
総合評価
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powered by ブクログもったいないの一言。 時代が違えば。 色々な人に支えられた逃亡生活も、何の信念も感じない関係から破綻する。
0投稿日: 2025.11.10
powered by ブクログ高野長英という名は知っていたが、こんなにも過酷な人生だったなんて知らなかった、吉村昭さんの語る長栄にグイグイ引き込まれて、地図を見ながら自身も逃亡している気分で読み込みました。
0投稿日: 2024.04.08
powered by ブクログ壮絶な終わり方だった。伊達宗城、島津斉彬など幕末の有名人が登場して、時代は一気に動いていく。せっかく開けたと思った長英の運命が、生活費のために落ちていってしまったのが悲哀である。
0投稿日: 2024.03.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
非業の死を遂げたのは嘉永三年。幕末志士の活動が活発化するのはその先。ペリーもまだ来航していない。それなりに法の秩序が保たれていたのだろう。もう少し混沌としていれば、、維新を生きていれば・・歴史のifを禁句とするのは学問の世界。空想に浸るのは自由。想像の補完がなければ、小説すらも成り立たない。薩摩、宇和島の雄藩に期待された能力。幕末・維新、列強に対抗するのにどれほど力になっただろう。生き残れなかった。そして日本が植民地化されることもなかった。それが歴史の事実。兵書の翻訳は読み継がれた。逃亡生活を生きた証として。
0投稿日: 2021.09.21
powered by ブクログいやが上にも、緊迫感の増した下巻。 家族のために、逃亡を続ける高野長英。 長英を逃亡させた、汚名を回復するために必死な幕府。 遂に、決着が見られる。 過酷な逃亡を、克明に記した大力作。
0投稿日: 2020.09.05
powered by ブクログ上巻に引き続き高野長英の逃避行。発覚した場合自分の家が没落するという大きな危険を孕みながらもこれだけの人々にゆく先々で助けられる姿や、薩摩藩・宇和島藩等までも協力する様子を見て高野長英という男が只者ではないことを再認識させられた。先見の明があり、学のあるものはどの時代も国からは恐れられる存在である。長英も例外なくその1人であるが、この人物が果たして明治維新後も生きていたとしたら日本にどのような影響を与えただろうか、そんなことを考えるととても惜しいことをしたような思いになる。 歴史の教科書では決して語られない詳細の記述により、まるで自分も共に逃避行しているかのようなスリリングな描写に読む手がとまらなかった。
0投稿日: 2020.03.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
各所への逃亡を経て、江戸へ身を隠した長英は、自らの顔を焼き、ひとりの町医者として暮らすことを選ぶ。しかし逃げ続けることはついにできず、彼の家へ捕吏が踏み込み、殴殺されてしまうまでを描き切る下巻。 様々な史料、伝説を勘案し、取捨選択することで生まれている説得力と、抑制的な筆致によって、全編に緊張感が漲っている。読み終えた後は、充実感とともに、空を見つめるしかないような大きな虚脱感も覚える。
0投稿日: 2019.07.26
powered by ブクログ綿密な調査で史実に基づいた作品。生涯のうちの僅か6年の短い期間の逃亡生活をスリルに満ちた長編に仕立てた。長英の強い意志はもとより、周囲の人が命懸けで支援する。友人はありがたい存在だ。追われる身で妻子と過ごせたのは信じ難いが、娘が吉原に売られる話は真実味があって暗澹たる気持ちになった。2019.1.22
0投稿日: 2019.01.22
powered by ブクログこれが史実に根ざしていなかったとしたら、まったく読む気にならないだろな。いくらフィクションだからって、こんな馬鹿な話を読んでられるか、って。
0投稿日: 2016.06.14逃亡のサスペンスがたまりません
全編を通じて高野調整が脱獄して逃亡するサスペンス感にわくわくします。よくもここまで調べて考証できるものだと驚きますが、これが吉村昭の醍醐味ですね。国家のためを思いつつ時代にほんろうされた長英の数奇な人生には考えさせられます。
0投稿日: 2015.04.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
再び江戸に戻った長英は妻子と共に生活を始めるが・・・。宇和島藩主の庇護を受け、伊予に入り、蘭書の翻訳、蘭学の教えに貢献する。漸く平和が来たかと思ったが、やはりそこも幕府の手が忍び寄る。極めて優秀な人材がこのような追われる身になることの惜しさ。そして本人の悔しさ。そして再び江戸で迎える最期の時。斉彬があと数か月早く薩摩藩主になっておれば、保護を受けられたのに・・・。運命の悪戯。長英亡き後の家族も悲惨である。吉村昭の詳細な調査により150年前の史実が忠実に再現されます。素晴らしいお奨め本です。
0投稿日: 2013.08.25
powered by ブクログ一方、下巻では長英に影響を受ける人たちが確かにいたこと、また「志士」という人たちがどんなものなのかと考えさせられた。やはり現代において、ここまで気高い志を保つ人にならねばと思って仕方がない。 しかし、不運。不運だが、気高い。
0投稿日: 2013.07.23
powered by ブクログ(「BOOK」データベースより) 放火・脱獄という前代未聞の大罪を犯した高野長英に、幕府は全国に人相書と手配書をくまなく送り大捜査網をしく。その中を門人や牢内で面倒をみた侠客らに助けられ、長英は陸奥水沢に住む母との再会を果たす。その後、念願であった兵書の翻訳をしながら、米沢・伊予字和島・広島・名古屋と転々とし、硝石精で顔を焼いて江戸に潜伏中を逮捕されるまで、6年4か月を緊迫の筆に描く大作。
0投稿日: 2013.02.17
powered by ブクログ不運だった人には違いない。 しかし、この作品を通じて『偉大』と感じられるのは、高野長英本人ではなく 彼の才能を認め、庇い、手を差し伸べてくれた人々のほうだった。 あの時代の人々の器の大きさ、優しさに触れられたことのほうが、むしろ収穫だったな。 翻訳家として偉業をなしたことは事実だが 人間としては時代ゆえの理不尽さによる僅かな同情以外には 好きにはなれなかった。 奇しくも、これを読んでいる最中にオウムの逃走犯二人が捕まった。 高野長英は6年半。 彼らは17年。
0投稿日: 2012.06.23
powered by ブクログ上巻は逃亡生活を克明に描くところが中心で高野長英の当代への影響については余り触れられていなかったが、下巻に入り島津斉彬や伊達宗城から評価を受け、彼の兵学書の翻訳が当時の開明的指導者に多大な影響を与えていたことが記されている。 高野長英が幕末の思想的な中心人物であったことを今更ながら理解することができた。 また、本著では彼やそれを匿う多くの人々の人間味あふれる関係にも心を動かされる。単に長英の博学ゆえだけでなく、江戸時代にはあった功徳の精神からなのであろうか。 幕末維新からもっとも学ばなければならないことは、当時の人々の志の高さと、その志の高さを以ってのみ偉業を成し遂げることができる、ということである。 高野長英も逃亡する中で安全な場所に留まれば生き延びることができたのだが、世の中を正しい方向へ動かしたい、という強い志ゆえに自らを危険に晒し、自分の志を実現することを行動基軸とした。
0投稿日: 2012.02.25
powered by ブクログ奇しくも、オウム逃走犯平田が自首してきたタイミングと近い。もっとも、長英は捉えられてすぐさま殺されたのであるが。 それにしても人望が厚かったのと、類まれなる才能を持っていたのは間違いないようだ。
0投稿日: 2012.01.09
powered by ブクログいやはやこれは力作でした。人間長英の逃亡劇。史実に忠実に、硬質なタッチで描く。 わたしも一緒に逃亡している気分になった。 彼を獄に投じた目付鳥居耀蔵が、彼の脱獄後失脚したことを知ったときの身もだえするような後悔。 「長英は、自分が早まったことを強く悔いた。わずか2ヶ月余の差が、運命を大きく狂わせたことを知った。」(p.268) 「悔いても悔いきれぬことであった。2ヶ月余牢にとどまってさえいれば追われる身にならずにすんだと思うと、胸の中が焼けただれる思いであった。」(p.269) 「過ぎ去ったことを悔いても仕方がない、と自分に言いきかせた。運命というものは人智でははかり知れぬもので、自分が負わされたかぎりそれを素直にうけとめ、新しい活路を見出すべきなのだ、と思った。」(p.270) こんなふうに、とても人間らしい面が描かれる。 赤松氏の解説が的確で素晴らしい。「自身の語学力、医師としての技量、西洋事情に関する学識などに絶大な自負をもつ長英は、ややもすれば倣岸不遜な振る舞いがあったらしい。しかし脱獄後、追われる身の罪人をどこまでも救援してくれる人びとの親切に接して、謙虚に反省する姿や、……」」。 そう、これがまたとても人間らしいと思った。 長い長い逃亡劇の果てに、手に汗握るようなクライマックスが待っているという構成。 江戸に戻り、顔を焼いて町医者として生計を立てるも最後は捕らわれの身に。十手で半殺し状態にされ、護送される途中で息絶える……。 じつに、時代に早すぎた者の悲運…日本には、鎖国を批判してこんな目にあった人がいた。胸を打たれる。
1投稿日: 2011.11.03
powered by ブクログ2011.4.14(木)¥210。 2011.5.6(金)。 メモ:高野 長英(たかの ちょうえい)文化元年5月5日(1804年6月12日) - 嘉永3年10月30日(1850年12月3日)、江戸時代後期の医者・蘭学者。wiki http://goo.gl/yUlfg
0投稿日: 2011.04.14
