率が悪い。) ⁡ 「本が好き」という言い方も昔からあまり好きではなく、「(自分の好きな、興味がある)本を読むのが好き」なのであって本ならなんでもいいわけではない。 ちなみに本の物理的な形とか「本がある空間」はブックカフェも本屋も好き。中野東図書館の壁面本棚は全然あり。 本を読むのが楽しいからやってるんであって、「読書のメリット」とか「頭のいい子に育てる」とか「一流の人の読書習慣」とか聞いても気持ち悪いだけ。 映画やゲーム、手芸など、ほかの趣味では聞かれないのになぜか読書ばかりが特権化される。 ⁡ そういう今まで感じていた違和感を阿久津さんはじょうずに文章にしてくれる。 ⁡ 「本が読める場所」を求めたことがない人には長々と何を言っているんだかという話かもしれないが、この長さがおもしろいのだ。 (一見、ダラダラと書き綴ってるように見えるが、スルっと読めるのは相当構成されているからだと思う。) 間に収録されているfuzkueの案内書きはそれだけで16ページありますが、これだけでも一読の価値がある。 ⁡ 以下、引用。 ⁡ 本を読んでいる人の姿は美しい。 両手のひらを天に向け、背を丸め、こうべを垂れる。それはほとんど祈りの姿勢のようだ。 ⁡ 100年以上前にどこかの国で書かれた文章が、なにひとつ色あせず、完璧にビビットでアクチュアルなものとして楽しめるなんて、本というのはなかなか、すごいものだ。 ⁡ 僕がどうにか勝てそうな土俵──たとえば「ラテンアメリカ小説のタイトルで山手線ゲーム」とか ⁡ 本のある風景はとてもいい。本がわーっと並べられた風景を前にすると、安心する。気持ちがほっとあたたまる。同時に、ワクワクと心が躍り立つ。 この「本のある風景はなんか素敵」という意識はおそらく、本を読む読まないに関係なく、それなりに広く共有されているものであるはずだ。 ⁡ この「本のある風景はなんか素敵」をさらに突き進めると、「もはや本ですらなくていい」にまで行けてしまうことを見せてくれた事例もある。 ⁡ 読書を特権化してはいけない。 読書は楽しい、だからする。 読書は心躍る、だからする。 ⁡ 「語り手の「僕」の暮らしぶりや立居振る舞いがなんだかかっこよく見える」→「その彼は本を読んでいる」→「本を読むのってもしかしたら全然かっこいいこととしてなされうるのかもしれない」→「実際、彼はずいぶん簡単にセックスをしている」→「本を読めば俺もさくっとセックスできるようになる!」 ⁡ 結託の度合いは、ある種の「ポイントシステム」として考えてみると理解しやすい。これは高校時代に学内の序列を可視化しようと考案したシステムが基盤になっている。ポイント化してみると、直感に違わず自分が底辺をうろうろしていることがよく理解できた。 ⁡ 「PRESIDENT Online」の記事(2017年1月6日)によれば、「滞在時間が長い」とされるコメダ珈琲店で平均1時間(ドトールコーヒーショップは30分) ⁡ 「真紀さんこれからずーっとそういう本読むとしてさ、あと三十年とか四十年くらい読むとしてさ──、本当にいまの調子で読んでったとしたら、けっこうすごい量を読むことになるんだろうけど、いくら読んでも、感想文も何も残さずに真紀さんの頭の中だけに保存されていって、それで、死んで焼かれて灰になって、おしまい──っていうわけだ」 「だって、読むってそういうことでしょ」 保坂和志『この人の閾』 ⁡ ⁡

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    投稿日: 2021.11.17
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    「趣味はなんですか?」と聞かれると、一瞬躊躇する。 好奇心旺盛な性格のため、いろいろな趣味が思い浮かぶのだが、幼い頃から続く趣味はただひとつ。 「読書」である。 でも、「読書」というと、「高尚な趣味」「妥当な趣味」と、色々な解釈をされるが、それがなんだか嫌なんだよなー。 高尚でも、妥当でもなく、本当に「本を読むことが好き」なだけなんだよなー。。。と。 偶然、この本を本屋で見かけて、タイトルに「そうそう!」と同意した。 中身を読んでますます同意した。 家で読む、カフェで読む、図書館で読む。 それらがしっくりこない時ってあるんだよなー。 「今日はガッツリ読みたい!」という時は、六本木の文喫に行くことが多い。 でも、文喫って、あくまでも「本屋さん」なので、読むだけ読んで買わないことに勝手に罪悪感を持ったりする(時々、買うけど)。 あと、文喫は、「本に出逢う」場なので、自分の本を読むというよりも、今まで接していなかった本に出逢って読む。 なので、買ってそのまま積読し続ける本が家にはわんさかある。 いつか、それを何処かで読みたい!と思いながら、読む場所がないんだよなー。。。 高円寺のアール座読書館の存在は知っていたが、なんとなーく一人で行きづらくて、行っていない。 今回、フヅクエの存在を初めて知って、ここならいけるかも!となっている今。 近いうちに、積読している本たちを持って、行ってみよう! たぶん。。。4時間では収まらない予感しかないけど(笑)

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    投稿日: 2021.06.19
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    趣味が読書であるというと、この本にも書かれている通り、どこか高尚な趣味で真面目な印象を持たれてしまう。それを言われて僕は、どこか優越感に浸る部分があるが、内心漫画や映画と変わらないんだけどなと思うところもある。それを阿久津さんは代弁してくれている。もっと読書がとっつきやすいものであることをわかって欲しいではないけど、知っておいて欲しいな。何様なんだという話だけれど。 2部においてはフヅクエのルールや料金体制に対する話が書かれていた。本を読むための店、どこまでをルール化するかが非常に難しいけれど、すごく絶妙なバランスで決められているんだなと思った。またフヅクエの説明やメニューが書かれているものも掲載されているけど、よかった。ウォームアップみたいな感じがしていたし、行きたい欲がさらに高まった、関西にはないのが悲しいな。 とか思いながら読み進めると3部はなんだか、うるうる来た。そこまでの意味を持たせて書かれているのではないと思うんだけど、1人じゃないんだぞ、みんな一緒に読書を楽しんでるんだという気持ちになった。 感想を言いあわない読書会も素敵だなと思った。 ただ、同じ本を黙々と読むだけ。SNSで読書会をやってるのを見て、いいなと思ってたけど自分は的外れな感想を抱いてるのでは?と考えてたりしたら、参加したいけどやめておこうと懊悩とする部分があったけど、この読書会はいいな。 誰かとしたいなと強く思ったな。うん、したい。 ここ何冊か読書にまつわる本を読んできた、なにか自分の中で満たされている気がする。言語化はできないけど何かすごくいい。 この良さは別に言語化しなくていいか、うん。 これにて感想終わり。

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    投稿日: 2021.04.11
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    fuzkueというブックカフェを営む筆者。読書しやすい環境を求めた結果だという。読書という営みについて考察した一冊。 初台と下北沢にあるというfuzkue。理想の場所を求めるうちに自分で作ってしまうところがすごい。店のお品書きも掲載されている。 本を読むことに関する考察がひたすら続くだけなので冗長な作品。早く他の本が読みたくなるという効果は多大。 店のお品書きを読んでも分かるが必要以上に解説が多いように思う。ちょっとくどい。 自分には正直合わない一冊でした。

    1
    投稿日: 2021.03.11
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    「本の読める場所」について1冊の本が書けてしまうというのは凄い。ただ読み物としてはどうでしょうかね…… 私自身、どれだけ長居をして良いものか?と心配してみたり、隣の会話や挙動に気を取られてしまったり、本が読める様で読めないという経験をしているのだが、皆さん同じ問題を抱えていらっしゃるのですね… 是非「フヅクエ」に行ってみたいと思うが、通勤経路的にはフラッと立ち寄れる場所ではないし、わざわざ本を読みに「フヅクエ」に行くというのもちょっと違うし… 特に、“ながら族“化している自分が、純粋に本を読む事に集中して、長時間を過ごす事が出来るどうかです。 結構通勤電車ってのは「本を読む場所」としては良い環境なのかしらん?と思っています。

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    投稿日: 2021.02.23
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    一度は行きたいと思っているフヅクエ店主による本。テーマは著者が追い求めている「理想の本を読む場所」。読書が大好きな身にとってはとても興味深い。私は、家で読むことにそれほど不自由を感じていないが、確かに読書環境は大事だと思う。著者の情熱の深さ、そして実行に至るまでの考え、そして実際に実現化している実行力は相当なものだと思う。フヅクエの運用について、かなりこと細かく書かれている。読書好きにとっては、その考え方にはとても勇気づけられる。個人的には表紙の装丁がとても素敵だと思った。

    1
    投稿日: 2021.02.14
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    本をがっつり読みたい時に、意外と本を読むのに適した場所がないということを語った本。ここのところ自分がぼんやりと思っていたことを全て吐き出してくれてスッキリした。そして、本の読める店を作るに至るストーリーも読むことができ、面白く参考になった。

    1
    投稿日: 2021.01.11
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    ブクログの新刊コーナーで見かけて気になっていた本。 私的には本を読む場所を探してウロウロするエッセイやと思っていたので、第一部だけをじっくり読了。 第二部以降は作者が作った店の話なので斜め読み(東京のお店だからまず行けない) 読書に関する考え方はわりと共感できるんだけど、他者?パブリック?に関する考え方にはあまり共感できなかったなぁ。 私は基本的に無音じゃないと本が読めないので(音があると集中できない)読書は自宅一択。やること全部終わらせてから本を開くタイプ。 学生時代は通学電車内でよく読んでたけど(片道1時間半かけて高校に通っていたので。文庫なら1日に一冊は読めた(笑))今は20分以上電車に乗らないからなぁ。 あと、場所を探す時になぜお店が多いのか最初は少し気になった。 まぁ、読み進めたらこの本の目的がご自身のお店、「フヅクエ」の紹介だったので納得だけど、個人的に自宅の次に候補に上がる読書スペースは公園なんだけどな。 気候がいい時期の公園読書、なかなか贅沢でいいんじゃないかな。人が少ない平日昼間狙いで(笑) あと河原とかね。誰にも気を使わずに思いっきり読めそう。 というか、漫画喫茶は違うのかな?今はあんまりないんかな?あれこそ種類は違えど「本(漫画)を読むためだけの空間」だよね。場所代払うから気を使わないし、みんなひたすら読んでるイメージ。私の知ってる漫画喫茶って20年以上前やから今は違うんかな……

    2
    投稿日: 2020.12.17
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    2020/12/1 家で読書すればいいじゃないか、と私も思うのですが、やはり落ち着いて本を読めるところを探してしまうのです。図書館は案外うるさい。カフェは、運が悪いとそばに傍若無人な客がくる。この著者は読書に特化したお店の店主です。ありがたいけど、提供する側はたいへんだ❗行ってみたいなぁ。

    6
    投稿日: 2020.12.10
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    「フヅクエ」という読書空間を営んでいる著者の本を読む場所論。 経営されてるお店のコンセプトになるのかな? どの場所も一長一短ですね~。 私が一番集中して本を読むのは電車の中。 公園でもよく読む。 お気に入りの珈琲チェーンの店舗が2つ。 古民家カフェも好き。喫茶店も。 お客さんが、多すぎず少なすぎずがいいかな。 読み始めるとまわりの音は聞こえなくなる。 家はあまり落ち着いて読めない。 本書でも触れられているように生活の空間だからかな。

    6
    投稿日: 2020.11.12
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    買ったことを後悔。 側で長々と、要領の得ないお喋りを聞いているような感じ。小説ではないので個人の思いがどうであれ自由だが、どこか同意を強制させられてるかのような不快感。 私のお気に入りの読書場所は公園、庭、山頂。風を感じる場所だな。

    3
    投稿日: 2020.10.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    fuzkue には何度も何度も行っているので、この本に書いてあることはとてもわかるというか、本書にも収録されている、あのメニューに書いてある内容をものすごく丁寧に細かくするとこの本になるんだろうな、という感覚で読んでいた。 前半は同意半分、ブックカフェの人などにちょっと同情しながら読んだのが半分。外で本を読める場所、それも確実に読める場所って基本的にないと思っていて。ブックカフェもそう、本のあるカフェ、という程度で、読める場所だなと思った経験はほとんどない。が、全国探せばきっとあるのだろう、読んでほしくてブックカフェやってる人もいるんだろうきっと、という思いで若干の同情がある。 後半はある種ビジネス本なんじゃないかなと思いながら読んでた。ミッションを決める。そしてそれにフォーカスする。というのは、よくある経営テクではあるけど、これほどにミッションフォーカスした事業ってないんじゃないかというぐらいフォーカスしている。「雑に使うことができないようにする」設計とかなかなかできないと思うんですよね。で、確かに雑に使えなくて、この店は行きたいけど行きにくいという変な矛盾を抱えている。これほどフォーカスするとかなりニッチな店になるんじゃないかとも思うが、それでも成功している(よね?)のが、ビジネス的に見習いたくもなってくるなぁと思うのです。 全体に静かな語り口ではあるけど、その実おそろしく堅い、堅くて熱い、強固な思いでやっているビジネスだなというのがとても伝わってくる本でした。

    4
    投稿日: 2020.10.13
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    『本の読める場所』を提供することを仕事にした方が、読書についていろいろと考えたことを綴った本です。 私なりの解釈で勝手にまとめると、『本の読める場所』とは「おひとりさま」で「気兼ねしない」で「好きなだけいられ」「気を散らせる音がない」場所です。 私は長距離通勤(片道2時間)していた頃は電車が読書するための主要な場所でした。 電車に乗っている時間が少なくなった今はもっぱら自宅が読書する場所です。 どちらも、ほぼ『本の読める場所』の定義と合っていると思います。 図書館はもっぱら借りるのが目的で、本屋には置いていない面白そうな本を眺めたりはしますが、長く居座っての読書はしません。 喫茶店や公園なども本を読むために行ったことはありません。 時々気になる人や、気になる音があり、読書するにはどこか落ち着けない要素があるのだと思います。 著者は、家以外でパソコン作業ができる場所は沢山あると感じていて、パソコン作業と読書の違いは何かを考えたりしています。 これを考えるのに面白い例えが示されていました。 ー 葬儀のとき火葬場の控室で本を読んでいたら、親戚に「あれはないと思うよ」と言われた。 ー その親戚の人もスマホを見ていたが、本とスマホは違うらしい。 ー 本を開いている姿は、周囲との拒絶感を強くかもし出すようだ。 見られ方としては、次のようなことも言っています。 ー パソコン作業をしている人は生産的なことをしているように見える。コミュニケーションの要素も感じることができる。 ー 読書をしている人からは生産性は感じ取れない。その本とその人だけの閉ざされた世界を作っている。 読書する姿は、人前であまり見せるものではないのかもしれない。 心置きなく読書をするのに最適化された場所があってもいいのでは。 という考えから、心ゆくまで「本の読める」店「fuzkue」を作ったのですね。 この環境を気に入って応援する読書好きな人がいてくれて何よりです。 でも、私にとっては「お金がかからないこと」という重要な要件があるので、おそらくこのような場所で読書することはないです。

    30
    投稿日: 2020.10.13
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    「本の読める店」フヅクエに一度行きたいと思っている。細かなルールがあって、なかなかに敷居が高そうではあるけれど。その店主の本。 わたしにはなかなかに面白くなく、いつになったら面白くなるのだろう?と思いつつ読むのをやめられない不思議な本。ここでレビューを見て高評価なのが意外。

    1
    投稿日: 2020.10.10
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    フヅクエの存在は、ネットか何かで知ってはいたが、ここまで細かいルールがあるとは。4月に近所に2号店ができたので、いつかのぞいてみたい。この本は電車の中で読了。帰りに立ち寄った書店で、著者の読書の日記を発見。ものすごい厚さにびっくりした。こちらはちびちび読もうと思う。

    7
    投稿日: 2020.09.20
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    読みやすく面白い文章だった。言葉選びが好き。 本を読める場所、、フクヅエに行ってみたい。 料金システムの発想や、読書に対する熱い想い、、全編通して新しい発見や共感ができ面白かった♪ こういう考えの人が作った場所を体験してみたい。 そして、自分の中のやる気、新しいことへ挑戦する気持ちも強くさせてくれる本だった。 これからもたくさんの本に出会っていきたい。 コロナ禍でなかなか出掛けられないので、自分の家もより充実した空間にしたくなった。 #自宅フクヅエ

    2
    投稿日: 2020.09.07
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    読みやすいし、表現がおもしろくて思わずニヤッとしてしまう部分もあった。 家に始まり、ブックカフェ、チェーンカフェ、喫茶店、図書館など、本の読めそうな場所について、メリットとデメリットを挙げていってて、細かく分析されてるし共感できるしで、おもしろかった。 そして、自分の理想の「本の読める場所」がどこにもないと感じ、自らこだわりの詰まったお店を開く。案内書がめちゃ長いけど、生きた文章だし、フヅクエを快適な読書空間として保つためだってことが、伝わってくる。 長居できる雰囲気かどうかって、私もとても重視するポイントだから、それについての考察も読んでて共感できた。 フヅクエに行ったことはないけど、京都にも、静かにゆっくり読書できるお店がある。そこには詳しい案内書はないんだけど、入った瞬間、自分がどう振る舞えばいいかわかる。中にいる店主とお客さんが雰囲気をもう作ってくれてる。そこから何となくルールを察する。これって、すごいことだと思う。何も言わなくても伝わるって。これからも続いてほしいし、こんなお店が増えてほしい。

    8
    投稿日: 2020.08.08
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    1度しか行ったことがないけど、とにかく居心地良くて、本が気持ちよく読めた「本の読める店」Fusukeできるまで。そしてこれから。 どのような考えの末にあのお店が生まれたのか、どういう考えであの空間が保たれているのか。 面白かった。

    8
    投稿日: 2020.07.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

     初台・下北沢にある読書するためのカフェを経営する著者による読書する場所にまつわるエッセイ。いつか行きたいと思いつつまだ叶っておらず、著書を読むことでどんな思想に基づいた店舗なのか知れて勉強になった。第1部で本を読む場所、読書という行為について深々と考察したのち、第2・3部でそれを踏まえた上でどのような店舗設計にしているか語られている。これだけ読書に対して自意識全開でひたすら考え続けている人のお店だと思うとめちゃくちゃ行ってみたくなった。読書について語ることは本好きにとって最高にブチ上がるんだよなーというのが文章のテンションから伝わってくるし、著者の意見を参照しつつ自分の今の読書環境を考えるきっかけになった。今までは電車で音楽を聴きながら読書するのが主戦場だったけど、コロナでテレワークとなり外出しなくなった今、家で読むしかない。電車は電車で良さはありつつも静かな環境 a.k.a 家で時間を用意して真剣に読むと本が今まで以上に好きになった。なので著者の主張するとおり読書する環境を整備することは大切だし、世間的におざなりにされ過ぎているという点は大きく頷いた。(特に映画館との対比が一番わかりやすい)あとスマホやPCを見ることが許される空間で読書していると異端扱いされることについて、その先に人がいるかどうかがキーポイントになっているという考察は興味深かった。読書は排他的な行為だと頭の隅に置いておくと生きやすいのかもしれない。  何かが素晴らしいというときに対比することは常套手段であるものの、最終的に著者の店の紹介になる点はマッチポンプ感が否めないのは正直なところ…前半での「ブックカフェ」のメタメタにされっぷりがかわいそうに思えた。「じゃあ読むなや」と言われればそれまでだけど「どうしてふたりの幸福を持ち上げるためにひとりを貶める必要があるんだ!」というエピソードもあったし、純粋にお店のストロングポイントを主張してもらえればそれで十分愉快なのではないかと。(上記エピソードは別の形で終盤回収されていた)とはいえ、まずは祈るように本を読むことが祝福されるその空間に足を運ばないことには何も語れないことは重々理解している。そしてそこへ行けば僕のこんなしょうもない意見はたちまち霧散するのだろう。

    3
    投稿日: 2020.07.23
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    まだ読み終わってないんですけど、 書いちゃう。もう書いちゃう。 溢れ出てくるこの想いが止まらないから書いちゃう。 良い本に出会った。 京王線初台にある「fuzukue」という お店の店主阿久津隆さん著の本。 読書好きの読書好きによる読書好きのための読本。 かのアメリカ大統領エイブラハム・リンカーンも このようなことを言っていた気がする。 まだ読み進めて数十ページにしか満たないが 共感しすぎて首がもげそうだ。 本を読むぞと意気込んでお店に入ると 周りの話し声が気になってしまったり 店員さんの一挙一動に気を取られてしまう。 挙げ句の果てには読んでる物語の中に 店員さんが出てくることがある。 そうなってくるともう読書どころではない。 ……わかる〜〜〜〜〜〜!!!! いや、そうなんですよ。集中力がふとしたことで 散漫になっちゃう感じ。すごい具体的かつあるある。 だからこそ、読書ができる場所を求めて 彷徨いベストプレイスを探すんですよ。 そう…ベストプレイスをな…良い言葉だ… 今度お邪魔しに行きまする…

    11
    投稿日: 2020.07.22