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powered by ブクログすごくよかった。 日本で建築家が社会に頼られない存在になったのは、昔からじゃない。 建築は抽象的なものじゃない。コンセプトやパースでは語れない。コミュニティの実現まで考えているのか? 論理の構築でものは決まらない。頭で考えたことは三日で変わるが、体でやりたいと考えたことは一生変わらない。体中でやりたいと言えるようになることは大事。感情を表して、議論をすることはそういう事。 ふらっと近所の人と話せる場所が、コンテナハウスのように、壁だけで区切って良いのか 建築の意見を言え
0投稿日: 2024.01.20
powered by ブクログ東日本大震災を通して筆者が見出した建築の本来あるべき姿が語られている 安藤忠雄の自伝で語られていた内容と一部通ずるものがある 現在の資本主義は技術万能の近代主義の都市を作り上げ、建築家はその経済、資本を目に見える形にする、その道具に成り下がっている 故に住まう人の心に寄り添うこと、建築の先にある生活、すなわちリアリティを感じること、社会とともに集団で作り上げるという本来の建築の形をおざなりにしてしまっているのだ 著者は震災復興における"みんなの家"プロジェクトを通して、建築が本当の意味で社会にもたらしているものを感じ取り、そこから湧き上がる信念を具現化し、さらに引き継ごうとしている また、建築をつくるとは内外を切り分ける行為であるのに対し、著者は内外を隔てる建築の境界を極力弱いものにすることで、人々が自由で居心地よく過ごせる建築を作りたい、この矛盾を認識したうえであえてこのテーマに挑戦したいと考えており、それが彼を動かすエネルギーになっている。 ✏建築家は皆、社会のためにと考えながら建築をつくっているのに、所詮は作品という個人的表現に行き着いてしまう。つまり近代的自我を捨てることができない。
1投稿日: 2022.03.08
powered by ブクログ3.11後の被災地に於ける有名建築家の方々の建築について調べる機会があり、その中の一つ、伊東さんの「みんなの家」に興味を持ち本書を読むことに。 多分3.11前から伊東さん自身、現代の建築のあり方についてモヤモヤされてたのが、3.11が起こってその疑念が確信に変わったんじゃ無いかなぁと本書を読んで思いました。 使う側とコミュニケーションを取りながら創る、確かに効率や利益だけ考えれば特に現代では難しく避けられがちな方法ですが、使う側に寄り添ったからこそ、伊東さんの「みんなの家」は結果被災地の方々に受け入れてもらえたんだなぁと思いました。 伊東さんの丁寧な性格がそうさせているのか、これ程有名な建築家の方が書かれた本なのに堅苦しくなくスラスラと読むことができました。注釈も沢山載せてくださってるので、建築の知識が乏しい私でも読みやすかったです。
1投稿日: 2021.10.16
powered by ブクログ東日本大震災があり、それを踏まえて伊東豊雄が建築との向き合い方をどう考えているかがわかる。 せんだいメディアテークやぎふメディアコスモスの設計に際してどのようなことが考えられた上で作られたのかが書いてあり興味深かった。
0投稿日: 2021.03.09
powered by ブクログカテゴリ:図書館企画展示 2016年度第9回図書館企画展示 「災害を識る」 展示中の図書は借りることができますので、どうぞお早めにご来館ください。 開催期間:2017年3月1日(水) ~ 2017年4月15日(金) 開催場所:図書館第1ゲート入口すぐ、雑誌閲覧室前の展示スペース
0投稿日: 2019.02.28
powered by ブクログ最近の氏のテーマとも言える、建築家として何が出来るのか、建築家と社会の関係を変える…といった内容。伊東豊雄ファンなので久しぶりの自著というだけでウレシイ。
0投稿日: 2018.10.09
powered by ブクログ好きな建築家は?と問われたら、 ・伊東豊雄 ・中村好文 ・隈健吾 と答える。なぜか?何だか茶道的だから?笑(冗談) 足し算の建築ではなく、引き算の建築だから。 シンプルで、そのものが強烈に主張するわけじゃないのに格好いいから! 伊東豊雄さんの代表作である「せんだいメディアテーク」を見たとき、身震いした。一言「格好いい」。 そんな建築がどんなふうに生まれるのか?3.11以後、建築に対してどんな心境の変化があったのか? わかりやすく解説されている。
0投稿日: 2018.04.04
powered by ブクログ☆信州大学附属図書館の所蔵はこちらです☆ http://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BB10446073
0投稿日: 2016.09.06
powered by ブクログ建築に関してあまりにも無知で、登場する人や建築は皆目わかりませんでした。 しかし、社会性を身につける・社会とつながることを意識した「モノづくり」は分野関係なく大切なことであると再確認させられました。
0投稿日: 2016.02.27
powered by ブクログ世界に誇る日本の建築界第三世代を代表する一人で、2012年度ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞を受賞した伊藤豊雄氏が、2011年3月11日の東日本大震災後に、今後の人間社会、そして建築についての思いを語ったもの。 伊藤氏は震災を、「東京が失ってしまった豊かさが東北にはまだ残っている。なぜ豊かかと問われれば、ここには人と自然とが一体化された世界が存在しているからである。人々は未だ自然の恩恵で生きていることを幸せに感じている。・・・東京のような近代都市の向こう側に見えてくる未来の街の萌芽は確実にここにある。二一世紀の人間社会のモデルは東京ではなく、東北の地にあることを、大震災は多大な代償と引き換えに私たちに教えてくれたのではないか。自然への信頼、人間への信頼を失った場所に人間の棲むべき未来があるとは考えられないからである」と捉えている。 伊藤氏は、二〇世紀の建築は、個人の独創性を最も重要な価値に据え、所謂アートと位置付けられてきたこと、かつ、それを抽象という言葉の下で、自然から切り離したものとして考えてきたことが大きな特徴であったが、それを徹底的に問い直す必要があるという。つまり、「建築の原初の姿は、共同で何かをつくり上げて、それを集団として崇め、またつくることが喜びでもあるという、共同性のあらわれだった」のであり、「建築家はアーティストと違ったかたちで社会に組み込まれている必要がある」と語る。 そして、釜石市の復興プロジェクトでのワークショップ、仙台市宮城野区の仮設住宅の人々と造った「みんなの家」、若い人たちに建築を教える私塾「伊藤建築塾」などの取り組みについて、具体的に述べられている。 二一世紀の建築の潮流は、二〇世紀のモダニズム的発想を大きく転換した「自然との共存」に向かっており、日本においては東日本大震災がそれをはっきりと知らしめたと言えるのかも知れない。 (2013年2月了)
0投稿日: 2016.01.15
powered by ブクログ建築家でもこんなことが考えている人がいるんだぞ、と社会一般に示しているかのような本で、好感を持った。 だいいち、現代の建築家が書く文章にありがちな、必要以上の小難しさや気取った感じがない。 またそれに、「建築家や建築の"在るべき姿"をまず説いたうえで、その"在るべき姿"に沿っているのだという説明の仕方で自身の建築を紹介し、いかに素晴らしいかを説く」というのが、ありがちな現代の建築家の書き方に近いようでいて、実のところ本書では伊東の建築へのこれまでの向き合い方をも相対視されているというのが傑出しているところ。 とても正直な気持ちがつづられていると思う。 じっさい、伊東の建築スタイルも、せんだいメディアテークをきっかけに構造・素材だとか使われ方だとかに興味が向いてきたことや、東日本大震災をきっかけに地域社会への歩み寄りがなされるようになってきたこと等で、コミュニティ志向・地域志向が醸成されてきたというのが、端的な文章からもよく伝わってくる。 地域への歩み寄りと、その逆としての、(冒頭に語られた)東京への疎遠感というのも、正直な気持ちなのだろう。 また例えば、地域の入り方として、いわゆるヨソモノとして開き直るのではなく、いかにして地域に入り込むか(たとえばそのために、いかにその地域のことを知ろうとするか、あるいは演歌等も入り込むきっかけになるということ)も建築家が語っているというのも素敵なことだと感じた。
0投稿日: 2015.09.12
powered by ブクログ建築家はコンセプトが抽象的であっても、そこを利用する人との会話によって建築が成立つことを忘れてはならない。と問い掛けてくれているように感じた。
0投稿日: 2015.02.16
powered by ブクログ[ 内容 ] 東日本大震災後、被災地に大量に設営された仮設住宅は、共同体を排除した「個」の風景そのものである。 著者は、岩手県釜石市の復興プロジェクトに携わるなかで、すべてを失った被災地にこそ、近代主義に因らない自然に溶け込む建築やまちを実現できる可能性があると考え、住民相互が心を通わせ、集う場所「みんなの家」を各地で建設している。 本書では、国内外で活躍する建築家として、親自然的な減災方法や集合住宅のあり方など震災復興の具体的な提案を明示する。 [ 目次 ] 第1章 あの日からの「建築」 第2章 釜石復興プロジェクト 第3章 心のよりどころとしての「みんなの家」 第4章 「伊東建築塾」について 第5章 私の歩んできた道 第6章 これからの建築を考える [ 問題提起 ] [ 結論 ] [ コメント ] [ 読了した日 ]
0投稿日: 2014.10.26
powered by ブクログ昔の会社の名前が出て嬉しい反面、建築家のあるべき姿は共感できないものもある。クライアントに合わせて設計するのも能力だと個人的にはおもう。
0投稿日: 2014.01.07
powered by ブクログ今までにない伊東さんの正直な姿を感じた。安藤さんに仕事を譲ってもらったエピソードとか‥。最後の「個によって個を超える」意気込みに感動。
0投稿日: 2013.10.01
powered by ブクログ近代を乗り越えると主張されているが、近代そのものをアクチュアルにとらえきれていないように感じた。 批判という言葉にも同じ様なものを感じる。批判がこの日本では正当な機能を果たしていないのは私も同感する。しかし、氏もそのスタンスに立っているはずが上滑りな批判を展開しているのも疑問。 みんなの家のことをもっと深く取り上げて欲しかった。所詮、作ったらそれまで、というのが現代建築家の否定できない側面なのだろうか。 震災後の建築のあり方に関する提言もアイデアに過ぎず、実証性に乏しい。
0投稿日: 2013.07.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
・・・象徴物に力を求める資本主義と、建築技術の飛躍的向上により、フランクゲーリーやザハハディドの巨大彫刻のような建築が世界的ブームになっているが、 伊東やSANAAは外部空間と建築と人間の壁を無くす日本的な空間建築で風穴をあけている。 「みんなの家」 あの日から、個としてのオリジナルな表現も都会的要素も無い場を地域の人々と心をひとつにしてつくることができた。 近代主義は私と他者、内と外など物事を切り分ける思想だった。 しかし日本では、日本語や伝統建築空間、あいまいな人間関係によって豊かさが保たれていた。 機能と言う概念は人間の多彩で複雑な行動を単純に区分して抽象化したに過ぎない。 だから利用者から見れば楽しくない。 「せんだいメディアテーク」 自然の快適さをモデルにした新しい空間の秩序が快適さにつながる。 「TOD’S表参道ビル」 建物の中にいても外部的な空間に変化する、木の枝のように枝分かれしたコンクリートの構造壁。 「台中メトロポリタンオペラハウス」 二組のチューブの連続体。内部のような外部のような構造体。 自然の中にいるような自由な気持ちでいられる。 「個を超えた個へ」 現代建築での建築家は資本主義を目に見える空虚な形のアート作品にする道具になっている。 建築の原初の姿は、共同で何かを作り上げ、集団として崇め、作ることが喜びであるという共同性のあらわれ。
0投稿日: 2013.04.11
powered by ブクログ読後に静かな余韻が残るお薦めの新書。謙虚に、愚直に、建築の社会的意味を追求されている建築家・伊藤豊雄さんの姿勢にとても共感。建築は、建築家のエゴの表現ではなく、何か社会と共有できる原理を持つ存在でなければいけないと。例えば仙台メディアパークのような、「目的はないけれども何か安心出来る場所」、つまり社会にとって必要とされる場所。そういう、建築の内と外の関係性に注目すると、建築を見る目がガラッと変わってきますね。外見は豪華そうな建築が妙に薄っぺらく見えてくる。この本一冊を読むだけで、あらゆる建築物との接し方・向き合い方が見えてくるように思います。
0投稿日: 2013.03.17
powered by ブクログありのままの自然との関係を取り戻す。そのためにはもっと建築家が社会の内側に入ってポジティブな建築をつくらなければならない。建築は身体で考えるものであり、リアリティのない中で美しい図面を描いても豊かな空間にはならない。建築家として3.11以前から考えてこられたことを3.11をきっかけに静かに力強く訴えているように感じる。ハードよりもソフトから、土木よりも設計からを考える社会が求められている。
0投稿日: 2013.03.04
powered by ブクログ3.11の震災後、著名な建築家がどのような想いでいるのか、ベネチアビエンナーレ金獅子賞の「みんなのいえ」ができる過程などが気になり、読んだ一冊。 建築に携わるいろいろな人の講演で、震災後、建築家が求められていないことの虚しさともどかしさから活動を始めたという話を聴く機会があった。 本著では、社会的背景や歴史などを踏まえて、なぜ建築家が求められていないのかという、著者の見解が語られている。 なぜ海外で評価されている建築家が、日本で評価されていないのかなど、納得。 読みやすい文章で、建築の知識がさほどなくても、理解できる。本著に登場するひとつひとつの建物について、詳細を知りたくなった。
0投稿日: 2013.02.28
powered by ブクログ復興していく過程で「ミニ東京」にはしてほしくないなぁ、と作者に共感。 被災地だからこそ発信できるものは、人との繋がりや自然と共存する上の豊かさ。これは東京にないものだなぁとつくづく。
0投稿日: 2013.02.08
powered by ブクログ自己主張とエゴを押し通すのとは違う。それを、震災後のコミュニティづくりを通して実感し、建築が提供することのできる真の復興について筆者の取組とこれからの建築の考え方について共感した。
0投稿日: 2013.01.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
せんだいメディアテークなどに携わった建築家伊東豊雄さんの、建築に対する考え方を記した本。震災をきっかけに、建築の求められているもの、伊東さん自身が建築にとって大事なものが変わっていった、その経過を克明に書き綴っている。真摯な姿勢でわかりやすく説いてくれており、好感が持てる。 震災後2011年3月末に「帰心会」という震災について考え、行動する会を立ち上げた著者。その会で言った「批判をしないこと」という復興に対するスタンスにうなずけるものがあった。「批判は部外者だからできること。批判をしないとは(中略)自分自身が復興に関わる当事者であるという自覚を持ち続ける」ことだというのだ。すべての社会問題に当てはまる言葉に思えた。 また釜石の復興プロジェクトに携わった際に、「元の仲間と一緒に暮らしたい」という声を聞き、仮設住宅の閉鎖的な状況を打破すべく、皆が集まれる場所「みんなのいえ」を作っていく。しかもそれを、「くまもとアートポリス」という熊本県の建築やデザインによる地域向上をめざす事業に話を持ちかけ、実現していくという、縦割りの枠を超えた手法で。被災地以外の県がこういう形で被災地を援助する新しい形に光が見える。 今まで「建築が建築たる所以は自然の中に人間としての証を表現すること」だと著者は言う。建築の目的は外からの隔離で、それもグリッド(方眼)で仕切るような様式で行われてきたと。しかし、本来自然にはグリッドはない。著者は中と外との関係を考え直し、構造壁を木の枝のように枝分かれさせたり(TOD'S表参道ビル)、ゆらめくようなチューブと板とガラスで自然を表現する(せんだいメディアテーク)などの手法をとってきた。 洗練された建物、立派な建物はそれだけで広告塔で、権力や財力を誇示できる。しかし、それはやはり自と他を分ける行為にほかならない。本来外と内、自と他を分けるはずの建物の壁を限りなく曖昧にする、そういう域に近付くのも建築の形なのだと気付かせてくれた本であった。 余談であるが、この本を読む前、昨年の夏にせんだいメディアテークに行く機会があった。夫がそこで行う催し物を見に行くため偶然入ったのである。私はチケットがなく、カフェでお茶を飲んだり、ショップを見たりしていた。ホールをうろうろしたとき、チューブ状の柱を見て、何だろうと思ってはいた。惜しい、この本を読んでから見たかった。いや、きっとまた行く。伊東さん作の他の建物にもぜひ出会いたい。
0投稿日: 2013.01.11
powered by ブクログタイトルどおり、震災後の取り組みのドキュメンタリー的な内容。地元の人との対話を軸にしようとする姿勢には共感。 そして、社会と建築家の距離感に身悶えする、震災後の建築家の苦悩がヒシヒシと。
0投稿日: 2012.12.04
powered by ブクログ(121104) せっかく一般向けの「新書」という形で出しているのに、伊東さんの活動報告に過ぎない気が。。。 建築学生には良いのではないでしょうか。
0投稿日: 2012.11.04
powered by ブクログ久しぶりに良い本に出会えた感じです。もうちょっとボリュームがあってもいいのかなと思いましたが著者の超多忙ぶりを勘案すると、この長さが現実的なのかも。とても読みやすい文章が魅力的。建築家の書いたものって何か現実離れした抽象論が多いと思っていたのですが、本書は全然違います。 恥ずかしながら著者のことは知りませんでした。でも多摩美術大学の図書館の設計をしたのがこの建築家だと知り、本書を手に取りました。 今年の春にたまたま多摩美を訪れる機会があり、その図書館にぶったまげた記憶があるからです。美大なので基本的にオシャレなのですが、それでもその図書館は飛び抜けていましたね。 さて本書は「3・11」が大きく転機になっている。それを機会にこの初老の建築家は今までのやり方に疑問を投げから、率直に自己反省をしている。 その素直さを純粋さ、そして情熱に個人的にも共感できた。ひとりの人間として被災地とどう向き合うのかについての偽らざる本音が語られている。 個人的にはなぜ日本には世界的な建築家が多いのに、国内では評価されないのか?という疑問に対しての伊東氏の見解に深く納得させられた。なるほどそういうことだったのか。 色んな意味で得るものが多い本でした。読書の秋に良書に出会えて幸せであります。 ※集英社新書の装丁って原研哉だったんですね。知らなかった。
0投稿日: 2012.11.03
powered by ブクログ内容はともかく、70歳を過ぎて自分の価値観や作品性を疑い更新していこうとする姿勢に感銘を受けました。普通は50代くらい(組織にいたら30代後半くらい?)で凝り固まるところですが。
0投稿日: 2012.10.31
powered by ブクログあの震災以降、建築家の方々が自分の建築について、これからの建築についてどう考えているのか気になってた。 機会が無くて講演とかは行けなかったので、この本は私にとってとても気になる内容でした。 インターネットや雑誌なとで伊藤さんのお仕事については知ることができるけれど、コンセプトやプロセスなどはなかなか知り得ないのでとても興味深い内容でした。 現代の若者に対しての意見はなんとも賛同しにくいけど、震災以降の自分の建築に対する考え方の変化は私自身も自分の生き方について考えさせられた。 個人的には6章以降の話が面白かった。 仕事柄省エネ・エコ・自然エネルギー等々の話題は尽きないけど、まだ模索段階だなと感じることもしばしば。 今後の日本の建築が面白くなることを期待します。 [購入]
0投稿日: 2012.10.20
