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柿の種
柿の種
寺田寅彦/岩波書店
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総合評価

56件)
4.2
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17
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    寺田寅彦は、本書カバー記載の紹介文によると、日常の中の不思議を研究した物理学者らしい。池内了の解説にもあるが、日記の断片とようなものを集めたものが本書のようだ。 印象には残ったのは次の2箇所。『祖先の声から出直さなければならない』『花を咲かせないで適当に貧乏しながら適当に働く。平凡だが、長生きの道はこれ以外にない』 変化が激しい時代でも変わらない何かを探している。日本という国の中で、長い時間をかけて洗練された知恵・歴史の叡智を探究してみたい。そこに拠り所があれば良いのだが。

    0
    投稿日: 2025.10.05
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    物理学者の短文集なのでどうかなぁと思っていたら、これが結構面白い。癖になる。はぁなるほどなと思うものもいくつかあったのでまたゆっくり再読しよう。

    0
    投稿日: 2025.04.25
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    物理学者で随筆家である著者の176の短文集。 戦前の暮らしの空気感や現代も変わらない人間の営みに関する分析や思いが描かれており、大変面白かった。物理学者ならではのエピソードもあり、やはり物事に対する視点が専門家らしいなと思った。

    5
    投稿日: 2024.12.07
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    随筆だと思っていたのだが、読んでみるとそれよりも短い掌編が多く、箴言集のような趣もあるし、軽いスケッチのような感じもする。なんとも言えないユーモアが楽しめる。

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    投稿日: 2024.11.13
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    大正時代の終わり頃から亡くなる直前の昭和10年までの間に、小冊子の巻頭に載せた短文集。エッセイと言えばエッセイなんだけど、随筆という方がしっくりくる。巻末の解説が寺田寅彦のイメージをうまく説明しており、納得がいく。日常の情景(この人はいろいろなところで昼ご飯を食べるが、そういう時にふと視界に入ったもの)に対していろいろな想像を働かせ、それを一般化したうえで人間社会の矛盾や科学技術の行き過ぎた進歩などに対して素朴な疑問を呈する。そこが科学者でありながら、とても人間臭くて読む人の心を打つのだろう。

    0
    投稿日: 2024.06.11
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    このレビューはネタバレを含みます。

    本と対話しながら感想を書いてました。それをそのまま転記します。ネタバレ注意です。 ・寺田寅彦、夏目漱石の弟子。物理学者。 ・一発目の「土の善し悪し」で、今と昔も環境に左右されるのは変わらねえんだなと思った。 ・一節目からこの世の真理というか、当然の事をズバッと示された。共感する。日常と詞歌の間にはガラスがあるのみ。ただし穴が空いている。誰でもやろうと思えば通れる穴。通り抜けているうちに(触れているうちに)穴は大きくなり何時でも行き来できる。これはなんにでも当てはまる。俺だってギター弾かなくなったら下手くそになるし。 ・p14,スッポンが鳴いた話好き。固定観念に囚われている人々を表現できている。何が証明されていて、何が証明されていないから結論はこうだ!と言える人になりたいなあ。 ・p18,犬のあくび新聞。俺にもあくびが移った。 ・p20,人と自然の間には、想像もできないような関係があるかもしれない。それはまさにその通り。所詮、学問を完璧に完成させることは人類滅亡までには不可能なのではないかと考えてしまう。不完全な学問を前提に生活しているのが我々。一方で、理論に基づいて機械等は動くからそれでいいじゃんとも思える。 ・p21,巻雲はスースー雲。その通り。巻かれてないもん。スースーしとるもんな。 ・p25,身の回りの些細な変化でさえ恐怖になる。共感する。俺親知らず抜いた時同じことを思った。ただこいつは俺より気にしすぎな人だったらしい。文末の「坊主になった」は、髪型の変化を嫌って意図的に坊主にしたのか?それか気にしすぎて病んで病気になった?割と好きな詞かも。 ・p27,「非音楽的な耳」と決めつけるのはどうなのw そういう曲が存在するのは知っている。それもまた何か意図があって作曲された曲と思うし、ピアニストとしてそれを表現したかった可能性もあるんじゃないか?もしくは非音楽的な耳の持ち主で、ただ記録更新したかっただけかもしれないね。 ・p28,共感しかない。確かに目は閉じることができるが耳は閉じれない。鼻もそう。どんな進化を経た結果なんだ?生まれた瞬間からその状態。ただ、目が閉じられない状況もあるよねと突っ込んでしまったが、そういう話をしたいんじゃないんだろうからスルー。 ・p29,宗教と科学の話。調べたところ、宗教は脳死で何かを信仰しているらしい。だから理不尽で筋の通らない言い訳をして戦争なんか始まるんや。てっきり、宗教の起源は科学と思っていたが、違うらしい。例えば、火を神とするゾロアスター教?アヴェスター?なんか、火起こしは科学やろ!なんて思ってしまうのだが…当時は科学が発展してなかったからしゃーないんかね?2024年に生きてるから昔の価値観は分からん! 宗教なんて今では戦争するためのツールにしかなってない気がする。科学の檻にぶち込んどかないとダメなんじゃない?要は寺田寅彦に同意する。 ・美術評論家の点数付けの話、1+1は2という世界しかないと思い込んでいるヤツらの話。例えば、ベクトルは向きによって0-2の値を取るので1+1は2という考えは安直だ。固定観念に囚われているという話をしたいと思うのだが、寺田自信でその後(前か?)、俳句を例に、俳句のルールがあり、それに従ったものは俳句になる。従わなければ俳句ではない何かになる、と言っている。あくまで「美術評論」というものになるために1+1は2を使っているのであって、もしかしたら彼らも固定観念に囚われている訳では無いのかもしれない。ルールに縛られた評論家と作者の対話ではないか? ・p103,人形のような人の話。自分の意見(心)を宿さないと人形と同じという意図と捉えた。社会人になると、今までの自分を振り返ると心に突き刺さる。以下に「誰かの言いなり」だったかを痛感させられた。ただ今はどうであろうか?今は「これがやりたい」「こうあるべきでは?」等の自分なりの考えをやっと持てて来た気がする。人形から人になりつつあるのだろうか。そう願いたい。 ・p219,個人的に好きな詩。仕事に忙殺されて、帰宅する際に幸せを感じることがあるだろうか?あるならそれは幸せなことで、社会人から一個人にしっかり戻れている証拠かもしれない。経験上、社会人のまま帰宅し、社会人のまま風呂飯を済ませる。寝るまで社会人かもしれない。なんと不幸なことかと今思う。幸せは色んなところに転がっているはずなのに、それを見つけることが出来ない。それは、土曜日と日曜の夕方まで社会人として生きているからなのでは無いだろうか?

    0
    投稿日: 2024.03.25
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    物理学者にして文学者、さらには音楽家だったという寺田寅彦のマルチな才能を垣間見ることができた。 自然現象や、動物の生態、人の行動特性とか、身の回りで生じていることへの観察眼が多角的で冴えている。 師匠の夏目漱石同様、猫が好きだったみたいで、可愛らしい側面も垣間見える。 晩年は、日々病に蝕まれるなかで、人間の身体について淡々と描き続けていた様子が分かった。 当時は、自由に海外旅行へ行ったり、インターネットで情報収集したりできない時代だったが、寺田氏は視野が広くて自由な発想を持ち、時には婉曲的に、ソフトに社会を批判していたのだろう。 他の随筆集も読んでみたい。

    16
    投稿日: 2023.10.31
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    物理学者であり俳人の寺田寅彦による、余所行きではない散文集。夏目漱石の門下であったということは知っていましたが、氏の文章に触れることは初めてだと思います。生活の中の何気ない出来ごとが綴られ、それが現在にも通じるところが多々あり興味深い。 印象に残った一文。「眼は、いつでも思ったこ時にすぐ閉じることができるようにできている。しかし、耳のほうは、自分では自分を閉じることができないようにできている。なぜだろう。」(p28)

    0
    投稿日: 2022.11.08
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    科学者らしい慎重さと緻密さをもって描かれた随筆。 科学と人間の奥底にある精神を結びつけて考えるアプローチは、わたしも大切にしたい。

    0
    投稿日: 2022.09.21
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    寺田寅彦が俳句雑誌「渋柿」に載せた短文を集めた「柿の種」「橡の実」からの176篇をまとめたもの。随筆の名手の、さらに短い文章が、寺田寅彦の心境、想いを、より深く伝えているようで、興味深く読みました。

    0
    投稿日: 2022.09.04
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    物理学者とは思えない情緒豊かな作者の100年前の日常。随筆というのか散文というのか、短い文章の中に当時の思索や出来ごとが簡潔に描かれていて、そこに去来する感情に共感するところが多く、とても身近に感じた。 大正から昭和の始めにかけての「今」がここにある。

    2
    投稿日: 2021.05.27
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    “くだらない人間や、あるいはきわめていけない人間の書いたものでも後世を益することはある。たとえそれがどんなうそでも詐りでも、それでもやはり人間のうそや詐りの「組織」を研究するものの研究資料としての標本になりうる。ただしそれが「詐らざるうそ」「腹から出たうそ」でなくいと困るかもしれない。 とは言うものの、「詐りのうそ」でも結局それがほんとうに活きていた人間の所産である限り、やはりそれはそれとして標本として役立つかもしれない。 全く役に立たない人間になる、ということほどむつかしいことはないかもしれない。”(p.251)

    0
    投稿日: 2021.04.18
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    20201218 科学者の随筆。らしくなさが読んでいて考えさせられた。科学をどう利用するかが大事と言われればわかるが科学を使う大義を誰がどのように判断するのか今そこを考える時期なのだと思う。

    0
    投稿日: 2020.12.19
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    短文の随筆がまとめられた本。 数行〜2ページ程の短文たちは、まるでSNSの呟きを読んでいるような心地になる。 寺田氏の視点から紡がれる日常や自然は独特で新鮮でもあり、それと同時に現代の私から見ても共感する部分があった。 街をぶらぶら歩きながら、ぼんやりと考え事をしたくなるような本だった。

    2
    投稿日: 2020.12.07
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    烏兎の庭 第六部 10.22.20 http://www5e.biglobe.ne.jp/~utouto/uto06/diary/d2010.html#1022

    0
    投稿日: 2020.10.20
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    10/26は柿の日 物理学者で随筆の名手としても知られる寺田寅彦の短文集。 著者の願いが込められている一冊!

    1
    投稿日: 2019.10.30
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    「学者であって、しかも同時に人間であることがいかにむつかしいものかということをつくづく考えさせられ」たりする、情緒ある科学者の随筆。蟹を持つ男の息子や島田を結う娘、庭の花壇の栄枯盛衰などなど、日常に思いを寄せている。「なるべく心の忙しくない、ゆっくりとした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたい」という著者の願いがしみじみ伝わってくる。昭和初期(1933年)に書いているというのも、歴史を振り返れば皮肉でもあり、また永遠でもある。

    0
    投稿日: 2019.09.09
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    "日々の日常をつづったエッセイ。寺田寅彦さんの偉業は何も知らないが、感性を大切に日々を過ごしていたことがわかる。 自然の畏怖を感じることのできる心がある科学者であったことがよくわかる一冊。"

    0
    投稿日: 2018.11.25
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    こうやって毎日の中で書き溜めたものを、まとめて本にできるなんて、いいなぁ これ読んだ限りでは、人間を50タイプに分けたとしても、わたしは寺田さんと同じ部類に入る気がする、似てると思う

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    投稿日: 2018.03.19
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    寺田寅彦随筆集に比べ、より短く手軽に読めるエッセイを集めた一冊だと思われる。 忙しい現代の人向け、なのかもしれないが、寺田寅彦の一番カッコいいところも薄まってしまっているので、もし人に最初に勧めるならこれではなく随筆集の方にしようと思う。

    1
    投稿日: 2017.01.01
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     とても些細な日常を、人間として、また科学者としての視点で切り取ると、こうも面白かったり感慨深かったりするのだなぁと気づかされた。それと同時に、自分はたくさんのことを見落としながら生きているだろうということが勿体無く感じる。また、解説でおっしゃっている、科学は些細な日常から始まる、というお話にもなるほどと思わせられた。そして関東大震災の後の随筆は、東日本大震災後の現代日本でリアルタイムに書かれたと錯覚しそうなくらい、現代にも通じているような気がする。

    0
    投稿日: 2015.12.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

     猫が居眠りをするということを、つい近ころ発見した。  其の様子が人間の居眠りのさまに実によく似ている。 人間はいくら年を取っても、やはり時々は何かしら発見をする機会はあるものと見える。 これだけは心強いことである。(p.38) 崩れ落ちた工場の廃墟に咲き出した、名も知らぬ雑草の花を見た時には思わず涙が出た。(関東大震災後の手記)(p.69) 考えてみると、日本のようなくにでは、少しずつ、なしくずしに小仕掛けの地震を連発しているが、現在までのところで安全のように思われている他の国では、存外三千年に一度か五千年に一度か、想像もできないような大地震が一度に襲って来て、一国が全滅するような事が起こりはしないか。 これを過去の実例に徴するためには、人類の歴史はあまりに短い。 その三千年目か、五千年目は明日にも来るかもしれない。 その時には、その国の人々は、地震国日本をうらやむかもしれない。(pp.78-9) この広い日本の、この広い東京の、この片すみの、きまった位置に、自分の家という、ちゃんときまった住み家があり、そこには、自分と特別な関係にある人々が住んでいて、そこへ、今自分は、さも当然のことらしく帰って来るのである。 しかし、これはなんという偶然なことであろう。 この家、この家族が、はたしていつまでここに在るのだろう。 ある日、一日留守にして、夜おそく帰って見ると、もうそこには自分の家と家族はなくなっていて、全く見知らぬ家に、見知らぬ人が、何十年も前からいるような様子で住んでいる、というような現象は起こり得ないものだろうか、起こってもちっとも不思議はないような気がする。 そんな事を考えながら、門をくぐって内へはいると、もうわが家の存在の必然性に関する疑いは消滅するのである。(pp.116-7) 「風流」という言葉の字音がfree, frei, francなどと相通ずるのはおもしろいと思う。 実際、風流とは心の自由を意味すると思われるからである。(p.162) 猫の尻尾は猫の感情の動きに応じてさまざまの位置形状運動を示す。よく観察していると、どういう場合にどんな恰好をするかということはいくらかわかって来る。しかし、尻尾のないわれわれ人間には猫の「尻尾の気持ち」を想像することは困難である。舌で舐めたり後脚で掻いたりする気持ちはおおよそ想像してみることができても尻尾の振りごこちや曲げごこちは夢想することもできない。従ってわれわれは猫の尻尾の行動について「批評」する資格を持ち合わせない。 科学の研究に体験をもたない言わばただの「科学学者」の科学論には往々人間の書いた「猫の尻尾論」のようなものがあるのも誠にやむを得ない次第であろう。(p.228) 人間の頭脳のたよりなさはこの一例(有機化学の本を読んでいるときに突然「琉球泡盛酒」という文字が頭の中に現れた話)からでもおおよそ想像がつく。何時幾日にどこでこういう事に出会ったとか、何という書物の中にどういう事があったとか、そういう直接体験の正直な証言の中に、現在の例と同じような過程で途方もないところから紛れ込んだ異物が少しもはいっていないという断定は、神様でないかぎりだれにもできそうにない。(p.279) (解説より)「鳥のガラス教育」。ガラス障子にくちばしを突き当てて即死した鳥は、ガラスがこの世に存在するとは先祖から学んでこなかった。人間がガラスという透明の板を発明してからの年月は、鳥に「ガラス教育」を施すには短すぎるからだ。むろん、それは人間にもあてはまる。原子力利用といい、人工生殖といい、遺伝子操作といい、自然の摂理から離れた技術を多く使い始めた人間は、それらに習熟しないうちにガラスに突き当たることはないだろうか。あるいは、本当に、それらに習熟できるのだろうか。「この「ガラス」の見えない人たちの独裁下に踊る国家」を、私たちは生きていないだろうか。(p.308)

    0
    投稿日: 2015.09.21
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    明治生まれの科学者、寺田寅彦の随筆集。俳句雑誌の巻頭に寄せた文章が中心となっている。著者が先生と呼ぶ、夏目漱石の影響が文章にも感じられる。特に短章 その1のほうは、夢十夜のような幻想的な雰囲気さえある。 後書きは、池内了によるのもので、阪神大震災の1年後に書かれており、著者が触れている関東大震災後の日本への警鐘を、今の日本にも通ずるとしている。東日本大震災が起こった今、更にその思いを強くせざるを得ない。 (2015.2)

    0
    投稿日: 2015.02.11
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    「柿の種」。とても有名な一節ですよね。私もそこから知って読み始めました。 科学者でありながら哲学的、それでいて文学作品として優れているのです。 おかげで「寺田寅彦随筆集」すべてポチってしまいました・・・

    0
    投稿日: 2015.01.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    物理学者である寺田寅彦の随筆集。短いものは1ページちょい、長い者でも10ページに満たない様々な文章が収められており、どれを読んでも楽しめます。 物理学者であるにも関わらず、文学者のような視点も備えた著者が見た大正と昭和の時代の移り変わり、そして関東大震災後の復興の様子もここから読み取れます。 体の弱かったらしい著者の、「泥坊のできる泥坊の健康がうらやましく、大臣になって刑務所へはいるほどの勢力がうらやましく、富豪になって首を釣るほどの活力がうらやましい。」という文章には、シニカルで滋味深い著者の力量が感じられます。折りを見てゆっくりと読み返したい本です。

    2
    投稿日: 2014.11.22
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    大学のときの講師が、寺田寅彦の随筆をすすめていた。 夏目漱石との関係も気になるなぁと思いつつ、読まないままだった。 昨年の岩波書店100thのフェアでこの文庫を目にしてそのことを思い出し、いい機会だから読んでみようと購入した。 日常の中の不思議を研究した物理学者で随筆の名手としても知られる寺田寅彦の短文集。 「なるべく心の忙しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたい」という願いのこめられた、味わいの深い一七六篇。 (カバーそでより) スロー・リーディングの良さがわかったので、寺田寅彦の願い通りに読んだ。 眠る前に一節ずつ、一七六日かかった。 読まずに寝てしまうこともあったので、実際にはもっとかかったのだけれど。 物理学者で随筆家で、とても魅力的な人だったようだ。 視野が広くて、目の前のささいな物事や出来事から、一気に違う世界へとんでいってしまうよう。 どこにいても、何をしていても、思索できるのはすごい才能だ。 また何か読んでみよう。

    0
    投稿日: 2014.06.09
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    朝が寒いからって布団の中で着替える。なんて、お茶目! 平凡な日常からこんなにお洒落な文が書けるなんて。こんな風に日記を書けたらどんなに幸せか!

    0
    投稿日: 2014.02.03
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    古本で購入。 「天災は忘れた頃にやってくる」 と言った(と言われている)物理学者、寺田寅彦の短いエッセイを集めた本。 「なるべく心の忙しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたい」 という著者の願いを無下にした一読者ではあるけれども、夜ごと数編を読んで眠りにつけば、きっとゆったりした心持ちになれるだろう。 寺田寅彦の「気付き」の鋭さおもしろさに唸らされる。 いっこうに花の咲かないコスモスに、ある日アリが数匹いた。よく見ると蕾らしいのが少し見える。コスモスの高さはアリの身長の数百倍、人間にとっての数千尺にあたる。そんな高さにある小さな蕾を、アリはどうして嗅ぎつけるのだろう― 言われてみれば何てことのないような、だけど誰も気にもとめないようなことに、「あぁ、確かに」と思わされてしまう。 また、俳人でもある彼の目を通して見る東京の日常は、詩情豊かで味がある。 永代橋のたもとに電車の監督と思しき四十恰好の男がいて、右手に持った板片を振って電車に合図している。左手は1匹のカニを大事そうにつまんでいる。そうして何となくにこやかな顔をしている。この男には6つ7つの男の子がいそうな気がした。その家はそう遠くない所にありそうな気がした― 読んでいて知らず微笑んでしまうようでいて、どこかせつない感じのエピソードがいくつもある。 日々の生活に、そうした光景はきっといくつも通り過ぎていくのかもしれない。 僕の生には詩が足りない。

    5
    投稿日: 2013.09.20
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    日常はこんなにもぼんやりと美しい。一気に読み通すのではなく、机の上にポンと置いておいて、気が向いたらパラリと読み、和んだら閉じてまたポンと置いておく。そんな本。 「天網のごとく、夢魔のごとく、運命の神のごとく恐ろしいものは絹布団である。」

    0
    投稿日: 2013.09.03
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    とある食堂で芭蕉と歌麿が一緒に来店するという白昼夢を見る話が何だか面白い。コーヒーを頼む芭蕉と葡萄酒を呑む歌麿と、ぼんやり眺める寅彦。

    1
    投稿日: 2013.08.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    なんべんも読み返してしまう。 「日常生活の世界と詩歌の世界の境界は、ただ一枚のガラス板で仕切られている。 このガラスは、初めから曇っていることもある。 生活の世界のちりによごれて曇っていることもある。 二つの世界の間の通路としては、通例、ただ小さな狭い穴が一つ明いているだけである。 しかし、始終ふたつの世界に出入していると、この穴はだんだん大きくなる。 しかしまた、この穴は、しばらく出入しないでいると、自然にだんだん狭くなって来る。 ある人は、初めからこの穴の存在を知らないか、また知っていても別にそれを捜そうともしない。 それは、ガラスが曇っていて、反対の側が見えないためか、あるいは……あまりに忙しいために。 穴を見つけても通れない人もある。 それは、あまりからだが肥り過ぎているために……。 しかし、そんな人でも、病気をしたり、貧乏したりしてやせたために、通り抜けられるようになることはある。 まれに、きわめてまれに、天の焰を取って来てこの境界のガラス板をすっかり熔かしてしまう人がある。」 寺田寅彦は「吾輩は猫である」に登場する水島寒月のモデル。

    0
    投稿日: 2013.05.28
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    なんて素敵な本なんだろう。科学とは。生きるとは。 こういうふうに純粋に、学問のひろがりを味わってたのしむことが、やはり心の忙しくなりやすい現代ではなかなか叶わないから。 科学を志すひとにもそうでないひとにも、いちど手にとってもらいたい。 科学の原点とは何であったか、見失わずに科学と向きあっていけたらと願う。

    0
    投稿日: 2013.05.22
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    p.29 この説明が仮に正しいとしても、この事実の不思議さは少しも減りはしない。不思議さが少しばかり根元へ喰い込むだけである。 p.92 にぎやかな中に暗い絶望的な悲しみを含んだものである。 科学と文学と感覚の不可分さがシックリ腑に落ちる。

    0
    投稿日: 2013.01.06
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    ごくごく短い文章。戦前?というか関東大震災のころの作家。科学者でもあったので、科学的なものの見方と、もっとわりきれない深いものを見る見方、両方出てきて面白い。

    0
    投稿日: 2012.12.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

    この方の文章、好きだなぁ。学者さんらしいというか、日常の諸々の雑記みたいなものなんだけれど、感情だけでは語らない理性的なところがあって面白い。大正から昭和にかけての世相なんかも読み取れて、歴史で習ったような時代がリアルに感じられます。 もっと色々読んでみたいです。 ※元々なんでこの著者の名前を知ったんだったかなぁ、と考えてみたら、"ご近所の博物誌"という、わかつきめぐみさんの描いた漫画の作者コラム欄で紹介されていたんだった。もう20年近く前に読んだ漫画から今につながっているんだなぁ。

    0
    投稿日: 2012.11.04
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    再読。 この本がきっかけで、寺田寅彦を知りました。 科学者から見た世界は、不思議さと鋭さと温かさに満ちている気がします。

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    投稿日: 2012.10.18
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    随筆のお手本のような1冊。 こんな平易な文章で 何気ない日常を切り取って 鮮やかな印象を残す。 本来の意味での「観察」を怠らない 注意深く 好奇心旺盛な双眸が 「 くもりなき 瞳」というべきものだろうか? p.60 そのなつかしそうな声をきいたときに、私は、急に何物かが胸の中で溶けて流れるような心持ちがした。

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    投稿日: 2012.09.03
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    無粋な人ならば、あまり日常のことに気を留めない人ならば通り過ぎるところを興味深く観察しているのが良い。あ~確かに!ってなる。 科学者が文学者であることに納得がいった。 機知に富んだ話に休憩をはさむように猫の話が出てくるのがまた良い。 気になったこと:ナシ赤星病の話がある気がする。

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    投稿日: 2012.08.28
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    「柿の種」寺田寅彦 随筆集。特になし。 @電子書籍 52 冊目。 実は、寺田寅彦初読です。 昭和初期の著者の日常を、鮮やかな視点で綴る“珠玉の”随筆集。 まず何より、文章が読みやすい。これは本当に凄いこと。 そして、独特の感性で事物を捉える、科学者然としたanalysis。 加えて、文学的な香りの漂う、詩的な雰囲気が素晴らしいです。 漱石門人であり、物理学者であり、俳人である寺田寅彦、ずっと読もうと思っていたのは正解でした。 一編だけ、引用します。 “一に一を加えて二になる。 これは算術である。 しかし、ヴェクトルの数字では、1に1を加える場合に、その和として0から2までの間の任意な値を得ることができる。 美術展覧会の審査には審査員の採点数を加算して採否を決めたりする。 あれは算術の他に数字はないと思っている人たちのすることとしか思われない。” おすすめ。(5)

    0
    投稿日: 2012.03.11
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    のんびり、ゆったり。 そんな生活をしていた作者の鋭い感性と科学者としての洞察力が溢れていました。 関東大震災のことが書いてあって、予想外に救われた気分になりました。震災後の自然の回復力のところ、読んでいてじんわり目頭が熱くなりました。

    0
    投稿日: 2012.03.09
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    寺田寅彦の随筆に俳句がついたものである。昭和8年発行とあるが、関東大震災のことが盛んに出てくるので、書き溜めたものを集めたものかもしれない。東日本大震災と同様に心に残した傷が文章から感じられる。ただ、書きぶりは今学生が読むと完全なオタクであろう。その点では学生も同感するところがあるかもしれない。

    0
    投稿日: 2012.03.08
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    請求記号:テラダ 資料番号:010677813 寅彦は、なるべく心の忙しくないゆったりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたいと言っています。

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    投稿日: 2011.12.24
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    随筆の名手、寺田寅彦が日々の生活で感じたことを書き留め、それをまとめた本。 昔の知識人に対して強い憧れを持っているのだけれど、この本は正に知識人の普段の物の見方が分かる貴重な本。ひとつひとつの着眼点にとても感銘を受けた。わびさびの世界についても少し分かるかもしれない。 友人曰く「寺田寅彦のTwitter」

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    投稿日: 2011.12.01
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    物理学者・兼・随筆家として知られる寺田寅彦の、大正末期~昭和初期にかけての随筆集。震災後再び注目を集めているとのことで読んでみた。ガラスのひびの観察の話などがあり、この時代に複雑系科学を先取りしていたことが伺える。小学校の教科書に震災のメカニズムや備えを盛り込むべきだという説には、ただただ納得。

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    投稿日: 2011.09.09
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    親父に薦められて、読んでよかったと思った2冊のうちの一冊。(もう一冊は『銀の匙』) 発想やものの見方が最高。知的に大興奮。ちょうさいこうです。

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    投稿日: 2011.08.25
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    のんびりまったり、お茶でも飲みながら読みたい一冊。 科学者の詩情、風流心、そして諧謔が楽しめる。 寺田寅彦を最初に読んだときは、「科学者なのに」こんなに文学的な作品が書けるのかと感心したものだけれど、考えてみれば科学と文学って別に対立するものでもないな。この人の場合、むしろ「科学者だからこそ」の視点がよりいっそう文章に趣きを加えているように感じられる。

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    投稿日: 2011.08.09
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    いうなれば明治のTwitter ガラスの割れ方や墨の吹流しなど身近な物も日常に限りなく浸透したものを研究してきた、当時としては異端の研究者である寺田寅彦の見たこと聞いたこと思いついたこと、よしなし事を短く綴った小品達。 漱石の弟子にして物理学者の彼の発想や思想はとても面白いです。猫の尻尾に思いを馳せ、鳥のガラス教育の必要性を考える。 彼の見た世界を垣間見ることは非常に面白い。毎日一品ずつ、ゆっくりと噛み締めるように味わうべき作品です。

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    投稿日: 2011.06.03
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    同じ漱石門下の内田百閒に較べて物理学者だけあって文章はすっきりしているが、真面目さが勝っていて面白みに少し欠けていると感じた。

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    投稿日: 2010.12.18
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    著者から読者への願いは「なるべく心の忙しくない、ゆったりとした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたい」という事。ゆったりとした時間ではなかったかもしれないけれど、電車に乗るたび、一節ずつ味わわせてもらった。 それにしても、それぞれの短い文章の中に、何と多くの示唆や想いが込められていることだろう。その世界の広さ深さはもちろんのこと、ユーモアのセンスも素晴らしい。 日常のありふれた営みや当たり前の自然の事象の中に大切なものがある。目にみえるもの見えぬもの、そのたびに立ち止まってじっくりと本質を考えてみようとする。物事の深いところまで思考する精神は、自分自身への修正や反省も忘れない。 寺田寅彦という人は、自然を、日本を、人間を、そして専門とした物理学を、こんなにも愛していた人だったのだ。

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    投稿日: 2010.11.01
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    なんとも不思議な魅力のあるエッセイ。 読んでいて、あるある!と思ってしまうこともいくつかあって、面白い。 味のある本です。

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    投稿日: 2010.09.21
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    物理学者である著者の日常、ふと思ったことなど、日記的な形で綴られている。 もとは、俳句雑誌に書いた短い文章を随筆集とは独立して収録し、出版されたそうだ。 他愛もないことが、じっくり読めば結構、味わい深く、時間のある時にゆっくり読みたい書である。 著者自身も、そういう読まれ方を希望しているそうだ。

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    投稿日: 2010.05.23
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    物理学者、寺田寅彦の随筆集。 日々の暮らしの中で感じた様々な事柄が1~2頁の短さで綴られている。 内容は物理的ではなく、隠居した老人が窓から庭を眺めつつ書いた日記のような、文学的、描写的で平穏な印象。 読みやすい。

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    投稿日: 2010.05.17
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    ラノベを何冊か続けて読むとこういうのが読みたくなる。 羊羹の後にお茶が飲みたくなるのに似ている。 どっちも好き。 でもだんだんお茶のほうが好きになっている気がする。

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    投稿日: 2009.02.17
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    「吾輩は猫である」の寒月君とオーヴァーラップさせてしまいます。 飄々としているような真剣なようなところが好きな随筆で、書棚に置いて折に触れては読み返したりしたいですね。ガラスに鉄球を当ててその罅の入り方を調べるとか椿の落ち方を調べるとかいう実験をしているなど、なんだか夢の中のことをしゃべっているような不思議な感じがします。

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    投稿日: 2007.05.03
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    これを読むと、寺田寅彦の視点にクスリとさせられたり、はっとさせられたり、もしくはゆったりとした穏やかな気持ちになれたり、とにかくいいこと尽くめ。確かに彼は科学者ではあったけれど、文学者として夏目漱石の弟子でもあったし、この考察力や素晴らしい文章はもっと評価されて然るべきなのでは?コーヒーでも飲みながら、のんびりした気分のときに、どうぞ。

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    投稿日: 2006.11.20
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    漱石門下で物理学者の寺田寅彦による文系×理系の混合産物。 短い文章にするどく現実(現象)を描写しながら余韻も残す・・・だ〜いすきvな本です。

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    投稿日: 2006.07.31