
総合評価
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powered by ブクログ今日何気なく妻と過ごす日常が、自分にとってはサナトリウムでの生活たるものなのだろうなとふと思う。 妻が先立てば恐らく自分も過去の追憶と生きることになるのだろうとも思った。 【心に刺さった描写 】 私達のいまの生活、ずっとあとになって思い出したらどんなに美しいだろう 「おい、来て御覧、雉子が来ているぞ」 私は恰もお前が小屋の中に居でもするかのように想像して、声を低めてそう一人ごちながら、じっと息をつめてその雉子を見守っていた。お前がうっかり足音でも立てはしまいかと、それまで気づかいながら…… その途端、どこかの小屋で、屋根の雪がどおっと谷じゅうに響きわたるような音を立てながら雪崩れ落ちた。私は思わずどきりとしながら、まるで自分の足もとからのように二羽の雉子が飛び立ってゆくのを呆気にとられて見ていた。そのとき殆ど同時に、私は自分のすぐ傍に立ったまま、お前がそういう時の癖で、何も言わずに、ただ大きく目を?りながら私をじっと見つめているのを、苦しいほどまざまざと感じた。
0投稿日: 2026.01.06
powered by ブクログ病を患った婚約者とのラブストーリー。幸福とは何なのか。サナトリウムで婚約者に付き添いながら、幸福と感じ、また幸福とは…と考えている主人公。時代のせいか共感は得られなかった。宮崎駿監督の「風立ちぬ」は作者堀辰雄と実在した堀越二郎とを混ぜて、ひとりの主人公に仕立てているらしいので、そちらも観てみたいと思いました。
0投稿日: 2023.09.27
powered by ブクログ3度目です。 前回は角川文庫、前々回は新潮文庫、そして今回集英社文庫で読んでみたが、氷室冴子氏の解説が良かった。 氷室さんも私と同じ中学生の頃この本を最初に手にして嵌ってしまったんだとか。私は読んではみたもののちんぷんかんぷん。中学生で堀辰雄を理解出来る感性に軽く嫉妬を覚える。 言葉遣いがとても綺麗で、お互いを合う労わり合う二人の姿がいじらしい。 一歩一歩死に近づいて行く彼女とそれを見守る恋人、辛くないはずはないのだけれど…二人だけの事を考えて、二人だけで生きる。実は少し贅沢な事なんじゃないかな…なんて思えた。
1投稿日: 2017.10.07
powered by ブクログ曠野。最後の王朝物。原典として今昔の中務大輔娘成近江郡司婢。 同じ場面をそれぞれの視点から書く。同じ夕月、同じ蜘蛛の網といったわかりやすいアイテムを出すことで、同じ時間、同じ場所にいながら会えなかった残念感、運命の切なさ?(笑)を演出。フーガと表現した論文もある。カッコイイ。 お互い相手を思いやるあまり相手を遠ざけざるを得なかった。決心して遠ざけたがやはり会いたくてしゃーない、でも窶れた姿で待ってたのを見られたくないから会えない、という面倒臭い女心。女のプライドの高さで説明したらすごく一貫性のある話になる。
0投稿日: 2015.11.28
powered by ブクログ代表作「風立ちぬ」のほか3編が収められている。 「風立ちぬ」については、定義はともかく、これが純文学なんだなと思う。ピュアで、美しく、切ない。余命いくばくもない妻をあんなにも愛せるものか…。
4投稿日: 2015.08.12
powered by ブクログ「曠野」 忘れられないほど強烈な人や時間が身体にこびりついている事で「生きている」という実感が持てるものなのかな… と読んでいて思いました。
0投稿日: 2014.02.21死となにか、悲しい物語
著者の実体験をもとにした美しく、悲しい物語。 愛する許嫁を病気で失うまで、サナトリウムで付き添いで看病する。 風立ちぬ、いざ生きめやも は、小説中に何度もでてくる言葉、風が立った、生き抜こうよ 呼びかけた言葉、死となにか、 直面する愛する人を失う著者の悲痛な言葉でもある
0投稿日: 2013.10.08
powered by ブクログ既に結果がわかってしまっている中でふたりの生活の静かなことったらないな〜。人生の明るさは自分が思っているよりも広いところで輝いているというくだりがよかった
0投稿日: 2013.08.19
powered by ブクログ夏の静かな木漏れ日のような、冬の凍るような早朝のような、 美しく、爽やかな、そして悲しい本 これに感動できるようになったのは、少しは成長したってことなのかな
0投稿日: 2013.07.06
powered by ブクログジブリの新作に惹かれて、久々に読んでみることに。病気のため死と向き合いながらも、「風立ちぬ いざ生きめやも」と、自然の移り変わりをみながら生きようとする姿が印象的でした。
0投稿日: 2013.06.11
powered by ブクログ美しい本だった。 西洋の風景画のような柔らかな色彩と、息づまるような静かな熱情。融ける寸前の雪のように果敢ない。
0投稿日: 2013.02.13
powered by ブクログ何がきっかけか忘れたけれど、サナトリウムっていうのに憧れた時期があって。いつか読んで見たかった作品。 退屈な話だった。文章は上手いから私に合わないだけだと思う。 これが恋愛小説かどうかと言うより、描かれてる風景が美しい。 そんな描写はなかったし、あらすじにも関係ないんだけど、青い空に新緑の稜線を描く山並、湧き立つ雲に柔らかな風。白いワンピースに麦わら帽子をかぶったお嬢さんと画材を持ちながら彼女の後ろ姿を見送る私。という情景が浮かぶ。ホントに内容と関係ない景色なんだけど。 DS文学全集にて。
0投稿日: 2011.08.25
powered by ブクログ愛する人の死。 心理描写が逸脱で、白々しさが全くありません。 淡々と語られているのが、かえって胸が締め付けられるような気がします。とても繊細な作品です。
0投稿日: 2011.05.19
powered by ブクログ3月31日読了。iPhoneの青空文庫リーダーにて。肺結核のため郊外のサナトリウムにて療養する節子の傍らでともに生活する私の懊悩。儚げで今にも崩れ落ちてしまいそうな恋人と自分がこの世に二人きりのような甘美な世界、とはある意味男(だけではないかもしれないが)の夢とも言えるものではないだろうか、実際多くのエロゲーが影響を受けてそうな設定だ。が、作家である「私」自身が、避けられない死を控えた有限の時間だからこそ今が美しく思えるのか、悲しむべきなのか今の時間を明るく過ごすべきなのか、またそうして悩む自分に自分で酔っているだけなのか・・・などと思い悩むさまは当然ながら凡百のエロゲーと深さの点で比較にならない。(比べるのもどうかと思うが)
0投稿日: 2011.04.01
powered by ブクログサウンド文学館・パルナス 小説1(日本文学)「風立ちぬ(第三章「風立ちぬ」のみ収録)」 朗読:金内吉男 なるほど、こういうのがサナトリウム文学っていうのか。「マルテの手記」もサナトリウム文学だっけ?療養先でのお話だった気がする。よし読もう。 今に集中しようにも心が千々にちぎれてどうすることもできない。これは時代や場所を越えた悲しみだ。 「僕たちほど幸せな二人はほかにいない」 ヴァージニア・ウルフも遺書の中で同じ言葉を遺していたな。
1投稿日: 2011.02.19
powered by ブクログ結核文学。 サナトリウムで、何もせず、死にゆく恋人と同じへやで過ごすのは、それは確かに美しかろうが…
0投稿日: 2010.05.29
powered by ブクログ切ないっていうか何ていうか…こう、ぐっとくる。 地味に『あらの』(漢字出ん…)が良かった!電車の中で泣きそうになったしなー。
0投稿日: 2010.01.15
powered by ブクログ「風立ちぬ」の二人は、一見具体的な「生きがい」を明示しないまま、サナトリウムでの日々を過ごしていたように見えるが、よく読みこむと、具体的な何かでなく、二人で他者の介入のない、心を通い合わせる濃密な時間を、静で豊かな自然環境の中で最後の刻まで過ごしたということは、精神性において最高の「死の創り方」ではなかったろうか。
1投稿日: 2009.11.12
powered by ブクログ「風立ちぬ」と他三篇を収録。「風立ちぬ」が収録されたものは他にも105円で売っていたけど、これを選んだのは「曠野」が載っていたから。あと、色々おまけ的なものも附いてます。"Le vent se l?ve, il faut tenter de vivre."を、堀辰雄はこう訳した。「風立ちぬ、いざ生きめやも」「やも」って何だ? 辞書を引くと詠嘆または反語、疑問の助詞で、上代語って書いてある。なんでそんな古い言葉わざわざ使うんだ・・・ 辞書を引いてもいまいちよく分からなかったので、春休みに入って初めてのフランス語の勉強をしてみることに。その結果出来上がった僕の訳文は、「風が立つ、生きてみなければ」。なんのこっちゃという感じですが、忠実に訳したつもりです。前半はフランス語だと現在形なのに、「ぬ」は完了だったりするけど、やっぱり「風立ちぬ」だとなんかしっくりくるような。元々詩の一節なので、韻を踏むために「やも」を使ったりしたのかも。感想は、誰でも引用しそうな所だけど、「皆がもう行き止まりだと思っているところから始まっているようなこの生の愉しさ」。確かに、死の影が付きまといながらも、なるべく普通に、平穏に生活しようとしていて、それで満足していたような感じでした。それで良いのかな、とも思うのですが、良いのでしょう。「曠野」は芥川龍之介の真似みたいのだけど、ちょっと違う感じ。「曠野」のことは確か阿刀田高のエッセイで知って、その元になった話は昔から有名だったのかは知らないけど、予備校の古文の授業でもやった。他に「窓」、「麦藁帽子」収録。鑑賞・年譜は 池内輝雄。解説は氷室冴子。松岡正剛には「風立ちぬ」関する奇妙な思い出が。http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0641.html
1投稿日: 2009.04.02
powered by ブクログ流れ込んでくるのは、主人公の感情だけではない。周りの美しい自然、色とりどりの四季の風や木々だ。そんな自然と共に、主人公が見守るのは病気の妻である。彼女の呼吸ひとつをとっても、彼は愛しさを持って見守っていく。その姿は儚くそして綺麗だ。時間がこの中には存在しないような、そんな錯覚さえ起こしてしまいそうなゆるりとした感覚。だからこそ、妻の命も、変わりゆく自然も儚く静かに呼吸を繰り返す。別れが来た時、彼は相変わらず静かに変わっていく自然の中にただ一人身を置く・・・。
0投稿日: 2006.12.30
powered by ブクログ“風が吹く! ……さあ、生きなくてはならない!” 結核の療養に高原で暮らす恋人と最後の時を過ごす。堀辰雄の自伝的小説。 芥川龍之介、堀辰雄、立原道造の通っていた中学(現高校)に通うことになって、何気なしに開いた書物だったが、今でもこころに残る作品となった。 高校時代、この内容を真似たごく短い小説を書いて図書館発行の季刊誌に載せたのを読んだ父が涙していたのが印象深い。すいません父さん、あれ私が書きました。
0投稿日: 2004.11.23
