
総合評価
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powered by ブクログ愛やエロス(智など自分に欠けたものを得たい衝動のこと)についての対話がかかれている。古代ギリシャではお酒を飲みながら学びあう(議論していく)そして、智を深めていたことがわかった。プラトン続けて読むつもりですが、難しいです。
0投稿日: 2026.02.02
powered by ブクログエロスについての議論が繰り広げられる。エロスとは善きものを目指そうとするもの、神でも人間でもない中立のものである。というのがおおまかなソクラテスの結論だが、そこに至るまでの議論が面白い。
4投稿日: 2026.01.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
光文社の古典新訳文庫で1度読んでいるので、今回は分かりやすく読めた気がする。エロスについての議論。ソクラテスが語る前の各人の考え方が面白い。アリストファネスは自分の劇の中でソクラテスを馬鹿にしたりしているけど、実際に交流があったのかな?アルキビアデスの語る戦場でのソクラテスや誘いをかけてものってこない部分なんかはプラトンのソクラテスへの愛を感じるな~。
0投稿日: 2025.12.19
powered by ブクログ難解かと思っていたが、賢人たちのドタバタ劇が繰り広げられ、プラトンの言わんとすることを楽しみながら汲み取ることができた。
0投稿日: 2025.11.17
powered by ブクログ2025/10/29 p.9 さらにまた二重の間接説話の形式を採っているのもやはり詩的自由のためではないかと思われる。
0投稿日: 2025.10.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本当に2500年も前に書かれたの?と、古代ギリシャ時代からの本はいつも時間の感覚が分からなくなる。 饗宴、って普段使わない言葉だけれど、酒食の場を設けて客をもてなすこと、とネットで調べたら出てきた。 古代ギリシャでは「共に飲む」、シュンポシオンという言葉らしい。 その通り、本書は、日中に、皆で集まってお酒を飲み、何かを食べながら、愛の神について、それがどんなに尊敬すべきものなのかについて、順番に意見を述べ合うお話。ただ一方的に自論を言うのではなく、前の人が言ったことを踏まえて、補足したり自分なりの表現を持ち出したりして、まさに議論し合っている。最後のトリはソクラテス、と思いきや、すっかり酔っぱらった知人が最後に現れて、でもしっかり論を投じる。…
0投稿日: 2025.08.15
powered by ブクログ愛とは男女の恋愛だけでなく、様々な形や考え方があることを学んだ。少年愛に驚き。知識をつけてから再び読みたい。
0投稿日: 2025.01.13
powered by ブクログ193P プラトン (Platon 前427~前347)ソクラテスの弟子で、古代ギリシア哲学の最盛期であった前4世紀のアテネを代表する哲学者。彼が生まれたのはペロポネソス戦争が始まって4年目、ペリクレスの死後2年目にあたり、アテネの民主政が大きな岐路にさしかかり、ポリスの衰退期に向かおうとしていた時期であった。プラトンは名門の出であったがアテネの政治に関わることはなく、前399年に師のソクラテスが、民主政にとって有害であるとして民主派政権の手によって裁判にかけられ、有罪となって刑死してからは、フィロソフィア(知を愛する者)としての思索生活に入った。プラトンの著書はその師のソクラテスの対話という形の対話編として、『ソクラテスの弁明』や、『饗宴』、『パイドロス』、『国家論』など多数ある。何度かシラクサにおもむき、理想政治を実現しようとしたが失敗し、アテネで学園アカデメイアを創設して、弟子たちとの議論に明け暮れ、ギリシア北方のマケドニアのフィリッポス2世(前359年即位)が台頭し、その脅威が迫るなか、前347年にアカデメイアで亡くなり、構内に葬られたという。なお、プラトンは生涯、独身であった。 饗宴 (光文社古典新訳文庫) by プラトン、中澤 務 このように、自分を愛してくれる人に身をゆだねるのは恥ずべきことだと定められた地域に、そんな定めがあるのは、それを定めた人々の悪しき性格が原因です。悪しき性格とは、すなわち、支配する人々の貪欲と、支配される人々の臆病のことです。これに対して、そのようなことは美しいことだと端的に定められている地域に、そんな定めがあるのは、そう定めた人々の精神の無能さが原因なのです。 ゼウスは、人間を哀れに思い、別の方法を思いついた。ゼウスは、彼らの生殖器を体の前のほうに移動させた。じつは、それまで人間は、後ろのほうに生殖器を持っていた。そして、性交渉によって子どもを作っていたのではなく、まるで蟬のように、地面に直接、子どもを生みつけていたのだ。そこで、ゼウスは、彼らの生殖器を体の前のほうに移動させた。そして、それを使って、男性と女性の間で行われる性交渉によって、子どもを作るようにしたのだ。なぜなら、そのようにすれば、男性と女性が出会ったときに、体を絡み合わせれば子どもが生まれて、種を存続させることができる。また、男性同士の場合でも、少なくとも性的な満足は得ることができるから、ほかのことを考える余裕ができて、自分の仕事をしたり、仕事以外の生活の心配をすることができるようになるからだ。 男性のうちでも、両性をあわせ持っていた性――すなわち、太古の昔に〈アンドロギュノス〉と呼ばれていた性――の片割れである男性は、女好きだ。そして、浮気性の男の多くは、この種族から生まれる。女性についても同様であり、男好きで浮気性の女が、この種族から生まれる。 女性のうちでも、太古の女性の片割れである女性は、男性に心を惹かれることがあまりなく、女性に心をよせる。女性同性愛者は、この種族から生まれるのだ。 太古の男性の片割れである男性は、男性を追い求める。このような男性は、太古の男性の片割れであるがゆえに、少年のころは成人男性に愛情を感じ、男性と一緒に寝て、その腕に抱かれることを好む。そのような者は、少年や青年の中で最も優れている。なぜなら、生まれつき最も男性的なのだから。 さて、少年を愛する人であれ、それ以外のどんな人であれ、自分の半身に出会うときには、驚くほどの愛情と親密さとエロスを感じ取る。彼らは、いってみれば、いっときたりとも互いのもとから離れようとはしない。彼らは、生涯を共に生きていく人たちだ。しかし、彼らは、自分たちが互いに何を求め合っているのかを言うことはできないだろう。彼らは単にセックスをしたいだけで、そのためにお互いに喜びを感じ、かくも熱心に一緒にいたがるというのか。誰もそんなふうには思うまい。彼らの魂が求めているのは、明らかに、なにかそれとは別のものなのだ。しかし、彼らの魂は、それが何なのかを言葉にすることができない。彼らの魂は、自分の求めるものをぼんやりと感じとり、あいまいに語ることしかできないのだ。 俺たちにはわかる。この言葉を聞いて、その申し出を断る者や、別の望みを申し出る者など一人もいないだろう。むしろ、自分の聞いた言葉こそ、まさに自分が望み続けてきたことだと思うだろう。すなわちそれは、愛する人と一緒になって一つに溶け合い、二つではなく一つの存在になるということだ。なぜなら、これこそが俺たち人間の太古の姿であり、俺たち人間は一つの全体であったのだから。そして、この全体性への欲求と追求をあらわす言葉こそ〈エロス〉なのだ。 エロスがひときわ美しいわけをお話ししましょう。第一に、パイドロスよ、エロスは神々の中でも、ひときわ若いのです。この主張に大きな証拠を与えてくれるのは、エロスご自身です。なぜなら、エロスは老年から逃げ去る神なのですから。誰の目にも明らかなように、老年というものは足早なものです。事実それは、必要以上に足早に、わたしたちのもとを訪れます。しかし、このような老年を、エロスは生まれつき嫌い、距離をおいて近づきません。そして、エロスはいつも若者と共にあり、エロスご自身も若いのです。古き格言は、うまいことを言うものです――似たものは、いつでも、似たものの近くにあると。 わたしは、パイドロスの言葉の多くに同意しますが、エロスがクロノスとイアペトス( 61) よりも古いという点には同意しません。むしろ、わたしはこう主張しましょう。エロスは神々の中でもひときわ若く、そして永遠に若いのです。ヘシオドスとパルメニデスは、神々の間に起こった太古の事件について述べていますが、彼らの言うことが正しいなら、その事件は、エロスではなくアナンケ( 62) によって生じたのです。神々は互いに去勢し合い、縛り合い、またそれ以外にも、たくさんの暴力的事件が引き起こされました( 63)。もしそのとき、神々の中にエロスがいたとしたら、神々の間には、いまと同じように友愛と平和があったことでしょう。しかし、それはエロスが神々の王となってからの話なのです。 かくして、ポロスとペニアの息子として、エロスは次のような性格を持つことになった。第一に、エロスはいつも貧乏だ。繊細で美しいなどとは、とてもいえるものではない。(たいていの者は、そう信じているようであるが。)それどころか、エロスは硬くひからび、裸足で家もない。寝床もなく、いつも地べたに横たわり、戸口や道端で空を見上げて寝ているのだ。エロスは、母の性質を受け継いでいる。それゆえ、彼はいつも欠乏と隣りあわせで生きているのだ。 まず、エロスですが、この言葉は、主として異性間あるいは同性間の性的な愛を意味します。さらに、人間以外のものに向けられた欲求を意味することもありますが、その場合も、性的な愛から連想されるような、激しい欲望を意味するのが普通です。本作でも、エロスという言葉は、もっぱら性的な愛を意味しています。それを逸脱する例外的な使いかたをしているのは、エリュクシマコスくらいでしょう。 本作でのエロスを語るうえで欠かせないのが、 パイデラスティア(少年愛) と呼ばれる古代の性風習です。これは、成人した男性と成人前の少年が性的な関係を結ぶものであり、古代ギリシャ・ローマ世界に広く普及していた風習です。この風習は、同性愛に対して否定的な感情が抱かれることの多いヨーロッパ世界では、タブー視されてきたものであり、栄光ある古代ギリシャ文化の汚点と見なす人もいました。 第一に、パイデラスティアは、すでに述べたように、成人男性の間の性的関係を表わすものではなく、成人男性と少年との間に成り立つ関係を表わすものでした。成人男性の相手となる少年は、パイス(あるいはパイディカ) と呼ばれ、通常は一二~一八歳くらいの少年です。身体的特徴でいえば、頰に産毛が生えだすころから、あご髭が生えだすころまでが適齢期とされていました。 第二に、成人男性と少年の間の関係は、現代の同性愛におけるような、対等なものではありませんでした。両者の関係は規則に厳しく縛られ、成人男性のほうが主導的な役割を果たし、少年のほうは徹底して従属的・受動的であることを求められました。この関係は、成人男性のほうがエラステス(愛する者) という能動的な意味を持つ名称で呼ばれ、少年のほうはエロメノス(愛される者) という受動的な意味を持つ名称で呼ばれる点に如実に表われています。(また、少年を表わすパイスという言葉は、奴隷・召使を指す言葉でもありました。)少年は、成人男性に奉仕する役割を果たさなければならず、快楽を求めることは禁じられていました。また、売春的な行為も、恥ずべき行為として厳しく禁じられていました。 現代における性倫理は、一般的には、男性と女性の間の対等な尊重関係にもとづいて成立する愛情を理想としており、そのようなものが自然で正常な愛だと考えられています。そして、同性愛は、このような正常な状態に対する、いわば異常で不自然な状態と見なされる傾向にあるように思われます。 しかし、古代ギリシャ人の愛は、そもそもそのような近代的な価値観の枠組の外にあるといえます。彼らの性的な愛は、そもそも対等な関係を前提してはいません。むしろ、彼らの性的な愛は、不均等な優劣関係の中で成立するものです。それは、少年愛に限りません。男性優位社会であった古代ギリシャ世界では、女性との関係もまたそうなのです。彼らにとっての性は、能動―受動という関係によって把握されます。彼らにとっては、このような関係性こそが重要だったのであり、対象が女性であるか男性であるかは二次的な問題だったといえるように思います。 プラトンは、アリストファネスを徹底的にコミカルに描き出そうとしていますが、われわれは、このような姿をアリストファネスの現実の姿とは考えないほうがよいかもしれません。本作では、アリストファネスは、アガトンのサークルの気心の知れたメンバーとして描かれています。しかし、じっさいには、アリストファネスは保守的な人物であり、その喜劇作品の中で彼らを辛らつに批判しているのです。『雲』という作品の中では、ソクラテスが胡散臭いソフィストとして登場し、若者を道徳的に堕落させる人物として描かれています。また、『女だけの祭』では、アガトンの同性愛の習慣が揶揄され、批判されています。 それでは、エロスとは何者なのかと問うソクラテスに、ディオティマは、エロスとは 精霊 だと答えます。ダイモンとは、神々に関係するさまざまなものや現象を意味しますが、ディオティマがここで言っているのは、神と人間の間にある超自然的な霊的存在のことです。ディオティマによれば、ダイモンとは、神々と人間の間をつなぎ、全宇宙を一体化させるものです。そして、占いや予言をはじめとする宗教的行為も、すべてこのダイモンを媒介として行われるのです。 このような説明に、われわれは違和感をおぼえるかもしれません。なぜなら、男性が宿している子、すなわち精子は、じっさいに生まれる子どもとは別のものだからです。しかし、われわれは、古代ギリシャの医学的な考えかたでは、精子と胎児は、われわれが考える以上に連続的であったことに注意する必要があります。すなわち、当時の一般的な考えかたでは、精子の中には胎児のもとのようなものが内在していて、女性の側から供給される同様の胎児のもとと結合して、胎児が形成されると考えられていたのです。ですから、当時の人たちにとっては、男性も子を宿しているのだという主張は、必ずしも奇妙なものではなかったと考えられるのです。 ご注意いただきたいのは、プラトンが二つの善の役割を区別しているからといって、必ずしも、その間に価値の上下を想定してはいないということです。一見すると、美しいものが、よいものを手に入れるための手段とか道具のように見なされていると感じられるかもしれません。しかし、じっさいの恋愛の場面において、男性が愛する女性のことを、子どもを手に入れるための手段とは捉えないように、美という善もそれ自体が一つの独立した善なのです。「よいもの」と「美しいもの」は、エロスのはたらきの中でその役割を異にする、同等の善なのだと考えることができます。 以上の図式は、心の場合でも、同様に成立します。ディオティマによれば、心の中に宿している子とは、知恵をはじめとするさまざまな徳です。そのような徳を心に宿す者は、しかるべき年齢になると、子を生むことを欲するようになります。身体の場合と同様に、その欲求は、美しいものを求める思いとなり、彼は美しいものを探し求めるようになります。すると彼は、美しい体、そして美しい心の持ち主に心を奪われます。彼は、美しい者にさまざまな話をしてやり、その者を教え導こうとしますが、やがて、子を生み、そして一緒に育てていこうとするのです( 14)。 愛情は、相手が美しいか否かには関係がないという反論があるかもしれません。しかし、ここで「美しい」「醜い」と言われているのは、世間一般の評価ではなく、愛する者の側からみた主観的な評価であるように思われます。つまり、ある男性が、ある女性に対して魅力を感じて惹かれるとき、そこに成立する肯定的な評価が「美しい」ということであり、逆に、嫌悪を感じたら、その否定的な評価が「醜い」ということになるわけです。この場合、「愛している」と「相手を美しいと思っている」は、ほとんど同じ意味であることになります。 比較のポイントは、外面の姿と内面の姿の違いにあります。ソクラテスの外面の姿は、美少年好きと無知です。彼は、いつも美少年につきまとっていますし、また、自分はなにも知らないと言っています。しかし、それは仮の姿だと彼は言うのです。じっさいには、ソクラテスは、相手の外面的な美しさや裕福さなどは軽蔑していて、気にも留めていません。また、ソクラテスが無知であるということも、アルキビアデスにとっては、事実ではありません。アルキビアデスがそう考えたのは、彼がソクラテスの内面に神々しい価値を見出したからです。それは、肉体的美しさのような世俗的価値を軽蔑する、節度をはじめとする徳でした。そのような神々しい徳の持ち主、そして美しい言葉で自分を魅惑する人物が、なにも知らないはずがないと、アルキビアデスは考えたのでしょう。 そのころ、アルキビアデスは、ソクラテスはじつは美少年の美しさなどは軽蔑しているのだということを知りませんでした。だから、彼の中に神々しい徳と知恵を見出したアルキビアデスは、自分自身を誘惑の材料にして、彼からそれを分けてもらおうとしたのです。そのために、アルキビアデスは、伝統的なパイデラスティアの作法に従おうとしました。すなわち、自分の美しい身体を彼に与え、それと引き換えに、ソクラテスに自分を教育してもらえると期待したわけです。 しかし、プラトンの描き出すアルキビアデスは、これとはまったく異なっています。アルキビアデスは、決して邪悪な人間ではありません。それどころか彼は、純粋で自分の気持ちに正直な人間的な人物であり、そして、そのような人間的な限界ゆえに失敗し、挫折していくのです。 このようなプラトンの描きかたを見れば、彼が単純にアルキビアデスを非難しようとしているのではないことは明らかです。むしろ、プラトンは、人間アルキビアデスがたどる運命を描くことによって、この現実の世界で、ソクラテスのエロスの道に従い、美の梯子を昇っていくということが、いかに困難で難しいことかを描こうとしているようにみえます。
2投稿日: 2024.12.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
大学時代に読んで以来30年ぶりくらいに読んで見た。正直なところ、議論の主題が愛と美と言う私からするとかなりどうでもよい物なのでそこは置いておくとしても、ソクラテスの屁理屈満載の弁舌にはなんの魅力も感じない。しかしながら、プラトンの筆による文章はやはり引き付けられるものがある。ニーチェがルサンチマンと言っている「古代は美が最善のものであった」という話はここから来ているのかと改めて納得した。同性愛を最上の愛としているのはちょっと時代にそぐわないような気がするが、人間の本性はむしろそうなのだろうか?
0投稿日: 2024.07.20
powered by ブクログエロスについて、ソクラテスらが語る饗宴(飲み会)。 この饗宴で主題となるエロス(愛)とは、基本的には少年愛のことですが、語るにつれて男女の愛さらには愛智(フィロソフィア、哲学)に及んでいきます。 エロスについて演説するのは、ファイドロス、パゥサニヤス、エリュキシマコス、アリストファネス、アガトン、そしてソクラテスの6人です。 始めの5人は、言ってしまえばソクラテスの前座なのですが、それでも興味深いものがあります。 中でも特筆すべきなのは、アリストファネスの人間球体説でしょう。 その昔、人間は男女の合一した存在でした。背中合わせの2つの顔、4本の手と4本の脚。しかし、神々を冒涜したために、ゼウスは人間を2つに割ってしまいます。 以来、男女はその半身に憧れて、抱擁し、子を作ろうとするようになりました。 これは、訳者によれば出典不明の譬え話なのですが、荒唐無稽な筋にもかかわらず何か納得させるものがあります。 こうした演説の最後にソクラテスが登場します。 ソクラテスは、エロスの対象の分析から始め、人間の欲求やその対象である不滅、美、智、善そのもの(イデア)へと話を広げ、その中に少年愛から愛智(フィロソフィア)までが位置づけられていきます。 この箇所は語りの展開が見事ですし、主題が一気にソクラテス=プラトン的になるので、私はぐいぐい読ませられてしまいました。 最後のアルキビヤデスの話は何というかアレだし哲学関係ない気もするのですが、愛智者ソクラテスが肉欲に対する自制心に満ちているというのは少し示唆的です。 全体としては、本文は100ページちょっとですし、予備知識もいらない(ギリシャ神話とホメロスの雰囲気を知っているとベターな程度)ので、古典の中では読みやすいと思います。 ギリシャ哲学は、ギリシャ語カタカナ音訳が耳慣れなくて敬遠しがちだったのですが、昨年から古典ギリシャ語を少しずつ勉強したところ、親しみをもって読むことができました。
1投稿日: 2022.01.23
powered by ブクログ難しい…と思いながら読み終わってしまい、投稿まで時間が空いてしまった! 難しいと感じる最大の理由は、「エロス」という神が一つの人物像(人ではないけど)なのか、それとも恋や愛という概念として語られるものなのかがなかなか掴めなかったことでした ネットに上がっている要約に助けられながら振り返ります。笑 物語はソクラテス含む6人が、ギリシア神話のエロス神を称えるという形式で進んでいく。 エロス=恋(少年愛)に関して、6人が様々な意見を戦わせる。 ・古さゆえにエロス神は「善さ」の源泉であり、徳と幸福をえるために最も強い力となる ・エロスには2種類あるが、世俗的な恋ではなく、理性的な男性に対してのみ向かう恋が称賛に値する ・少年の美だけではなく、徳も同時に目指し徳を通じて善さの実現へと向かうエロスこそが称えられるべき ・完全なものへの欲望と追及が恋 ・エロスは最も美しく高貴で幸福な神であり、正義の徳、慎みの徳、勇気の徳、知恵の徳を備えている 5人の意見に対してソクラテスは、 ・恋とは善きものと幸福を手に入れようとめがける欲望である ・愛には段階があり、肉体の美も恋の入り口として必要 エロスは美への追及の道だという論を展開する。 … 自分の持っていないものや自分に欠けているものを相手に求める、というのは納得する。自分の知らない世界を知っている人や、自分が思い付かないような考え方をする人って素敵だなと思う。 一方で、自分と似ているところや同じ感じ方をする人に惹かれるということもあるけど、ある程度の同質性の中にあっても結局はその中の違いに惹かれているということなのかしら そもそもこの饗宴の中では、恋と愛との区別があるのかな?世俗的な恋(男女の恋)を貶し、少年愛を貴ぶ意見もあったけど、ここではどちらも恋は恋なのでしょうか どんなにどのような恋が善いものであるかを考えても、心はなかなかコントロールできないものだけど、恋が自身の美への追求だという着地点は面白いなと思った。 個人的には、歴史的にも現代でも「恋」はどちらかというと破滅として描かれるイメージがあるんだけど、それはわたしの中での恋っていうのは一時的な感情だからであって、ここで語られる恋とはまた違うのかなあ〜 果てしない笑
4投稿日: 2021.03.31
powered by ブクログ愛についての本。運命の人ってフレーズは、元々2人がくっついていたけど、切り離されて、片割れを探しているって話が由来らしいよ。 純粋な愛は男性同士の愛ってのは面白いね。性的な何かも含めてなんだろうけど、それより人として好きって感覚なのかな。人まで見て好きになれるのが一番いいよね。 ソクラテスとアガトンの一説で、エロースは美を求める美しい神という主張に対して、美を求めるってことは、美を持たない。→対象に対して欲求する愛を持っているなら、それは、欲求する段階ではそれを持っていないことになる。 なぜなら、持っていないものを求めることだから。かけている物を欲求する感じ。 人間もエロースも、知恵と無知の間にあるから、知恵を求めて行かなければならない。ここら辺からイデアに話が近くなるね。真を見つけにいく感じ。愛の話かと思いきやこれは人としての生き方の話なのか?
0投稿日: 2021.02.17
powered by ブクログプラトンが飲みの場で愛について様々な人々と語った本。 愛とはなにか。 エロスとはなにか。 愛とは、美しいものを希求し出産すること。
0投稿日: 2021.02.13
powered by ブクログ"読書する人だけがたどり着ける場所" に紹介されていたので読みました 哲人達が愛について演説し合う話 ギリシャ神話がわかったらもう少し理解できるだろうか、 勉強してからまた読み返すかも 思ったのは 愛のことを普通に男性間の愛だと言ってること ソクラテスが出てきてようやく、生殖という現代っぽい切り口が出てきたけど、それにしても醜い者への愛はないみたいな発言は現代だとちょっと厳しいよな
6投稿日: 2021.01.06
powered by ブクログ男女の恋愛ではなく、少年愛が主なテーマ。 ギリシャ時代、少年愛こそが崇高なもので、女性に興味を持ってるような男はまだまだ人間としてレベル低いやつ、というような考えだったよう。 フェミニストとしては、この時代で既に女性は男性に都合の良いように定義づけられてきたのか、、と悲しく思った。 ただ、愛というものは、最終的には1つの対象に対するものではなく、広い後世の世代に対しての教育意欲を掻き立てる=社会全体への貢献欲に繋がる、という点は、 自分自身の感覚や、アドラー心理学とも共通していて、やはり、人の欲求は最終的にそこに至るのだなと再確認できた。
1投稿日: 2020.12.12
powered by ブクログただお酒を飲みながら何かを話し合う日々が欲しい。素敵だなぁ。 難しいところは、NHKの100de名著を見るとわかりやすかった!
0投稿日: 2020.08.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
エロスとは何か、 エロスを讃美するとはどういうことか、 次々にいろんな人が語る饗宴。 エロスを語るのに、 一緒に飲みながらという場面は、適切なのかもしれませんね。 愛と美に魅せられ、 酔い、 熱くなり、 ほめたたえる。 愛に溺れるのでもなく、 酒に溺れるのでもなく、 美そのものへと到る道を行くがごとく。 ソクラテスは、 自分がいかにエロスを知らなかったかを説き、 そしてさらにはエロスのなんたるかを語る。 この世界で、いま、エロスの神は賛美されているだろうか。 ”なぜといって独力でもしくは他の誘導によって愛の奥義に到る正しい道とは次のようなものであるからです。それはすなわち地上の個々の美しきものから出発して、かの最高美を目指して絶えずいよいよ高く昇り行くこと、ちょうど梯子の階段を昇るようにし、一つの美しき肉体から二つのへ、二つのからあらゆる美しき肉体へ、美しき肉体から美しき職業活動へ、次には美しき職業活動から美しき学問へと進み、さらにそれらの学問から出発してついにはかの美そのものの学問に外ならぬ学問に到達して、結局美の本質を認識するまでになることを意味する。(p.134)”
0投稿日: 2020.06.07
powered by ブクログ(Mixiより, 2011年) 題材と、哲学書らしからぬ設定になんとなく興味があったので読みました(先輩に譲って頂きました!感謝)。基本的には愛の神、エロースについて宴の場で次々と知識人達がその美しさを賛美するという内容。面白い表現が幾つもありました。特に少年への愛について言及されることが多かったですが。この辺りには「教育」というものをする所以となる本質的な答えが示されてるな、と感じたり。あと人はもともと2つで1つ・・・という奇抜な説も印象深かった。ソクラテスの話の中では、「エロースは美しい者を愛する。つまりエロースは美しさを持っていない。エロースは愛される対象ではなく、愛する者。」との論理はなかなかすごい。理解しきれなかった感も否めないので、★は3つで。
0投稿日: 2020.04.18
powered by ブクログイデアに対する理解が足りなかったので、愛に導く神エロースに関する議論はイメージし易く、その理解を深めてくれる。 ディオティマとソクラテスの対話には引き込まれたが、その他のエロース賛美はダラダラ進んでいく。このダラダラの中にこそプラトンのソフィストや喜劇・悲劇作家等を描く巧みな表現がふんだんに詰まっているわけだが。 我々は不死を得るために愛によって子どもを作るし、創作するし、教育する。つまり我々は自分という存在を後世に残したいと強く望んでいるのだろう。このレビューも一種のそれに該当すると言ってもいいかも知れない。 「美そのもの」を求めて人生を歩む必要性を強く感じる。この美の段階の議論は現代にも当てはめられるもので面白いので非常に読み応えがある。 ただ、岩波の訳は少し読みにくい...
0投稿日: 2020.02.26
powered by ブクログ副題の通り、エロスについて語られている本。 エロス=神聖なものなのか、戯れなのか。 エロスを突き詰めると知恵を愛することになる。 哲学の語源となったフィロソフィアはここから生まれたのではないか。
0投稿日: 2020.01.10
powered by ブクログ本作は「アカデメイアはエロスの学園である!」という設立趣意書って事でいいのかな?学内は少年愛で満ちていたのだろうか?と想像してしまうが・・・。
0投稿日: 2019.12.27
powered by ブクログ・シュンポシオン sumposionは「共に飲む」の意。 ・食卓における条理ある談話を愛好 ・プラトンは、師のソクラテスの全貌を描出。 ・エロスは、教育の原動力。
0投稿日: 2019.10.26
powered by ブクログ2019.1.2 昨年中から読んでいてようやく読了。 高校の頃にも読んだ記憶があるから再読か。 今となっては言い回しや文体が固く感じられ読みにくいか、 イデア的なものがあってそれへ向かう執着を愛と呼ぶ考え方が果たして現代においても有効なのか、、。 もっと読み込まないとなんとも言えないなぁ。
0投稿日: 2019.01.02
powered by ブクログ愛について考える。 最初の序説が長いけれど、この解説のおかげで本文がわかりやすくなってる。 まず、ファイドロス、パゥサニャス、エリュキシマコスがエロスが人間にどんな影響を与えるか、について語る。そのあとのアリストファネスの話はラッドのオーダーメイドみたいなロマンチックなようでないような。 そしてアガトンが愛の神エロスそのものを讃える。100ページ目の演説はそれだけで一編の詩のような美しさ。 最後にソクラテスがディオティマとの対話を思い出して愛に関する真理、を発表する。 愛とは善きものの永久の所有へ向けられたもの。 人間は肉体においても精神においても絶えず新しくなり続けるのに、死ぬまでひとりの人間として認知され続けること。 つまり、子孫を残すことは滅びゆくものの永遠への憧れを満たす手段であること。 生きるとは美の本質を認識を目指すこと。 あたりが好きかな。 なぜ生きるのか、それは美しいとは何か知るためだ、って人生は希望があると思う。 また、人は一瞬一瞬新しくなっている、ってのも明るい気持ちになれる。 神々のエピソードを交えながら語られる、初めから最後まで飽きさせない一冊でした。そのうち読み返そう。
2投稿日: 2018.02.17
powered by ブクログもっと難しいのかと思っていたけど、読んでみるとそうでもなく、面白かった。ギリシャ語がわかれば、詩的な面白さもわかるんだろうけれど…翻訳の限界。序文は解説なので、本文を読んでからのほうが理解しやすい。プラトン、というかギリシャ古典をまともに読んだのが初めてなので、ここから周辺へ広げていきたい。 しかし、どうしても、閉じられたサロンでの机上論、と見えてしまうが、ソクラテスは実践してた人らしいので、やっぱ当時としても特別というか変わり者だったんでしょうね、だからすごいんだけど。
1投稿日: 2017.10.05
powered by ブクログフィックションだが、登場人物がリアルすぎて、しかも紀元前。本当の話のように… この中で出てくる、ソクラテスの雄弁さと説得力ある講釈、その弟子プラトンも侮れない… エロースとはをテーマに書かれる愛=人間⇨智慧。
1投稿日: 2017.01.28
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
愛について 恋について 最近読むのは 何か、 かたちを探しているからで 自分の中で答えを定義したいから ヘドウィッグに涙して 思い出して読んだプラトンさんは やっぱりプラトン お酒の席での こういう話は昔から あるのね と親近感。
1投稿日: 2016.09.21
powered by ブクログエロス(愛)について書かれている対話篇であるプラトンの「饗宴」ですが、概ね次のような事が書かれています。 「本質的な美そのもの」に到達するためには順番がある。最初は人間で美しい人―美しい肉体―を求めていくこと、しかし肉体的な美だけを追い求めるのではなく、次には職業活動、制度のうちにある精神的な美を求め、最後には学問に至り、永久的かつ独特無二の存在である美そのもの、美のイデアを求めていく、という具合に。そしてそれぞれの段階―美しい人を求める時、職業活動、制度のうちにある美を求める時、美そのものを求める時、そこにはある原動力が働いている。それがエロスである。エロスは美しいものを追い求める愛である。美を求める人は、自らが欲する美が欠けているからこそ、それを求めるのである。そしてエロスは美を求める人と美の中間にいて、目的の美へと導いていくが、欲すれば、最終的には美のイデアへと連れて行くのである。 私事ですが、10年前に本書を興味本位で購入しました。それまでに哲学の本を読んだこともなければ知識もなく、当然ながらエロスやイデアのことも知りませんでした。結果、内容が全く理解できず、そのまま本棚にしまいこんでしまいました。10年経ち、久々に読もうと再度手に取りまして、読了までに哲学史の本や哲学用語集などでソクラテスとプラトンの人物像や言葉の意味を、ある程度は理解した上で本書を読みまして、やっと上記のことがわかりました。失敗談として参考までに記載させて頂きます。
1投稿日: 2016.01.04
powered by ブクログ学生時代に読んだっきりの本書を再読。 さっと読むと普通に「ふむふむ」だったところも、今読むと「え、それは飛躍だろう」と思うことがちらほら。 二千数百年前の本を今読んでなんやかや考えることができるなんてすげえなあ、と、内容に関係ないところで感動する。やるなプラトン。
1投稿日: 2015.09.17
powered by ブクログ言葉が難解過ぎて頭に入りにくかった。 ディオティマのソクラテスに語りかけるシーンは印象的だった。 ソクラテスも、戦争に出向いていたのがビックリ。 なんだろう、よく聞く勇気あり、仲間想いなセリフ、自分よりも他人を評価してくれという姿勢、そういう徳の原点。あらゆる物語の英雄の徳の要素の原点といえるソクラテスの徳の話が見えたと思う。 他の訳でまた、読んでみたい。
0投稿日: 2015.05.17
powered by ブクログ欲望というものを如何に考えるか、という対話篇で、 いくつかの主張が各論者によってなされる。 ソクラテスのものは美そのものを観取するのだ、というイデア論の先駆け的な主張。 最後に、アルキビアデスの乱入が描かれたのは、 アルキビアデスとソクラテスの関係性を書き換え、ソクラテスの立ち居振る舞いをポジティヴに描きだそうとした、というようなプラトンの政治的意図があるか。
1投稿日: 2015.04.25
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説明 原題の「シンポシオン」とは「一緒に飲 む」というほどの意味。一堂に会した人々 がワインの杯を重ねつつ次々にエロス(愛)讃 美の演説を試みる。最後に立ったソクラテ スが、エロスは肉体の美から精神の美、さ らには美そのものへの渇望すなわちフィロ ソフィア(知恵の愛)にまで高まると説く。さ ながら1篇の戯曲を思わせるプラトン対話篇 中の白眉。
0投稿日: 2015.01.08
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ギリシアの哲学者ソクラテスの弟子プラトンによる、愛と知をめぐる対話。学生時代に熱心に読んでいたが、ひさびさに通読。 少年愛という習慣があったギリシアで、対話のしめくくりは、ソクラテスに横恋慕する弟子の登場でしめくくられる。文学性が高いとされるが、そのあたりはよくわからない。 ただ、ディオティマとの対話を引き出して、ソクラテスが「エロスとは美や善そのもの」と信奉する若者を論破していく下りは、知の遊びとしておもしろい展開。AはB である。しかし、AはBとは反対のCでもある。という矛盾した対立項をおさめるために、親の話に例えるとは。 愛情とはなにかについて、あらためて考えさせる一冊。もちろん抽象的にすぎないきらいはあるが。愛情があったればこそ、ソクラテスは悪法にも暴君にも従ったのであろう。しかし、それは悲しき諦念でもある。
0投稿日: 2014.10.08
powered by ブクログ【本質的な恋愛論を語る】 『饗宴』は、パイドロス、パウサニアス、エリュクシマコス、アリストパネス、アガトン、ソクラテスの6人が、ギリシア神話のエロス神を称えるという形で進んでいく。 アリストパネスが説く恋愛論は、元々男女一緒だった肉体だったが、神によって引き裂かれ、その片割れを探すために恋愛をし続けるものであるが、フィクションチックであるものの、面白い。 http://shira-chan.deviantart.com/art/Plato-s-Symposium-298480016 ソクラテスは、生殖の目的は不死のためだという。自分の分身を作り続けることで、滅びるものは生き続けることができる。だからこそ自分の分身を守るためには、自分の身を投げ捨てることを厭わない。 恋愛については、「肉体美→精神美→思想」へと考えを巡らせていくことが大事だという。思想へ恋愛が至った時、本質的な「愛」を理解し、本当に愛する人を見つけ、一生愛することができるとする。 現代に言い換えれば、「かわいいなぁ/抱きたいなぁ」から入ることはなんら悪くない。しかし、その後相手の精神/教養までにも美を見出し、それを抽象化させ「愛」の思想へと発展させる必要がある。思想まで辿り着いた時、「他人になんと言われようとこの人を愛している」という状況が出来上がる。
1投稿日: 2014.09.07
powered by ブクログ酒飲みながらでも恥ずかしい内容(愛がどうとか、おまけに永遠の生だもん。)の話で、もし居酒屋で出くわしたら…と思うと舌噛んで死のうかと思ってしまう。節操が無いと評判の会社帰りのサラリーマンでももう少し節度のある内容の話してるよ。
0投稿日: 2014.08.28
powered by ブクログ2013 12/30読了。Amazonで購入。 元は「シュンポシオン(饗宴)ってなんだ?」という疑問から、その題がついている本を読んでみるべ・・・と思い手にとった本。 その意図は達成された。なるほど、宴会の余興に即興で演説やったりするんだね古代ギリシア。 ソクラテスが招かれた友人宅での宴会で、酒の余興として愛の神エロスを賛美する演説を一人ずつやっていこうという話になり、ソクラテスを最後に置いて7人がそれぞれ演説をぶつ。 最後にはさらにソクラテスに焦がれる若人が入ってきて、ソクラテスを讃える演説を打つ・・・という筋。 他の6人が専ら、愛によってもたらされるものとか、こんなに凄い、というようなエピソードを盛ることで演説をするのに対し、ソクラテスは愛とはなにか、その真実を述べるとして話はじめていく。 ソクラテス自身もまた別の女性との問答の中でそれを教えられてきた、というエピソードを語り、そもそもこの宴の様子も宴そのものの描写ではなく、数年後に参加していたある人が語った話、という演出がなされていて、もちろんそれらすべてプラトンが人々の口を借りて、ソクラテスを描写しつつ自説を述べるものでもあるわけで・・・と複層の入れ子になっている。 ・愛=善いもの(美しいものも=善)を永久に所有したいという欲求 ←・欲求とは現に自分が持たないものに対するもののはずなので、エロス自身は美しくも善でもない ⇔・美しくも善でもないことは醜く悪しきことを意味しない、中立、真実と誤りの間にはどちらともはっきりしない「意見」がある ・神は美しく善であるはずなのでエロスは神ではなく神霊 ・少年愛が当たり前、かつ善きものとして扱われていることに慣れてないと読んでてぎょっとするかも。シーンを想像するとエグく思えるのだが、それもまた偏見
0投稿日: 2013.12.30
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ソクラテス先生 飲み会で友人達と愛について語り合うの巻。 ソクラテス四大福音書の一つらしい。 他の三つと違って友人の家で飲み会をし、 愛について語り合うという何とも楽しい内容だが、 大正時代に訳された原稿を50年前に書き直した物なので、 難しい言葉が多く、読むのはなかなかしんどい。 「愛とは不死のための欲求である」 というのがこの本で主張したいことなんだろうけど、 様々な人物に愛についての意見を語らせて、 最後にソクラテスが他者から聞いた話という形で、 結論を持ってくるという構成が見事。流石プラトン。 一つだけ毛色の違うこの本が、 四大福音書に一つに数えられているのも頷ける。
0投稿日: 2013.12.07
powered by ブクログ池田さんの影響。1971版。読めない漢字が多くて大変だった… こんな風にギリシアのポリス市民は宴会をしていたのだと思うと、こんな素晴らしい宴会はないと思う。 倫理か何かの教科書だったか参考書に、この本について「同性愛か異性愛どちらがすばらしいかについて対話している」みたいなことが書いてあったが、全くのでたらめだ。そんな小さな一手段を書くためにプラトンは言葉にして書き起こしたのではない。 演説として数名の人物が愛(エロス)について述べたところはなんだか難解で小難しく思われたが、ソクラテスの発言(ターン)になると途端にすっとわかってしまった。池田さんが書いていたように、ソクラテスは哲学そのものだから何度でも蘇る。 ソクラテスの発言で終わったかのように思われるが、最後に乱入(?)してきたアルキビヤデスによってソクラテスについて語られる。善く生きる彼の為人があますとこなく語られる。彼は考えたことをきちんとその魂で体現していた。徳孤ならず、必ず隣あり。とても言い当てている。
0投稿日: 2013.11.07
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プラトンの饗宴、これは愛についての対話だ。 あまりに多忙で感想を書く時間すらなかったこの1週間。 ようやく簡単な感想を書きます。 愛とは異性への愛だけだと思っていただけど、 プラトンのいうエロス(愛)は異性への愛はもちろん、家族愛、自然愛、 博愛などものすごく広義の愛をエロスと言っている。 エロスはそもそも神(全能)でもなく、無知な者でもなく、 中間の位置にあるダイモーンだといい、そして美を求めると説いている。 人間も実は、立ち位置としてはエロスと同じなのだ。人間は新しいことを常に欲求するし、 かといってすべてを放棄して何もしないということもしないからだ。 そしてプラトン自身の考える愛とは哲学(philosophy)の語源となったフィロソフィア、 つまり知への愛が愛の最終形だと説いている。 僕はプラトンのいう知への愛まで達していないのだけど、 少なくともまず女性と向き合い、女性を愛することができるのではないかと考えた (注:今までの僕はかなり否定的でした。 そのうえであの婚活宣言をだした。 一番感動的だったシーンはソクラテスがアガトンの間違いを正していくシーン。 まるで推理探偵のように論理的に相手を論駁していくさまはものすごくかっこいい。 そして愛とは何かを自分が語るのではなく、 ディオティマという巫女が語ったとするところも説得力抜群だ。 自分が話したとするより、○○がこう語ったということを私が学んだということで、 すごく謙虚にもなっている。ソクラテスらしい対話の仕方なのかな。 饗宴は素晴らしい哲学書です。 これを皆さんにもぜひ読んでもらいたいです。
0投稿日: 2013.09.10
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死ぬまでに読んでおいても以下略。有名な部分の前後だけはぱらっと読んでたけど、最初から読んではなかったんよ。読んだっつってもさらっと眺めただけで、内容は理解してないよ、日本語でおk状態。 この年になってようやく気付いたけど、この系統は序説とか解説はすっ飛ばすべきだわ。本編に入る前になんじゃこら、ってなって結局読めないまま放置する。内容わかんなくても、とにかく本編を読むことに努めた方が全然ましだわ。 ええと、愛、エロスについてとにかく褒めまくる宴会のお話。 ちゃんとメモ取りながら読めばよかったけど、読み流したから、解釈違い、勘違いが多いとおもう。 ファイドロス、パゥサニヤス、エリュキシマコス、アリストファネス、アガトン、ソクラテスの順。 ファイドロスさんが言うには、エロスってすげー偉大なのよ、最古の神なのよ、少年を愛するのがそのエロスを得ること?なのよみたいな。 パゥサニヤスさんは、エロスってのは二種類あってね、天上の愛と万人向けの愛でね、天上の愛がすごいのよ、みたいな。 エリュキシマコスさんはお医者さんで、医学的見地からのエロス賞賛。エロスってのはいたるところで大切なのよ、みたいな。 アリストファネスさんの部分が有名だよね、人間はもともと顔を二つ、手足を四本持ってたのよ、完全なる一になるために、運命の相手を探すのよ、それを成就させるのがエロスなのよ。 アガトンさん、エロスってのは一番美しいし、一番幸い。 ソクラテスさんのお話は、ディオティマという女のひとから聞いたお話を伝えてる感じ。エロスってのは完全無欠じゃねぇよ、むしろ美しくもなく醜くもなく、善でも悪でもない、その中間にいるのよ。じゃないと、美しいものを求めたり、善なるものを求めたりしないでしょ。求めることが愛でしょ、と。 で、ソクラテスの演説が終わったときに、アルキビヤデスさんが乱入してきて、「みんな聞いてソクラテスってひどいひとなの、でもすごいひとなの!」とぶちかます、と。正直、最後の「僕はこんなにもソクラテスが好きなのにアガトンといちゃいちゃして悔しい!」っていうアルキビヤデスさんに全部持ってかれた感がある。 抜粋、ソクラテスの演説中のディオティマさんの言葉。 「(前略)こういう訳ですから、正しき意見〔ドクサ〕とは明かに智見〔フロネーシス〕と無知〔アマテイヤ〕との中間に位するようなものというべきでしょう。」
1投稿日: 2013.07.31
powered by ブクログ饗宴・・・まあ、今風に言えば「飲み会」でしょうか。 それで、酒を飲んで酔っぱらいながら、「エロース」(恋、恋の神)について真面目に(?)哲学していくわけです。 といっても、当時のアテナイの恋の対象は美少年(!) やべwwおもしろいんだけどこれ。 それでいて真面目で美しいお話。 エロースというのは、どんな性質の神であるかについてみんなで意見を出し合っていきます。 ソクラテス、最初召使が呼んでも、外でたたずんでるwww。彼の悪い癖だって。 まずは、エロースというのは偉大な神であり、驚嘆すべき神であるということ。 醜いものに関して恥じ、美しいものに対しては功名を競う心。 次に、少年への恋(パイデラスティアー)に関するものと、愛知やその他すべての徳に関するものと、この二つを合わせてひとつのものにしなければならない。 エロースの肉体的なものと、精神的なものに対する二面性が語られる。 ここで、医学について。 美しい恋と醜い恋を診断し判別する者が医学に最も秀でた者である。 一なるものとは、弓やリュラ琴の調和(ハルモニアー)のごとく、分裂抗争しつつもそれ自身それ自身と一致合一しているようなものであること。 エロースとは何か。 本来の姿が二つに断ち切られたので、皆それぞれ自分の半身を求めて一緒になったということ。それは人間の昔の本然の姿へと結合するものであり、二つの半身を一体にして人間本来の姿を癒し回復させようと企てるものである。 完全なものへのこの欲求と追求に、恋(エロース)という名がつけられた。 エロースは、一番幸福で、美しく高貴で、年若い神である。 では、エロースは何ものへの恋(エロース)でもないものか、あるものへの恋なのか。 あるものへの恋である。 エロースが欲求し恋求めるのは、その対象を持っていないときのものである。 欲求するものは自分に欠けているものを欲求するのか、あるいは欠けていないときには欲求しないのか。 彼らが現に持っているものはすべて、かれらは欲求すると否とにかかわらず必然的にそれを持っていなければならない。 つまり、エロースは1.あるものに対してであり、2.自分に欠けているものに対してである。 どんどん謎が深まっていく。 エロースは、美を欠き美を持っていないということになる。 では、美を欠き美を所有していないものを美しいというだろうか。 エロースが何者であり、いかなる性質のものか。次にその働きについて。 エロースは偉大な神であり、美しいものに向かう。それでいて、エロースは美しいものでもよいものでもない。 しかし、神はすべて幸福であり美しいものである。 では、エロースは神でないのか。 死すべきものと不死なるものの中間にあるのだ、という。それは偉大な神霊(ダイモーン)である。 エロースは、美である女神アプロディテに従い仕える者となった。生まれつき美しいものを恋する者であり、しかもアプロディテそのものが美しい。半面父の血をうけて美しいものとよきものとを狙うものである。 恋(エロース)とは、よきものが永遠に自分のものであることを目指すものとなる。 また、妊娠、出産という行為は、神的な行為である。死すべきものである生物のうちに、不死なるものとして内在しているからである。 死すべきものは、永遠に存在し不死であることを、出生において求める。 肉体に関する美は些少なものとなる。 目的は、永遠に存在して生成も消滅もせず、増大も減少もしないもの。また、あるところでは美しいが、あるところでは醜いというものでもない。 恋の道は、つまり地上のもろもろの美しいものから出発して、絶えずかの美しいものを目的として上昇していくが、その場合階段を使うように、ひとつの美しい肉体から二つの美しい肉体へ・・・最終的には、ほかならぬ美そのものを対象とするところのかの学問に行きついて、まさに美そのものを遂に知るに至る。 ・・・あとは、なんかみんな酔っ払ってべろんべろん・・・なような気がするのは私だけ?笑
0投稿日: 2013.07.25
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ソクラテス『アガトン 君は「エロースとは美を求める美しい神」といった。エロースとは、何かに対する愛なのだろうか?それとも、どんなものへの愛でもないのだろうか?』 アガトン『もちろん何かへの愛です。』 ソクラテス『それではエロースは愛するその対象を欲求しているのか、いないのか?』 アガトン『もちろん欲求しています』 ソクラテス『欲求するというのは愛するその対象を持っている時かね?それとも持っていない時にかね?』 アガトン『どうやら持っていない時です。』 ソクラテス『だれであっても 欲求する人は手元にないもの 現にないものを欲求しているのでありつまり【欠けているもの】を欲求するのだ』 アガトン『まったくそのとおりです』 ソクラテス『アガトン きみはエロースは美を求めるといった。とするとエロースは美を欠いていて美を持っていないことになる。美を持っていないものを君は【美しい】と言うだろうか。君はエロースが美しいと同意するだろうか?』 アガトン『私はおそらくソクラテスよ先ほど語った事柄について何一つ知ってはいなかったのです』
0投稿日: 2013.07.14
powered by ブクログ再読。愛=エロスの本質を求めて男達が語り合い、愛の絶頂即ちイデアを求めて昇り詰めていく対話のエクスタシー。エロス、それは賢者と愚者の狭間であり神と人間の中間にいる神霊(ダイモーン)的存在。善きものの永久の所有を欲求するそれは肉体的不死/生殖へ向かい、それを心霊的生産へと向けることで徳へと至る精神を形成する。初読時には同性愛讃歌と思っていたが完全な誤読。とはいえ相変わらず恋愛体質で愛されボーイなソクラテスの口説き文句は絶好調。「こんなにオシャレをしたのは、美しい人の所へは美しくなって行こうと思ったからだよ」
1投稿日: 2013.05.30
powered by ブクログ「エロス」について智者たちが各々の能力の限りをつかってプレゼンテーションする。 最後に登場するのはもちろんソクラテス。 演説教本として使えそう。 ちなみに、ソクラテスの考えるエロスとは・・・ 「それはすなわち地上の個々の美しきものから出発して、 かの最高美を目指して絶えずいよいよ高く昇り行くこと、 ちょうど梯子の階段を昇るようにし、 "一つの"美しき肉体から”二つの”へ、 二つのからあらゆる美しき肉体へ、 美しき肉体から美しき職業活動へ、 次には美しき職業活動から美しき学問へと進み、 さらにそれらの学問から出発してついにはかの美をのものの学問に外ならぬ学問に到達して、 結局美の本質を認識するまでになることを意味する」
0投稿日: 2013.05.05
powered by ブクログ良いこと書いてあるんだけど、なんだかんだで、少年愛がらみの記述に目がいってしまう、ついつい。普遍的な価値について語ろうとするギリシア人たちが、こと「その話題」のときだけは、特殊な文化的背景にもとづく性癖を擁護しまくりというのがね。それが、苦笑をとおりこして、可愛くみえてきた。
0投稿日: 2013.04.03
powered by ブクログ平易で楽しい哲学書。ただの読み物としても面白い。 内容は酒をのみながらみんなでエロスの素晴らしさを語るものだ。性の問題で悩む若者、BL好き、セックスレスカップルはまずこれを読め!
0投稿日: 2013.02.23
powered by ブクログ『いけない、いけない、あの人は放っておいた方がいい、それがあの人の癖なんだから。所かまわずどこかへ、人通りを避けて立ち続けることがよくあるのだ。が、いずれまもなく来るだろうと思う。だから邪魔をせずに、放っておいてくれたまえ。』(アリストデモス) 『実際人は次のようなことを熟思するべきである。明らさまに愛するのはひそかに愛するものよりも美しく、しかももっとも高貴にもっとも優秀なものを―たとい彼が他のものよりは面貌が醜いにせよ―愛するのは特に美しいといわれていることを、さらにまた、万人が恋する者に与うる異常なる―しかも何か醜悪な行いのあった者にはけっして与えられぬごとき―鼓舞を、かつ恋愛における成功は誉とせられるが、その不成功は恥辱とせられる、慣習はさらにまたその勝利者となるためならば異常事を行うあらゆる自由を愛者に与え、しかもそれに対して賞讃を受けることすら許している。』(パゥサニヤス) 「お前達の願うのは多分こんなことではないのか、でき得る限り最大限度に一体となって活き、夜も昼も互いに離れずいたいというような。それが本当にお前達の念願なら、俺は喜んでお前たちを一緒に鎔かし、一体に鍛接してやろうと思う、そうすればお前たちは二人が一人となって、生きている限りは、ただ一人の人間として生を共にし、死んだら、後世の冥府でも二人でなしに一人として生き、死においてもなお結びついていることができるだろう。さあ考えて御覧、これがお前達の希望なのか、またこうなればお前達は満足するのか、」と。(ヘファイストス) 『ソクラテス(と彼は答える)、僕は貴方に反対することができません。あなたの仰っしゃる通りでしょう。』 『いや、むしろ真理に対しては(とソクラテスはいう)、親愛なるアガトンよ、君は反対するができないのだよ。ソクラテスに反対するのは何もむずかしいことではないのだから。』 「さてもし愛が常にそういうものへ向かっているとすれば(と彼女は続けた)、これを追求するに当って愛の名に値するほどの熱心と熾烈な努力をする示す人はどういう途を進みまたどういう行動を採るのでしょうか。それはいったいどういう風な活動なんでしょう?答えられますか。」(ディオティマ) 「生がここまで到達してこそ、親愛なるソクラテスよ(とマンティネィヤの女友達はいった)、美そのものを観るに至ってこそ、人生は生甲斐があるのです、いやしくもどこかで生甲斐があるものならば。」(ディオティマ) 「そんなに自若として彼は味方と敵とに目を配っていた、それでいやしくもこの男に手を触れる者があったら、彼はきわめて手強く防戦するだろうということは、誰にでも―非常に遠方からでも―明らかに看取されるほどであった。」(アルキビヤデス)
0投稿日: 2013.01.01
powered by ブクログ半分くらいからもうついていけなくなった。はじめから2、3人くらいまでの演説者の言っていることはまずまず理解できた
0投稿日: 2012.08.13
powered by ブクログプラトン読破マラソン2冊目。 古本で買ったため漢字が難しすぎてそこで障害あり。 内容としては宴の場に格式者がエロスの神を誰がどれだけ上手く賛美できるか競争をするという設定。 今風に言えば「マジでいい人」とか「美しさそのもの」とか「偉大なる将軍様」とか口当たりのいい言葉が飛び交う中、最後の発表者のソクラテスが「美しさなんて主観的なものだよねwww」と論理的にばっさばっさ切り倒す、そんなエキセントリックな本。だと思う。違うかな?
0投稿日: 2012.06.03
powered by ブクログ「研究発表会」「討論会」を意味する「シンポジウム」という言葉は、古代ギリシャの「饗宴」に由来し、「一緒に酒を飲む」ことを意味しました。古代ギリシャ人にとって、飲み会が研究集会であり、研究集会が飲み会だったのです。 ジョージ・スタイナー曰く「劇作家としてのプラトンは、多くの点でシェイクスピアと互角と言ってもよく、さらに倫理的知性の強度ということになれば、ひとりプラトンの(あるいは双璧としてのダンテを加えてもよいが)独壇場である」「その人物としての厚みと存在感は、フォルスタッフやハムレットやアンナ・カレーニナについてわれわれが経験するところに、それを凌駕するとは言えないまでも、およそ匹敵するのである」。「その人物」というのが、プラトンの師にして、キリスト教以前のヨーロッパ世界における最重要人物と目されるソクラテスそのひとのことなのであります。
1投稿日: 2012.05.27
powered by ブクログ・・・ソクラテスは、最後に立って、そのまえになされた演説者の華麗なエロス讃歌とは対照的に、いつもの対話の方法によって、まずエロスの本質そのものを想定し、そのうえで、巫女ディオティマから聞いたという「廉価井修業の奥義」を物語る。肉体的愛から精神愛へ、さらに美のイデアの感得へと究極してゆく、このソクラテスの話は、深い哲学的真実をひときわ美しく表現している・・・(扉紹介) ディオティマによれば、『エロス(恋)とは、善きものが永遠に自分のものであることを目ざすもの』であるという。不死への欲求から人は肉体的に身ごもるが、それより上位に精神的に身ごもることがあると説いている。法律を産み出す、流麗な音楽を産み出す、荘厳な建築物を産み出す。これらは美徳を産み出している。つまりより偉大なエロスの結果である。
0投稿日: 2012.01.26
powered by ブクログいつか読もうと思って古本で買ったまま積んどいたものをなんとなく読み始めたもの。しかし、疲弊していたからだとこころには予想以上に響いた。 多くの参加者が饗宴のなかでエロス讃歌を披露していくわけだが、最終的にはやはりソクラテス(とデュオニソス=プラトン)をして締められる。古代のものとして舐めているとしたらとんでもない。中でもアンドロギュネスの議論とソクラテスの問答がシビれるほど鋭く、本当におもしろい。これを機にプラトンの他の著作にに手を出したくなる名著だった。必読の一冊!
1投稿日: 2012.01.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
新書購入 対話篇。哲学、神学。 宴の席で、神エロスを賛美しようということになり、何人もの有識者たちが演説する。 プラトンの師、ソクラテスも参加。 少年愛に対する、男に課せられたハードルの高さはボーイズ・ラブに汚れた頭を清めてくれること請け合い(笑) どーも、これって、愛なのだろうけれど、肉を絡めた「子供」で「後輩」、そして常に自分を見つめ、保護しなければならない存在を手に入れた男は、それに見合う者でなければならない、ということのようです。 それこそ、美少年を手に入れるためには、奴隷のようにひれ伏して、手に入れたあとは、王侯貴族か伝説の英雄か名僧侶のごとくに、「清く正しく、勇敢に、そしてさらなる徳を積んで」その美少年に相応しい、男子たるものの御手本でいろと。 ……えー、うーん。めんどうだから、無夜は美少年、いらないや(笑) 弟子(美少年時代の)に誘われたソクラテスは、けれど彼に手を出さなかったという逸話が出てきます。でも、会話のあちらこちらには、その弟子を慈しんでいることが、わかるよーな気がするので、すごいなぁ、普通のボーイズならここでやっちまって…下品ですね、すいません。まあともかく、そんな話です。
0投稿日: 2011.05.28
powered by ブクログ酒を飲みながらソクラテスたちが愛とエロス(キューピッド)を賛美する演説をする。 昔の人間は丸い円形で両性具有だったがゼウスの怒りをかって二つに裂かれた。かつての半身が恋しくて恋をするという話はこれが元だったらしい。 ギリシアについての知識が不足しているのと哲学に慣れていないため難解だった。
0投稿日: 2011.02.21
powered by ブクログ弟子プラトンが師ソクラテスの見事な演説を描いた作品。 宴の場で自慢げに知識をひけらかす者。 その知識が誤っている事を、 誰もがわかるように論破するソクラテス。 独特の言いまわしがいいですね。
0投稿日: 2010.11.04
powered by ブクログエロスとは善への渇望 物質的なものから、非物質的なものへと段階を追って上昇の歩を進める。 「完全なる人生の教育課程をここまで登ったもののみが真に生きたと言える」 愛とは、肉体、心霊、精神の上でも美しいものの中に生産することを求める。 それすなわち、不死を求めるものとも置き換えることができる。
1投稿日: 2010.06.23
powered by ブクログ紀元前400年という遥か昔に、英知を持った賢者に現代の私たちが教えられると言うこの事実。モノの考え方を今一度改めて勉強させられた。人間は何も変わっていない。
1投稿日: 2010.04.07
powered by ブクログ会食の席でのエロス談義。集まったメンバー、一人ずつがめいめいの『エロス』についての持論を披露していき、最後にソクラテスのターン! という物語の流れ。トリを飾るソクラテスのエロス論はまことに見事で、ある国の知識階級女性との対話を引用しつつ語られるが、その女性の言こそがソクラテスの意見を代弁しているものと思われる。内容は以下の通り、 “愛(エロス)とは善きものを永久に所有することを目的としている。ここでは、善きものとは必ずしも美しいものとは限らないし逆もまた然り。愛の目指すものとは、美しいものの中に生殖し、生産することである。ではいったいなぜ生殖を目指すのかというと、生殖が一種の永劫なるもの、不滅なるものだからである。これは、言い換えれば愛の目的は不死ということになる” というのが根底にあって、これを基盤として、肉体の美→精神の美→…美そのものへの渇望(=フィロソフィア/知恵の愛)にまで昇級していく。 心霊に生産慾を持つもの…智見(フロネーシス)やその他あらゆる種類の徳を産出するものは一切の詩人と独創者(ヘウレテイコイ)の名に値するすべての名匠達(デーミウールゴーイ)であり、不朽の勲功と同様の赫々たる名声とのためには人はすべてどんなことでも敢行する、しかも優れた人ほどいっそうそうである、というふうに、肉体の美よりも、美そのものを創造していく精神の美に、より重きを置いているようです。
0投稿日: 2009.08.31
powered by ブクログかの有名なプラトン先生の著作。 倫理の授業で取り上げられてから読みたい読みたいと 思っていて、ついに読んだ作品。 小説、評論などよりも戯曲に近い形で読みやすいです。 美少年アガトンくんのお家で開催された飲み会にて、 集まった男たちがエロスについて語り、賛美すると言う内容。 このエロスに関しては、現代の感覚では驚き、または新鮮なお話がたくさん登場! エロス賛美を順繰りにしていく最後に、ソクラテス大先生がお話を披露。 ところが、最後の最後に酔っ払いのアルキビヤデスが登場してソクラテスが アガトンくんの隣に座っているのに嫉妬。二人に大いに絡み、ついには ソクラテス先生が自分につれなかったのだと過去を暴露。 おいおい、ちょっと待ってくれ、それはマジですか!ってな、お話が楽しめます。 男前かつちょっと不思議ちゃんなソクラテス先生の姿が垣間見れるそんな一冊。 このひろーい世界の、ながーい歴史の中には色々な『愛』の形があるのですね。 そんな『男たちの』愛を是非どうぞ。
1投稿日: 2009.02.15
powered by ブクログ古代人って暇だね…酒のつまみにエロスって、なんだ。 てか、ソクラテス自分の意見を言ってないじゃないか。
0投稿日: 2008.07.29
powered by ブクログエロスとは。。。 面白かったけど、もっと良く理解するために、イリヤスとか、オデュッセィヤとか読んでから再読しようと思う。自己を永遠たらしめたいと欲する人物は生産に向かう。よって女性を愛する。。。?
0投稿日: 2008.07.21
powered by ブクログ饗宴の参加者が一人ひとり順番に「エロス」賛美の演説をしていく。「少年愛」が幾度となく語られているが今ではちょっと考えにくい。当時は一般的で美しい光景だったのだろうか。最後、ソクラテスの演説でこの趣向は一旦締めくくられる。が、その後、泥酔したアルキビアデスが乱入してソクラテスと痴話喧嘩に。そしてドタバタ。面白いと言えば面白い、退屈と言えば退屈だった。
0投稿日: 2008.04.07
powered by ブクログビジネスから最も遠い本から読もう。と、思ってる。 前提としてギリシャ神話を知ってなきゃ読めない本。 愛の神についての論議。 ?美しいもの ?美しさの欠如 ?中間
1投稿日: 2008.03.29
powered by ブクログみんなのヒーロー・ソクラテスの生き様を描く、一大哲学対話絵巻! 古代ギリシャ人ならではのギャグセンスが光る冒頭や、屈強な男同士の切ない恋物語など、ただの難しい本だと思って呼んだら、やけどをするぜ! 実際、さほど難しい本ではなく、愛(エロス)についてソクラテスの仲間達が二日酔いで語らう楽しい本。哲学とか言う単語を頭からほっぽっても、楽しく読める本だと思いますた。 あと、表紙に書いてある文言が、一瞬見ると「ソクラテスたちがエロ話に花を咲かせている」ようにも読み違えたりしそうで、これまたグッと来ます。
1投稿日: 2007.07.31
powered by ブクログたぶんプラトン著作の中でも 最高の質を誇る力作。 宗教的道徳的進歩を信じた ギリシャ思想家の渾身の一冊だろう。 感動します。
1投稿日: 2007.05.31
powered by ブクログ西欧文化の古典中の古典。ソクラテスは、神懸かり的な知力で相手を論破します。エロース論ないし人間論の妙、そして幸福論ともいうべき「美そのもの」に関する洞察等、美しい思索が次々に展開されていきます。
0投稿日: 2006.09.23
powered by ブクログプラトンによる「エロス」論。どうやらプラトンは、最愛の教師ソクラテスに具体的エロスを見出したらしい。最後はソクラテスをしてエロスのなんたるかを語らしめています。そこまでのもっていきかたが上手い。
1投稿日: 2006.07.26
powered by ブクログむ、、難しい! 映画『ヘドウィグ・・』観て、監督が「この本からインスピレーションを・・」とか言ってるのを聞いて、読んだ。
0投稿日: 2006.01.03
powered by ブクログエロス(愛)賛美の演説をソクラテスらが試みる、プラトン対話集で最も有名な書。 古代ギリシャは同性愛の習慣が公然として存在しただけあり、それが当然のごとく言及されているのが興味深い。 特にソクラテスとアルキビヤデスのプラトニックな愛は胸がキュンとくること間違いなし。
0投稿日: 2004.11.21
