
総合評価
(54件)| 8 | ||
| 23 | ||
| 12 | ||
| 3 | ||
| 0 |
powered by ブクログ表題作「きみの鳥はうたえる」と「草の響き」という中編2作を収録。まっすぐで、気持ちのよい人間であり続けたいという想いがナイーブな言葉で描かれていると感じました。読後に「きみの鳥はうたえる」っていうタイトルの良さがわかるそんな作品です
0投稿日: 2025.11.03
powered by ブクログ君の鳥はうたえる、は映画を見て、草の響きは映画を見ずに読んだ。 2017年にオーバーフェンスの映画を見たころに読もうとした時はなんだか読みきれなかったのだけど、今回すらっと読めて良いのやら悪いのやら。 君の鳥はうたえる、は行き場がないわけでないのにどこにも行かない若者や大人のお話。 草の響き はやっぱ運動は大事なのかな、と思った。 ストイックな人の方が辛くなるのよね、とか共感できるのはあんま良くないなあと思ったり、著者の死後にどんどん映画化されてるのも生きにくい人増えてるのかな?と思ったり。 タイトルは静雄の持ってたビートルズのレコードの曲からなのね。
0投稿日: 2025.06.10
powered by ブクログ佐藤泰志の初期の作品。 他の作品に比べて登場人物が若い。 主人公に名前が無い。 「草の響き」は佐藤の職業経験や病気の経験が反映されているらしい。 厳しい生活を送ってきたんだろうな。 若い頃は何があってもやり直せるし、目の前に道はあるよな、と思う。 もっと若い頃に読んでいれば違う感想を抱いたかも知れない。
0投稿日: 2024.12.03
powered by ブクログ湿度があってよかった、おもしろく読んだ。映画と小説を比べるわけではないが映画で醸し出されていて良かった曖昧な予感は小説では完結されていた。
0投稿日: 2024.11.28
powered by ブクログきみの鳥はうたえる 60 「黄金の服」をある意味での完成形だとすると、本作の立ち位置というか存在が相対的に見えてくるかも。 となると逆に、本作を通してみると「黄金の服」がとても完成度の高い作品にも思えてきます。 自分と他者との距離感の表現がとても興味深いです。 主人公と静雄と佐和子(ソウルメイト) アラ(他人) 専門書のあいつ、店長(ノイズ) 静雄の兄貴(他人) 手の届く自身のテリトリーの狭い世界の中に、ソウルメイトとノイズが同居しているようすが、21歳の若者のリアリティを浮き上がらせているようです。 草の響き 80 著者自身が統合失調症を患いランニングを始めた経験が基になっているらしいです。 走ることで変化していくもの。それは景色であったり、季節であったりはもちろん、関わり合う人たちや走っている自分自身であったり。 走るたび日ごとに生命力や感受性が強くなっていくものの、振り向くと、そこにある不安や闇が待っている。それでも歩みだす軽い痛みと覚悟が美しいです。
1投稿日: 2024.11.26
powered by ブクログ映画から入ってしまったので、どうしてもイメージが現代に引っ張られちゃったけど、夏の美しさと鬱屈さが妙にリアルで今日このタイミングで読めたことを嬉しく思いました。思ったことはここに他の方が綺麗に感想として残してくれててそれもうれしい。またきっと、何年後かの夏に読むと思う。
0投稿日: 2024.07.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
自らのための備忘録 2024年令和6年の今より、1980年前後の時代の方が好き!と思わず感じた小説でした。 ここからネタバレします。 表題の「きみの鳥はうたえる」の最後のところを読んで、なぜ、この結末を想像できなかったのかと自分がイヤになりました。もう最初から、伏線はこれでもかっていうほど張られていて、それに気づかない読者なんて、この本を読む資格はないんじゃないかと思ったほど。 文庫本の解説のタイトルにもなっている「三人傘のゆくえ」は何より印象に残りました。 《そのうち、佐知子のむこうに、彼女を通して新しく静雄を感じるだろう》のあと、《そのうち僕は佐知子をとおして新しく静雄を感じるだろう、と思ったことは本当だった(略)今度は僕は、あいつをとおしてもっと新しく佐知子を感じることができるかもしれない》 この解説は、遅れてやってきた佐藤泰志ファンには有難いものでした。「草の響き」の印刷所での主人公の描写のリアリティは本人のものだったのかとわかりました。 《そうやって日を送っているうちに、彼は活字の埋め込み作業をしょっちゅう間違うようになった。単純すぎるほど単純な労働だった。それなのにしまいには、今までたった三本の指で、何十本もの活字をいっぺんに摑むことができたのに、それも不可能になった。活字は指からこぼれて、足元の床板に音をたてて落ちた。彼は仕事ができなくなっている自分を発見した。屈んでこぼした活字を拾いながら、急に眼が涙でふくらんで子供のように泣きだす自分をこらえることができなかった。床に屈んだままの姿勢で、彼はあたり構わず嗚咽する始末だった。そこからやっとのことで立ち上がると字詰めの主任のところまで行って、皆んなは僕を役立たずといっている、党員でもないし、党員になろうともしない僕をくずだといっている、とほとんど喚き声でいった。皆んな? と主任は穏やかな声でいった。確かに中にはそんなことを考えている奴もいるだろう。だがそんなことを現実に誰がお前に話したんだ? 彼は混乱した。みんなが陰でこそこそ話しているように僕が感じている、と彼は訂正して訴えた。馬鹿なことをいうな、と主任はメタルフレームのどの強いメガネを指で押し上げながら、かん高い鳥のような声でいった》 そう。この小説は2024年には書かれることのない時代が書かれていて、それが堪らなく心地よかった。それはケータイのない時代とかそういうことではなくて、友だちが身近にいて、「友情」とかそういう面倒なものではなく、共にいることが生活っていうのがとても心地よかった。 そして、友だちがいるからと言って「孤独」でないわけではなく、友だちがいようといまいとそんなことに関わりなく、人というものは孤独であり、生と死は常に紙一重のところにあるのだという当たり前のことがしっかり書き込まれていて、心からこの作家が好きだと思いました。
2投稿日: 2024.06.05
powered by ブクログ再読。本当に大好きな作品。 ひと夏の幸福な時間を描いているはずなのに、最初からずっと暴力的な予感がある。 「僕は率直な気持ちのいい、空気のような男になれそうな気がした」と言うように、「僕」は意識的に静雄や佐知子に自分の中を通り抜けさせているように思う。これは「僕」の話ではなく、「僕」から見た静雄や佐知子の物語なんじゃないかと思うくらい。 「僕」はバイト先の誰とも関わろうとせず、バーの飲み仲間ともつるまず、自分にも全然興味を持っていないのに、静雄にだけは心を開いている。 オールナイトの映画に連れ出されるシーンや、カンダタのくだりに見られるように、「僕」は生活の中で静雄に引っ張られたり影響を受けているところがかなりある。静雄がどんなに情けなくても、「僕」はずっと静雄に心を寄せ続けている。 そこに佐知子が現れて、2人が近づいていくごとに、「僕」の気持ちも、「僕」から見える静雄も変わっていく。 静雄が佐知子に「もう一度お休みを言ってくれないか」と頼んだときから、「僕」は佐知子を通して新しく静雄を知り続けているんじゃないかな。 静雄が持つ独特の愛嬌やナイーブさはとても魅力的だけど、静雄が主人公だと独り善がりの苦しい物語になっていたと思う。「僕」の目を通して初めて 静雄が憎めないキャラクターとして浮かび上がってくるのではないかなと思う。 そう考えると、「僕」の周りとの距離のとり方はすごく切ない。まるで「僕」自身に実体はなくて、静雄や佐知子やバイト先の人達といった周りの人たちとの関係によってゆらゆらと形作られた陽炎だと思っているみたい。 「空気のような男」になる必要なんてない、あなたの人生の幸福はあなただけのものにしていいのに。最後、悲劇に巻き込まれるのは静雄だけど、本当に悲しみの底にいるのは静雄も佐知子も失った「僕」なんじゃないだろうか。
0投稿日: 2024.02.17
powered by ブクログ若者たちのひと夏の話でしたね、この瞬間が永遠に続けば、と思っても、人は変わるし、同じ夏も二度とはこない。若さゆえの倦怠と、根拠のない万能感、優しさと非情さと、気まぐれと。成人していても老成しきれない微妙な年頃の若者の描写が巧みです。佐藤さんの本は海炭市叙景を読みましたが、そこはかとなく漂う寂寥が、今作にもあるなと思いました。 読了後、本の内容と自身の記憶と思い返して苦しくなりました。映画も観たいです。
0投稿日: 2023.11.11
powered by ブクログ短中編2作品収録 青春小説で主人公に起こる出来事を たんたんと読んでいた感じです 表題作はタイトルから謎です
10投稿日: 2023.08.09
powered by ブクログ『きみの鳥はうたえる』 知らないはずの昭和の夏のにおいがする。(自分とは縁のないような)眩ゆいきらめきに満ちた日々の中に、ときおり恋愛・家族・生きることについての鈍い痛みがはしる。「僕」の捉えどころのなさ、佐知子の軽(やか)さ、静雄のナイーブさ…時に首を傾げる点もあったが、決して広くはない世界で、一見飄々と生きているようでも実は各々抱えたものがあるという物語は、時の流れによって色褪せることのない普遍的な題材だと思う。夏の入り口のこの時期に読んで非常に心がヒリついた一編だった。 『草の響き』 映画のビジュアルを見ていて、てっきり妻が出てくるものだと思っていたから意外だった。走ることを通じて内省する感覚はなんとなくわかる部分がある。 両作ともに主人公に名前がないこと、別の名前をつけられた男性との関係など、共通点もいくつか。作家が自死したという情報をあらかじめ知っていたので、作品自体をどうしても死のイメージから切り離すことができなかった。良いのか悪いのか。 『きみの鳥はうたえる』『草の響き』ともに映画を観ようと思う。
1投稿日: 2023.07.02
powered by ブクログ原作が小説とは知らず先に映像を見てしまった(あまりやらないようにしてる) こんなに古い原作だったとは これからあの映画を作ったって考えるとあの映画は成功してる気がする(映画好きだった)
0投稿日: 2023.06.30
powered by ブクログ若者のはがゆさや生きづらさが 淡々と描かれている様が印象的 「草の響き」は 生きることへの苦悩と希望の描写が繊細
4投稿日: 2023.03.27
powered by ブクログきみの鳥はうたえる 少し難しい。次々と男を乗り換える佐知子という女性の心の動きも、よくわからない。 草の響き こちらの方がわかりやすい。走りたくなる。 ストーリーは静かだが、主人公が聞く音楽がロカビリーで、それを想像するとまた違った印象になる。
1投稿日: 2022.09.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
映画を先に見て、ストーリーは兎も角空気感は好きだと思って読んでみたが、元々函館を舞台にして書かれた訳ではない印象を受けた。 大家が女房を殴っているのを知っているなら通報して欲しい。 無断欠勤したり約束をすっぽかしたり、主人公がクズである。 細かいことで言えば、口が切れているのにレモンを食べるなどよく分からない言動が多い。 タイトルは美しいのだが、この筆者さんの登場人物は共感できない人ばかり出てくるので 個人的には非常に読み難い。
0投稿日: 2022.05.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
草の響きの映画をみるかDVDを買うか迷って、まずは原作から入った。きみの鳥は〜は、正直、よくわからない。若いとはいえ、古い時代とはいえ、ずいぶんいい加減で行き当たりばったりの男女だなと思っていたら、予想外の展開。そこを突き詰めればテーマは重いものになるのだろうけど、突き詰めることもなく。不思議。映画見てもよくわからなかった。 草の響きは逆にわかった。もちろんノッポの自殺の理由も明確にはわからないけど、主人公の感じる心の動きは理解できた。
1投稿日: 2022.02.26
powered by ブクログ映画「草の響き」を観て、「きみの鳥はうたえる」を鑑賞後に小説を読んだ。普段はあまり読まない小説も、映画にのめり込んでしまったので、のめり込んで読み終わることができた。映画とストーリーがちょっと違うけど、きみの鳥はうたえるは今この年齢で読んで良かったと思う。
1投稿日: 2021.10.30
powered by ブクログ『きみの鳥はうたえる』に集録されている「草の響き」を先に読み上げた。 同タイトルの映画を先に観たところ、今の自分の状況と重なるところがあり、原作を読んでみたいと思い購入したもの。 個人的な感覚では、スラスラ読めて情景が目に浮かびやすい、というものではないが、ところどころで立ち止まりながらゆっくり読むと良いように感じた。一度ざっと読んで、今は2周目を、今度はじっくり読んでいる。 また、主人公と同じように、走り、心臓が張り裂けるくらいの体験をすると、また違った感想が持てるかもしれない。 2周目を読み終えたとき、どういう感想が持てるのか、楽しみだ。
2投稿日: 2021.10.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
『きみの鳥はうたえる』と『草の響き』という話が入っていた。 きみの鳥はうたえるの作中に流れている雰囲気は好き。限りなく透明に近いブルーかな、雰囲気が近いと思ったのは。たぶんいい場面なんだろうなという場面がおおかった。(傘を差して三人くっつき合って歩くところなど)だがそれをじっくり感じる間もなく次に流れていったところが少なからずあった。 もう一編の草の響きがとにかく好きだった。これはまた誰かに薦めたいほど。文章もひたすら体のうちに入ってきたし、主人公の思いの馳せかたが好きだ。墓地にいる暴走族とのかかわりが優しく、そして愛おしい。 それでもなんでこの本の題名がきみの鳥はうたえるなのか読み終わってから考えた。小説として評価されているのが草の響きではないとしたらその理由はなんだろう、と。話の規模の小ささ、大きさみたいなものなのかな。ちょっとこれ以上の説明はできないけれど。
1投稿日: 2021.05.13
powered by ブクログ21歳の男女三人を描いた作品。 こういう純文学の主人公はどうしてもきっちりとした日常生活に耐えられない人になってしまうのか。 書店でバイトをする主人公・僕。しばしば無断欠勤、刹那的、時に暴力的。 同居人の静雄に至っては職も無く、人の好意にたかって生きている。 そして主人公の彼女になった同い年の佐知子は、静雄に惹かれて行く。 作者・佐藤泰志は私より少し上だけど近い世代。 (私とはかなり違う生き方だけど)若い時はこんなだったよなと振り返らされる。 閉塞感の中、もがいているのか?流されているのか? 「自由に生きる」と思いながらも、それを謳歌している訳でもなく、どこか苦しんでいる。 時代は変わったけど現在もそんなものなのでしょうね。多分、普遍にして不変の青春。 名文とは思わない。どこかザラリとしたストレートな文体が、突き刺さる。 併録の「草の響き」は主人公がひたすら走り続ける物語。印象的。
1投稿日: 2020.09.06
powered by ブクログ青春を感じる。 ずっとどこかに暗い影があって、それが作品の味になっているような気がする。 草の響きもよかった。 気持ちと季節の移り変わりの描写も美しい。 その中に人としての葛藤を感じる。
0投稿日: 2020.09.02
powered by ブクログ20代の若者を描いた二つの中編。 読んでいて、20代の頃のものごとに対する感じ方が甦りました。 『きみの鳥はうたえる』約160ページ 僕、同居する友人の静雄、バイト先の書店で出会った佐知子。21歳の彼らの三角関係が中心。 個人的には、静雄の家庭に関する終盤の展開は余分にも思えました。 村上春樹の『風の歌を聴け』を想起しました。 『草の響き』約60ページ 印刷所で働く青年は自律神経失調症と診断され、精神科医の勧めで毎晩のジョギングを習慣とするようになる。 プールで知り合った高校教師の研二、青年と並走する暴走族のノッポ。 恋愛も暴力も扱わない、静かなトーンの作品。 自律神経失調症や大学学食でのアルバイトなど、筆者自身の経験が多く織り込まれた自伝的要素がある作品のようです。
1投稿日: 2020.07.27
powered by ブクログ「作者について」 作品と作者を重ね合わせるのは当世風ではないかもしれないが、どうしても考えてしまう。行間から作者の抱えていた苦悩を読み取ってしまう。 死の淵に吸い寄せられてしまう人々のことを思うことが多くなっている。 「きみの鳥はうたえる」 映画を観て最高だったので原作が気になって読んでみた。映画と比べながら読みと三人がより一層生き生きとする。 なぜこんなにひきつけられるのかが少しわかった気がした。私には静雄がいないのだ。あるいは私が静雄なのかもしれない。 「気になったポイントの一部」 ●映画、〇小説 ●「あいつ傘持ったかな」←〇静雄は雨を極度に恐れている。もし雨が降っていなかったら静雄は母親を殺さなかったかもしれない、と僕が回想している。 ●静雄の失業保険を母が借りていたらしいということ。ぼけたら殺してくれ、という母の言葉に静雄はわかったわかったと軽く答える。 ●〇兄に会いに行ったら母がいた、という状況から、兄は母と静雄に会うことを避けていることが暗示される。 〇静雄がビートルズを僕の前で歌う。母に会いに行く日の朝、桶の水で顔を洗う鳥みたいな静雄。 〇静雄は母親に手紙を定期的に書いている。叔母のもとにいる母のところへ一緒に行こうと僕と佐知子を誘っている。一人では会いに行けないが、会いに行きたいとは思っている。 〇静雄の「感傷馬券」と僕のなるべくそういう感情を切り捨てていくような選び方。 〇愛情ゆえに人を殺してしまう、ということが当事者の心理描写なしに書かれている。
0投稿日: 2020.07.22
powered by ブクログ若いときを振り返るっていうのは恥ずかしいか、なんとなく盛ってしまうか、飾ってしまうか、照れくさいものだけれど、それも振り返る時期(年齢)にも関係してくるのだろう。 この『きみの鳥はうたえる』は佐藤泰志氏30代のデビュー作でおとなになりたくもなく、おとなになりきれず、でも、おとなになってしまわないといけない・・・という21歳の青春時代を私小説風に書いている。 なぜ私小説風と言うのかというと、 磊落で硬質な書店員の「僕」と書店員仲間の「佐知子」の恋人関係が、「僕」の友人「静雄」のナイーブな優しさにつつまれて、恋人関係が静雄と佐知子に何事もなく移るなんてあり得ないこと。三人の関係が壊れてしまうのかと思いきや漂っているようになるのは、やっぱり僕と静雄は同一人物で、作者の分身だからと思えてしまう。(わたしの「盛った小説」説によると) すてきな題名はビートルズの曲「アンド・ユア・バード・キャン・シング」から。 どうしても青い鳥をさがしてしまう若いときがある、生き生きしたものを求めてあがく時がある。 平禄されている『草の響き』はもっと作者に近いという、井坂洋子さんの解説がとてもいい。
9投稿日: 2020.07.09
powered by ブクログ何気なく名前に惹かれてブックオフで手に取った本だけど、こんな素敵な出会いができてよかった!と思いました
5投稿日: 2020.03.09
powered by ブクログ表題作は著者の本格的な文壇デビュー作であり、芥川賞の候補となった初期の代表作。 郊外の書店で働く「僕」と一緒に住む静雄と佐知子の三人の青春を描いているが、この作品も退廃的でバイオレンスに満ちている。主人公のなげやりなところは理解に苦しむが、著書自らの歪んだ青春をリアルに再現する独特の味わいがある。また、佐知子もまともな女性ではないが、なんとも言えない魅力がある。 もうひとつの「草の響き」という作品は、精神の不調に悩む主人公が療法としてのランニングにひたすら取り組む話。そこで出会った暴走族の男たちとの寡黙で不思議な友情を描く。これも著書自らの28歳の時の体験が下敷きになっているようだ。
0投稿日: 2020.02.28
powered by ブクログ映画を見たことがあって、原作があることは知らなかった。友だちとカフェにいる間に貸してもらったのでぱらぱらと読んだら引きこまれた。 作家自身の人生のダークサイドが、静雄にあらわれているとおもう。それにしてもたまにはっとする言葉使いがある。こういう風にものをとらえられたら、と思うような新鮮な切り口。 今卒論でこむずかしい評論とか読んでて本読むのいやになってたけど、ああ、小説って、物語って、生きることなんだなぁと思った。死の気配が濃厚で、逃れられないものであればあるほど、主人公と静雄と佐知子の生の動きが、もっといきいきとみずみずしくかんじられる。 逆に主人公が死に直接たずさわらないところが、もっと死というものの深淵のふかさをあらわしている気がする。主人公はわりとこの世の地に足がついた感覚があって、人に怒られたり、セックスをしたり、殴られて蹴られて怪我をして、体を感じることが多い。しかし静雄はもっと得体の知れない、ギャンブルとか、血の繋がってない兄貴のこととか、母親の死とか、ばかりと関わっている。
1投稿日: 2020.01.05
powered by ブクログ映画が良かったので、原作があるというので購入 初めて佐藤泰志という小説家を知った。 表題作は、時代背景が80年代始め?と古いのだけれど、 20代の刹那的考えと、未来への不安とで揺れ動く不安定さ、僕と静雄それぞれのうだつのあがらなさ、等の若者が漂わせてる雰囲気の書き方が良い。 怠惰感や、閉塞感、それらを隠すかのような表面上はサラっと見せよう感。が今読んでも古臭くない。 むしろ佐藤泰志は早すぎたのかもしれない。 ひと夏の物語で、夏の夜のように濃い日々が描かれてるけど、文章が暑苦しくないので、サラリと読める。 映画よりも、最後は重苦しい展開。 もう一つの短編は、作者の実体験からなのかな?ってぐらいしか、記憶に残せず....
1投稿日: 2019.09.17
powered by ブクログ映画が評判で気になっていたら、原作があるというので読んでみた。 まさか今から40年近くも前の小説だとは。 読んでみて思ったのはノルウェイの森みたいだなぁということ。細部が似てるとかそういうのではなく、流れている空気感が。でも佐知子はどちらかといえば直子じゃなくて緑かな。私も夜遊びした雨の日の帰り道、ひとつの傘のなか二人の男にはさまれて歩いてみたい。 そして実写映画のキャスト、柄本佑はてっきり静雄だと思いながら読んでたら、「僕」役なんですね。なんか意外。映画も早く観てみよう。 併録されていた短編「草の響き」の方が好きだった。自律神経失調症と診断され仕事を辞め、医者にすすめられるがままストイックにランニングに夢中になっていく青年の話。ぬるい夜風を切りながら走っていく心地よさと草いきれが肌で感じられる。走っているときに知り合い、次第に親しくなっていくヤンキーたちとの絡みも微笑ましい。一緒に走り始めたノッポ。彼はなぜ自殺したのだろう? ユー・キャント・キャッチ・ミー。ゴールなんか、いらない。
0投稿日: 2019.09.16
powered by ブクログ青春時代の爽快感 平凡だけど疾走するような毎日 恋愛と友情 こころを思わせるような、 若い頃の、ドキドキとなんとも言葉に出せない感情がうかがえる 彼らの心情とか、本音ははっきりと分からず、情景だけがつらつらと流れていくのだけど なんとも夏の暑い日のような雰囲気を感じた
0投稿日: 2019.08.04
powered by ブクログ佐藤泰志の小説の「暗さ」や「貧しさ」が、読者を遠ざけるようなところがあると思うけれど、彼が描き続けた世界には明るさは似合わないのかもしれない。ひとが生きるということを、小説として描く。作家が「生きている人」として描く登場人物の「ぼく」や「「静雄」は、どうにもやりくりのつかない「今」を、こちら側の世界から投げ出された人として生きるほかはないという様子だ。 佐藤泰志という作家の絶望的な出発点がここにあったのではないだろうか。それでも、彼は、その世界を書くことでこっち側の世界とつながろうとしていた。それだけは確かなことだったと思う。 https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/201904210001/
1投稿日: 2019.02.03
powered by ブクログ畳みかけるように短い文を連続させ、風景描写と重要描写を同列に並べ、独特な緊張感を生み出している。しかし静謐で柔らかくどこか優しい。 『きみの鳥はうたえる』は、『そこのみにて光輝く』の原型のような作品で、主人公「僕」と佐和子と静雄三人の素直で不器用な生き様が初々しい。刹那な彼らが僅かに未来を描き始めた矢先、静雄の事件が起こる。静雄が「僕」や佐和子と接することで捨てようとした自分の原型を揺り戻し、アイデンティティや拗れた愛情の結果だったのであろう。またそれも青春で感じる永遠であり刹那であったのかもしれない。 『草の響き』は著者自身の経験を基にしたものと思われる。生きることは脆く生き永らえることは本来的に無意味かもしれない。ノッポは人生を降りたが、しかし「僕」は10㎞超えを目指し走ることを目標とし日々を熟す。そうして一日一日を過ごすことが、ある側面では人生の意味なのかもしれない。
2投稿日: 2019.01.03
powered by ブクログ映画の予告で気になって観に行こうとしたんだけどあまり行かない劇場でしかやっておらず断念。 レンタルまで長いので読んでみた。 はー切ない。 文体としては村◯春樹とかそういう、言い回しがアレな感じのアレ。 しかし原作者自殺とかこれまた…。 でも古い作品には全く感じなかったな。 映画レンタル始まったら観よう。
0投稿日: 2018.11.25
powered by ブクログひょうだいさくでは この主人公に共感出来ず、好きじゃないなと思っていましたが 静雄の母親への想いに触れたぐらいから 彼の静雄への気持ちが伝わってきた。 不思議で静かで汗臭い物語だった。 次のお話はただ走っているだけど、心を病んでいる彼が立ち直っていく様子が伝わり 色々考えてしまった。
0投稿日: 2018.11.05
powered by ブクログ「きみの鳥はうたえる」 映画との比較もたのしみながら読んだ。 21歳というどうでもいいようでいて実に繊細な年齢を、よく描いている。 全体として「不在」が物語の転換の鍵を握る。 「僕」がバイトをサボる→佐知子と関係もつ、 「僕」が海水浴をやすむ→佐知子と静雄がくっつく、 母の代わりに叔母の手紙→母の病気と死、など。 「僕」ははじめて佐知子とまともに話したときからセックスの感触を想像したり、殴ったり殴られたり、そういう身体の触れ合いが大切で、それ以外には無関心。 他者との接触を通じて自分を知るので、名前はいらないし、空気のような存在でいい(と信じている)。 しかし佐知子と静雄が「海」に出かけているときに、ふたり組に襲われて「魚」になった気分に陥るのだ。 この不器用さが、いい。 「草の響き」 はじめて「彼」に少年たちがついてくるシーンがめちゃくちゃいい。文学的なヤンキー。
1投稿日: 2018.10.15
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
長らく積読の山の中にあって何度もタイトルを見ていたのに、映画を観るまでは『きみの鳥はうろたえる』だと思い込んでいました。ビートルズの曲でもあったのですね。 先に映画版を観ているから、どうしてもキャストを重ねて読んでしまう。生々しい描写もそこそこあるため、柄本佑よりもうちょっとは顔も体もイケているほうがよかったなぁ。柄本さん、すみません。役者としては好きですよ(^o^)。 だらだらと過ごす3人の21歳の夏。映画版でも感じたように、登場人物すべてだらしなく感じられて誰にも共感できません。でも、このぐらいの年齢の頃って何かを目標にがんばっていたわけでもなく、毎日適当に寝て適当に起きて好きなことをやる、その繰り返しだったかもしれない。 この著者の作品を読んでいてつらいのは、41歳で自らの命を絶ってしまった人だということが毎度最初に頭をよぎるから、決して楽しい読書にはならない。別の著者の作品ならば、普通に青春の一コマとして読めたであろうところ。そしてラストは映画版とは大きく異なり、再び自死した事実を思い起こさせられてしまうのです。 生きていてほしかった。生きているあなたの作品をもっともっと読みたかった。 映画の感想はこちら→https://blog.goo.ne.jp/minoes3128/e/eef9eaf20131efe5b696f9024fc8230c
0投稿日: 2018.10.09
powered by ブクログ佐藤泰志の作品は、「そこのみて光輝く」以来。 僕と静雄と佐知子が過ごした夏。 僕と静雄の距離感。 僕と佐知子の温度感。 身体の関係からか、気持ちの繋がりか。 佐知子に出会った時から、彼女に好意を抱く静雄を見守る僕。 僕を通して静雄の考えは読み手に伝えられる。それなのに、なんとなく彼が何を考え、感じていたのか不思議とわかる。 夏の暑さや、汗の湿り気など、文章からにおいと湿度が伝わってくる。 「草の響き」は、そのまま作者が見えてくるようだった。
0投稿日: 2018.10.01
powered by ブクログ佐藤泰志作品、実は初めてで、すごく硬い文章の人だと勝手に思っていたのだけど穏やかで澄み渡った、けれどすぐ足元に生の気だるさを置いた文章だった。映画版は時代も街も変わっているのにたしかにこの小説から出てきたものだと思った。終わらないようでゆっくり死んでいく時間、常に破滅がちらついている、何か、確かな予感を秘めた時間。 気だるさはふと訪れる死の予感にとても敏感、だから未来を生きられず今の時間だけをさまよっている。破滅はふと、天気が変わるだけのこと。原作を読むと、映画版があれでもかなり「青春」に舵を切ったのだなあと思う、けど映画版もまごうことなくこの『きみの鳥はうたえる』だと思った。 映画版では時代設定が現代になってたけど原作は佐藤泰志が生きた80年代で、スマホもなく、静雄と僕が置き手紙でやり取りするのとても良いなあと思った。「水曜日さ」っていうたった一行の返信が、これ以上なく美しいものに思えた。佐知子が笑い飛ばすのもわかるなあと思った。いちばん好きな一節。 もし、映画にも静雄のAnd Your Bird Can Singをアカペラで歌うシーンがあったならどうなってたんだろうなあと思う。染谷将太がきっとあの遠くを見てる目で、間接照明に横から赤く照らされながら、曖昧なところは鼻歌も挟んで静かに愉快にうたう、彼の声以外には音のない夜だっただろう。
0投稿日: 2018.09.28
powered by ブクログ映画を先に。 3人の世界。 いつまでも、誰にも、おかされず。 居心地のいい場所はしだいに冷えていく。 美味しいものは美味しいうちに。 今のこのぬくもりを忘れないで。 遠くにいても誰かを思います。 自分のことではない誰かを。 それもひとつあたたまる術。
1投稿日: 2018.09.24
powered by ブクログ走ることを文章にするのは難しい。 まして、それを軸に小説書くのも。 単純化しない。 曖昧なものを曖昧なままに表現する。 因果関係なんてせせこましいことは言わない。 ストーリー は、小説を遅延させる、のであれば、この人の話にももちろん小説はあるけど、この人の描く小説の中の今は遅延なし。
0投稿日: 2018.09.16
powered by ブクログ映画をずっと観たり、顔馴染みの飲み屋で突然サッカーをはじめたり、どこか懐かしく、また羨ましくもある。
0投稿日: 2018.09.12
powered by ブクログ2作とも、 主人公の心情と、 その説明が最小限でありながら、 主人公の行動の描写と、 とりまく人物たちの独特な魅力の対比によって、 浮かび上がる生命への問い。 名前がないことによって明確になる、 空気のように意味の無いようになることを目指しながら、 限りない実感を求める物語たちに、 愛着を拭いきれないのである。 無いことを知り、あることを悟る。 あることを捨て、無いことを理解することによって、 その先の、あることを見出す。
1投稿日: 2016.10.06
powered by ブクログいわゆる“ドリカム状態”の男女三人(表現が古い?)の青春を描いた表題作と、仕事のストレスから精神を患い医者に勧められたのがきっかけで走ることに夢中になった若者を描いた「草の響き」の二本収録。 以前読んだ「そこのみにて光輝く」同様、若者たちの間に漂う閉塞感みたいなものの描き方秀逸で、1970年代後半から1980年代前半に書かれた新しくはない小説が、今の若い人たちに共感され甦ったのも頷ける。 二作のうちでより印象に強く残ったのは「草の響き」で、それは私自身がかつて精神を患ってこの主人公同様医者にかかった経験があるからで、医者とのやり取りをどこか冷めた気持ちで見ているところや、待合室で診察を待つ時に周りの患者を見ていて色々考えたことなど、あまりにも身に覚えがありすぎて苦しくなるほどだった。 身体を動かすことで精神的にも段々と上向きになってきた時に主人公が思う、「振り出しに戻りたくない」という強い思い。これはそういう病を経験した人にしか分からない、恐れと切迫感からくる切実な願いだと思う。 苦しみ抜いて死んでしまう人と、苦しみ抜いて尚生きる人の差って何だろう、と考えた。 不意に絶望を感じた瞬間を、何かの巡り合わせでその手に掴んでしまうかどうかなのだろうか、って。 両者の違いはそんなに大きなものではないようにずっと思っているのだけど、それは、死ねない側に立つ私だから思うことなのかもしれない。 そしてもうひとつ。罪を犯してしまうか、理性で踏み留まるか、という小さいようで結果的には大きな違いも、そこに至る道筋だとかそうなってしまった何かのタイミングとか、変な勢いとか、そういうものもきっとあるのだと思う。 どちらのお話も主人公の名前が一切出てこないところが印象的だった。それは誰でもなく、そして誰にでも当てはまる可能性がある、ということ。 貧しく、これといった希望もなく、執着心もない。だけどどこかで誰かとのつながりを求めている。 まさに“今”だな、と思う。 時代を感じつつ古くない、そんな小説。
7投稿日: 2015.09.03
powered by ブクログ映画海炭市叙景を見て、気になって作者を調べたら「きみの鳥は歌える(and your bird can sing)」、タイトルにグッときて読んでみた。最後まで読んでも、僕のことも静雄のことも佐知子のこともよく知らないままで。大人が若者を羨ましがって書いた小説かと。でもすごく分かる。
0投稿日: 2014.12.29
powered by ブクログ洋楽の曲名の直訳をタイトルにしたものが新鮮。 男女3人の奇妙な友情と愛情が独特の情感を表している。そしてそれが不思議と心地よい。
0投稿日: 2014.12.09
powered by ブクログ共に21歳の僕と静雄はふたり暮らし。そこに僕の彼女である佐知子が加わる。 全体をとおして常に息が詰まってしまうような淡々と語られる青春小説。 ほこり臭くて、じめっとしている。 僕が彼女である佐知子を躊躇なく静雄に渡してしまうなど、僕の心情がなかなかつかめません。 後半、静雄が気を違えてしまったり、文庫本に同時収録されている「草の響き」の主人公が自律神経失調症であるところなどは、著者の私生活での影響が少なからず出ているのかもしれません。 ちなみに「きみの鳥はうたえる」というタイトルは、この作品を執筆しているときにたまたま流れていたビートルズの「And Your Bird Can Sing」からなんとなく付けたのだそう。先日放送された佐藤さんのドキュメンタリー映画「書くことの重さ 作家 佐藤泰志」で語られていました。 著者は本作を筆頭に5度の芥川賞候補となるも受賞ならず。41歳という若さで自死を選ぶ。 映画「海炭市叙景」を観て、原作者の佐藤泰志さん(原作名も海炭市叙景)に興味を持ちました。全作読みたいです。
0投稿日: 2014.07.20
powered by ブクログ初めて佐藤泰志を読みました。70年代の青春。息の詰まる、痛い、苦しい、不安、けど、文章は風みたい。空気みたい。救いが無い様で、希望がある気がする不思議。自死した作者の人生は、私には想像がつかないけど、きっと全くわからない事ではない、と思った。
0投稿日: 2014.05.30
powered by ブクログ海炭市叙景に続いて読んだこの作品は、佐伯一麦氏の「芥川賞を取らなかった名作たち」でも作品名があげられていた。全編にみなぎる緊張感に拍手したい。
0投稿日: 2013.06.17
powered by ブクログ多くを語らない主人公が、そのまま作者の繊細な誠実さをうつしているように思った。僕と静雄と佐知子の夏。その終幕には鳥肌が立った。言葉を失うとはこのことか。 佐藤泰志が、詩人の方々の間で名前があがる理由がなんとなくわかったような。ぐるぐる語らない語り。露悪的にならないヒントがここにあると思う。 とりあえず他の作品も読むのと、依田冬派さんの詩「きみの鳥もうたえる」をもう一度読みたい。
1投稿日: 2013.02.28
powered by ブクログ表題作の透明感。併録の「草の響き」も素晴らしい。全ての出来事、フレーズにある含み。余計なことまで語らずに、確かな青春がそこにある。
0投稿日: 2013.02.11
powered by ブクログよくも悪くも「昭和の青春小説」という佇まいだった。 青春期特有の閉塞感を伴う破滅願望に裏打ちされた馬鹿騒ぎが、ひたすら潔癖な文章で描かれている。こういうのは嫌いではない。むしろずっと以前には相当憧れた世界観である。 だからこそ、なのだろうか。それは今、たまらなく青臭く、まぶしい。そしてあの時代、「死」とはこんなにも身近にあったのか。とあらためて思う。「星空のマリオネット」という映画を思い出した。
0投稿日: 2011.10.10
powered by ブクログ「草の響き」、特によかった。諦念とか、心の脆さとか、遠く感じながらも妙に納得した気持ちで読む。 夏はこういう小説に惹かれる。
0投稿日: 2011.07.07
powered by ブクログ哀しいまでにみずみずしく、傷つきやすい。 社会生活を支障なく営んである一定の年齢を越えると、こういう感性は青すぎて見えてしまうのかもしれない。若くして命を断った著者の文章は、そういう未熟さ、脆さ、純粋さみたいなものを凍結して、読む者の前に解凍してみせる。
0投稿日: 2011.06.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
佐藤泰志、2冊目。 女を介してしか他者と交信できない男の話。 父親目線のエディプス・コンプレックス、と解しては誤読か。 二段ベッドとか、そこでの情事とその後の展開とか。 要再読、いつの日か。
0投稿日: 2011.05.31
