
総合評価
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powered by ブクログ18世紀末、ドイツの哲学者カントは、フランス革命を横目に、世界から戦争の種が永久に根絶されるためには何が必要なのかを考え抜いた。
0投稿日: 2025.09.11
powered by ブクログカントの晩年の代表作である「永遠平和のために」、やっと読むことができました。本書は訳注や解説を含めても150ページ程度なのであっさり読めるかと期待していましたが甘かったです。一行一行噛み砕きながら読み進めたものの、カント特有の婉曲的な表現なども多数散りばめられていて苦戦しました。そして本論よりも付録を読み解くことにさらに苦戦し、これは全体の3割くらいしか理解できていないのでは?と怖れを抱いていましたが、最後の訳者による解説によって理解度が一気に8割くらいに上がった気がします。おかげさまで腹落ちしてきた感じがするのですが、少し時間を空けてまた最初から一読しようと思っています。単なる理想像としての永遠平和ではなく、リアリズムの視点からも永遠平和がなしうることを説いた本として、とても興味深く読みました。 以下、備忘録としてカントの述べている永遠平和のための条項です。 <国家間の永遠平和のための予備条項> 第1条項:将来の戦争の種をひそかに保留して締結された平和条約は、決して平和条約とみなされてはならない。 第2条項:独立しているいかなる国家(小国であろうと、大国であろうと、この場合問題ではない)も、継承、交換、買収、または贈与によって、ほかの国家がこれを取得できることがあってはならない。 第3条項:常備軍は、時とともに全廃されなければならない。 第4条項:国家の対外紛争にかんしては、いかなる国債も発行されてはならない。 第5条項:いかなる国家も、ほかの国家の体制や統治に、暴力を持って干渉してはならない。 第6条項:いかなる国家も、他国との戦争において、将来の平和時における相互間の信頼を不可能にしてしまうような行為をしてはならない。 <国家間の永遠平和のための確定条項> 第1確定条項:各国家における市民的体制は、共和的でなければならない。 第2確定条項:国際法は、自由な諸国家の連合制度に基礎を置くべきである。 第3確定条項:世界市民法は、普遍的な友好をもたらす諸条件に制限されなければならない。
0投稿日: 2023.04.30
powered by ブクログ・カントの永遠平和論。国家間の連合による世界平和構想。 ・カントは、社交的だったという人物評があるが、カントの平和論もさもありなんという感を覚えた。 ・自分は、人と仲良くするのが苦手なので、カントの議論のようにうまくいくのかと思った。
0投稿日: 2022.12.03
powered by ブクログあまり意味が理解できなかったが、平和の当たり前、のことを提唱し、示したという意味で意義深いのだろう。ある事象でのパワーバランスに触れていたり、こうしたらこうなる、という当たり前を書いている。解説書とか見ながら中身が理解できるようになりたいな、、、
0投稿日: 2022.08.13
powered by ブクログカントの政治哲学(?)、国際法のありかた、政治と道徳(倫理)のあり方などが書かれている。 難しいけど、完全にわからないわけではない。 現在にも十分通じる部分が多くあるように感じた。
0投稿日: 2022.04.18
powered by ブクログイマヌエルカント 永遠平和のために 永遠平和のための9条項(予備条項6と確定条項3)を論じた本。一つの世界共和国を作るというより、それぞれの国家の独立を維持しながら、平和連合体制を作るイメージ ソンタグの「世界平和を信じる人間などいない」という諦めの論調より、カントの「世界平和のために9条項に着手せよ」というメッセージの方が 読む価値がある。 永遠平和は人間の利己的傾向から自然に導かれるとする第一補説を入れたあたりが、永遠平和が空想でなく実現可能であることを証明したいカントの哲学者としてのプライドを感じる 9条項の中で最もハードルが高そうなのは「常備軍の全廃〜自衛軍は認めるが、段階的に常備軍はなくせ」という条項。カントは「平和とは、一切の敵意が終わることであり、軍事力による均衡は 平和につながらない」と考えていることがわかる 6つの予備条項 1.平和条約は将来戦争の種を残さない 2.国家は 他の国家に取得されない 3.常備軍の全廃 4.戦時国債は発行しない 5.暴力により他の国家に干渉しない 6.戦争の最中においても卑劣な行為はしない 3つの確定条項 1.共和的な市民体制 2.諸国家の連合制度に基礎を置いた国際法 3.友好をもたらす世界市民法〜外国人が入っても敵意を持たれない 共和的体制 *自由と平等の権利が確保された国民が、共同の立法に従っている *代表制を採用し、国家の立法権と執行権が分離している *共和制の下では戦争をするには国民の賛同が必要〜戦争という割に合わない賭け事を国民は求めない
0投稿日: 2022.03.15
powered by ブクログ目次でみる、章立てや「平和」を維持するための要件、端々にある一文など、響くことばは複数ありますし、そこを拾いながら読むだけでも、ロシアがウクライナへの侵攻を続ける今、考えさせられることが多いように感じます。 第1章の第5条項「いなかる国家も、ほかの国家の体制や統治に、暴力をもって干渉してはならない」などは、まさに今日の事件が「誤った選択」によるものであることを明快に示しているように思います。 とはいえ、一つひとつの文章が難解で、大変に読みづらいという印象を受けました。自分の読解力がないから、といえばそれまでなのですが、「で、結局何が言いたいの?」となるところが多く、最終的には「解説」のぶぶんをざっと読み、なんとなくわかったようなわからないような、というところです。 立憲君主制の国家が多かった十八世紀末に書かれた論文だということも理由なのでしょうが、「共和制」という体制がいかに理想的か、という部分についても多くのページが割かれており、単純に「どのようにして「平和」を実現し、継続させるか」という具体的な姿が(特に現代の世界において)イメージしづらい、というのも個人的には読みづらさを感じた理由だと思います。
4投稿日: 2022.02.27
powered by ブクログ永遠平和のための6つ条件:(第1章)予備条項 殲滅戦に突入するのを防ぎ、永遠平和の展望を開くための条項 1. 将来戦争の種が保留された平和条約は平和条約とみなされない 2. 独立国家の相互不可侵性 3. 常備軍の撤廃 4. 戦争国債の禁止 5. 他国への不干渉 6. 国家間における信頼を損ないうる行為の禁止 3の常備軍の撤廃は最も有名な条文。常備軍の存在が先制攻撃の原因となり、かつ国家が人を殺したり、殺されたりするために人を雇うのは、人間性の権利に反する。後者はカントの定言命法からも帰結する条項。ただし現在のスイスの国民皆兵のような自衛措置は認められる。 予備条項を実現するための3つの条件:(第2章)確定条項 永遠平和を実現するための具体的な条件 1. 人間の法に完全に適合している唯一の体制は共和的体制 2. 国際法の理念は諸国家は分離を前提とし、連合体制を基礎とする 3. 世界市民権では普遍的な友好権が確立する
0投稿日: 2021.09.25
powered by ブクログ宇宙には理性が貫かれている。人間は宇宙の一部なので、人間も理性に従って生きるのが自然だ。欲望や快楽に心を乱されてはいけない。あらゆる人間には等しく理性が宿っている。なので人類はみな等しい。全ての人間は1つのコミュニティに属するべきだ。特定のポリスに閉じこもるな。私はコスモ(世界)の市民だ。▼キュニコス派。制度や文化は人為的なもの。動物の生き方が理想。虚飾は捨てよ。自足せよ。ディオゲネス 実践的な政治家は、国家の問題を考察するには経験が必要だと言い、私のような理論家をアカデミズムの世界の住人だといって見下す。しかし私が実現できそうもない理想を述べても、世間のことに通じている政治家にはなんの影響もないのだから、言いたいことを言わせていただく(留保条項)。▼代議制による立憲国家であれば、国民は戦争経費を自分の資産から支払い、自分たちが兵士として戦わなければならないため、戦争には賛成しない。だから立憲国家は戦争を起こしにくい。一方、専制国家では少数者の利益が優先され、国民の犠牲お構いなしに戦争を始める。だから専制国家は戦争を起こしやすい。なので各国は専制をやめ、立憲制になるべき。▼国家を超えた平和連盟をつくろう。世界政府は専制になるかもしれないので、国家連合にする。国際法(inter-national)を超えた、世界市民法を作ろう。カント『永遠平和のために』1795 市民とは自ら責任を負える範囲で成り立つ概念であり、世界市民として世界中の問題に責任を負うとしたら、それは耐え難い重荷になる。ハンナ・アーレント『暗い時代の人々』1972 国籍・階級・民族・ジェンダーの違いによって、人間の間に壁を作るべきでない。理性と道徳に期待しよう。マーサ・ヌスバウム グローバル化の時代、個人の法的権利・義務が国家を媒介としない形で問われることが増えた。国際機構(世銀・IMF・EUなど)が国家を拘束する意思決定をしているのに、デモクラシーは国内のレベルでしか実現していない。国の自律や安全は国単位のデモクラシーの基礎なのに、安全保障は他の軍事大国に依存・従属している。グローバル化により先進資本主義国が文化的に各国を支配しており、各国のアイデンティティが損なわれている。国際金融市場がグローバル化しており、各国の市場への管理能力が損なわれている。▼今や、個々人の生命・財産は重複するいくつかの共同体(国際組織や他国)に委ねられているのに、デモクラシーは未だに国単位のまま。デモクラシーは「国家とその国民の間」だけに限らない。デモクラシーをグローバルな形で再建しよう。デイヴィッド・ヘルドHeld『デモクラシーと世界秩序』1995
0投稿日: 2021.07.18
powered by ブクログ永遠平和のための3大要件:①常備軍をなくす、②各国における共和制採用、③国際社会における全ての人間の訪問権の確保
0投稿日: 2021.01.26
powered by ブクログ●常備軍は廃止すべき。軍事費増大は平和の方が戦争より重荷になる。自衛組織は前段階として必要 ●国家が独立した単位で世界共和国を形成することが平和維持に望ましい。難しければ国際連合が代替物にあたる ●政治と道徳(宗教)は合致すべき。×道徳を政治に合わせる ○政治を道徳に合わせる ●政治が経験技術的問題になると、目的達成のための不正が横行する
0投稿日: 2021.01.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
三批判書で有名なドイツ哲学者イマヌエルカントの平和論。「目的の国を目指しましょう」というような啓蒙的内容を想定していたが、むしろ政治哲学的な内容であった。本文では、永遠平和のために求められる条項が解説とともに挙げられ、補説・付録で永遠平和の実現可能性や道徳と政治の関係性について語られている。割と難解で、自分も1周目では完全な理解は得られず、読了後ざっと読み返してようやく理解出来た。読解に労力を要するので、今回は「本書を読まなくても内容を把握できるように」というテーマでレビューを書くことにする。本書を読むにしても、本レビューを参照してから本書に取りかかることによって理解の助けになると思われる。 まず、本文について。 第一章では、予備条項と題して6つの禁止条項が挙げられている。具体的には、常備軍の廃止、他国への暴力的干渉の禁止、卑劣な敵対行為の禁止、などといった内容であり、戦争に発展し得る要素を排除するという、いわば"消極的な"施策となっている。一方、第二章ではより"積極的な"平和への施策として、国法、国際法、世界市民法のそれぞれの観点で3つの確定条項が挙げられている。 第一章は決してMECEではなく、むしろ思いつきで語っているような印象を持つ。著者の観察において戦争の要因となったと考えられる、もしくは今後なり得ると想定されるものを挙げ、それを禁止したというプロセスであると考えられる。それに比べ第二章の方が個人的に興味深かったため、以下に少し深掘る。 カントはまず自然状態として、ホッブズが想定したような戦争状態を想定する。この敵対行為によってたえず脅かされている状態から平和状態を創設するためには、民族が国家として集結し、立法状態を築く必要がある。この立法状態として、社会の成員が自由かつ平等であるために最も理想的なものが共和的体制であり、これにより国民の一般意志が国家の意思として統合されることができる。君主制による専制的統治においては、戦争によって直接的負担を受けにくい君主が戦争の意思決定をするため戦争の決断が容易にとられるのに対し、共和制では戦争の回避を望む国民の意思が反映されるため、戦争に発展しにくいとされる。 続いて、国家間の関係について考察される。共和制の下に統一された国家は国民の一般意志が国家の意思として反映されているため、国家を一つの個として考えることができる。したがって、国家同士の関係についても前述の通り戦争状態から平和状態への移行として立法が求められる。しかし、国家形成の場合と異なり国家間の関係においてはさらに大きい国家への併合、すなわち諸民族合一国家の形成はいずれの国家も望まないし、また同時に、望ましくもない。なぜなら、法は統治範囲が拡がると共に重みを失い、無政府状態に陥ってしまうためである。このとき、立法状態を構築するための消極的代替物として、国家間の連合形成が提案される。 これだけではまだ議論は完全ではない。国家内では国法による統治がなされ、国家間では国際法による一定の安定が期待されるが、国家内の個人が他国家の個人と国家を通さずに接触する場面が考えられ、この状態にもなんらかの法による秩序形成が求められる。この場面としては具体的に、現代的な観光による他国への訪問だけでなく、近海に近づく船を略奪する、漂着した船員を奴隷にする、といった状況が想定されている。これらの場面に置いて、外国人というそれだけの理由で敵意をもって扱われるべきではない、というのがカントが考案する世界市民法である。地球の表面は球面であり、地表は有限であることから、人間は並存し互いに忍耐しなければならず、地上のある部分について他人よりも多くの権利を所有するということはないと考えられる。この事実から、他国に存する者に交際を申し出るという訪問の権利が保障されるべきであるとされる。この世界市民法の理念が国法や国際法に書かれていない法典を補足することができ、この条件の下でのみ永遠平和にむけて前進することができると述べられている。 以上が本文である。続く補説は、世間に対する反駁のような内容となっている。すなわち、第一補説では「永遠平和は空想にすぎないのではないか」という反応に対する反駁が述べられ、第二補説では哲学者への弾圧に対する反駁が述べられている。第二補説は哲学者の意見は有益であるといった内容で、第一補説がメインとなっている。以下概要。 「永遠平和は空想にすぎない」という文言に対してカントは、人間の義務や理性、道徳に着目する議論ではなく、自然の摂理が永遠平和に向かっているという議論をする。具体的には、自然は人間が地球上のあらゆる地域で生活できるように配慮し、それだけでなく戦争を用いてあらゆる地域に分散して生活するように仕向けた。そして、同じく戦争を用いて、人間が法的関係に立ち入り国家を形成するように強制し、また、民族間に言語と宗教の違いを設けることにより、諸民族一国家ではなく国家間で生き生きとした競争による力の均衡と平和の確保に導いた。さらに、戦争とは両立し得ない商業精神の導入により、個人の利己心を通じて諸民族を結合し、民族の安全を保証した。これらの観察により、永遠平和は空想的ではなく現実的なものとして確実性を確認することができ、それに向けた努力の意義を感じることができるのである。 最後に、付録について。付録では、道徳と政治の関係性について述べられている。多くの政治家は、道徳を実践から乖離し浮き世離れした理論的な概念に過ぎないと批判するが、カントによると、両者の間に矛盾や対立は存在し得ないとされる。なぜなら、カントの考える理想的な政治は、国家の繁栄や幸福といった目的を設定した後にその達成に向けて前進するものではなく、定言命法を基礎として純粋実践理性の実現と正義を積み重ねることにより自然と目的の達成に導かれるものであり、これは道徳の実践に他ならないためである。 ここで、定言命法については明確に定義されているが、そこから積み重ねるべき正義とはなにであろうか。カントは、政治が道徳と一致しているかの基準として、「格率が公表性と一致しないものはすべて不正である」と規定する。これはつまり、公表できない格率、および公表することによって意図の実現が失敗する格率は、その格率が人間のアプリオリに理性にもつ規準に反していることを意味し、すなわち純粋理性に反することが明らかになるためである。 以上が本書の要約である。本書の価値としては、人間の利己性を前提としてなお永遠平和の実現可能性を指摘しており、さらにそれに向けて求められる体制を予備条項、および確定条項という形で建設的に議論した点である。1795年出版であるため、現代から振り返ると具体性に欠ける記述や世界大戦を通して反証された記述も少なくない。それでもなお、困難と考えられる永遠平和の実現について現代人に一筋の光を与えてくれる作品である。
2投稿日: 2020.11.16
powered by ブクログ2019/01/21 読み終わった。 永遠平和のためには、今現在戦争状態でないことに加えてら今後も起こる可能性が無い状態も必要だと、書いてあった。なるほどと思った。
0投稿日: 2020.02.01
powered by ブクログ先日防衛政策に関する本を読んだ際に引用されていたため購入した。NHKの「100分de名著」でも2016年に紹介されていたそうで、副読本として同出版社のテキストも参考にした。岩波青を自分一人で噛砕く気力が無いのが情けないが、以下の感想は多分に同副読本の解釈に依るものが大きい(副読本に引っ張られてしまうなら、一度前知識なしで読んだ方が良かったかもしれないな)。 平和主義と聞くと、どうしても理想主義的な印象を纏っているように見える。例えば核の廃絶を唱えれば、必ずと言ってよいほど核により世界大戦が起こっていないとする、パクス・アトミカ(核による平和)が反論として帰ってくる(妥当性は私には分からないが)。 しかし、カントの説く「永遠平和」への道筋は、現実が性悪説を根底に置いた『リヴァイアサン』的な社会を前提に置いている。そして、そこから「善い人になりなさい」などと啓蒙的な主張をすることなく、人間の利己的な側面をうまく往なすことで「永遠平和」を樹立するという手段を採っている。 今まで、例えば国防に関する言説について、現実主義⇔平和主義という二律背反的な考えを持っていた。しかし、本書を通じて現実的平和主義とでも言えるような、単なる折衷案ではない真の平和を希求するものの考え方があることを知ることができた。「あちらを立てればこちらが立たぬ」と悩むことは、平和に限らず非常に多い。そんなときに、本書のような考え方を応用できたならば、問題解決の糸口が見えてくるのかなと思った。
0投稿日: 2019.04.09
powered by ブクログ"イマヌエル・カントさんが1796年に出版した本。 第一章 国家間の永遠平和のための予備条項を含む 第一条 将来の戦争をひそかに保留して締結された平和条約 第二条 独立している国家も、継承、交換、買収または贈与によって、ほかの国家がこれを取得できるということがあってはならない 第三条 常備軍は、時と共に全廃されなければならない 第四条 国家の対外紛争に関しては、いかなる国債も発行してはならない 第五条 いかなる国家も、ほかの国家の体制や統治に、暴力をもって干渉してはならない 第六条 いかなる国家も、他国との戦争において、将来の平和時における相互の信頼を不可能にしてしまうような行為をしてはならない 第二章 国家間の永遠平和のための確定条項を含む 第一確定条項 各国家における市民的体制は、共和制でなければならない 第二確定条項 国際法は、自由な諸国家の連合制度に基礎をおくべきである 第三確定条項 世界市民法は、普遍的な友好をもたらす諸条件に制限されなければならない"
0投稿日: 2018.10.17
powered by ブクログ読んでいて、夏目漱石の私の個人主義を思い出した。 根底にあるのは、自分がされて嫌なことは相手にしちゃいけないということだと思う。 200年も前から平和についてなすべきことは論じられているにもかかわらず、混迷と複雑さは増すばかりだ。現代に生きていたら、著者は何と言うだろうか。
0投稿日: 2018.10.08
powered by ブクログ集英社版で池内紀訳と比較してみた.原文を見ていないが,見ても上手く読めないが,宇都宮さんはある程度原文に忠実に訳しているのだろう.ただカントはユーモラスな人で難しいことをやさしく記述できる素養を持っていたはずだ.その点からすると,宇都宮訳はやや読みにくかった.
0投稿日: 2018.07.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
1795年の本です。カントのこの考え方が、国際連合の元になったと言われています。 難しい命題ではありますが、薄い本で手に取りやすく、よくまとまっていて読みやすいです。 人が一緒に平和に生活するというのは自然ではなく、自然状態=戦争であり、だからこそ平和とは創設しなければならない という考えが元であり、甘い理想論ではありません。 争いが起きる方が当たり前であり、「だから平和など意味がない」とするのではなく 「永遠平和」を実現するために漸次努力し近づけていくものという思考は、 闇雲に平和を叫ぶ現実的ではない平和主義者の思考よりも共感できました。 軍があるということは、他国を戦争の脅威に晒しているということになります。ならば軍がなければ良いのかというと、自衛手段がなくては攻め込まれる隙を他国に与えることになり、戦争を呼び込んでしまいます。 国を維持するというのは理想論だけでは当然運営できず、コストを考えての商業的な運営意識も必要になってきます。 平和条約は実は休戦にすぎないというのはなるほどなと思わされました。 「将来の戦争の種をひそかに保留して締結された平和条約は、けっして平和条約とみなされてはならない。」。 平和とは、永遠平和のためにはどうしたら良いのか。自分なりに考えて求めていきたいと改めて思います。
3投稿日: 2018.01.22
powered by ブクログ国連創設に影響を与えたと言われるカントの著書。 多くの人に読んでもらう為に薄い冊子にしたらしい。(と、授業では習った) 国際機構について学ぶなら読んどいた方がいいんですかね。
0投稿日: 2016.12.10
powered by ブクログカントの実践哲学を現実の政治に当てはめて考えるとどのようなことを論じうるかを、カント自身が示した名著。 カント自身が本書のタイトルを「風刺的」と呼んでいることに象徴されるように、永遠平和など実現不可能な絵空事と見なされがちである。 カントはただ理想を語っているのではなく、人間の本性を「利己的」とし、法的状態が構築される以前の自然状態を「戦争状態」とした上で、地に足の着いた議論を展開している。 人間が利己的で、各国家が言語と宗教によって互いに隔離されているということは一見戦争の種であるように思われるが、カントはむしろ、そのような現実があってこそ、平和は構築可能だとする。人間の利己性は社会契約による共和的国家の樹立を促し、言語と宗教による隔離は、国家の規模を大きくなりすぎないように役立ったと。目からウロコであった。 「付録」では、政治と道徳の対立、すなわち利益と正義の対立について語られており、「前者が後者に従属すべし」というカントのリベラルな立場が簡潔に表明される。 薄いけど中身の濃い、素晴らしい本だった。
0投稿日: 2016.10.04
powered by ブクログどうもカントはお堅いイメージがまとわりついて離れないが、一哲学者として、かなりこの平和というものに思うところがあったに違いない。自身の築き上げてきた学問を土台にして緻密に、そして熱情をもって書き上げていると感じた。 真の平和とは何か。平和のために争う、その皮肉に対して、彼は命ずる。そんなものは平和ではない、汝の普遍的な格率に従え。そのための法だ。 道徳とは、平和とは、法律が与えるものではない。よく巷では、憲法改正だとか、なんだとかでデモをしているが非常にばからしい。そんなものが平和を守っているのではない。戦争したくないからしないだけなのだ。それは憲法でも法律でもなんでもなく、ひとりの人間の気持ちなのである。カントはこれを格率と呼んでいる。法律とは、そのような格率から生まれたものであるから、義務なのである。誰かが与えるのではなく、したくないことを無理にするのは不正であるから、してはならない、そういうものなのだ。したがって、義務とはおのずから生じるものであって、外から与えられるものでは決してないのだ。 では、平和というものはどうすれば実現するのか。カントに言わせてみれば、みなが平和を自身の格率として価値あるものとみなせばいい。それだけの話である。でも、現状、そういうばかりではないから、互いに公表し、相互に監視し合う体制が必要なのだ。それが国際連合である。今の国際連合とはまったく違う。こうした連合体制は、国家としてまとまりをもったものを前提としている。それが共和制であると、カントは言う。この共和制は、民主制や僭主制とは異なる。どういうわけか、プラトンの哲人政治とも異なると言っている。この点、カントの弱いところだと思われる。代議制を是認しているようにもとらえられてしまうからだ。カントにとって共和制とは、すべての人間が、もうすでに、普遍的な格率をもってその義務に従っていることを前提にしているのである。だから、代表者が無理に哲人でなくても問題などないのだ。プラトンに異を唱えているというより、プラトンのような想定をする必要がない状態についての国家を述べているのだ。アプリオリに法的状態にある国家があるとするなら、連合形態や述べてきた条項が望ましい、そういう話なのだ。 では、そういう法的状態というのは、いったいなんなのか。カントは付録で自然状態と道徳・政治について述べている。確かに人間は争わずにはいられない。けれど、争いを嫌悪し、それを裁こうと法律というものを定めるのもまた、人間の自然状態でもある。では、なぜそんな自然状態が政治や道徳と結びつかないのか。それは、そもそもそういう結びつかない政治や道徳というのがおかしいからだ。人間に義務が生じているとするなら、おのずと道徳と政治は分かたれないはずである。法に従うということは、外部から与えられた決まりを守ることではない。おのずと自分の中から生じてきたものに従うまでのことだ。だから、自分のしたくないことをするということは、それこそ不自然であって、道徳的ではない。だから、公表しても問題ないはずなのである。隠すということは、それ自体に後ろめたいなにがしかがあるからだということになるのである。 哲学をする者にとって、平和とはかくも当たり前の話なのである。だからこそ、自由に哲学者がものを言えないといけない。哲学者のいうことが浮世離れしている、夢想の話をしているのではない。それを浮世離れしていると退けてしまう事の方が問題なのだ。彼らは現実をどうするかについて興味がない。現実というものが一体何なのか、そちらに興味がある。そもそものスタート地点が違うのだ。自分の従う現実というものに挑むからこそ、その現実を超えることができ、平和の意味が変わる。 平和だ戦争だ言う前に、そう言っている自分の胸に手を当てて同じことを問うべきだ。
0投稿日: 2016.08.10
powered by ブクログ第二章がかなり衝撃的。「自然状態は、むしろ戦争状態」「平和状態は、創設されなければならない」。おそらく「永遠平和」の理念、思想が、これらの言葉に凝縮されている。まるで第一次世界大戦と国際連盟創設を予言していたかのように。
0投稿日: 2016.01.28
powered by ブクログ永遠平和のためには無味乾燥な法律だけでなく、道徳的な哲学者の意見も政治に取り入れられるべきというカントの願いが込められている内容。哲学や道徳に対する重要性を改めて認識、確認することができました。
0投稿日: 2015.03.19
powered by ブクログ個人的に、カントの集大成と言っても過言ではない……いややっぱり過言かもしれない。 デカルト及び批判哲学三部作をしっかり理解した上で読まないと迷子になる。でないと、彼の地球連邦的な政治観がよく分からなくなってしまう。 書いてあること自体は理想論、けれどもそれは、普遍の哲学を追求し続けたカントが、最後に求めた普遍の平和だと思う。
0投稿日: 2014.11.15
powered by ブクログ興味深い作品ではありますが、如何にもモダンな進歩主義で自分の肌に合わなかったのでこの評価。あくまで古典であって、現役の思想ではないと感じました。 なお、自分にとって初のカント作品なので、理解が足りていない可能性は大いにあります。 国際的共同体が成立する必然性についての論証は、論理展開としては納得できるもので、瞠目します。 しかし、前提となる民衆の理性に対する期待が過度であること、社会と法の善性に期待しすぎている(付属における公表性の原則とか)ことから、論理的ではあっても現実的ではないのかなと考えます。(もちろん今後成立する可能性もなくはないですが) この辺りは、絶対王政全盛期が終わり、フランス革命その他自由主義の潮流が盛り上がってきた時代の著作だからなのでしょう。 あと、予備条項で、戦争抑止のための具体的手段と自由についての規範的主張(人間の手段化の禁止)が混在している点は、非常に気に入らないです。
0投稿日: 2014.11.01
powered by ブクログカント曰く「公法の先験的公式」から、公表性と一致しない政治的格率はすべて不正なのだそうですよ、安倍さん。
1投稿日: 2014.06.19
powered by ブクログその昔、哲学科卒の叔父が、小さかった私の枕元で読み聞かせをしていたものと聞いて読みましたが、叔父さん、これを2歳やそこらのガキによんでやってもわかんないよ。
0投稿日: 2013.07.01
powered by ブクログ1795年に公刊されたカントの小著。おそらくカントの政治論では最もよく知られている著作であり、国家連合体制の提案など今日の国際関係構想の源泉ともなる提案が多々含まれている。バーゼル講和条約を諷刺するかのように、予備条項、確定条項、秘密条項、補説という構成をとる。各々の小論のなかで、これまでカントが展開してきた道徳論に基づく義務としての平和達成を、目的論に基づく平和達成の予言によって客観的実在性を補完するという全体構成をとっている。一国での共和制実現、国家間での国際法の遵守、交際権としての世界市民法など、18世紀末に書かれたとはいえいまだに政治的に課題とされうるような提案を余すところ無く展開している。このカントの構想をいかにして達成するかということに頭を悩ませている間は、政治が道徳に屈服せねばならないことを否定することはできないだろう。
0投稿日: 2013.01.24
powered by ブクログカントの平和論が「ひとりひとりの心を変えれば世界は変わる」にとどまらない単なる理想論、単なる理念的なものではないことが分かる。 「一緒に生活する人間の間の平和状態は、なんら自然状態ではない。自然状態はむしろ戦争状態である。」 と現実を受け入れ認めつつ 「それゆえ、平和状態は創設されなければならない」 と、その現実を国家間において、具体的に様々な条項を提案することで永遠平和を実現しようとしているのである。
0投稿日: 2012.10.24
powered by ブクログ永遠平和について几帳面に語った書。 机上の空論と一蹴されないために、批判をひとつずつ虱潰しにしていき、かつその根拠をあげていっている。
0投稿日: 2012.08.31
powered by ブクログ「哲学者が政治について何かを語ってもそんなものは机上の空論であり何をも意味しない」と言う政治家がいるが、そう思うのであれば、私が述べることにとやっかく言わないで欲しいという序文に惚れた。確かに「永遠平和のために」が書かれた当時、その意見が採用され直接的な影響があったわけではない。しかし、第二次世界大戦後、理念的には永遠平和を目指してヨーロッパ連合が設立されたことを考えれば、この書物が少なからず影響したのであろう。思想、あるいは政治哲学の存在意義を実感させられる。
0投稿日: 2012.08.16
powered by ブクログ定言命法、カント的道徳、倫理観、永遠なる(一時的でない)世界平和の達成という理路を示した本。積んどいたのですが、ようやく読みました。日本の鎖国を高く評価する有名な部分も。道徳と政治の一致について、他国に対する経緯と当時の列強ヨーロッパの振る舞いへの懐疑は興味深い。むしろ後からのヘーゲルのほうが、ヨーロッパやキリスト教への信頼はナイーブに過ぎるように今の眼からは思える。ただ、カントの永遠平和の根拠が自然(神?)の摂理というのは、これも今から思うとナイーブに過ぎるか、、、、もちと考えます。
2投稿日: 2012.05.01
powered by ブクログ18世紀末、フランス革命を経た国際社会を背景に、「永遠平和の実現」についてのイマヌエル・カントが真面目に考察した国際平和理論と実践方法。以下、概略。 【予備条項】 1、将来の戦争の種がひそむ平和条約は単なる休戦 2、独立している国家は互いに侵すことはできない 3、常備軍は廃止。但し、防衛手段としてはOK 4、戦争遂行を気安くさせるので戦争国債は禁止 5、他国への不干渉 6、戦争時の卑劣な戦略は和平時の信頼性を損なわせる 【確定条項】 1、各国の政治体制は共和制がベスト 2、統一世界国家より諸国家の連合スタイルにすべき 3、世界市民法は各国市民が友好である権利を保障 【第1補説】 自然の摂理によって人間社会は次第に成熟すると、結局、利己的人間を抑制するとともに商業を発達させようとするので平和が望ましくなる。人間は永遠平和を道徳的義務とするはず。 【第2補説】 国家は哲学者のこうした意見を妨げてはならない。 【付録】 政治家はこうした道徳を手段に使うべきでなく、道徳の実現を目指すべき。政治は自ら取り決めた原則は、民衆に担保するため公表しなければならない。 21世紀初頭、2度の世界大戦、冷戦を経て、ここに書かれていることはシンプルな内容だけに不完全ながらも実現されているもの(国)も多い。そして、テロの時代。カントがある意味想定し、また想定を超えた国際社会と状況になっているが、当時も今も空想理論として斥けるのは容易いけれど、カントが実践論として真面目に考えた内容は時代を超えて不断な再構築の努力を惜しむべきではないだろう。 ちなみに、とある旅館の看板に付いていたという本書名はカントがやはりお茶目に名付けたのでしょうか、それとも真面目な義憤なんでしょうかねぇ?あれれ?っていう観点があるのは仕方がない。(笑)
36投稿日: 2012.04.22
powered by ブクログカントはこのタイトルから連想してしまう、世界平和万歳といった盲目的な平和信者ではない。極めて現実的に平和について考えているナイスガイだ。 カントは世界国家なるものを信じない。いまある国家間で平等な条約を結んでいくことが平和を築くと考える。 しかし、平和を築く前には、必ず悲劇が起こるという。この点、第二次世界大戦を想うと納得である。 本文には、平和を築くための条約に際して、前提条項と確定条項が書かれており、本の作りはいたってシンプルだ。
0投稿日: 2011.12.17
powered by ブクログ永遠平和は蜃気楼 もしカントが今生きていたとしても、きっとまだ同じ事を言ってるんだろうなぁ。 いつまでこれを言い続けるんだろうなぁ。 いつまでもこれを言い続けなければいけないんだろうなぁ。
0投稿日: 2011.09.08
powered by ブクログ講義の課題として読んだ。 哲学に関しては素人であるため、内容には触れないレビューとする。 たいしたページ数ではないとは言え、哲学書独特の言い回しは、やはり初学者の前に高く立ちはだかった。 しかし、巻末の訳者解説が非常に分かりやすく、理解の助けになった。 自分のような素人が読む順番としては、本文を分からないながらも一読し、解説を読み、納得した上で再度本文を読むことで、内容まで読み込めるのではないだろうか。
0投稿日: 2011.09.06
powered by ブクログこの人が禁止していることがあらかた二度の大戦でやりつくされているっていう 国民軍の存在を正当化しているあたりにフランス革命の影響を感じる
0投稿日: 2011.07.27
powered by ブクログカント本人が評している通り、哲学者の与太話なんだからいいだろ!的なスタンスで書かれたものではあるが、その内容が現代の国際法の根源をなす考えに与えている影響は大きい。
0投稿日: 2011.05.15
powered by ブクログ○6つの条項 1.将来の戦争の種をひそかに保留して締結された平和条項は、決して平和条約とみなされてはならない。 2.独立しているいかなる国家(小国であろうと、大国であろうと、この場合問題ではない)も、継承、交換、買収、または贈与によって、ほかの国家がこれを取得できるということがあってはならない。 3.常備軍は、時とともに全廃されなければならない。 4.国家の対外紛争に関しては、いかなる国債も発行されてはならない。 5.いかなる国家も、他の国家の体制や統治に、暴力をもって干渉してはならない。 6.いかなる国家も、他国との戦争において、将来の平和時における相互間の信頼を不可能にしてしまうような行為をしてはならない。たとえば、暗殺者や毒殺者を雇ったり、降伏条約を破ったり、敵国内での裏切りをそそのかしたりすることが、これに当たる。 ○第1補説 ・理想的な存在者は、全体としては自分たちを維持するために普遍的な法則を求めているが、しかしひとりびとりはひそかにそれから逃れようとする傾向がある。問題は、そうした理性的な存在者の集まりに秩序を与え、体制を組織することであるが、その秩序とは、たとえ彼らが個人的な心情においては互いに対抗しあっているにしても、そうした心情を互いに抑制し、公の行動の場では、そうした悪い真情をもたなかったのと同じ様な結果を生ずる、といった秩序である。
0投稿日: 2010.07.19
powered by ブクログ僕がこの本について何かをここで記すよりも、訳者による少しばかりの「解説」を読んだ方が解りが良いと思うので、ここにはただ、もしかしたら貴方が少しばかりのカントに関して誤解をしているかもしれないので、これを読むことは決して損にはならないだろうということを書くに留めておきましょう。
0投稿日: 2010.06.20
powered by ブクログ【内容】 世界の恒久的平和はいかにしてもたらされるべきか。 カント(1724‐1804)は、常備軍の全廃、諸国家の民主化、国際連合の創設などの具体的提起を行ない、さらに人類の最高善=永遠平和の実現が決して空論にとどまらぬ根拠を明らかにして、人間ひとりひとりに平和への努力を厳粛に義務づける。 (以上、アマゾンより引用) 【感想】 ヘーゲルやエンゲルスが、カントを否定していましたが、そこまでひどい内容だとは思いませんでした。 むしろヘーゲルとカントは補完関係にあるような気もしました。 「具体的な示唆」を与えたのがカントで、「抽象的な理論」を与えたのがヘーゲルと云った感じでしょうか。 カントは政府が存在することで、人間の利己的な心に均衡をもたらす。のようなことを云ってました。これは理解ができます。 ただ、国際政治の場では、その国家の代表になる人物は、利己的な心を持ち合わせているのでしょうから、「国際政治の場では、道徳的な心を持たねばならない」とするカントの言い方は、少し無理があると思いました。 また「人間の理性にそぐう体制は共和制。なぜならば、国民の理性の意志を代表する国家であれば、戦争の負担をする直接背負う国民は、そのような大博打にはでない。」とするカントですが、ワイマール共和制からナチズムへ転化した事実を、どう説明するのでしょうか。 国民は容易にイデオロギーに感化されてしまう存在なのかもしれません。 ただ逆に言えばカントは、「国民は馬鹿じゃダメだ。(理性を獲得するために)学べ。」と示唆しているのかもしれません。民主主義ですからね。またカントは、商業を奨励しました。「平和でなければ商売はできない。」というのがカントの言い分でしたが、彼は「死の商人」や「帝国主義段階」を予見できなかったのでしょうか。 そこも理性があれば克服できると考えていたのでしょうか。 一見当たっているように見えて、よく考えると「?」と思えるところが少なくありませんでした。 但し、「政治的な道徳家」は存在しない、や、「哲学者に耳をかたむけるべきだ。しかし哲学者が王になってはならない。」といっているところは、言い得て妙であると感じました。 「自然が人間を平和に仕向ける」というのは、どうなんだろうとも・・・。
0投稿日: 2010.03.21
powered by ブクログへーゲルやエンゲルスが、カントを否定していましたが、そこまでひどい内容だとは思いませんでした。 むしろヘーゲルとカントは補完関係にあるような気もしました。 「具体的な示唆」を与えたのがカントで、「抽象的な理論」を与えたのがヘーゲルと云った感じでしょうか。 カントは政府が存在することで、人間の利己的な心に均衡をもたらす。のようなことを云ってました。これは理解ができます。 ただ、国際政治の場では、その国家の代表になる人物は、利己的な心を持ち合わせているのでしょうから、「国際政治の場では、道徳的な心を持たねばならない」とするカントの言い方は、少し無理があると思いました。 また「人間の理性にそぐう体制は共和制。なぜならば、国民の理性の意志を代表する国家であれば、戦争の負担をする直接背負う国民は、そのような大博打にはでない。」とするカントですが、ワイマール共和制からナチズムへ転化した事実を、どう説明するのでしょうか。国民は容易にイデオロギーに感化されてしまう存在なのかもしれません。 ただ逆に言えばカントは、「国民は馬鹿じゃダメだ。(理性を獲得するために)学べ。」と示唆しているのかもしれません。 民主主義ですからね。 またカントは、商業を奨励しました。「平和でなければ商売はできない。」というのがカントの言い分でしたが、彼は「死の商人」や「帝国主義段階」を予見できなかったのでしょうか。そこも理性があれば克服できると考えていたのでしょうか。 一見当たっているように見えて、よく考えると「?」と思えるところが少なくありませんでした。 但し、「政治的な道徳家」は存在しない、や、「哲学者に耳をかたむけるべきだ。しかし哲学者が王になってはならない。」といっているところは、言い得て妙であると感じました。 「自然が人間を平和に仕向ける」というのは、どうなんだろうとも・・・。
0投稿日: 2010.01.24
powered by ブクログ世界平和の実現は可能なのか。可能ならばそれはどのように達成されるのか。この問いに哲学者カントが出した一つの答えが本書です。カントの哲学は難しいという思いがあって、私も手をつけてはいなかったので、本書は私にとっては初めて読むカントの著作でしたが、意外と分かりやすい論理構成だったように思いました。 「永遠平和」実現のためにカントが設定したのは予備条項4項目と確定条項3項目の計7項目。とくに有名なのは予備条項第3の「常備軍の段階的廃止」と確定条項第1の「あらゆる国家において共和的体制を担保すること」でしょうか。しかし、なかには予備条項第4のような面白い条件も付与されています。これには「戦争に関わる国債発行の禁止」が記されていて、殲滅戦を回避するための現実的な方途として今でも通用しそうな気がします。そして確定条項第2の「国際的な連合体制の樹立」にいたっては、カントは実は予言者だったのではないかという邪推までしたくなるほどの説得性を持っているようです。 これらの条項を考えたカントの中にあったのは、「自然状態」にある人間はそのまま放っておくと殲滅戦に突入してしまうという人間観だったようです。本書を読んで私は、こうしたカントの思想にホッブズの社会契約論ととても近いものを感じました。永遠平和の実現のためには、人間とその属する国家すべてが「法的状態」とならなければならないというカントの主張は、まさに「リヴァイアサン」の目的そのもののように思えます。さらにカントは、倫理学から導き出したこのような工程表が政治家に受け入れられる可能性についても論じています。実際に、本書をヨーロッパの歴代政治家が真剣に読んでいれば、20世紀の世界大戦も回避できたのでは、と思うと、人間にとって「戦わない」ことがいかに難しいことであるかと痛感されられるようです。 驚かされるのは、本書の書かれたのが18世紀末であるということでしょうか。まさか、フランス革命の渦中にあったヨーロッパでこのような先見的な主張がなされていたとは。それどころか、本書の掲げる7つの条項は、そのまま現在にも適用できるような気がしてきます。将来、この世界に永遠平和の訪れる姿が、鬼籍に入って時間という束縛から解かれたカントに見えていることを、願うばかりです。宇都宮芳明訳。 (2009年3月入手・11月読了)
0投稿日: 2009.11.25
powered by ブクログ面白くは無いよ。 ひとつの、永遠平和を目標に据えた際のなすべき事の、 極めて一般的な一つの考え方として。
0投稿日: 2009.06.30
powered by ブクログカントという哲人の偉大さを感じさせる一冊。永遠平和は義務であり、それは人間の理性によって保障されている。理性は道徳として生活で現れ、政治として国の制度になっていく。よって永遠平和は政治によっても保障されなければならない。 都合のいいときに道徳を持ち出す政治家には平和は作り出すことは出来ない。錯覚してはいけないのは、他との間に軋轢がない状態が平和なのではなく、お互いが積極的に理性の導き出す方向に進んでいきながら平和が創出されていく。理想論であっても私達が忘れてはいけない定義だと思う。国家とは個人に極めて似ている性質があると感じた。 09/1/18
0投稿日: 2009.01.18
powered by ブクログ俺が発表担当だった学志会第一回課題図書。 基本的には新訳である光文社古典新訳文庫のほうが優れているように思われるが、 予備条項最後の原注である、純粋理性の許容法則があり得るかについての部分は少なくともこっちの訳の方がわかりやすかった。
0投稿日: 2008.05.01
powered by ブクログ1章2章および第1補説を読めば、カントの主張は概ね理解できる。決して難しくない文体で書かれているため読みやすいが、内容は少々抽象的である。
0投稿日: 2008.02.24
powered by ブクログカントの言わずと知れた名著(らしい)。民主主義による平和理論と国際連合の提唱など確かに、1700年代後半に書かれたとは思えない先駆性ですね〜。まあ、それ以外は特にないけどね。但し、まあリベラリズムたるもの、リアリズムであれという印象は受けますね。彼なりに理想を現実にしようと頑張っていたわけですね。
0投稿日: 2008.02.13
powered by ブクログ純粋理性批判などで有名なカントの著書 タイトル通り世界が永遠的に平和であるために国家間ではどのような関係を気づくべきかなどが書かれている。 現在の国連のもととも言える。 驚くのはこの著書が18世紀に書かれていることだ。今になっては当たり前とも言える内容だが、国家間での戦争が頻発していた当時にこれだけの内容を考えていたことはすごい。 例えば、 第一条項 将来の戦争の種をひそかに保留して締結された平和条約は、決して平和条約とみなされてはけない。 第三条項 常備軍は時とともに全廃されなければならない。 第六条項 いかなる国家も、他国との戦争において、将来の平和時における相互間の信頼を不可能にしてしまうような行為をしてはならない。 など。 どれも現在でも問題として存在しており、未だに解決されていない。人間は本質的にそれほど進歩していないのではないかと思ってしまう。 国連や平和に興味のある人におすすめです。 条項部分だけなら20ページくらいなのですぐに読めます。
0投稿日: 2007.12.24
powered by ブクログ初めて手に取ったのは、中学3年のとき。テレビの旅行番組で「カント」の紹介がちらっと出ていて、その時代から平和について考えている人がいたんだ!という感心に駆られて購入。 通学電車内で読んだものの、ほとんどさっぱりわからなかった。 2度目に読んだのが、大学1年の語学関連授業での個人発表のとき。悪戦苦闘したが、それでも3〜4割くらいしか理解できなかった。 思えばこの本をきっかけに今の専門に進んだような気もする。 カントは国際関係の思想においては、理想主義者として捉えられがちだが、その思想をまったくのユートピアであると切り捨てることはできない。むしろ、現実と照らし合わせながら、平和創造がどれくらい大変なことかを考えるに役立つでしょう。まるごと受入れることはできないが、批判的に読むことによって得られるものは多い。 同著者のほかの著作のほうがよく知られているが、こちらも古典名著といってよいでしょう。実際に彼の考え方はいまの「グローバル市民社会」の思想にかなりの影響を与えているからだ。
0投稿日: 2007.06.14
powered by ブクログ世界の恒久的平和はいかにしてもたらされるべきか。 カントは、常備軍の全廃、そ国家の民主化、国際連合の具体的 提起を行い、さらに人類の最高善=永遠平和の実現が決して空論にとどまらぬ根拠を明らかにして、人間ひとりひとりに平和への努力を厳粛に義務付ける。あらためて熟読されるべき平和論の古典。 (本書より) いやー、おもろいこれ! でもちょっとむずい!苦笑 ほんと、永遠平和のための、軍備とか、国家、国際法のありかたを提言してて、その論理的根拠までちゃんとある。うーん、すごい。世界平和に興味ある人は必読と思われる。
0投稿日: 2006.09.10
powered by ブクログ今日ひろく読み直されている、ということが頷ける著作である。国際連合の提唱や他国の体制への実力行使による介入の無益さなど、確かにアメリカの振る舞いに否を突きつけるものであろう。共和政体の国同士では戦争が起こらないという議論などは、まさに今日のDP論(デモクラテック・ピース論)を先取りしており、カントの慧眼に驚かされる。 しかしケーガンの『ネオコンの論理』が言うほどに、現代のアメリカがホッブズに依拠し、ヨーロッパがカントに依拠していると言いうるだろうか。ヨーロッパは千数百年にわたって「キリスト教世界」であったこと、アメリカは大統領選において信仰深さを懸命にアピールしなければならないほどの「キリスト教国」であることを、軽視するべきではない。特にアメリカの「実力行使」をもって「自由」や「民主主義」を世界に押し広めようとする態度には、ラインホールド・ニーバーの神学が大きく影響していると言えよう。
0投稿日: 2005.08.27
powered by ブクログタイトルのとおり、永遠平和を現実的に実現するためにはどうしたらいいかをカントががんばって考えた1冊。現代人の考える平和とは平和の定義が若干異なりますが、平和を説く入門書、といった感じでしょうか。
0投稿日: 2005.04.24
