
総合評価
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powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読了。残り70頁でようやく白鯨と対決することになる。エイハブは乗組員の生命に対する船長としての責任感を打ち捨てて自分の狂気と傲慢によって船ごと自滅していったようなものだ。そこには、映画『アバター』シリーズに至るまでの自然と文明との対立と文明の敗北というテーマが表れていると思う。しかし、この物語を追うメルヴィルの筆致も、白鯨を追うエイハブと軌を一にするかのごとくに、それは狂気なのか、才気なのかを判別しがたいほどに上下左右に大きく揺れて航行してきた。メルヴィルもエイハブとともに海の底に沈んだのだろうか。
0投稿日: 2026.02.07
powered by ブクログ有名な古典なので展開は分かっていましたが、人物紹介で滅茶苦茶ネタバレしてるのは驚きました。しかし、途中で捕鯨や鯨に関する解説が高頻度で入るので(なんならそっちの方が分量多いのではないかと思うほどです)、むしろ先の展開を知っていたほうがストレスなく読める作品だとは思います。
0投稿日: 2025.09.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
面白かった。 船に乗るまでは語り部として明確にこちらに物語を伝えていたイシュメールの存在(自我というべきか)がいつのまにか消えほとんど三人称の小説のようになっているのに時折思い出したように「わたし」が戻ってくるところなどそれこそまさに浮き上がっては沈む鯨のようで、おそらくはそのような広い意味でも鯨が主人公の小説なのだろうな、と感じた。 序盤の陸上での物語の中のイシュメールとクィークェグの友情(というには描写が濃すぎないかと思ったが、実際同性愛関係として見られている向きもあるらしい)、エイハブの己の狂気を自覚してなお止まらぬ狂気的な復讐心、そしてそれらを全て押し流すように、いとも簡単に何もかもを海に沈めてしまう圧倒的な白い鯨。 いかんせん有名な古典なので事前にオチだけは知ってしまっていた状態で読んだのだが、知っている分余計にそこに向かって行かざるを得なくなるエイハブの恐ろしさやある種強さ、まっすぐさとも言える何かに圧倒されてぞっとしたし、途中の脱線もとい鯨についての数多の考察も含めて最初から決まっている終わりに向かうものとして見ても楽しかった。 とにかく、読む前にこの小説に求めていたものである「圧倒的な力になす術のない人間、その無常感」は得られたので大変満足しています。 最初に求めた以上の様々な発見や楽しみがある、これだから本を買い漁るのがやめられないんだな……自分は…… あとめちゃくちゃ注釈が多くて最初はちょっと引いたのですが、キリスト教や当時の時代背景への知識が薄い人間なので全体への理解にかなり助かりました。挿絵も含め、岩波文庫版、オススメです。 頻出するト書きや大仰な長台詞が個人的にとても良かったので、今の時代に演劇として観られる機会が来るといいな。
0投稿日: 2025.04.13
powered by ブクログhttps://opac.lib.hiroshima-u.ac.jp/webopac/BB01636816
0投稿日: 2025.04.11
powered by ブクログ解説を読んでから、また読み直したくなった。 モービィ・ディックとは何だったのか、それは白人の魂そのものである。普段は大きな姿で悠々と泳ぐ鯨が、一度攻撃されると狡猾で凄まじい反撃に出る… 物語のキーアイテムが実は輪廻の輪の中で繋がっていて、第一章に戻るというのも面白い。思わずポイントの文章を見返してしまう…アクロイド殺し以来の動きをしてしまった。 この小説の良さが分かりきらなかったのか、 モームの『世界十大小説』でも読んで再勉強してこようと思う
0投稿日: 2025.03.15
powered by ブクログモービイ・デックが哀れだ。 何故こんなに漁師達の目の敵にされて、追いかけ回され銛を投げ付けられなければならないのか。 読み終えて、底なしの虚無感に襲われる。 激闘が終わって船長エイハブは死に、白鯨モービイ・デックは多くの銛や絡まる綱を引き摺りながら全身に傷を受け、満身創痍で広い大洋のなかを彷徨う。 怒るモーデイ・ビックの反撃で、エイハブは帰りを待つ若い妻と娘を残してボートと共に海の藻屑と消える。すべてを見届けて語り部となるイシュメール以外、乗組員は皆因縁の死闘に巻き込まれて、それぞれの人生を強制的に遮断される。 ピークオッド号はナンターケットから半年かけて大西洋やインド洋を通り日本沖で漁を重ね、大量の鯨油を積んで赤道直下の決戦場に到着する。 鍛冶屋は銛を研ぎ、エイハブの義足を作り直し、大工は水葬用の棺桶修理もして決戦に備える。途中同じナンターケットのレイチェル号が寄ってきて、船長から白鯨との戦いで行方不明になった息子二人の共同捜索を必死に懇願されるが、エイハブは断り、モーデイ・ビックの追撃を続ける。先を暗示する現象や乗組員の不気味な行動が続くうち、とうとう「仇敵を大洋の囲いに追い込む」。 下巻は95章から135章まで、細切れの短い章建てでキレよく書き連ね、前半の悠長な解説と細部にわたる分析を経て、後半は動的な緊迫感で読者を巻き込み、ともに闘う高揚感を盛り上げる。 最後には荒波のなか白鯨モーデイ・ビックが怒りの形相で読者をも水浸しにする勢いで、真っ逆様に迫って来る。海の総力戦は二人の決闘で天井を打つ。白鯨だけが生き残り、棺桶を浮輪にしたイシュメールを残して船員は皆滅び、船の残骸がどこまでも続く静かな海にたゆたう。 読者を引き込む凄まじい表現力だ。 すべての叙述がリアルで、この死闘に収束すべく構成されている。 マッコウ鯨漁の壮大な叙事詩であり 名作古典の名に恥じない圧倒的な長編大作である。
0投稿日: 2023.09.22
powered by ブクログここまでついてきた読者へのご褒美のような面白さ。恐怖も興奮も無常感も全部載せ。そして相も変わらず怒涛のボリュームでお送りされる鯨の知識知識!読者がエピローグを読み終える度に新たな鯨博士が誕生するのだ。夏休みにおすすめ!爽やかさとは程遠い閉塞感のある海の旅を楽しめる。「閉塞感」と表現してしまったが、『87章、無敵艦隊』のような心温まる章もあるよ!!
1投稿日: 2022.07.30
powered by ブクログ長い活字の海を越え、鯨にも詳しくなり、いよいよ迎えた白鯨との決戦。エイハブ船長の狂気、醸し出される不穏な空気にハラハラさせられるが、最後は思いの外あっさりしているのがこれまた面白い。
0投稿日: 2022.03.15
powered by ブクログついに読み終えた。旧約聖書をなぞらえつつ、白鯨と狂気に満ちた船長エイハブとの闘いを描く壮大な物語。実際の闘いのシーンはごく僅かだが、そこに至るまでの過程、逸話、そして捕鯨にかかる数々の話が散りばめられている。何度か読まないと真に味わえ尽くせないであろう古典。
0投稿日: 2022.01.30
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
1851年 岩波文庫 上・中・下巻 訳 八木敏雄 挿絵 ロックウェル・ ケント NOTE記録 https://note.com/nabechoo/n/ndc9d73c3a6d9 ちょっと期待値高めだったせいか、結局のとこ、思ったより面白いものではなかった。あとがきに、「知的ごった煮」「つぎはぎの構成」といった表現の言葉があった。それはそれで興味深いのだけれど、実際読んでると、個人的には興味を持てない、そういう部分が多く、微妙な感じ。こっちとしては、単純に海洋冒険、白鯨との戦いなんかに期待していたので残念。すごい知識量だと思うし、ユニークな文章や素敵な言葉もあったけど、そんなに良い作品だと感じなかった。 【下巻】(約400ページ)王には頭、女王には尾、仏・バラのつぼみ号、竜涎香、見捨てられそうピップ、ダブロン金貨、英・サミュエル・エンダビー号の片腕船長の白鯨の話、鯨のあれこれ、エイハブと大工、エイハブとスターバック、クイークェグ熱病からの復活、太平洋へ、鍛冶屋、日本沖漁場、バチェラー(独身)号、台風・嵐・雷鳴・稲妻、スターバック天使と悪魔、船員落ちて沈む、レイチェル号、白鯨情報、デライト(歓喜)号、追跡—第一日→ついに白鯨発見!エイハブ、モービィ・ディック登場!完敗、追跡—第二日→白鯨再発見、再戦!完敗、追跡—三日→三度目の正直!完敗・船沈没、モービィ・ディック去る、エピローグ、イシュメール生還、終。(始めに戻る?)
0投稿日: 2021.12.02
powered by ブクログ岩波文庫中巻、登場人物紹介の欄におもいっきり結末のネタバレ書いてあってワロタ。 週間少年「」のインタビューで藤子不二雄Aさんが絶賛していたので、あの人を作った本だと思うと感慨深かった。
0投稿日: 2021.09.02
powered by ブクログ鯨のことを知ることはできた。 その他には人種や宗教に関する尊重というのか受け入れというのか。 しかし全体としてこの小説と言えばいいのか語りと言うのかをどう捉えたらいいものか分かりかねている。
0投稿日: 2020.11.21
powered by ブクログ【白鯨】 後学のためになんとなく読んでしまう、教養読書シリーズ。 エイハブ船長が私怨を晴らすため、モービィ・ディックを捕らえるための航海に出る。捕鯨船乗組員たちは興味ないが、だんだんと船長の狂気に巻き込まれていくことに。 古い本て行動や心情の変化を(現代の視点で見ると?)無駄に細かく描写するとこあると思ってて、この本も例に漏れず同じ書き方。しかも捕鯨や鯨に関するミニ知識の章がかなりの頻度で現れては、物語の加速感をブッツリ。断ち切るんだけど、物語よりそちらの方が面白かったりして何読んでるか分かんなくなる読書だった。 #読書 #小説 #世界の十大小説 #岩波文庫
1投稿日: 2020.02.12
powered by ブクログついにモービィ・ディックと対決!となるのだが意外とあっけなく終わった。ピークオッド号は、海上でいろんな船に出会っているけど、解説でその内容を振り返っていて、面白かった。
0投稿日: 2020.02.11
powered by ブクログようやく読み終わりました。いやー、長かった… …というか、これ、名作なんですかね??正直よく分かりません。もちろん、背景には宗教的な含意があったり、また、白鯨はまさに「白人」の集合的象徴であり、船の乗組員たちは「アメリカ合衆国」の縮図的象徴である等、色々な解釈があり得、深読みができるようですが、体裁的にはまさに大作の「奇書」。何なんでしょうね、これは…
0投稿日: 2019.10.20
powered by ブクログ下巻 そろそろモービィ・ディックを追いかけないと最終巻だよ!…などという読者の思いはどこへ吹く風、相変わらずの鯨語り(笑)。 上中巻でさんざん鯨語りしたから下巻では物語が進むかと思ったら、まだまだ作者は語り足りなかったらしいく、もっと語るぞ!という決意表明?までしている。 「わたしは鯨に関する研究に労を惜しまない人間だ。わたしは鯨のもっと深い所を読者にお目に掛けよう。ところでイシュメールよ、一介のボート漕ぎにすぎないお前がそんなことができるのかね?」などと自問自答しているし、「鯨の血液内の細胞さえ見逃さないぞ!」「壮大な本を書くためには壮大な主題を選ばねばならない、それが鯨だ!」「鯨を考古学化石学地学的に考えるんだ!その思想が及ぶあまりの広範囲無限性に気が遠くなりそうだ」などと目標が大きすぎるんだかやり過ぎなんだかよく分からなくなってきている(笑) 多様される比喩隠喩などは後書の解説を頼りながら読み進める。この解説がかなり詳しい。本文でメルヴィルが鯨をあらゆる角度から鯨を調べて読者に語ろうとしているように、解説者は「白鯨」という作品自体を分析して読者に示そうとしている。 この解説によると、「白鯨」はメルヴィルが書いては出版社に送り、すぐ印刷に掛け、売り出さらた、ということ。 ということはあの鯨語りはほぼ推敲無しの書き下ろしか、すごいな。たまに辻褄が合わなかったり、結末がはっきりしないことがあるも、推敲無しならしょうがあるまい。 ピークォド号は日本近海にも来たらしい。「閉ざされた国日本」となんだそうだ。このころ日本は鎖国中なんだからしょーがないじゃん。アメリカはこの後油を取るための捕鯨船の補給場所として日本に開国を迫るわけですね。 なお、日本列島のことが「ニホン・マツマイ・シコケ」と記載されていた。解説だと「本州・北海道・四国」のことだそうだ。ということは「マツマイ」って松前藩か!そして九州は地図に無いのか?! ピークオッド号は相変わらず白鯨モービィ・ディックに執念を燃やすエイハブ船長とそれに従わざるを得ない船員達。 第一航海士で良識派のスターバックはたまりかねてエイハブ船長殺害を目論んだりする。しかしスターバックは引き金を弾けない。 スターバックにはエイハブに「私にではなく、あなた自身に気を付けなさい」などと警告を送る。 エイハブはその言葉を噛み締め、自分には白鯨を追う以外の人生もあるのかと迷ったりもする。そんなエイハブをさらに人間の情で説得しようとするスターバック。 しかしエイハブをエイハブたらしめているのはやはりモービィ・ディックへの執念であった。 ピークオッド号と行き会う船として、他の船の話も出てくる。 ユングフラフ号は、鯨が取れずに自船の灯油さえ全くなくなり、ピークオッド号に無心に来る。この船の船長は俗物として書かれている。 サミュエル・エンダビー号の船長は、白鯨のせいで腕を失くし、鯨の骨で義手を作っている。義足のエイハブとは、義手と義足で握手を交わした。ただしエイハブ船長とは違い、白鯨モビー・ディック個体への復讐心は全くない。 レイチェル号との出逢いは印象的。エイハブが「白鯨を見たか?」と問うと「見た。そちらは漂流中の捕鯨ボートを見たか?」と問い返してくる。モービィ・ディックを拿捕しようとして行方不明となったその救命ボートには船長の息子が乗っているという。協力を求めるレイチェル号に対してエイハブは冷たく言い放つ。「わたしはモービィ・ディックを追うことが目的だ。今こうしていることすら時間を無駄にしている」 ついにピークオッド号は白鯨モービィ・ディックに追いつき、3日間に渡る死闘が行われる。 エイハブ船長は、最後まで自分を説得しようとするスターバックの心の気高さを認めて「自分と心中することはない」とピークオッド号に残し、自分はボートに乗りこむ。エイハブが持つのは、3人の異国人銛打ち達の血を浸したという特別作りの銛。 年老いて人間たちに銛を打たれ続けてさすがに衰えを見せるモービィ・ディックは、鯨でありながらもピークオッド号に攻撃の意思をもって迫ってくる。 引き裂かれるボート、折られる船の柱、打ち破られる船首。 銛に付けられた紐がエイハブ船長を海へと引きずり込み、スターバックたちの乗るピークオッド号本船も… …原作はあんがいあっさりしている。昔見たグレゴリー・ペックの映画では、白鯨から船員たちを死に向かい手招きするエイハブ船長の姿、主要人物の最期の描写などかなり劇的だったんだけどな。 劇は終わりぬ。では何故にここに登場する者がいるのか?-ただひとり難を逃れて生還せし者がいたが故なり。 ピークオッド号と白鯨モービィ・ディックの闘いの一部始終を見て、それが終わった後にこうして語っているイシュメールが助かったのは、かつて熱病を発した”心の友、高貴なる野蛮人”クイークエグが死期を悟って作らせた棺桶をボート代わりにして海を漂い、二日後に漂流者として助けられたからであった。
10投稿日: 2019.08.08
powered by ブクログ長い小説の最後の巻になる。読みにくいとは聞いていたが、そんなことも感じなく楽しく読めた。人によるのだと思うが、スリリングなところもあるし面白かった。 下巻ではついにモービィ・ディックが姿を現わす。場所は日本から南東に行ったところだ。エイハブは白鯨用にモリを作らせた。そのモリには馬の蹄鉄に使っていた釘を溶かして、最高級の鋼を使った。そしてクイークェグら異教徒3人を血を使って焼き入れをした。伝説の剣を作るかのようなシーンだ。 クイークェグは熱病にかかり自分の棺桶を作らせる。すぐに治ってしまうが、その棺桶はピークォド号の唯一の生き残りであるイシュメールが乗ることになる。あっさりとした最後で、驚く前に通り過ぎてしまう。元々はこのエピローグは無かったようだが、物語の円環を表す重要なシーンだ。 ピップが狂い、フェダラーは何かを見通しているようで、エイハブは偏執的に白鯨を追いかけていく。エイハブを止めようとしていたスターバックも、エイハブの狂気にか魂にか触れて、エイハブを尊崇する。一番心変わりしたのがスターバックかもしれない。 白鯨との最後の戦いは3日に渡って行われる。何回挑んでも船を壊されたり、投げ飛ばされたりする。エイハブは自分が船に乗り込み、モリを打ち込もうとするが、そのモリも落としてしまい、最後には海の中へ消えて行く。あまりにあっさりとした終わり方だが、現実とはそんなものだし、神話もそんなものだ。 全てを語るには理解もしていないが、気になるシーンは非常に多い。だが、そのシーンが何を表しているのかが分からないのがもどかしい。古典とは様々な読み方ができる本で、人それぞれの読み方があるのだと思うが、それでも素人には答えが分からない。なんだが凄いなという感想しかない。見なくても面白いが、プロの本読みの評論を見てみたほうが、楽しさが増す本だと思う。 下巻でもMGSとの関わりを書いていきたい。 まず気になったのは日本の近くで台風に襲われて、雷が轟く中でのエイハブの語りだ。 「わしのなかには、汝とおなじく、言語を絶し、場所を絶した力がある、と わしは言わなかったか? その力はまだわしからもぎ取られてはおらん。こ の環から手をはなし手もおらん。汝はわしの目を見えなくすることはできて も、わしが手探りであるくのをとどめることはできん。汝はわしを焼きつく すことはできても、灰はのこる。その不憫な目や、それを押さえる手を、汝 はさげすむことができる。だが、わしは降参せんぞ。稲妻はわしの頭蓋骨を 貫通し、わしの眼球はうずきにうずく。雷に打たれたわしの脳はまるで首を はねられ、そこいらに唖然と転がっているような感じがする。おお、おお、 なんたることだ! だが、目はくらまされても、何時に話しかけることはや めんぞ。汝は光であるとはいえ、闇から飛び出してきたものにすぎぬ。だが 、わしは光から、つまり汝から飛び出してきた闇だ!」 p.250 上巻で書いた通り、エイハブ=カズであればこのシーンは誰に向かって語っているものだろうか。光とはビッグ・ボスか。それならそこから生まれてきたのが闇となったカズで、そこまで自分を卑下しているのなら、ビッグ・ボスに恨みを持っていてもおかしくない。つまり5のラストでビッグ・ボスをうつという発言も分かる。 次の考察は、白鯨が出版されたときにイギリス版ではエピローグが無かったということだ。その後にアメリカ版で書き足されたのか、元からあったのかは分からない。ただ、このエピローグがあるとないとでは大きな違いがある。エピローグは2ページしかないが、クイークェグの棺桶でイシュメールが助かるということが分かる。解説では、ここでイシュメールが助かって、上巻の最初に戻るということをいっている。つまり、円環の物語であり、白鯨の世界は繰り返されるのである。 MGS5でボートというとエメリッヒのことを思い出す。イシュメールが乗ったボートはデウス・エクス・マキナで、無理矢理に世界を円にしたことになる。ヒューイはあの後に生き残って、何をしたのだろうか。カズが言った通りに、有る事無い事べらべらと話して回ったのか。小島監督はそれで世界が繋がると思ったのか。確かにエメリッヒがあそこで抜け出して、ハルやエマと暮らすのだから、もしMGSの次があるのなら話の種は巻かれたことになる。世界を広げるためのボートだった、と考えると面白い。 エピローグがあるとかないとかで一番に頭に浮かぶのは、MGS5で特典としてついてきた蠅の王だろう。あれを公開した事でMGS5は未完成だと問題になった。白鯨において、エピローグがないと話が最初に繋がらなくなる。永遠に回っていく物語はならなくなる。だが、MGS5ではエピローグを作らない事で、何回も出てくるワードである空白を作ることで、プレイヤーがそこに入り、英雄となって物語を回していくということが可能になる。だから小島監督に未完成じゃないかと怒ると、「未完成だから完成なんやん」と返ってくるかもしれない。エピローグをちゃんと作らないのも、特典に追加して荒れるのも、全ては策略で、未完成というのを知らしめるための仕組みかもしれない。 イシュメールはビッグ・ボスで、ビッグ・ボスはプレイヤーになって、プレイヤーはイシュメールになって空白を埋める。物語を話して作って、世界を回していく。
0投稿日: 2019.05.27
powered by ブクログ2ヶ月かかった。この本に出会わなければ、私が鯨や捕鯨船に興味をもつことはまずなかっただろう。メルヴィルの描写の力強さ。白鯨を追ったエイハブ船長、スターバック、スタッブといった航海士、クイークェグの生き方から、私は何を感じるべきなのか。今はまだ圧倒されるばかりで。死をも恐れずに突き進み、生ききった男エイハブ。こんな肯定的な見方をすべきではないのだろうけど、それも1つの生き方だ。私は何にこの命を捧げよう。何に対してなら、豪雨にも消せない燃え上がる情熱を生み出すことができるだろう。 白鯨には、聖書の引用や世界中の名称が数多く登場する。私はまだまだ世界を知らなすぎる。自分の目で、耳で、肌で感じたい。そしてもう一度この物語を読んでみたい。
5投稿日: 2019.04.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
クジラが好きになるような方向性はないとは思うけど、クジラの柄のついた手ぬぐいとか見たら、買おうかしらと思ってしまう。 クジラ、船、捕鯨の知識、幾人かの登場人物についてピックアップしたエピソード。 話があっちこっち飛んで、「このトークいる〜?」っていうのも多かったけど、全体的には楽しめた。 エイハブvsモービィ・ディック。ひたすら白鯨を追う。 ボートに乗って銛で突いてって、大きな鯨にそれでいいの?って。命がけ。 戦いの時は壮大な迫力ある映像が浮かぶ。 最後に悲惨な生き残りの戦いはなく(捕鯨において、生き残った者同士が食べる事件が実際にあった)最後は語り手一人イシュメールのみだったから丸く収まったというか。
0投稿日: 2018.06.15
powered by ブクログ読むのに疲れて最後の方は読み飛ばししてしまいました。 メルヴィルの思考が深まっていく感じはありましたがぼくにはまだ理解できませんでした
0投稿日: 2016.06.17
powered by ブクログ2年越しでようやく完読。 それにしても、上・中・下の3巻に渡る本にしては、読みごたえ無かった。 まず、漢字が読めない、意味が適切に理解出来ない。船のパーツの名称を知らないので視覚化が出来ない。そして、多くの箇所で、何を言ってるのかさっぱり分からなくなる所や、描かれている登場人物の心理変化の根拠についていけない。 挙げ句の果てに、終わりが来たから終わるみたいな終焉。今までの長々としたストーリーは何だったのか?
0投稿日: 2016.03.15
powered by ブクログ白鯨が姿を現し、エイハブ船長以下乗組員と壮絶な格闘シーンがこれでもかと言うほど続くものと期待していた私にとっては正直物足りないクライマックスでした。前置きが長すぎて、肩透かしにあった感じ。巻末の解説の物語学的構造にはびっくり。テキストとしてそれ程の魅力を内包しているのだろうか、私にはこのような読解はまったく大げさ過ぎるような気がしました。
0投稿日: 2015.01.31
powered by ブクログずっと敬遠してきた本ですが、ブラッドベリの『緑の影、白い鯨』を読んだのを機に、チャレンジしてみることに。 あまりに分厚いので読み通せるか心配になったけど、なかなか読めない理由はそこじゃなかった。話の途中で、とつぜん鯨に関する記述が延々と始ったり、真面目に読もうとすると根気が続かない。そういうところは読み飛ばし、本筋だけを追っていくという邪道な読み方になってしまいましたが、おかげでなんとか、息詰まるラストまでたどり着くことができました。 最初から不吉な予感につきまとわれた死の船に君臨するエイハブ船長のキャラクターがとにかく圧倒的。そのすさまじい死にざまは、まるで映画を見るように目に浮かびます。そして初めて、スターバックスの店名が不運な航海長に由来していることを知ったよ・・・でもなんでそんな名前を店に?
0投稿日: 2014.09.07
powered by ブクログ[配架場所]2F展示 [請求記号]B-933/Me37/3 [資料番号]2004111488、2004111489
0投稿日: 2014.04.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ラストシーンで思い出したのはジョジョの一部のラスト、あのシーンも棺桶で生かされるというメタファーがとても印象に残っていたのですが、この白鯨もそのような暗喩がありました。 しかもその棺桶は主人公の親友のクイークェグのもの。 分厚い三冊の上中下の冒険の物語は、終盤突然白鯨とぶつかり、あっさりと終わってしまいました。 粗削りな男が書いた男の物語なんだけど、どこかねちっこい感じが離れないなあ、と思っていたのですが、解説でイギリスではエピローグがない白鯨が発売されたと書いてあり、あの二ページのエピローグがなかった場合の事を考えた。 エイハブの怨念、鯨学、不吉な予兆、水夫たちのやりとり、重みを感じる長いページの末に船が沈没したところで終えるのも男らしくていいのかもしれない。滲み出る女々しさを払しょくしてくれる潔さがあるように思える。 三冊読み終えて、あの鯨の雑学やページ数を考えると、とてもすらすらと読めたように思えます。 偏に目標がしっかりと定まっていたからだと思います。 エイハブの怨念、そして白鯨への憎悪。これがこの物語の全てと言ってもいいと思うくらい。 エピローグ。棺桶で漂流したイシュメールはレイチェル号の息子への女々しい希望によって助けられた。 男らしい物語だと今まで思っていたのですが、実際は違うのかなと読み終えて感じました。
1投稿日: 2013.09.21
powered by ブクログ自らの教養の無さ・理解力の欠如に起因するこの豊饒な作品への理解不足によって★を一つ下げただけで、この作品には★を幾つ付けても足りない。 単にストーリーを語って読ませる今時の小説ではなく、ヨーロッパ文化が多面的に発現した学術書として真摯に対峙すべきだと思う。 物語を紡いでいる気は作者自身も毛頭ないだろうことは、唐突かつ延々と続く「鯨学」の披露でも明らか。 鯨を人間の業の象徴と見立てた様々な角度からの「文明」考察と見るのが正解だろう。 しかしこの作品がヨーロッパではないヨーロッパ系の国アメリカから生み出されたことは奇跡なんだろうな。
3投稿日: 2013.02.01
powered by ブクログ傑作、というよりは力作、大作の部類。 直すべき点がどこにもない完璧な作品ではなく、そんな点は数え切れないほどあるがそんなことはどうでもよくなる作品。
0投稿日: 2011.11.05
powered by ブクログ重厚で壮大な長編小説が読みたいと思って,白鯨に挑戦してみた。 1巻の表紙をめくって,ピークオット号の航路と主要人物紹介を見たところ,航海の顛末がすべて明らかにされてしまっているではないかっ!若干ゲンナリしつつも,気合いで読み進める。 個性的な登場人物の長ゼリフ(たいがい意味不明),鯨の生態に関する解説(古すぎて学術的価値が不明),捕鯨活動の詳細な描写(情景を思い描くことは困難)で埋め尽くされた3冊。これを31歳で書き上げた著者は凄いと思うけど,いかんせん読むのは苦痛。 そのくせ,ラスボスとの戦いは,それまでの1000ページを軽く超す前振りに比べると,けっこうあっさり敗北し,唐突に物語終了。なんだかなあ…。でも,読後の達成感は半端なかったので星3つ。
0投稿日: 2011.09.17
powered by ブクログエイハブは異教の神々を崇拝し、神を冒涜した罪で、また拝火教の神官により生贄として滅ぼされた。様々な人種の異教徒たち、狂った黒人の少年、不気味な拝火教徒、狡猾で悪魔的な白鯨はダゴンや深き者どもを彷彿とさせる。 モービィ・ディックはレビヤンタンを狩る人間への神の罰でもあるのだろう。運命の輪が回されエイハブと船は終末に向けて突き進んでいく。最期の場面で海上にハンマーを握りしめた突き出した手がトウゾクカモメをマストに打ちつけるのが印象的だった。
0投稿日: 2011.04.21
powered by ブクログ先日の海底二万里もそうだったが、150年前(明治維新前!)の小説ということで、見事に古びてしまっている小説。 いまさら鯨について語られても新味はないし、開陳される知識も古びているし、こうなりゃ物語としての面白さを味わうしかないのだが、特に波乱万丈の物語というわけでもない。 子供向けにリライトされて短い物語にしてくれたものの方がよほど出来がいいように思えるのだが、どうだろう。 ただ、今回、読み通してみて驚いたことが一つ。 私の記憶では、エイハブ船長は自ら白鯨に放った銛につながった縄に絡まり、モービィ・ディックに磔になったまま溺れ死んでしまう。そしてモービィ・ディックが海上に姿を現すと、まるで生き残ったものを誘うかのように手だけが揺れている。というものだと思っていたのだが、全然違っていた。 モービィ・ディックに絡めとられるのはエイハブ船長に従う得体の知れない男であり、そいつは手をブラブラさせることもなく、海に没した後、何の記述もない。 エイハブ船長は捕鯨ボートの他の乗組員が知らない間に縄が首に絡まったまま海に引きずり込まれて退場し、これまた再登場することなく、その後に何の記述もない。 このあっけなさは何?まるでアメリカン・ニューシネマ状態ですが...。 それともディレーニィみたいに、印象的なラストを書くと中身が目立たなくなるから、わざとあっけなくした? 良く分かりません。 とりあえず、日本人なら誰でも知っているけど、ちゃんと読んだことのない作品の一つは、海底二万里に続いて制覇した。 しかし、150年前はマッコウ鯨って死ぬほど憎まれていたのがよく分かりました。
0投稿日: 2005.05.07
