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反省させると犯罪者になります(新潮新書)
反省させると犯罪者になります(新潮新書)
岡本茂樹/新潮社
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総合評価

169件)
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    反省が良くない事?そんなことは信じられない ——挑発的なタイトルだ。そして、思わず反論したくなる。その”反対意見“を読者に持たせたうえで、堂々と書き進めるのが著者の戦略であり胆力、本書の面白さでもある。 でも、君たちは本当に反省したことなんてあるのかい。 遅刻や納期遅れで誰かに怒られた時、宿題を忘れた時。自分だけ運が悪いなとか、自分のせいじゃないんだけどなとか、相手が悪いからこうなったんじゃないかとか。あるいは、自尊心が傷ついて落ち込むことはあるのかもしれない。でも、それは反省だろうか。著者は、そいうのは大半が「後悔」であって「反省」ではないという。 そんな状態で、お詫びをしたり、謝罪文を書いたり。無理やりそんなことすると、心がこもらないままに「処世術として」感情なき対処方法を学んでいく事になる。反省したフリをして許されるという偽善を学ぶのだ。 でも、だからといって「犯罪者」にはならないだろう。再犯はあるのかもしれない。でも、「反省させられた人」と「反省させられなかった人」を区別して実績をカウントしたのだろうか。そんなデータは本書で出てこない。だから、最後まで納得できない。恐らく違うタイトルの方が良い——反省させるのは無意味です、みたいな。 ー 誤解がないように言っておきますが、私は何も被告人に対して「反省しなくていい」と言っているわけではありません。言いたいのは、裁判という、まだ何の矯正教育も施されていない段階では、ほとんどの被告人は反省できるものではないということです。人間の心理として、反省する気持ちになれない状況において、目に見えない「人間の心」を判決や量刑を決めるための条件にすることには無理があります。被告人が犯罪を起こした事実が間違いないのであれば、客観的事実に基づいて、淡々と判決や量刑を決めるしかありません。なぜなら、裁判という場でどんなに反省の弁を述べたとしても、被告人は自分の犯した罪と向き合っていないからです。自分の罪と向き合うのは、長い時間をかけて手厚いケアをするなかではじめて芽生えてくるものなのです。 上記について言いたいことは、良く分かる。だが、本書で反省と再犯の因果関係を示していない点については、著者に反省して欲しい。

    113
    投稿日: 2025.12.09
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    悪いことをした時、早々に反省させることがどう危険なのか、非常に興味深く勉強になった。 条件が揃った時に自分から自然と反省するのであって、人から言われて無理矢理させても意味ないどころか余計抑圧を強める。 結局関係者が「反省している姿を見たい」だけなんだよな。だから厳罰化のムードがいつまでたっても変わらない。悪いことをしたやつをこらしめたいという処罰欲求が働いているだけ。処罰より再犯しないことが何より大切なのにね。 まずは加害者感情を十分に扱うこと。これに尽きるんだな。 もう少し再犯率などエビデンスがほしいなと思いながら読んでいた。 後半はちょっと大雑把で「そんなシンプルなことではないような…」とイマイチ入ってこず。 親個人が意識を変えるのも大切だけど、システムの問題の方が大きいし、育児で必死な親たちに温かい視線を向ける社会であってほしい。 得るものは多く、読んでよかった一冊。

    0
    投稿日: 2025.12.06
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    前半の、著者の経験からの意見(出来のいい反省文を書かせるのではなく、自分の内面に向き合うことなど)はなるほど確かになと思うのだけど、後半の子育てや学校での汎用についてはちょっと机上の空論という感じがして、いまいち納得できなかった。なんというかそりゃそうできればいいけれど、そんなうまくできるかよみたいな気持ちになる。書いてあるやり方自体が薄っぺらいというか、意図が見え見えというか、こんな言い方して本音を言う子供なんているの?と思えてならない。 言いたいことはわかるし、言ってることも合っていると思うのだけど、どーにもそんなうまくいくのかな?疑惑が拭えない。 涙を流した人がいた、もっとやりたかったと言われた、とか言うのも本当なんだろうけど、じゃあ果たしてその後更生できたのだろうか?本当に成功したの? ちょっとひっかかりを感じる読後感だった。

    1
    投稿日: 2025.09.03
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    反省させられると、反省するフリだけが上手くなる。犯罪を犯したことはないが、心理は、自分の身にも覚えがある。本音を伝えられない、抑圧しなければならない状況は、人を壊す。

    0
    投稿日: 2025.04.06
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    ケーキを切れない非行少年たちに書いてあった引用文献から読んでみたいと思った。内容としては非常に参考になった。問題を起こしたら反省より後悔が先。は実体験からもそうだなと。本の後半に書いてあった、子供への対応については、子を持つ身としては大変参考になった。問題行動を起こしたらチャンスと捉え、なぜその行動に至ったかを把握するようにしたいと思った。後、頼る、弱みを見せるべきというのは大人にも共通する。ある種固定観念に縛られ、こうあるべき姿の乖離から息苦しくなるのはどの世代も共通すると思った。

    0
    投稿日: 2025.03.18
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    ケーキの切れない非行少年たちに書かれていた本で、派生して読みました。 非常に重要なことを学びました。 人間を真に反省させるには… それが書いてあります。

    0
    投稿日: 2025.03.02
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    被害者視点ではなく加害者視点から入るというのはある種のパラダイムシフトではなかろうか。 反省文を書かせるというのは業務の中でもあるのだが,まず自分の気持ちを吐き出させることからというのは意識したい。松本先生の言う「困った人は困っている人」という話でもある。 しかし,著者の取組は砂漠にじょうろで水を撒くようなもので,それをボランティアで長年継続しているのは尊敬しかない。つい制度を抜本的に改変するしかないと思ってしまうが,現状の中で少しでも自分のできることを続けることで少しずつ前進するというやり方もある(というか一般的な個人はそれしかできない)。

    0
    投稿日: 2025.02.23
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    こんなすごい本があったとは。ハイパーハードボイルドグルメレポートノーヴィジョンの半グレ飯の会で半グレ集団ドラゴンの創設者であるワンさんが最近のオススメの本として取り上げていた。 自分は弱いし、無理をせずに出来るだけありのままの自分を出せるように。人を頼って。大人になれっつーのは無理させてるということ。 人は脳死して反省してもあんまり意味がない。なぜその行為をするに至ったかを良く考えることが大切。無理をして本音で生きないと辛い。こんなに折り目がついた本は久しぶり。なんだかいい学びになった。

    0
    投稿日: 2025.02.08
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    過激なタイトルですが、内容は受刑者たちと沢山関わってきた筆者の経験を元に書かれており、子育て中の保護者や教職員(特に生徒指導)の方々にはぴったりだと思います。私にとって、これまでの子どもとの関わり方をふり返るきっかけとなり、中には耳が痛いような部分もありました。 特に印象に残ったところは、まずは「加害者の視点」から考えるというところです。加害者を初めから反省させるのでは無く、まずはしっかりと向き合って話を聞くことの大切さを学びました。

    4
    投稿日: 2024.11.25
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    我が子がしょうもないウソばっかりつくのでこのままだとオオカミ少年どころか犯罪者になるのでは?と不安に思っていたときにタイトルをみて読もうと思い手にした本。 犯罪者を本当の意味で更生させるには反省をさせてはいけない、という内容。 我が子がウソを言ってると気づいたらすぐに指摘して叱ったり反省を促していたけれど、全然効果がないどころかウソが巧妙になってきてると思ってました!我が子の問題行動は私の幼少期の問題かもしれない?という問題は世代間に引き継がれている構造があるかもしれないと考えさせられます。 子どもは愛情一杯に育ててあげたいと思います。子ども時代を子どもらしく過ごせるように子どもの言い分を聴く、親自身の幼少期を振り返る、抑圧されていた感情を解放することをまず親子でやってみたいと思います。

    1
    投稿日: 2024.11.11
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    面白かった。叱る依存の本で引用されてたので読んでみた。「反省させると犯罪者になる」ってのは流石に過激だけど、確かに反省文を書かせる事は問題を起こした側にはなんのプラスにもならないってのはそうだな。これはやはり処罰感情の充足が目的なんだな。反省をさせるよりは問題行動を取る理由や何を迷惑に思っているのか、つまりなにが嫌でその行為に至ったのかを考えさせる方が大事、と書かれててこれは参考になった。それと弱さを認められる人は人に頼れる人だって話もあって、これは愛着がどう形成されるかの問題にも関わるなぁと思った。中にあった犯罪者とは最も我慢を強いられてきた人たちである、もっとも抑圧されてきた人たちである、というのは一理ある。いや逆だろ我慢しないから犯罪に至るんだろ?って見方には観察が不足してたかもな。もちろんそうじゃないこともある上で。まあなるほどってとこもあるけど、どうも全体的にステレオタイプしすぎじゃないかと思いながらバランスを取りながら読んだ。あとがきで自分が被害を受けた場合の処罰感情とそれ以外の加害者を支援したい感情は矛盾していると自ら認めている姿は潔く好感を持った。やっぱり「処罰」という考え方自体がそうなのかもしれないけども、このテーマを考えるうえで大事なのは誰のためなのかということだと思う。反省もさせる側のためにしかなっていないし、叱ることもそう。この視点は大事にしたい。

    1
    投稿日: 2024.10.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「反省文」は本人の否定的感情を抑圧させ、真の反省に繋がらない、という話は村中直人さん著の「叱る依存がとまらない」にも通じていて理解しやすかった。結局は本人の「否定的感情」を吐き出させ、問題行動の背景を一緒に考えていくことが大切なんだけれど、だからこそここが一番難しいとも思う。本音を引き出すほどの関係性や、時にはカウンセリング技法も必要とされるのでは。でないと次は「上辺」だけの言い訳が上手になるだけ?それでも、第二章の反省文の部分と第四章のいじめ指導については学校の先生は必読だと思う。

    0
    投稿日: 2024.10.26
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    相手の行動について、勝手な決めつけや、思い込みはよくないと思った。忙しい社会の中でも、相手に受容的になり、また、自分自身も良い大人だからと思わずに子供っぽさも出しつつ『ありのままの自分で関われたら良いと思った。

    3
    投稿日: 2024.09.06
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    子育て世代、誰かを指導する立場にある人すべてに読んで欲しい良書でした。 ありのままの自分を愛する大切さ 人に頼ることの大切さ これを実現するためのノウハウを具体例をたくさん挙げ解説しています。 【すぐ取り入れたい事】 ⭐︎子どもの前で夫婦喧嘩をしない ⭐︎自分を受け入れてもらったら「ありがとう、嬉しい」と言葉に出す。当たり前と思うことをやってくれただけでもOK!  例「今日も元気に起きてくれて嬉しい!」 ⭐︎逆に受け入れて貰えなかった時は「悲しい、寂しい」と言う。ブチギレない。  例「一体何回デートに遅刻するんじゃ!このボケカスが‼︎社会人としてあり得んやろ‼︎」ではなく、「デートに遅刻されて悲しいわ。」と言う。 【新しい観点を得た点】 ⭐︎被害者感情をコンコンと伝えたところで心に響かない。→思い返せば道徳の授業、免許更新のビデオで人生変わった!という衝撃を受けたことはない。 ⭐︎負の感情を吐き出し尽くすところが反省への第一歩。他責の感情100%でOK。 ⭐︎なぜ問題行動をしなければならなかったのか、その理由、背景を順々に深掘りする。 ⭐︎自分を受け入れる(認める、愛する)事ができて、初めて他者視点の感情を考え始める事ができる。 【犯罪に焦点をあてて新しい観点を得た点】 ⭐︎罪への罰が量刑なのであり、「反省」したら減刑になるのはおかしい。刑罰は刑罰として受け入れる必要があり、反省とは区別して考える必要がある。 ⭐︎逆説的ではあるが、真に反省し幸せになることが、被害者への罪の意識を更に深めることになる。

    1
    投稿日: 2024.02.07
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    んなアホな! というタイトルに惹かれて一気に読了! 内容はとても真面目で納得できます。 反省がだめなのではなくて、反省させる前に考えさせることがあるでしょう!という一冊!

    0
    投稿日: 2024.01.17
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    感情の抑圧は犯罪につながる可能性がある。 反省は形だけが多いという事実に納得もした。 やはり、自分の心を知ることが大切。 問題行動はチャンスという見方ができる。 必ず問題行動には理由があるから。心の中の問題に気づけるチャンス。 反省させるのではなく、耳を傾けるが重要。 プライドの高い子ほど自分が弱いと感じている部分を言えない。だからこそ言ってくれたときは、そのままを受け止める。 まず最初に反省や罰を与えるのではなく、気持ちに寄り添うことが大切。 犯罪者だけではなく、これはみんなに言えること。 自分の内面と向き合う機会を奪ってはいけない。問題行動こそが、自分の心と向き合うチャンス。 子供に対して、周りの人に迷惑だから、と言って叱るのは考えた方が良い。 なんでもかんでも当てはまるわけではないが、やめてほしい行動の奥には、子供の寂しさやストレスが隠れているかもしれない。 「自分から相手へ」の順番が大切。 自分を丸ごと受け止めてもらえたという実感があって初めて相手へと意識がむかう。 (真の反省はここから) どんな場合でもその時何が言って欲しかったのか?何をして欲しかったのか? を想像して、 言葉や行動で過去の自分ができなかったことを今の自分がリアルに想像してあげることで過去の記憶の書き換えを行う。 そこで悩みを成仏させる。 愛情不足で育った子供は歪んだ価値観を形成し、その歪んだ価値観を疑うことなく、信じて、自分を守るために罪を犯すこともある。 その時は表面的にうまくいっていても、 心の奥底にある感情が満たされない限り、 心から安らげる感覚というのは得られない。 親が問題の場合、今の年老いた、親を想像するのではなく、昔の親、昔の自分を想像する。 「本当はどうして欲しかったのか」と言う問いを頭で想像するだけではなく、紙に書く、相手に言っていることをイメージして、書くことで思いが成仏する。 子供と親でも横のつながりを意識することが大切。 正論は間違っていないからこそ子供は何も言えなくなる。 それが心を閉ざしてしまう原因になる。 親のせいで歪んだ価値観を形成してしまったとしても親を責めるのは違う。 なぜなら親もそう言った価値観を植え付けられて育っているから。 大切なのはそこに気づくことから。そこが初めの一歩になる。 この順番が大切。 親がいいそうなことを想像していってもらい、その後に出た答えに対して、 質問力によって、自己開示の度合いが変わってくる。 質問者のスキルが問われる。 その後、ホントはどうして欲しかったのか?と言う流れまでがセットで、大切な向き合い方。 問題行動があった時、本人に「今回のことを良い機会にしたい」と言う前置きを置き、 受容的姿勢でいることを伝えることが大切。 問題行動でなくても、 本当はどうして欲しかった?と言う問いは有効かもしれない。 否定的感情がダメなものだと言う認識を外してあげて、とにかく不満やお願いなど含めて自己開示してもらえることが大切。 本人にも気づいていない「何か」を気づかせる声かけや質問がとにかく大切。 寄り添う人は、たくさんの適した質問を用意しておき、 そしてそれらの書かれたものから読み取る力が必要。 表面的に書かれているものであれば、どの質問にすればいいのかなど、判断がとても難しい。 誤りを正すのではなくて、寄り添い、共に考え、立ち直ることを援助していくこと。 全ての人に対して、大切な向き合い方を学ぶことができた。

    0
    投稿日: 2023.11.15
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    中々の良書。 何か悪いことをした時、反省させる文化が日本にはあるが、それは社会を満足させる詭弁に過ぎず、問題の本質的な解決にはならない。 犯罪者だけでなく、教育、経営にも当てはまる内容であった。 人の本質的なことが書かれている。 反省させることが再発防止だと考えている人には、是非読んでほしい。

    0
    投稿日: 2023.10.25
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    反省、、ニホンザル思い出しちゃった昭和生まれです。 学校で、勤務先で、指導を受け、表面だけの反省。しかしその内面は? 子どもがいる人、教育に携わる人、部下をもつ立場にある人、本書の内容に思い当たることがあるはず。 2013年の発行なので、そこからもう10年。コロナ禍も経て、新たな知見を得た上での筆者の更生論を読みたかった。ご冥福を祈ります。

    0
    投稿日: 2023.09.30
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    人を傷つけてしまうのは、自分も傷ついているから。 加害者は、被害者への恨みの言葉が出る。 あいつのせいで刑務所にいる、等。 加害者は、本心を語らず上べだけの反省の態度を取る。 刑務所から早く出たい、減刑されたい、等。 反省する心持ちにするために、まずは負の感情を吐き出させることが大事。 面白かった。 加害者がなぜ加害者になってしまったのか? 反省したはずなのに加害者がなぜ再犯をしてしまうのか? 本当は自身が反省することが大切なはずなのに、他人に反省させられてることがいけないってことなのかな。 すごく本質的なことを書かれてると思いました。

    0
    投稿日: 2023.09.10
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    ★★★★ 今月5冊目。 勉強になった。かなりセンセーショナルなタイトルだけど、いきなり何かやってしまった人間に、なぜ起きたのかを考える事なくいきなり反省させようとしても無駄だという事。 まずは傾聴からロールレタリングなどで突き詰めていき最後は内発的に真剣に反省できたら更生。 我が子にこの関わり方は通じるのだろうか。

    0
    投稿日: 2023.04.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    図書館にて。 反省って改めて思うと漠然とした言葉だなと思う。 それを具体的に言葉にしたものが反省文なんだろうけど、確かに私も子供のころ反省しなさいと言われてもぴんとこなかったし、中学時代のいじめっ子たちもいくら反省文だの廊下で正座などさせられても行動が改まることはなかった。 この本を読めば誰もがその理由について腑に落ちることだろうし、実際にそれを実行している立場の人たちも自分たちがどれだけ不毛なことをしているか思い知ることだろう。 なのに何故何も改善しないのか。 今までやってきた自分自身を否定することになるのだろうし、システムを変えたり他人の行動も変えていくのも難しいのだろうな。 指導する側こそ日々の勉強、改善への努力が必要なのだろうし、責任もあるのだと思う。 子どもがいるから親だけれど、子供を教育する立場で言うなら全然素人の私。 子どもがいるからこういう本も手に取ろうと思えたし、勉強になった。 素人なりにこれからも勉強していけたらなと思う。

    0
    投稿日: 2023.02.22
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    問題行動があったらその背景を一緒に考える 反省させても意味ない 問題を起こしたことは子どもの将来のためにしたいと 思ってたことを自由に話してと 子供が本音を話してるときに正論で言ってもだめ 開きかけた心を閉ざす 本当に親に言いたいことを書いてもらう 更正は更に生きるつまり立ち直ることで、誤りを正すではない ありがとう嬉しいをいう 言えない人は甘えられない人 怒りの感情には自分を受け入れてもらっていない愛されていないという悲しい感情がある 子どもの部分を大事に ありのままの自分を出せる人こ強い人 感情に素直な人 家庭でもありのままが出せる場を

    0
    投稿日: 2023.02.18
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    タイトルそのままというか、タイトルが全てというか。反省文を書かせた場合と書かせなかった場合で再犯率がどうなのか等のエビデンスが無く、その辺が物足りなかった。 ただ、所々絶妙な警句が挟まれていたのでそこは評価したい。 一番のお気に入りはこれ。 「あらゆる人間関係において、正論を言うことは相手との関係を悪くする可能性があることを理解しておきたいものです」

    1
    投稿日: 2022.12.07
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    「はじめに」反省させることがだめってこと。 まずは、自分勝手な公開があるはず。 アイツのせいで、自分の時間が、また罰が・・・ それを経た上で、どうして悪いことをしてしまったのかを考えさせ、思いを引き出さないと、形だけの反省しか出てこない。 根本はだいたい、育成環境か家族関係。 ★真の反省  自分の内面と向き合い、否定感情を吐き出し、最後に出てくるのが謝罪の言葉 ★頑張るしつけ  我慢できないこと、人に甘える人を見ると腹がたってしまう。  価値観はなかなか変えられない。まずは、自分の価値観を知る。 ★教師の子供だから余分なもの  周りから道徳的なことを求められる。  さらに、親もしっかりさせなきゃと思ってしまう  弱音を吐いたり、人に甘えたり、ありのままの自分を認める姿勢が大切 「反省」という形ではなく「更生」・・・更に生きる、立ち直る。

    0
    投稿日: 2022.12.06
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     人は、自分がされたことを、人にして返すものです。優しくされれば、人に優しくすることができます。冷たくされると、人に冷たくしたくなります。そう考えると、人を傷つける人は、自分自身が傷ついていると理解できます。自分自身が傷ついているから、自分自身を大切にできないのです。自分自身を大切にできないと、当然のことながら、他者も大切にできません。自分自身を大切にできず、自分の「心の痛み」に鈍感になっているから、他者の「心の痛み」にも気づけなくなります。和子が犯罪行為を重ね覚醒剤を使用したことにも罪悪感を抱かなくなっていった背景には、和子の心が長い時間かかって深く傷ついていった過程があるのです。  こうしてみると、2つのケースとも、問題行動が出たときは、反省文を書かせるのではなく、受容的な対応をすれば、その後の子どもの人生は良い方向に向かうことが分かります。だからこそ、繰り返しになりますが、問題行動が出たときは「支援のチャンス」なのです。どこかで誰かが介入して、負の連鎖を断ち切らないといけません。  どうしてこういうことになるのでしょうか。受刑者は、入所したときと出所したときでは考え方が変わっていないと書きましたこのことも問題ですが、さらに注目しないといけないことは、入所しているとき「まじめに務めていること」が受刑者の心に重大な影響を与えているのです(もちろんまじめにめないで、規則違反を連発し、仮をあきらめている受刑者も少なくありませんが)。まじめにめることは、自分の思いや感情を誰にも言わないで、抑圧することになります。それが長く続けば続くほど、抑圧は大きなものとなります。そうすると、彼らは抑圧している分だけ「パワーアップ」して出所していくと言うこともできます。出所した受刑者が大きな犯罪を起こす場合はこれに当てはまることが多いと思います。  また、刑務官の評価を気にするだけでなく他の受刑者に心を開かない状態が続けば、社会に出ても常に他者の目を気にする人間になります。そうした態度は、容易に人間不信となり、人とうまく付き合って生きていく意欲を奪います。結果として、元受刑者は、社会で良好な人間関係をつくれず孤立してしまい、仕事を得たとしても、すぐに人間関係でつまずき、せっかく手にした職さえも辞めてしまいます。何十年も受刑生活をまじめに務めて、「二度と刑務所には戻ってこない」と固く誓った元受刑者が、金に困ってパンを1個盗み、刑務所に舞い戻ってくるという「悲劇」が現実に起きています。刑務所が「福祉の最後の受け皿」と揶揄されるのは、こうした問題が背景にあるのです。  …なぜ受刑者は殺人など重大な事件を起こせるのでしょうか。殺人という行為は、言いかえれば、「他者を極めて大切にできない気持ちがあるからできること」と言えます。ではなぜ他者を大切にできないのか。それは自分自身を大切にできなくなっているからです。自分を大切にできない人間は他者を大切にすることなどできません。逆に言えば、自分を大切にできるからこそ、他者を大切にできるのです。  次に考えないといけないことは、なぜ自分を大切にできなくなっているかという点です。自分を大切にできない理由は、自分自身が傷ついているからです。自分が傷ついていることに鈍感になっている場合もあります。自分の傷つきに麻痺していると考えてもいいでしょう。いずれにしても自分自身が傷ついているから、他者を傷つけられるのです。自分の心の傷に気づいていない受刑者が被害者の心の痛みなど理解できるはずがありません。彼らが被害者の心の痛みを理解するためには、自分自身がいかに傷ついていたのかを理解することが不可欠です。それが実感を伴って分かったとき、受刑者の心に自分が殺めてしまった相手の心情が自然と湧きあがってくるのです。そして、そのときこそはじめて真の反省への道を歩み出せるのです。幼少期に虐待を受けていた受刑者が私に言ったことがあります。「私は父親に殴られて育った。だから痛みには強いんですよ」と。私は「痛みに強いのではなくて、痛みに鈍感になっているのですよ」と返しました。受刑者はハッとしました。自分の痛みに鈍感になっている人間に、被害者の心の痛みを理解させることなどできません。自分の心の痛みを理解しそれを吐き出して、はじめて被害者の心の痛みが心から理解できるようになってくるのです。その逆はあり得ません。  だから、受刑者の話をさかのぼって聞いていくことが必要なのです。どの時点で、受 刑者は寂しさや悲しみを持つようになったのか。 また、そうした感情をどのようにして 閉じ込めたのかをみていかないといけないのです。その作業は、過去を振り返ることに なるので、受刑者にとってはとても辛いものとなります。しかし本当に更生するためには避けて通れない道なのです。険しい道だけに、1人で歩いていくことはできません。支援者が寄り添うことによって、はじめて受刑者は過去の自分の心の傷に向き合えるのです。自分の心のなかにあった否定的感情を吐き出し、それを支援者に受け止められることによって、受刑者は、心の傷が癒され「大切にされる体験」をします。「大切にされた経験」に乏しかった受刑者が、支援者によって大切にされることによって、罪と向き合えるのです。したがって、支援者の存在は不可欠です。自分1人で過去の心の痛みに向き合うことはできません。  問題行動が起きたとき、その直後に反省させることがいかにダメなことか。真の反省は、自分の心のなかにつまっていた寂しさ、悲しみ、苦しみといった感情を吐き出せると自然と心のなかから芽生えてくるものです。自分の心の痛みを全部吐き出せた後に書けた反省文こそ、けっして表面的ではない、心の奥底から自然と湧きでてきた謝罪の言葉です。非行少年であれ受刑者であれ、問題行動を起こした者に対して支援するのであれば、反省をさせるのではなく、なぜ犯罪を起こすに至ったのかを探究していく姿勢で臨むことが、結果として彼らに真の立ち直りを促すのです。  受刑者にとって、出所後に絶対にあってはならないことは再犯です。再犯しないためには、「二度と事件を起こしません」と固い決意をすることよりも固い決意も必要ですが、何より人に頼って生きていく生き方を身に付けることです。そのことだけでも理解できたら、再犯しない可能性が高まります。  人に頼って生きていくことができれば、彼らは「人」の存在の重要性に気づくことが期待できます。そのとき、自分が殺害した被害者の「命の重み」にも思いが至ります。自分の生き方の問題に気づき、人に頼ることの大切さを実感できた受刑者は、出所後に自然と罪の意識が深まっていくのです。そして、真の「更生」への道は、刑務所内での刑務作業をりっぱに務めることではなく(社会的な罰を受ける意味では刑務作業は必要ですが)、出所後に待ち受けているのです。  本章では、これまで受刑者の問題を取り上げてきましたが、受刑者の問題は普通に社会で暮らしている私たちの内面の問題とけっして無縁ではありません。すでに述べてきたように、受刑者は抑圧し我慢を繰り返し、最後に爆発しているのです。私たちは、爆発とまではいかなくとも、抑圧し我慢をする生き方をしていないでしょうか。少なくとも、「我慢すること」がいいことと思い込んでいないでしょうか。「1人で何でもやり抜くこと」が絶対に正しいと考えていないでしょうか。実は、当たり前だと思い込んでいる価値観が、私たちに生き辛さをもたらしている場合があるのです。  確かに「我慢できること」「1人で頑張ること」「弱音を吐かないこと」「人に迷惑をかけないこと」といった価値観は、社会生活を送るうえでは必要なことです。ほとんどの者は、これらの価値観を何の疑いもなく「正しいもの」と受け入れているのではないでしょうか。  しかしこれらの価値観は、子どもに大人にとっても)生き辛さを与える側面があることに気づいている人は少ないでしょう。「我慢できること」は、見方を変えれば、「自分の気持ちを出させないこと」になります。そうするとストレスがたまっていき、爆発(犯罪か心の病気を引き起こすことになります。  また、我慢をすることは、「人に頼らない態度」を身に付けることになり、他者との間に良い人間関係を築けなくなります。人に頼らないということは、「1人で頑張ること」「弱音を吐かないこと」「人に迷惑をかけないこと」という考え方に通じます。人に頼らないで弱音を吐かず1人で頑張ることを人は賞賛しがちですが、実は犯罪者のなかには人に頼らない生き方をしてきた結果、自分に無理をして強がって犯罪を起こした者が多くいます。本当は寂しくて苦しいのに、それを言うと「恥ずかしい」とか「格好悪い」と考えて、逆に強がって生きてきたのです。犯罪者になる人は、強い自分を見せることで、人に承認されていると考えます。したがって、弱い自分を出すことは「絶対に許されない」と思い込んでいます。そして、弱い自分を出すことで、人が離れていくと考えています。彼らの心の奥底には、人が自分から離れていくという恐怖感が常にあるのです。孤独になること、言いかえれば、愛されなくなることを最も恐れるのです。こうしてみると、犯罪者が抱く価値観は、それらが生まれる背景や表現の仕方こそ違えども、私たちが抱いている価値観と大差ないと言えます。  人は皆、弱い生き物です。だからこそ、人は人に頼って生きていかないといけません。しかし、素直に自分の気持ちを表現することが不得手な人は、人に頼ることが苦手となります。そして、人は人に頼れなくなると、「モノ」に頼る、すなわち「依存」するようになります。本来なら「人」に頼ると「心」が満たされるので健康的になれるのに、それができないからモノで満たされない部分の「埋め合わせ」をしているのです。ある覚醒剤使用の受刑者が「人は離れていくけど、薬は逃げないですからね」と私に本音を言ったことがあります。人に裏切られた経験を持つ人がよく言う言葉です。  私は、講演会などで子育てに関する話をするとき、「小さい子どもが大人の振る舞いをすることは大変危険です」と言います。そうならないための方法として、「両親が仲良くすること」を一番に挙げます。両親の価値観に多少偏りがあったとしても、仲が良ければ大丈夫です。両親が不仲であると、子どもは「自分が悪い子だから、お父さんとお母さんは仲が悪いんだ。いい子になろう」と考えます。子どもは常に親が気に入る態度を取ろうとして、大人の振る舞いをするのです。家が暗い雰囲気なので、無理して明るくしようとするかもしれません。子どもながらに「大人として」懸命の努力をするのです。その姿を見て、「小さいのに偉いね」と褒めてしまうと、後々に必ず大きな問題が起きます。昨日までまじめだったのに、突然非行に走るケースも珍しくありません。非行や心の病気という形で、一気に爆発する場合もあります。爆発に至らない場合でも深刻な事態を招きます。普通に生活しているようにみえていても、成人になってから本人は大変な生き辛さを感じることになるからです。  どんなに幼くても、子どもは親の態度に敏感に反応するものです。したがって、子どもが大人の振る舞いをしていると感じたときは、なぜそのような態度を取らせているのか、親は我が身の言動を振り返らないといけません。  普通、問題行動を起こした子どもは、叱られるものと思っています。 そこで大人が、「今回、問題を起こしたことは、君がいい方向に向かうためのチャンスとしたい」と伝え、「今回、なぜこのようなことが起きたのか、いっしょに考えよう」と問題行動を起こした背景を子どもといっしょに考える姿勢でいることを伝えます。  家庭と学校とでは、少し言葉がけが違ってくるでしょう。しかし基本的な進め方は同じです。いずれも、叱るという態度ではなく、受容的な態度で臨みます。まずは「日頃から思っていたことを自由に話してくれないか」と切り出してみましょう。  本音を言ってもかまわないという気持ちに子どもがなれば、時間がかかるかもしれませんが、子どもは少しずつ本音を語り始めます。本音を語り出したら、大人はしばらく口をはさむことは控え、子どもの言葉にひたすら耳を傾けます。途中で、子どもが間違った考え方を言ったとしても、それを指摘せずに、子どもの語りをさえぎらないようにしてください。話のなかで、子どもが不満やストレスを話し出せば、それが問題行動を起こした要因と捉えることができるでしょう。親が聞き手であった場合、親自身が否定されるような言葉を聴くことになって、耳の痛い思いをするかもしれませんが、親も自分の気づいていなかったことを子どもから教えてもらう気持ちになって、子どもの話を最後まで聴いてください。  そして、大人は、子どもが不満やストレスといった否定的なことを話すためには勇気が必要であることを知っておいてください。子どもでなくても、誰もが自分のネガティブな感情を人前で話すことを恥ずかしく思うものです。だからこそ、子どもが本音を言えたら、大人は「よく話してくれたなあ」と子どもが話してくれたことをねぎらいます。「辛い思いをしていたんだな。1人でずっと悩んでいたのではないの?話してくれてありがとう」などと言ってください。親が自分に問題があることに気づいたら、「お父さん(お母さん)にもまずいところがあったんだなあ。ごめんな」と言って素直に謝罪しましょう。本音で話し合えれば、親子関係はぐっと深くなります。問題行動をきっかけに親子関係が好転し、その後は素直に本音を言い合える豊かな関係になります。  また、教師であれば「そんな嫌な気持ちでいたのか。それはしんどかっただろう。長い間、誰にも言えなかったのではないかな。話してくれてありがとう」と伝えたいものです。このように共感してもらえると、生徒は教師を信頼するようになり、その後の生徒の人生も変わってきます。生徒は教師を通じて大人という存在を信頼するようになります。子どもが自分の不満やストレスを言語化し、苦しい思いを受け止めてもらうことによって、子どもも問題行動の過ちに自ら気づくことができます。  子どもが本音を話しているときに、絶対に言ってはいけないことがあります。正論です。「お前の考えは間違っている」「未成年なのにタバコを吸うことは許されない。身体にも悪い」や「このままだと、いい学校に行けなくなる」などといった説論です。大人の言っていることは間違っていません。間違っていないからこそ、子どもは何も言い返せなくなるのです。そうすると、子どもはようやく開きかけた心を再び閉ざします。子どもは本音を話したことを後悔し、結局反省の言葉を引き出すパターンに陥ってしまいます。下手をすると、それ以降、子どもは親や大人に対して「絶対に本当のことは言わない!」と心のなかで決意し、二度と本音を話さなくなるかもしれません。あるいは、面従腹背の態度になるかもしれません。表面上はまじめな態度を取りながら、心のなかで舌を出しているのです。こうなると最悪です。ピンチがチャンスとはならず、さらなるピンチを招き、それが爆発(非行や犯罪)へと向かう出発点となります。  正論を言えば、親が勝って子どもが負けるという構図に必ずなります。結果として残るのは、親子関係の悪化です。正論は、相手の心を閉ざす「言葉の凶器」と考えてもいいでしょう。親と子どもの関係にとどまらず、あらゆる人間関係において、正論を言うことは相手との関係を悪くする可能性があることを理解しておきたいものです。

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    投稿日: 2022.11.10
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    価値観が変わりました まず反省とは短絡的で根本的解決にならない でも、悪いことをしたらごめんなさい、でしょといっていました 相手を、思いやる気持ちは忘れずに 自尊心ではなく思いやりを大切に

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    投稿日: 2022.09.16
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    * 反省させないこと * まずは自分の思いを吐き出す * なぜそれが起きたのか、根本の原因を明らかにする * 被害者意識を吐き出す * すると初めて、相手のことを考えられる様になる * ありのままの自分を見せて甘えられる人を作る→自分も相手の事を慮れる様になる→相手の気持ちを考えられる様になる * ありがとう、助かったを相手に伝える * 我慢すると、いずれ爆発する。抑え込まない * 自分の弱みを出す、すると近しい存在になれる。誰しも弱い部分を持っているのだから * 相手にイラっとするのは、自分信じている価値観と違うから。もしくは、自分がありたい姿なのに、何らかの理由でそうなれないから

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    投稿日: 2022.09.04
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    ケーキの切れない非行少年たちを読んだ後にオススメに出てきたため読んだ。 衝撃的なタイトルなのでどういった内容なのかと思ったが、個人的には納得できる点が多かった。 自分も少年の頃に悪いことをした事があるが、形だけの反省をしていたなと。 今も仕事でミスをした際に、一番最初に浮かぶのは「どう謝って許してもらおうか」「面倒なことになったな」 と考えるし、逆にミスをされた時は「ミスをしたくせに反省の態度が見られないな」と苛ついたりもする。 しかし、この本によると反省というのは基本は形だけであり、罪を償うという事には結びつかない。 本音を話して初めて自分が取ってしまった行動に結びつけて自己分析ができ、 なぜ過ちを犯してしまったのかがわかるというもの。 また、ほぼ全ての犯罪者のルーツを辿ると、幼少期に親から受けたしつけにより押さえつけられた感情が 積もり積もって爆発していたという事例が非常に多いという。 人間は弱い。 弱さを出すことは恥ではない。むしろ大切なことだ。 この本は刑務所の話だが、会社や学校、家庭内など全てに通じていた。 改めて自分のルーツと向き合ってみようと思えた。

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    投稿日: 2022.05.30
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    つまり、子供のうちから反省ばかりさせていると、反省上手な表現力を身に着けてしまう。「反省する言葉」はスラスラと出てくるが、本気で反省する機会を失う。 https://sessendo.hatenablog.jp/entry/2022/05/24/150059

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    投稿日: 2022.05.24
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    刑務所で受刑者支援をしていた筆者。過激なタイトルですが、なぜ問題行動を起こしたか、その内面に向き合わず、上辺だけの反省で済ますと、後々爆発することがあるという話し。 どんな子育て本よりはっとさせられる内容で読んで良かったです。

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    投稿日: 2022.02.06
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    最近自分でたどり着いた結論であった、ネガティブ感情をとことん吐き出すことの重要性について、エビデンスや犯罪者の更生に関わってこられた著者が正しいと証明しれくれたようでとても嬉しい出会いだった。 最近、職場でパワハラとまでは行かないまでも弱いものいじめをする人がいて、その人への対応について頭を悩ませていた。正直周りも傍観者となって誰も助けようとしない状況がいじめのような状態なのだと感じていた。 そんな状況でこの本を読んで、改めて冷静になることができた。いじめる側への怒りが沸騰していて、私自身その人のやった行為の重みを思い知らせて反省させたい衝動に駆られていたが、その人自身の心の本音を聞いた方がより解決に近づくことに気付かされた。 落ち着いたらわかることなのだけれど、ボルテージが上がっている状態であればなかなかそのことに気づかないので、とてもありがたかった。 また、この本で書かれていた、「ありのまま」の自分を曝け出して、甘えられる人を作ることの大切さは、子育てや人材教育全般につながる。〇〇しなければいけないとか、根性で我慢しなければいけないとかそういう考えではなく、もっと自分の弱みを出してもいい。その人の弱みこそがむしろ強みなのだ。 他罰的な人が多い現代、この本を世の中の多くの人に読んでもらいたい。

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    投稿日: 2021.09.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    この作者が言いたいことは問題行動をした時に“反省をさせてはいけない”ではなく、第一に問題行動をした理由(主に幼い頃からの親からの抑圧、気持ちを受け止めて欲しかった等)を追究し、加害者の抑えてた気持ちを吐き出させた後に被害者(迷惑をかけた相手)の気持ちに思考を巡らせて反省ができるようになるって事だと思います。筆者の受刑者との講義の経験談もあって分かりやすかったです。 私は児童養護施設の職員として働いていますが、現場の子どもたちと重なるケース(問題行動)もいくつかあって勉強になりました。ただ問題はそれに向き合うためにその子との個別の関わり、時間をかけて丁寧な支援が必要というのが課題だと思いました。

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    投稿日: 2021.09.26
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    まえがきからとても興味をひかれ、気がつくと一気に読み切ってしまいました。 第一章は筆者が交通事故を起こしたときのエピソードから始まります。私も経験があるのでそのときの気持ちを思い出し、そうそうと頷きながら読んでしまいました。 「なんてことをしてしまったんだ」「自分はこのあとどうなるのだろう」、という自己保身の気持ちがまず先にきて、落ち着いてからようやく、「申し訳なかった」という謝罪や反省の気持ちが生まれるということ。 これは誰しも心当たりのある感情の推移であると思います。筆者は、問題が起こったあといきなり謝罪や反省を促していくことによって、『本当の』つまり『自分のためではなく相手のことを思った』反省や後悔が促されないと言います。それがタイトルへとつながっていきます。 では、どのように対応していけばよいか。 その問いに対する筆者の答えがこの本に書かれています。 とても分かりやすく書かれており、子どもに対してどのように接していくかの指針になると思います。

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    投稿日: 2021.07.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    すごく新鮮で、教育にも大いに参考になる内容であった。 受刑者更生支援者としての経験をもとに、悪い行いに対してすぐに反省させることへの警鐘を鳴らしている。 ・悪い行いをしたときは、まずは「加害者のこと(心情・背景・経緯など)」について考える。その後、被害者のことを考え主体的に反省できるように支援する。 ・しっかりした人が良いという子育てをすることで、しっかりしていない人を見て嫌悪感を抱くようになる。 ・怒っても、何もよくならない。 ・人を頼ること、繋がることが、まっすぐ生きるためのポイント。

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    投稿日: 2021.06.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    悪いことをしてしまったときに、反省だけさせても、意味はない なぜ、そのような行動を起こしたのか、共に考え、自分の心の奥底にある、悲しみ、苦しみ等のネガティブな感情を吐き出させる (幼少期に自分の欲求を吐き出すことができず、感情を抑圧されていることが多い) そこから、自ずと被害者の心情に思いを馳せたり、反省したりすることができるようになる 「〜しなければ」というしつけが厳しいほど、それができない人への寛容がなくなり、いじめをうむ。 「相手に抱く不快感は、自分の心に植え付けられた価値観から。」とりあえず、そのことに「気がついている」だけでも、よし。 いじめ防止の教育について。 「被害者が「かわいそう」だから、いじめはいけない。」 と、被害者側から考えるのでなく、加害者側から考える。なぜ、いじめてしまうのか。 人は誰しもストレスを持っていると、それが弱いものに向かうことがある、と学ばせる。 気づき ・子供のわがままや癇癪は、自分を思い切り出しているんだな〜、健全、健全。くらいのおおらかな気持ちで対応する。大人が不快だからといって恐怖で抑圧しない。 ・相手にイラッとする時は、自分の信じている価値観と違うから自分はストレスを感じた、と気付く。 ・被害者からの視点でなく、加害者の視点から考える。すごく納得できる考え方。ダメなこだとわかっているのに、なぜやってしまうのか。勤務している学校現場でのトラブル対応も、この考えは非常に大切だと思う。 ・納得感のない謝罪や反省は、無意味、どころか害悪。

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    投稿日: 2021.05.23
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    教育、子育てに携わる人は必読。 ただ、著者のやり方だと「事情があるなら犯罪や問題行動をしてしまうのは仕方ない」というメタメッセージを与えてしまわないか心配

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    投稿日: 2021.04.30
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    子供が何か問題行動を起こした時、それを叱って反省させるのではなく、その行動に至ってしまった内面的な気持ちに気がつけないとダメだと思った。 「しっかりした子」ではなく、「人との繋がりを大切にできる子」を育てたい。 親としてはやはり傾聴、受容、共感を大切に子供と向き合っていきたい。

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    投稿日: 2021.04.29
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    「悪いことをしたら反省するのは当たり前」という考え方ぎ180度変わった。 子育て中のパパママ必読! 「しっかりしたしつけ」は、生きづらさにつながりかねない。 過激なタイトルだけど、納得の内容。刑務所で受刑者の更生を支援する著者に、大きく価値観を変えられました、

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    投稿日: 2021.04.14
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    <感想> 刑務所の受刑者に対する矯正手法について書かれた本である。しかし、手法としてはコーチングに近く、一般のサラリーマンにとっても学びの多い一冊だ。 本書籍で定義する「反省」は、指導者側の型に合わせる行為であり、自身の行為の振り返りとは一線を画す言葉として扱われている。 受刑者にとっての第一歩は、受刑者自身の内面と対峙する「内省」であり、そこを飛ばして型にはめる行為には矯正の効果が無いのだ。 他人を理解するためには、自分の理解が必須だと理解できた。 <アンダーライン> ・「後悔」が先、「反省」は後 ・受刑者が被害者に抱く否定的感情 ・あいつ(被害者)さえいなければ、俺(加害者)はこんな所(刑務所)に来ることは無かった ・問題行動が出たときは「支援のチャンス」 ・問題行動は「必要行動」 ・反省は「自分の内面と向き合う機会」を奪うこと ・否定的な感情を吐き出すことが出発点 ・自分を強く見せることによって、他者に認められること」で自分自身の愛情欲求の埋め合わせをするのです。 ★★他者から「男らしくて格好いい」と思われることは、満たされていない彼らの愛情を求める欲求の代償となっているのです。 ・自分の傷つきに麻痺している ・自分自身が傷ついているから、他者を傷つけられるのです ★★★皮肉なことに、幸せを感じれば感じるほど、それに伴って、苦しみも強いものになっていきます ★我慢することは、「人に頼らない態度」を身に付けることになり、他者との間に良い人間関係を築けなくなります。 ・「人に迷惑をかけないこと」が当たり前と思っている人は、人に迷惑をかけられる人(人に甘えられる人)」を見ると、腹が立ってくる ★★私たちは自分自身がどういった価値観を持っているのかに気づいておく必要があります。一つの方法として、私たちが他者のどういった言動に対して不快感や嫉妬といった感情を抱くのかが判断材料になります。 ・「子供っぽさ」を出せるということは、「しんどさ」を発散させてくれます。 ・指示・命令を多く受ければ受けるほど、それだけ内発的な「道徳観」というものを持てなくなるからです。 ★「親なんだから、子供の前では弱音を吐いてはいけない」と思い込んでいると、子供は弱音を吐けない人間になるかもしれません。 ・「ありがとう」や「うれしい」という言葉が言えない人は、素直に他者に甘えられない人なのです。素直に他者に甘えられないということは、その人がそれまでの人生で他者に甘えられた経験に乏しいからです。 ・問題が起きるのは、相手から思ったような反応が返ってこなかった時です。そういう時は、容易に「怒り」の感情を出してしまいます。

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    投稿日: 2021.01.23
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    親子、夫婦、友人関係など、すべての人との関わりについて深い学びを得られる良書。 ありのままの自分を認めてもらえるからこそ、人を信頼でき、人も自分も大切にできる。 他人は変えられないというが、変わるためには、そんな信頼できる人との関わりが必要。 遠回りのような気もするが、相手を肯定し、よく話を聞き、静かに見守る。内発的動機付けがあって、はじめて人は変わることができる。 育児や夫婦関係について書かれた書籍などの方法論だけだと、イマイチ腹落ちしなかった論理が、丁寧に書かれており、読みたかったのはこの本だ!と思った。 子育てや夫婦関係に悩む方にはぜひ読んでいただきたい。

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    投稿日: 2021.01.04
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    反省ではなく本音ベースの内省。 「ありのままの自分」を出すために「人に頼ること」。 著者は書いていないが、頼られる側の人のあり方も重要だろう。

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    投稿日: 2020.10.11
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    このレビューはネタバレを含みます。

    子育てする中で何かヒントになることはないかなと思い読んでみた本。 我が家はまず子どもを受容することを第一に育ててはいるものの悪いことをした時についつい形式的なごめんなさいを言わせがちだなと気づいた。 何か問題行動を起こした時に、まず反省させるのではなくなぜその行動を起こすことになったのかその心の中を把握してもらうことが本来大事であり、その原因が自分たち親にないか私たちは自省しながら育てていかなければならない。 しつけと称して我慢することを美徳とする価値観を植え付けがちだけど、それは我慢することで発散できる術をなくしいつか大きな爆発に繋がる。 子どもは子どもらしく発散できる時間を与えながら、家族の中では本当の自分が見せられる安心する空間と関係性を作っていきたいなぁと思った。

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    投稿日: 2020.09.29
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    受刑者にどこまでの効果があるのかは素人には分からないけれど、 感謝、嬉しさ、悲しさ、寂しさを素直に伝える力と聞いてくれる人間関係を複数持つことが大事なんだと勉強になった。 ただ場当たり的に反省させるより、長期的に見て自身を掘り下げたほうがいいというのはそのとおりだと思う。そもそもすぐさま反省できるならなんでやった案件だし。後悔≠反省 偏見だけど、頭と要領が良い人ほど良いと言われる反省文を書きそうで、そこら辺怖さがある。

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    投稿日: 2020.09.19
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    「反省させると犯罪者になります」という衝撃的なタイトルに惹かれて読み始めたのだが、筆者の経験や事例などに触れるにつれ、いちいち納得してしまった。 「『後悔』と『反省』はまったく違います」(P25)という言葉には特にハッとさせられた。自分にも思い当たることがちょくちょくあり、深く反省することの難しさを実感した。 反省するためには自分の内面に向き合わなくてはならないが、これはかなり勇気がいることだと思った。筆者のような専門家が支えてくれることが一番だと思うが、現状では圧倒的に人手が足りないというのが残念。 本書では家庭内の躾に対しても言及しているが、まずはその辺りからスタートさせて、一人ひとりの意識が変わっていけばいいなと思う。

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    投稿日: 2020.08.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    反省させると犯罪者になります、というのは、親や教師など上からの強制的な「反省」が、加害者の犯罪に至るまでの不満を抑圧させ、加害者が内省を深められなくなって犯罪の原因の解決に至らない、という話。再犯を防ぐには、無理矢理反省させることではなく、加害者の視点に立ち、その人が犯罪をするに至るまでに抑圧してきた感情に気づかせることが必要なのだとのこと。確かにそうだろうなぁとは思ったが、自己の不平不満に気づかせ、解消させるまでカウンセリングを続けるのはかなり時間がかかるだろうし、今の刑務所ではひとりひとりにそんなに手厚く関わるのは無理だろうなと思った。犯罪者にそこまで援助するのはどうなのか、という世論もあるだろうし。そのあたりが難しいなあと思った。

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    投稿日: 2020.05.31
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    教育者は読むべき本。反省させると、犯罪者か精神疾患者が生まれてしまう。生徒指導の仕方をすぐさま見直そう。また、いじめ教育にも言及している。どちらも、被害者の視点で考えさせるのではなく、加害者から考えさせる方法が非常に効果的だと感じた。

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    投稿日: 2020.04.27
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    自分が犯した罪や過ちを反省する事は、悪いことをした人が必ずしなければいけないこととされているが、それが実際には更生させることにはなっていないこと、あるいは逆効果であることを様々な実例とともにわかりやすく論じている。このようなコペルニクス的展開を世に問うていること、が本書の価値である。 著者は悪いことをした経緯を深く分析しなぜそのようになことをしたのかを、自らの家庭環境などから分析することを提唱している。しかしそこで1つ疑問に思う事は、家庭環境などの回想が一種の自己欺瞞や自分自身の美化を引き起こさないか、ということである。心理学の研究によると、人間は自分自身の現在に合わせて過去を歪曲して理解しあたかもそれが本当なであるかのように信じ込んでしまうことがあると言う。トラウマ研究などによって幼少期のトラウマが人口に膾炙してくると、その副作用として、実際にはなかったのに、幼少期の虐待に自分も虐待があったと信じ込み、親に裁判を起こし、逆に親から名誉毀損で訴えられるということもあるそうだ。人間の記憶は意外と簡単に捏造され、自分の都合のいいように語られ、解釈される。著者が提唱しているように、自身の過去などを語り、自分が親などに求めていたものを考えるという方法がどれくらい危険性を孕んでいるのだろうか、という疑問が湧いた。 かといってこのような疑問は、この著者の価値を減ずるものではない。逆に私のような一般の読者にも、本書の内容から出発して考えさせる、というとにその価値があるとも言えるだろう。

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    投稿日: 2020.04.25
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    何ともショッキングなタイトル。 犯罪者って、大げさな…と思ったものの、著者は無期懲役囚の支援、更生の実践者で、これまでの経験から、反省させることが人を能くすることにつながらないと主張する。 世の中は反省にあふれている。ネットもマスコミも不寛容で、反省しなければ総叩き。学校でも家庭でも、迷惑をかけた相手の立場を考えて反省することが、悪を正す唯一の方法のようだ。 しかし筆者は、過ちを犯した人にとって、相手の立場で考えることは容易ではない、まずは自分がその行動に至った内面、溜めていたことを知ることが必要と説く。例えば刑務所の受刑者のケースでは、大きな犯罪の前には薬物や子供のときの軽犯罪があり、そこには親からの愛情不足、共感不足があることに本人が気付くことで、はじめて更生のスタート地点に立つ。 確かに、問題行動は抑圧された感情が表面化したものであり、小さいうちに向き合うことが大切だが、向き合う技術のない人が支援しようとしても上手く行かないだろう。親になる人、教師になる人は、そういう勉強が必要だと思った。

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    投稿日: 2020.04.12
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    受刑者の更生について書かれているけど子育てに役立つ本! 子どもが問題を起こした時に、反省しなさいとか相手の気持ちを考えなさいって言葉を言いたくなる人は読んでみてほしい。 どういう対応がいいかも書いてあるから。 子どもが甘えられるように心理的に安全な環境を作ってあげたいと思います。

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    投稿日: 2020.03.15
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    自分もやりがちな、結局子どもから「ごめんなさい」を言わせるがための指導。 この問題点について、犯罪者更生の視点から書かれている。 著者が他人の車にぶつけてしまったときの素直な心情は、確かにと頷いてしまった。 結局自分が一番かわいい、人間という生き物にとって、はたして言葉だけの「反省」や「謝罪」にはどれだけの意味があり、持続性があるのか。 この本を読んで自分が変わったことは、「どうしてそんなことをしたのか」との“結果”を聞かずに、「なにがしたかったのか」との“経過”を聞くようになったこと。 子どもは不完全な生き物。 失敗から学ばせてあげたいと改めて思った。

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    投稿日: 2020.03.09
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    タイトルは過激だが、著者の意図は、世間で常識とされている悪い事をしたら反省、というのは、本当の反省にはならない、ということである。実際に刑務所で教育プログラムを実施している著者の言葉は重く、心に迫る。

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    投稿日: 2020.01.21
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    まともな人間は反省できる。ということはみんな犯罪者予備軍である。どんな人も読むべき人間心理の一冊である。  反省はあと!まずは自分を見つめよう。  体系化できていない独自理論って感じは否めない。しかし、これは教育の観点として参考にすべき事実である。教育がうまくいくには前提が必要。被教育者に「教わる」土台ができていないと、馬の耳に念仏なのである。それが「反省」でも同じ。問題行動のほとんどはこの土台ができていないから起きる。  土台作りをサポートしてもらえなかった人々の存在を知らしめてくれる一冊であった。

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    投稿日: 2020.01.10
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    著者の主張は一貫しています。その主張は大きく2つです。  ・抑圧すると爆発する ・問題行動が起きた時がこれまでを振り返るチャンスである  「抑圧すると爆発する」というのはどういうことかというと,「自分の中にある否定的な感情を発散せず我慢していると,いつか犯罪や自死などの行動として最悪な形で現れる」ということです。  生きていく中で人は否定的な感情を抱えます。それをうまく発散できれば大きな問題は起こりませんが,うまく発散できず溜め込んでいると後に問題行動として現れます。犯罪者も同じで,自分の中にある否定的な感情を抑圧してきた結果,犯罪を犯してしまったと考えることができます。なので,まずは,その否定的な感情を発散させることが改善への一歩なのです。  しかし,「悪いことをしたのだから反省しろ」と反省文を書かせたり,被害者の心情を考えさせたりすることは,否定的な感情を発散させるどころか,さらなる感情の抑圧へとつながります。たとえば,犯罪者にも犯罪を犯した犯罪者なりの理由があるわけなので(それが良いか悪いかはとりあえず置いておく),まずはその感情を発散させる必要があります。しかし反省文を書かせることは,その理由を発散させることにはならず,思ってもいないこと(たとえば,私の心の弱さが犯罪へとつながってしまいました。反省しています。など)を書かせるだけになり,結果として本当の気持ち=感情は抑圧されることになります。その結果,犯罪者は反省することなく,また同じ過ちを繰り返す可能性が高くなってしまいます。  ですので,犯罪や自死などの行動が起きないようにするためには,自分の中の否定的な感情を発散させる必要があるわけです。そして,自己の否定的な感情を発散させる,つまり自己理解が深まっていくと,結果として他者理解も深まっていきます。なぜなのかはここでは詳しく書きませんので,本書をご覧いただきたく思います。  2つ目の主張は支援者の立場からのものです。自己の否定的な感情を抑圧してきた結果,犯罪や自死が起きるわけなので,支援者からみると,そのような問題行動が起きたときは逆に言えば,何が問題行動の原因となっているのかを探り,それを解消するきっかけになるわけです。ですので,支援者には,問題行動が起きたときに闇雲に反省させるのではなく,その行動の原因を一緒に探っていくという姿勢が求められます。  このように本書では,「抑圧すると爆発する」「問題行動が起きた時がこれまでを振り返るチャンスである」という主張を論拠に,現代の「更生」の在り方を批判していきます。筆者の考えが豊富な事例をもとに展開されますので,説得的な内容になっています。  本書は犯罪者の更生についての話が主ですが,「教育」に携わる人にとって示唆に富むことが豊富にあります。たとえば,「自分のなかに,正しいと思って刷り込まれた価値観が多ければ多いほど,他者に対して「許せない部分」が増えていきます。」(p.158)という一文は,子育て,特にしつけを考える上で重要な指摘かなと感じました。  「教育」あるいは「支援」を考える際にこれまでの価値観を相対化する上で役立つかなと思います。 (ただし,問題行動の原因を親に帰属しがちな部分はちょっと気になりました)

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    投稿日: 2019.12.30
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    宮口さんの【ケーキの切れない非行少年】で紹介されていた一冊。 タイトルからして過激。内容もかなり切り込んだ内容になっていた。 でもそこには、著者の「何とかしたい」という情熱や想いを強く感じた。

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    投稿日: 2019.12.24
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    ①加害者の犯罪心理「後悔」が先、「反省」はその後。 ☆だからすぐ、「ごめんなさい」という加害者は疑ってかからなければならない。 ②罰はできるだけ受けたくない。受けるとしても罰はできるだけ軽いものであってほしい。それは人間の本能なのです。 ☆そうそう。そうなんだよね。 では、どうすればいいのか。 軽くすればいいわけじゃない。ではどうすれば・・。 ③それでは、どうすればいいのでしょうか。方法は1つしかありません。反省させてはいけないのです。被害者に対して不満があるのであれば、まずはその不満を語らせるのです。不満を語る中で、なぜ殺害しなければならなかったのか、自分自身にどういった内面の問題があるのかが少しずつみえてきます。 一見、非常識なことをしていると受け止められるかもしれませんが、本音を語らないかぎり、受刑者は自分の内面と向き合うことはできません。 ☆まず、本音を語らせる。これが実は難しいと思う。 第一、相手に心を開ける状態でないといけない。 ④人は不満や怒りなどの否定的感情をもっていると、その感情をいつまでも引きずります。(中略) 心のなかにたまった否定的な感情は、それが解放されない限り、いつまでもその人の心のなかに残り続け、その人の心を苦しめるばかりか人生さえ生き辛いものにさせます。 ☆まず、否定的感情をださせる。その手法が知りたい。 ⑤反省文を書いた後、必ずといっていいほど生徒指導部の部長が生徒に告げる言葉です。それは、「これからはすべての先生が君に注目している。しっかりとした学校生活を送りなさい」という「励まし」の言葉です。この励ましが生徒の心に今後どれほどの負荷(ストレス)を与えることになるのか・・。 ☆これ、思わず言っていまいそうな言葉。 では、なんと言えばいいのか。 ⑥言い方は悪いですが、私たちは子どもの問題行動を歓迎しています。なぜなら問題行動とは、「自己表現」の一つだからです。和子の「しんどさ」が表面化したと捉えることができるのです。 ☆その時の周りの対応が重要。 叱るとかえって悪くなるのは目に見えている。 問題行動が出たら、 そこから何を得たいのか そこから何を回避したいのか 考えてみる。 冷静に~~ ⑦親はなぜ子どもが問題行動をおこしたのかを考える機会を与えられたと考えるべきです。 ☆子どもとしっかり向き合う。「ありのままの自分」を受け入れてやるには? ⑧問題行動が起きたとき、ひとまず叱ることは控え、本人が問題を起こすことに至った理由に耳を傾けることです。 ☆理由。 ⑨私は問題行動を「必要行動」と考えています。 ☆せざるを得なかった、と考える。 「もし断っていたらどうなっていた?」 「一人になるのが怖かったんだね」 「なぜ喫煙する友達と付き合うようになったの」 「その時どんな気持ちだった?」 「よく話してくれたね」 このような問いかけで否定的な感情を口から出させる。 できるかなあ。 ⑩人は自分のことを理解してくれる人を、常に求めています。 ☆これは分かる。 ⑪いじめ防止教育は「いじめたくなる心理」から始める。 ☆いじめの加害者の文章を読ませて 「これを読んでどう思いますか」 「なぜこの子はいじめてしまうのだと思いますか」 「同じような気持ちになった人はいませんか」 などと聞き、本音を探っていく。 結局は自分も人の目を気にしている。「調子がよくて目立った存在でありたい」もっと言うと、「注目されたい=愛されたい」 ☆愛されたい! ⑫「自分が愛されたいという気持ちをうまく表現するためにはどうしたらいいか考えてみよう」などと提案してもいいかもしれません。 ☆こうやって聞いたら子どもはなんていうんだろう。 ⑬「人は誰もが寂しさやストレスを持っている時、それを弱いものに向けてしまうことがある。だから、寂しさやストレスがあったら、ため込むのではなく、誰かに話を聴いてもらうこと(=頼ること)が必要です」と展開する。 ☆ここが落としどころか。頼ることを教える。これは確かに自殺防止の第一歩になるだろう。誰に聞いてもらうかも大事。 ⑭いい大人でいられる条件は、「子どもっぽさ」をうまく出せることと言っても過言ではありません。飲み会やカラオケで楽しくはしゃいだり、仲間とふざけ合ったりすることが「しんどさ」を発散させることになって、大人としての「いい仕事」ができるのです。 ☆子どもっぽさとは何か。 ⑮今回、問題を起こしたことは君がいい方向に向かうためのチャンスとしたい。今回、なぜこんなことが起きたのか、一緒に考えよう。 ☆+日ごろから思っていたことを自由に話してくれないか、と一緒に考える姿勢をもつ。 ⑯あらかじめいろいろな課題を用意しておきたいものです。 「これまで親からよく言われたこと」 「自分のストレスについて」 「今、悩んでいること(しんどいこと)」 「今回の行動を起こして、「得たもの」と「失ったもの」」 ☆こういう言葉がいくつあるか。そして、パッと出せるかにつきると思う。ノートをみるわけにもいかないしね。やりとりを引きだすための言葉。いくつも用意しておく。 ⑰人間関係をよくするために使いたい言葉。 「ありがとう」「うれしい」 ☆「寂しい」「悲しい」で自分の気持ちを素直に表現。 ⑱プチキレの勧め 自分の話を聴いてくれそうな人にちょっと自分の「しんどさ」をいうことです。(中略)重要なことは表現することです。 ☆わーい♪これはできてるかな ( ´艸`)

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    投稿日: 2019.10.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    題名は強めだが、内容は非常に読みやすく、勉強になる良書。 犯罪者だけではなく、一般向にも参考になることが多くある。 反省への概念が変わることまちがいなし。 価値観を変えてくれる1冊。 いじめ対策に悩んでいる教育関係者にもおすすめしたい。

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    投稿日: 2019.10.15
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    過激なタイトルではあるが、筆者の伝えたい反省ではなく内面を見つめることの大切さは、全ての人に大切な生きる知恵である。

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    投稿日: 2019.10.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

     加害者が自分のやった行為について省みるとはどいうことなのか、経験から導き出した結論は、題名のとおり。  読みやすくためになるのですが、何度も同じことを言っていて、文章的にはきつかった。ためにはなります、ほんとに。

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    投稿日: 2019.08.21
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    後半の気づきの部分の内容は、自分が似たような経験をしていたのですんなり受け入れることができた。 自分は周りに恵まれていたなーと改めて感じる。 今度は自分が支援者になって1人でも気づかせてあげられたらいいなーと思った。

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    投稿日: 2019.08.17
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    人はどうしたら更生できるかを、受刑者を支援してきた著者が説く。「まず反省させる」ことの害。内省をサポートすることの大事さ。子供や後輩への関わり方でも同じ。この視点はいつも持っていたい。同じことの繰り返しが多いのがやや難だが勉強になった。

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    投稿日: 2019.08.12
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    衝撃的なタイトルですが、反省文による矯正の効果について検証している。じゃあどうすればいいのか、っていうのは色々提案してくれてるが、どうもイマイチ。つまり、他に矯正方法が見つからないから反省文によるものが継続してるんだなぁ、と問題提起してくれている。文中で、生立ちや幼児期のトラウマを吐き出させるアサーションを提唱しているが、それだけでは不十分な気がしてならない。犯罪/問題行動に至った経緯を本人に十分に言い訳させ言い尽くすと自然と反省を始めるという言説が、信憑性があるようでないような不思議は違和感を感じる。生立ちにトラウマ等問題点が無い又は不充分な場合はどうするのか。と同時に、親/保護者など環境のせいにしてから考える方法も違和感がある。などなど、いろいろと考えさせてくれる名著です。おすすめ。

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    投稿日: 2019.06.28
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    「人は変われる」 変わってしまう。とも思う。 反省しないだろうな。 したフリをしているだけだ。 とても良い内容だが少数派で、多数派にするには100年くらいかかりそう。 もどかしい。

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    投稿日: 2019.06.24
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    本人の意志によらないのに外圧で頭を下げさせ、無理やり反省させると、悪いと思わないまま反省しているポーズだけになり再犯を重ねるようになる。この本を読んでいて、ユゴー『レ・ミゼラブル』のことを考えた。ジャン・バルジャンは司教に窮地を救われたので改心したが、司教がいなければまた監獄に逆戻りになって、今後の人生も同じことの繰り返しになっていただろう。一人ひとりの心に寄り添うケアが必要だと実感したが、人材の確保などなかなか難しいところではあると思う。

    0
    投稿日: 2019.06.10
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    刺激的な題名に反して主張は納得のできるもの。胸に刺さるフレーズがたくさんあった。反省をさせる事がいけないのではなく、反省の前に重要なステップとして、個人の言い分を充分に表出するという事がある。 私も子どもに言いたい事あったら言ってとは言うけれど、うまく引き出せない。親に言うのは恐い、ためらわせる、理由があるのだろう。そういう壁を亡くす努力が必要だと改めて思わされた。

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    投稿日: 2019.05.22
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    通り一遍の反省文を書かせたり、被害者のみになって考えるというのをやると、加害者がどうして問題行動に陥ったのか根源を考えることをせず、自我を抑圧することになるので、抑圧された自我が後にもっとひどい犯罪となって現れる、という説。 刑務所での累犯受刑者の校正支援活動から生み出された理論ということ。 気になるのは、この人の理論を実践することで、犯罪者が本当に更生するのか、つまり再犯率が減っているのか、それとも、この人の前でそれらしい反応をしているにすぎないのか、が検証されていないことですね。

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    投稿日: 2019.05.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    丁寧な語り口とは裏腹に、凄まじい本だと思う。 著者の仕事は犯罪を行った人たちの更生だ。 それも、殺人や強盗などの重罪を犯した人たちも対象だという。 そんな過酷な現場での経験から、「反省をさせることは逆効果である」と述べるのである。 一見、逆説的で、ともすれば非常識にも思えるこの提言を、著者は実体験や文献をもとに展開していく。 一言でいえば、反省を求めることにより、人は気持ちを抑圧してしまうというものだった。 反省するどころか、より一層犯罪を犯すリスクすら生まれてしまう。 被害者のことについて考える前に、加害者の立場から考えなければならないというのだ。 学校教育や家庭教育にも話はおよび、最後に嘘偽りのない作者の思いが綴られている。 作者は既に亡くなっているという。 並々ならぬ仕事をされ、ご苦労をされたことだと思う。 正直、全ての人に読んでもらいたい本である。 自身や世の中を顧みて、必ず思うところがあるはずである。

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    投稿日: 2019.01.12
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    煽るような刺激的なタイトルは、インパクト充分です。 あまりにも充分すぎて読んでいるのを見られただけでドン引きされそうです。 早い話表面上の謝罪テクニックばかり発達して、本当に反省する事なんてありえないという事でした。 確かに謝れって言われて謝っている時に、本当に罪悪感で心の底から謝罪なんてしていないですよね、自分のこれからの先行きの心配が殆どですから。 結構同じことの繰り返しではありましたが、頷ける部分が多数ありました。結局自分の事をしっかり吐き出さない限り人の事まで思い至る事はないという事ですね。

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    投稿日: 2018.12.10
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    我慢できること1人で頑張ること言わねを吐かないこと、人に迷惑をかけないことは生きづらさを与えるだけ自分の気持ちを出させないことが溜まっていくと犯罪が心の病気を引き起こすことになる 我慢をすることは、人に頼らない態度を見つけることになり、場所となる人間関係をしてなくなる 自分の子育てを見直して反省する点が多い、もうお兄ちゃんなんだからとか男の子なんだからとか言ってしまいがちなところが多い、これは男の子で男の子なんだからいじめる側に回ったりしてしまうリスクがあるいい子だねとか、大人の真似をしてることに対して褒めるのもよくない いつかは子供ではなくなってしまうのだから、早く大人にならなくてもいいのんびり育てばいいんだよこういうにはいっぱい迷惑をかけてもらってもいいよという気持ちでおおらかな気持ちでこちらどうして行こう 息子が問題行動を起こす時も必ず私の注目を引きたい時が多い、息子や娘が甘えたいと言ってきたときは、とにかく甘えさせてあげれば、結局良い子になるんだと思う。

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    投稿日: 2018.12.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    過激なタイトルですが、内容は心からのあたたかな指導方法について、でした。自分にも他人にも厳しい自分を変えたくて、手に取りました。「ごめんなさいは意味がない」という自分の信念を、明晰に説明してくれている本でした。今後のしつけや教育においては、問題行動の背景にある、自分の内なる声を吐き出す事、普段から自分の感情を素直に表現する事に努めようと思いました。

    1
    投稿日: 2018.11.08
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    タイトルが刺激的な本です。わざとそういうタイトルにしてあると思いますが、内容は素晴らしいです。 「反省させると犯罪者なる」とありますが、要するに形だけの「反省文」を書かせて終わったことにするだけだとかえって逆効果で、「本当に」反省するためにはどうすれば良いのか、ということが語られます。 著者は長年受刑者の更生を支援してきたそうで、実際の受刑者の言葉なども出てきて、説得力があります。 本の内容とは関係ありませんが、CM なのに「CM 上の演出です」と書くあのアホらしさ。これも文句言われないように「とりあえずこれだけ書いときゃ良いんでしょ」と言われているみたいです。なんだか「立派な反省文が書けてればOKでしょ」というのと同じ匂いがしますね。本質的な議論を避け、こういうつまらない「形だけ」で済ますことが蔓延するこの国は、なんだか国としての能力が低下している気がします。。。

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    投稿日: 2018.10.13
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    タイトルの言わんとしているのは問題行動の直後に反省を強要しても形ばかりの反省の態度、言葉でその状況を乗り切るだけで根本的な解決にはならないということ。いわゆる「すいません、って言えば済むと思ってるんですか。現象、症状への対策、根本原因の確認と再発防止策の実施が大事でしょ。」という状況に似てる。安易な「反省してます」は同じ失敗の温床だ。それ自体は日々実感するところではあるので共感する。 しかしながら、著者は刑務所における更生支援を行っておりその経験からの意見なのだが本書全般を通じて経験に基づいて主観を語っているだけでその効果を検証している形跡がない。また重犯罪者をみて理屈を構築しているがそのような人に共通する事が原因であるとするのは誤りだと思われるので注意が必要だ。

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    投稿日: 2018.10.09
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    紹介された本。 タイトルの主張が、筆者の経験に基づいて、語られている。 価値観の発生源を考えろとのこと。 自分の経験とも一致するので、感情的には理解できた。 モノがない(と思ってた)生活をしていたから、モノにこだわって、全て揃わないと満足しない。 自由がない(と思ってた)生活をしていたから、決められたカタチにこだわって、あるべき姿しか許さない。 ただ、論理展開が筆者の経験でしかつながらない。 もう少しデータが欲しいと感じたが、ないとのこと。 本当に?海外の研究は?

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    投稿日: 2018.05.24
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    過激なタイトルだけど言わんとすることは理解できる。 反省はしないといけないけど周りが反省を強要すると表面的な反省しかしなくなり根本的な解決にはならない。 本書は美達大和氏への反論という目的もあったようだけど「表面的に反省しても実際は反省の気持ちなんてない」というのは両氏とも同じ意見だし、それをどう対処すべきかということに対して専門家としての視点なのか受刑者としての視点なのかの違いのようにしか見えなかった。 著者のやり方だと反省まで至るらしいが、その反省が表面的でないとなぜいえるのか不思議。

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    投稿日: 2017.12.14
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    衝撃的な本の題名につられて手にとりましたが、目からうろこの内容でした。確かに、指摘をされると「そりゃぁ、そうだ」と納得できるのですが、今までまったく気がつきませんでした。 犯罪に手を染めるにまで追い込まれる心理的要因を生い立ちにまで育って探ることの大切さを説いているのですが、ほとんどの事例が本人は「親(他人・社会)から迷惑をかけられて育って」きているので、まずは必要なのは、どれだけ自分が虐げられてきて辛く悲しく寂しい思いをしてきたかのネガティブな気持ちを吐き出して向き合うことだという。 そのためには、犯罪を犯したことへの「反省」というのは「(真に犯行にいたった原因に至るものへの)妨げ」にしかならない。自分が本当に抱く本心を向き合わないため、うわべだけの「反省」=「謝罪文を書くことだけ」がうまくなるという。そして、原因が解決されていなから、再犯につながっていくという。その意味では「反省」は「再犯を加速させるもの」でしかない。

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    投稿日: 2017.10.24
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    矯正プログラムのような反省を促しても、表面的に反省したフリをすることになるだけで、やがて過ちを繰り返す事になるという話。過ちを起こすまでの内面的な問題を吐き出し、自らがその問題に気付くまでは、内発的な反省に繋がらない。そして、そうしないと捕まってしまったミスを反省するような間違った反省になり再犯をしてしまうという話だった。 内容に同意できないような話はないが、数字があまりないので、プロセスを変えた場合どれくらい再犯が減るのか、書いて欲しい気もする。

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    投稿日: 2017.08.31
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    自分が悩んでいなければ手に取ることはなかったであろう本。刺激的なタイトルだが、刑務所での矯正指導に携わる著者の本音でもある。そして、私の子育ても反省すべき点が多いことに気付かされた。「ありがとう・うれしい」と「寂しい・悲しい」そして「しんどい」が素直に言える自分でありたいし、家族も含め周りの人達にもそうあってほしい。

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    投稿日: 2017.08.29
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    散々、テレビで不倫だなんだと問題を起こした芸能人がカメラの前で頭を下げているのが不思議で不思議でしょうがなかったのだけど、その理由がこの本で一発解決した。常日頃から行動に対して謝るのは簡単だけど「なぜその行動を起こしたのか」分からないと何の意味もないよね、と言ってきたが、やはりこの考えは間違ってなかったのだと再認識。非常に残念なのは、著者の岡本先生が50半ばという年齢で一昨年亡くなられていること。

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    投稿日: 2017.08.15
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    受刑者の更生支援に関わっておられる岡本茂樹さんが書かれた本。 特に今の日本は、人を裁きたがる人が多くて、政治家や芸能人に反省を求める風潮がありますよね。 誰が不倫したとか、道路交通法違反をしたとか、ニュースで大きく取り上げるほどのことかしら?もっと広く伝えるものがあるんじゃないの?と思います。 周りは、反省している姿を求めてしまう。 そして、本人は委縮したり、心を閉ざしたり、本心から目を背けたり。 結局、本質的な解決にはならないし、誰にも良いことが無い。 仕事でもミスなどが起こった時に 「すみません、今後、気をつけます」 という謝罪、反省はよくあります。 今後、気をつけるって、どう気をつけるの!? と思いませんか? 誰だってミスしようと思ってミスを発生させているわけではありませんし。 「今後は、操作の前に2名で確認します。」 「3日前には事前連絡します。」 など、ミスが起こらないための具体的なところまで考えているのか、それともこの場をしのぐために取り繕った反省を口にしているだけなのかで、その後が大きく変わります。 子育てや社員育成にも活かせそうな内容でおススメです!

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    投稿日: 2017.08.01
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    闇雲に反省ばかりを求めると、上辺だけ反省したフリをして、刑期が終わるまでただ我慢しているだけで、娑婆に出ると再犯を繰り返す事が多いとか。まずはその心の闇に迫り、原因となったことを明らかにすると、反省を求めなくとも改心してしまう事があるとか。対症療法だけじゃ世の中解決しない。大本に迫らないと。

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    投稿日: 2017.06.20
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    厳罰化は加害者を救わない。メモ「自分を大切にできない人間は他社を大切にすることなどできません。逆に言えば、自分を大切にできるからこそ、他社を大切にできるのです。」

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    投稿日: 2017.04.25
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    加害者の立場から考えさせ、吐き出させることの重要性。 刑事政策論であり、教育論でもある。 客観的根拠が豊富であればなお良かったが、紙幅の限界か。

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    投稿日: 2017.02.27
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    キャッチーなタイトルに惹かれて読んでみた。徹底しているのは、「まずは加害者視点で考えろ」ということ。どんなに重い罪を犯した者であっても、加害者には加害者の言い分がある。それを無視して、被害者視点からばかり「模範的な反省」を求めても、根本的な解決には至らないばかりか、抑圧された否定的感情がさらにエスカレートした犯罪を引き起こす、というのが本書の一貫した主張だ。だが、逆に考えれば、問題行動は「必要行動」であり、「支援のチャンス」でもある。そこで必要なのは、罰を与えて反省させることではなく、「手厚いケア」によって全てを受け入れてあげることなのだ。反省とは、周囲から無理やり「させられる」ものではない。信頼できる支援者からの手厚いケアの最終段階として、自ら「気づく」ものなのだ。深い共感と納得が得られる一冊。

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    投稿日: 2016.12.06
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    「反省させる」という、一見当たり前の対処は、効果的でないどころか、逆効果である。 私は、イジメについてすでにこの視点を持っていた。イジメという行為の断罪ではなく、イジメに至った心理的背景に寄り添うことが本質的なんだと。 そういう意味で、スッと内容が入った。 教育職の人は必読。

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    投稿日: 2016.08.24
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    確かにそうかもしれないと思う内容だった。 犯罪を犯した人でなくとも、自分の本当の気持ちに気づき、それを誰かに話すというのは大切なことだと思う。 知らず知らずのうちに自分を殺し、必要以上の我慢をしてしまうことは結構ある。 問題行動の原因を家庭環境などに帰するのは、ある意味性善説かもしれないが、受刑者の心情を理解しようとしてくれる著者のような人がいるのは救いだと思う。

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    投稿日: 2016.08.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    第5章で人間関係の核心にせまる記述を見た気がした気がする。 「あらゆる人間関係において、正論を言うことは相手との関係を悪くする可能性があることを理解しておきたいものです。」 受刑者というのは人生の様々な局面を「我慢」してきた存在である。「我慢しなさい」「強くなりなさい」「大人になりなさい」「社会人なんだから」といった言葉は一見「正論」であるが、正論は人間関係をおかしくするのもまた事実。じじつ、上にあげた「正論」を人生の様々な局面で言われ、憮然とした人は多いのではないだろうか。 こうした正論による鬱憤、またそれ以外に家庭事情などで貯めこんだ鬱憤が、いまの受刑者をつくっている。 正論は大切かもしれない。しかし正論は凶器にもなりうるもろ刃の剣であることを、われわれは知っておかねばならないのではないか。

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    投稿日: 2016.04.13
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     なかなか刺激的なタイトルの本書だが、これはもちろん、反省することを全否定しているわけではない。正確に言うと、「問題行為に至った背景や内的な抑圧を顧みることなく、無理矢理反省させると犯罪者になります」ということになる。では、これはどういうことなのか。  刑務所や少年院で、犯罪者の更生を支援する活動に長年携わってきた著者は、犯罪者が犯罪者になるのには必ず理由があると指摘する。そしてそのほとんどに、家族や養育環境が関わっていると。そこで著者は、犯罪者に一方的に反省させる代わりに、みずからの内面と向き合わせ、本音を語らせようと試みる。この方法で著者との信頼関係を構築できた犯罪者は、自分の起こした犯罪を後悔し、自発的に反省するようになるという。  本書の後半では、著者は犯罪と地続きの「教育」や「いじめ」の問題にまで踏み込み、「頑張るしつけが犯罪者をつくる」と断言する。最終章の「我が子と自分を犯罪者にしないために」の提言は、全国民必見だろう。

    1
    投稿日: 2015.11.26
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    受刑者の支援の実践に基づき、反省を求めると世間向けの偽善だけを身に付け、再犯に向かわせる結果しか生まないことを実例によって説明してくれる。 受刑者を「更生」させるなどということが可能なのかと疑わしく思っていたが、筆者は、被害者の視点で考えさせ反省させるのと逆に、加害者の視点で考えさせることにより、最終的に被害者のことにも思い至らせることができると言う。犯罪者は、孤独に一人で生きてきているが、こう考えさせることによって、人とつながって生きる術を身に付けられると言う。 しかし、現実にはこのような教育を受けられる受刑者はごく例外的で、ほとんどの刑務所で、再犯の可能性を高める「教育」が行われているというのが、やりきれない。 犯罪者に反省を求める世間が変わらない限り、犯罪は増え続けるとしか思えなくなった。 犯罪に至る前段階になるが、学校で問題行動を起こした生徒に反省させるのも、孤立感を深め心を閉ざす結果しか生まないというのも、同じ流れで理解できる。 問題行動を起こした時がチャンスだと、筆者は言う。それまでに蓄積された内面の問題が表れた時だから。その機会を捉えて、なぜそこに至ったかを考えさせることが大事だと言う。 問題行動を起こした生徒を退学させて「我が校には問題はない」と豪語する学校の話を読んだことがあるが、まったく心が冷える。

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    投稿日: 2015.10.07
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     著者の岡本氏は立命館大学の教授である一方で、刑務所や少年院で犯罪者の更生を支援する活動されていた方。本書はその活動を通じて、得た教訓をまとめたものである。  「反省させると犯罪者になります」…かなり過激なタイトルだが、著者は反省を否定しているわけではない。正確には「(問題行為に至った背景や内的な抑圧を顧みることなく、無理矢理)反省させると犯罪者になります」と主張している。形式的な反省文を書かせるよりも、犯罪に至った心理的な抑圧を明らかにし、他者との信頼関係を回復させることで真の反省と更生を促すことを提案している。  本書で提案された手法に対して効果の定量的データを求める声が多いようだ。データがないのは、本当に更生されたかどうかは受刑者のその後の一生を追跡しない限り、確認することができないからであろう。しかし「内的な抑圧の蓄積が問題行動への引き金であり、その原因を明らかにしない限り真の反省も更生も得られない」という著者の主張は本質をついていると思う。著者の提案する更生法は「コーチング」との共通点も多く、幅広い実践に裏付けられている要素も含んでいる。  諸外国と比較すると日本は金銭目的の凶悪犯罪は相対的に少ないかもしれないが、動機が不明確な殺人は度々ニュースになるし、いじめや自殺は社会問題となってから久しい。これまでの更生法が効果を挙げていないのであれば、著者の提案する更生法や「刑のあり方」を試すべきではないか。また、著者の指摘するように内的な抑圧が次世代や社会に拡散するのであれば、家庭でのしつけや学校での教育でも著者の指摘を実践する価値があるのではないか。  本書では特に言及されていないが、著者は基本的に「性善説」の立場をとっているように思われる。「性悪説」の立場での更生は人の本性を矯正することが主眼となるが、「性善説」では人の本性を引き出すことが主眼になる。犯罪者にも様々な人間がいるし、中にはその境遇をもってしても同情できないほどの罪を犯した人間もいるだろう。それでも本書で述べられた「受刑者が生き続ける意味」にこそ、加害者と被害者の両方に真の救いがあると信じたい。

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    投稿日: 2015.07.20
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    反省を強要するのは逆効果である。ということは十分理解できる。けれども殺人等の重罪犯にも・・と考えると、またちょっと違った気持ちが湧いてくる。もし自分が被害者側の人間だったら・・。

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    投稿日: 2015.07.08
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    #読書開始 ・2015/6/26 #読了日 ・2015/6/29 #経緯 ・尊敬する上司が読んいたため。 ・業務に活用できそうだと思ったため。 #達成、満足 ・活用できるポイントがあるので十分だが、説得力に欠けるので3評価。 #感想 ・「犯罪者になります」というタイトル通り、主な対象者は受刑者。それは、著者が仕事で受刑者の更生を支援しているから。 ・世の中の反省は反省ではなく、表面上のもので根本的解決には至っていないという。過ちを犯したものが、二度と犯罪をせずにまっとうに生きるには、更生させること。 ・事実を聞き、ありのままの自分を認め、愛情に触れ、更生させる。正論をかざしてはいけない。最もだが、著者も人間であり、自分が被害者の立場になれば、それは無理だとも言っている。要は予防となる教育を変革すべきなんだろうが、説得力には欠ける。 ・学生、部下、犯罪者、子育てに活用できるが、時間がかかり、マスターできるのかどうかは疑問。 #オススメ ・管理職、教育関係者にオススメ。

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    投稿日: 2015.06.27
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    内容は理解できておおむね賛成するが、具体的なエピソードに乏しく説得力に欠ける。著者の経験からすれば適当な事例がいくつも見つかるはずだ。またデータをとっているわけではないので、著者の"経験"しかよるところのないのは寂しいところだ。 本当ならデータ解析をしてほしい。 また著者はほかの研究者をやたらけなすところがあるのがきになる。 とはいえ本書が"反省"というものになげかけた大いなる疑問は、犯罪者の矯正だけでなく教育分野においても有用なものであるように感じる。

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    投稿日: 2015.06.08
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    かなり挑発的なタイトルだけど、決して反省それ自体を批判したものではなく、他者が一方的に反省を強いるという姿勢について批判をしている。 で、なるほど、とは思う。 特にいじめに関する提言は、かなり説得力があると思う。 ただ、語られているのは「それらしい理念」なのが惜しいんだよねえ。 結局著者の取り組みが、取り組まない受刑者と比べてどの程度効果があったのか、とか、なんらか量的な根拠を提示してほしかった。 これからデータをためていく段階なんだろうかねえ。

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    投稿日: 2015.05.27
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    反省文は抑圧を生む 被害者の心情を考えさせると逆効果 頑張るしつけが犯罪者をつくる 2015/05/03読了

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    投稿日: 2015.05.04
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    教育相談の講義のネタにKindle版を買ってみた。 言っていることは、まあ分かるけれども、「反省」をキチンと定義していただきたいところですな。

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    投稿日: 2015.05.02
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    ■被害者の心情を理解させるプログラムは,再犯を防止するどころか,再犯を促進させる可能性がある。 ▸ 被害者の心情を理解させることは,ある意味では彼らがいかに社会的に避難さることをしたのかを理解させることであり,自己イメージを低めさせ,心に大きな重荷を背負わせることになる。 ▸ 社会での生きにくさを増加させることにつながってしまい,社会不適応を促進しているのかもしれない。 ■孤立こそ再犯を起こす最大のリスクとなる。 ▸ 「孤立」と「やけくそ」がセットになると,大きな事件が起きることは過去の数々の重大事件が証明 ■頑張る「しつけ」が犯罪者をつくる ▸ しつけがいじめの一因に ■正論は言ってはいけない。正論は相手の心を閉ざす「言葉の凶器」 ■プチキレの勧め

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    投稿日: 2015.04.26
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    読み終わるのに意外と時間がかかった。しかも、最後の方は流し読みに。 主旨は分かる。教育論としてはそれほど目新しいところはない気がする。 しかし、なぜか説得力を感じないというか、素直に受け入れられない気持ちになるのはなぜだろう? 同じ境遇にあっても犯罪に流れる人もいればそうならない人もいる。著者のいうとおり、犯罪を犯した人が自分の内面と向き合うことができれば再犯を防ぐことができるのか? それが有効な人もいるかもしれないが、常習累犯窃盗や再犯を繰り返す性犯罪者にはそれほど有効ではない気がする。 子供と接する時の参考にはなるが、被疑者被告人弁護の参考にはしづらい。

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    投稿日: 2015.02.20
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    納得、腑に落ちる内容。 子育て中の親(自分自身もだが...)、学校教育関係者など、多くの人に読んでもらいたい。 なにやら、世の中、道徳が教科化されるようであるし、「いじめ」の問題について、逆効果の教育が行われないことを望む。

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    投稿日: 2015.02.06
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    著者にかかると総ての犯罪行動は親から受けた抑圧が原因となってしまうようだ。 人間の行動は、なんでもかんでも原因と理由があるという仮定には同意できない。人間の行動や感情などアリと大差ないのではないかというのが、つまりタマタマそうなった、そう考えたということが自分で思っている以上に多いというのが、おいらの考えだ。 では、この著者の意見に賛成できないかというと、そうではなくて、たいへん興味深い提言だと感じた。(☆3は高評価) ただ支援者がストーリーを持って非支援者の前に立ったら、それがどのようなストーリーであれ、非支援者はその求められているストーリーに乗ってしまうように思う。 非支援者の前には何も持たずに、ニュートラルで立ちたい。

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    投稿日: 2014.12.17
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     人間は、何かやらかすと、その後は少しでも怒られないように言い訳を考えるものだ。それが人の本能である。だから、言い訳を考えている状態の人に反省を強要すると、当然のこととして反省せずにうわべだけの謝罪が出てくる。ところが、周りにいる人は、このうわべの謝罪をもって反省の印と考えがちである。だから、受刑者に真の反省をうながすためには反省を強要してはいけない。  受刑者は養育者から受容された経験が乏しく、それゆえに他者と健全な人間関係を築くことが困難で自身の思いを抑圧している。これが犯罪行為の原因であり、そのことを自分で理解しなければ真の反省には至らない。それを理解するために必要なのは他者による受容であり、反省を迫ることは抑圧をさらに強くすることにしかならない、というのがこの本の主張。  他者による受容と社会性(他者・社会に貢献したいと自ら願う気持ち)の獲得について最近考えてるのだけれど、まさにそういう話だった。養育者に受容され健全な人間関係を築く能力を獲得した人とそうでない人。前者は他者に対して愛を持って利他行為を行うのが自然なんだろう。後者は他者を自分の領分を犯し自分を制圧してくる存在として警戒する。自分がありのままに存在することを許されなかった人が、他人に対してありのままに存在することを許さないとしても不思議ではない。

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    投稿日: 2014.12.14
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    反省させる、のではなく、自分の心の中を見つめ直す機会として真の反省を芽生えるように導く。 犯罪なり、問題行動なりを起こすとき、そこには必ずその人なりの理由がある。それを無視して被害者側の視点に立って考えろと言っても無理があるというのは分かる気がします。 言われて相手の立場に立って考えられるなら、そもそもそんなことしない場合の方が多いでしょうから。 タイトルはなかなか過激だけれども、タイトルだけ見て、反省は必要だろ!と思う人こそ、きちんと読んだ方が良いと思います。

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    投稿日: 2014.11.02