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新版 貧困旅行記(新潮文庫)
新版 貧困旅行記(新潮文庫)
つげ義春/新潮社
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総合評価

34件)
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8
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    読みやすさ ★★★★★ 面白さ ★★★★★ ためになった度 ★★★ 何度も読んだ、自分にとってバイブルのような本の一つ。つげさんは、ご自身では文章を書くのは苦手と言っているが、なかなか味わい深い文を書く。p250の家畜小屋のくだりが特に好きだ。

    1
    投稿日: 2023.09.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    時間かかった! 小倉の昔の写真がどどんと載ってるのに惹かれて買った この頃の小倉に行ってみたい 杖立温泉に行った後にこれ読んで、出てくる写真と同じ建物の写真を撮ってたのも偶然だった 最初の珍道中感から徐々にだらだら旅日記感が出てきて時間かかったけど、わざとボロい宿に止まって自分はどーしよーもない人間だって思う気持ちよさは分かる気がする、やりたい この頃の日本の全国のボロ宿に泊まりたい…

    1
    投稿日: 2022.09.23
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    つげ義春『新版 貧困旅行記』新潮文庫。 社会に縛られることを好まず、それでいてあり得ない妄想を抱く臆病で小心者の著者が昭和の時代に主に温泉地を巡った貧乏旅行記。 多数のレトロな写真と共に様々な所を訪れた旅行の顛末が味わい深い文章で綴られる。 漫画や小説を書くということは自身の身と心を削る大変な仕事なのだろうか。昔の漫画家や小説家には突然失踪したり、蒸発したりという例が、まま有ってように思う。 昭和の旅行と言ったら鄙びた温泉。東京ネズミーランドもリゾート地も無い時代で、海外旅行も庶民には高嶺の花。そんな時代に鉄道やバスを使って誰も知り合いの居ない土地に行き、ゆっくり過ぎる時間を過ごすのもまた格別。 本体価格590円(古本100円) ★★★★

    11
    投稿日: 2022.04.26
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    千葉県の大原や、上野原の旧甲州街道、東京都の深部など観光にとってマイナーな場所のマイナーな宿を綴った一風風変わりなC級旅行記。

    1
    投稿日: 2022.02.22
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    日々鬱陶しく息苦しく、そんな日常や現世から、人知れずそっと蒸発してみたい――やむにやまれぬ漂泊の思いを胸に、鄙びた温泉宿をめぐり、人影途絶えた街道で、夕闇よぎる風音を聞く。窓辺の洗濯物や場末のストリップ小屋に郷愁を感じ、俯きかげんの女や寂しげな男の背に共感を覚える……。 主に昭和40年代から50年代を、眺め、佇み、感じながら旅した、つげ式紀行エッセイ決定版。 タイトルと内容が全然違うじゃん!どこが貧困なんだよ、詐欺じゃん!と投げ出してやろうかと思ったけど、あっと言う間に魅力にハマった。昔の日本とか、旅がどうだとか、そんなのどうでもいい。つげ義春という人物に酔えるエッセイ本。会ったことのないファンのところに押しかけ一発やって、何か違うような気がして女のもとから去っていく。ストリッパーの太ももに触る。そして一発やって去る。こんな大胆な奴が豆腐のメンタルだというのだから納得できない! 

    0
    投稿日: 2021.09.20
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    昭和の鄙びた宿場町の描写とそこを歩く中で生じる内省の描写が面白かったです。つげ義春の漫画で描かれている奇妙な世界は、実際の世界から遠くかけ離れた世界であるように感じていましたが、この本を読むとそう遠いものでもないのかもしれないと思えて来ます。今となっては追体験をすることが難しい旅も多く、旅の中で感じる郷愁であったり後悔であったりが羨ましくも感じられました。

    0
    投稿日: 2020.09.13
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    日本経済新聞社 小中大 記事利用について 印刷 印刷 文学周遊つげ義春「貧困旅行記」 大分・由布市湯平温泉 「蒸発をするのは案外難しいものだな」 2019/8/31付日本経済新聞 夕刊 会ったこともない女性と結婚するため、二十数万円の所持金と時刻表をポケットに入れ、汽車に乗り込んだ――。 ちょっと待ってほしい。そんな旅があるだろうか。本書の冒頭に、破天荒な道行きの始末が収められている。 山あいの温泉地の夕暮れ。石畳の道にちょうちんがともる=小園雅之撮影 山あいの温泉地の夕暮れ。石畳の道にちょうちんがともる=小園雅之撮影 1968年初秋のことだ。作者は当時30歳。「ねじ式」「ゲンセンカン主人」など唯一無二の作品を発表し、芸術性の高い漫画家として世の耳目を集め始めた。なのに蒸発願望をこじらせる。 北九州市に住むファンの看護師の女性と手紙をやりとりするうちに、妄想に駆られる。すべてを投げ出して彼女と結婚し、適当な仕事を見つけて、当地に住み着いてしまおうか……。 この年は、米国でベトナム反戦運動、日本では全共闘運動が燃え広がった。自我に基づく体制への異議申し立てである。でも、廉恥の心を持つこの人は、自らを無価値なものとして宙に放り出そうとする。実に危なっかしい。 北九州に着いた作者は、病院で働く女性をアポなしで呼び出す。が、休日は日曜だけ。会えるのは1週間後と告げられる。仕方なく暇つぶしのため九州の温泉地を周遊した。その行き当たりばったりの旅程をたどってみた。 大分県由布市の湯平温泉は、石畳の路地をちょうちんの灯が照らす落ち着いた風情の湯治場だ。作者が投宿した「白雲荘」が今も営業していた。主人によると、かつては歓楽の色もあったという。 ストリップ小屋をのぞいた孤高の漫画家は、踊り子さんのマネジャーにでもなって各地を放浪するのも悪くない、などとあらぬ空想をする。 結局、蒸発の決意が鈍り、10日間で帰京するのだが、その間、地方巡業のダンサーと懇意になる。朝、目覚めると枕元には、連絡を取り合おうという彼女の置き手紙があった。結構、もてるのだ。 「人はなぜ、つげ義春についてかくも語りたがるのだろうか」とは、批評家の四方田犬彦さんの問いだ。戦後を代表する知識人、鶴見俊輔、吉本隆明しかりである。本人は長く作品を発表していない。それゆえ著作は版を重ねる。 白雲荘の湯船に身を沈め、今、作者は何をしているのだろうと想像してみる。時折どこかの鉱泉宿などを旅し、世捨て人の風雅を味わっていてくれたらうれしい。 (編集委員 和歌山章彦) つげ・よしはる(1937~) 東京都生まれ。幼くして父を亡くす。本人が記した「自分史」によると終戦直後、「一家は貧困のどん底にあった」。小学校卒業後、メッキ工場に見習工として就職。過酷な労働に耐えきれず15歳の年に横浜港から米国行きの船に乗り、密航を企てるが失敗。漫画家を志す。 1960年代のカウンターカルチャーの時代に「紅い花」「ほんやら洞のべんさん」などの作品を漫画誌「ガロ」に発表し、当時の若者に支持された。代表作「無能の人」「リアリズムの宿」は後に映画化された。本作のようなエッセーにも漫画と同様、ユーモアに富んだ筆がさえ、不思議な、夢のような世界に読者を誘ってくれる。 (作品の引用は新潮文庫) このページを閉じる 本サービスに関する知的財産権その他一切の権利は、日本経済新聞社またはその情報提供者に帰属します。また、本サービスに掲載の記事・写真等の無断複製・転載を禁じます。 NIKKEI Nikkei Inc. No reproduction without permission.

    1
    投稿日: 2019.11.28
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    一万円選書から 漫画家の紀行記、手書きの地図がちょいちょい描かれているのだが、何度Googleマップの航空写真と照らし合わせたことか。 著者が訪れたのはもう何十年も前の話なので「今はどうなっているのだろうか?」が、気になってします。 あ〜、こんな旅がしてみたい。

    0
    投稿日: 2019.11.15
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    つげ義春自身による旅行記。蒸発を目的とした旅。商人宿や鉱泉をめぐる旅について書かれている。 漫画作品のもうチーフらしきものも出てきて興味深い。 奥様、息子も出てきてマンガをさらに追体験した気分である。 文中に「猫町」的感覚を味わった話があって、わが意を得たりの気分。「猫町」は散歩者、漂泊者(しかも定住漂泊)にとってはバイブルたる小説だと個人的には思うのだ。 つげ義春自身も魂の漂泊者である事を改めて認識した。そして、その心の痛みと漂泊への憧れは自分にも通ずるものがあって自分の心に響いてくる。 中に出てくる関東近郊の温泉場、いまでもあるのか調べてみよう。 (追記 一部調べたがすでに宿のない所や、今では観光地化してしまった所も多い。犬目宿も往時のような風景は望めない。作者が巡りあった様なひなびた風景は、もはや過去のものらしい)

    0
    投稿日: 2018.10.14
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    巻頭に昭和45年当時の鄙びた山村、漁村、温泉宿の写真が載せられるが、もはや探しても見られなくなった絶滅風景か。ここ写る子どもたちは、そうか、ちょうど自分と同じくらいの年齢なわけだ。かつて、未舗装路に並ぶ掘っ立ては我がまちにもあったが、ここまで寂れて侘しい風景は記憶にあるような、ないような。わずかばかりの我が深山幽谷の旅では、著者の望む趣きもないのだけれど、仲間と泊した九州の安宿、がっかり民宿ほど想い出深く語りぐさになっている。旅人は訪れた地域の風情や風習をけがしてはならず、寄らせていただく気分が大切だが、迎える側も外貨稼ぎで俗化したサービスに努め、旅人が観光客と呼ばれ、お客様気分になった時点で、ここに載せられる旅は失われたんだろう。

    0
    投稿日: 2018.06.25
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    初めからおもしろい。昭和の時代の電車旅。ひなびた場所に住んでみたいというクセの強い筆者。 ネット全て調べて予約してからの旅行とは大きくかけ離れている。 ただ貧困と言っても電車に乗って一泊や二泊してと、現代の我々のほうがわびしい旅をしているのかもと思われる。 地図を片手に風景を見ながら歩く、これは贅沢な旅だなあと思わせる作品。

    0
    投稿日: 2018.06.02
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    つげ義春の漫画を読み、何故評価されているのかがよくわからなかった。(多分当時としては表現が画期的だったのだろう) 小説もきっと妄想的な事が書かれていて暗いのだろうと思っていた。 つげ氏が日本各地の温泉場や宿場を訪れた時の旅行記。旅エッセイ。 派手な旅館よりも寂れた民宿を好む氏。最初の章は、著者が蒸発したくて九州に向かう話から始まる。 切ないのだけどその悲哀が可笑しい、というような描写があり、この人は人間や情景の場面の切り取りが上手だなと感じた。 面白かった箇所 ・小学生の息子と妻と鎌倉へ行く。夜宿で花札をする。つげがなんとか工作するが小学生の正助は負けてします。一人っ子の彼はダダもこねず静かに花札を片付け始める。

    3
    投稿日: 2017.10.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    1995(底本1991)年刊行。◆貧乏を自称する漫画家による、観光地化していない温泉宿・民宿の投宿・旅行記。昭和40年代から50年代、つまりバブル前の風情を感得できる著書である。このうち初っ端の「蒸発旅行記」の飄々とした振る舞いが、特にいい。その他は、結婚後の旅行記のようで、著者独特の孤独感・寂寞感が少々薄れている感じがするので…。

    0
    投稿日: 2017.01.19
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    つげ氏の文章は初めて読みましたけれども…なんというか、内向的な方なんでしょうね、きっと…だからこそ、漫画であのような独自の世界を創られるのかと…想像する次第なんですけれどもまあ、この本に書かれた当時の田舎町と今現在の田舎町とじゃ大分差があるかと思います…。 ヽ(・ω・)/ズコー 今では当時よりもさらに「つまらない町」が増えているかと思いますので…あらゆるお店のチェーン店化とかもね、その一因を担っていることでせう…! ヽ(・ω・)/ズコー まあ、人間が利便性みたいなのを追及していくとやはりね、いろいろな場所の特色みたいなのが薄まっていくんですよね…そして、どこへ行っても同じような街並みになってしまう…! ↑といった危惧が僕にはあるのですよ!! ヽ(・ω・)/ズコー というわけでまあ、漫画家の書いた文章というのも小説家やらエッセイストが書いた文章とは一風違って良い味出していましたよ…おしまい。 ヽ(・ω・)/ズコー

    0
    投稿日: 2016.09.06
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    夢うつつの時に良く見るような不条理な夢が現実になったといった感じの旅行記。タイトルからして貧乏自慢なバックパッカー旅かと思ったら全然違った。中盤過ぎに「自分は夢見がちな人間なのかも知れない」等と書かれているのには「おいおい、今頃気づいたのかい⁈」と突っ込みたくなった。

    0
    投稿日: 2016.02.07
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    何だろう、この感じ。何とも言えない。なんて言ったらいいか分からない。 どうしたらいいのかも分からない。 でも集中してどんどこ読んだ。

    0
    投稿日: 2016.01.14
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    「失踪」に憧れ、 全国を広範囲でうろうろしているはずなのに、 何故か 『日常』から逃れられないつげさん。 彼が描く異世界に何故か既視感を覚えてしまうのは そういうとこが原因か??

    3
    投稿日: 2015.09.02
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    冒頭の「旅写真」。刹那的に会う女性との逃避行を妄想する「蒸発旅日記」。良質な私小説を感じさせる始まりだった。が、次の章から単なる家族旅行日記? のようになってしまった。西村賢太に通ずる、文章が醸し出す雰囲気が良いだけに残念。

    0
    投稿日: 2014.04.30
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    図書館で借出。 実はつげ義春の漫画を一度もまともに読んだことがないのだが、図書館で見つけて惹かれたので読んでみた。 登場する旅先は東京・山梨の境辺りの山村が多く、意外や(?)つげは健脚っぷりを発揮して山道を何kmも歩いていく。 何となくのイメージで、つげ義春はダウナー系で貧弱な感じだと勝手に思ってた。 冒頭の「蒸発旅日記」、「ファンレターをくれただけの一面識もない女性と結婚すべく九州へ行く」というくだりから、解説で夏目房之介が言うように、つげワールドへ引きずり込まれる。 しかも実際に会ってみると「おしゃべりで陽気な感じが好みに合わない」、でも「多少のことは我慢して結婚しようか」といった、悪意のない身勝手さみたいなところにニヤニヤしてしまうのだ。 これだけでこの作家はイケるぞと思わせてくれる。 つげは隠遁・落魄志向の持ち主だったようで、旅先は鄙びた田舎。 そこでどんな生活をしようか、でも息子には会いたいから交通の便も多少はよくないと…などと妄想しては、果たせず日常に戻る。 旅籠で侘しさに浸るのも好きらしく、それができなかった群馬県の湯宿温泉では 「ひとり部屋にポツンとしていても何故か侘しくならないのだ。久しぶりに滅入って『ああ……』と溜息でもついてみようと思ったのにさっぱり駄目なのだ。寂寥としないのだ」 とがっかりしてみせる。 これはいいぞ。 文章の端々から「この人は精神がちょっといいアンバイになっているんじゃないかしら」と思わせるが、鄙を好み通俗を嫌悪するというようなこだわりには共感。 グラビアページの、「写り込む電線さえ消せば江戸時代」というような写真もまた見どころ。 つげが日本のあちこちを旅した昭和40年代後半、地方の辺鄙な場所はまだまだ“迫力のある”風景を残していた。 自分の生まれる10年くらい前だけど、もうずいぶん昔のことなんだな… 福島県木賊温泉の写真もあったけど、あそこに写る場所は僕が去年の夏に通った道なんだろうか。

    0
    投稿日: 2013.09.09
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    ファンレターを頼りに、会ったこともない女性と結婚するため九州に旅立つという蒸発シーンからスタート。 相変わらずのショボくれ感と、厭世的な貧しさがジワジワと滲み出る文章がたまらなく心地よい。

    0
    投稿日: 2013.07.24
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    この本の冒頭の蒸発旅日記が面白く 読めた。 蒸発者に心の葛藤が有るなど思いもしなかった。 すら~と消えてしまえる物だと思っていたから…。 人の心は漂泊者と土着民に分類できる 。 作者は完璧漂泊型、かくいう私もそうだけど実行に移した事は無い(笑)。 後収録は妻帯して家族で旅した記録なので、普通になったというか…一挙につまらなくなるのは何故だろう。 一冊まるまる、蒸発者の心情と出来事 を綴った作品であったなら、作者の漫画の様に佳作だったと思う。

    0
    投稿日: 2012.12.30
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    初めて会う人と結婚? 蒸発?? 冒頭から煙に巻かれるようで、 混乱したまま話が進みます。 味がある宿がたくさんあるけど、昭和40年代とかだからいまはどうなっているのでしょうか。 うらびれた旅を面白がらせる稀有な紀行文です。

    0
    投稿日: 2012.07.04
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    全編、何ともまったりとした侘びしさ。いや、でも暗くはないのだ。 それは著者が、自分で自分を面白がってしまうようなユーモア性を隠し持ち、淡々としながらもどこか魅力的な文章を書くせいなのかもしれない。 知る人ぞ知る山奥の鉱泉で出会う不便で粗末な作りの宿屋や、陰々滅々として絶望的な景色の中にこそ、著者は心の底から幸福感を得るようだ。 大自然を目の前にして、自分自身がケシつぶのようなちっぽけな存在であることを実感する旅。自由とは自分からの自由にほかならない。 つげ義春の旅は、まさに”自分なくしの旅”なのだろう。 また奥さんや子供と一緒に、所謂名所や観光地などにも出かけている。(鎌倉随歩) 中でも、鎌倉の長谷寺で十一面観音に会った時の文章に激しく共感する。 ── 薄暗い本堂の正面には、そこだけライトに照らされて、金色に輝く巨大な観音像が立っていた。私は子どもと冗談を云ったりしながらそこへ入っていきなり出会って虚(きょ)を衝(つ)かれ、思わず息をのんだ。その観音像が生身の生きた仏像がそこにいるのかと錯覚を起こしそうになったのだった。ふつう神や仏は目に見えないもので、だからそんなものは存在しないと頭から否定したり、半信半疑だったりするわけだが、そこにある高さ九メートルの見上げるばかりの彫像は、物凄いリアリティで仏の存在をしめしているかのようであった。私は何故かしらうろたえてしまった。 ── ありがとう。こんな紀行文に出会えて、よかったです。

    0
    投稿日: 2012.05.19
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    泊まる宿も、回想もとにかく暗くてとても一度には読めないが、その暗さがじわじわ癖になる一冊。体調がいいときに読むことをおすすめします。

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    投稿日: 2012.04.30
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    つげ義春がわざわざさびれた村のボロい宿に泊る旅を綴った旅行記。 なんとも後ろ向きな性格と勝手な空想がニヤリと楽しい。。 比較的近場が多く,ちょっとだけ実際に行ってみたくなる。

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    投稿日: 2011.03.01
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    文章に雰囲気がある。エッセイなのに小説を読んでいるような不思議な感覚。 日常と非日常の境目。虚実の境目。 もしかしたらその境目を辿る違和感がつげ作品の魅力なのかな。 地元の知った土地も登場したので面白く読めた。

    0
    投稿日: 2011.02.20
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    「この本、すっごく面白いですよ…」 とマスター云われて読んでいたのが左の書籍。図らずもつげ義春さんの本のレビューを続けることになってしまった。行きつけの居酒屋のマスターはつげ義春のファンであり、店内の書棚には何冊かつげさんの本が陳列されている。先日はその中から「貧困旅行記」(晶文社刊)なる一冊をお借りして読み終わったところである。 確かに面白い。「蒸発旅日記」という第1章の書き出しでは、九州に旅行したときのことを記しているのだが、一面識も無かった九州の女性と結婚して九州に住み着くつもりであるということが書かれていて、緩くだが驚かされる。嘘か冗談かと思いつつも、つげさんの旅日記の記述には気負うところなど無く淡々と進められていくために、いつの間にか「それもあるかな…」というつげ世界の住人にされてしまうのである。緩い衝撃の後には、ストリップ小屋でのあれこれやら見込み結婚相手の女性との関係やらが綴られていき、結局は日常生活にあっけなく戻ってきてしまう。ただその戻り方は、旅というものを通り過ぎた後だけに、それまでの日常とは異質な世界となって立ちはだかってしまうのだ。 第2章からは、漫画家として名をなし所帯を持った生活者としての旅行記が綴られていくが、前作の「つげ義春とぼく」に示されていた若き頃の旅とは異なり、房総、奥多摩、甲州、箱根、伊豆など、近場の旅行記が中心となっている。妻子という同伴者が居れば無頼の旅を続けるのは不可能ということなのだろう。ただ、いつかは鄙びた鉱泉(温泉ではなく)を買って老後を鉱泉の親父として過ごしたいという願望を胸に、近場の鉱泉宿を訪ね歩く姿はジーンとさせるものがある。彼は今では叶わぬ夢として老後を送っているのかと思うとやるせなくなってくる。 「貧困旅行記」とは云いながらも、鎌倉の骨董屋で6万7000円もする千手観音像を買ったり、1万円以上の名旅館に宿泊したりと、おいらから見ればとても「貧困旅行」には見えねえやと呟きたくなるのは、果たしておいらのひがみなのか。

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    投稿日: 2010.12.05
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    数ヶ月ぶりに出会う良本!すごいおもしろい! マンガ家が書いたエッセイなのに、つげ義春なのに、こんなにおもしろいとは予想できなかった。 殿堂入りです。

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    投稿日: 2010.10.30
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    ちょうどインドのラダックを真冬に旅している時に読んでいた本。寒さと貧困さが身に沁みてなかなか読み進まなかったが、ネパールでまったり過ごしていた時に読んだらとても痛快だった。なによりも昭和のしなびた温泉街の写真が貴重だった。原風景は、今やほとんど残ってない。

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    投稿日: 2010.05.25
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    古い写真を見ると、古い時代に出会いたくなる。 古いことは好い事だ、と、ぼくは今を否定したくなる。 非日常であること、それが快楽だった。 つげ義春の、そのどうしようもない放浪癖。 漫画で見せる特有の世界感は、ダメ男の世界に いやおうなしに、ぼくを引きずり込んで行く。 ダラダラと、鄙びた物憂げな風景を、意味もでたらめに カメラ片手いつまでも歩いてゆきたい、と。 彼は鉱泉宿を求める。陰鬱な空気に辟易しながらも やがて快楽と妄想の世界に飲まれて行く。 振り返れば、それは喜びだった。 そうして彼の作品は作られて行く。 本当の、そして最高のサブカル的リアリズム。 貧困旅行・・・いいなぁ。

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    投稿日: 2009.02.21
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    できごとやその場の感想を並べていったような淡々とした文体で、行間に意外性があっておもしろい。実際の旅とはそういうものだろう。 「猫町紀行」に書かれてあるような、迷ってみたい感覚、異世界に来てみたい感覚に共感した。

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    投稿日: 2008.12.02
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    つげ氏のプライベートや思考の過程,ちょっとした嗜好や趣味に触れるという意味では,漫画より雄弁かもしれない.漫画ほどアナーキーな世界観は押し出していない.写真も多く,気軽に楽しめます.

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    投稿日: 2007.01.15
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    のっけから蒸発話で筆者は九州へファンの女性を頼り現実逃避の旅の始まり。かと思えばそんな話は最初だけで家族や友人を連れ立って鄙びた趣ある宿を泊まり歩くエピソードが主。 旅先で夢想に耽り、ゆく土地で鉱泉宿でも開こうかと現実味のない計画を思いつく。筆者のふわふわした落ち着かない浮遊感が読んでいて心地良い。 今では失われつつある日本の旅情豊かな景色を朴訥とした文章で書いてあるので肩肘張らずに読みやすい。 自分も腰を据えて旅行記モノが読める歳になったかと思うと複雑な思いでもある。

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    投稿日: 2006.05.16
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    淡々とした良い文章で、ほのぼの。金銭的には「貧困」でも時間的にはとっても「贅沢」!電車に揺られながら読みたい一冊。

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    投稿日: 2006.05.15