
総合評価
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powered by ブクログそもそも論として、自然に反してまでも寿命を延ばしたいか否か、という部分に自分なりの結論を出せているかによって本書の評価が変わってくるのではないだろうか。 自分が自らの死から遠いのであれば肯定的に感じられそうだ。 しかし実際に痛みや苦しみを抱えているその状況に陥ったら、細胞は一刻も早くその状況から回復したいと願い、痛みや苦しみのシグナルを脳内に鳴り響かせる。 その状況から医療を否定するチョイスを冷静に下せるほど胆力を強く持てる人はそうはいまい。 長く生きるより善く生きる。太く短く。そういった思考は、若いうちから深く刷り込んで生活し、後悔を持たないくらいにやるべきこと、やりたいことを尽くしてきた人でないと持てないのでは、と私は思う。 また自然か不自然か、という線引き判断は十人十色だろう。 延命治療に関してもあらゆるパターンがある以上、一言でまとめるのは難しい。 そういった考え方もある、と軽い感じに受け止めるといいだろう。
2投稿日: 2025.02.23
powered by ブクログ3人に1人はがんで死ぬといわれているが、医者の手にかからずに死ねる人はごくわずか。中でもがんは治療をしなければ痛まないのに医者や家族に治療を勧められ、拷問のような苦しみを味わった挙句、やっと息を引きとれる人が大半だ。現役医師である著者の持論は、「死ぬのはがんに限る」。実際に最後まで点滴注射も酸素吸入もいっさいしない数百例の「自然死」を見届けてきた。なぜ子孫を残す役目を終えたら、「がん死」がお勧めなのか。自分の死に時を自分で決めることを提案した、画期的な書。
0投稿日: 2025.01.05
powered by ブクログ2回目読了(以前読んだことある気が)。最近の死体は重いというのがずっと頭に残っていた。やみくもに治療と称してあれこれ体に注入されて衰弱死なんて聞かなくなってきた…私も潔く死にたいなぁ〜。
1投稿日: 2024.10.08
powered by ブクログ医療のことに触れつつも 生き方、死を考えよと説く。死を考えることでそれまでどう生きるかも考えられる。また自然死とはどのようなものか参考になった。ためになる言葉がたくさん述べられてました。
0投稿日: 2024.05.14
powered by ブクログマスコミに踊らされず、医療に頼らず、健康に意義ある人生を送りたい方にはお勧めです ( オンラインコミュニティ「Book Bar for Leaders」内で紹介 https://www.bizmentor.jp/bookbar )
0投稿日: 2023.12.14
powered by ブクログ自分のからだにまつわることは自分で決める。病気にかかるのは嫌だ。ワクチンも打つし予防医療には全力を注ぐし健康寿命は長いほうがいいのだけれど、自然の流れに争いすぎるのもどうだろうか、と思う。この世にあるものはなんでもコントロールできると思い込んでしまう現代に、改めて確認しておきたい内容。
1投稿日: 2022.11.14
powered by ブクログ大往生するには。自然死は餓死であり、余計な事は必要ない。治すためと称したパターン化した医療措置は、患者を苦しめ、穏やかな死とは縁遠くなる。 穏やかな死を迎えるには。 まさに必読書とも言える一冊。
1投稿日: 2022.05.26
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
とても興味深い内容がぎっしり。読んで良かった。 ・末期癌が進行していても気づかないのは痛みがないから。 ・癌は治療と称して攻撃しなければ痛みはない。 ・癌の治療薬は8割の人に効果がなくても承認されている。 ・健康診断は数値で「異常」を作り出す場 これまで信じ込んでいた「常識」がことごとく覆された。 病気になったら治療を受けるものと思っていたが、それがまず思い込み。 治療を受けるかどうかというところから選択肢が始まっていると認識するべき。 医療に対して受け身にならないために、選択肢の一つとして知っておくべき本だと思った。
2投稿日: 2021.07.13
powered by ブクログ正しいこともいい加減なことも合わせて書かれており、読み手のリテラシーを試される本。 「検査の基準値が95%の人が収まる範囲とすると、30項目だと20%になるので8割の人は何かでひっかかる」とか数値的なところは特に胡散臭いです。 心構え的な部分は良い話が多い。ここに書かれていることを実践していればOKというわけではなく、自分で考えて選択しないと医者に勝手に期待してしまい、失望させられますよという話と認識。 模擬で棺桶に入るイベントとかは面白そう。 おじいちゃんとかが読む本や雑誌にはこういう内容が書かれているんだなと知れる。自分は30代だが、若いうちに読んだ経験は、脳が鈍ってくる頃に役立つ気がする。
1投稿日: 2021.01.17
powered by ブクログ京都の特養老人ホームの診療所長として「看取りの医療」を日々実践しながら、医師による延命治療の拒否を唱え続ける中村医師。人間にとって最高の死に方は「自然死」であるという持論を展開し、前項の近藤氏との共著・『どうせ死ぬなら「がん」がいい』(2012)で医療の常識を覆した。半世紀にも渡る医療経験に基いて、人間とは死に方・死に時を自分で決めるのが幸せと結論付け、「今を輝いて生きるために」をキャッチコピーで1996年から主宰する「自分の死を考える集い」では、自ら死装束を着て棺桶に入る「模擬葬儀」によって人生を考え直すという超ユニークな活動で高齢者たちから絶賛を浴びている。「生きる」とは「逝きる」こと、と教えてくれる一冊。
2投稿日: 2020.12.12
powered by ブクログ高齢者への延命行為の問題の話です。 延命は拷問のようなものである。なにもしないことは死ぬ人も看取る人も覚悟は必要だが、老いは病気ではない、死は100%死ぬものであるから日頃死を受け入れる準備をしておこう、という内容。 読みやすく、(ブラック)ユーモアもある口調で書かれているので少し笑いながら楽しんで読めました。
1投稿日: 2020.10.24
powered by ブクログ中村仁一 著「大往生したけりゃ医療とかかわるな(自然死のすすめ)」、2012.1発行。医者には序列があって、大学病院の医者が頂点。次に旧国立、日赤、県立などの税立病院、民間の大病院、中小病院と続き、一番下が町医者といわれる開業医。老人ホームの医者(著者、12年目)は、更にその下。著者は沢山の自然死を見せてもらってきたと。病院では何かと処置する(穏やかな死を邪魔する行為)から自然死はありえない。死という営みは本来穏やかで安らかなもの。年寄りは、年をとればこんなものと諦めることも必要。老いを病にすり替えない。 あまり医療に依存し過ぎず、老いには寄り添い、病には連れ添うこと。 5つの章立てです。①医療が穏やかな死を邪魔している ②「できるだけ手を尽くす」は「できる限り苦しめる」 ③がんは完全放置すれば痛まない ④自分の死について考えると生き方が変わる ⑤健康に振り回されず、死には妙にあらがわず、医療は限定利用を心がける
0投稿日: 2020.10.14
powered by ブクログガンを治療するなってのは抵抗を感じるが、高齢であればQOLを考えると積極的治療はなくてもいいのかな...
0投稿日: 2020.07.23
powered by ブクログ29冊目。自分の考えも近い。整理になるのて座右に置きたい。延命の無駄、自然死の薦め。癌でさえも同様で何も手出しをせず、穏やかに死んでいく。「手遅れの幸せ」を満喫するには、「ガン検診」や「人間ドック」など受けてはいけない。本来、年寄りは何処か具合の悪いのが正常。自分の死を迎える準備項目。
1投稿日: 2020.04.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
●購読の動機 内海聡氏のFB記事で知った。 私は死ぬこと自体は怖くないが、死ぬ前に苦しんだり、麻薬で痛みを抑えて精神的に正常で亡くなるのは嫌だと思っていたが、癌であっても、いたずらに手術、放射線、抗がん剤などをせずに放置する「自然死」であれば苦しくないようだ。 ●「はじめに」の抜粋 年寄りの最後の大事な役割は、できるだけ「自然に死んで見せる」ことです。しかし、「逝き方」は「生き方」なのです。今日の生き方が問われます。今の生き方、周囲への関わり方、医療の利用の仕方、これらが死の場面に反映されます。少し体調がすぐれなければ、すぐ「医者よ、薬よ」と大騒ぎする人には「自然死」は高望みです。 ●自分の死を考える集い https://blog.goo.ne.jp/oitoshiwo 第284回「自分の死を考える集い」御案内 「今」を輝いて生きるために「死」を視野に 第284回「自分の死を考える集い」御案内 主宰 中村仁一医師 特養同和園診療所所長 今月のテーマ(2019年11月) 「安楽死」と "慈悲殺"を考える。 講師:中村仁一 氏 現在、わが国では「安楽死」という言葉の使用に混乱がみられます。 厳密には、「安楽死」は本人の明確な意思表示があり、"下手人"が医者の場合に限られます。 本人の意思が不明のケースでは、"慈悲殺"というべきです。今月は、このことを考えてみましょう。 日時 11月16日(土)午後2時~4時半 場所 【アランヴェールホテル京都】 参加費:千円 ●死ぬのは癌に限る 治療しなければ痛みで苦しむことはない。自然死を遂げることができる。治療を拒み続けることは簡単ではないので事前に周到な準備する必要がある。
0投稿日: 2019.11.06
powered by ブクログガンを放置すれば、大して苦しまずに死ぬことができる、という内容 1年前に読んだの忘れてまた読んじゃったよ。 納得できる内容だな。
0投稿日: 2019.05.21
powered by ブクログ医療とはなんぞやと考えさせられる本。意味があるのは、救急医療くらいかなぁと思う。がん検診も、早期発見よりも、検査して異常ありと言われたときのダメージのほうが大きそう。自分も、この本を参考に大往生に向けて邁進したいと思う。
0投稿日: 2018.11.12
powered by ブクログむやみに医者にかかるなということを述べた本ではない。普段の生き方への考え方が、そのまま死との向き合い方へとつながっていくということを述べている。 「死に方」は「生き方」と同じ。 自分は、普段から身体の有効な動かし方、無理のない動きなどを考えているが、この延長上に「死に方」「死に様」があるということなのだろう。 そして、考えることによって生き方は少しづつ変わっていく。、ということは…これから「死に方観」みたいなものも変化していくということになるのだと思う。 繁殖が終わった者にただ1つできること、それはこれから死にゆく様を残るものたちに見せることであるとの文章にも腑に落ちるものがあった。 身体が思うように動かない者、認知症で普段の生活もままならぬ者、でも、なんか幸せそうな者、逆につまらなそうな者。 何も語らぬが、なんと雄弁に教えてくれるものか…。
0投稿日: 2018.06.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
死と言う自然の営みは、本来、穏やかで安らかだったはずです。それを、医療が濃厚に関与することで、より悲惨で、より非人間的なものに変貌させてしまったのです ガンで死ぬんじゃないよ、がんの治療で死ぬんだよ だから、軽い病気で病院に行って、大病をお土産にもらって帰る可能性は十分にあるのです 治療法は1つあれば10分のはず。それが、幾通りも存在すると言うのは、裏を返せば、決定打にかけると言う事でしょう ガンは完全放置すれば痛まない
0投稿日: 2018.04.23
powered by ブクログ著者は現在、老人ホーム専属の医師をしている。彼の長年の老人向け医療について考えるところを正直に記してある。とても説得力がある。 著者が提唱するのは、高齢者が無理な治療により苦しまない、自然死。高度な医療が無かった昔は、年寄りは死ぬ間際に麻酔物質が分泌され、ウトウト眠るように死んでいったという。 「食べないから死ぬのではない。死ぬ時が来たから食べないのだ」というのも納得できる。残される家族のエゴで、あれやこれやと本人の意思に反して胃瘻を作ったり、人工呼吸器をつけたり、電気ショックを与えたりしがちだが、本人にとってはどれも苦痛でしかないという。著者が言うのは、老化は自然なことであり、それに抗おうとすること自体が間違っている。医療を施す意味があるのは、比較的若い人に対してであり、がんも放置すれば本来痛まないそうだ。 確かに、自分に置き換えて考えると、無理な延命治療をしてほしいと思う人は少ないだろう。自分が望まないことを人にして良いわけがない。 本書はとてもいい本だと思った。高齢の家族がいる人におすすめしたい。
0投稿日: 2017.09.14
powered by ブクログ象は自らの死期を感じると群れから離れて独り森に還るという。 飼い猫が突然いなくなるのも同じような振る舞いだろう。 そんな霊長類の中で最も頭が良いとされているヒトがそのセンサーが働き出してもそれを無視し、悪あがきをする姿は何とも滑稽である。 フランスでの老人医療の基本思想は、患者が自分の力で咀嚼出来なくなった時点で医者の役割は終わったと考えるらしい。 その後は牧師の仕事でもあると… そう言えば前から常々思っていたが、病院に僧侶の姿が見られないのは「そんな縁起でもない」と毛嫌う如何にも日本人らしい「臭いものには蓋」的な発想ではないだろうか。 えにぃうぇい… 「死」を常に意識するのは決して「消極的になる」ということではなく、「今日一日を大切に生きる」という姿勢に繋がることを多くの人は気付いていない。 追伸 人は生きてきたように死ぬ(本著作の最後の表題) 少なくてもこの言葉にピンと来る方なら一読の価値はあると思われます。
0投稿日: 2017.06.24
powered by ブクログお医者さんの書いた、医療とのかかわり方に関する本です。 老化は不可逆、病気は回復可能(なこともある)。 そのため、本来は老化による体調の不良を、病気による体調の不良をみなすことで、何とか治そうとする人が多すぎる、とのこと。 生きることの意味を見直す意味でも、また、医療の本来の姿を確認する意味でも、いい本だと思います。
0投稿日: 2017.05.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
今の自分の年齢を考えると死を受け入れるのは難しい。 それでも事故や不治の病、縁があれば誰にでも等しく訪れる死を受け入れる心構えはとても参考になった。 両親も自分も動けなくなってから後悔するのは嫌なので、今を楽しむように日々を大切に生きていきたいと思う。 老いを受け入れることで楽になるとは本当だと思う。 実際に祖父母が教えてくれたこともあり、治療を全て受け入れると苦しむ期間が長くなるということも納得できる。 祖母に対して食べる力があるにも関わらず胃瘻を勧めてきた医師もいたけど親族は断った。食べるのが趣味の人が食を奪われる事、動けなくなる事に大きなダメージを受けることを医師は全く考慮していない。本人が管を抜く可能性もあるのに、考えることは自分の利益のみ。 必要のない延命措置は苦しみを長引かせるだけだし、医療にも絶対はないので、勧められた治療法について自分にとって本当に必要なものなのか充分考えなければならないなと思った。 自分も時期が来たら対策しなければならないかな。 大切なのは長生きよりも、悔いのない充実した人生を歩むこと。
0投稿日: 2017.01.04
powered by ブクログ中村先生の棺桶に入ってる写真は 笑ってしまった。 確かに、現在の医療レベルは自然に逆らってるなぁ。 ボケる前に自然死したいな。
0投稿日: 2016.07.31
powered by ブクログ歯に衣を着せぬ口調がなんとも気持ち良いですね。 医療の全てを否定はしませんが、個人的にはこの著者の考え方に同意です。 生老病死を避けるのではなく受け入れて人生を全うしたいですね。
0投稿日: 2016.05.18
powered by ブクログ私は比較的「死」について両親と話せているほうだけど、母親が健康診断しないことや死の間際に治療しないと言っていることが、ほんとに母のためにもそうするべきだという思いになる一冊。『自分の死を考える集い』も行ってみようかな。
0投稿日: 2016.02.11
powered by ブクログ自然死を提唱する著者。自然死は安楽死・尊厳死とどのように違うのか、と思いながら興味深く読んだ。とにかく、生きた上でできるだけ自然に「死んでみせる」ことなのだが、現代日本では実践するには事前に解決しておく課題が多い。飢餓、脱水、酸欠状態(モルヒネ様物質分泌)の状況が望ましい死に際らしい。 ぜひ胃瘻にチャレンジしてみたいという人はそう多くないだろうが、予め不要な旨意思表示しておかないとその治療を受ける可能性がゼロではなさそうだ。さらにその事前指示があっても日本では法的効力は無いので難しいとのこと。 著者の勤務先の施設における事例と説明を読む限り、現段階では個人的には理想の逝き方であり、来し方だと思った。ふとした拍子に、明るく前向きに死ニ方を用意できればと思う今日この頃。一定の年齢になると、検診の各種基準によりサンプルとして分類され、その結果で一喜一憂することは、著者の主張の方向性を踏まえれば有効とはいえない。また、ここ7,8年ほどインフルエンザの予防接種を受けていない。本書を読む限りこのスタンスでよさそうだ。 「自分の死を考える」ための具体的な行動(p.150) 一 遺影を撮る 二 遺言を認める 三 別れの手紙、録音、録画を準備する 四 「余命六ヶ月」を想定し、したいことの優先順位を書き出す 五 死装束を誂える 六 骨壺を用意する 七 棺桶を手に入れる(入ってみる) 八 事前指示書を完成する 九 献体、臓器の提供の手続きをする 十 墓地、霊園を手に入れる 十一 戒名をもらう 十二 散骨の手続きをする 十三 人生の節目に”生前葬パーティー”を行う 十四 事ある毎に家族や周囲と「死」について語る 十五 物の整理をする 事前指示の項目一覧(p.160) ①心肺蘇生(心臓マッサージ、電気ショック、気管内挿管など) ②気管切開 ③人口呼吸器 ④強制人口栄養(鼻チューブ栄養、「胃瘻」による栄養、中心静脈栄養) ⑤水分の補給(末梢静脈輸液、大量皮下注射) ⑥人口透析 ⑦輸血 ⑧強力な抗生物質の使用 ⑨その他 https://www.m3.com/open/iryoIshin/article/161005/
0投稿日: 2016.01.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
とても面白かった。 内容が内容なので賛否両論あるとは思うが、基本的な考え方は自分とあっていたと思う。 延命治療はしたいとは思わないし、その場合にどうしたらよいか具体的に書いてあって参考になった。 また歳をとったあとに「無駄」な治療をしないほうが苦しまないという事例が何例かでていたので、それらがすべてではないにしろ気が楽になった。 親の治療のことで自分自身決断を迫られる可能性はあるので、何よりもしっかりと死について話をしておいて明確な方針を事前に決めておくべきだと思った。
0投稿日: 2016.01.11ごく自然な死生観に共感
人は、いつかは死ぬ運命にある。医学がいかに発達しようと、現状では、死ぬときは死ぬのである。医療に過度に依存せず、たった一回の人生を有意義で悔いの残らないものになるよう、スマートに自然態で過ごしたい。各所に含蓄のある記載があり、参考になりました。
0投稿日: 2016.01.11
powered by ブクログ最近、病院に行くことが多いので読んでみた。タイトル通り、医療のあり方を批判している本で特に高齢者への過度な医療行為に一石を投じている。確かに著者の主張には同意できる部分が多い。年と取ればある年齢からは下り坂になるわけなので、組織が若返るわけもないのだからゆっくりと死を迎えさすことが自然の摂理かと思う。私はすべての医療を否定はしないが、いつ死んでも良い様に後悔しない生き方をしたいと切に思う。
0投稿日: 2015.11.09
powered by ブクログ人の致死率は100%、というところから出発し、よりよく生きるために医療とどう向き合うべきかを描く。 つまり、「老病死」を見据えてどう「生」きるか、ということ。 死はどうやったって避けられない。老も病も生きている以上ごく自然なプロセスであり、老衰による死も本来は意識も徐々に朦朧として苦しまずに死ねるハズなのに過剰な医療がその邪魔をしている。という。 ふむ。 老衰で自然死、というのはとても穏やかなものだという。だんだん食べられなくなり飲めなくなり衰弱していくと、脳内麻薬が分泌されて本人は苦しまない。胃瘻栄養チューブ点滴はそのメカニズムを邪魔するので苦しむ、と。 へえ。 【目次】 第一章 医療が“穏やかな死”を邪魔している 第二章 「できるだけの手を尽くす」は「できる限り苦しめる」 第三章 がんは完全放置すれば痛まない 第四章 自分の死について考えると、生き方が変わる 第五章 「健康」には振り回されず、「死」には妙にあらがわず、医療は限定利用を心がける 第六章 私の生前葬ショー 第3章のタイトルがやや煽りすぎ。実際の内容は「(一部の)がんは痛まない」だった。 生物の寿命は次世代を生んだタイミング、という持論も出てくるが、子育て真っ最中の評者としては「次世代を産んだ」ではなくて「次世代を育てあげたら」だと思う。
0投稿日: 2014.11.07
powered by ブクログいちいちもっとも!と頷きながら読んだ。死に方は人任せにせず自分で。健診もワクチンもほぼ必要なし。一日の最後にはお棺に入って瞑想するとか91歳の女性が体験入棺した歳の記述とか笑えた。 実父が亡くなる少し前に感想文書きました↓ http://zazamusi.blog103.fc2.com/blog-entry-896.html
0投稿日: 2014.09.18
powered by ブクログ最初はトンデモ本かと思い敬遠していたけれど、納得できるところが多かった。極端に言い過ぎている部分も多いけれど、自ら実践していることに関しては、他人が批判するようなことではないだろう。ただ、患者本人ではなく、周りのいる人(例えば家族)の反感を買いそうな本ではある。
0投稿日: 2014.08.06
powered by ブクログこの本は今後の人生に大きな影響を与えると思う。久しぶりに新しい価値観を得たような心に残る一冊です。 延命治療を望まないという人は多いと思うが何が延命なのかを考えたこともなかった。短い時間だったけど人工呼吸器をつけた父の姿は生き物としてやはり不自然だったと思う。 日本が長寿国である理由はこういう事なんだろか。 年寄りは調子が悪くて当たり前。自分の口で食事を取れなくなったら死ぬとき。自然にしたがって穏やかに生きて、死ぬことを僕も実践したいと思った。
0投稿日: 2014.07.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
延命処置の不要さ、無駄を書いた本。 病気と老化を混同しないこと、歳を取ったらどこか悪いのが当たり前、LQを下げてしまう病気・怪我以外は医者にいかない方がよい。 また食べ物を自分で食べられなくなったら、老衰死コースで枯れてなくなるのが、一番幸せ。意識が混濁して死ぬと痛みや恐怖から解放される。 自分が老人になったら、これはしなくて良いという事前指示をかいておこう。あと、救急車で運ばれるとあらゆる手段で生かすという方法を選択されるので注意。 医者は健康法の指南者でもないし、病気の診断に100%はない。自分の体は自分に聞け。熱発も下痢も自浄作用。薬は化学物質、出来るだけ飲まない。精密検査も人間ドックも歳を取ったら不要。
0投稿日: 2014.06.01
powered by ブクログレビューは書きにくいけれど、自分の体は自分にしかよくできず、医療を受ける身でも、医療に頼り切るのではなくて、あくまで自己回復の手助けと思うべきだなと、思いました。 少し前からとても疑問だったワクチン摂取。赤ちゃんにはたくさんのワクチンを与えますが、自分の赤ちゃんにも実費で受けさせたあるワクチンは、その病気で死んだ赤ちゃんを100とすると、そのワクチン摂取が原因だと思われる死亡数が70ほどだそう。。 一方で、老いは怖いけれど、受け入れないと単なる「老い」が「病気」になってしまう。 自分が長寿の家系で、祖父母まで全員健在なため 死や病気と向き合う体験が少ない今と実際直面した時とでは考えることが違うのだろう。 延命措置についても考えさせられます。 やっぱり纏まりのないレビューになっちゃったな May, 2014
0投稿日: 2014.05.19
powered by ブクログ自然死のすすめ ガンであっても治療しなければ苦しまずに死ねる といった内容。 薬漬けにせず、穏やかに死ぬことを提案しています。
0投稿日: 2014.05.18
powered by ブクログ不調があるとすぐに病院に駆け込み、医師の言葉を盲目的に信じる。それは老いという自然の真理に反しているのではないか? 医師である著者が、充実した生を送るために、死を考えようと唱える。 ちきりんさんのオススメで読んだ本。書かれている内容にすべて納得できるわけではない。意識がないのに長生きさせられるくらいなら、延命治療を断るべきだと言っていたけれど、それは個人の価値観によるものだろうし。 ただ、自分がいかに固定観念にとらわれているのかを知るきっかけにはなった。具合が悪いなら病院へ行くことが当然だという思い込み。「本当にそうなの?」と自分の頭で考えないことはとても恐ろしいことだ。これまでの常識を疑ってみる良いトレーニングの機会になった。
0投稿日: 2014.04.26
powered by ブクログ昨年度の2学期に放送大学で人類学を学習し、死について考え、 愛犬の死を経験したこともあり、 ある人が推薦していたこの本を読みました。生きるということは、生まれた瞬間から死に向かうことです。明日死ぬかもしれないから、今を一生懸命生きたいと思うし、死に際も少しずつは考えておきたいと思います。大切な人との別れも、自分でコントロールできないものだから、今朝の「いってらっしゃい」が、もしも最後の言葉になっても後悔しないよう、誠実に対応していきたいと思いました。 あと15年くらいしたら、実践すべきこともたくさんあり、時折クスッと笑ってしまう部分もあり、すごく良い本でした。
0投稿日: 2014.04.26
powered by ブクログ年をとれば誰でも衰える。 加齢を受け入れ自然に身を任せて生きろ。 現役世代は仕事があるから多少は医療にかからないと問題が生じるから賛成できない部分もあります。 ただ年金で生活している枯れ木には医療は必要ないし、するべきでないという意見は完全に賛成です。
0投稿日: 2014.04.06
powered by ブクログなかなか考えさせられる一冊 身内、そして自分の死について考えるために 一度は読んで損の無いそんな本です 文章に繰り返しが多く多少読みづらいですが Drが日常の仕事をしながら時間をつくって 書いたのが良くわかります
0投稿日: 2014.04.05
powered by ブクログいろいろ参考になる内容が書かれており、医学に対する自分の考え方に大きく影響を与えた。ただ、後半部分はあまり興味がひかれなかった。自分がまだ若いからであろうか。
0投稿日: 2014.04.01
powered by ブクログ死にそうな人に「できる限りのことをしてあげる」と、安らかな死どころか、拷問中の騒々しさと痛々しさの中で死ななきゃいけないそうです。ほっといてほしい人は、頭がはっきりしている間に「死にそうになったらほっといてね!」と周りの人に言っておかなきゃいけません。
0投稿日: 2014.03.10
powered by ブクログそりゃー、医療とかかわらず死ねたら大往生ですわいね、というトートロジーのようなタイトル。 90過ぎまで皆に愛されて、朝起きてこないなーと思ったら床で死んでるというのが私の究極の目標です。 超高齢社会において、最も予習が必要とされるジャンルともいえるターミナルケア。なかなか人間、自分や家族の終末期をイメージしないのは、当然のバイアスとも言える。 京都大学医学部卒、財団法人高雄病院理事長を経て社会福祉法人老人ホーム同和会附属診療所所長の著者。有名じゃないから失うものはない、おまけに先が短いので恐いものがありません、として医療の現実と医療にかかる人の期待のギャップを突く意欲的な一冊。
0投稿日: 2014.03.05
powered by ブクログどこまで信じるか迷うが、「癌は完全放置すれば痛まない」というのは、自覚症状で早期発見されないことと整合すると思った。
0投稿日: 2014.03.01
powered by ブクログうちの両親の死に対する考え方。 繁殖が終われば、あとは死を受け入れて、生活する。 どう命を伸ばすかではなく、どう今を生きるか。
0投稿日: 2014.02.10
powered by ブクログがん治療などの副作用が痛い辛いわけで、老いと病を取り違えず、自宅で安らかに死のう、という本。図書館で借りた。還暦や古希を節目に、誰それと仲直りとか、会いに行く、など、死の瀬戸際に他人の力を借りる事のないように、自分で始末しておく、というくだりは納得。死について考えることを先送りするな、ということ。
0投稿日: 2013.11.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
自分の死を視野に入れてこそ充実した生があるのではないか。著者の論法、哲学には一考の価値がある。抱腹絶倒の一冊
0投稿日: 2013.11.10
powered by ブクログ文字通り、医療による治療(特に癌治療)を否定するもの。 今まで癌=治さなければいけない大病、という意識だったけど、著者はそれも老化現象の一種として否定する。 そして、老人の延命治療を遺族のエゴと断言する。 癌が痛みを誘発するわけではなく、癌治療が痛みを誘発する、というのは目から鱗だった。 全ての癌患者や介護施設にお世話になってる人に当てはまるかは別として、安楽に死ぬこと(not 安楽死)は一定の考えとして尊重されてしかるべき。 そしてこれを読んで自分も、できれば畳の上で死ねればと痛切に感じた。
0投稿日: 2013.11.09
powered by ブクログ母親のお勧め。普段から自分で健康をコントロールし、医者任せにしない、薬に頼らない生活の勧め。是非色んな人に読んで欲しい。
0投稿日: 2013.11.01
powered by ブクログ叔母がガンになり、余命3か月を言い渡された時に購入した。 とても勉強になった。 というか、目からウロコの話だった。 延命治療や抗がん剤治療について、考えさせられた。 世の中には色々な考えた方があり、選択肢はひとつではなく、医者も十人十色だ。 その事を実感した本。
0投稿日: 2013.10.30
powered by ブクログ生活習慣病は 治らない!! そういやそうだった。成人病に名称を戻すべきだと思った。 ちゃんと、準備をしよう!!
0投稿日: 2013.10.25
powered by ブクログ人間(すべての動物?)には、本来、自然治癒力というものを持っているので、熱が出た、咳が出る、鼻水が出るなど・・・ですぐ薬は使わない方が良い(体内でウィルスと戦っている、ウィルスを体外へ排出しているから)という話は、別の本でも書いてあります。いまある状況を治すのではなく、原因となっているものを排除しなければ、意味がない。 知人(医者が)以前「ガンになって、医者に行くから、苦しむん(苦しめられるん)だよ。自分だったら、絶対行かないね」と言っていたのを思い出しました。 生まれてくるときは、自然に生まれてくるのだから、死ぬ時も自然に死ぬ方がいいんだろうな、と思いました。生かされるのではなく・・・。 「縁起でもない」でなく、「死」について、きちんと考えておくべき、または家族とも話し合っておくべきだと思いました。
0投稿日: 2013.08.23
powered by ブクログ近藤誠との対談本でだいたい語り尽くされていたなぁ http://booklog.jp/item/1/4800202868 ※どうせ死ぬならがんがいい 老人ホームでの自然死 がんは(種類によるけれど)痛まない いろう4年、折れ曲がった手足の女性写真はショッキング ※入棺時はポキポキケア 鼻チューブは胆嚢炎の手術後に 胃からの出血を出すために2日やったけれど しゃっくりが続いてタイヘンだった 43 湿潤療法 50 85歳アルツハイマーにも点滴、医学的に必要38% 56 鼻チューブ 67 栄養を押し込む 70 写真 84 大便は座位で、食事は前かがみで 147 人工呼吸器、経管栄養、人工透析、個別の意思表示を 156 心臓・心肺同時は50まで、すい臓・小腸は60、肺・腎臓は70、肝臓は年齢制限なし 165 胃や腸の末期がんは止血が難しい 175 うつる病気(体外から原因)は直る。生活習慣病は治らない 182 早期発見・早期治療は肺結核から 206 スェーデンのフリーズドライ葬、まるごと肥料に 坊さんの本の次は死に方 ちょっと抹香くさい本が続いた
1投稿日: 2013.08.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
チェック項目11箇所。大学病院の医者が頂点で、旧国立病院や日赤、済生会、県立、市立などの税立病院と続き、次が民間の大病院、中小病院の医者で、一番下が町医者といわれる開業医です、老人ホームの医者はさらにその下ですから、いわばホームレスレベルなのです。世間では、家族や知り合いが開業医や小さな病院で診てもらっていて、経過がはかばかしくない時に、「だめ、そんな小さいところにかかっていては。もっと大きなところへ行かなくちゃ」というのがふつうなのですから。わが国には医者個人の情報がなく、その実力のほどが素人にはわかりません、そこで、病院の序列の上の方の医者が、評価が高いということになるのでしょう。本来、年寄りは、どこか具合の悪いのが正常なのです、不具合のほとんどは老化がらみですから、医者にかかって薬を飲んだところで、すっかりよくなるわけはありません、ところが、「年のせい」を認めようとせず、「老い」を「病」にすり替えます、「老い」は一方通行で、その先には「死」がありますが、病気なら回復が期待できますから。介護現場では、「認知が進んで」などと使われる場合があります、「おいおい、それだとよくなっているんじゃないか」と突っ込みたくなります。本来、医療は、本人の身体の反応する力を利用するものです、したがって、最後の場面において、血圧が下がってきたので上げようと、いくら昇圧剤を使っても、血圧が上昇しなくなる、これは、本人の身体が薬に反応しなくなったためです。シーズン中、インフルエンザで死んだ人が204人なのに対し、予防接種後に死んだ人が133人もいます、このうち、121人は60歳以上なので、持病(基礎疾患)を悪化させた可能性もあるのではないかと思われます。健康人でも、食欲がない時に油っぽいものは、なかなか口にできないように思われます、それを無理やり死にかけの病人の口の中に押し込むのは、どうなのでしょう、勝気な人なら吐き出すでしょう、しかし、気が弱い人は、介護職員にピタリと横にはりつかれて、次から次へと口の中に放り込まれるわけですから、仕方なしに飲み込むでしょう、けれども、その結果は、火を見るより明らかです、当然、吐くことになります。現在では、医療の”虐待”のみならず、「食事介助」「生前湯灌」「吸引」などの介護の”拷問”を受けることなく死ぬことは、至難になっています、今や、誰にも邪魔されず、「飢餓」「脱水症状」という、穏やかで安らかな”自然死”コースを辿れるのは、「孤独死」か「野垂死」しかないというのが現実です。一般に、医者は、医学の勉強をして医師免許を持っています、しかし、特別に人生勉強をしてきたわけではありませんし、人生修行もしていません、また、さしたる人生経験もありません。よく糖尿病になったのは甘い物を食べすぎたせいなどといわれるように、悪い生活習慣が原因のすべてであるかのような錯覚を与えます、しかし、いくら食べても素質のない人間は、糖尿病にはなりません。むやみに「健診」や「人間ドック」を受けて、病気探しをしてはいけません、医者の餌食になるだけです。
1投稿日: 2013.08.09
powered by ブクログ注目を集めるようなタイトルであったり、トゲのある書き方はちょっと残念だが、的を射ている主張もある。 「医療とかかわるな」というよりは「医療を過信するな(神格化するな)」といったところでしょうか。 自分自身の「生き方」を考えること、つまり、人生のエンディングをどう迎えたいのか考えた上で、どの程度医療を受けるのかを考えるべきだということだと理解。
1投稿日: 2013.07.31
powered by ブクログ老人にとっての医療、そして大往生といわれる死に方について、啓蒙的だ。認識を新たにさせられた。私は40代なので、まだ縁遠い感じがするが、親のことを考えてしまった。 ・抗がん剤が効くとは? ・献体の現状 ・事前指示の項目 ・人間ドックの異常なしとは
1投稿日: 2013.06.27
powered by ブクログなかなかどうして、刺激的な本でした。 少し、言い回しなどが気にかかる部分もありましたが、この本のキモは、きっと、「自分のカラダの感度は、自分で上げる」ということにあるのだと思います。 少し悪いところがあるとすぐに医者にかかる…というのでは、自分のカラダが出してくれているサインに気付けなくなってしまう。 自分である程度は様子をみておく、ということ。 そして、自分のカラダの声に耳を傾けるということ。 そうすれば、「死に際」は自然と見極められるようになるのだ、といいます。 また、「看取らせる」ことが年寄りの最後のつとめなのだ、という主張にも唸らされました。 これは、以前読んだ吉村正さんの本を思い起こさせました。 昔は、お産はほぼ自分のうちで行われていました。 だから、「生」や「性」はまさしく生活の一部であったのだと。 病院で産むようになってから、お産という営みが生活から切り離され、無機質でまっしろな空間で行うものになってしまった。 吉村さんの産院での取り組みは、それを取り戻す最後の抗いをしているように、見えました。 この本の著者、中村さんは、同じように「死」を生活の一部に取り戻すことを主張しているのでしょう。 病院での死は、いま、どこが「死に際」なのかが限りなくわかりにくい。 遺す者たちに「看取らせる」こと。 すなわち「死」を間近で経験させることは、そのまま、その人間が他人の死や、ひいては自分の死を判断するときの感覚を、研ぎ澄ませることにもつながります。 ただ、そのように「看取らせる」には、それなりの信念と覚悟が必要なのだ、とも。 ふたりの医師が述べているのは、「生」と「死」という対極の事柄だというのに、既視感を覚えるほどに同じことを言っていました。 「生」と「死」を生活のなかに取り戻すということ。 医療の本質とはそこにあるのではないかな、と考えさせられました。
1投稿日: 2013.06.21
powered by ブクログ自然死。 尊厳死。 入院して、管に助けられて、病院で死を迎えるか。 家で、自然に、死を迎えるか。 にしても、大変勇気のある意見だと思った。 参考にして、自分のこれからを考えてみようと思う。
0投稿日: 2013.05.03
powered by ブクログ「死」について普段から考えておくことは大事だと当方も思います。身内や知人の最期に接したり間接的に経験談を見聞きして,終末期にはどのような状況になるのか知っておくことは,自分自身や自分にとって大切な方が最期を迎えるときの判断材料になるでしょう。とはいえ,経過も周囲の環境も十人十色である以上,個人的経験を過度に一般化することで一律に「こうあるべき」という結論を出してしまうことはむしろ弊害にもなりえます。特に本書ではそうした「こうあるべき」の主張において必要と思われる医療までも否定しかねない一種の自然志向が目立っていて,かなり気になるところです。一般の方が読むに当たっては,そのあたりに注意して頂く必要があると考えます。 全文→http://d.hatena.ne.jp/DrPooh/20120405/1333574095
0投稿日: 2013.04.14
powered by ブクログ話題になって結構売れてるみたいだから読んでみた。この中で根底に流れる部分(要はタイトルに示されること)には賛成できるし、いずれは自身の問題として当然向き合うことになる終末期に関して自分なりに考える、ひとつのきっかけになるという点で一読の価値はあると思う。ただ、個人的見解のみで著述されている部分も多く、そういうのはう~ん、って感じ。
1投稿日: 2013.04.13
powered by ブクログ死と向き合うこと、死に方の希望を考えられる一冊でした。 癌は痛まない、死の苦しみへの先入観。 何もしなければ、徐々に意識が薄れ穏やかに最後を迎えることができる。 逆に医療を受けることでとても不自然な死に方を迎えること。 食べられない状態になっても点滴、胃ろうで苦しみながら生かされる。 つるつるの肌で手足の関節が固まっているような状態は とても自然とは言えないと思います。
0投稿日: 2013.03.27
powered by ブクログ医師として多くの「自然死」を経験した著者が、分かりやすく終末期医療・福祉の問題点を提示し、警鐘を鳴らす。なぜ、子孫を残す役目を終えたら、「ガン死」がお勧めなのか。自分の死に時を自分で決めることを提案した書。
0投稿日: 2013.03.26
powered by ブクログ自然死のすすめ。 飛び続けてきた飛行機が飛べなくなり人生の終着地へ安らかにソフトランディングしようとした時、点滴、いろう等医療行為で無理やり着地させないとゆう事は本人にとって拷問に近いものがある。 そうだったのか。 考えさせられました。
0投稿日: 2013.03.19
powered by ブクログ私も医療職に就いていますが、これは目からうろこの書。 というか、誰もが、心の底では本当に思っている事を、ぶっちゃけてしまった書、でしょう。 ああ、こういう考え方をしても、いいんだ。それは医療者失格ではないのだ、と、肩の力を抜く事ができたように思えます。 医療、介護に関わる方々には、是非読んでいただきたい書です。
0投稿日: 2013.03.15
powered by ブクログよくよく考えてみたらそりゃそうだろうなと考えさせられる内容だと思いました。自然に逆らわずその流れに身を任せる生き方が本来の人間らしい与えられた人生かも知れませんね。私自身はまだ死について真剣に考えたり身構えたりしたりしたことが年齢的にないためか実際年老いた時にどう考えるかは分からないけれど健康については留意しないととは思いますね。
0投稿日: 2013.03.09
powered by ブクログ・2/27 読了.3日ぐらいであっという間の読了.タイトルを見ただけで大方の主張は読み取れたし、想像していたことが書かれていたからそれはそれでいい勉強になった.自分が高齢者になるまで無事いられればこの本の通りでいいけど、あとはいくつからが高齢者か、自分で納得できるのかが問題だな.
1投稿日: 2013.02.27
powered by ブクログ現代の私がたちが死ぬ場合にはそのほとんどが「医療死」が中心になっている。しかし、「医療死」は死ぬ時が来た人間を治療という名目で無理矢理に死を遅らせようとしている。それが却って私たちを穏やかで安楽な死から遠けていることになっている。 私たちには「自然死」という道も残されている。それは医療による治療や処置を拒否し死を迎えるという方法である。 本書は、医療が介入することで死から遠ざけられている現代の私たちにもう一度自分の死を考える契機を与えてくれている。自分の死に方を考えることを教えてくれる。 私は自分の死を漠然としか考えておらず、どのような死に方を迎えるかなど考えていなかった。 本書を読み進むうちに中村仁一の死生観の共感を覚えるようになった。私もできれば医療死よりも自然死を選びたいと思えるようになった。ただ、自然死を貫くには覚悟と自己責任が必要なことを感じた。それと準備も。 死は誰にでも訪れる避けられないものである以上、自分の死を考えておくためにも本書で提起されているような死に方と生き方を知っておく必要があると思う。
0投稿日: 2013.02.26
powered by ブクログ胃ろう、人工呼吸器、人工透析から新しめのAEDまで、自分が何を選んで何を選ばないか確かに記録に残しておくことは必要だな、と思いました。ttp://oshiete.goo.ne.jp/qa/1242961.html を見て、本当に医者はこういう表現をするんだ、と驚きましたし、一方で家族は「見るに耐えない」という思いを抱くものなんだな、とも。既に亡くなった方の祖母は最後の数年間胃ろうでした。私は家を出ており、久しぶりに会ったときには既に胃ろうが設置されていたので当時は聞けなかったけれど、設置前・設置後、胃ろうについてどう思っていたのだろう、とたまに考えます。
0投稿日: 2013.02.23
powered by ブクログ死が遠ざかっている昨今、死をしっかり見つめ直すことで自分の生き方を修正していかないといけないと思った。 延命治療はその後のQOLを考慮したものでないと、本人にとって苦しいものになる可能性があることが納得できた。医療が発達するに伴い、死をも克服できるような錯覚に陥ってはいまいか?面白い本でした。
0投稿日: 2013.01.30
powered by ブクログ癌は治療をしなければ痛まないのに、拷問のような苦しみを味わったあげく、やっと息を引き取れる人が大半であることを指摘し、「死ぬのはがんに限る」と断言する。このポイントが受けたためにベストセラーになったと思うが、実は「老」「病」「死」は自分で引き受けるしかないと論じた非常にまじめな良書。後半では「自分の死について考えると、生き方が変る」という章が設けられている。生前葬はやりすぎの感もあるが、意思表示が不能になったときの「事前指示書」の項目もあり、読むべき本であると思う。
0投稿日: 2013.01.23
powered by ブクログ全体的に納得。 老後をおくる年代の人は一度は読んでいた方がいいと思う。 ただし、年齢的にまだ死にたくないと言う気持ちもあるし、現実でガンと診断されて場合、どうするかはなんとも言えない。 定期健診の結果、治るガンと言われた時に、どうするか、もっと突っ込んで書いて欲しいと思う。 (定期健診をしなくていい、という考えはちょっと反対。 結果を見て、予防をこころがけようと意識するメリットもあると思うので) 後半は、往生の具体的方法ともあって、飛ばし読みしてしまった。 やはり、まだ自分は死なないと思っているんだなぁ・・
0投稿日: 2013.01.16
powered by ブクログ大往生したけりゃ医療とかかわるな (幻冬舎新書) [新書] 中村 仁一 (著) 特別養護老人ホームの医師。 歯切れがよく読みやすかった。 医療とまったくかかわるなという意味ではなく、死に際して、過度な医療依存はいかがなものかという問題提起という風にとらえた。 人が死ぬことは当たり前で、苦しみから逃れたいというのであれば、こんな方法がありますよというひとつの選択肢として考えておいていいだろう。 超高齢者社会となった日本での死因の第一位は癌だ。 老いて、がんになるのは、仕方ないことだという医師の立場や、延命についての考え、著者が伝えたことはまだあったかもしれないが、我々が、今、考えることは何か、見つめなおすきっかけになる。 将来、自分に死が寿命として近くなってきたとき、読んでおいてよかったなと思うかもしれない。そんな本。 個人的に共感した部分は、P129から数ページ。死とは直接関係ないのだが、私もよく考えることなので、 楽しく読ませてもらった。安易な「心のケア」について書かれてある。介護の世界でも傾聴という言葉はある意味キーワードだ。でも、傾聴ってなに?きいてればいいの?寄り添うってなに?うんうんとその人の気持ちになって話をきくこと?私は答えをみつけてない。そこを著者の考えでバッサリきっているあたりが気持ちよかった。 中に、死ぬ前に示しておくとよいとされる事前指示書(自分の死に際する)についての見本があるので、あとで私なりにまとめてみようと思った。 楽しかったです。
0投稿日: 2013.01.09
powered by ブクログ肉親の死に立ち会ってみて始めて、現代日本において、人はどのようなプロセスを経て死んでいくのかが分かった。「看取らせる」ことが老人の最後のつとめだ、というのは確かにそうだと思う。 著者は、「死ぬのは癌にかぎる」という。末期癌というと苦痛のイメージしかないが、癌は治療をしなければ痛まないのだそうだ。「がん検診」なんか受けてはいけない。発見されたときは手遅れになっているが、それはつまり、それまでは痛くも痒くもなかったということに他ならない。動物は、極限状態ではエンドルフィンが分泌され、痛みを感じないようにできているのだ。確かに、抗癌剤や放射線治療は、苦痛が大きい割に効果はそれほどでもない。もっとも、今、自分が癌を宣告されたらどうするかは微妙である。 現在、ほとんどの日本人は病院で死ぬから、人間が自然に死んでいく姿を見る機会はまずない。しかし、死というのは本来、穏やかで安らかだったはずである。著者曰く、医療は「虐待」、介護は「拷問」である。胃瘻歴4年というおばあさんの、人間離れした姿の写真はショッキングだ。 この本は、繁殖を終えて賞味期限が過ぎた人間に向けて書かれたものである。けれども、まだ繁殖を終えていない人にとっても、命の有限性を自覚することは大事であろう。いつ死んでも、「色々あったけど、そう悪い人生ではなかった」と思えるような生き方をしたいものだ。
0投稿日: 2013.01.04
powered by ブクログ売るためとはいえ、ずいぶん過激なタイトルです。 高齢化社会となり自分の健康や死に関心が高まっているという証拠ですね。 著者の中村先生は、病院の院長を経て2000年から特養老人ホームの配置医として勤務しているということです。 仏教に関しては造詣が深く、1996年からは「自分の死を考える集い」を発足させ、16年間で180回以上の例会を開催されています。 特養で高齢者が亡くなってゆく姿を数十例見てきた経験から、医療を受けるとかえって不要な延命治療のために穏やかな死を邪魔することになり、医療なしで徐々に衰弱してゆく自然死は苦しくなく最後を迎えることができると確信しているそうです。 若者にとっては、中村先生はたんなる奇人、変人のようにしか思えませんが、ある程度死が身近に感じられる年になってくると生と死はセットであり、老病死は自分でひき受けるしかないという生き方には共感できるようになります。しかし医療により救われることも数多くあるのも事実です。 中村先生がおっしゃりたいのは「今」であることを認識し続けるために死を考えるということだと思います。
1投稿日: 2012.12.28
powered by ブクログ「癌は放置しろ」「癌治療こそ苦しませて死なす行為だ」「老衰で死ねば脳内麻薬が出て苦しまず死ねる筈」「医者に苦しまされているだけだ」「自分の死に方を考えろ」激しい論調で小気味良く医者をコケにしている。が引き込まれてしまう。同時に家庭で終焉を迎える難しさもちゃんと紹介している。話題作なだけあって面白い。
0投稿日: 2012.12.27
powered by ブクログ死ぬ事に対して準備をするという死生観が自分にとって新鮮でした。これからの生き方を改めて考え直すきっかけになる一冊です。
0投稿日: 2012.12.20
powered by ブクログ軽くなって死にたい。 期限をむやみに先延ばししたくないけど、それまでに意思表示をしっかりしていなければ。 老いに直面したら、それでも怖くて延命拒否できなくなるかも。若いうちから心準備しとかなきゃ。棺桶はいるイベント楽しそうだなあ。 年取るまでは健康で生きていたいな(て思える自分も大人になったなあ)。
0投稿日: 2012.12.17
powered by ブクログすべての老人とその家族に。 全くもってその通り!と何度も納得。 そして面白い語りで笑える「自然死のすすめ」 はっきりいって…自分の仕事に嫌気がさします。
0投稿日: 2012.12.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
老後で死ぬなら「がん」が一番。 胃婁のデメリット、すやすや老衰するためのヒント、最後のとき、どのように医療にかかわるかが書かれています。 死の瞬間にはエンドロフィンの脳内麻薬がでるから痛まずいけるらしい など目からうろこの内容が書かれています。 死が怖くなくなる一冊です。死は全人に訪れるものですからね・・
0投稿日: 2012.11.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
繁殖を終えた人間が老いて死ぬのは当然のこと。いたずらに医療によって延命させることは当人にとっては拷問であるという考え方はある意味納得。死に対する考え方が少し変わった。良本である。
0投稿日: 2012.11.01
powered by ブクログガン治療の弊害を指摘し、大往生を勧めた本。高齢者にとっては、苦痛を長引かせる延命処置を極力省き、自然な死を迎えるべきだと主張は筋が通っていると思う。実際に自分の親とかがそうなった時、それを勧められるかは自信がないが、それはあくまで本人の意思が尊重されるべきであり、著者もそういっていたか。 弱年者のガン治療も否定するのか、著者にはその辺りを踏み込んで聞いてみたいと思った。
0投稿日: 2012.11.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
随分と大胆なタイトルだと思い購入。 内容はタイトル通り。主に日本人の死亡原因である「ガン死」について論じたもの。著者は一般の病院に勤務し、定年後、老人介護施設の医師として勤務している。勤務先が勤務先だけに、多くの老人達の最期を看取ってきた。その中で、医療と介護はどのようにあるべきか、自分の死はどのように受け入れていくべきか考えられたようだ。 著者によれば、基本的に投薬はおすすめできないそうだ。 体には自浄・自然回復力があるから、基本的には安静にしていれば治るものであり、治らないのは加齢により、自然回復が追い付かないからだという。薬は症状を維持ないしは改善させるもので、健康体に戻すのはあくまで本人の体だという。確かにそうだろうなと思う。 これに関連して、寝たきりや胃瘻という処置が、結果的に本人の回復に時間がかかってしまう問題についても述べられている。 横になったままだと排便しにくく、これは分娩でも同じだという。「産み落とす」の語の通り、つかまり立ちの方がいきみやすく、理にかなっているという。 また、ガンは痛みを伴うものという観念があるが、末期ガンであれば、痛みは伴わないという。痛みが激しすぎると、脳が痛みを緩和させるべく作用するとのことなど、興味深い記述が多い。 ガンに対する本かと思ったが、そうではなく、自分の最期をどのように迎えるべきか考えるための本であった。ただ、自分が自分の死を考えることと、家族が自分の死をどのように考えているかということは別である。また、現状もしもの時はやはり病院に送られることに鑑みれば、それも踏まえて家族と話しあう機会をもうけてもいいかもしれない。
0投稿日: 2012.10.30
powered by ブクログおっしゃるとおりです。 現実の死はどうしてこんなにタブーなんだろう。 絶対に避けられないものなのに。 ぽっくり死ぬなんてほとんどの人は無理。 自分の死に方をじっくり考えるべきである。
0投稿日: 2012.10.24
powered by ブクログ「医療死」よりも「自然死」 個人の死生観なので良いも悪いもないが、考えさせられる良本。 医療を否定しているのではなく「死」をタブーにせず、自分の「死」を意識して生きることの重要性を説いています。 自分の時には参考にしたいと思います。 医療と関わらないという「選択肢」も認められるべきだと思いますが 今の日本でこれをやると不審死扱いになって家族が迷惑する可能性があります(^_^;)
0投稿日: 2012.10.09
powered by ブクログ軽い語り口で「自然死」をすすめている本。 第4章「自分の死について考えると生き方が変わる」 「自分の死」を考えるのは「死に方」を考えるのではなく、死ぬまでの「生き方」を考えようということなのです。すなわち命の有限性を自覚することで、「今、こんな生き方をしているが、これでいいのか」と現在までの生活の点検や生き方をチェックし、もし「いいとはいえない」というのなら、軌道修正を、その都度していこうというこごなのです。 そして結果として、 1.目をつぶる瞬間、「いろいろあったけれど、そう悪い人生ではなかった」と思え、 2.親しい周囲との永遠の別れに対しても感謝することができ、後悔することが少なくてすむ という功徳があります。
0投稿日: 2012.10.05
powered by ブクログ病院委員長が言う一種の内部告発だからこそ 言える内容だし信用できる その上歯に衣着せぬ言いようが笑えるので嫌味がない あくまでも自然治癒力に注目しての発現もうなずける 曰く治療の四原則 自然治癒力の過程を妨げない 自然治癒力を妨げているものを取り除く 自然治癒力が衰えたら賦活する 自然治癒力過剰なら適度に抑える 解熱剤・鎮静剤を控える 痛みや熱や咳や嘔吐や下痢などの反応を抑えるよりも 食欲・体力・気力・生気などの症状に照準を合わせる 異物が入り込んだり膿や脂肪が溜まったりしたら取り除く 貧血や栄養不良による免疫疾患と重なった病の場合は 最初に治癒力を回復させるための処置が必要 アレルギーなどによる過剰反応にはそれを抑える必要がる 回復力と体内環境を整えるホメオスターシスを側面から 手助けする方法を治療という 治療には三つの方法がある 原因療法=細菌感染に対する抗生剤で免疫力を上げる 補充療法=糖尿病に対するインスリンホルモンなどの方法 但し更年期にホルモンで軟着陸させるのは 自然の流れに逆らうことなので控えめに 長く続けると乳がんや血栓など副作用が出かねません 対処療法=症状を和らげる間接的で最も多用される方法 治癒力を抑えかねないのでできるなら使わないに越したこたはない 自然死とは「餓死」のことである 餓死・脱水・酸欠・炭酸ガス貯留は脳内にモルヒネ物質が分泌され 麻痺作用があり意識が薄れる この人工的な時医療処置で延命を図ろうとしなければ 自然の仕組みで気持ちのいい夢うつつでおだやかな状態となる 食べられなくなれば鼻からチューブを入れたり お腹に穴を開けてチューブを通し水分や栄養を補給する あるいは点滴や輸血や利尿剤や血圧昇圧剤を使うということ これで脳内モルヒネ分泌を止め気の遠くなる恍惚感をぶち壊して 死の瞬間に一生を振り返って回想し すべてを精算する悟りのチャンスを奪ってしまう 専門家という権利を持った人達が社会的な責任と保障から逃れるために 社会に役立たない死に際の人やマイノリティーの人にシワ寄せされて 医療による虐待や介護とリハビリによる拷問で 苦しまなればならない暴力的な状態が制度化されている これは依存による支配と従属を蔓延させている現代社会で 作り出されている嘘とダマシと秘密よる暴力のすべては 支配と搾取の権利を持つ者が 目的とする競争原理で操る社会の法がもたらす卑怯な制度である 出産についても免許による権利者の都合で理不尽な形に歪められている 本来ならば重力と方向性から言っても座位で行われるのが正常な形である それを寝かせて分娩台に縛り付けるのも自然に背いた虐待的制度である 現代治療制度の下ではガンの病で死ぬのではなく病人自らの治癒力を閉ざし 癒すことを省いて自然死を認めない法を盾にとった癌の検査と治療の名目で 苦しめられた上に殺されるのだ 産まれて死ぬ「還り」の人生では老・病・死・と向き合わなければならない 老いにh寄り添ってこだわらず・病には連れ添ってとらわれず・ 健康には振り回されず・死にはあらがわず・医療は限定利用を心掛けること 繁殖を終わり賞味期限の切れた後の役割は老いる姿・死にゆく姿を 後継者に見せる・残す・伝えることにある 生きるための手段である健康が目的にすり替えられていることに問題がある それは迷惑をかけずにマイノリティーになることなく健康に生きて死ねと言う 社会的圧力に恐れを抱いているが故の結果でもある 死に対する事前指示 私は自分の死に対して医療死よりも自然死を好みますので、意識不明になったり正常な判断をできない状態になった場合、更にはボケる場合もその前に自分で判断して断食死を選ぶつもりでいます。以上によって左記の状態を希望します。 植物状態の人間にはなりたくないので、できる限り救急車を呼ばないでください。 脳に損傷があると思われる場合は、開頭手術を辞退してください。 原因のいかんによらず心臓が停止した場合、AEDなどの蘇生術をしないでください。 人工透析もしないでください。 口からの食事ができなくなった時点で寿命が付きたと考えますので、経管栄養や中心静脈栄養や抹消静脈輸液などの処置をしないでください。 不幸にも人工呼吸器が装着されてしまった場合も、改善の見込みが得られない場合はその時点で取り外してください。 以上、私臼井良季の希望です。 2012年10月01日 断食往生の具体的工程 五穀断ち、7日間 十穀断ち、7日間 木断ち、 7日間 水断ち、 7日間 問題はかかりつけの医のない状況で死ぬと死亡診断書を発行できず、警察医の出動となります。その際家族などに「保護責任者遺棄致死」の嫌疑が掛かる恐れがあります。 そうならないように主治医を確保して置かなければなりません。 死亡確認と死亡診断書の発行をお願いしておきましょう。 最終診療から24時間以上経っている場合でも、診断書を書くことができます。 医師法大20条(無診察治療等の禁止) 意思は、自ら診察しないで治療し、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出産証明書もちくは死亡証明書を交付し、又は自ら検案しないで検案書を交付してはならない。但し、診察中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合については、この限りではない。 厚生労働省医政局発行の「死亡診断書記入マニュアル」によると、①診療継続中の患者が、ジュシん後時間以内に診療中の疾患で死亡した場合は、異常がない限り、改めて死後診療しなくても死亡診断書を交付できる。②受診後㉔時間を超えても、改めて死後診療を行い、生前診療していた疾病が死因と判断できれば、求めに応じて死亡診断書を発行できる。但し死因の判定は充分に注意して行うようにと書かれています。 (長いこと寝たきりやガンの末期でも、直接の死因が心筋梗塞や脳卒中のことがありうるので気をつけろということ。 事前指示その2 葬儀はできるだけ簡素に仲間内だけで楽しく過ごして欲しい。 宗教は一切不要。戒名も不要。 死体の処理は灰にして自然に返す。(あるいは墓があるので埋葬も可) その他都合で判断してください。 贈る言葉
0投稿日: 2012.10.03
powered by ブクログ老人ホームの常勤医による著。なにもしなければ安らかに死ねるにも関わらず、無駄な治療が苦痛をもたらしている現状について書かれている。生き方あるいは死に方を考えるきっかけになります。
0投稿日: 2012.10.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
若年層ならいざ知らず、生殖を終えた者については、もう医療は必要ないだろう。自然の摂理に従えば良い。日本の誤った終末医療を見るにつけて、そう考えざるを得ない。大往生したけりゃ医療とかかわるなと。
0投稿日: 2012.09.25
powered by ブクログお医者さんが書いてるので、すごくうれしく、歯切れのいい考えや、答えに小気味よさを感じています。 今まで、医療に関して、いろいろな話を聞いたり、でくわしたりしていました。 疑問を感じたり、うすうす思っていたりしていることへのきっぱりとした考えに、胸のつかえが下りたようです。 かなり共感する部分があります。 何回か読んでそしゃくし、できることを実践へ向けて行くのだと思います。
0投稿日: 2012.09.25
powered by ブクログがんが安楽死するにはお勧めという、世間一般でいわれている常識からはかけ離れたことを提唱している本。 著者は、がん患者に対する延命行為(医療)が、がんをより辛く、苦痛を伴うものにしているという。 なるほどと説得力のある内容であり、自分が年老いたとき、改めて読み返したい本。また、その際には、延命治療をどこまで自分は望むのかを家族たちと話し合うきっかけにしたい。
0投稿日: 2012.09.23
powered by ブクログ「自然死のすすめ」~繁殖を終えた生き物が死ぬのは当たり前で,食料も水も飲めなくなって枯れていくのは当然のこと。癌であっても治療を施さなければ脳内物質が分泌されて痛みもなく,静かに息を引き取る。治療の果てに緩和ケアを行うのは,バットで殴りつけて手でさするようなもの。死に方を考えるのは,死まで如何に生きるかを模索することだ。健康診断や人間ドックは受けない方がよい。家庭医を持っていれば,事前指示書が生きる。「医療死」より「自然死」が好みのため,意識不明や正常な判断力が失われた場合,左記を希望する(ぼけた時は,ぼけきる直前に「断食死」を敢行するつもりだが,タイミングをはずす場合も考慮して)。一,できる限り救急車は呼ばないこと 一,脳の実質に損傷ありと予想される場合は,開頭手術は辞退すること 一,原因のいかんを問わず一度心臓が停止すれば蘇生術は施さないこと 一,人工透析はしないこと 一,経口摂取が不能になれば寿命が尽きたと考え,経管栄養,中心静脈栄養,末梢静脈輸液は行わないこと 一,不幸にも人工呼吸器が装着された場合,改善の見込みがなければその時点で取り外して差し支えないこと~かなり変わり者の医者,長野の長野平の寒村に生まれ,神童と呼ばれ,二十歳でふつうの人。父は医師を目指したが,目薬と劇薬をさされて失明,鍼灸師となったが,彼が高校の頃,心筋梗塞で死亡。医師を目指して京都大学に合格,アルバイトをしながら苦学して,インターンに行った病院に請われて就職したから,医局とは無縁。仏教と縁を深めていく。中小病院で定年を迎え,仏教関連の同和園という老人ホームの配置医師として,死に行く年寄りを多く,見送った。十数年前から「自分の死を考える集い」を開いている
0投稿日: 2012.09.12
powered by ブクログ3人に1人はがんで死ぬといわれているが、医者の手にかからずに死ねる人はごくわずか。中でもがんは治療をしなければ痛まないのに医者や家族に治療を勧められ、拷問のような苦しみを味わった挙句、やっと息を引き取れる人が大半だ。現役医師である著者の持論は「死ぬのはがんに限る」。実際に最後まで点滴注射も酸素吸入もいっさいしない数百例の「自然死」を見届けてきた。なぜ子孫を残す役目を終えたら、「がん死」がお勧めなのか。自分の死に時を自分で決めることを提案した、画期的な書。(背表紙より) 目からうろこな本でした。お医者様がこんなこと書いちゃっていいの?みたいな。「老人は飯の種」とか。でもいちいち本質をついていて、今まで言いにくかった「死」に対することをばっさり切ってくれます。気持ちいいです。ちょっとだけ生き方が変わると思います。
0投稿日: 2012.09.05
powered by ブクログそうかもね~と思う内容でした。 5年前に私の父が亡くなり、今年6月に旦那の母が亡くなりました。 二人とも癌でした。 抗がん剤や放射線治療もしました。苦しかったと思います。 旦那の母は、そばに住んでいましたので、状況を近くで見ていました。 手術して一度は回復し、仕事に復帰までしましたが… 1年後再発して、入院し、さまざまな医療行為の末、余命6カ月、もうなすすべはないと、病院を出されました。 その後、3年生きました。 退院してきて、車イスになり… 自宅介護が大変になり、施設にお世話になり… だんだん意識もはっきりしなくなり…食事も液状になり… 嚥下ができなくなり、医者に「胃瘻」も勧められましたが、病気になった時点での本人の強い希望でやめました。 最後は、点滴で水分を補給して…1週間ほどで亡くなりました。 この本に書いてあるとおりの医療行為を通るのですね。 自分の死に方を考えさせられました。
0投稿日: 2012.09.02
powered by ブクログ「一般に、医者は、医学の勉強を指定し免許を持っています。しかし、特別に人生勉強をしてきたわけではありませんし、人生修行もしていません(p.122)」(この文章は、学校の先生にも当てはまる気がする。) 本のタイトルはあまりにも極論かもしれないし、中身も辛口。 けれど、筆者が言うように、 「世間の新聞やテレビに対する信用は、絶大(p.104)」な日本。 特に震災後は、仲の良かった友達と話していても、あれ?とすれ違うことが増えたように思う。それだけ、以前はお互いメディアに配られた同じ情報の上に立って話をしていたんだろう。 いろいろと知ることは必要だと思います。 とりあえず、「なんでもかんでもネットなんかに出てないんだよ!」とわかってはいても、とりあえず疑問にぶち当たったら「検索」をクリックしてしまうネット世代。医者と薬に頼りすぎず、自分の頭で考えることも大事だということだと受け取りました。熱、鼻水、咳、嘔吐、下痢は治癒に向けての身体の正常な反応なのだから、そこを薬で抑えても、原因を改めないとどうしようもない、というのは至極もっともだと思います。 人間ドックなんて受けるな、と著者は言いますが、確かにあれだけ細かい箇所を検査されれば一つくらい平均値(というものも不思議だけど)から外れる箇所が出てくるのでしょう。そして、どうしよう、とマイナス思考に取り憑かれながら再検査までの日々を過ごし、結果、良性。最近、私の周りでも聞いた話だな…。 いちばん賛同したのは、分娩台のお産について。あの格好でいきむのって難しそう!重力って下に働いてるのに、横に出すってどういうこと?絶対下に落とした方が楽だろう、といつも思っていたので。「あの分娩台は、自分たちの都合に合わせた医者と産婆の陰謀ではないでしょうか」(p.83)…まぁ、陰謀は言い過ぎにしても、やっぱりあれは医者の都合かなーと思ってしまいます。 「繁殖を終えたら、生物としての賞味期限は切れている」とまで言い切られるのは複雑ですが、「いつまでも健康」なんていうのは確かにあり得ない話で、年を重ねればどこかしら具合が悪いのが正常。「老」「病」「死」については自分なりの考えを持っていきたい。 p.19 「病気の80%は医者にかかる必要がない、かかったほうがいいのが10%強、かかったために悪い結果になったのが10%弱」 ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンの編集長インゲルハイム氏 p.38 このシーズン中(2009年)、インフルエンザで死んだ人が204人なのに対し、予防接種後に死んだ人が133人もいます(日本医師会雑誌、2010年12月号)。このうち、121人は60歳以上なので、持病(基礎疾患)を悪化させた可能性もあるのではないかと思われます。
0投稿日: 2012.08.31
powered by ブクログインフルエンザで死んだ人が204人 接種後に死んだ人が133人 細菌性髄膜炎で実際になくなった0−4歳児は11人、ワクチン接種後になくなったのが7人 解熱剤で熱を下げると、治りは遅れる 年配の葬儀社の方に聴くと、昔の年寄りの棺桶は、枯れてなくなっているので楽だった。今病院で亡くなった人の遺体は重くて大変だ 水漬け 看取るの真髄は、できるだけなにもしないで見とる 食べないから死ぬのではない、死に時が聞かたら食べないのだ フランス 老人医療の基本は、本人が自力で食事を嚥下できなくなったら、医師の仕事はその時点で終わり。あとは牧師の仕事です。 年をとって十分に老化していていることを認めようとせず、何とか以前のようになりたいと、欲をかくのもよくありません。 別に老け込めといっているわけではありません。老いを認めましょう。年のせいとおもいましょう。そのほうが楽に生きられます。
0投稿日: 2012.08.23
powered by ブクログ面白い。老いと共に枯れて安らかに死ぬということが幸福なことなんだなと理解した。自分の死を考えるにはまだ早いけど親の世代に読ませたい。
0投稿日: 2012.08.16
powered by ブクログ「食べないから死ぬのではなく 「死ぬ時」が来たから食べないのだ」 との著者の言葉に納得。 「死」、それは全ての人にいつの日かやってくるものです。その日がくるまでに、どのように生きるかが大切なことだと思います。 祖母は亡くなる前、1ヶ月ほど入院しました。管がいっぱいついていて、気管切開されてとても苦しそうで・・・。そこまでして延命治療をしなくてはいけないのか、祖母のために、もっと楽にしてあげたらいいのに、と思いました。自分、あるいは自分の大切な人が危険な状態になった時に、延命治療を拒否するか、望むか、そのことは健康な時からしっかりと話し合ってきめておかなければいけないのですね。 一つ気になったことは、著者の言葉遣いです。人によっては嫌悪感を抱くのではないかと思います。もう少し配慮があってもいいのではないかな。
0投稿日: 2012.07.30
powered by ブクログこの本に啓蒙された方々がご自身の選択として自然死を選ぶとしても、家族を含めた周囲の人たちを納得させるのは難しそう。彼らのコンセンサスも十分得ないと残されたものはいつまでも後悔にさいなまれそう。提唱していることはうなずけることも多いし、医療・医者の(この筆者視点からの)現状や限界も興味深かった。後半、信心していらっしゃることを知り、やはり何か心のよりどころがあってこそ書かれた一冊という気がしました。
0投稿日: 2012.07.23
powered by ブクログブログに感想を書きました。死んでからどうしたいかも考えるともっと良いと思います。 http://rimaroom.jugem.jp/?eid=976
0投稿日: 2012.07.22
