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長宗我部(ちょうそがべ)
長宗我部(ちょうそがべ)
長宗我部友親/文藝春秋
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総合評価

7件)
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    2000年を超える長宗我部家の物語を俯瞰的にみることができました。秦河勝、秦能俊、国親、元親、信親、盛親、五郎左衛門、弥九郎…様々な方が、それぞれに精一杯生きておられたことを知ることができました。この物語を読んでのひとつの感想ですが、長宗我部の人々は、代々ここ一番での決断が、ほんの少し、本当に紙一重、優しいように思えました。信長なら、秀吉なら、家康なら、そのような甘い決断はしなかったのではないか…そんな風に思いました。ただ、私はそんな優しさ、甘さは嫌いではありません。それらが、自分自身を助けることもあるでしょうから。あと、関ヶ原の島津の退き口の考察と、大坂夏の陣の桑名弥次兵の死に様は、とても印象深かったです。

    9
    投稿日: 2025.04.29
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    長宗我部の名前は知っていたが、詳しい歴史は知らなかったが、古くは秦の始皇帝から現在までを学ぶことができた。 作者の盛親への批判がおもしろかった笑 (関ヶ原の西軍についた理由や敗戦後の対応を考えるとそう言いたくなる気持ちもよくわかる)

    0
    投稿日: 2020.02.13
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    帯には「末裔でなければ書けぬ史実の数々」とあるが、郷土史家で十分書ける内容だった。 とはいえ、並みの郷土史家が書いていたら退屈極まりない内容を、さらさらと読めるようにした作者の筆力には恐れ入った。

    0
    投稿日: 2014.11.26
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    長宗我部の祖先ってそこにつながるのか! 土佐は、四国山脈に囲われ今なお交通の難所と言われることも多々ある。 しかし、中央とのつながりがよく話に出てくるので「何で?どうやって?」とずっと不思議だったが、その謎がすっきりしたわww 徳川政権下の時代は…本当に。。。言い表せないね。。。 きっと、今じゃ想像も出来ないような見えない戦いだったんだろうね。。。 あぁ…土佐に行きたくなってきたww

    0
    投稿日: 2013.03.28
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    長宗我部元親は以前から興味があったので、その一族が秦一族の子孫であることや、関ヶ原で敗れたあと江戸時代をどのように血脈をつないできたのかとても興味深かった。先祖を知るために家にある資料などの様々な資料を集め調べられている点は素晴らしい。江戸時代の山内家治世下の資料が多い点は、元親はそれ以前の人物であること、山内家に有利なことが書かれているであろうことから、事実の理解が難しかったことは想像に難くない。長宗我部家にもっと多くの資料が残されているとよかったですが、歴史は巻き戻らないので詮無いこと。

    0
    投稿日: 2013.01.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    長宗我部氏の分家ご当主が書かれた秦氏から元親、そして改易後に下士となった江戸時代の様子を論じられています。江戸時代や近代の資料を活用されています。秦氏という血筋や江戸時代以降の伝説を盲信されていて、物語としては面白いと思いますが、歴史書ではない先祖自慢です。幕末から明治の家名再興は根拠があったのか疑問です。 文庫版は歴史学者磯田道史氏との対談が載っています。

    0
    投稿日: 2012.10.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    下敷きにしている史料の信憑性についての考証がないので、「ウチのご先祖様はこんなに偉かった」という先祖自慢と大差ないかも。

    0
    投稿日: 2012.10.18