
総合評価
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powered by ブクログ上巻とは状況が変わり、藩の中で重用されるようになった様子を書く。 福沢諭吉との考え方の対比が面白かった。両者は似ているが、あくまでも藩を前提とした考えに立脚している点は、一種の諦めもあったのかもしれないと思った。
0投稿日: 2025.11.02
powered by ブクログ福沢諭吉、渋沢栄一というビッグネーム以外福地源一郎など知らなかった天才も出てきてとても勉強になる。当時の尊皇論、水戸学、陽明学も分かりやすく整理されている。物語としても逸品。下巻も楽しみ。
0投稿日: 2025.09.13
powered by ブクログついに戊辰戦争が開始される中編。長岡藩では緊急事態下で河井継之助を家老に任じて、幕府と朝廷の様子を探るべく藩主自ら大阪・京都に直接赴くことを決意する。長岡藩を含めた幕府方の大軍が徳川慶喜のいる大阪城周辺に集結するなかで、ついに鳥羽伏見の戦いが勃発するのだった。 徹底的なリアリストとして、藩には緊縮財政を迫りつつそこで得た金で最新鋭の武器を西洋から仕入れる継之助。プロイセンという列強のなかでは後発の国で、自らも成り上がろうとするスネルからガトリング砲など強力な武器を次々に購入し長岡に運び入れていく。 恐らくは著者の創作だろうが、河井継之助と福沢諭吉の対話はお互いがリアリストでありながら、戦争に対するスタンスが異なって面白い。歴史は幕臣でありながら戦争からは徹底的に逃避した福沢諭吉に後世の評価を与えたが、立場が異なれば河井継之助も生き長らえてもっと名を残したに違いない。
6投稿日: 2025.06.21
powered by ブクログ物語は当然ながら史実通り大政奉還を経て、官軍の東進が始まっている。 その中で継ノ助の立ち位置は、策略を用いて怨念と復讐に燃える薩長ではなく日本そのものを変えようという先進的な考え方を持つ人物と会い、かなりの部分で共感しながらも、あくまで長岡藩士を貫いてブレないところがこの時代の矛盾のように興味深い。 さて、下巻では戊辰戦争が終わった後の明治政府初期まで進むのだろうが、その中で彼がどのような行動を取り、歴史に影響を与えるのか否か興味深い。
0投稿日: 2025.05.14
powered by ブクログ引き続き、面白い。 歴史は動き、河井継之助はぶれない。 ぶれないにも程がある。何たる格好の良いことか。 行くぜ、下巻。 感想は下巻にて。
0投稿日: 2025.04.08
powered by ブクログ中巻では、継之助が藩主の手引きもあって藩の要職に引き上げられてからの富国強兵の内政、藩主を擁して鳥羽伏見の直前に京に上がって情勢分析をし、江戸に帰ってスネルを通じてミニエー銃を中心に武装を整えて調練をし、最後は分藩を集めて官軍に降るべしと伝える。 本巻を通じて通底しているのは、継之助の矛盾とそれによる面白さであろう。動乱の世を見据えて長岡藩は独立して重武装で乗り切るという発想を持っているため、あらゆる不合理を廃してしまう。自らが好きだった遊郭すら取り潰してしまう凄みを持っている。 福地源一郎や福沢諭吉との会話も面白い。福地・福沢は旧来の幕臣ではなく、先を見通した上で、幕府は倒れること、それが時代の流れで望ましいこと、気に食わないが薩長の世になること、それを俯瞰的に見た上で、我が身の処し方として官僚の自分達が戦っても何の意味もないことを良くわかっている。継之助も情勢分析は全く同じだが、その中で越後長岡藩という型の中に自分を敢えて押し込めてどうするかをずっと悩んでいる。 少なくとも備えるべきは近代武力ということはわかっており、富国強兵や江戸屋敷のお宝を売った金で銃砲を購入し、調練も怠らず、手札は持っておくが、佐幕(そもそも大政奉還しているのでそんな概念は存在しないというのが継之助の発想)にも官軍にも靡くことはない。 会津藩に呼ばれた江戸での列藩会議でも皆の覚悟を問い、それが共有されるなら箱根で戦いたいと思いつつ、敢えて引っ張りはしない。そして支藩には官軍に降ることを勧める。 先を見通して、佐幕の必要もないとわかっていながら藩を厳しい道に進めて行く継之助。下巻では遂に北越戦争となるが、矛盾に満ちた継之助がどういう心持ちで戦い、戦病死したのか楽しみである。
0投稿日: 2025.03.16
powered by ブクログメジャーな視点からではなく小藩の視点からの幕末の様子が非常に面白い。人が右往左往する様子、従来の考え方やしきたりから変化できない様子が哀しい。 上巻で世に出る前の継之助をじっくり描いたからこその中巻。 継之助レベルは無理でも、常に思考を怠らずに過ごしたいものだ。 下巻に書かれているであろう長岡藩の行く末が楽しみ。
0投稿日: 2024.10.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
福沢諭吉や福地源一郎といった文明人と議論し、その先見性を認められるほどの人材がなぜ自分の藩にここまでこだわるのか… それは300年に及ぶ幕府という仕組みや侍の文化が根っこから染み付いてしまい、その価値観を変えられていないからだろう。彼は最終的に変わらないままであると思われるが、一つの凝り固まった組織に属する人間に対するアンチテーゼも感じる
1投稿日: 2024.09.03
powered by ブクログ――考えてもみよ。 と、継之助はおもう。いまこの大変動期にあたり、人間なる者がことごとく薩長の勝利者におもねり、打算に走り、あらそって新時代の側につき、旧恩をわすれ、男子の道をわすれ、言うべきことを言わなかったならば、後世はどうなるのであろう。 2021/1/16読了 維新の敗者側の、しかも小藩の執政で戊辰戦争の局所戦に散った河井継之助だが、しかし司馬遼太郎という屈指の歴史小説家に見出されたお陰で、百数十年の後世の我々が、その名を記憶に留める事が出来るのである。
0投稿日: 2023.10.01
powered by ブクログ戊辰戦争が始まり、河井継之助が新潟に戻ることを決めるあたりまで。福地源一郎や福沢諭吉などと交流があったことは意外。
0投稿日: 2023.08.23
powered by ブクログ巻末の「解説」で、本作が『竜馬がゆく』、『坂の上の雲』といった作品と前後連続して書かれたことを知った。自身、30歳を前に連続してー立て続けにー読んだ。 上巻ともども四半世紀ぶりに再読したのだが、やはり、おもしろい。時間が取れれば一気読みしてしまう筆致だ。河井継之助の美しさ、儚さ、不幸、時代性、いろいろ考えさせられる。 ただ、初読から再読まで敢えて時間を空けたのは、上巻を読んだ時に感じた違和感を予想したからだった。司馬作品には中毒性がある。読者の行動を迫る勢いがある。この違和感は、本作が書かれた昭和と令和の時代、初読の20代と50代となった今という世代が関係しているのかもしれない。
0投稿日: 2023.08.06
powered by ブクログ中巻、話は徐々にではあるが確実に面白味が増してきている。長岡藩の家老となり、長岡藩を密かに独立不覊のものとして存在させようとするも、大政奉還、京への藩主派遣と時代の流れはそれよりも急激すぎて、長岡藩の藩士として、侍としての生き方に固守する姿には、河井継之助自身が明晰な頭脳を持ち、大胆な行動力があるだけに、余計に悲哀さを帯びつつあるように感じた。 自身が立つところの社会なりが、急変若しくは存在しなくなる時に、立つところを変えるか、若しくは捨てるか等どういった行動をとるべきか、この時代の人は否応なく考えさせられていたかもしれない。
0投稿日: 2022.09.10
powered by ブクログ河合継之助は越後長岡藩の老中となり、幕府が倒れようとする幕末に何とか自分たちが存続できるように考えを巡らせる。この間では徳川慶喜や大政奉還のことなどが描かれるが、今までよくわかっていなかった大政奉還のことが、ようやく少しわかったような気がする。そして薩摩長州のしたたかさと幕末から明治維新のかけての複雑さがちょっとわかった。今までは竜馬がゆくなどの、明治維新を起こした側からの物語しか見たことがなかったからなのだと思う。新しい視点で見ることができた。
1投稿日: 2022.08.14
powered by ブクログ峠3巻の中。上より夢中で引き込まれた。今までの幕末から明治に移行する際に、自分なりにイメージしていた事が大分違っていて、軍事力はまだまだ幕府方が優っていたのに、どうして戦わなかったのだろうと思っていた。 正に、その辺りの疑問が払拭されたような感があった。
0投稿日: 2022.05.30
powered by ブクログ上巻では、話の起伏に乏しくどうなることかと思ったが、中巻に入り、おもしろくなってきた。 幕末の鳥羽伏見の戦いや慶喜敗走以後の、諸藩の動き、御三家、譜代大名さえ、徳川か官軍かと右往左往していたこと、安政の大獄を遂げて桜田門外ノ変で落命した井伊直弼の井伊家が後に官軍として東征したという事実を知り、教科書に載っていない隙間の時代を知って興味深かった。
0投稿日: 2022.05.12
powered by ブクログ面白い。上巻でのゆっくりした流れとは真逆で時勢が急激に動くにつれ、河井氏の信念がたっていくこと、とても面白かった。
0投稿日: 2022.02.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
p.20 「あいつは私情も私心も捨てているだけでなく、命もすててかかっている。そういう男に、文句のつけようがない」 p.207 (なにごとかをするということは、結局はなにかに害をあたえるということだ) p.516 「とにかく意見がこうもまとまらないと」 「意見じゃないんだ、覚悟だよ、これは。 「覚悟というのはつねに独りぼっちなもので、本来、他の人間に強制できないものだ。 p.517 事をなすときには、希望を含んだ考えをもってはいけない 面白くなってきました
0投稿日: 2022.01.07
powered by ブクログとても難しい歴史小説なのですが、引き込まれて読んでいます。ちょっと中だるみな感もいっときありましたが、福沢諭吉の話が面白かったです。 海外へ行く人が増えた中で、世界の中の日本の在り方や今の日本の在り方について、色んな考えがあったのだろうなと思いました。 武士として、武士の世では無い新しい世の中を受け入れざるをえない苦悩を感じました。
0投稿日: 2021.12.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
上巻ではいけ好かない頭でっかち野郎だった河井継之助だけど、中巻になるとちょっと趣が変わる。 「幕府なんてもはや不要。 長岡藩は自立してやっていけるような経済力を身につけねばならない。」 と言っていたかと思うと、 「殿には、忠臣であるという筋を通させてやりたい」(つまり幕府のために忠義を尽くさせたい) と言い、さらには 「殿がまず死んで見せなければ、藩の意見は一つにならない」 とまで言い出す。 どうしたいのだ、河井継之助。 幕府をあてにせず経済立国を目指すのだったら、さっさと薩長に付けばよかったのだ。 殿の心情を汲んで幕府に忠義を立てるというのなら、もっと早くから薩長の主張の矛盾を突いて論破しておけばよかったのだ。 とりあえず本心を押し殺したまま、藩政改革に乗り出す継之助。 誰にも本心を隠したままだから、すべてを自分一人でこなさなければならない。 船頭が多すぎると船が山に登ってしまうけど、ひとりでできることなんていくら有能な人物にだって限りはある。 身をすり減らしながら藩内外を奔走する継之助の言った言葉。 ”「政治とは、本来寒いものだぜ」(中略)「政治をするものは身が寒い」ということに相違ない。わが身をそういう場所に置いておかねば、領民はとてもついて来ないということらしい。” ”理に合わぬ禁令が出ると、ずるいやつが得をする。政治が社会を毒するのはそういう場合だ。” これは最近のワクチン問題とか、自粛問題とか、思い当たることがいろいろあるなあ。 福澤諭吉との比較 ”福澤は乾ききった理性で世の進運をとらえているが、継之助には情緒性がつよい。情緒を、この継之助は士たる者の美しさとして見、人として最も大事なものとしている。” 福澤諭吉については、まあそうだろうと思うけど、上巻の継之助には情緒性はなかったよ。 何だか人物造形にぶれがあるような気がしてならない。 さて、かねてより幕府に近しかった島津斉彬の下で見いだされた西郷隆盛が、どうしてあれほど幕府に対して敵対行動をとるようになったのかがわからなかったのですが、ここに西郷どんの語った言葉が書いてありました。 ”日本中を焦土にする覚悟でかからねばならない。天下は灰になり、民は苦しむ、しかしその灰と苦しみのなかからでなければあたらしい国家をつくりあげる力は湧いてこない” 灰と苦しみのなかから新しくつくりあげる。 さすが薩摩の人の言葉だ。 確かに、いい思い出を最後に残して別れた男には未練も残るが、最低最悪のクズ男だと思って別れたら、二度とよりを戻そうとは思わないもんなあ。 でもね、武士はいいよ。 戦うのが仕事だから。 その結果の灰と苦しみも甘んじて受ける覚悟はあるのだろう。 しかし、民衆はただ苦しむだけなのだ。 西郷さんは西南戦争の最後まで、武士の立場でしか動けなかったんだなあ。 「子分がいると、そうなる」と勝先生はおっしゃっていたけれど。
0投稿日: 2021.07.07
powered by ブクログ継之助、長岡に戻る。人材不足の長岡藩、継之助は家老に祭り上げられる。世は、大政奉還から鳥羽・伏見の戦い、そして江戸無血開城へ。今(2021年5月末)のNHK大河の「青天を衝け」で、ちょうど同じ頃をやってるが、長岡藩にこんな世界を分かっていた人がいたなんて全然知らなかったわ。福沢諭吉との対話なんて最高!
1投稿日: 2021.05.31
powered by ブクログ自然に融けて呼吸しておればよい。死も生も自然の一形態にすぎず、一表現にすぎず、さほどに重大なものでもない。 禅宗にも興味出て来た。
0投稿日: 2021.04.10
powered by ブクログ郡奉行から藩主牧野忠雅にアタマがよいと気に入られあっという間に長岡藩家老に出世。1人のごぼう抜きをあっさり許すほどそんなに魯鈍だらけなのか長岡藩は。スイス人のファブルブランド、ドイツ人のエドワードスネルといった横浜の外国商人にやたら気に入られ、長岡藩の財物を家老の専断で一挙に売り払い最新鋭の武器を海外から購入し、佐幕サイドでは数少ない薩長に匹敵する軍備を保つ。福沢諭吉との、大政奉還後の日本の有り様に関する議論だけは面白かった、西洋流に自由と権利を崇拝し完全開国主義では一致する2人ながら教育者哲学者と本家は崩壊させてはならない政治家との違い。
0投稿日: 2020.09.06
powered by ブクログ長岡藩の百石藩士・河井継之助の備中松山、長崎の遊学の旅、藩主・牧野忠恭の覚え目出度い継之助の異例の大出世、大政奉還後の長岡藩の藩政改革の様子など、痛快な挿話の数々が情緒豊かに語られていく。風雲急を告げる時代を背景に、譜代大名長岡藩の行末を按じ、一命をかけて闘争の炎を燃やす家老・河井継之助の凄まじい生涯を描いた、著者の筆力の凄さに今更ながら驚き、この歴史小説の世界に引き込まれていく。
1投稿日: 2020.03.29
powered by ブクログいよいよ物語が動き出す 動乱の時代が幕を開ける中、継之助も藩のため立ち上がる しかし、作中でも言われているように、継之助ほど先を見通し、日本の行く末を読める男が、自らの藩のためだけにその能力を振るうこと、惜しいと感じた
0投稿日: 2019.11.28
powered by ブクログだんだんと、らしく、なってきた。 でも、奥さんを完全にほっぽらかしている事が、どうにも気になる。 大事を成すには、犠牲にしても良い?違うよね。
0投稿日: 2019.08.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
上巻では、主人公の河井継之助は、長岡から江戸へ遊学し古賀謹一郎門下となり、その後当時藩政改革で名を知られていた備中松山の山田方谷のもとを訪れる。修行をつみ、身から藩政改革のエッセンスを吸収し、再び長岡へ帰る。 中巻は、継之助が長岡に帰り、外様吟味という地方官に任命されるところから始まる。この抜擢を行ったのは、藩主牧野忠恭であり、抜擢された継之助は一途に藩政に尽くそうとする。 もともと継之助の発想が、いわば藩至上主義的であって、世の中がどのように動こうとも、まずは自藩の安定が第一という発想のように思われる。 彼はその直後、郡奉行へ昇格し、そのポストの権限を大いに活用して、藩政改革の初期活動を開始する。当世の金の流れに着目し、浪費を減らして藩の体力を強めようと、まずは賭博と買春を即刻禁止する。自ら現場で裏をとる摘発方法や見せしめ付きの必罰主義などで、なかば恐怖政治的に、改革を進めてしまう剛腕ぶりである。 そんな剛腕な河井継之助も、時代の流れに飲み込まれ、京や江戸での働きはそれほどぱっとしなかったというのが印象だ。 桜田門外の変以降、急速に幕府の権威は衰退し、倒幕の動きが加速されてくる。徳川の譜代である長岡藩の忠誠を示すため、藩主とともに継之助は京都へおもむくが、正直のところこの時代の流れがあまりにも大きくそして速すぎて、一藩の家老である継之助には、時勢の読みはできても、全く手が出ないといった感じだ。 そのまま慶喜の遁走とともに、長岡藩も江戸へ引き上げ、手をこまねくばかり。他藩に先駆けてせっかく買い付けた最新式の機関銃も使う機会なく、宝の持ち腐れ状態のような感想をこの時点ではもった。 江戸在留中に通訳士の福地源一郎の紹介で、継之助は福澤諭吉と直接話す機会を持つ。この二人の対話シーンは非常に面白く読めた。 世界に追いつけと日本一国の未来を語る福澤と藩至上主義の河井。まったく話がかみ合わない。ただ考え方が異なるだけではあるのだが、やはりスケールの違いとして感じてしまう。 やはり河井は、「藩」という閉じた概念から飛び出すことはできなかったんだなと感じる。その枠を超えて発想できる人物が偉大だっただけのかもしれないが。 いよいよ幕府の命脈が断たれようとする中、河井は長岡藩をどの方向へ進めていくだろうか。
2投稿日: 2018.06.16
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(なにごとかをするということは、結局はなにかに害をあたえるということだ)と継之助は考えている。何者かに害をあたえる勇気のない者に善事ができるはずがない、と継之助は考えている。(pp.207-208中) 自由と権利というものが西洋の先進文明を成り立たせている基礎であり、政治、法律、社会をはじめ、人間のくらしのうえでの小さなことがらにいたるまでの基礎思想であり、さらには人間を人間たらしめている大本であることに、日本人のたれよりも早く気付いたのは福沢諭吉であろう。(pp.416-417中) 継之助は、儒教の徒である。儒教は王を輔けて人民の幸福をはかるという政治思想であり、あくまでも人民は上から撫育すべきものという、あたまがある。 それが継之助の「人民」だが、福沢の「人民」は人民そのものの富と教養を増大し、その力を大きくすることによって結果として国家や社会が栄えるという、そういう「人民」であろう。(p.425中) 継之助にとってもっとも大事なのはその世迷いごとであった。福沢は乾ききった理性で世の進運をとらえているが、継之助には情緒性がつよい。情緒を、この継之助は士たる者の美しさとして見、人としてもっとも大事なものとしている。(pp.426-427中) 「覚悟というのはつねに孤りぼっちなもので、本来、他の人間に強制できないものだ。まして一つの藩が他の藩に強制することはできない」(p.516中)
0投稿日: 2018.02.26
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時刻が、移った。 会議はまとまりがなく、だらだらとつづいている。 継之助はもう、議事の進行に興味をうしない、柱にもたれ、煙管のやにをとったり、ふかしたりしている。 そのうち会津藩の秋月悌次郎がやってきて、 「どうもあれだな、これはまとまらない」 と、小声でこぼした。 継之助はぷっと一服吹き、 「まとまらないんじゃないんだ。どの藩もはじめから意見などもっていないのだ」 といった。 たしかに内実はそうらしい。しかし会津藩としてはどうしても抗戦へまとめてゆきたいという願望がある。 「そのように言われちゃ、実も蓋もない。かれらはこのように集まってきている。集まってきているということ自体、大いなる情熱のある証拠だとみたい」 (情熱だろうか) 継之助は、くびをひねり、すぐ、 「韋軒先生」 と、秋月を雅号でよんだ。 「水をかけるようでわるいが、それは甘い。かれらはたがいに他藩の顔色を見るためにきているのだ。他藩はどうするか、それによって自藩のゆき方を考えようとしている。要するに顔色を見合うための会合だ」 「そうだろうか」 秋月は白皙の顔に、苦渋をうかべた。それではこまる。官軍はこの会議のあいだも、刻々と江戸にせまろうとしているのである。 「とにかく意見がこうもまとまらないと」 と、秋月がなにか言おうとしたが、継之助は言葉を奪い、 「意見じゃないんだ、覚悟だよ、これは。官軍に抗して起つか起たぬか。起って箱根で死ぬ。箱根とはかぎらぬ、節義のために欣然屍を戦野に曝すかどうか、そういう覚悟の問題であり、それがきまってから政略、戦略が出てくる。政略や戦略は枝葉のことだ。覚悟だぜ」 「そう、覚悟だ」 「それが、どの藩のどの面をみてもきまっていない。これじゃ百日会議をやってもきまらない」 「どうすればよい」 「覚悟というのはつねに孤りぼっちな者で、本来、他の人間に強制できないものだ。まして一つの藩が他の藩に強制できることはできない」 「強制じゃない」 「ことばはどうでもいい。要するにてめえの覚悟を他の者ももつとおもって、そういう勘定で事をなすととんでもないことになる」 「そうだろうか」 「史書をみればわかる。韋軒先生ほどのひとがそれがわからないというのは、一個の希望が働いているからだ。事をなすときには、希望を含んだ考えをもってはいけない」 継之助は煙管に莨を詰めた。
0投稿日: 2017.12.17
powered by ブクログ河合継之助、行動を起こし始める、の巻。歴史上の重要人物が何人も出てくる、すごい時代だなと改めて思った。
0投稿日: 2017.11.17
powered by ブクログ印象的だった箇所 なにごとかをするということは、結局はなにかに害をあたえるというとだ 何者かに害をあたえる勇気のない者に善事ができるはずがない (207頁) あと、継之助と福沢諭吉のやりとりは刺激的で面白い。普段使っている熟語(自由とか権利とか演説とか)を福沢諭吉が苦心して案出したというのも新鮮だった。
1投稿日: 2017.09.23
powered by ブクログ河井継之助。良運さん、スネル、ガットリング砲、大政奉還、福地源一郎、福沢諭吉。私は越後長岡藩の家老であるというだけで人の世に存在している。
0投稿日: 2016.09.11
powered by ブクログ少しずつ事が起こってくる中巻。もちろん星5つの面白さだったのですが、上巻と同じ感想も書けないし、上巻ってどんな感想書いたっけ・・・と読み返すと、めっちゃいいこと書いてる、わたし(笑)上巻の感想にすでにこの小説の全てが書いてある気がする。中巻に起こったいちばんの事は、大政奉還。今まで読んだ小説、見たドラマでは、慶喜ってあまり良く描かれてなかったけど、司馬遼太郎さんの認識としては割と名君なのね。まあ、「無血」がいちばん素晴らしいと今の私の感覚だとそう思うし、だからこそ「血が足りない」と最後へんな方向に走った西郷はちょっと違うとも思う。(うけうり)そう考えると、長岡藩、河井継之助が選んだ道は正しかったのか否か。「家を守る」ことも大事だが、それにとらわれず「民が死なないか、苦しまないか」を考えることも大事。さて下巻、どうなるのでしょう。
0投稿日: 2016.04.30
powered by ブクログ歴史に疎い自分でも聞いたことのある人物が次々と登場し、尊皇攘夷論や、大政奉還について改めて認識しつつ、幕末の情勢に鋭い見地を向ける経之助の行動力、に目を見張る。 名言が端々にあり、再読して自分のものにしたいですが、とりあえずは下巻を読んだ後に。
0投稿日: 2016.03.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
考える力のない人ばかりの時代で、考える力があった人の物語。戊辰戦争がはじまって、河井継之助は走り回る!男よ、走れ! 幕末の偉人たちがみんな顔見知りで楽しい。司馬先生の幕末物語は、登場人物が連関していて、「お、この物語でもこいつは登場するんだな。」ってなって楽しい。 ____ p45 目明しへの給与 江戸時代、奉行所の与力は人員不足で、それを補うために岡っ引きや目明しなどの元犯罪者を協力者として使用していた。しかし、そんな連中に税金で給料を払うわけにいかないので、彼らが賭博場で儲けるのに目をつぶるという形で共依存の関係を持っていた。しかし、継之助はとばく場を廃止するために目明しにも給料を払い、公式の警吏にした。画期的な政策をした。 p50 越後分割 家康は越後という土地を一大名に封じれば、かつての上杉謙信のような強大な大名が出る可能性を恐れた。それゆえに越前・越中・越後と細分した。 p120 交代中止 井伊直弼の後に幕政を継いだ松平春嶽は、参勤交代と大名妻子の江戸住まいを中止させた。「意的に侵略をうけるかもしれないという時代に大名の力を疲弊させるのは国力の低下でしかない。」という理屈だったが、その結果、薩長ら反幕勢力が盛り上がり倒幕に至った。この春嶽の政策が実質、幕府の命脈を断った。 p122 灯の消えた江戸 参勤交代の中止・藩邸の撤退、これらが行われた100万都市江戸は人口がほぼ半減した。それほど江戸という都市は士族で支えられていた。武士が集まるから消費が生まれ、商人が集まり、文化が華やいだ。 士族のいなくなった江戸は灯が消えたようだった。 p127 刀とは 江戸時代になると「刀は武士の魂」だった。しかし、元を辿って戦国時代「刀は道具」だった。戦には刀を三本持参し、刃こぼれを治すために砥石も携帯した。刀は武士の独占物ではなく、農民が自衛のために持つこともあった。 しかし、豊臣から徳川の時代を経て武士のナルシシズムが純化され、侍の道徳とか倫理にまで変質した。 継之助は「刀は道具だろう」と観れる合理的精神を持っていた。 p167 新潟湾 新潟港は在来シナ人の密貿易の大交易地だった。 p207 空想家 「何事かを成すということは、結局は何かに害を与えるということだ」と継之助は言う。みんなのためになる、誰も損はしない、ということは空想家の考えることであり、ほら吹きであり、結局何もしない。 p224 日章旗 幕府が安政条約(日米和親条約)で外交を始めるようになったとき、国際航法上、国旗を決めなければならず、島津斉彬が日章旗を選んだ。 p258 生は道具 陽明学の基本思想である。生は生のためにあるのではなく、事を成すための道具の一つに過ぎない。そう考える人間こそ、良い仕事をする人間である。 p270 浪人の使い方 薩長らの倒幕主義者たちにとって何より必要なのが大義名分であった。喧嘩は殴られなければ始められないのである。しかし、いくら嫌がらせをしても慶喜は挑発に乗ってこない。そこで、この頃多数湧いて出た浪人を江戸で暴れさせて、幕府に武力行使させようとした。 p282 浄いだけの神 天皇は浄いだけの存在である。人を救うだけの力もなければ、国家を統治するだけの力もない。無いから存在価値があるのである。しかし、倒幕主義者はそれを犯して、天皇家に政治参加させようとしている。そう継之助は感じとり、異を唱えた。 p313 ランドセル ランドセルって背嚢のことで、軍事物資なんだよな。そんなものをほとんどすべての小学生に持たせている日本の慣習ってすごいよな。左翼どうしたって感じ。 p328 裏切り 藤堂藩の寝返り!家康公以来、徳川の先方は井伊と藤堂といわれたこの二藩がまず徳川を裏切ったというのが時流を表しているよな。 p331 尊王の時代 江戸時代と戦国時代の違い、それは天皇を担ぐことの重さが違うということ。戦国時代ならば、自分が賊軍になったとしても強気が弱気を食いつぶすために別の皇族を立てて正義を新たに振り翳す。室町後期から家康の頃まで、そうだった。 しかし、江戸末期はもっと良い子ちゃんになっていた。慶喜は賊軍に仕立てられたことを重く考えすぎた。もし家康だったら、新たな天皇を仕立てるだろうが、慶喜にはそれだけの胆力がなかった。それほど江戸時代は道徳や倫理が支配力を持っていた。社会の発展とは p351 迷わない 藤堂藩は継之助の元へ今後どう動くかを聞きに来た。「藤堂藩もまだ迷っているようですな。」と三間市之進が継之助にいった。「迷ってなどおらぬよ。藤堂藩は強きにつこうとしているだけ、鳥羽伏見では薩長が優勢と見たからそちらについた。今もそれを探っておるのよ。藤堂藩は迷わず強きにつく、それだけだ。しかし、古来そういう種類のものほど恐ろしいものはない。」というようなことを継之助は言った。 迷うとは、己を確立した者にしかないモノなのだ。顔色を伺うのと、迷いは違う。 p370 常在戦場 長岡藩の藩是「常在戦場」藩士に生活文化を楽しませない。座布団一つも戦場にはない、だから日頃武士は座布団など使ってはいけない。常に自分が武士ということを意識して生きていかなければならない。という教え。 p373 口軽 福地源一郎は日本史上稀に見る才子であった。しかし、おしゃべりなのが玉に傷で、口軽ゆえに重職は任せられないという境遇だった。面白い。 p417 留学中の福沢諭吉 アメリカ留学中の福沢は工場見学中でも「リバティーとは何ぞ、ライトとはなんぞ」と聞いて回っていたという。 p489 武士道の死 日本の古来の戦法は武将個々人の力を信じて任せるものである。洋式の戦法は逆で、人は元来バカで臆病で恐怖にはどうにもならないものと考え、それを訓練で克服し、号令によって一つの大きな生き物として戦いに挑む。 性善説と性悪説の対立である。 p516 覚悟 江戸に戻った継之助は、会津藩がこれからの藩薩長方針を固めるための会合を大槌屋で開くというので参加した。会津藩は東国各藩を反薩長になるべく意見をまとめたい。しかし継之助はこれに喝を入れる。 「意見じゃないんだ。覚悟だよ。官軍に抗して起つか起たぬか、その死ぬ覚悟があるかどうかだ。覚悟があるから戦略や政略が立つのだ。互いの顔色を伺っているような連中でいくら話し合って意見をまとめようとしたって仕様がないぜ。」 覚悟だよ。覚悟。こういう状況っていっぱいある。 p529 両国 長岡藩の判定は渋谷と深川に二つあった。長岡藩が江戸を引き払うに当たって、深川の判定は藩お抱え力士の両国に管理させることにした。 藩邸を放置すれば浮浪者のたまり場になり、火の不始末で火災が起きればたちまち延焼で江戸の町人に迷惑をかける。そういうことが無いように継之助は後始末をしっかりこなした。 この両国関が住みついたから領国という地名になったのか。と思ったが、違う。もともと領国という地名だったようだ。深川と日本橋にかかる両国橋からとった地名らしい。この橋を境に武蔵野国と下総国を行き来できるから、両国橋というらしい。 _____ スゴイかっこいい。司馬遼太郎の描く偉人は本当にかっこいいなぁ。 新潟県はご縁があるのにあんまり知らないんだよなぁ。興味でた!!
0投稿日: 2015.03.13
powered by ブクログ長岡藩の中立を守るために河井継之助の果たした役割は素晴らしい。中巻は長岡藩を近代化するための布石をうっている様を描いている。
0投稿日: 2014.03.26
powered by ブクログ人は立場で生きている 継之助が長岡藩の家老となり、藩の改革をはじめる。福沢諭吉との対談シーンが面白く、時代の先を見る力がありながらも藩存続のために行動する継之助の哲学に引き込まれる。
0投稿日: 2013.11.07
powered by ブクログ長岡藩の重職に就き、家老にまでなって藩政改革を進める。 ひとつひとつ制度改革を行いながら、富国強兵に努めるさまと 時代が変わる、大政奉還~鳥羽伏見~大坂から江戸へを 河井継之助の視点でみると、今まで読んだ本とはまた違った 幕末の様子が見えてきた。
0投稿日: 2013.09.21
powered by ブクログ西郷・大久保や勝海舟らのような大衆の英雄の蔭にあって、一般にはあまり知られていない幕末の英傑河井継乃助。 維新史上最も壮烈な北越戦争に散った最後の武士の生涯を描く長編小説。
0投稿日: 2013.08.26
powered by ブクログ内容紹介 幕府にも官軍にも与せず小藩の中正独立を守ろうとした男の信念! 旅から帰った河井継之助は、長岡藩に戻って重職に就き、洋式の新しい銃器を購入して富国強兵に努めるなど藩政改革に乗り出す。ちょうどそのとき、京から大政奉還の報せが届いた。家康の幕将だった牧野家の節を守るため上方に参りたいという藩主の意向を汲んだ河井は、そのお供をし、多数の藩士を従えて京へ向う。風雲急を告げるなか、一藩士だった彼は家老に抜擢されることになった。
0投稿日: 2013.07.30
powered by ブクログ藩のためでも徳川のためでもない、長岡に新たなオルタナティブをつくろうぜおい!と、熱いロックンロール魂を内に秘めている河井継之助。 譜代の一家老という立場からのジレンマ・哲学的思考の巡らし方・ハンパじゃない行動力が、ストーリー以上の大きなうねりとなって心に響くのである。 どっちかというと福沢諭吉のほうにシンパシー感じるのが正直なところだが、捨てきれないものを抱えながらほふく前進していく継之助の泥臭さのほうが、多くの人にとって魅力的に映るのでしょう。 予備知識ゼロで読んでるが、 パイオニア・先行者は粛清されるというセオリーからも、なんとなく悲壮な最期を遂げるんじゃないでしょうか。 内田樹が言うには、生き延びる力とは、集団をひとつにまとめる力とのこと。そのあたり下巻でどう描かれるのか(描かれないかもしれんが)楽しみである。 はじめての司馬遼太郎。いいテンションを保ちながらいよいよ最終巻へ。
0投稿日: 2013.07.29
powered by ブクログ自分は家老の器だ、と言い切り、そうさせてしまうほどの力をどのようにつけるのかを知りたい。 藩を動かすのに血も家もあるかい、とばかりに自信を持って他者にあたり説き伏せるその力は極めて痛快である。
0投稿日: 2013.07.23
powered by ブクログ上巻では余り大きな起伏もない河井継之助の前半生を描き、そしてこの中巻では継之助の歴史がいよいよ動き始める。 長岡藩で予期していた通りに重職に就き、藩政改革に取り組む。そして慶喜の大政奉還、藩主の意向で風雲急を告げる京都へ。 その後家老に抜擢された継之助は、長岡藩の存続を考えながら彼の幕末が始まる。下巻が楽しみだ!
0投稿日: 2013.05.24
powered by ブクログ長岡市に先月より駐在。 冬の越後が、大雪に埋れた忍耐強い精神が 長岡藩、河井継之助を育んだことを実感。
0投稿日: 2013.05.19
powered by ブクログまだ、読んでいる途中なので、書評はこれから。 司馬さんの主人公の中でも、ひときわ骨太な予感が漂っています。
0投稿日: 2013.04.29
powered by ブクログ司馬先生は、継之助と一緒に峠をこえたのでしょうか?? 時代の大きなうねりの中、継之助は長岡藩を動かす立場へ登って行った。情報収集と徹底した感情排除の思考と観測で長岡藩を動乱の世で存続させる道を探り、必要な手段を実行して行く。継之助の立場とは、ひょっとしたら感情なのでは? 下巻が楽しみです。
0投稿日: 2012.12.04
powered by ブクログ上巻・中巻では、世の中が激しくうごめき その中で河井が自らの考えを確立してゆく様が描かれている。 旅の途上で自らを磨き、長岡藩の行く末、日本の行く末を案じる河井。 吉原通いが大好きな河井。 「行動」に重きを置く陽明学の徒河井。
0投稿日: 2012.06.03
powered by ブクログ当時、継之助の周りの人たちで、 彼の事を理解できた人がどれだけいたのだろう。 今読んでも(今読むから?)わかりにくい。 武士とは厄介な生き物だ。
0投稿日: 2012.04.06
powered by ブクログ生まれる場所や時代をほんの少し間違えてしまった人間は、きっといつの時代にも少なからずいる。 作中で評されるとおり、河井継之助もそうだったのだろうと思う。 現代、私たちから観れば画期的で生産的な人に見えるだろうが、当時の人々からすれば全く非常識な人間であったのだろうし。 そう思うと、今「何言ってんだバカか」と思うような事を言っている人間が100年後に継之助のように斬新な英雄になっている可能性もあるわけだ。 そんなバカな、と思うけど、あの頃の藩士達だって継之助の言う事に「そんなバカな」って思っていたのだろうし。 しかし、どんな作品を読んでも維新は切ない。 すごい功績のように言われているけど、やっぱり薩長のエゴが結果オーライになっただけの話で ワケもわからないまま急に何もかも失っていった人々が多すぎて、讃える気に到底なれない。
0投稿日: 2012.01.09
powered by ブクログ河井継之助の物語も面白くなってきた。長岡藩の家老になり、それまでよりも藩を生き残らせることに腐心しながらも、殿様のやりたいこと(徳川家への義理)を実行したりと、思想や行動に制約が出てきてしまう。しがらみがあると能力発揮は難しくなるということか。 途中で出てくる福沢諭吉はそういうしがらみがなく、自由な発想で将来の日本を見ていたこととは、好対照。 親戚筋の藩との話し合いなどもあり、家老は大変だ。先進的な家老ではあるが。
0投稿日: 2012.01.08
powered by ブクログ幕末の不安定な時勢を乗り切った日本人を誇りに思う。揺れ動く思想、動乱、政治に対し芯を鈍らせず立ち向かう継之助はすごい。
0投稿日: 2011.11.20
powered by ブクログ歴史上の人物「河井継之助」を題材にした小説。私が最も尊敬する人物です。幕末は薩長に隠れがちですが、発掘していただいた司馬遼太郎氏に感謝!です。
0投稿日: 2011.10.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
福沢諭吉も出てきて、その権利と自由について語っている。継之助は福沢を理解したようである。上巻と同じく陽明学に関する記述を拾ってみると「おのれの日々の目的は、日々いつでも犬死ができる人間たろうとしている。死を飾り、死の意義をあらしめようとする人間は単に虚栄の徒であり、いざとなれば死ねぬ。人間は朝に夕に犬死の覚悟を新たにしつつ、生きる意義のみを考えるものがえらい」「肉体はどこにもない、からだは風に吹きとおってる。一個の気だけが歩いている。おれはそれさ」「左様。御上洛がおわりますれば、その翌日ためにござります。その翌日がおわりますれば、さらにその翌日のためにござります。生は事を行う為の道具にすぎませぬ」
0投稿日: 2011.07.22
powered by ブクログ【44/150】ムムム、周りはいろいろ展開していくのだが主人公の河合継之助には特にまだ何もおこらない。奇妙なストーリだ。コメントしようがない。
0投稿日: 2011.04.23
powered by ブクログ大政奉還から時勢が一気に動く。300年以上続く武士の思想・習わしにより思うように身動きの取れない様を見ているともどかしくなってくる。大局を見据える幅広い視野を持ち時勢の判断力に優れ、いち早くガットリング砲や洋式銃を揃えて武力を強化しているのに、自藩の長岡藩のみを守る立場を変えることができなかったのが、なんとも残念
0投稿日: 2011.02.25
powered by ブクログ幕末の越後長岡藩執政、河井継之助の生涯を描いた歴史小説。なにしろ幕末には英雄・豪傑が多いので、地元ではともかく全国的にはそれほど知名度がない河井継之助だが、なかなかユニークな人物だったようだ。そんな人物を発掘してきて、ここまで面白い読み物に仕立て上げる司馬遼太郎の眼力と筆力には感服する。 史料や史実を踏まえながらも、人物描写がとても活き活きとしていて、かなり書き込んでいる。実際の河井継之助がどういう人物だったのかは知るすべもないが、読者にはまさにここに描かれているような人物が実在していたかのような錯覚を覚えさせる。多分この辺が歴史小説の醍醐味なんだろうと思う。 実はこの作品を読むのは、数回目くらいになる。数年ごとに読みたくなる深く印象に残る作品だ。こういうのを愛読書というんだろう。読む側も年月を経るうちに様々な経験を積み、読み方も受取り方も変わってくるものだが、この作品は毎回いろんな示唆を与えてくれる。 http://fionfion.seesaa.net/article/185510123.html
0投稿日: 2011.02.12
powered by ブクログ藩主・牧野忠恭に取り立てられてゆく。 でも、おもねるわけではない。 こういった君臣の関係は異常事態ならではなのだろうか。
0投稿日: 2010.12.13
powered by ブクログ・8/14 読了.読み始めると止まらなくなるのが司馬遼太郎の本だ.いよいよ幕末に向けてどうなるか楽しみだ.
0投稿日: 2010.09.13
powered by ブクログ侍、武士道。 いやー、幕末はおもしろい。 「いかに美しく生きるか」という倫理の結晶において、 人間の芸術品とまでいえる域に達する。 私にもできるか。
0投稿日: 2010.08.14
powered by ブクログペリー来航に際して藩から広く求められた意見提出で目に留まった継之助は、御目付格評定方随役に任命され帰藩するが、旧態依然の体質に拒まれ活躍の場をえることはできない。その後2度目の遊学に出た継之助は江戸、備中松山、長崎、横浜を遊歴し帰藩。 この後藩主牧野忠恭と共に京都詰、老中公用人と活躍を始める。 郡奉行に任じられた継之助は藩政改革に着手し成功させる。これが後年の歴史に残る越後長岡藩の慶応改革である... 【開催案内や作品のあらすじ等はこちら↓】 http://www.prosecute.jp/keikan/063.htm 【読後の感想や読書会当日の様子などはこちら↓】 http://prosecute.way-nifty.com/blog/2010/06/63-e91a.html
0投稿日: 2010.06.01
powered by ブクログ幕末の越前長岡藩に、河井継乃助という男があった。 独特な癖をもち、一匹狼のようであるため、人々から敬遠されていたが、幕末という激動の時代において、彼の持つ鋭い先見の明と、行動力が買われた。 彼は、一介の藩士にも関わらず、長岡藩家老として登用された。 幕府の時代、武士の時代はじきに終焉を迎え、全員町人の時代が訪れると、いち早く見抜き、徹底的な合理主義、西洋近代技術を取り込んでゆき、藩政の改革に挑んでゆく。 武士という感傷的な過去を潔く切り捨ててゆくその冷徹な姿勢は、周囲の人々からの誤解を招く結果となり、命を危険にさらすことが往々にしてあるのだが、自らの命も捨てる覚悟で、ただ長岡藩のために奔走をする。 河井は、ご先祖代々の宝物を後生大事にしたり、帯刀にこだわる武士の姿、という形式的な武士道精神を何より嫌悪したが、崇高な武士道精神にはこだわった。 日本は大きく変わると強烈に意識しつつも、結果、長岡藩を捨てることはなく、その藩のためだけに命を注いだ姿勢は、そこからくるのか。 「峠」に登場する人物たちは、みな生きている。 中巻では、慶応義塾の福沢諭吉や、福地源一郎(東京日日新聞の社長)などと、河井が対面する場面などもあり、高い見識と教養を持った人物たちが、それぞれの立場で、日本の将来をどう捉えていたのか、を垣間見ることができ面白い。皆、個性的で癖のある人物として描写されている。 もちろん、歴史小説である限り、史実として捉えるべきではないが、司馬遼太郎さんの本は、歴史への入り口としては最適。 どちらかといえば、読者への啓発の要素が強い。 「覚悟とは、元来ひとりぼっちのものだ。人に強要するものではない。」 という、河井継乃助の言葉が深く響いた。 下巻に期待。
0投稿日: 2010.05.16
powered by ブクログ「彦助、犬死ができるか」 途中、継之助がいった。 「おれの日々の目的は、日々いつでも犬死ができる人間たろうとしている。死を飾り、死を意義あらしめようとする人間は単に虚栄の徒であり、いざとなれば死ねぬ。人間は朝に夕に犬死の覚悟をあらたにしつつ、生きる意義のみを考える者がえらい。」 「はい」 彦助は提灯の灯を袖でかばいつつうなずく。 「いま夜道をゆく」 継之助はいう。風がつよい。 「この風が、空だを吹きぬけているようでなければ大事はできぬ」 「と申されまするのは?」 「気が歩いているだけだ」 「ははあ」 「肉体は、どこにもない。からだには風が吹きとおっている。一個の気だけが歩いている。おれはそれさ」(p.23) 「ねがわくは一生、拍子木をたたいて時に青楼に登る、という暮らしがしていものだ」 シナ人の張が、声をあげた。 「それは老荘の極致ですね。カワイサンは老荘の学問をおやりになったのですか」 「いや、私は孔孟の徒だよ。一生あくせく現実のなかにまみれて治国平天下の道を尺取虫のように進もうという徒だ」 「であるのに厭世逃避のあこがれを」 「持っているさ。しかし息せききった仕事師というのはたいていそういう世界にあこがれている。よき孔孟の徒ほど、老荘の世界への強烈な憧憬者さ。しかし一生、そういう結構な暮らしに至りつけないがね」 「西洋には」 と、若いスイス人がいった。 「汝ニ休息ナシ、という諺があります」 「なんのことだ」 「神が天才にあたえた最大の褒め言葉です」 「わからん」 「その才能をもってうまれたがために生涯休息がない。そういう意味です。汝ニ生涯休息ナシ」 「私が天才かね」 「そのように思えます」 「天才とは戦国のころ私の故郷から出た上杉謙信とか、尾張から出た織田信長に対することばだ。なるほどかれらの生涯は死に至るまで休息がなかった」(p.157) 継之助のみるところ、福沢諭吉は奇人どころではなく真実を露呈しきっている人間なのである。福沢の場合、思想と人間がべつべつなのではなく、思想が人間のかたちをとって呼吸し、行動している。そういう人間であるには、ときには命をもうしなうほどの覚悟と勇気が要ることは、継之助は自分の日常の内的な体験でよく知っていた。(p.407)
0投稿日: 2009.12.23
powered by ブクログKodama's review 中巻終了。 いざ、下巻へ! (08.5.17) お勧め度 ★★★★★
0投稿日: 2009.11.19
powered by ブクログ実はこの本、今回で5回目(6回目だったかもしれない)というくらい、定期的に読み返している作品である。(これに似たポジションを占めているのは、他には「ノルウェーの森」位しかないかな) 頭脳、胆力、行動力の全てにおいて傑出したものを持っていた、主人公の河井継之助。継之助は解明論者であり、武士の時代が終わり商人の時代が到来することを見通していた。幕末の人物で彼ほど日本の将来がどこへ向かっていくのかを見極めていた人物はいなかったろうと思う。 そして彼は政治の目的は経世済民であることも理解していた。 しかし、彼は自藩を戊辰戦争の真っただ中にたたき込み、結果藩士だけでなく一般民衆を巻き込み、ぼろぼろにしてしまう。もしこの藩に河井が生まれてこなければ、きっとこうはならず、無難な結末(新政府に恭順)となっていたに違いない。(この作品では、器の合わない英雄を持ってしまったがために引き起こされた小藩の悲劇が描かれている。) しかし、このような、いわば「ごまめの歯ぎしり」のような継之助の「愚行」「暴走」に、読者は、ある種の「美しさ」を感じずにはいられないのではないかと思う。 なぜだろう。 継之助に「志」あるいは「凛とした生き方」を感じさせてくれるからではないか。日々を怠惰と多くの妥協にまみれて生きている人々に、彼の生き方は、「何か」を指し示してくれているような気がするのだと思う。(ただし、自分の大事な「志」を貫くために、彼は罪なき民を犠牲にしてしまう。この事についてもまた考えさせられるのであるが。) ところで、シリアスな事ばかり書いたが、この作品には継之助の人となりが醸し出すユーモラスな場面(例:河井はコスプレマニアであったとか、無類の女好きであったとか)も沢山あり、エンターテイメントとしても、しっかりと成立している。 「志」とか、「生き方の美学」とか、そういう難しいものを追っかけたい人も、そうではなく、面白い話を読んでみたいという人にも、幕末に散ったこの稀有な存在、「継さ」(河井のニックネーム)の物語に触れてもらいたいと、切に思う。
0投稿日: 2009.09.14
powered by ブクログ言わずと知れた長岡藩家老・河井継之助のお話です。 もともとは河井さんの友人・大野右仲が出ているってんで読みはじめたんですが、内容が濃くて面白くて、面白くて、長岡藩を調べたくなっちゃいましたよ!! そして私、長岡にホントに行っちゃいましたvvv河井さんに本当に惚れてしまいました。 勤王でも佐幕でも無く、中立を理想とした河井の考えが、切なかったです。 ガトリング砲や近代兵器を買い求めて独立国の為に兵の強化を進めたり、産業をするべきであると藩の財政を立て直したり、そういう意味では現実を理解していたのに、戦の駆け引きでは、理想は無力でしたよね。 奥羽列藩同盟に長岡藩が最初っからいたら、仙台もあんな決定(恭順のこと)はしなかったんじゃないかなぁ。会津の戦いも変わっていたでしょうね。 なにはともあれ、長岡藩はキーマンだったと思います。 あ、最後になりますが、大野さんの台詞は格好良すぎて、男前でした!! 大野さん好きには堪らない、そんな大野さんが見られますよvvv そして、全編通して、河井さんの魅力に参りました。
0投稿日: 2009.03.13
powered by ブクログ時代が音を立てて震動するような状況になっていく訳だが、本作の継之助は「だからこそ」とばかりに色々な人と交わる“自分探し”を行い、それを通じて「自らの立場、または進めべき方向」を定めようとしている。彼が交わるのは、地元長岡の幼馴染である親友の良運さん、乗り込んだ幕府軍艦の士官、横浜で親しくなった福地源一郎、その年上の同僚である福沢諭吉、身の回りの世話をする忠僕の松蔵、横浜の女郎、外国商人のスネルなどなど実に多彩である。こうした多彩な人達と出会い、言葉を交わす都度に本作の継之助は自らの考え方を“確信”に高めていくのである。
0投稿日: 2009.02.04
powered by ブクログ1861(文久元)年、福沢諭吉はヨーロッパへ渡った。ドイツのプロシャが力を持ち、ウィルヘルム1世がドイツを連邦を統一して帝国へ。日本も倒幕して不合理な連邦政府(共和政体)から立君政体へ変わる必要がある。 「西洋事情」からもわかるように思想は尊王ではなく勤王であり、大名同盟では貿易がわずらわしくなり、戦になる。これでは世界についていけなくなるので、文明を吸収するなら封建制を廃して立君しなければならない。西洋の先進文明を成り立たせているのは「free]と「right]であった。福沢はこれを自由と権利と訳した。
0投稿日: 2008.01.29
powered by ブクログ上巻より続く。 とにかく面白い。 武士とは何か。時代とは何か。 独りよがりな中に侍を感じる。 男性は特に読むべし。
0投稿日: 2007.11.26
powered by ブクログ幕末時代に生きた、長岡藩家老河井継之助の生涯。結構読むのに時間がかかったけど、生き様に脱帽!絶対に1回は読むべき作品です。
0投稿日: 2006.10.16
powered by ブクログこの『峠』、河井継之助の魅力に参ってしまう前に、こうした細部の社会が描かれているので、その日本の精神文化のレベルの高さにメロメロになってしまう小説なのだった。それから司馬氏の小説(クセなのだろうが)、「女」がカッコイイ。凛として立つ、というか、颯として在る、というか――ウーン「歩く姿は百合の花」で内面はもう、緋桜お龍さんである。
0投稿日: 2004.12.24
