
総合評価
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powered by ブクログ非常にキャッチーな題名で、これまで読んだ数多の新書の中でもトップクラス。この題名を考えた編集者は天才と言える。というのも、これこそ「人類最大の謎&テーマ」であるかもしれないからだ。だが、部数において『バカの壁』とか『聞く力』に及ばないという事実が「新書は題名だけでは売れない」ということの証左?なのかもしれない。 私は基本的にデカルト主義なので「良識(bon sens)はこの世のものでもっとも公平に分配されている。なぜというに、だれにしてもこれを十分にそなえているつもりであるし、ひどく気むずかしく、他のいかなる事にも満足せぬ人々さえ、すでに持っている以上にはこれを持とうと思わぬのが一般である。このことで人々がみなまちがっているというのは本当らしくない。このことはかえって適切にも、良識あるいは理性(raison)とよばれ、真実と虚偽とを見分けて正しく判断する力が、人々すべて生まれながら平等であることを証明する。(『方法序説』)」という立場を取るので、残念ながら呆けたカントには(真実と虚偽とを見分けて正しく判断する力がないという点で)「理性」はないと認識している。 とは言え、カントが終末期においても「礼儀正しさ」を失わなかったことは「義務論的倫理観」の現れであり、たとえ「理性」を失ったとしても「人間らしく生きること」は可能であるという希望があることを知ったのは大きな収穫ではある(そうではない事例がよく紹介されてウンザリしていたので・・・)。人間はたとえ呆けたとしても「功利主義」なんかに負けてはイケナイのだ。
0投稿日: 2024.09.07
powered by ブクログタイトルはあれだが、認知症患者に理性を認めることはできるか、また理性とはそもそもどのような能力なのかについて医学と哲学の両面から考察している著作。最後にカントの晩年の話がでてくる。認知症について考えるのにはよい本。
0投稿日: 2018.10.13
powered by ブクログ日本神霊協会で大井先生からお話をお聞きしたことで読んでみました。 大変興味深くかつ参考になりました。
0投稿日: 2017.09.03
powered by ブクログ認知症患者に耳を傾けるべきということを言いたいのはわかるし、もちろんそうあるべきだと思う。しかし内容が雑すぎる。カントやデカルトやヒャームを持ち出しては都合のいい解釈をしており、第6章などは全くタイトルと関係ない。では認知症高齢者が胃瘻以外の治療行為を拒否した場合も筆者は同様に主張するのだろうかと疑問に思った。
0投稿日: 2015.10.25
powered by ブクログ認知症であっても情動に基づく判断はできる。胃ろうにはあまり意味がないらしい。 カントなどの理性重視派は現代の科学の知見からは誤っている。
0投稿日: 2015.09.17
powered by ブクログ胃ろうを受け入れますか?認知症高齢者に訊くと9割方が「嫌」という。情動に基づく好き・嫌いだが、理性や意識なんてそんな凄いものじゃないし、生物の進化の歴史から見ても人生経験から見ても、情動は十分に尊重すべきである。 ある年齢過ぎたら、理性でガマンするより、単純に好きか嫌いかで選んじゃっていいってことですね。
0投稿日: 2015.06.15
