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中陰の花
中陰の花
玄侑宗久/文藝春秋
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総合評価

38件)
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    おがみやのウメさんの死をきっかけに、僧侶の則道はこの世とあの世の中間・中陰の世界を見つめ直していく。 現役の僧侶が書いていて、仏教の死生観や物の見方をよく知ることができた。河合隼雄の解説も必読。精神に対する自然科学と宗教のアプローチが興味深い。

    0
    投稿日: 2023.08.28
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    現役僧侶が生と死を見つめた芥川賞受賞作 自らの最期を予言した「おがみや」ウメさん。その死をきっかけに僧侶・則道は、中陰という“この世とあの世の中間”を受け入れていく(e-honより)

    0
    投稿日: 2023.04.11
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    <おがみや・ウメさん>の通称で親しまれた地元の霊能者が、自らの死を予言して霊界に旅立った。 禅宗の僧侶<側道>は、予知能力とか神通力と呼ばれる不思議な能力のメカニズムが分からないまま<ウメさん>の死をきっかけに、人が成仏できるまでの「この世」から「あの世」に至るまでの「中陰」の世界観と住職夫婦の在り様を見つめた、芥川賞受賞作の表題作、レイプされ身ごもり死産した女と「霊(たま)おろし」を扱った『朝顔の音』の二編。 ・・・人の世の〝生と死〟の境界に彷徨う苦悶の声が轟いてくる。

    6
    投稿日: 2022.07.05
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    生と死との間にある何かを描こうとしている。科学などでは説明しきれないものが宗教に内包され、さらに宗教的で割り切れないものが文学になるのだろうか。

    1
    投稿日: 2022.02.21
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    読書開始日:2021年12月18日 読書終了日:2021年12月19日 所感 【中陰の花】 成仏に対して、様々な見方ができる。 仏教、宗教、おがみやを通して。 最後のシーンでは、水子とウメさんが中陰状態からエネルギーとなった。 やはり死産というものはなかなかにほどけないのだろう。 周りからの不躾な質問がどれだけ圭子を苦しめていたのだろうか。 徳さんの成仏に関する見解も間違ってはないのだろうが、そんな綺麗には考えられなかったのだ。 まだ見ぬままに消失した我が子。 そんなものが龍に乗って天に登るという成仏はやはり圭子には理解しがたい。 静かに後押ししてくれたウメさんの勧めを守り、最後はウメさんに我が子を連れて行ってもらった。その瞬間、中性子からエネルギーへと変換された。 ウメさんの言葉「霊っていうのは、なにか気になりだしたら何をしててもそのことをじいいっと気にしてるような頭が好きなんです」これはその通りだと思う。霊はじめ病も同じところがある。 圭子は気にしなければならないという気持ちにも駆られていたと思う。 その後の圭子が少しでも元気にしてくれていたらと思う。 【朝顔の音】 かなり暗い作品。 結子はもう長いこと、精神病に冒されていたのだと思う。 犯されることへの苦しみは、男性の想像よりもかなり酷でかつ多種であることは間違い無い。 蝕む。 正常な思考をも奪い去る。 結子は何も悪くない。 救いの垣田も妻帯者。 予想が真実へと変わる。 夏椿の色褪せと自身を重ねる。 夜の朝顔の侵略は、一旦落ち着いた我が子への罪悪感の復活を示す。 最終の花の比喩がかなり怖い。 「中陰の花」 忙しく動く体を休めるため、圭子はもう一つ下手な動きを加える 仏教は質量不滅の法則。コップの水が蒸発する。そうすると水蒸気はしばらくはこのへんにある。そこを中有、中陰とよぶ 世の中の全てのものは膨らみ広がりつつある。シューニャ。空。 微塵から極微。仏教の最小単位 空を一種のエネルギーとしてとらえる。最終として成仏イコールエネルギー 死後のイメージとして、これは綺麗だから人気がある やがてロックグラスの中でふいに氷が動くように、急に無防備な笑い顔をみせた 耳は最後まで聞こえてる 亡くなる瞬間に苦しむ人はいない。脳にあらかじめ組み込まれている防衛機能なんでしょうね 薬缶 唯一根拠があるとすればそれは「笑い筋」だけの、証拠もなにもない話だった 義憤 霊っていうのは、なにか気になりだしたら何をしててもそのことをじいいっと気にしてるような頭が好きなんです。 禅は極めて現実的な生活哲学、しかし人は禅含め宗教に、霊法を期待している 要するにあらゆる世界の不思議を、彼らはその世界=霊法を知ることで一挙に解決したよう 仏=ほどける 成仏は成仏で、その仕方の問題はその人との関係性における 願い事書いた短冊は、省略や しかし世界観とへ、所詮は全貌を見せてくれないこの世界を切り取って見るためのナイフにすぎない 人が生きていくこと自体、何かしら顧みない存在を作っていくことだと教えてくれるや 【朝顔の音】 久しぶりに日常から抜け出すような気分 そんな生活が、朝顔の種によって変化し始めた ひょろひょろゆらめく夥しい蔓芽が、すでに縋れる相手を渇望していた それはもともと自分が記憶していたことのように思えて 結局結子はあんなに明るい結論に導かれていった

    1
    投稿日: 2021.12.19
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    玄侑宗久『中陰の花』文春文庫。 第125回芥川賞受賞作の『中陰の花』と『朝顔の音』を併録した作品。 現役僧侶ならではの人間の生と死の狭間にある中庸の時空である『中陰』をテーマに主人公の僧侶が改めて夫婦の関係を見つめ直すという表題作の『中陰の花』。テーマには面白いが、ストーリー、描写のどれを取っても芥川賞受賞作に値するような素晴らしい作品とは思わなかった。 『朝顔の音』は、家出をして根なし草のような暮らしを送る若い女性が出産早々に失った我が子の御霊を霊媒師に下ろしてもらうという生死の世界を描いた短編。『中陰の花』よりは読み易いが、心に残るものは少ない。 先に読んだ『光の山』は非常に良かったのだが。 本体価格381円(古本100円) ★★★

    9
    投稿日: 2021.05.30
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    第125回芥川賞受賞作  中陰とはこの世とあの世の中間 と表紙にある。聞き慣れない言葉を解釈したものか。 則道は禅宗の僧侶で 圭子と結婚して6年目になる。子供はいない。一度妊娠したが4週目で流産をした。圭子は今でも少し拘っている。 則道は檀家の行事・葬式や法事を行っていて説法もする。だが大阪の町から来た圭子は仏教に縁がなく育っているので、何かにつけて教えて欲しいと言う。だが、則道はそれに明確な答えをすることが出来ない。 科学が進んだ現代、釈迦の教えを科学的な現象に置き換えて話すことをする。 知り合いで檀家のウメさんはおがみやと呼ばれていて相談者は信者と言うことになっている。 ウメさんが入院して死期を予言した。病院側は総力を挙げて予言どおりには死なないようにと、頑張った。ウメさんは死ななかったが、二度目の予言をして、そのとおり亡くなった。 圭子は地獄や極楽について聞く。 「知らん」 「知らんて、和尚さんやろ。どない言うてはんの、檀家さんに」 「そりゃ、相手しだいや」 「せやけど訊かれるやろ、極楽はあるか、ないかって」 「だがら、相手次第や。信じれば、あるんや。信じなければない」 「そしたら別な訊き方するわ。人は死んだらどうなんの」 「知らん。死んだことない」 則道は、そういいながら、圭子とともに釈迦の教えを現代に置き換えて感じるようになる。 ウメさんの生きかたを近くで見て、予言どおり亡くなった今、信者の生きかた、圭子の感じ方。夫婦の歩みの中に深く沈んでいるなくした子供のこと。則道は圭子の心に寄り添っていく。圭子は作り続けていた膨大な数の紙縒りを網にし、則道はウメさんとなくした子供の回向の経をよむ。かれは天井から釣り下がったこよりの網を通してなにかの気配を感じる。 包装紙の色とりどりにこよられた網は花のようだった。 「成仏やなぁ」 「だれの」 「だれやしらんけど」 僧侶の作者が書いた言葉が浸みることがある。仏教が則道のように通過行事である日常では、彼が感じた日常が意味なく通り過ぎていく。 則道のいう「なんやしらんけど」すこしだけ生きること死ぬことの意味を考えさせてくれる。 則道が言う、「仏」は「ほどける」からきている。という。 この部分を読めば仏教や釈迦の教えに縁のない者にも、わずかに救われる気持がする。 僧侶だと言う人の書いたこの小説はどういうものかと思っていたが、秋の季節の静かさを増すような、しみじみとした余韻が残った。 ほのぼのとした語り口で死生観の一面を見せてくれる。僧侶というよりは一人の人として、その底辺を作っている禅宗という根底の思想の一片を、知ることが出来る。 それぞれの生き方の中にある中陰という言葉の意味も知ることが出来た

    1
    投稿日: 2020.01.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    表題作は僧侶・おがみや・医者・宗教体験を語る人など主張がそれぞれ食い違いそうな、垣根をこえた登場人物が出てくるが、フラットでどちらにも寄らない結末なのが良かった。でも和尚には和尚の誇りと確固たる禅の教えがあり、そこは揺らがない。無理に感動的に仕上げたりしないところが好み。 光となって物凄い速さで極楽浄土に向かうの、なんか縁起いい感じがするな〜とか、亡くなるその瞬間は苦しまないって本当かな〜とか、法事で説法を聞いている時に似た感覚で読んだ。

    1
    投稿日: 2019.01.04
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    中陰とはこの世とあの世の中間。 現役のお坊さんがこのテーマで小説を書いた。 ありえない話なんだけど、具体的でしっかりイメージ出来ちゃう。 この世界もあるな。と思わせる。そして、思っちゃったら、もう目が離せない。もうページが止まらない!

    1
    投稿日: 2017.03.31
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    読みやすく、内容もとてもほのぼのしたもので良かったです。見えないもの、死についてなど、テーマは決して軽いものではないのですが、人物の描き方などがなんだかとてもあたたかくて、スルスルっと読めました。 玄侑宗久さんの著書はとても好きです!

    1
    投稿日: 2016.10.02
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    僧侶である作者が、人の生と死を見つめた一冊。 表題作は、作者と同じ、僧侶が主人公であり、人が死ぬことについて、人間として、考え、どこへ行くのかと、悩む。その過程が、特殊な体質の人や、宗教と絡め、生き様と交えながら、描かれる。その道の用語が出てきたり、僧侶としての死という概念に対する考えなど、面白い要素があった。 結局僧侶も人間の一人に過ぎず、あとがきには、そのことについて書いてよかったのか、という悩みもあったようで、それが杞憂に過ぎなかったという事実、世間の反応というのは、いかに自分含め、宗教に対する意識が低いのかが現れている様に感じられた。或いは多様に寛大なのか……。 個人的には大人しかったとも思えた表題作よりも、併合されている「朝顔の音」の方が、ストーリーとしては、もの寂しく、悲しいが、とても良かった。

    1
    投稿日: 2015.11.05
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    2015.10.15了 選考委員全員の支持を集め第125回芥川賞を受賞した作品であり、現役僧侶による生死のはざまについての言及とのことで、嫌が応にも期待は高かった。 にしても。 自分には合わなかった。 変にこ難しいかと思えば、変な感じにど直球、大阪弁も効果的でなく、ちぐはぐな感じは最後まで続き、クライマックスであるはずの紙縒のタペストリーは全く映像として喚起できない。 終始上から庶民に、笑いや共感を見込む計算の元、わかりやすく解説しようとしてくれている感じがした。 真に価値あるものへの無力な妬みに過ぎないのかもしれないが。 自分にとっては、表題作より、同時に収録されている「朝顔の音」のほうがしっくりきた。 とにかく暗くてやりきれない設定ではあるが、情景は手に取るように浮かぶし、読みながら考えることが多かった。単純にその世界に入り込めた。 顳顬草子の後に読んだから薄味に感じてしまったのかな。

    1
    投稿日: 2015.10.16
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    テーマ的にも興味深かったし、表現も豊かで面白かったと思うんだけど、短すぎて、読み応えに欠けたのが残念。そこは完全に好みの問題。 お坊さんが書いたものだから、特別なような気がして読んだけど、いなかに行くとわりとあるある話な内容かもと思った。

    1
    投稿日: 2015.06.26
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    芥川賞受賞作『中陰の花』。作者自身、ここまで言っていいものかと、戸惑いながら書いていたと語る「死後」についての見解は、とても興味深かった。わたしにとっては、初めて腑に落ちた死後といっても過言ではない。 もう一つの『朝顔の音』は、不気味な短編。

    1
    投稿日: 2015.06.22
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    「成仏させる」というのは、死者の魂ではなく、遺族の魂のほうを成仏させるという感じかなあ、と解釈する僧が、知人の占い師の死や、霊感らしきものを感じるという妻の、流産した赤ん坊の供養をしたいという願いなどから、死んでまだ成仏していない魂というものの在り様について考え不思議な体験をするという話。通常の意識下ではなかなかとらえられないそのその不思議な現象についてよりも、僧侶とその妻の日々の暮らしの規律正しさと、交わされる会話の中にあらわれる故人のことを思う気持ちの優しさなどに惹かれる。

    1
    投稿日: 2014.12.04
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    2001年上半期芥川賞受賞作。同じ時期の候補には阿部和重、長嶋有もいた。本書の著者、玄侑 宗久は現役の臨済宗の僧侶という特異な経歴。そして、小説の主題も、世界観もかなり特殊だ。そのことは、真っ向から死の問題に取り組んでいることからも明らかだ。それでいて、一向に抹香臭くなく、明るく真摯な向き合い方だ。このような形でなら死を受け入れることができそうな気がする。表題となっている「中陰の花」は、まさしくこの小説中の「花」だ。また、妻の圭子さんの大阪方言での合いの手が、物語に柔らかさとふくらみを同時に与えている。

    1
    投稿日: 2013.09.26
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    僧侶である則道(そくどう)は、妻の圭子と二人暮らし。所謂"おがみや"として様々な予言をし、自分の死をも予知して最期を迎えたウメさん。鉱泉を開き、妻と共に自らの宗教体験を語る石屋の徳さん。流産のために産まれる前に亡くなった我が子と、圭子が「成仏してない」と主張するウメさんとを弔うため、圭子が作った紙縒(かみより)に包まれながらお経をあげる則道。そこで二人は紙縒に不思議な動きを認め、そして圭子は呟くのだ―「成仏やなあ」と。 タイトルにもなっている「中陰」とは、この世とあの世の中間、という意味らしい。ネットで霊体験を検索する則道は、次のように考える。「多くは真剣に自分の信じる世界を描いているようだ。それは間違いない。しかしそれぞれの描く世界を総合しようとしても、そこには全くと言っていいほど整合性がなかった(p67)。」つまり中陰の花って、自分の信じる世界への入り口みたいなもの、だからみんなバラバラで、圭子がいう「成仏は成仏だ」というのも、この世の人の視点からではなく、死んだまさにその人にとってのものなのではないか。つまり、それぞれのやり方で「ほどけた状態」になることこそ成仏なのではないか、と。 旅行をするとき旅先のことについて、全く知らないなんてことはないはずなのに、現代人の多くは旅先不明(行き先は勿論「死」だ)の旅をしていると、河合隼雄氏は解説でこう記している。あまりにも現実的・物質的な世界にだけどっぷり浸かるのはなんだか恐いと自分は思う。「死ぬ」という事実は極めて現実的なのに、死後の世界はある意味でとっても非現実的。どれだけ現実を生きようと、いつかは自分たちが認識している現実の外に放り出されてしまう。だから、時に「死」という非現実について思いを巡らせることは、人間の行き着く先を見つめる行為だという意味で大切であり、それが「生きる」という極めて現実的なことにも繋がっていくのではないかと思う。

    1
    投稿日: 2013.03.26
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    久しぶりに芥川賞受賞作を読みました。 小説を書きなれていないせいか、描写がもったりしていてシャープさがないですね。 悪くはないけれど、光るものもない。 テーマは「おっ」と思うけれど、活かせない。 最後の花の完成が最大の見せ場なんですけど、やっぱりちょっと地味。 内容に対して、作者の力がまだ追いついていない印象でした。 13.02.05

    1
    投稿日: 2013.02.16
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    この世とあの世の中間。成仏とは何か…普段全く考えたことのないテーマだったが、親もそろそろだし、じっくり考えてもいいころかも。いいきっかけになった本。

    1
    投稿日: 2013.02.15
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    なんだか難しかった。単語が分からないのではなく、指している事象を納得するのが難しかった。 禅宗の僧侶と近所に住むおがみやウメさんの最期。妻、圭子が数年前流産した子供。成仏とはどういうことかを現在のお坊さんの視点で小説にしたもの。 これは難しいなあ。普段、全く考えたり想像したりしていない事柄だから、中陰(あの世とこの世の境)という状況に思考がついていきにくい。そういう事を自然と普通に普段に考えるような年齢になって再度読むと、私にもストンと落ちるのかもしれない。

    1
    投稿日: 2013.02.08
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    読書サークルの課題図書。 うーん。主人公の妻 圭子が 紙縒りを作り続けることを象徴に  闇に入っていくかと思ったが そうでもなく 綺麗な感じがする小説。

    1
    投稿日: 2012.11.27
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    現役僧侶が書いた小説、という触れ込みに興味が沸いて、読んだ。 仏教思想、特に禅宗は、卒論のテーマにしたぐらい興味がある。 ユングも曼陀羅に興味を抱いていたそうだから、共通点はあるのかもしれない。 何より、心理学を志した人なら誰もが知ってる臨床心理学者・河合隼雄氏が解説をしてるってのも、個人的にはかなりのツボ。 宗教心理学を経て文化人類学にシフトしたわたしにはたまらない1冊だった。 禅宗に興味がありながら、座ったこともないわたしだけど、時間ができたらやっぱ1度座ってみたい。 修行もせず悟入は難しいとわかってるけど、魔境でいいから体験してみたい。 きっと、世界が違って見えるかもしれない。

    1
    投稿日: 2012.11.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    現代の仏教を考える小説なのかな。 5/27図書館から借用; 5/29,30の通勤電車で読了

    1
    投稿日: 2012.05.30
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    主人公の則道と妻の圭子は、おがみやうめさんの死、そして49日を迎えるまでの中陰の期間を通し、夫婦関係を見直していく。2人は流産を経験していた。この出来事をひきずる圭子、彼女は紙縒作りに励んでいたが、これは4週間しか生きられなかった我が子への祈りであり、子を授かりたいという彼女の祈りを表すものであった。その思いを知った則道は我が子とうめさんを成仏を願うため、回向を捧げる。そこで紙縒が舞い上がり、中空に煌めく光景を見て「中陰の花」だとつぶやく。このシーンは圧巻だ。成仏とはすでに個を失った状態をいうので、それが亡くした我が子とうめさんだとは言えないが、則道と圭子にとって「中陰の花」は2人の成仏の「徴」として映ったのではないかと思う。「ある」「ない」では済まさない出来事を、切るのではなく関係づけることによって、救いをもたらしてくれるものが仏教なのかもしれない。

    1
    投稿日: 2012.04.19
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    この人の作品は初めて読んだ、僧侶らしく仏教用語が多くて、少し難解。 中陰とはあの世とこの世の中間だそうな。 霊魂などを信じられない私だが、 平素考えたことのない「生と死」を見つめるきっかけにはなった。

    1
    投稿日: 2012.01.12
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    和尚さんの書いた、お寺が舞台の、あまり抹香くさくない不思議小説。 死後の世界とかに興味がないのであんまり響いてこないけど。

    1
    投稿日: 2011.08.01
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    作者が現役の僧侶ということもあって、かなり説得力のある作品でした。 描写力もかなりあって、僧侶に関係していない部分でも圧巻でした。紙縒りが出来上がるシーンが印象的です。 2作の短編が収録されているんだけど、2作とも淡々と話が進んでいくと思いきや、中盤何気ない一言で物語の形相が一気に変わります。 両方共通している話題は死産・堕胎・成仏。 とても女性らしい感性を持っていると思います。 文章も読みやすく、重いテーマを扱っていますが面白かったです。

    1
    投稿日: 2011.07.10
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    芥川賞受賞作。 芥川賞にはやはり陰が必要なんだな。 陽だけでできている人間は当然いないわけだけど。 感想は「なるほど文学だな」。 僧の悩み、周囲の悩み。 根本は何一つ解決しないけど、あるフェーズを過ぎると悩みはそのまま置き去りにされるのか。 いや、「抱える」のをやめて、置き去りにもできず普段は見ないように「引きずる」ようになるんだろう。 三春の禅僧ということで興味はあった。 般若心経入門は読みやすかった。

    1
    投稿日: 2011.01.20
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    文春で読んだはずなのに全然憶えてなかったのが軽くショック。 10年以上前の作品だったことに更にショック。 宗教というものが一番胡散臭く思われてた時期に、客観的な視点で現実を見つめている。科学と宗教の齟齬を、みなかったことにしない。 巨大すぎるそれに、果敢に立ち向かう。 河合さんの解説がこれまた秀逸。 全てが複雑に絡み合い、そして解れていく。

    1
    投稿日: 2010.05.24
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    死んだらどうなるのだろう。主人公である僧侶は、「おがみや」である老婆が亡くなってから成仏するまでの時間、いわゆる49日までの時間の中で、その中間の世界と現世とどう折り合いをつけていくのか。僧侶の妻が紙縒でつくる網、タペストリーは、作品のキモとして美しく描写されている。 仏教でいう物質の最小単位である「極微(ごくみ)」は「こっぱ微塵」が更に7つに分かれたもので、素粒子とほぼ同じ大きさで、それ以上は物質ではなくエネルギーという話や、妻の「仏って、ほどけるっていう言葉からきてるって、まえに言うたやん」という台詞にグッときた。 「朝顔の音」という短編も重くて秀逸。

    1
    投稿日: 2010.03.24
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    とてもさっぱりすっきりしているが、かなり考えられて作られた話だと思う。この内容を理解するには、まだ経験が足りないのか、読み方の深さが足りないのかはわからないが、美しく、良質な文章だったということだけは感じた。(2008.8.15)

    1
    投稿日: 2010.01.25
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    霊の世界とひとくちに言っても、その全貌はあまりに巨大 しかも目に映りません 盲目の男たちがゾウにふれて「まるで蛇のようだ」、「いや柱のようだ」、「いや団扇のようだ」と 言い合いになる話を思い出しました そんなものは存在しない、と ラジカルに割り切ろうとすればするほど ふとした瞬間に感じてしまうことはあるのかもしれない

    1
    投稿日: 2009.11.14
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    「有」と「無」の中間。「陰」と「陽」の境界。そういうことを考えてもぼやあっとしてしまう。色でいうなら白にグレーが交じり合ってケムリ色。それはなんなのだろうって考えられるのは人だけ。でも良い答えがなかなか。。科学と宗教はそいうことをずっと考えてきてるわけだけど小説にして考えていたほうが楽である。が。真っ向勝負も面白い。筆者が用心深く書いたというのがとてもよくわかる。

    1
    投稿日: 2007.04.26
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    ダメでした。 悪い本とは思いません。ただ、この世界に私が興味を持てないもので。 物語の中でこうした宗教観が語られるのには、さほど違和感を感じられないと思うのですが、玄侑さんは、宗教観を語るために物語を書いているのだと思います。 その宗教観はなかなか面白いと思うのですが、それなら物語としてでなく、エッセイや哲学書として読むほうが良さそうです。でも、私はもともと宗教的な人間ではないので、今のところ手を出すことは無さそうです。

    1
    投稿日: 2007.01.19
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    とても面白かった、というのはちょっと違う感想なのかもしれませんが、面白かった。私自身が考える死生観に、新たな考え方を付け加えてくれた本です。なお、中陰、とは、あの世とこの世の境のこと。

    1
    投稿日: 2006.09.20
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    芥川賞にふさわしいかどうかはよくわからないけれど、短編なのにそこそこよくまとまっている。すごく感動するという本ではないが、非常に映像的な文章である。映画にするには短いが、ドラマとかによさそう・・・。星3.5くらいか。

    1
    投稿日: 2006.08.20
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    自ら予言した日に幽界に旅立った、おがみや、ウメさん。僧侶・則道は、その死をきっかけにこの世とあの世の中間=中陰の世界を受け入れ、夫婦の関係をも改めて見つめ直していく──現役僧侶でもある著者が、生と死を独特の視点から描いて選考委員会全員の支持を集めた、第125回芥川賞受賞作。「朝顔の音」併録。 解説・河合隼雄

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    投稿日: 2005.11.02
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    あの世とこの世の狭間とか、科学で証明できないことなんかもこれを読むと理屈じゃないことを思い知らされます。また、ある登場人物と一致する考えが必ずあるような気がするのもおそらく現実味を帯びる原因の一つかと思いました。この本については人間が生きることと死ぬことに関していろいろ考えさせられ、興味深いです。

    1
    投稿日: 2005.10.04