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powered by ブクログ「栄花物語」山本周五郎著、新潮文庫、1972.09.20 546p¥680C0193(2025.04.16読了)(1999.07.01購入)(1996.06.15/42刷) 【目次】(なし) 月の盃 5頁 汚名の人 39頁 冬のちまた 56頁 夕顔の少将 74頁 香汗 102頁 狩の行事 114頁 あだ化粧 158頁 かはたき 180頁 小金ヶ原 190頁 獲物 218頁 花のうわさ 255頁 足音 274頁 風の彼方 302頁 白書院評定 321頁 埃立つ街 344頁 傷心 376頁 慥かな足音 403頁 愛の明暗 438頁 定信登場 471頁 しぐれの中 493頁 ぬかった道 514頁 解説 山田宗睦 538頁 ☆関連図書(既読) 「べらぼう(一)」森下佳子作・豊田美加著、NHK出版、2024.12.20 「稀代の本屋 蔦屋重三郎」増田晶文著、草思社、2016.12.21 「蔦屋重三郎」鈴木俊幸著、平凡社新書、2024.10.17 「平賀源内(学習漫画・日本の伝記)」蔵持重裕立案・古城武司漫画、集英社、1988.11.23 「歌麿の世界」渋井清著、日経新書、1968.05.23 「浮世絵」瀬木慎一著、潮新書、1972.05.25 「浮世絵」高橋鉄著、カッパブックス、1969.07.05 「謎解き 広重「江戸百」」原信田実著、集英社新書、2007.04.22 (アマゾンより) 徳川中期、時の先覚者として政治改革を理想に、非難と悪罵の怒号のなか、頑なまでに己れの意志を貫き通す老中田沼意次――従来、賄賂政治の代名詞のような存在であった田沼親子は、商業資本の擡頭を見通した進取の政治家であったという、新しい視点から、絶望の淵にあって、孤独に耐え、改革を押し進めんとする不屈の人間像を、時流に翻弄される男女の諸相を通して描く歴史長編。 (出版社より) 徳川中期、農村が疲弊し、都市部の商人が力を持ち始めた転換点。老中首座の重責を担う田沼意次には、貧民を虐げる血も涙もなき重税、汚濁にまみれた賄賂政治と非難と悪罵が降りかかる。--悪政の動かぬ証拠を掴むため、反田沼派より勘定方に送り込まれた河井保之助だったが、調べれば調べるほど、田沼の重商主義的政策や農地拡張のための印旛沼手賀沼の干拓事業には道理があり、しかもなんの不正の痕も出てこない。やがて、田沼暗殺の実行者の一人として動くよう指示される。保之助の友人青山信二郎はさる筋からの指令で、田沼の政治を取り上げて根拠のない悪口雑言を流布させ続けていたが、原稿を押さえられ、江戸城への出頭を命じられた。田沼に会ってみると、見事な人物であった。信二郎は筆を断ち、追われる身となる。将軍家治の鷹狩りの折に、ふた組の暗殺者が田沼の命を狙っていることを聞きつけた信二郎は、意を決して田沼意次の中屋敷を訪ねる……。まったく新しい視点から、絶望の淵にあっても、孤独に耐え、改革を押し進めた田沼意次という不屈の人間像を、時流に翻弄される男女の諸相を通して描く歴史名編。
1投稿日: 2025.04.10
powered by ブクログ勝手に違う展開を期待して読んでしまったのであまり楽しめなかった。もう一回改めて読んでもいいのかもしれない。
0投稿日: 2025.03.27
powered by ブクログ山本周五郎の長篇小説『栄花物語』を読みました。 『日日平安―青春時代小説』、『松風の門』に続き、山本周五郎の作品です。 -----story------------- 非難と悪罵を浴びながら、意志堅く改革に取り組んだ老中田沼意次を描く感動の歴史長編。 徳川中期、農村が疲弊し、都市部の商人が力を持ち始めた転換点。 老中首座の重責を担う田沼意次は、貧者への重税、賄賂政治、恣意的人材登用と非難にまみれていた。 ――悪政の噂は本当なのか。 出所はどこなのか。 絶望の淵にあっても、孤独に耐え、改革を押し進めた田沼意次という不屈の人間像を新しい視点から描く傑作歴史長編。 ----------------------- 読売新聞東京本社が発行する週刊誌『週刊読売』に、1953年(昭和28年)1月から9月まで連載された作品です。 江戸時代中期、老中田沼意次は金権政治家の汚名にまみれていた… 田沼批判の戯文を書いて出頭を命じられた旗本の青山信二郎は、意次と対面し、その清廉な人柄に引きつけられる、、、 しかし、失脚をもくろむ反田沼派の魔手はいたるところにのびていた… やがて、最愛の息子、意知が城中で斬りつけられ、意次は絶望の淵へと追いつめられてゆく―。 田沼意次曰く、「たとえゆき着くところが身の破滅だとしても、そのときが来るまではこの仕事を続けてゆく、いかなるものも、おれをこの仕事から離すことはできない」田沼意次父子を進取の政治・経済改革者として大胆に捉え直し、従来の歴史観を覆した名作! 経済小説の先駆でもある。 田沼意次は賄賂政治の代名詞のような存在という先入観、イメージがあったのですが… 本作品は、田沼意次、意知父子の視点だけでなく、田沼父子に関わることになる、下級武士の青山信二郎や河合(藤代)保之助、佐野善左衛門、一揆を率いた盗賊の新助(もとは人足の千吉)等の複眼的の視点から、その存在を見直し、商業資本の擡頭を見通した進取の政治家であったという、新しい視点から、絶望の淵にあって、孤独に耐え、改革を押し進めんとする不屈の人間像が描かれていましたね、、、 そして、田沼父子のことだけを描くのではなく、著者らしい市井のドラマ… 男女と友情、政争、思想と家族等も巧く織り込み、時代の流れに振り回される人々のドラマが重層的に展開するところが印象的でしたね。 新助が息を引き取る際に、信二郎が呟く、 「~前略~ 人間は生きている限り、飲んだり食ったり、愛したり憎んだりすることから離れるわけにはいかないものだ、どんなに大きな悲しみも、いつかは忘れてしまうものだし、だからこそ生きてもゆかれるんだ― ~後略~」 という言葉が印象に残りました… 当たり前なことなんだけど、改めてそうなんだよなー と感じましたね。
0投稿日: 2022.11.05
powered by ブクログ2021/12/22日読了。戦国時代が終わって100年。もはや従来の武士の時代幕府経営は大きな曲がり角、経済は一部島津、松前を除けばマイナス成長一途に。改革と言えば緊縮と倹約。そんな中異例の出世をした老中田沼意次。時代の先覚者として頑なまでに己の意志を貫き通し、株仲間、専売制、外国との 貿易拡大、印旛沼に代表とされる水田の開発。幕府経営の財政再建を行いながら景気回復を図ろうと強引な改革を次々に断行しようとした。しかし、当然ながら守旧派からの反発と世間からの賄賂政治家と言う風聞を立てられ長男の惨殺など、結果的に反撃を喰らい政権から陥落して行く。後世田沼意次と言えば賄賂政治家との教育をされて来ていたが、一方では改革者として見直される側面も持つ。本作はそこに視点を当てて、一方物語として時流に翻弄される旗本、庶民の男女の諸相を通じて時代の風を感じさせる味わいのある周五郎ファン納得の歴史小説だ。
0投稿日: 2021.12.21
powered by ブクログ田沼意次とその息子を始めとする、武家や戯作者、花魁たちの群像劇。 この作品内の田沼意次は清貧という言葉がよく似合う。あと、ワーカホリックという言葉も(笑) 将軍が狩りに向かうくだりあたりから、役者も揃い場が盛り上がっていく感じだったが、後半は読んでいる側としては気分が落ちていった。 信二郎、保之助の幼馴染コンビと、田沼親子の間で悩む内容が多少異なるため、もう少し共通のテーマや対比があったほうが物語がまとまって気持ち良かったかと。(単純に読み込みが足りなくて見つけられてないだけかも…。)
0投稿日: 2019.02.28
powered by ブクログ著者:山本周五郎(1903-1967、大月市、小説家) 解説:山田宗睦(1925-、下関市、評論家)
0投稿日: 2018.10.07
powered by ブクログ2017年12月10日、読み始め。 ・青山信二郎---小普請組の旗本。保之助の友人。不信と皮肉な目で世の中を眺め、金のために田沼政治批判の戯れ文書きをする。 ・旗本---町奉行・勘定奉行・大目付・目付などの役職に就いた。無役の旗本は3,000石以上は寄合、それ以下は小普請組に編入された。 396頁まで読んで、終了。
2投稿日: 2017.12.10
powered by ブクログ山本作品はどれも面白い。この時代にはその子のような存在が武家の娘としていたのか? 何にしても人間を生き生きと描写する山本作品は素晴らしい。
0投稿日: 2017.08.23
powered by ブクログ『樅の木は残った』と言い、どうしてそこまで体制維持に腐心するのか理解できない面は否定できないが、本当に愚劣な、もとい正確を期せば「犬」のように世に阿る人間への怒りがこの作家を支える骨の一つかと。田沼意次を軸に据えるというのは余程性根が座っていないと出来ない芸当、かつ締め方も苦渋に満ちていて、この作家はどこまでも底を見つめ続けていると思われ。
0投稿日: 2017.02.25栄花物語
田沼意次と言えば悪政というイメージばあったが、こんな見方もあるのかと興味深く読んだ。一方から見れば英雄でも反目する側からすれば奸物のよい例である。貨幣経済で台頭する大商人と幕藩体制を守ろうとする意次の争いは、時代の流れの中で悲壮感を感じる。幕府を守るという大儀を見いだし命を賭して立ち向かう姿に武士としての矜持を感じた。そんな時代をを主人公青山信二郎を通して描いていて読みごたえがあった。
0投稿日: 2016.02.26
powered by ブクログ「風雲児たち」をきっかけとして読んだ。「ザンボット」のように、正しい者が迫害され、落ちぶれていく鬱展開である。一つの発見は、田沼意次の登用・重用が「たまたま」だったということだ。
0投稿日: 2014.04.19
powered by ブクログ歴史上は悪評のある田沼意次が、評価の高い人物として描かれていて、しかも無理がなくしっくりくる物語となっている。自分の好きなことをしないと良い人生とは言えないとする一方、人との関わりの中で、また日常の環境の中で生きている、ということをモチーフとしている。13.8.13
0投稿日: 2013.08.13
powered by ブクログ耐え忍ぶがテーマの根底にあるか。 通説の中にある悪評高き歴史上の人物に光を当て直し、人間的魅力を強く引き出す事を旨とした周五郎。本作品田沼意次の人間と生活に焦点をあてた筆者渾身の力作。武家生活が困窮を極める中経済政策を推し進めるため旧態依然の反田沼体制に追い詰められていく様を描く。時代を先取りした改革開放路線への強き信念。シビレル生き様♪~(´ε` )
0投稿日: 2013.06.15
powered by ブクログ賄賂政治で悪名高い田沼意次を、幕府の経済基盤の再構築を目指す政治家ととして描いています。旧態然とした武家社会にこだわる松平定信と新しい時代に即した理想を掲げる意次の対立は、現代の政治に似たところがあって興味深いです。
0投稿日: 2012.10.04
powered by ブクログ田沼意次の政治を中心とした人間ドラマ。先鋭的な政策を打ち出すも、ことごとく排除されてついには諦めの境地へと陥ってしまう老政治家。転がるように人生を反転させて、しぐれの中ひっそりと息をひきとった二人。 当事者が複雑に絡み合い、それぞれの生きる目的・価値観を考えながら行動している。人間の心の内面を映し出している。
0投稿日: 2011.09.04
powered by ブクログ全1巻。 田沼意次を背景に置いた、 時代ものな感じ。 表題やあらすじだと 田沼意次が主役っぽいけど、 その周りの身分のそんな高くない人達が主役ぽい。 田沼意次もメインだけど。 群像劇な感じ。 全編通して、 退廃的でニヒルな感じで、 しっとりした哀しさがただよってる。 山本作品らしい感じ。 最後に「人間て」みたいに目が開けるのに、 そいつの後ろに怪しい影な終わり方で、 とても暗示的だった。 賄賂の象徴とされてきた田沼が、 孤独にがんばる政治家な感じで新鮮。
0投稿日: 2011.08.22
powered by ブクログよく悪い政治家の代名詞として挙げられる田沼意次の話。現世の評価とは完全に違って、幕府財政の改革者として描かれている。案外こちらのほうが真実味があるかもしれない。 歴史というのは権力者によって語り継がれていて、ある意味恣意的なものだと思うし、世に言う名君が築き上げた現代がこうして行き詰まっている。実際には今と違う未来を描こうとした人のほうが実際には名君と言われるべき人かもしれない。 また、いわゆる市民は政治には無関心で、何も変わらないと諦めているのはどこの世界でも不変だ。 国という単位を個人が実感することはまずないし、政治家もどこまで国のことを考えているか疑問だ。 そういった意味でも本作はリアルだ。
0投稿日: 2011.07.25
powered by ブクログ再読了。 寛文事件の原田甲斐(伽蘿先代萩の仁木弾正)を実は忠臣だったと描いた「樅の木は残った」、慶安の変の由井正雪を江戸転覆を図った極悪人と云う既存の歴史観とは違った視点で捉えた「正雪記」、それらと同様、賄賂政治で一代を築いたと謂われる田沼意次を実は優れた政治家だったと描いたのが本作です。 正に「曲軒」と呼ばれた周五郎先生ならではの視点で捉えた作品です。 そしてこれらの作品を読んだ後、甲斐も正雪も意知も本当にこんな人だったのではないか・・と、素直に思え、好きになってしまうのが、周五郎マジックの真髄です。 小学生だか中学生だか・・、歴史を学びはじめた頃に周五郎先生のこれらの作品に触れていれば、もう少しは身を入れて学んだかも知れませぬ。
0投稿日: 2011.06.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
史実、田沼意次を描いた作品。田沼の政道は賄賂政治として批判が目立つがその田沼を、強い志を貫く自身の命までも賭した改革者として描いた視点は新しかった。
0投稿日: 2011.01.03
powered by ブクログ初めての山本周五郎、堪能できた。 田沼意次の政治を善しとして、逆に白河侯、松平定信を復古を目指す悪として描き出している点に特徴がある本作。 しかし、青山信二郎と河合(のち藤代)保之助を主人公(だと僕は解したい)として物語は進んでいく。この二人は「その子」という女性に人生を翻弄され、はじめは信二郎と「その子」が愛人関係にあったのだが、保之助が「その子」の婿に来たことにより、関係が引き裂かれてしまう。 保之助が藤代、つまり「その子」の家に婿に来たのは、田沼を糾弾するためであった。しかし、調べれば調べるほど、田沼の政治は良い政策ばかり。保之助は裏切りを決意する。 「その子」は自由奔放な性格で、いやなことはしない、という女性である。保之助という良人がありながら、浮気を重ね、それが保之助を苦しめることになる。 信二郎は、戯作家として、田沼を糾弾する小説を書いて大ヒットした。 この3人が核となって、物語は進んでいく。それぞれの人物の結末というか顛末についてはみなさんに読んでもらうことにして、一つだけ書いておきたい。 信二郎は、「その子」が保之助を迎えることになったとき、「その子」に言った。「自分の好ましいように生きる勇気がなければ、人間に生まれてきた甲斐がない」と。 それを物語の最後で再認識し、信二郎が「その子」を褒め称えている場面は山本周五郎作品の魅力を結集したところであろう。 田沼を核とした政治小説かと思ったが、これは人間ドラマである。
0投稿日: 2009.11.04
powered by ブクログソンやらトクで物事を判断している限り、どんな情報も自分の血肉にはならない。 情報は、黄ばんだ白い、ブヨブヨとした脂肪に簡単にその姿を変えて、本当の自由を味わうだけの体力をあなたから奪う。 背骨は痩せ細るばかりだ。 「社会」は準備されているものではなく、自分の脳と体を駆使して、出来るだけ美しく作り上げていくものだと思う。 美しさは、善悪という概念を軽く飛び越える。
0投稿日: 2009.05.13
powered by ブクログタイトルと田沼意次のつながりがわからなかったのは自分の力不足。でも,やはり政治の世界は努力しても報われるものではない。でも,何とかしようとする気持ちが痛いくらいわかる。今の政治家には望めそうもない。
0投稿日: 2007.06.02
