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被差別の食卓(新潮新書)
被差別の食卓(新潮新書)
上原善広/新潮社
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総合評価

55件)
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     大阪に住んでいた頃に出会ったかすうどんが美味しくて好きだったので読んだ。以前に読んだ上原さんの別の著書も、等身大な感じが良かったという印象だったが、本書も。  備忘メモ。 ・ポリティカリー・コレクトな差別(わかりやすい暴力や侮蔑語がなくなっただけで差別意識は変わってない、見えなくなっただけ) ・「本当は来てくれて嬉しかった。今まで誰も家に来たことなんてないし、ましてや一緒に牛肉を食べてくれた人なんていなかった」 ・著者の父の営む肉店での重労働、従業員が社長に隠れて飲む酒、賄いの「おでんそば」。

    14
    投稿日: 2025.01.13
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    第38回ビブリオバトル〜明石の陣〜テーマ「熊」で紹介された本です。オンライン開催。 チャンプ本。 2021.11.11

    0
    投稿日: 2024.10.13
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    食べ物と人と文化は切り離すことはできないと思う。被差別の食卓とはなかなか衝撃的な題名だったが、各国の食べ物や人々のルーツを学べた。

    0
    投稿日: 2023.01.26
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    フライドチキンは黒人奴隷料理の代表。 白人が食べずに捨てた手羽、足先、首の部分を、骨も気にせず食べられるようにディープフライしたのがルーツ。 おでんそば。おでんに中華そば。すごい。効率性と満足を求めた結果の料理。昔の母親の朝ごはんで、バンバーグそば出てきたけど全く同じではないか。 最後の締め文がいい。 "料理は、味が決め手である。しかし同時にその国、民族、地方、個人を表す文化でもある。だから他人にはどうということのない味でも、その人にとっては懐かしい味であったりする。" 思い出で飯を食う。背景を知ったうえで料理を楽しむ。

    0
    投稿日: 2021.02.24
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    被差別部落の問題については、知らない方が差別意識を持たないで済むのではないかという考えがあったし、この本を読み終わった今でもまだ思う。あそこの地域は同和地区らしいとか、この人は被差別部落の出身らしいとか、そういうことは頭に入れたくないからだ。 ただ、この本で取材された世界各国での差別の歴史、現状は知っておくべきことだと思う。 ロマ、サルキなど、読んでいて辛くなるところもあったが、読んで良かったと思う。

    1
    投稿日: 2020.12.26
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    「ソウルフード」とは魂の食事とか郷土料理という意味ではなく、アメリカを発祥とする黒人文化の料理。もっと言えば「奴隷料理」のことで、その背景には差別や貧困という悲しい歴史が潜んでいる。フライドチキンがアメリカのソウルフードの代表と呼ばれる理由は、かつて白人の農場主が残して捨てていた鶏の手羽先などを、黒人の使用人たちが油で揚げて食べていた事から。ブラジルのフェイジョアーダ(豚の内臓と豆の煮込み)、ブルガリアの「焼きハリネズミ」、牛肉を禁じるヒンドゥー教の国・ネパールの不可触民と食べた「スキヤキ」など、世界各地に根ざした「被差別料理」とそれらを食べる人々をレポートする。日本においても、牛や豚の屠畜場で働く人たちが作った内臓の揚げ物など、筆者自身が幼少の時から親しんだ「むらのソウルフード」が生々しく描かれており、被差別の民の歴史に深くえぐり込んだ一冊と言える。

    0
    投稿日: 2020.12.12
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    個人的に上原善広いブームが訪れたかもしれません。ジャーナリストとしては無責任な行動や、クズな言動に辟易しながらも、他の人の文章では見る事の出来ない生々しさが惹きつける要素ではないかと思います。 被差別部落出身であることを隠さず、それを強みとして入り込みにくい部分までぐいぐい入り込んでいく力技で、今回は被差別者達のソウルフードを追いかけて行きます。 各国で長年差別されてきた人々が、命をつなぐために食べて来た食べ物。それは大多数の人々が捨てたものを工夫して美味しく生まれ変わらせた、魂の籠った食事。まさに「ソウルフード」です。 やはり食肉に関わる事が多いからか、臓物料理がとても多いですね。日本の屠畜への蔑視も強いものが有りますが、その割に皆最近はホルモンよく食べますよね。忌避される食材ではなくなっているので、材料の高騰が大分前から言われています。皆大好きなお肉なのに、それを製造する過程を忌み嫌うというのはとても矛盾しているし、馬鹿馬鹿しいことだと思います。 さて、この本に出てくる料理たちはどれもこれも単独で語れない料理ばかりです。綿々と続いて来た、そして今だ続いている差別を抜きには正確な姿は見えてこないと思います。

    7
    投稿日: 2020.11.13
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    俗説で言われるところのホオルもん、ホルモンは実は被差別側からの巧妙な印象付けにより、その美味を隠しつつ独占して来たのでは。といううがった見方はないのだろうか。それほどホルモンは旨いし、今や正肉に比べても高級食材ともいえる。 フライドチキンしかり、差別の歴史はその歴史に反して余儀なくされたにしてはあまりにも美味な着地をしている。 多少動物臭が臭かったり、痛みかけとしても、絶妙なグルメ点があったといえる。 本来美味とはそういったものではないか。 辺見庸の「もの食う人びと」までの体の張り方がないのと、結果こちら先達のほうが美味そうだったわけだが。

    0
    投稿日: 2019.07.19
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    世界の各地域でいわゆるソウルフードと呼ばれる被差別階級の食卓を見つめることで筆者が自己のアイデンティティを確立していく。大阪・更池部落のさいぼし・あぶらかす・こうごり。アメリカ黒人社会のフライドチキン・BBQポーク・なまずフライ。果てはブルガリアのロマの食卓やネパールの牛食文化にまでスポットが当てられ、人間社会の隅で生きるものたちの生活がありありと浮かび上がる。良書。

    0
    投稿日: 2018.12.14
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    「ソウルフード」は差別と根っこのところでつながっている。アメリカのフライドチキンやなまずフライ、ブラジルのフェジョアーダやムケカ、ロマのハリネズミ料理など、実際にその地を訪ねて差別されている人たちに入り込んで食べさせてもらう。ネパールの不可触民・サルキが食べる牛肉のエピソードはすごい迫力。原点には、著者自身の体験からくるあぶらかすの料理がある。いままでにない視点からのディープな民族料理レポートだ。

    0
    投稿日: 2018.11.23
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    正直な感想を言えば、読んでいると食欲がなくなる。 しかし、ブルガリアのロマの章などは「うっ」と思ってしまうけれど、実際その過程は私達が牛や豚を食べたりするのと同じことなのだった。 どんなに眉を顰めてしまうような食事風景だとしても、彼らにとってはどれもこれも単に生きるために他ならない。 何を食べるから良い、悪い、などと、私達に批判できる権利など一切ないのだ。 本当に食というのは命そのものだ。

    0
    投稿日: 2018.04.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

     被差別の「むら」、部落、奈良育ちには馴染みが深い。当時は気づくこともなかったが全国的に見ても奈良はこの手の同和問題に対する教育は熱心だったようだ(本書にも、”部落解放同盟の前身である水平社は、奈良県の部落から誕生した”とあり、奈良が総本山だったのかぁと今さらながら驚いている)。  大阪の被差別部落”更池”の出身である著者が、自宅で食べていた「あぶらかす」が、「むら」独特のメニューであることに気づいたことから、世界各国の被差別民族の食卓に伝わる、その民族独自のメニューを訪ねるルポルタージュだ。とっかかりは”料理”であるが(その食べ物を食べさせて、とアプローチしていく)、「むら」の人たちとの接触を通じて、その被差別民族の歴史や現状が語られており、予想以上になかなか歯応えのある内容だった  アメリカの南部を訪れ、黒人料理を食べ歩きながら、「サウザン・ホスピタリティ」呼ばれる過剰な笑顔の裏に「見えない差別」を読み取り、ポリティカリー・コレクト(PC=政治的公正)と称して差別そのものが見えにくくなっている現状に疑問を呈するなど、こう言ってはなんだが、自身が被差別部落出身故に、そうした差別する側の意識、感情を皮膚感覚として感じ取ることができるのかなと読んでいて漠然と思う。  ブルガリアではロマ(ジプシー)の「むら」を訪ねハリネズミ料理を食べながらインドから続くロマの歴史を俯瞰し、ネパールでは露店で被差別民が砂糖を買う何気ない動作からカースト解放令(1990年)後も残る見えにくくなった差別を鋭く感じ取る(「わたしは”不可触民”という言葉を、戦慄をもって思い出していた」と)。  その国、地方のソウルフードを口にすることで、いっきにそのコミュニティに溶け込めることは自分も体験的によく理解できることだ。それは食前酒代わりで、メインディッシュは被差別の現状への踏み込みだったという切り口が本書の白眉だろう。 面白かった。

    0
    投稿日: 2017.11.24
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    アメリカ、ブラジル、ブルガリア・イラク、ネパール、そして日本という世界各地の被差別民の生活とその共通性を”ソウルフード”(食事)という観点から描いたノンフィクション。 普段何気なく食べている食事にこそ、文化が表象されるというのは当たり前のこととして、内臓料理の割合が多いことや、香辛料等で煮込むその調理法、など、その共通性が面白い。 これを読んで無性にかすうどんが食べたくなった。東京ではあまり見ないが幾つか店もあるようなので、近いうちに必ず。

    0
    投稿日: 2017.10.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    自分の好みにタイプのタイトルなのでジャケ買い。文体も違和感がないし、内容も非常に興味深く面白い。 作者のフィールドワークの細かさが正確に伝わってくる。そこにあるものを食べるだけでなく、可能な限り人の話を聞いているし、その土地のことも詳細に書いてある。 おそらくもともと被差別の話は文字で残っているものが少ないんだろうな思った。口承や経験から辿る話が多く、誰かが研究として残さないと、おそらくなくなっていってしまうものであるかとも感じた。当然背景には被差別であったことを自ら残したくないんだろうという予想が容易につく。 『食っていうのは、命そのものでしょう』『料理にとっての精神性とは、多くの場合雰囲気だけではない。雰囲気というのは心理であり、精神性の一つでしかないからだ。料理の精神性とは、その料理の生まれ、歴史、場所から生じる。』

    0
    投稿日: 2016.05.07
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    ふつーに面白く読んだ。 なんか色々美味しそう‼︎ あぶらかすも気になるがカロリー凄そう… あまり身近で被差別部落を感じたことないけど、 世界のいろんな民族との比較も 興味深かった。 ちょっと母の味のくだりはしつこかった。 自分で再現しなさいな‼︎

    0
    投稿日: 2016.03.14
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    被差別部落出身の著者が、幼少期に普通に食べていた「あぶらかす」が、被差別民のソウルフードだったことを知って衝撃を受けたという。 被差別の食卓にのぼるものは、故あって、というものが多い。ホルモンの語源が放るもん、というのは有名だが、あぶらかすは、牛の腸を牛脂でカリカリになるまで揚げたもの。かつては被差別部落とそれ以外の地区での結婚は難しく、交流がないために食文化もそれぞれ別のものになる。 著者は被差別部落の問題を、世界的な視点を交えて面白く伝えたかった、それが独りでできる解放運動だ、ということを念頭に置いている、という。 アメリカ、ブラジル、ブルガリア、イラク、ネパール。それぞれの国には、それぞれの被差別がある。そこに乗り込んで、現地のソウルフードを食べる。もはや現地でもあまり食べられないようなものもあるし、フライドチキンのように、まさかそれが被差別の食卓から生まれたとは思えないようなものもある。 イラクのロマは、ハリネズミを食べる。ロマの穢れ観は独特かつ強く、猫は自分の毛繕いを通じて外部の穢れを取り込むから嫌われて、ヘビは他の動物の外被ごと穢れを取り込むから嫌われる。ハリネズミはというと、全身針だらけで外部の穢れを取り込まない、ということで、ロマにとって清浄な動物であり、食料になる。まあ、日本人の口にはロマ料理はあわなさそうだけど。 だが、僕にはロマの背景を十分想像することが出来ない。思いが至るのは、やはりせいぜい国内だ。最終章は日本が登場する。 国外のルポは僕にとっては珍しい冒険、のようにも見えてしまって、当初は著者の狙いは十分受け止められなかったが、日本の話まで読むことで、なんとか想像力を張ることが出来た。 被差別の食卓にあるのは、生まれるべくして生まれた食事であり、それだけ聞くと不幸せのようなイメージもあるが、しかし、やはりそれは「ソウルフード」なのだ。人にはそれぞれ事情ってもんがあるし、ソウルフードもなんにもない、のっぺりした食生活のほうが不幸かもしれないし。

    0
    投稿日: 2015.09.29
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    テーマは良いのだが、何だかブログを書籍化したようで物足りない。ところどころ引っ掛かる表現もあるし、要は自分と相性が悪いのだろう。

    0
    投稿日: 2015.09.21
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    アメリカ、ブラジル、ブルガリア、イラク、ネパール、そして日本。 各国の被差別民とされる人たちが暮らす地域を訪ね、その食をレポートした本。 今も差別が色濃く残るところ、水面下に潜んで見えなくなってしまったところ。 どんな差別を受けたのかといったことは、(かなりソフトに書かれているのではと思うが)やはり衝撃的。 冒頭で紹介された、有色人種だからとあからさまに無視されるといったことでも私などはショックだったが…。 ネパールなどでの身体的な暴力まで伴う差別の状況を読むと、心がえぐられる感じがする。 アメリカのソウル・フードは、なんとなく想像がつく食べ物が多かったが… ブラジルのフェジョアーダやムケカ、ロマのハリネズミ料理となってくると、だんだんどんな料理だか、想像もできなくなってくる。 食に関してとても保守的な自分を再発見してしまった。

    0
    投稿日: 2015.07.16
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    フライドチキンが被差別料理というのは意外だった。 昔は一般の人が食べていなかったホルモンも今ではメジャーな食材になっているし、被差別料理の垣根はどんどん低くなってきているのかも。そのうち「あぶらかす」もスーパーで売られるようになったりして。 被差別部落出身というバックグラウンドを活かして、外国でもするっと特殊なコミュニティで話を聞いている。被害者ぶらず、淡々と自分の知らない世界を紹介してくれるので読みやすい。

    0
    投稿日: 2015.07.14
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    今や大阪のかすうどんは大阪名物の土産として駅売店に売っているぐらいなので世の中どうなるか分からないものである。

    0
    投稿日: 2014.02.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    著者は大阪の被差別部落に生まれ、「あぶらかす」が大好物だったが、ある時それが一般的な食べ物でないことを知ったという。そして米国・ブラジルの黒人、ブルガリア・イラクのロマ、ネパールの不可触民を訪問し、「ソース・フード」を食べ歩く記録はバイタリティに富む。フライドチキンが黒人奴隷の食べ物だった!しかし、本当に美味しいものらしい。米国などではあまり差別を言われなくなったが、ポリティカリー・コレクト(政治的公正)により差別が見えづらく陰湿になっているということは確かにそうなのだろう。 またイラクのロマにはフセイン元大統領時代がいまだに人気がある!ということは現地に行かないと分からない。

    0
    投稿日: 2013.09.02
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    世界各地の被差別地帯に伝わるその地特有の「ソウルフード」と、今も残る差別の実態を紹介したルポ。 すごく興味深かったです。余り物や本来捨てられるような部分をうまく利用した料理の数々から、なんというか反骨精神のようなものを感じました。 しかしハリネズミ調理方だけなぜそんな写真入りで詳細に… 黒人差別の話は昔学校でぼんやり習った程度だったけど、改めて考えてみると、肌の色が違うというだけで同じ人間を奴隷として売買していたというのはすごいことだなと…。今も確執があるのは仕方のないことなのだろうか。 あぶらかすという食べ物を初めて知りました。味の想像がつかない…いっぺん食べてみたいです。日本では昔は四足の生物は食べなかったというのも初めて知った。

    0
    投稿日: 2013.08.16
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    被差別部落出身の著者が、世界の被差別民の食文化を追ったルポ。 正直客観性には欠けているけど、紀行文として面白かった。 自らも被差別部落出身というアイデンティティありきで、それがないと成立しないのは分かるが、ちょっと途中しつこく感じた。 ただ、自分も被差別民だと告げることによって毎度取材対象が心を開いていくのを見ると、やはりこの人でないと書けない本なのかもしれない。 逆に、世界の被差別民が日本の被差別民の食事を口にした時の感想を聞いてみたいと思った。

    0
    投稿日: 2013.07.17
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    あぶらかす・フェジョアーダ・ガンボ、そしてフライドチキン。今では一般的な市民権を得たものも多い各地の「ソウルフード」は、かつて差別と貧困に苦しめられた人々が知恵と工夫で編み出した食べ物だった。 関西の被差別部落地域、アメリカ南部、ブラジル、ネパール……と世界各国を旅しながら食べ歩いたソウルフードにはいくつかの共通点があり ・加工調理に手間がかかる ・味に癖がある/食べづらい ・そのため本来は加工の途中で廃棄されていた ・(おもに宗教観に基づき)「穢れ」と見なされている 材料だということ。それに手間暇をかけ、あるいは味付けや香辛料で工夫を施して出来上がった料理だということが挙げられる。 そして彼らはそれを「ソウルフード」として愛着や誇り、または複雑な感情を内包しつつ愛しているということ。 中には、もともと貧しいアメリカ南部黒人奴隷の食べ物であったフライドチキンのように、ファストフードとして世界中で愛されているもの、マストな名物料理としてガイドブックに掲載され、知られているものも少なくない。 筆者自身も被差別部落の出身であり、各地で問題意識を忘れずに被差別の歴史や現状のルポを行っているが、それ以上に「本場本物のソウルフードを味わいたい」という食欲を忘れていないため、重すぎない内容になっていてバランスが保たれている。 その中にあってやはりネパールやロマの話は重く、考えさせられることは多い。

    1
    投稿日: 2013.05.11
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    若くしてよくこんな調査をしたものだと驚いた。被差別部落出身の著者がかつて当たり前に食べていた食事から始まる調査。 テーマが世界の被差別民がどのようなものを、どのようないきさつで食べているのかなので、内容は過酷なところもあるが、実に冷静な文章で読んでいて心苦しくなるようなところがない。 とても面白かった。

    0
    投稿日: 2013.04.16
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    「被差別部落」は透明になればなる程よいと思っていた。特に日本の差別問題の場合は、黒人問題と違って、見た目でも名字でも分からないわけだから。(名字で分かるという方もいるかもしれないけれど、本書で書かれているパキスタンの名字ほどではない。) でも、そこにはそこ特有の文化があって、それをなかったことにしてしまうのはちょっと違うのかもしれない、と考えを改めた。差別がなくなるというのは、「私は部落出身なの」という主張が「私は東京出身なの」というのと同じ受け止められ方になること、なんだなと。

    1
    投稿日: 2012.04.12
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    いやー面白かった。 テーマは、扱い方によっては重たくもなるものを、軽くさらっと書いている。フライドチキンが被差別のものだったとは、寡聞にして初めて知りました。 全体的に面白いし、あんまり重たい話もないんだけど、中東のロマのところは気持ち悪くなりました。だって私、現代日本人だもん。衛生面が悪いのはダメだよ。食事中に読まない方がいいです。 しかし、これ読みながら、差別に関してはいろいろ考えたり思い出したりしました。 それこそ現代日本で「普通」の家庭に生まれた人って、当たり前のように、自分は絶対差別されないって自信を持って、無神経なことを言うことあるよね。とかね。 何ていうか、「被差別部落の人を差別するのは悪いことだ」という知識は持っているから、いい年になると言わないけど、「女子高生なんてみんなエンコーしてるよね」的発言は平気でするとかね。 ひとくくりにするなよ、と言っても「だって私が見えるところ(って要するにテレビだよね?)だとそうなんだもん」って、それ、すごい差別発言だよね。ってびっくりして、うまく指摘できなかったことが、今でも忸怩たる気分として残っているので、こういうのを読むと思い出すのです。 中に出てくる食事は、美味しそうなのあり、「申し訳ないけど私だったら食べたくないな」というのあり、いろいろです。 イラクのロマ(ジプシー)の話で、「フセインが政権を持っていた頃は保護してくれたけど、フセインがいなくなってから、定住していた土地を追い出されて、仕事もなくなって、大変なことになった」という話は、いろいろ考えさせられます。 やっぱアメリカが悪いんじゃん! (湾岸戦争が起こった頃、実家の友達に電話して「アメリカええ加減にせえよ」と言ったら、「こっちの友達はみんな『フセインが悪い』って言うのに、あんたは逆やね」と言われたのです。だってあれ、アメリカの内政干渉じゃん!) あ、でも、「世界各地の被差別民のところに行って、そこに特有の食事を食べさせてもらおう」という発想は、うまく言えないけど、現代的だと思う。 (もちろん相応のお礼はしてます) 日本の部落問題が『極東カースト問題』と言われていると、初めて知りました。確かにカーストだよね。 というか、「あの人は私たちとは違う」ってヘーキで発言する人いるよね。 自分で自分のカーストを設定して、勝手に私のこともそこに組み込んで、それ前提で話されると、正直つらいです。 ダンナがIT関係、と言ったら、「人種が違う」と言いやがったヤツもいたな。人種は一緒だよ! むかー! (と友達に愚痴ったら、「今どき、本当に人種が違っても、『人種が違う』って言わないよね」と驚いてくれたので、まぁ、そんな人ばっかりじゃないと思おう)

    1
    投稿日: 2012.01.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    著者は自分の地元でよく食べていた「あぶらかす」「おでんうどん」などの食べ物が被差別部落に特有のソウルフードだったということを知る。 そうした食べ物のルーツや分布を調べていくと、いろいろと興味深いことがわかってきた。 ○肉の内臓系が多い ○食べにくいものを工夫して食べられるようにしている ○カロリーが高い ○九州と大阪など離れた被差別部落間で婚姻関係を結ぶことが多く、このため遠く離れた地で全く同じ食べ物が残っていたりする などなど・・・。 そのうち、作者の興味は海外へ。 フライドチキンにナマズフライなど、海外の「被差別の食卓」にもそれぞれにいろんな歴史や背景がある。 単に被差別というよりは「貧民の食卓」な部分もあるが、それはこのさいヨシとしよう。 ・・・と、ここで私なぞが想像するありがちな展開は「いかに被差別民が理不尽な逆境を乗り越えて厳しい環境で暮らしてきたか、その労苦に思いをはせる・・・」という話なんだけど、この本はいい意味で裏切ってくれた。 著者は自分のルーツや被差別民への思いはあるにせよ、単純に「食べることが好き」なのだ。 食べることが好きなので、食べられないものを食べられるように工夫して、しかも美味しい!となると、それだけで嬉しくなるようだ。 この気持ちわかるーー。ww 世の中への怒りや過剰なシンパシーを排除して、淡々と食べ物を語る作者に、同じ食べ物好きとして共感するし、被差別部落問題を本質的なところで考えるきっかけを与えてくれた気がする。 私は「さいぼし」も「あぶらかす」も全く知らずに育って、内臓といえばハラミとレバー(でも好きじゃない)くらいしか食べられないんだけど、なんとなく「美味しそう!」と思えたのは間違いない。

    0
    投稿日: 2011.10.03
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    いわゆる「ソウルフード」を切り口としながら、日本における被差別部落、アメリカにおける黒人奴隷、印欧におけるロマ(ジプシー)などの共通点を示していく。 実はフライドチキンもまた「被差別の食卓」に由来するものであった、という話は意外な発見。一度普及してしまうと多くの人はその背景を気にすることがなくなるのだろうが、一方で、自分たちの生み出した食文化の由来をきっちりと守りたいという要求もあるように思われる(紹介されていたブラジルの「アカラジェ」という食べ物はそういう事例なのだろう)。この辺の折り合いは難しいところだ。 あまり馴染みのないテーマの書籍であったが、いろいろと発見が多かった。 豆知識的な意味でも是非。

    0
    投稿日: 2011.07.27
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    読了:2011/05/21 図書館(調) やっと読めた。ニコニコで見たんだけど、上原さん、しゃべりも面白い。

    0
    投稿日: 2011.05.21
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    食の切口からみた、差別と貧困の文化。世界各地の被差別民の食卓には、共通する思想、長く差別され続けることからしか生まれえなかった思想が流れている、と教えてくれる。 テーマは厚いけど、旅行記のような体をとっていてさらりと面白い。 私の問題は、ネパール、インドの牛料理もアメリカのフライドチキンもブラジルのフェジョアーダも差別から生まれた食べ物だと知りながら食べたことがあったのに、 日本のさいぼしやあぶらかすについては聞いたことさえなかったという、外を向いた知識の偏りなんだろう。 「極東カースト問題」…ね。 前に著書を読んだことがある八木澤さんが出てきて驚いた。

    1
    投稿日: 2011.05.20
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    差別と貧困の中で生まれた反骨の食文化を求め、世界各国を旅する筆者のルポ。 私の大好きなフライドチキンがアメリカの黒人奴隷料理がルーツだったとは、驚きました。ほか、ごちそうとして食すハリネズミ料理や、タブーとされた牛を食べることで差別されていたネパールのサルキなど、興味深かったです。

    0
    投稿日: 2011.05.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    元「部落」出身者の著者が、同じく身分制度や奴隷制度の陰で支配階層に冷遇されてきた人々の食卓を巡る。 こんなものを食べているのか!といったものが多数出てきて、単純な紀行ものとしてもかなり面白い。 しかし、本書を単純な紀行ものと分けている点は、筆者の思いだ。 自分と同じルーツを持つ人間が何を食べてきたのか、今何を食べているのか、そしてどう暮らしているのか、それを知りたい。 その思いが、本書に普通の紀行ものにはない「厚み」を与えているように思えた。 また、日本で被差別部落と言ってももはや知る人も少ないと思うのだが、世界ではまだまだ差別問題というのは根深いものなのだと知ることができた。 アメリカ等での有色人種に対する差別は何となく知っていたが、ネパールやインドといったカーストが残る国々で、「不可触民」と呼ばれる最下位カーストの人々がこれほどまでの差別を受けているというのは、正直少しショックを受けてしまった。

    0
    投稿日: 2011.05.08
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    ★3.5 テーマが面白かった。世界中の被差別地域独自の食事を自らの足で周って、レポートされたもの。ブラジルやネパールには出向けないものの、日本のそれも関西なら自分の舌で確かめることができるかも。興味をすごくもった。 しかし、テーマはすごく面白いのだが、そもそも題名に惹かれてこの本を手に取ったのでもっと日本のことを書いてほしかった。関西圏以外は述べられていなかったので。

    0
    投稿日: 2011.03.24
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    日本だけでなく、アメリカ、ブラジル、ネパール、ブルガリア、トルコなどの被差別民の人々が食べてきた、彼等しかしらない料理。 ハリネズミの処理の仕方は、びっくりしたな~。 「差別をなくそう」の一言で、差別がなくなればいいのに。 人ってなんだかむずかしいね。

    0
    投稿日: 2011.02.04
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     アメリカ、ブラジル、ブルガリアとイラク、ネパール、日本、夫々の被差別民の食事のルポルタージュ。 つい共通点が何かを探そうとしながら読む。やはり内臓、屍肉を食べることから大蒜、唐辛子は被る。消毒、殺菌、匂い消しは共通だ。  それと酢。これも殺菌、消毒、匂い消しなのだろう。 故平岡正明が全冷中時代に出したテーゼ「世界史は酢の海に浮かんでいる」を思い出す。  唐辛子、スパイス、ハーブ、ビネガーと書くと、こじゃれて小賢しい料理が浮かぶかも知れない。 だが大蒜、唐辛子が効いた、塩気の強い料理は香りだけで血が騒ぐ。それが何処の国の料理であろうと、だ。 きっと凡ゆる料理のルーツが、殺菌+消毒+匂い消しなのだろう。  薄味だったり素材を活かした洗練された料理は、ごく一部の階級の特権性→インフラの整備→一般化の流れに沿うのだろうか。 肉体労働と国家専売の塩、権力の象徴とスパイスやハーブの関係も考慮しなければならないだろう。 特にサラリーマンの語源が、ラテン語のサラリウム=塩に由来しているし。

    0
    投稿日: 2011.01.16
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    今日ほどKFCが売れる日はないと思うが、ディープ・フライドチキンは、ソウルフードだということは初めて知った。 洋の東西を問わず、高カロリーで味が濃く、脂が多用されるのが、その特徴だ。 あぶらかす・さいぼしは関東圏では食べる機会が少ないが一度チャレンジしたいものだ。しかし、新宿の横丁には赤身の筋やチレ(脾臓)を新鮮な味で提供する店がある。非日常の味は、ごくたまに食べると本当においしいと感じる。

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    投稿日: 2010.12.24
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     「部落」出身の作者が、世界中の「被差別の食卓」をめぐるノンフィクション。  淡々と書いてあるけれども、差別は未だなくなっていない現実があるのだなぁと。簡単に言えば、差別する側が、差別を認識していないがゆえになくならないのかもしれない。  あと、被差別の食卓に上るものが、「余ったもの」「残り物」「穢れがあるもの」を加工したものであることが共通である。んでもって、近代に入り手に入りやすくてカロリーの高いものを選ぶ傾向がある……と。  あれ……それってファストフードだよねぇ。飽食の時代になったってのにどうしたということなんだろうか。

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    投稿日: 2010.11.23
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    道一本隔てたところでは食べられることのない、部落だけの食べ物。「ソウルフード」と被差別民の歴史を探求するルポルタージュ。登場する料理の大半は油っぽく濃い味付け(理由がある)なので、おそらく好みではないが、一度味わってみたいと思わせる。日本編で食肉工場で著者が働く場面がある。その時の肉体労働者への視線に魅了された。なぜ底辺で働く肉体労働者にはアルコール依存症が多いのか。冷えきった工場で長時間働いて著者はその理由を知る。 著者の作品は初めて。また読みたい。

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    投稿日: 2010.10.24
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    魂の食事「ソウルフード」という言葉が心に響いた。 世界各国の底辺に生きる被差別民族の文化に触れることのできる一冊。韓国旅行の際、飛行機の中で読んだ。

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    投稿日: 2010.08.01
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    [ 内容 ] 大阪のある被差別部落では、そこでしか食べられない料理がある。 あぶらかす、さいぼし…。 一般地区の人々が見向きもしない余り物を食べやすいように工夫した独自の食文化である。 その“むら”で生まれ育った著者は、やがて世界各地にある被差別の民が作り上げた食を味わうための旅に出た。 フライドチキン、フェジョアーダ、ハリネズミ料理―。 単に「おいしい」だけではすまされない“魂の料理”がそこにあった。 [ 目次 ] 第1章 ソウルフード―アメリカ(ハーレムの豚もつ煮 フライドチキンの秘密 ほか) 第2章 奴隷たちの楽園―ブラジル(国民料理は奴隷料理 ダダの笑顔 ほか) 第3章 漂泊民の晩餐―ブルガリア、イラク(ロマの“浄・穢観” 「トマス」「トラハナ」冬の朝食 ほか) 第4章 禁断の牛肉料理―ネパール(カースト制度の国 不可触民サルキ ほか) 第5章 被差別の食卓―日本(団地からの風景 日本版ビーフジャーキー「さいぼし」 ほか) [ POP ] [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]

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    投稿日: 2010.06.30
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    『日本の路地を旅する』が貸出中だったので、さかのぼってこっちの本を借りてきて読む。 ▼かつては差別のため、むらと一般地区の人間との結婚は難しかった。各地のむらの者同士の間では頻繁に縁組がなされ、むらの食べ物は「むら」から「むら」へと伝えられた。そうして独自の食文化が育まれていったのである。  こうした「むらの食べ物」は、被差別の民の知恵と工夫の結晶である。最初に事実を知った時は、自分が普段から食べていた料理にそんな歴史があったのかと軽い衝撃を受けた。しかし成長するにしたがって、わたしはそのような環境に育ったことを、徐々に誇りに思うようになったのであった。(p.6) 大阪のむら(被差別部落)でうまれた著者が、自分が食べてきたものをたどり、そこから世界各地の被差別の食をたずねる旅に出る。アメリカ、ブラジル、ブルガリア、イラク、ネパール…各地の「抵抗的余り物料理」は、被差別の人びとのソウルフードでもあった。 食べると差別される 著者がたずねた先には、だからそのソウルフードをもう食べないのだという人たちもあった。

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    投稿日: 2010.04.21
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    すごく良かった。 被差別部落の出身である著者が、「被差別の民の知恵と結晶」である「むらの食べ物」を通じて、主に海外の被差別民を尋ね歩いた記録。 著者の、人に接する姿勢がとてもまっとうでほっとする。 「被差別者に対する配慮」という特別なものではなく、ただ当たり前に礼を尽くす。 食べ物を残さないようにおなかをすかせて行くとか、読者が取材対象に悪いイメージを持たないよう気を配った書き方とか。 してくれたことやされていること、ちょっとしたことにきちんと気づいてさりげなく拾っていく。 インタビューを受けた人が軒並み「(今では)大した差別はない」と言い、昔の差別は(ひどすぎて)語れないと答えるのが印象的だった。 石を投げられたり顔が変わるほど殴られたり指を端から折られたり殺されたりはしないから「(それに比べれば)差別はない」。そう言えてしまうほど過酷な差別の歴史がある。 そんな悲惨さを書きつつ、決して対象を貶めない、現状を軽んじることもしない。 だから安心して読めた。 ただ、ロマに「自分は日本のジプシーだ」というところはひっかかった。学校を出て仕事をして食っていけて外国にだって行ける著者がこの場所にいる子供と同じなわけがない。

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    投稿日: 2010.04.21
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    アメリカ、ブラジル、ブルガリア、イラク、ネパール、そして日本。自らも被差別部落で 育ち、その食卓を囲んだ著者が、世界の、そして日本の被差別民の食卓をめぐります。 そこで見えてきた共通点とは?世界的なファストフードであるフライドチキンが なぜ被差別民の食事なのか、という下りはヒザポンものです。

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    投稿日: 2010.01.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

     私もたまに食べるファーストフード、ケンタッキーフライドチキンは黒人料理だそう。思いもよらなかった。「アメリカの料理」と漠然とした認識しか持っていなかったけど、料理のルーツをたどれば見えなかったものが見えてくる。   ほかにも、いろいろな国の被差別社会から生まれた料理が載っていて、どの話も興味深く読めた。 被差別部落でしか食べられない料理「あぶらかす」。道一本はなれた一般地区では食べられていないのに、遠くの被差別部落では、同じように食べられている。 これは、被差別部落が一般地区との隔絶を示していると、作者は言う。  確かにそうだと思う。 部落差別は解消傾向にあると、書いてあったが、早くそうなってほしいものです。

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    投稿日: 2009.01.25
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    「食事」という共通点から、世界各地の「被差別部落」や「被差別民」のルーツを辿っていく。 文化や言語がまるっきり違っていても、「被差別」の名の下に彼らは彼らの中で共通する独自の食文化を築いていったということがよく分かる。 筆者自身も大阪の部落出身であるため、そういった人々に対して常にシンパシーを抱きつつこの文章を綴っていることも、 この書から滲み出ていると感じた。

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    投稿日: 2009.01.13
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     人権→と畜→食 と考えていた所で出会った一冊です。 作者(30代)の感性を感じつつ学ぶことのできる一冊です。

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    投稿日: 2008.05.10
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    フライドチキンが実は黒人奴隷が食べにくい鶏の手羽や爪先を油でじっくり揚げて骨まで食べられるようにしたもので、さらには日本の被差別部落で食べられている牛の腸を輪切りにしてじっくり揚げて食べるあぶらかすとも共通している、といった具合に、食べにくい、捨てられていた部分を工夫しているうちに一般的な御馳走に「出世」する例と、相変わらずごく一部でしか食べられていない例とを併記し、「一般社会」と同化するのか拒否されるのかといった被差別者のあり方と重ねて解き明かしている。

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    投稿日: 2008.03.15
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    部落差別の大阪の食から黒人奴隷の食 ジプシーの食 カーストの食を実際に食べています。 差別食なんだけど 捨てるような内臓肉を きちんと処理して食べたり 感心する事が沢山ありました。 だけど差別はいかんね

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    投稿日: 2007.12.24
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    ハリネズミを食べたり、荒れるイラクに行ったり、少しヒリヒリするカンジの文章で食べ物を軸に人々を描きます。 ケンタッキーフライドチキン、さいぼし、あぶらかすについて勉強になります。

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    投稿日: 2007.02.24
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    興味深く読んだけど考察が物足りない。ソールフードはどこでもなんとなく似ている、とざっくり示してしまうことで、もっと重要な部分が抜け落ちてしまうのではないだろうか。それも料理という面、差別という面両方にとって。

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    投稿日: 2007.01.12
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    父が、食に関する本を読むのが好きだったので私も自然に好きになりました。この本は、被差別者たちに特有の料理を取材し記述したもので、料理と彼らの生活が密着していてとても興味深い。 伝統に根付く差別は学校の授業で習った程度の知識しか持ち合わせていなかったので、差別に関する知識を得られただけでも読んだ価値があったと思います。面白く読みやすかった。

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    投稿日: 2006.09.04
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    内容はおもしろくはあるんだけど、細部の考察なんかが、どうもうーん。弱いというか怪しいというか、粗雑感と過剰感が否めない気がする。

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    投稿日: 2006.09.03
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    一部の限られた人たちが普通は食べることはない食材を工夫して調理して食べたものが 現代ではソウルフードと呼ばれている。当時のソウルフードは味よりも栄養を摂取することを優先させていました。 現在はちょっとしたアレンジも加えられ食べやすい土地の名物料理となっていたりします。 生き抜くための料理がその土地の名物料理になって観光客に振る舞われているとは皮肉なものです。 あたり前のように食べていた家庭料理がその家独自のソウルフードかもしれません。 でもそれは恥ずかしいことではなく、むしろ自慢すべきことです。 何年経っても忘れない味こそがソウルフードの本質だと思います。

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    投稿日: 2006.05.14
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    「もの食う人びと」と同じくらいの良書。ジャンルもルポタージュやし。被差別部落(国内外問わず)でのみ食べられている、一般の人は捨てたりして食べない部分を上手に料理して独自の食べ物に昇華させていった文化がある。食べ物を造る産業に携わるモノとして、文化としての食べ物という側面は見逃せない。本当に読んでよかった。

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    投稿日: 2006.01.15