
総合評価
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powered by ブクログ***** ヨーロッパでは,科学はもともと「自然哲学」を母胎として生まれた知識であり,天動説と地動説の対立や,キリスト教と近代科学の軋轢に見られるように,それは宗教的迷妄に対峙する啓蒙主義的な世界観と密接に結びついていた。しかし,日本では,科学は技術と結びついた実用的な知識として,つまり世界観や自然観としてよりは,むしろ個別分野の専門的知識として,その技術的応用の側面に力点を置いて受容されたのである。そのような事情は,現在でも理学部に比べて工学部の規模が圧倒的に大きいわが国の大学制度に反映されており,また欧米から一時期(一九七〇年代),基礎科学の分野での「日本ただ乗り論」が指摘された一因ともなっている。そのような日本人の科学理解を象徴するものこそ,サイエンスの訳語として選ばれた「科学」という言葉なのである。(p.27) ギリシャ科学の特質が,ユークリッド幾何学やアリストテレスの論理学に見られるように「論証精神」にあったとすれば,アラビア科学の特質は錬金術に代表されるその「実験精神」に見ることができる。この論証精神と実験精神とがともにアラビア世界から移入され,それらがヨーロッパ世界において独自の結合を遂げることによって,やがて近代科学の方法が確立されるのである。その意味で,十二世紀ルネサンスは近代科学成立の母胎であったといって過言ではない。(pp.50-51)
0投稿日: 2025.11.30
powered by ブクログ非常に分かりやすく面白かったです。 著者は科学史、科学哲学、科学社会学という3つの観点による科学の捉え方を提示していらっしゃるようでしたが、それぞれ独立させて読んでも中身の濃い非常に面白い内容ばかりでした。 スコラが余暇であったことやピアレビューの原型、技術と科学の区別と日本への普及あたりの話が、ナラティブとして私は特に好きです。 あとがきの最後にあるように、「なんのための科学か」を改めて問う必要があるのが現代なんですかね。
7投稿日: 2025.10.16
powered by ブクログ科学者の端くれとして,科学哲学での考える科学と科学者の考える科学は違っているのではないかという動機で読んでみて,やはり違っているという思いが強くなった. 多くの科学者は,10章ポパーの反証主義に基づいていると考える.幽霊とか反証できないものは科学の対象ではなく,また反証されるまでの永遠の仮説で,絶対に正しい神話などではないという,周囲の科学者との交流で得ている認識と一致する.ただ,ポパーの中でも自然淘汰と関連付けるのはあまり同意できなかった. しかしながら,その後の議論の展開には同意できない点が多い.次のクワインテーゼだが,すでに公理主義になった数学についての議論の過程で,経験的な観測についての例が挙げられており,それでは論理展開がおかしくなるのも当然に思えた.この議論を展開する上で,すでに命題論理・述語論理の意味論を認めているはずだが,この当時すでにあったはずのペアノの自然数の公理はこれから逸脱しないはずなので,そもそも定義できないという主張が分からない.とりあえず,こうした議論を始めるにあたって,何を仮定しているのか説明してくれていない部分が幾つもあるように読めた.この点で,★を一つ差し引いて4個にした. その後のパラダイム論も同意できなかった.通約不可能性の例としてピタゴラスの定理が挙げられている.だが,こうした議論の混乱が起きないように,公理主義後の数学はどの公理系を仮定したかを明示することで,これを回避するのが公理主義だし,必要があれば統一的に扱えるようにする公理系自体を設計する自由がある.ここでの議論も,公理主義前の議論をベースにしているようで,やはり仮定を始めに明示してくれない点が気になった. あとは,ウィーン学団のところであったが,哲学の議論を読むと,定量的な観点がほとんどないことが気になった.仮説がエビデンスで徐々に強化される考えを示したラプラスや,現代科学の屋台骨を支える統計のフィッシャーやピアソンといった人が科学史に登場しないのはだいぶ残念な気がした. 科学史全般については,自由学芸が教会などを中心に徒弟制のようなものだったのと同様に,科学の知識もギルドなどで制度的に教育・発展が行われたはずだが,そういった部分は無視して厳密に近代の形になってからに絞り混まれていて,歴史が短くなっているのは残念だった.国家が科学に資金提供するようになったのは20世紀初頭とされているが,バベッジの階差期間に英国政府の出資があったのはもっと前だし,その前に,マイセン磁器のように王侯のパトロンとしての出資とかは含められず,やはり短い歴史にされてしまっているように思う.自由学芸に対してmechanicalには侮蔑的な意味合いがあったと本書にはあったが,科学哲学の人たちは科学が嫌いなんだろうなという認識を新たにした. マット・リドレーとかスティーブン・ピンカーとか親科学的な人は出てこず,反科学的な史観に私には思えたが,科学哲学のコミュニティはそういう考えではないのだということが分かった.
2投稿日: 2023.02.28
powered by ブクログアリストテレス、プトレマイオス、コペルニクス、ガリレオにニュートン、あるいはフレーゲ、ポパー、クワインにクーンといった人達が何を主張したのか。 個別にはよく知られていると思いますが、それらを繋げて整理することができる本です。 本書は3部立てです。 第1部は科学史です。 まず、古代ギリシアにおける自然観=アリストテレス的自然観が出発点です。 このアリストテレス的自然観は、現代の知識を持っていなければ、「そうかも」と思ってしまいそうなもので、次のように整理されます。 1 古代天文学のセントラル・ドグマ (1) 天上と地上の根本的区別 (2) 天体の動力としての天球の存在 (3) 天体の自然運動としての一様な円運動 2 古代運動論のセントラル・ドグマ (1) 自然運動の原因としての自然的傾向の存在 (2) 強制運動の原因としての接触による近接作用 (3) 物体の速度は動力に比例し媒質の抵抗に反比例する このアリストテレス的自然観をひっくり返したのが科学革命です。 天文学では、コペルニクスの地動説が(1)天上と地上の根本的区別を覆し、ケプラーが(2)天球の存在と(3)一様な円運動を否定する。 物理学では、ガリレオは実験によって(3)物体の速度は動力に比例を反証し、慣性の法則として(1)自然的傾向とは異なる説明を与えました。 そしてニュートンが、天上の運動と地上の運動を同じ法則によって説明し、万有引力という(2)接触による近接作用以外の原因による運動の原理を示しました。 第2部は科学哲学です。 アリストテレスが論理学をまとめた際、演繹法と帰納法という方法論が整理されていました。 19世紀、科学者達はこの2つをまとめた仮説演繹法を方法論としていました。 しかし、こうして組み立てられた科学に対して、非ユークリッド幾何学、集合論の矛盾、量子力学が疑問を投げかけます。 何が正しい科学なのか。 検証可能性のないものは科学ではないとする論理実証主義。 論理実証主義を否定して反証可能性を試金石とするポパー。 ホーリズム(全体論)を主張するクワイン。 第3部は科学社会学です。 今でこそ、科学は国家や産業と結びつき、多額の資金を投入されて推進されるというイメージですが、そうなったのはつい最近のことです。 知識人の余暇として研究される時代、大学で研究され研究者仲間だけで評価し合っていた時代がありました。 また、産業革命の担い手は科学者ではなく、技術者・起業家でした。 しかし、現代では科学と技術は結びつき、大きな影響を社会に及ぼします。 かなり多彩なトピックスを一本にまとめて、流れるように説明する本です。 すごく洗練されていると感じました。 最後、文庫版で付けられた補章は、少し説教くさいですが、それを加味しても充分名著と呼ばれてしかるべきだと思います。
1投稿日: 2023.02.11
powered by ブクログ・「科学」って何なの? っていう疑問に、歴史・哲学・社会学の三方向から攻める本。 ・それぞれの章が単独でも学びになるのに、組み合わせると「科学」が多面的に浮かび上がってくる構成、おもしろすぎ。 ・特に哲学の章、「こういう背景があってこの考え方が出てきて、そのカウンターとしてこの考え方が出てきて...」って流れで書かれてるので、ストーリー性があって楽しい。 ・タイトルから想像する以上に読みやすいよ。
0投稿日: 2023.01.03
powered by ブクログ【星:4.5】 「科学」とは何か、哲学と何が違うのか、そんな疑問を抱いていたところで見つけた。そしてこの私の疑問に十分答えてくれた1冊であった。 科学史・科学哲学・科学社会学と3部構成で、お堅い内容ではあるものの、非常に丁寧な説明で分かりやすく書いてくれている。 正直分からない部分もあるが、文章・説明が丁寧なためか、それがストレスにならない。 読んでよかったと思わせてくれる本であった。
1投稿日: 2022.12.30
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ギリシア的コスモロジー(アリストテレス的自然観) =天動説 アリストテレスの運動(実体も量も質も) 可能態dynamisから現実態エネルゲイア 2000年信じられてきたアリストテレス的自然観が「科学革命」によって崩れる =「十二世紀ルネサンス」 アラビア科学をヨーロッパ世界にもたらした ・アラビア数字 ・位取り法 ・60進法 ・アラビア語の定冠詞al(代数学、アルゴリズム、アルカリなど) ・実証主義と実験精神(錬金術からくる) コペルニクス「コスモロジーの転換」 ニュートン「天と地の統一」 ケプラー ガリレオ「自然の数学化」 質的自然観から量的自然観へ ギリシア科学 演繹法の論証科学 アラビア科学 帰納法の実験科学 →近代科学「仮説演繹法」 普遍的命題⇔個別的命題 発見法abduction プラグマティズム創始者パース 現代ではセレンディピティ ラプラスのデーモン=古典物理学的世界像の崩壊危機 分析命題⇔総合命題 『沈黙の春』地球環境問題の原点 Trans Science 価値中立神話 科学技術は諸刃の剣 フクシマによる専門家の信頼の危機 R信頼性 I世代間倫理 S社会的説明責任 K知識の製造物責任
1投稿日: 2022.01.15
powered by ブクログ無茶苦茶おもしろい。高校生から10代のうちに読んでおくべき本。 哲学→科学の歴史から、科学哲学と科学者、社会との関わりまで、時代を追いながら論者と理論の変遷がわかる。 純粋に真理に至る道を探る素朴な科学像は今はもうないと思った。
1投稿日: 2021.12.01
powered by ブクログ科学とは何か。その問いに答えるため、科学史、科学哲学、科学社会学の三つの観点から論じた本。理路整然とした文章で、取り扱っている内容も質、量ともにバランスが良く頭に入れやすい。 印象に残ったことは、古代理論が長い間支配していたのは、理論が日常の知覚的経験と合致していたから、また、理論の中核的な規則が、当時の信仰的背景と親和性を持っており、そのため、革新的な考えは発案者すら葛藤を生じさせるものであったからである。 このことは、科学の発展を考える上で重要な事例である。なぜなら、科学とは仮説であることを如実に表している事実だからである。 仮説ではあるが、悲しいことではない。科学とはそういうもので、それゆえに発展を遂げているからである。
1投稿日: 2021.03.16
powered by ブクログとてもおもしろい。何よりも既出事項を何度も反復して振り返ってくださるので、折返し内容理解を深め、事実確認しながら読み進めていくことができる。正直、どのように自分が、科学に取り組んでいくかその立ち位置を確認するにはもっと学ばなくては、と思うものの、大きなヒントを与えてくれることは間違いない。 近年における科学研究のあり方についてなども言及している最後の方は評価も別れるのかもしれないが、個人的には誠実な著者の学問に対する態度が表れているように思え、、非常に勉強になった。
1投稿日: 2020.08.11
powered by ブクログ天動説が間違っていて、地動説があっているという考えは、まだ学校で教えられているのかもしれないが、どちらがあっているか?という考えそのものが、社会のパースペクティブによって経験科学である自然科学が成立していくという、学問の歴史性を示している。 また、地動説が正しいとしたとしても、それはより、「何が中心か」、何が慣性系かを考える我々の習慣が強くなっていることを物語っており、マイケルソン・モーリーの実験の執念への奇妙さを生んだ。そもそも、この世界に慣性系を物語るような現象は観測されたことがあるのだろうか?観測されたこともない現象に基づき物理法則の仮説が生まれること自体、錬金術の補完的要素が科学に残されているのだろうと思う。
1投稿日: 2020.05.06
powered by ブクログ科学とは何か?を広く紹介した本。科学技術という言葉があるが、本来科学は裕福な趣味のようにやるもので、奴隷のやるような労働の技術は別ものだった。それらがいかに結びついていくかのあたりが面白かった。
1投稿日: 2020.01.06
powered by ブクログ科学のはじまりから現代まで、パラダイムの変遷を中心に纏められた完成度の高い入門書。 簡潔に淡々と科学の歴史を説明しながらも、没入感を感じさせる文章の上手さがある。 西洋のサイエンスと日本の科学の違いと違いが生まれた理由についての記述は興味深い。
1投稿日: 2019.08.15
powered by ブクログ科学者≒哲学者、技術者≒職人というある種の身分差が欧州にはあるが、明治期以降に「ただ乗り」した日本においては「科学技術」という独自の単語を生み出す事により、両者の区別が曖昧である事が幸運でもあり、歪みでもあるとの事。結果、理学系より工学系が大学教育で強いのは日本独特らしい。 科学をテーマとして歴史、哲学、社会学の3つのアプローチをしていくわけだが、「科学とは何か?」という探求のみならず、この3つの学問的アプローチの違いを学べるという点においても有益である。
2投稿日: 2018.12.28
powered by ブクログうまくまとまった入門書です。アリストテレスの自然学かから科学革命を経て科学の制度化へと至る科学史。そして、論理実証主義やクワインのホーリズム、パラダイム論などの科学哲学。さらに、ソーカル事件、科学技術の倫理などの科学社会学。これまであれこれ読んで蓄えてきた知識について、頭の整理をするのに役に立ちました。(2015年7月20日読了)
1投稿日: 2018.03.31
powered by ブクログ学者としての面目躍如な論考である。これまでの歴史の中で行われてきた学説を解説する手際は一流である。つまり、精彩を放つ学説のその有様を再現することにかけて、著者に知の閃きが十分に看取できる。一方で、学説史のみならず、現代社会の問題にも言及があるが、その点に関しては、マスコミが口にするような、常識的な言説しかこの著者は描いておらず、創造性が発揮されていない。これでは社会に対して通り一遍な承認しか与えられず、突破口となる言説からは遠い。とはいえ、知の紹介に関しては私も興奮したし、面白い論考である。
1投稿日: 2018.02.24
powered by ブクログ新書なのに科学史・科学哲学・科学社会学の三部構成で多角的に論じられている良質な入門書。放送大学の教科書がもとになっているだけあって、よくまとまっていて日本語も読みやすい。科学哲学の入門書はたくさんあるが科学史や科学社会学の入門書はあまりないので、その点でも貴重。
2投稿日: 2017.01.30
powered by ブクログ2016年度昼間「科学哲学」前期後期。 科学哲学を本格的に学ぶのははじめてだったのだが、概観的であるうえに精度も高い印象のテクストで、講義でも自分ひとりでも、読めば読むほどに理解が深まっていくという非常によいテクストであった。 ウィトゲンシュタインの言葉を聞いたことがあるような、というレベルだった自分が、記号論理学の革命性に深く感動するまでに至ったのは、この教科書とこの講義がすばらしかったおかげだと思う。 科学哲学の講義はとりあえず終わったが、この本は長く手もとに置いておきたい。とくに論理学はこれを足がかりにしてもっと学んでいきたい。
2投稿日: 2017.01.24
powered by ブクログ放送大学のテキストとして刊行された『科学の哲学』に、福島原発が科学技術に対してどのような問いを投げかけているのかという問題を考察した補章を加えた本です。 全体は三部に分かれており、第一部では古代から近代に至るまでの科学史の概略が説明されています。第二部では、ウィーン学団による論理実証主義の運動から、ポパーの批判的合理主義を経て、クーンのパラダイム論がもたらしたインパクトまでの科学哲学の経緯を簡潔に説明しています。第三部では、科学知識の社会学の現代的展開から、いわゆる「ソーカル事件」によって広く知られるようになったサイエンス・ウォーズなどのテーマがとりあげられています。 著者は、村上陽一郎と並んで、クーンなどに代表される「新科学哲学」の日本における紹介者として知られており、本書でもひかえめながら自然主義的な科学哲学とは異なる潮流に対する共感が表明されています。そういう点ではやや偏りがあるともいえるので、内井惣七や戸田山和久、中山康雄らの入門書で、本書とは異なる科学哲学上の立場について補う必要があるかもしれません。
2投稿日: 2016.07.22
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
考えてみれば、いまわたしたちのいる21世紀はとてもよい時代なのかもしれない。経済、科学、宗教、そういうものの破綻に嫌でも向きあわざるをえぬ時代。正常とされていたものの逸脱を、逸脱と見るのか、あるいは正常とされていたものの側への懐疑とするのか。そのように知性が試される時代。書店には狭義の「反知性主義」を問う本が並ぶが、もう一歩進んで汎知性を考えてみるときであるのかもしれない。 知らずに購読したのだが、放送大学のテキストに加筆して文庫化したもの。わたしが在学した時期にこの講座はなかった。モッタイナイことであった。
2投稿日: 2015.03.29
