
総合評価
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powered by ブクログ座敷わらしたちとの不思議で愉快な一年間が、都会育ちのもやしっ子だった勇太を逞しく成長させていく。児童文学には珍しくない設定ですが、「間引き」が行われていた東北地方の哀しく厳しい歴史、それを勇太自身が調べて、知識を身につけ彼らに寄り添う姿が印象に残りました。
10投稿日: 2024.09.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
小学生のころ、公文の教材で学習して すごく面白かったことが忘れられず、 しかし当時は田舎に住んでいたからか 本屋や図書館でもこの本が見つからず 読むのを諦めていた作品。 大人になってからも楽しめるかな? 自分の目を輝かせていたのは どんな作品だったのだろう?と 思い起こし読んだ。 大人になってからも楽しめるかな?と思ったことは 杞憂で、物語の面白さに引き込まれて あっという間に読み切ってしまった! アポロやオリンピック、テレビの普及や ビートルズなど当時の時事が分かるのも 面白い。 座敷わらしの能力によって、 部屋の柱がどかっと開いてエレベーターになったり 空を飛んだり。ファンタジーかと思いきや、 座敷わらしとの出会いで自分磨きに励むユタの 一生懸命さがすばらしい。 出会いから、自分を変えようと試みて 挑戦し続ける不屈の思いが心を打つ。 また、おとぎ話というわけではなく、 日本の負の歴史である間引きを伝えているところも、読み手に命の大切さを考えるきっかけになると思う。 間引きの歴史があっても人間を思いやって 共生をしたい座敷わらしたちや ユタと上級生の対決で罰をなくそうとする先生、 その罰を陰でやろうとしない生徒たち。 また、LGBTの座敷わらしもユタ含む仲間たちが 自然と受け入れている姿もいい。 登場人物みんなが陰湿さがなく、 読了後もさわやかさが残る作品。 登場する座敷わらしが多いから、 挿絵があるともっと分かりやすかった!
1投稿日: 2024.08.16
powered by ブクログ児童文学というだけあって、とても読みやすい。嫌な気持ちになることもないし、めちゃくちゃ平和。現実に起こり得ないことなのかもしれないけど、実はこの世界のどこかでこんなことが起こってるんじゃないか、と楽しくなる。
1投稿日: 2024.04.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
劇団四季の映像から入ったので、登場人物や風景は映像として浮かびやすかった。 児童文学ということですいすい読み進めることができたが、ふとした描写の表現などは大人が読んでもいいなぁと思うものもたくさんある。 座敷童子との別れが突然かつ案外あっさりしたところも、児童文学らしい感じがする。だからといって幼稚だとかそういうわけではない。 なんだか自分も座敷童子に会ってみたくなる。
1投稿日: 2024.03.24
powered by ブクログのんびりした話と思いきや、いちいちディティールが妙な設定というか、座敷わらしの生い立ちやら生き方やら、なんだか一筋縄ではいかないわけですよ。これが子ども向けと思いきや、大人の方がじんわりくるんじゃないか。 しかし座敷わらしのおかげで一気にスターダムに成り上がるわ努力も欠かさないわで、やっぱそこらへんはチビッコ向けよのう。ちょっと甘いんちゃうかと穿った見方をするまでが大人よ。
1投稿日: 2023.02.09
powered by ブクログ繰り返し見た、四季のビデオ(昔々、教育テレビで放映されたもの)を懐かしく思い出しながら、歌を頭の中で歌いながら、読了。
0投稿日: 2022.06.30
powered by ブクログ劇団四季ミュージカルの感想はこちら。 https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/B00005FR17 小学校の音楽で歌ったり、学芸会で演じられたりしています。 本来は座敷童子は男だけなのですが、学芸会だと配役の関係もあり女の子として演じられたりしています。原作で男だけというのは「女の子だったら売れるから間引きしない。間引きするのは育ててもしょうがない次男以下の男の子」なので、女の子が入ると事情が変わりますね。 === 小学校6年生の勇太は、父親の死により母親の生まれ故郷の湯ノ花村に転校してきた。 東京生まれ東京育ちの勇太(ユタ)には、田舎の村は退屈で仕方がない。学校の友達とも馴染めないし、元気な友達や先生からはもやしっ子扱いされている。 そんなユタをみて温泉宿の銀林荘で働くおじいさんが「それなら座敷童子と友だちになってみないかい」と声をかける。なんでも満月の夜に座敷の大黒柱からひょっこり座敷童子が現れるといわれているらしい。ユタは退屈しのぎと、何かを変えたいと思って銀林荘の離れに泊まる。 夜中。 本当にひょっこりと座敷童子が現れた! ユタは座敷童子たちと交流していくうちに、元気に逞しく育ち、徐々に村の子供達からも馴染んでゆくのだった。 === 冒頭ではもやしっこユタだが、何かを変えたいという思いがあり、そのために座敷童子たちと仲良くなった。座敷童子たちから聞いた話をもとに、自分で飢饉や餓死の歴史を調べることもする。 この姿勢があるから、徐々に村の子供達からも認められるようになったり、最後には座敷童子たちとも手を降って分かれることができる。 永遠の赤子の座敷童子たちは、おしめをしながら煙草をくゆらせ、人間の女の子に恋もするという親しみやすい姿をしている。 しかし座敷童子になった理由は子沢山の間引きであったり、飢饉の餓死であったりする。 座敷童子たちの合言葉「ワダ ワダ アゲロジャ ガガイ」は、遊び疲れて帰りが遅くなった子供の「我だ我だ 開けてくれ 母ちゃん」という意味で、座敷童子たちが言ってみたかった言葉だ。
15投稿日: 2022.02.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
三浦哲郎の描く児童文学。 いままで読んだ彼の作品とちがうと思ったのは、喩えの言葉のセレクトで、いくつか目に付いた。 p41 ぼくは、ちょうど閉店時間を迎えた銀行の玄関の自動シャッターのように、どうしようもない重たさで垂れさがってくる瞼を支えようとしながら、心のなかでそう叫んだ。 またぼくは主要人物のざしきわらしの髪型のことを、ビートルズの頭と表している。 三浦哲郎がこんな表現をしてくるのかと、素直におどろいた。 p186 燃える離れから噴き上げた火の粉は、赤い河のようになって村の空を流れ、その先は村のむこうの野の方まで及んでいた。 こちらは簡潔で、それでいて美しいなと思う表現。 こんな文章を書けるのすごいなと思う。 三浦哲郎が児童文学をいくつか書いていた理由が気になる。
0投稿日: 2021.06.07
powered by ブクログ読む本が無くて、カミさんの持っている古い本を借りて呼んだ。既存のもののけ?を独自設定にしてリアルに描くのは面白い。設定自体はかなり厳しい現実を元にしているが。
0投稿日: 2021.06.01
powered by ブクログ東京育ちの少年・勇太は、父を事故で亡くし、母に連れられ東北の山あいにある湯ノ花村に移ってきた。村の子供たちになかなか馴染めず退屈な毎日を送っていたが、ひょんなことから不思議な座敷わらしたちと出会った。彼らとの交友のなかで、いつか勇太はたくましい少年へと成長していく――。 息子が保育園の卒園式で「友だちはいいもんだ」を歌うことになった。劇団四季の舞台で歌われていると聞き、いろいろ調べていたら、芥川賞作家の三浦哲郎さんの小説が原作なのだと知った。 座敷わらしが出てくる話だと息子から聞いていたので、ちょっとおどろおどろしい内容になるのかと思ったが、座敷わらしたちの悲しい過去も含めて重すぎない読後感。むしろ、潔さというか清々しさ(そして一抹の寂しさ)を感じた。息子がもう少し大きくなったら、読ませて感想を聞いてみたい。
0投稿日: 2021.02.16
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ユタという少年と座敷童子たちの短い日々を語った小説だった。 都会から田舎へと下ってきたユタは村の人々となかなか馴染めずにいる。座敷童子たちは過去にとらわれ今を生きることができず、この時代に馴染めずにいる。この共通点が短いながらも彼らが仲間であるために必要だったことなのだろう。しかしユタは人間であり、変わっていく。座敷童子たちの協力もあり少しずつ村の子どもへと変貌を遂げていくのである。が、座敷童子たちにはそのように変化ができない。それは彼らが人間ではないからだろう。そうして変わっていくユタを見送りながら、馴染めない彼らはきっとこの先も様々な場所を転々としていくことだろう、というところまで考えて少し悲しくなった。成長や変化は人間という生きた者にだけ許されることであり、過去や古い者は淘汰される。それを改めて感じた。しかし、それらは今を生きる者に何かしらを遺すことができる。ユタは座敷童子たちとの短い日々で、きっと多くのことを学んだことだろう。
5投稿日: 2020.07.08
powered by ブクログ父親を不慮の事故で失い、母とともに東北の田舎に引っ越してきたの勇太。村の子どもたちにはモヤシっこといじめられ友達もいなく、日々眠気と戦う日々だった。 母が働く旅館で薪わりを担当するおじいさんに座敷童の話を聞き、彼らに会うため旅館の離れで一人眠ることにした勇太。彼のもとに現れたのは? ユタと呼ばれる少年と飢饉に追われ間引きの結果座敷童となってしまった子どものお話。 座敷童と暮らす中で体力をつけていく勇太の成長や、心の変化が良かった。座敷童たちもコミカルでかわいらしい。 最後の別れのシーンも潔く、お涙頂戴な書き方でなかったのもよかった。
0投稿日: 2020.01.24
powered by ブクログ座敷わらしの妖怪という存在を、日本の飢餓という歴史に結び付けてうまく体現している。子どもが主人公なので子どもでも読みやすい。田舎という特性もよく現していて、どんどんたくましくなっていく主人公のユタを見るのが楽しい。 座敷わらしたちが、ユタの役に立つことが出来てよかった。
0投稿日: 2019.07.13
powered by ブクログ父をなくした勇太が引っ越してきたさきで座敷わらしと出会う。勇太にもだんだん仲間ができ、成長していく。 C0193
0投稿日: 2019.03.25
powered by ブクログネタバレ かな? 少年の成長物語。日本の過去の飢餓によって亡くなった幼い命への愛しさ、哀しみ、鎮魂、供養を織り込んで描いている。作者三浦哲郎自身の、母親が産むか否かで迷った経験に基づいているそうだ。
1投稿日: 2018.08.24
powered by ブクログずっと気になっていた本で、ここのところ児童文学を読み始めたことを機に手にとった。東北に残る座敷わらしの言い伝えを生かし、主人公の少年が成長する話。妖怪のおどろおどろしい空気はなく、ユーモアあり、心打つ話あり。まさに小学高学年の子供たちに読んでほしい一冊。2018.6.8
0投稿日: 2018.06.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
三浦哲郎の本をどんどん読みたくて。 舞台で内容は知っていたけど、原作での座敷わらしは9人もいたとは! 座敷わらしが愛しい。 もっと彼ら一人ひとりの物語を読みたいと思ってしまう。
1投稿日: 2017.09.22
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
このお話は、父親を事故で亡くした主人公勇太が、母の地元である湯ノ花村に引っ越してきて、たくましく成長していく物語です。 ある日勇太は寅吉爺さんと座敷わらしのことを話します。気になった勇太は座敷わらしに会うことを試みます。結果勇太は座敷わらしと友達になりました。 この物語で出てくる座敷わらしは、江戸の飢饉の時代に生まれ、すぐに親に間引きをされた子供達の霊のなりそこないです。作者はこの座敷わらしたちを通じて命の大切さを伝えたかったのだと思います。 私はこの物語を読み、命の大切さを実感しました。 また、どんどん成長してたくましくなっていく勇太もかっこいいなぁと憧れました。
1投稿日: 2017.06.29
powered by ブクログ東京から東北の村へ転向してきたユタ(勇太)は周囲になじめず他の子供たちからはモヤシと呼ばれていた。 そんなユタに旅館で働く寅吉じいさんは満月の晩に大黒柱のある部屋に一人で泊まると座敷わらしと出会えると話すのだった。 ユタが意を決してその部屋に泊まると・・・。 先日行ってきた金田一温泉を舞台にした三浦哲郎さんの児童文学。 そういえば、東北旅行してから甥っ子が少し逞しくなったみたいです。 オイラはオーブを写せただけで、ペドロみたいな座敷わらし達には出会えなかったけど、甥っ子たちは秘密にしているだけで座敷わらしに会って冒険してきたのかもしれないなぁ。
0投稿日: 2016.10.13
powered by ブクログ勇太(ユタ)は父を事故で亡くし、母と二人東北の山間の村に越してきました。 彼は東京もんとしてなかなか受け入れて貰えず、寂しい日々を送っていました。 そんな時仲良しの釜焚きの寅吉爺さんから、座敷童の話を聞き母の働く宿の一室に一人で泊まる事にしました。 すると座敷童のペドロ達が現れ、彼を仲間として受け入れてくれました。彼はそれから度々座敷童達と時間を共にし、彼らがどうして座敷童になったのかを知ります。 座敷童達は皆、村の凶作の時に口減らしとして行われていた「間引き」で命を奪われた子供達だったのです。 彼らは優しく、時に厳しくユタと接し、座敷童達の境遇や想いに触れたユタは次第に自分を鍛え、村の子どもたちに受け入れられて行くのでした。 そんな時にユタと座敷童たちにある事件が・・・・。 ペドロはじめ座敷童の面々は、生きたくても生きられず、成仏したくとも成仏も出来ず、人を恨むでも無くただただ身を寄せ合って暮らしています。いつまで果てるともしれない時間の中を。 言葉の端々に彼らのやるせなさが滲み出ます、俺が人間だったらなあ・・・、母ちゃんただいまって言いたいなあ・・・、お盆にやってくる霊たちにこんな姿見られたくないから隠れてるんだ・・・。 あー駄目だ書いているだけで泣けてきてしまう。 一言だけ言えることは、もっともっと彼らと一緒の時間を過ごしたかったです。3倍くらいのボリュームが有ってもよかったくらいです。これ子供の頃に読みたかったです。結構寂しい子供だった自覚は有るのでこの本読んでいたらきっと座敷童に会いたくて古い家に泊まりに行ってたと思います。
4投稿日: 2015.09.21
powered by ブクログ死に縁どられた、あたたかいファンタジー。 お父さんが海難事故で死んだという設定は、ああ、三浦作品だな、と思ってしまう。 お寺の鐘の乗り合いバスとか、エンツコのエレベーターとか、子どものころ読んだら、きっとわくわくしただろう。 悲しさとおかしさが、絶妙なバランスでまじりあっているのも、この作品ならではの味わいだろう。 梅雨の時期は座敷わらしたちにとって、憂鬱な時期だということ。 彼らが永遠に子どもの姿である悲しい事情とは別に、おむつが乾かないという、リアルな「事情」には笑わされてしまう。 この物語を読んだ直後に、冲方丁の「光圀伝」を読んだ。 個人的な偶然といえ、「水子」にするという共通点があって、ちょっとどきりとした。
2投稿日: 2015.08.14
powered by ブクログ『名作文学に見る「家」』という本を読んでいる。 小説の舞台となる家を記述から想像して絵に描き起こすという内容だ。その中に『ユタと不思議な仲間たち』が紹介されていたので、興味をもった。 夜中の1時から読んで3時には読み終わってしまった。 都会から家庭の事情で田舎に転校してきた小六生の勇太(ユタ)は、友達がなかなかできない。村の爺さんに、じゃあ、座敷わらしとでも仲良くしたらいい、とアドバイスを受け、満月の夜に座敷わらしが出ると言う銀林荘という旅館にひとりで泊まる。 布団の中で眠気をこらえておきていたユタだが、次第にうとうと。夢か現かわからないまま、墨を流したように暗い部屋に白く浮き上がる脚を見た… 座敷わらし? とっくの昔に忘れ去った子どもの頃のワクワク、ドキドキ感を、こうして小説で読むのは懐かしいというより新鮮だった。「ユタ」なんて単語が題名につくから口寄せ巫女が主人公なのかと思ったら、ただのニックネームだった。もしかしたら、座敷わらしを呼びだせる霊力と実際の「ユタ」を結びつけたのかもしれない。まあ、それはどうでもいい話。 座敷わらしは複数人でてくる。その中の中心人物(妖怪)がペドロだ。このキャラクターがいい。 えばったり、すねたり、やさしくしてみたり、いたずらしたり、はずかしがったり、といろんな表情を見せてくれる。今風に言えば、ちょっと毒を吐くゆるキャラっぽい。かわいい。いつも小便臭いおむつをしているのにタバコを吸う。 ペドロとユタの会話のやりとりを聞いてるだけで面白い。幼い兄弟が大人の真似をして演説をぶっているみたいだ。 ただ、かわいいだけでなく、座敷わらしは、むかし飢饉があった年に間引きされた幼子が起源だから母親の愛情を知らないとか、ちょっとせつない過去を背負っている。だから時々いじける。 大人目線でずっと読んでいるからこんな感想になってしまうが、子どもが読んだらどう感じるか、とても興味がある。設定は今から昭和30年代後半のようだ。でも今の子どもが読んでも面白くて新鮮に感じると思う。小学生時代に読んでみたかった。 さて、なかなか村のこどもと溶け込めなかったユタも、座敷わらしの不思議な能力によって、とうとう仲間として認めてもらうことができたわけだが、その方法は読んでからのお楽しみということで。
0投稿日: 2014.04.27
powered by ブクログ父親を亡くし母の故郷である東北の田舎町に引越してきた都会の少年と座敷わらしの風変わりな交流。蒸れたオムツのにおいがする座敷わらし…奇抜な発想だ。日本むかしばなしのエンディングの歌を思い出すような、切なくて心温まる話だった。
1投稿日: 2013.09.24
powered by ブクログ「ユタとふしぎな仲間たち」三浦哲郎◆東京で育った勇太は、母と共に東北の村に越してきた。村の子供たちにモヤシっ子扱いされていた彼は、ひょんなことから座敷わらしに出会い、少しずつ逞しくなっていく。座敷わらしの過去は悲しいものですが、湿っぽくならず、ほのぼのとした愛らしい作品です。
1投稿日: 2013.09.12
powered by ブクログ見たことはないけれど、ミュージカル化してたなぁ〜と 手に取って見ました。 東京から東北に引越してきた「もやしっ子」のユタ。 座敷童達と出会い、冒険したり、身体を鍛えたりして、 村の子供達とも溶け込んでいく。 座敷童の出生の秘密は、飢饉による間引きの化身。 煙草をすい、オムツを濡らし、少々臭いのキツイ彼らですが、 顔も知らない母親を恋しがる場面では胸がつまりました。 ユタと座敷童との別れはあっさりしていて、 私には寂しく感じました。 でも、それでいいのかな。
0投稿日: 2012.11.13
powered by ブクログおむつがちょっとにおう、座敷わらし。 溶け込むとたのしいかも。どんな環境も。 ユタが筋トレをしてぐんぐん成長することもうれしい。都会的か田舎的かはおいといて、体を鍛えるのは成長すると思う。 読んでたこれ、、、 悔しすぎる
0投稿日: 2012.09.10
powered by ブクログもとはケース入りハードカバーの初版本を父が持っていて、小2の頃読んでその後何度も読み返した。今年の1月には劇団四季のミュージカルを観て、主役たちと握手もしてもらった。 座敷わらしとの友情、飢饉と間引きを繰り返した農村の歴史、都会っ子の少年が田舎に引っ越して成長してゆくさま、・・・人生の早い時期に出会えたことに感謝。
0投稿日: 2012.09.03
powered by ブクログ「人間、なんでも、気の持ちようだぜ。」と座敷わらしたちが読む者に語りかける。どんな者の中にも,自分が思っている以上の可能性と勇気があるのだと思う。それを私たち自身が引き出そうとせず、諦めモードで過ごしてはいないだろうか? そのようにも問いかけてくる。 「あなたの中に、可能性が眠っているよ。」って、背中を後押ししてくれる仲間が側にいるのだ。目に見えずともいるのだ…。 一歩踏み出す力をくれる一冊です。
0投稿日: 2012.01.04
powered by ブクログ三浦哲郎の小説を読みました。主人公は小学校の6年生のユタこと勇太です。 東北地方でも北にある山間の村に転校してきたばかりでまだその土地になじめません。そのため、友だちもできず退屈で寂しい思いをしています。 村の温泉宿、銀林荘で風呂焚き用の薪割りをしている寅吉じいさんに悩みを打ち明けると、寅吉じいさんは思いがけないことをユタに告げます」。 座敷わらしに仲間になってもらえというのです。座敷わらしを知らないユタでしたが妖怪だと説明されると、いると信じて会いたくなったのでした。お母さんに意気地なしだと思われているので、それを利用して胆だめしだといって満月の夜にひとりで銀林荘のはなれに行ってみると・・・ ユタと9人の座敷わらしたちとの短い間ながらの心温まる交流の物語です。 座敷わらしたちの生い立ちに隠された歴史的な悲話もあるのですが、座敷わらしたちはみんな何となくユーモラスで愛すべきキャラクターとして書かれているので実際に会いたくなりました。 40年くらい前に上梓された作品ですが、今も上演されたりしているようなので児童文学には古いとか新しいとかの概念はあんまりないのかもしれません
0投稿日: 2011.08.06
powered by ブクログ割と有名な作品だったと思いますが・・・なんというか、普通でして、拍子抜けしてしまいました。 日本に、世界に通用するような児童文学作品はないのでしょうか。 おすすめの作品がありましたら是非教えてください。
0投稿日: 2011.03.09
powered by ブクログ劇団四季の舞台を見たのは小学生の頃だった。奇しくも本屋で手に取ったのは三浦哲郎氏の追悼記念フェアで、『ユタと不思議な仲間たち』の文字を見て、この作品は彼のだったのかと初めて知った。あの舞台を見て演劇をやりたいと思い、声楽を深めていきたいと思った私にとっては心に残る作品の一つである。 児童小説によくある不思議なものとの出会い、私は今でもこの類の児童小説が好きだ。しかし、一つ苦手なものがある。どの小説にも必ず別れがあるのだ。あれがどうも好きになれない。しかしながら、この『ユタと不思議な仲間たち』の別れはあっさりと後味が良いものになっている。物語りも小気味良く淡々と進んでいくのがとても印象が良い。 私もいつかは出会うと思っていた、まだ出会ってはいないが、いつかきっと出会うことを信じている。きっと出会えるはずであることを、この物語がまた思い出させてくれた。
0投稿日: 2011.01.02
powered by ブクログ★☆☆ 初めて読んだのは小学生のときだったかな。 だから、何だか懐かしい気持ちになる。 都会から来たユタが、座敷わらし達との触れ合いの中で、体も気持ちも強くなっていく。 座敷わらし達が、ただの〝子どものお化け〟ではなくて その背景の歴史もからめて描かれているのが印象的。 昔はただユタと座敷わらしが友達になって成長できるのがいいなぁって思っていたけれど、 改めて読むと、座敷わらし達の存在意義を考えさせられた。 (2007.10メモ→2010.04ブクログ)
0投稿日: 2010.04.15
powered by ブクログ飢饉の話が一番印象に残りました。今でこそ、お金で食べ物がどんどん輸入されていますが、冷静に世界のニュースを見渡してみると、いつまたこの日本を飢饉のようなものが襲っても不思議でない時代になったような気がします。 カロリーベースで40%そこそこの食料自給率に加え、諸外国の資源の取り合いは骨肉の争いであり、手近なところでは、中国のガス田開発など、 今までのアメリカの軍事力を背景にした日本の繁栄は、もはや通じないものになりつつあるようです。 20年ほど前は、テレビのニュースを見ても、「日本人か?」と問われるシーンを見ることが多かったのに、最近は「中国人か? それとも韓国人か?」と聞いてくるニュース番組が殆どです。国内の揚げ足取りに終始して疲弊している間に、世界から置いてけぼりを喰らうのではないでしょうか。
0投稿日: 2010.02.10
powered by ブクログ2009.11.17. 座敷童は、実は昔、飢饉の時代なんかに間引かれてしまった幼子だったという設定が良いです。幼子だったけど、ずーっと座敷童しているからおじさんみたいなのね、タバコ吸ったりして。でも、おむつしてるの。物語全体に、なんだか味があるんだなあ。 2009.10. 劇団四季の「ユタ」に原作があったとは。しかも作者が三浦さん。読まねば。
0投稿日: 2009.11.17
powered by ブクログ劇団四季で上演されていた劇の原作です。 小学校の学芸会で上演したこともあり、 ストーリーは大体知っていましたが、 台本や劇とは違った雰囲気がありました。 劇から原作の本を読んでみたのは2冊目でしたが、 原作独特の良さを楽しめるので これからもそういった本を見つけていきたいと思いました。 また、劇で演出が新たに施されている部分などを発見したりと、 色々な楽しみ方をしていきたいです。
0投稿日: 2009.07.22
powered by ブクログ2008/10/22購入。表紙からは予想できないくらいファンタジー。少年の成長ものがたり。読書感想文なんかによさそうなお話・・・
0投稿日: 2008.10.27
powered by ブクログ中学受験のころ、とある学校の試験問題にのっていたのが読むきっかけだったような・・・。塾の先生に借りて全部読んでみて当時すごくはまった。都会から田舎にひっこしてきたいじめられっ子の少年とその土地に住む座敷わらし達との友情ストーリー。ほのぼのする所もあり、ほろりとする所もあり。もう一度読んでみようかな。
0投稿日: 2006.10.11
powered by ブクログ一度興味を持つと、極めたくなる性質は健在。 amazonで、原作本と劇団四季のCDも購入。 『ユタと不思議な仲間たち』の原作は昭和46年初版なので、もう33年前。 読んでみる。 舞台では5人(ペドロ、ダンジャ、ゴンゾ、モンゼ、ヒノデロ)しか登場しない座敷わらしたち、原作ではさらに4人(ジュノメェ、トガサ、ジンジョ、ジュモンジ)加わる。 しかし、殆ど物語に関わらないのが悲しい。 えーと、ユタ、原作のほうが生意気です。 村に化石の調査で泊まりに着ていた女子大生がいたのだが、「女が化石の調査?」と。 ま、当時の感覚にはこういうのがあったんだろう。 そして、聞きにくいことも直球でぶつけてくれる子供のようです。 「わだ わだ あげろじゃががい」 と言う言葉はこの物語ではかなり重要な言葉なのだが、元の意味は 「僕だ 僕だ 開けてよ お母さん」 座敷わらしたちにその意味を聞いたあとに、 「でも、ペドロたちにお母さんはいなかったんだろ?」 とはっきりのたまってくれた。 お前、ペドロたちが間引きされた赤子だと聞いただろう、と。 でも、ユタが村に受け入れられていく様子は原作のほうがよくわかる。 目標のために向かっていく姿も、こっちのほうがひたむきに感じる。 どっちにしろ、憎めないキャラだと思う。 CDのほうは、やはりダンスがないのが寂しいところ。 でも、歌詞がついてくるので、舞台で見ただけではよく聞き取れなかった言葉などがよくわかって良い。 また、次に見に行く時にはもっと楽しめそうだ。 ずっと歌詞カードを見ながら一緒に歌っている自分がいる……。
0投稿日: 2006.05.26
powered by ブクログ都会の育ちの貧弱な少年がこれまた渋いキャラの妖怪達と出会い、成長していく。 ジブリ映画を見ているようで楽しい(笑)
0投稿日: 2006.03.21
powered by ブクログ古すぎてイメージ出ませんね…。座敷わらしといじめられっこの男の子が仲良くなるファンタジー。ほのぼのする。座敷わらしがかわいくて仕方なくなる♪
0投稿日: 2005.05.16
