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カラマーゾフの兄弟〈3〉
カラマーゾフの兄弟〈3〉
ドストエフスキー、亀山郁夫/光文社
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総合評価

116件)
4.1
38
38
21
1
1
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    1.2.3と読んできて一番面白かったし、分かりやすかった。(慣れてきただけかもしれないが) 笑える場面がいくつかあり、推理要素も含まれている。 長男 ドミートリーがメインのお話 亀山氏の作品をもっと楽しむための解説がやはり面白い。 時間構成について整理してみるとわかりやすい。 解説なしでは気づかないであろう名前の工夫なども書かれている。

    0
    投稿日: 2026.01.21
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    おもしろくなってきた。 会話がくどいところはあるものの、ミーチャにかけられた容疑はなかなか覆すのが難しいように思える。 真犯人は他にいる。それは感じる。 扉のこと、金の行方など、保留された謎が面白い。 名前が浮上しないあの男が真犯人なのではないか、という予想もうかぶ。 先が楽しみになってきた。

    0
    投稿日: 2026.01.03
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    カラマーゾフの兄弟 第三巻を読了。第三巻を終えた段階では、物語が「喜劇」か「悲劇」なのか判断できないですが、読者に安易な価値判断を許してくれない熱量と速度で「人間とは何か」が問われ続けます。尋常ではないほど脳への負荷が大きいパートだったので、四巻は明日に持ち越しですが、あと数日で何とか五巻まで読み切りたいです。

    0
    投稿日: 2026.01.02
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    19世紀ロシア社会の激動を背景に描かれた小説であり,きわめて多くの問いを内包し,長く人々を魅了してきた作品である。

    0
    投稿日: 2026.01.01
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    三巻は、考えるより先に物語が走り出していた感じで気づいたら一気に読み終えていた!二巻までの重たい思想のやりとりとは違い、人が感情のままに動き、ぶつかり、物語としての疾走感が強烈だった。とくにドミートリーの存在感が圧倒的!危うくて、無鉄砲で、どうしようもないところが多いのに、なぜか放っておけない。正しさよりも正直さで生きているような人物で、「愛すべきアホ」という言葉が一番しっくりくる。この物語がどこへ向かうのか、ますます目が離せない!

    0
    投稿日: 2025.12.30
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    一気にミステリー。 "たしかに同じ青年のなかにも、心の印象を受け入れるのに注意深く、熱くならず、温かい気持ちで愛するすべを知り、正確ではあるが、年齢からするとあまりに分別くさい(それゆえ安っぽい)知性をもったものがいる。そういう青年というのは、あえて言わせてもらうなら、わたしの青年の身に起こったようなことは、避けてとおるだろう。しかし場合によっては、たとえ非合理的であれ、やはり大きな愛が原因で生じた熱中に身をゆだねるということは、そういう熱中にまるで無関心でいるより、はるかに尊敬に値するのではないかとわたしは思う。"

    11
    投稿日: 2025.11.24
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    前巻までは各キャラ独自の価値観を描いていたが、本巻では堅持していた価値観からの離脱が描かれていると感じた。ゾシマ長老の死とフョードル家での事件がキャラ達へ与えた影響に興味がそそられる。

    0
    投稿日: 2025.09.08
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    ゾシマ長老の死とその後の動きからグルーシェニカの初恋の相手の話、長男ドリートミーが愛を手に入れるため金策に奔走する中で起きるある事件……。 ミーチャァァ!!これは長男ミーチャの魂の物語ッ!!!(落ち着け 2巻までの小難しい宗教関連の話から一転、3巻は疾走感あふれる展開でめちゃくちゃ面白かったッ!!グルーシェニカとミーチャ、それぞれの生き様に釘付け。1巻では嫌なやつだった二人が生き生きと描かれていてもうすっかり応援したくなる感じ……ドストエフスキー氏こわい。キャラ造形が上手すぎる 父殺しの犯人もきっちりぼかしていて、ミステリとしても楽しめる。すごい……これは面白いよ……これが、モーム氏が選んだ十大小説……傲慢と偏見もめちゃくちゃ面白かったもんな……モーム、気が合うかも(失礼がすぎる) 残すは最終章ッ!!ミーチャの行く末を見守るぞー!!! あ、3巻の推しはペルホーチンです。 世話焼きおじさん(若いかも)好き。そしてこんな感じなのに街の人に好かれているミーチャ、謎すぎる…… (ジリジリと少しずつ読んでます。リビングが賑やかでなかなか集中できないのが困りもの) ペルホーチン、ハンサムな青年やったわ……なんか、おじさんかと勘違いしてすまぬ。 ホフラコーワ夫人もいい味出してるよなー。こういうマダム、いるよねー!!ペルホーチンとのやりとり、完全に喜劇やん笑 ドストエフスキー兄貴、脇役キャラが秀逸で好き。悲劇と喜劇のバランスがたまらん。

    9
    投稿日: 2025.08.02
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    ドミートリーの話がスピーディに展開。ここまでの哲学的な話もなく、2巻までと違ってわかりやすい話でした。面白いです。

    0
    投稿日: 2025.07.26
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    巻末の解説でも、いろんな人の感想でも、かなり物語の佳境に入っていて面白いとある。 でも私はイマイチこの3巻目はピンとこなかった。 ミステリーとロマンスの側面が強いけれど、とにかく尋問がくどく、ミーチャの言い分も意味不明で支離滅裂。高尚な心の持ち主だけど情緒不安定すぎ笑 でもすごい小説なので先はしっかり読むけどね

    0
    投稿日: 2025.05.08
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    面白くなってきました。 ゾシマ長老の死後、周りの人々の信仰に大きな変化が出てくるのが興味深いです。 ミーチャの無茶苦茶さに呆れますが、それほど大切にしていることが危うくなったということなのでしょうか?ミーチャにとって何が一番大切なことなのだろう?と考えさせられました。

    0
    投稿日: 2025.02.04
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    名作を読もうシリーズ。とっつきやすさから光文社の新訳文庫で。あっという間に3巻。長老ゾシマの死、ミーチャの父殺しの容疑……

    0
    投稿日: 2025.01.22
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    肝になる事件が起きた、というところか。出てくる人たちがものすごい勢いでしゃべるので、ちょっととまどうところもあるんだけどさ。でも、そこが面白さなのかもしれない。昔誰かが、一巻を読むのに半年かかり、二巻から五巻が一気読みだった、なんてコメントを出していたのを読んだ記憶があるけど、たしかに二巻以降、引き込む力が強くなった気はする。

    1
    投稿日: 2024.10.04
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    カラマーゾフの兄弟第3部「アリョーシャ編」ゾシマ長老の死、腐臭騒ぎがアリョーシャ及び教会内外を揺るがす。「ミーチャ編」時に繊細な一面を見せるが傍若無人に振る舞うミーチャの姿が大事件を忘れさせる。後半になって急に父殺しの容疑を掛けられる展開になり一気に引き込まれた。「予審編」はその流れで読了。

    12
    投稿日: 2024.08.19
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    かなり話が動いてきた!と感じました。ミーチャの感情がすごく豊かに表現されていて、人間臭くて、腹が立つところもあるけれど魅力的だなと思いました。 1巻読むごとに体力が消耗されるので、少し休んで4巻も読みたいと思います。

    1
    投稿日: 2024.07.02
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    第3巻はゾシマ長老の亡骸から腐臭がすると皆が「実は聖人じゃなかったんだ」「甘いものをかまわず口にしてたもんな」「そもそも苦行僧がサクランボのジャムでお茶楽しんでていいのか?」(p26)ってなってて19世紀末でもこんな迷信まみれなのがおもしろい。と思ってたら解説で腐臭や甘いものは小説上のモチーフとありなるほど。のん気な読みをしていた。  ミーチャが大騒ぎするシーンは描き方はうまいのだが、薄い内容をペラペラしゃべる長セリフには辟易とした。よく見るとミーチャ以外もセリフが無駄に長くてロシア人って皆こんな感じなんだろうか。主人公のアリョーシャだけは口数が少なくて別格。  第3巻から誰が殺人犯かの謎解き要素が強まるが、本書は決してミステリー本じゃない、芥川龍之介の「藪の中」みたいに正解はわからないのだろう、と思い解こうという気にはならなかった。   餓鬼(がきんこ)の夢は唐突なので目を引くが、なぜミーチャなのか。これがイワンなら第2巻の子殺しのくだりがあるから自然なのに。カラマーゾフ共通の心情という意味なのか。

    1
    投稿日: 2024.05.28
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    第一部、第二部となかなか読みにくかったが、第三部にして一気にスピードガンが出て読み応えが出てきた。 各登場人物の動き、背景が少しずつ合わさってきて、最後まで一気に読み終えたくなってくる。

    0
    投稿日: 2024.05.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    いろんな意味で衝撃でしたしミステリー小説の始まりみたいになっちゃってて、おや?私は世界的に有名な文学作品読んでるはずでは?と戸惑いました。 始まりは不穏としか…これまで数々の奇跡が語られてきたゾシマ長老の棺から、腐臭が漏れだし、あっという間に噂になってしまう。反長老派や不信心者たちからは嘲笑われることに… アリョーシャが打ちひしがれながらも長老の言葉通り修道院をでてゆくと、神学生仲間の嫌味なヤツ、ラキーチンによってグルーシェニカの元へ。 ここで、村上主春樹さんの『街とその不確かな壁』に登場するベッドの上に残された葱を2本を思い出さずにはいられないエピソード、第3部第7編の3章に「一本の葱」とタイトルがついた章が! やたらとアリョーシャになれなれしいグルーシェニカには頭にきますが、小さい頃に聞いたという寓話を披露してくれます。それが、まるで芥川の「蜘蛛の糸」のような葱のお話しです。思い出した方はきっとバー・スメルジャコフの会員でありましょう。 このあとはミーチャの破天荒ぶりが暴露されてゆきます。グルーシェニカと一緒になるために、元婚約者のカテリーナへの借金を何とかしようと金策に走り回るミーチャ。 3000ルーブルのゆくえです。(半分豪遊して使ってます)めちゃくちゃで私にはとうてい好きになれないキャラクターでしたね。 そして最初からムンムンしていたフョードル、カラマーゾフ父がついに殺害されます…

    2
    投稿日: 2024.03.29
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    物語は遂に動き出します。ゾシマ長老の遺体の異変という不穏な事件。金策に走る長男ミーチェの滑稽さと人々の悪意。ポーランド人を巻き込んでの異常かつ緊迫のドンチャン騒ぎ。読みどころ満載の3巻は優れたエンタメ。 2巻の「大審問官」のあとは娯楽要素が強くなったような気がします。

    1
    投稿日: 2023.12.31
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    第三巻は、主にミーチャ、ドミートリー・カラマーゾフの物語だった。 主体は会話、会話、会話の応酬で、巻末読書ガイドによれば、ドストエフスキーの癖ともいえるらしい、副詞「とつぜん」の多用。 訳者の亀山郁夫氏はこれを、場面に応じて「ふいに」「ふと」「いきなり」などで訳し分け、会話劇のスピード感、今この瞬間を生きている登場人物の生々しさを表現している。 特に、「第8編 ミーチャ」から読了まで、ものすごい疾走感でグイグイ読ませてくるのが、2巻の重厚感と対になって面白い。 ミーチャという、典型的破滅型人間のあまりにも剥き出しの「生」に、胸焼けを起こしそうになる。 描写を読む限りではかなり屈強な体格であろうと思われるが、奔放さと繊細さのバランスが見事に崩れていて、すぐ泣くすぐ怒るすぐ笑う。。 紙面上に会話の唾や汗や血が見えるようで、ドストエフスキーの筆致の凄みが伝わってくる。 冒頭の第7編、アリョーシャの覚醒?なのかな? に至るまでの心の動きも非常に良かった。 イワンが第2巻で話していた「神が創った世界を認めない」というコントラ(否定)に、師の現実的な死(死体から腐臭がしたことを、人々が聖人の堕落だと貶めた事実)を前にして同調し、歪んだ笑いを浮かべるまでに至ったアリョーシャが、リアリズムの中での、俗世に生きる市井の人のもつ深い悲しみや葛藤に触れて、師の喪失から徐々に立ち直り、「地面に倒れたときにはひよわな青年だったが、立ち上がったときにはもう、生涯かわらない確固とした戦士に生まれ変わっていた。」となるまでの流れ、美しかった。 ドストエフスキー曰く、「わたしの青年」=アリョーシャへの言及のなかで、 「わたしの青年が、こうした瞬間にあまり分別くさくなかったことをかえってうれしく感じている」 「例外的な瞬間にあって青年の心に愛が生まれないとしたら、愛がやってくる時はないからである」 ここでいう「瞬間」とは、世界でだれよりも愛するゾシマ長老の死に対しての人々の手のひら返しであろう。いつもは冷静で博愛主義のアリョーシャのこの愛による混乱を、ドストエフスキーは「尊敬に値する」とまで語る。 それは多分、ミーチャの限りない放蕩に対してもなんだろう。 御者に「あなたさまは何もかも赤ん坊と同じですわ、、だから、あっしら、あなたさまを敬ってるんです」とまで言わせているあたりにそれを感じた。 一見ムダと思える描写をしつこく書いたかと思えば、ここから先は説明不要!みたいにバッサリやるのもなんか面白かったなあ。面白い、楽しい、どきどきする、そういう読書時間。 「人間の意識をどこまでも解放していこうとするドストエフスキーの精神」が、かなり色濃く描かれた第3巻。さて4巻はどうなるのか。

    0
    投稿日: 2023.10.05
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    この3巻から物語が大きく動いた。一気に疾走感溢れ、ページをたぐる手が止まらない。 野蛮人のようなイメージだったミーチャの屈辱と嫉妬。だけどどこか真面目で憎めない奴でもありますね。だから彼の話をじっと聞いていたい気持ちになる。 グルーシェンカは今ひとつ何考えているか分からない。 アリョーシャとイワンはこの後どう絡んでくるのだろう? あと一瞬、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』の一節が出てきて驚いた

    15
    投稿日: 2023.09.23
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    ③巻はサスペンス仕立てでした。 最初は「小さな葱」が面白く、途中でトロイカ大疾走。 ずっとサスペンスドラマが脳内で流れるも、①、②巻と違い トロイカに乗って最後まで勢いよく読み切れました。 がんばれ!ミーチャ!!

    1
    投稿日: 2023.06.14
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    著者が最初に注釈していた意味がようやくわかった。最初は退屈だよと。とはいえ、ほんとに兄弟が生まれる前のところまでだろうと思っていたけど、なかなか2までも、読みづらく。 物語として動き出した!と思える3だった。 ミーチャが愛おしく感じる。勇み足で感情的で自分でも自分をもて余しているつらさがとても伝わった。

    0
    投稿日: 2023.05.03
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    ※作品の全体を通しての感想は、最終巻(5巻)で書きます。 3巻目の中盤から、遂に物語が躍動感を持って動き出した。物語が動き出す前にある、最難関の「大審問官」の章。ここを問題なくクリアできたので、あとはストーリーを思う存分に楽しむだけだ。光文社古典新訳文庫版は5巻まであるが、最後の5冊目はエピローグと解説のみらしいので、次の4冊目が実質上の最終巻だ。残り2冊をまだ読んでないので、確信を持ってはもちろん言えないが、おそらく過去最高の読書体験になりそうな気がしてならない。 【雑感】 ◇自分の読書遍歴などをつらつらと…。 今まで書いてきた感想の中にブグログの僕の本棚にない本のエピソードが、既に何冊か出ているので、そのあたりの説明からできればなぁと。 基本今のブグログの本棚にある本は、現在実際に家にある本棚に並べている本がほとんどで、あとは数ヶ月前から利用するようになった図書館で借りた本が、10〜20冊ほどだ。 過去に引っ越しを3回ほどしており、その度に本を断捨離している。 処分した本をちゃんと数えてないので、いまさら何冊かも分からないが、多分処分した本は300冊ぐらいかなぁと。当時はブグログの様な読書記録は一切取っていなかったので、購入したタイトル名すら覚えてない本も結構多いという、情けなさ。その中で自分の年代別に覚えている範囲での概略は以下となる。 20代…ミステリー作品にどっぷりハマる。 30代…読む本の90%はビジネス書や仕事に関係する本ばかり。 40代(現在)…ある小説をきっかけに「小説もいいなぁ」と思い、色々なジャンルを読む様になる。 20代でミステリーにハマったきっかけは、仕事仲間でミステリー好きの友人のすすめで、読み始めたのが始まりだ。 当時凄く流行っていた森博嗣氏の「S&M(犀川教授& 西之園萌絵コンビ)シリーズ」、京極夏彦氏の「百鬼夜行(京極堂)シリーズ」、当時売れ始めた頃の伊坂幸太郎氏のデビュー作「オーデュボン祈り」から「死神の浮力」ぐらいまでの3名の著者の文庫化された本は、ほぼ全て読んでいた。 ベースは上記3名の著者作品だが、他に読んでいたのも、ほぼミステリー作品ばかりだ。 ミステリーばかり読んでいると、犯人やトリックを暴いてやろうと、そればかりに躍起になり、今考えると読書というより謎解きゲームをしている感覚だったのかも…。 30代になると仕事が第一優先になり、購入する本も仕事に関連する本しか、ほぼ買わなくなっていた。ビジネス書ばかりを何百冊も読んでいると、途中で嫌でも気づくことがある。 「ん?、どの本も書いていることが似ている様な…」。そう、たいていの本が中身がビックリするほど似ている。よくよく各書籍を調べてみると、過去のビジネス書の名著からの引用が目立つ。ではそのビジネス書の名著はというと、哲学書や古典思想書からの引用が多い。であれば、引用元の原著である哲学書や古典思想書を読めば、全て知りたいことが載ってあることに、遅まきながら気づいた次第。 ブグログのプロフィールにも書いてある、哲学や古典思想書に興味を持ったのは、上記の読書遍歴から来ている。 40代に入った数年前、当時本屋さんに行っても立ち寄らなくなった文庫コーナーに、なぜかその時たまたまブラブラしてていると、「ひと」という、なんとも簡単なタイトルに目が止まる。「ひと」(小野寺史宜著)の感想は、その書籍の感想欄でいつか書くとして、まぁ何せ、感動したのだ。小説を読んでもこんなに感動できるんだと。その「ひと」の帯に「本屋大賞2位」の文字が。そのとき思ったのが、2位でこんなに面白いなら歴代の1位ばかり読めば、もっと面白い作品に出会えるかもと。その後2〜3ヶ月で、文庫化された歴代1位の作品を全て読み終え、小説に完全にハマってしまったというのが、僕の簡単な読書遍歴だ。 今後は哲学や古典思想書はもちろん、古典文学や歴史、原始仏教(原始仏教は宗教というより哲学に近いと言われる)、それと現代文学で興味がある作者や作品は読んでいきたい。 現代作家で興味がある作家さんは、作品への没入感では今村翔吾氏。 文体の美しさでは、圧倒的に古井由吉氏。この方は唯一、ストーリーなどそっちのけで、ただただ文体に触れていたいと思えた稀有な作家だ。 あと、20代のころ苦手意識を持ってしまい、ずっと読んでいなかったが、そろそろ長編作品にもチャレンジしようと思っている村上春樹氏。 時代小説では司馬遼太郎氏だが、読みだすと自分の性格的にハマってしまい、司馬氏の作品ばかりを読んでしまいそうで、躊躇しているのが現状。 近代文学では、夏目漱石、三島由紀夫など。 海外古典は、基本は光文社古典新訳文庫で気になるものを読もうかと思っています。 古典文学で、「この作品は読んどいた方がいいよ」という本があれば、気軽にお教え頂ければ、この上なく有り難く思います!

    86
    投稿日: 2023.04.28
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    2巻と比べて話の展開が早く、分かりやすかった。ミーチャ視点の話が大半で、事件が起きた日のことが詳しく書かれており、彼の焦ってる様子がよく伝わった。

    2
    投稿日: 2023.02.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    狂乱と喧騒の第3巻。 途中まで、ミーチャの魅力がまったくわからん……と思いつつ読んでました。 思い込みで突っ走るし、浪費家でお金にだらしがないし。 なんで、作者から「高潔な」と人物描写されるのか、他の登場人物からなんだかんだ言いつつ好意をもたれているのか、理解できん、と。 でも、終盤で彼が絞り出した 「親父の血にかんして、ぼくは無実です!  罰を受け入れるのは、親父を殺したからじゃない、殺したいと思ったから、ひょっとするとじっさいに殺しかねなかったから、なんです······」 というセリフで、今までの彼の支離滅裂な行動も、性格の甘い部分も、ぜんぶが反転して人間らしく思えてくる、見事さよ! そしてこれは、1巻でスメルジャコフが展開した、キリスト教徒が受ける迫害と改宗の問題への「屁理屈」(と、私は思ってる)に対する、痛烈なドストエフスキーの答えになっているのではないかな。 宿屋で繰り広げられる狂気じみたオールの描写に圧倒されつつ、前半で提示された信仰に関する問いが見事に回収されていく手腕に驚くしかなかった本巻。 改めて作品のスケールの壮大さに圧倒されて、まだほんのり残っていたお正月気分も一気に吹き飛びましたとさ。

    13
    投稿日: 2023.01.18
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    人が人の話を聞くこと、聞かせることの難しさを想う。常に自分の思考に都合がいいように話を聞き、理解したつもりでいる、一方でまったく話が伝わらないと嘆いている。物語の登場人物が気性の激しい人ばかりだから?いや、結構実生活でも普通にある。サラサラと流れていかない、脱線したりつんのめったりするところが嫌にリアルで引き込まれる。

    3
    投稿日: 2022.12.22
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    長老の遺体による腐臭騒ぎで、迷いが生じるアレクセイ。一方、ドミートリイは愛人のため金策に走り回っていた。 グルーシェニカの人柄と背景がよくわかる深掘りと、アリョーシャ(アレクセイ)の信仰が新生する第7編。第8編ではミーチャ(ドミートリイ)が奔走するなか、ついに事件が起こってしまう。続く第9編では、ジャンルが変わったのかと思うほどミステリー小説な展開に。疾走感のあるこの第3部で物語は一気に加速した感がある。相変わらず会話文の分量が多く、読みやすいが長い。とはいえ、思想性や哲学性の高かった第2部と比べるとよりエンタメ性が増し、それぞれの人物への感情移入も深まって、夢中で読み切ってしまった。 アリョーシャは誰にも好かれる主人公的な人物だが、ミーチャの複雑な人間性はかなり独特な魅力がある。欠点によって嫌われるか、逆に愛されるか、きわどいラインの個性を持っているのだ。グルーシェニカの心変わりにも心洗われるし、ますます各キャラクターが好きになった。

    3
    投稿日: 2022.09.15
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    全5冊の中で最も読みやすい巻。初見の読者もここまで辿り着ければ後はイッキだと思う。ミーチャの視点になってからはドライブ感、グルーヴ感と呼ぶべきようなスピーディーな展開が待っている。不意打ちで襲いかかるシリアスな笑いに思わず噴き出すおそれがあるのでお家で読もう。

    4
    投稿日: 2022.07.30
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    池田健太郎訳 中央公論社で検索したが、探せなかった。たぶん内容に違いはないと考えての感想。 最初はアリューシャの話だが、性格がよくわからない。周りはアリューシャの純真さ、崇高な心を褒め称えるが、読んでいて、よくわからない人物。 だが三巻は大半がミーチャの話。異常なほど真面目なのか、乱暴者なのか、金銭感覚がないのか、独りよがりなのか、精神異常者なのか、異常性のある人物。すべてが大袈裟だ。周りの人物も同じだ。とうとう裁判で父親殺しの有罪判決で、監獄へと護送されるところで終わる。 ただ、不思議なのは、全部の場面がクライマックスのような作品。そこがドストエフスキーの凄いところか。ミーチャもアリューシャも作者そのものの性格。自分の心を書いたのかもしれない。

    2
    投稿日: 2022.07.28
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    ゾシマ長老死後のアリーシャの動き、フョードルが殺されミーチェが護送されるところまでの3部。 アリョーシャの人間的な変化(進化?)が、内面の動きに加えて実際のグルーシェニカに与えた「救済」という外部的な動き含めて、機微が非常に詳細に描かれており、冒頭から引き込まれ、そのままグルーシェニカが今度はミーチェに救済を与えたような流れにも見える。つまりは確実に死のうとしていたミーチェが生きているという状況は、アリョーシャの行動がもたらしたとも言えるのでは、と思った。 殺人の犯人は三千ルーブルを論点に置くのであれば、状況証拠的にはミーチェになるが、決定的とは言えないが、血痕など調べられる?ないものなのか、その他殴打痕など。あとはドアの開きや合図、グレーゴリーの証言などが要因となり護送。ミーチェの表現もよく「老人を殺した」ということは言われるが、グレーゴリーを殺したと言わないときがあるのは何か意図があるのか。この辺りはよく読み取れない。スメルジャコフも昏睡状態だったのであれば、犯行可能な人物はミーチェしかいないのは間違いがないが。お金の行方も含めて。 後半のミーチェの心境、唐突な判断や企図・行動、内心と裏腹な発言など、自分自身はここまで混乱した状況に陥ったことはないが、そのような状態と錯覚してしまうほど、すごく気持ちが分かるものだと感じてしまった。死のうとしている中、何を持っていても仕方がないところからの散財とそこからのグルーシェニカの翻意による緩和など、一緒に心が動かされてしまった。

    3
    投稿日: 2022.07.07
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    1巻、2巻は難しい内容で、わからないまま読んでいましたが、この第3巻は怒涛の展開で、とても面白かったです。 ミーチャの言葉や行動がようやく理解でき、応援したくなりました。真相はどこにあるのか?4巻が楽しみです。

    4
    投稿日: 2022.06.12
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    3巻を読み出してすぐ これがドストエフスキーの凄さだなと思った。 他の古典的名著とは一線を画している。 長老の腐臭の話だ。 人間のこのあざとさをここで書くとは…。 凄まじいことだ。

    4
    投稿日: 2022.04.02
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    3巻目。なんと!話は3日目。長男ドミートリー(ミーチャ)に関して言えば、2日から3日目の話。他のドストエフスキー長編のように主題からズレることなく、グイグイ進むので、恐れていた読み辛さは少ないかな。ミーチャの段については流石に長いなと感じる。日本の出版から編集者を遣わしたいと思う処。 最初はゾシマ長老の死、遺体からの腐臭にショックを受ける三男アレクセイ(アリョーシャ)。キリスト教でもそんなモノなんかと思う。 グエルーシェニカを訪ねて、信仰心が復活する件。つまり2巻目のイワンの「大審問官」とゾシマ長老の話は嚙み合っていないと感じたが、イワンの口にしたのは無神論というより教会批判なんだな。ゾシマ長老は生きることを享受せよと言っている訳だしね。 アリョーシャの復活と俗世で生きる選択で一旦幕。 ミーチャに関して言えば、何なのコイツと思った。文無しで暮らしの生計がない。タダの穀ツブシじゃない。あそこに行けば金が手に入るって甘い考えで彼方此方走り回る。ホントに莫迦だよね。そして絶望したにせよ、手にした金で大盤振舞って、これがロシア人なのかねえ。 グル―シェニカとの仲は騙されて終わりかと思ったら、意外な展開だった。 「あなたを、根底において高潔な青年とみなすことにやぶさかではありません。ですが、残念ながら、あなたはいくつかの情熱に、いささか度を越して熱中しすぎているのです…」 ホントにそうだね。ミーチャが恥とするものは判りづらいよ。負けの込んだ博打打が泥棒にはなるないと意地を張っているようなものだな。 しかし、段々ミーチャが好きになってくるから変なもんだ。 稍々ネタバレかもしれないが、一言。 3千ルーブルではなく、1,500ルーブルをお願いしに廻ればいいじゃないか、とは思った。

    5
    投稿日: 2021.12.29
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    途中をとばして3巻から読むという邪道な行いをしたが、それがよかった。登場人物たちの、自分で自分の行いや気持ちを正しいと認められないが、それを許されたいと望む姿は身につまされる。また、自分の信仰の対象が周りから評価されない苦しさや大衆への悲しみもあり、苦しんでいることはこの話を読むことで救われるべきであり、もっと早く読めばよかったと思った。天と地が近づくような夜空の描写は美しく、他の版でちゃんと読みたい。

    0
    投稿日: 2021.08.20
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    カラマーゾフも折り返し、後2冊です。 絶望的な量だと思ったのですが、この一冊に救われました。 ミーチャが中心になることで、話が早い早い。スピーディーなミステリーを読んでるようです。 ただ、イワンの告白や、ゾシマ長老の話に比べると引き込みは弱かった。私にとっては一服の清涼剤になりました。 ミーチャの今後が気になる終わり方です!

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    投稿日: 2021.07.07
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    最初の宗教的、哲学的な部分は読みづらいが、長男ドミートリーの行動が中心となる後半はどんどん読み進められた。面白い。多くの登場人物それぞれに特徴があり、個人個人の描写と心理、お互いの反応が絶妙。 「わたし、だれにもお金を貸さない主義なんです。お金を貸すことって、喧嘩をするのと同じことですからね。あなた、とくにあなたにはお貸ししません」p177 「(百姓について)百姓たちに葉巻やワインやお金をふるまったりしないよう言い聞かせ、女たちがリキュールを飲んだりお菓子を食べたりしていると言って、いたく憤慨していた。「シラミだらけの連中ですよ。ドミートリーの旦那」と彼は言った。「あんなやつら、わたしなら、次から次へとひざ蹴りくわせ、それさえありがたいと思わせてやりますがね。その程度のやつらですよ」」p300 「いまどきの若者で、あんな立居振る舞いができて、あんなふうにきちんとした身なりをしていて」p349

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    投稿日: 2021.04.03
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    カラマーゾフの兄弟3 (和書)2009年06月18日 16:47 光文社 ドストエフスキー, 亀山 郁夫 読み易いなー。2回目だから設定がよく分かって無かった個所がパズルをはめ込むようにピタリとくる。やっぱり名作は読み込まないと駄目だね。達成感だけで終わってしまうよ。

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    投稿日: 2020.09.25
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    3巻読了。 ミーチャ、嘘ばっかり?!それとも、真実を語っている?! いったいおとしどころはどうなるのか。 モークロエでのどんちゃん騒ぎ、お金が全然ないのも、もちすぎるのもなんだかなー。って気がした。 グルーシェニカが語った一本の葱の話はあー誰かと話ししたいな。 イワンなんで、チェルマーシニャーに行くことをやめたんかな?

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    投稿日: 2020.05.07
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    これまでの第1部、第2部は重くて読んでいて疲れる印象があったけど、ドミートリーの再登場後はもの凄い勢いで物語が進んでいった感じ。 狭間にある人の心理がよくわかる、ありありと書かれていて凄いと感じました

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    投稿日: 2020.05.01
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    「カラマーゾフの兄弟3」ドストエフスキー、亀山郁夫訳。初出1879年。光文社古典新訳文庫。2020年1月読了。 #  第2部は、「大審問官」「ゾシマの告白」の2大「物語内物語」を含む内容で、なんだかもう油田に落っこちて重油まみれになって這い上がってきた野生の熊のような重厚感と迫力でした。だけれども、「第2部って何が起こったんだっけ?」と言われると、「なんかアリョーシャが色んな人とお話ししてただけ・・・」という実に摩訶不思議な世界でもありました。  第3部は、まったくもって手のひら返し。疾風怒濤です。アクション映画です。タブーな大事件と、エロっぽい誘惑から始まって、感動的な青年の成長。そして生爪を剥がされる拷問のような金欠の苦しみから、一気に殺人事件、そして恋愛案件のコペルニクス的転回から、逮捕、裁判へ・・・。読者はハラハラドキドキ、謎に焦らされながら振り回されます。  第2部は思索的。第3部は肉体的です。 # ・第7編 アリョーシャ ・第8編 ミーチャ ・第9編 予審 の3つの章からなっています。 題名になっているカラマーゾフの兄弟とは、 長男ミーチャ 次男イワン 三男アリョーシャ (拡大解釈すれば、恐らく私生児のスメルジャコフ) の3ないし4名のことなんですが、 この第3部ではなんと次男イワンは一切出てきません。 (以下、内容の、自分用の備忘録。全てネタバレです) 〜〜〜第7編 アリョーシャ〜〜〜 ▼修道院で神父見習い?の立場のアリョーシャ。 師父と崇めるゾシマ長老が、とうとう死にます。 ▼さて、お葬式の段取り準備になるわけですが、なんと死んだゾシマの遺体から、 かなり早い段階で悪臭が漂うというスキャンダル。 ▼どうしてスキャンダルかと言うと、ゾシマさんは生前、いろいろと予言みたいな、 割と素人にも分かりやすい「うわーすごいな」という奇跡めいた実績を残していて、 人柄も温厚かつ叡智に満ちた感じ。小説としても、第2部ではゾシマの若き日の思い出がたっぷりあって、 とにかく物語上、「ゾシマは汚れなき、ヨーダのような存在」だったんです。 ▼そして、このあたりはキリスト教?あるいはロシア正教的な?感覚なのでしょうが、「聖人は死んでも悪臭を放たない」みたいな迷信というか思いがあったらしい。 ▼なので、ゾシマさんは死んでも臭わないんじゃないかな、という世間の期待があった。それを裏切って余りある、ひどい悪臭を放ってしまった。 ▼これはアリョーシャにはかなりショック。ここで、アリョーシャは簡単に言うとグレかかります。 ▼具体的には、俗物でひねくれた同僚ラキーチンに誘われて、兄と父とが骨抜きに惚れている女、グルシェーニカの家を訪ねます。 ▼訪問するのがいったいなんでグレてることになるの?という疑問が出ますが、ずーっと読んでいると、グルシェーニカさんの位置づけっていうのは、「よその街からやってきた、前身はほぼ娼婦と言ってもいいような貧しい女で、この街の金持ちの愛人?めかけ?になって、女だてらに金貸しみたいなことをして小金を溜め込んだ」という感じなんですね。  ただ、どうやらそのパトロンさんというが非常に高齢になっていて、もはや男女の関係ではない。師弟というか親子みたいな感じで、グルシェーニカが別の男と恋愛しようが、とがめない。なかなか複雑な関係。  そして、グルシェーニカはこの街の「ホワイトカラー的な世論」からは、下品で高級娼婦みたいなみだらな女、と思われているのです。  (ただ、若くて別嬪さんで色っぽくて、どうやら貧しい育ちと差別のせいでひねくれてはいるけれど、本質はいい人みたいだな、というのは小説内で読み取れています) ▼そもそも、この物語自体が、現象面で言えば「もともと仲が悪かった父フョードルと長男ミーチャが、ふたりともグルシェーニカにマジぼれしてしまった」という案件から出発しています。そんなグルシェーニカのところに、敬虔で真面目なはずのアリョーシャが悪友にそそのかされて、遊びに行きます。それも、お酒も飲んじゃおうかな、という感じ。まあつまり、どうやら解釈としては、「父と兄が奪い合っている女がいるキャバクラに行く」みたいな感じで受け取れば良いようです。 (多少、わかりづらい感じ) ▼ところが訪問したところ、グルシェーニカが清い心を持っている人だ、ということが話しているうちにわかります。グルシェーニカの切ない過去が語られます。娘っ子だった時分に、ポーランド人将校と純愛に燃えたのだけど、「稼いでくるから」みたいな感じで捨てられてしまった。その恨み。でもまだ彼を恋しく思っている。そんなことから今の境遇になってしまった。 ▼アリョーシャはすっかり立ち直り?グルシェーニカと人生論?的なことを語り、グルシェーニカを人としてたたえます。すっかり、色っぽい堕落女な感じではなくなってしまいます。  むつかしいところですが、「父と兄が奪い合っている女のいるキャバクラに、お坊さんであるはずの弟が客として行ったんだけど、その女と仏の心について語り合って盛り上がってしまった。そして、高尚な精神的な感じでお互いに意気投合してしまった」くらいの感じでしょうか。 ▼そしてアリョーシャは修道院に戻る。ゾシマの遺体は相変わらず臭い。だけれども、アリョーシャは、立ち直る。もうグレない。もうブレない。ここのくだり、作者はかなり力を入れて感動的に描いています。こういう、人物の内面を執拗に描写して、それで読み手の心を鷲掴みにできる。とっても小説的で素敵だと思います。映像作品や演劇では、できない手法ですね。パチパチ。 ▼そして、アリョーシャは修道院を出ます。還俗します。これは、師父ゾシマの遺志。がんばれアリョーシャ。負けるなアリョーシャ。 〜〜〜第8編 ミーチャ〜〜〜 ここで、物語は大まか、1日分、巻き戻ります。 実は、第2部(物語上の2日目)では、長男ミーチャは一切出てこなかったんですね。 第2部はざっくり言うと、 「父フョードルを殺しかねない状態になっている長男のミーチャが心配で、アリョーシャがミーチャと話をしようとあちこちに行くのだけど、結局すれ違ったのか、会えないまま終わる」 という流れだったんです。こう言うと、すごく面白くなさそうですが。 ▼話は前日に遡る。 アリョーシャがミーチャと会おうとしている裏では、ミーチャはとにかく金策に走り回っていた。とにかく3千ルーブルが必要だ。どうしてかというと、元婚約者のカテリーナに3千ルーブル借りている。捨てた女への借金を抱えたままでは、愛しのグルシェーニカと幸せになるわけには行かない。それは男一匹プライドが許さない。 ▼ミーチャの気持ちで言えば、その3千ルーブルは、「親父がそのくらいは自分に財産を分与すべきだ」という気持ちがあります。ただ、ケチで強欲で好色で最低な親父フョードルは、そんな気は全くありません。ミーチャとしては、いろいろあって「明日までに3千ルーブル都合できなかったら、親父を殺してでも金を手に入れる!」という思いでいます。そして、そんなことを酔っ払ってはあちこちで放言しています。 ▼ミーチャは「いずれ親父から権利を奪い取れる土地の権利」みたいな、正直あてになりはしないものを担保にあちこちに無謀にも借金を頼みに行きます。だけれども、さっぱり上手く行かない。幸運は訪れない。 ▼このあたりの右往左往は、かなり滑稽味もあって面白い。そして、やってることは無茶苦茶なんだけれども、心根はとっても素直で直情で気高いミーチャを、読んでいるうちに好きになってしまう。そんなミーチャがどんどん破滅へと向かっていくので、笑いながら痛くなってしまう。このあたりの書き方の手腕、エンタメとして素晴らしい。 ▼一方で、ちょこっと分かりにくいところなんですが。ミーチャは、父とグルシェーニカを奪い合っている、のですが。肝心のグルシェーニカはどう思っているのか。これがはっきりとしないんですね。  基本、金持ちが好き。なんだけど、豪放磊落で底抜けに素直で愚かしくも気高いミーチャとも、遊んだり盛り上がったりします。 ▼ミーチャは、とにかくグルシェーニカなくては生きていけないくらい、惚れています。だけど、「グルシェーニカのやつ、こうしている間に、親父とあって、金に目がくらんでプロポーズを受け入れたりしていないだろうか?」という疑心暗鬼と嫉妬に苛まれるんですね。面倒くさい男が、面倒くさい女に惚れたものです。 ▼万策尽きた状態のミーチャ。グルシェーニカの家に寄ると、いない。女中さんを問い詰める。ひょっとして親父の家に行ったんでは?もう狂気で、杵を思わず掴んで走り出す。夜中の、父の邸宅。庭に不法侵入。窓から覗くと、親父はひとりでウロウロしている。グルシェーニカが来てくれるのを待っている。 ▼「よかった!グルシェーニカはここには来ていない!」とほっとするミーチャ。そして、ここで親父をこの杵で叩き殺して金を奪えば・・・という誘惑が発生します。 ▼ここで、書き手のドストエフスキーはすごいことをするんですけれど、小説の表現としては、「でも、どうやら、ミーチャは父殺しはしなかった」みたいな感じに書きます。あくまで「みたいな」なんです。  そうこうしていると、下男にみつかってしまいます。暗いので、ミーチャだと分からずに不法侵入者を追いかける下男。つかまってしまって、思わずミーチャ、下男を杵で殴打してしまう。ここンところ、殺意はゼロです。何しろ、子供の頃から世話になっている下男なので。 ▼血を流して気を失う下男。我に返って介抱するミーチャ。これぁ、だめそうだ。もう俺は人殺しになってしまったかも知れない。青ざめて逃げ去るミーチャ。やるべきことがある。 ▼ミーチャ、再びグルシェーニカのところへ。返り血を浴びて血まみれ。そして、なぜか大金を剥き身で握りしめています!(この謎は、読者にも謎なまま進みます。ずるい。ドストエフスキー) ▼グルシェーニカは実は。なんとこの夜に運命のポーランド人将校から連絡があったんです。「待たせたな。結婚しよう。早く☓☓の街へおいで」みたいな。グルシェーニカは狂喜乱舞、馬車で数時間?の街へと旅立ったんです。その真相を、ミーチャは知ります。 ▼ミーチャは、かなり異常な精神状態で、大金をはたいて宴会用の酒やオードブルを手配して、自分も馬車でグルシェーニカのあとを追います。このときの心理状態は… 「下男が死んでしまったら、俺は人殺しだ。もう破滅だ。そしてグルシェーニカをもう、求めはしない。だが最後にひと目会いたい。グルシェーニカの幸福を祝ってやりたい」 ▼無事に目的地に着きます。田舎の村みたいなところ。一軒だけあるサルーンみたいな酒場に、グルシェーニカは、ポーランド人といた!再会!  ミーチャは見苦しい騒ぎは起こさずに、気分としては今生の名残、グルシェーニカ、ポーランド人と宴会、カード博打に興じます。 ▼ここからがすごい展開になります。博打、宴会を通して…「5年ぶりに再会したポーランド人に、グルシェーニカが興ざめしていく。愛が冷めていく」ということになります。  これはこれで、実に説得力豊か。娘っ子の頃に首ったけだったけど、あれから5年。グルシェーニカも大人になった。世間も知った。財産もためた。  5年間自分の中で醸造された思いはあったけど、実際に会ってみると。せこい。人間がちいさい。ひょっとしてあたしの財産目当て?博打でもイカサマをやる。どうみても、人間は雑でもミーチャのほうが上等。あたしのことを崇めてくれるし。愛してくれている。 ▼ここのくだりは、グルシェー二カの心変わりが鮮やかに描かれ、それを知ったミーチャの大逆転勝利。感謝感激大暴れ。村人呼び起こしてどんちゃん騒ぎ。田舎町のただ一軒のキャバクラに、村人全員呼んでこい!チップはばらまき飲み放題。一晩で20万使っちゃう・・・というような感じです。 ▼ただ、ミーチャ内心は。「死んでもいいくらい嬉しいけれど、下男が死んでたら俺は殺人犯・・・破滅だ」ということは変わりません。そのサルーン(兼、ホテル)でグルシェーニカと歓喜の朝を迎えたとき・・・部屋を出てみると、そこには警官隊がずらっと並んでいました。「殺人容疑で逮捕する。父フョードル殺害の容疑だ」。衝撃の展開。 ~~~~~第9編 予審~~~~~ ▼19世紀ロシアの法制度は分かりませんが、そのサルーンの一室で、ミーチャは官憲の取り調べを受けます。つまり、下男は死ななかった。怪我で済んだ。だけど、父フョードルが鈍器で殴打されて殺されていた。そして、父フョードルが、グルシェーニカに捧げるつもりで3千ルーブルを入れていた封筒が転がっていた。 ▼ミーチャは、下男が死ななかったことに感謝感激。「下男を怪我させた犯罪については自分は有罪です。でも、父は殺していません。殺したいくらい憎んでいたけれど」 ▼ともあれ、状況証拠は圧倒的に不利。というか、読者ですら、「ミーチャは殺していない」という確信を持てません。でも、ミーチャは無罪を訴える。ミーチャの性格上、「殺してないんだろうな」と読者としては思わざるを得ません。 ▼ミーチャは、イライラするいやらしい取り調べを受けます。読んでる方もイライラします(笑)。感情的になって、いよいよ不利な印象をまき散らすミーチャ。「殺してないんだったら、昨夜から放蕩している大金はどこでどうして手に入れたんだ?昨夕まで、あちこちにみじめに金策に走り回っていたのは町中が知っているんだぞ?」という疑問。コレは、読者も同じ気持ち。謎。  この問いに、ミーチャが「それだけは言えない。父殺しで有罪になったとしても、言えない。ただ、俺は殺してない」と、言うんです。もうこの、イライラする感じ。ドストエフスキー、うまい。ずるい。 ▼結局、ミーチャは陰鬱な精神状態に陥りますが、とある夢を見る。その夢は、かなーり解釈が難しいのだけれども、どうやら「世界には故なくして不幸にあえぐ人、不幸にあえぐ子どもたちが大勢居る。それについて、原罪とも言うべき罪が皆に、自分にもある」ということのようです。 ▼その夢を見て、精神状態が落ち着くミーチャ。 ▼だが、濃厚な殺人容疑者として、町へ護送されることに。惨めな囚人扱い。 ▼いまや、ミーチャへの愛に生きるグルシェーニカとの別れ。「俺は殺してない!」「信じるわ!」どうなる、衝撃の第4部、裁判編へ...。

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    投稿日: 2020.02.14
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    フョードルとドミートリー。父子がお金を巡ってグチャグチャするなんて醜悪だけど、父子で同一の女を巡ってグチャグチャとか、ほんとやめてほしいわー。醜悪にもほどがある。 そしていよいよ事件。事件はもっと早い段階で起こるのかなと思っていたので、ここまで起きてないことに驚き。

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    投稿日: 2019.12.16
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    当時の社会情勢や市民が抱いている哲学などが非常に興味深い。 罪と罰でも見られるが、容疑者と予審のやり取りはさすが

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    投稿日: 2019.03.21
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    やっと3巻まできて話の流れを掴めた。それにしても、ロシア人というのは話している途中でこんなにも激昂したり、ヒステリックになったりする人たちなのか?近年はプーチン大統領のイメージが強すぎるのと、身近にロシア人の知り合いがいないために想像がつかないが、どうにも主人公達の感情の上下についていけない場面が多い。葬式の泣き女状態の人たちの会話をずっと聞いている(実際、彼女達は泣くだけで話をせず、商売だけに冷静なのだろうが)ような変な疲れを感じるのは否めない。

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    投稿日: 2019.02.10
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    4部構成の3部、転に当たる本巻。いよいよ殺人事件が起こってしまい、カラマーゾフ家に激震が走る物語展開。あえて経時的配列を取らず、多少の時間的前後をもって描かれる見せ方が絶妙で、さすがに世界観に引き込まれる。更に良いことに、これまでの1部や2部で繰り返された、宗教観などをめぐる論争みたいなのが今回は無くて、それも個人的にはポイント高し。あまりに幼稚な長男の言い訳が嘆かわしいけど、え、これってホントに彼が犯人じゃないとかあり得るの?その回答を含む、ここからのクライマックスに期待。

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    投稿日: 2018.12.16
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    ⑧少年たち 突然不思議な少年コーリャが登場する。コーリャはあるとき自分より少し年長の少年たちと言い争うことになる。そして、いかに自分に勇気があるかを見せることにする。何をしたかというと、線路の間で横になり、列車が通り過ぎるのをじっと待つというのだ。列車がいよいよ近づいたとき、他の少年たちは怖気づいて逃げるように言うのだが、コーリャはじっと動かない。列車が通り過ぎた後、コーリャはやはり動かない。死んでしまったのか、少年たちが恐る恐る近づいてみると、コーリャはむくっと起き上がり、してやったりという自慢げな顔になる。そのうわさが町に広まると、コーリャは少年たちからは一目置かれるようになり、親たちからは乱暴な子だから付き合わない方がいいと言われるようになる。このコーリャが通う学校にイリューシャがいた。主人公アリョーシャの手をかんだあのイリューシャだ。イリューシャは学校でイジメの対象になっていたのだけれど、コーリャが助けてやり、二人の関係が深まっていく。イリューシャがコーリャの子分(年齢的にも下だし)のような存在になっていた。ところがある日、イリューシャが犬にいたずらをする。パンのかけらに針を入れ込んでおき、それを腹をすかせた犬の前に置く。すると犬が思わず一気にパンを口にし、針がのどに刺さる。犬はキャンキャン泣きわめきながら逃げ去っていく。このいたずら、どういうわけかスメルジャコフ(カラマーゾフ家の下男)からの入れ知恵だったらしい。この話を聞かされたコーリャはイリューシャのことを怒り、友だち関係をやめると言う。本当はしばらくの間だけのつもりだったらしい。少し時間がたてば許すつもりだったようだ。ところがその間に、イリューシャは病におかされていく。今はもう死期が近づいてきている。犬にあんなひどいことをしたからこんな目に会うのだと考える。その犬が生きてイリューシャの前に現れれば、ひょっとするとまた元気になるのかもしれない。イジメをしていた少年たちも、アリョーシャの呼びかけで(どういうわけかアリョーシャがここで活躍している。やはり子どものことを放っておけなかったのだろうか。)イリューシャの家に日々お見舞いに来ていた。しかし、コーリャだけは現れない。イリューシャは寝言で何度もコーリャの名前を呼ぶ。そして、とうとうその日が来る。コーリャがイリューシャの見舞いに行くのだ。それも大きな犬を連れて。みんな、それを期待していた。きっと、コーリャが犬を見つけてくれると。コーリャ自身はこの犬は別の犬だと言ってはいるが、どうやらイリューシャがひどいことをした犬を見つけ出し、コーリャの家に連れて行くまでに、手名づけて、大人しくできるようにしつけをしていたらしい。さて、家の近くまで来ても、素直にすっと入ることができない。まずは、アリョーシャを呼び出し、今までの経緯を話す。ここでの、アリョーシャとコーリャの会話がおもしろい。アリョーシャが19歳。コーリャはもうすぐ14歳。コーリャはかなり大人びた話し方をしている。かなり背伸びをしている。アリョーシャに大人だと思って欲しそうな話し方だ。社会主義を少し聞きかじり、読みかじっていたようだ。アリョーシャに、何々の本を読んだのですかと聞かれ、ほんの数ページしか読んでないのに、全部分かったようなふりをしている。一昔前なら、学生時代に読んでいないとはずかしい思いをするような本があったそうだ。会話の中で自分が読んでいない本の話しが出てきたら、その場は適当にごまかしておいて、一人になってからすぐに買ったり借りたりして読んだのだそうだ。いまはそんなこと気にする人はいないだろう。というか、知らないこと、読んでいないことをそんなはずかしいこととは思わなくなったのかもしれない。私の学生時代にも、もうそういう思いというのはほとんどなかったと思う。でも、私自身にはちょっとコーリャに近いところがあって、見栄を張ったり、背伸びをしたりしたものだ。だから、この部分の描写が実によく分かる。ところで、アリョーシャもかなり若いのだけれど、もうすっかり大人という感じだ。まあ、100年前の20歳はいまの30歳くらいに相当しているのかもしれない。さて、コーリャの訪問を知ったイリューシャは当然喜んだ。犬のこともたいそう喜んでいる。しかし、そこに訪れた医者(この医者は父殺しの疑いでとらわれの身のドミートリーを診てもらうためにカテリーナが遠くから呼び寄せたということだ)は、コーリャの生命はそう長くないだろうと言う。もっと空気のいいところにでも連れて行けば可能性はあるが、とのこと。コーリャはそんな医者のいう言葉を信じない。そして、その医者に対して、暴言を吐く。どうも、医学あるいは科学に対する不信感のようなものがあったようだ。さて、ここでこのエピソードは終わり。この後にどう関係するのか全く見えないまま、幻覚症状を起こすまでに精神的にまいってしまっている兄イワンの話に移っていく。 ⑨兄イワン ミーチャ(ドミートリー)は裁判で判決が下されるまでの間、拘置されている。グルーシェニカはなんどもミーチャを訪ねている。ミーチャは精神的にもかなりまいっているのか、グルーシェニカに対して大変嫉妬(しっと)深くなっている。医者(カテリーナ・・・ミーチャの元婚約者が呼び寄せた)が精神鑑定をして、父親殺しをしたときには、精神錯乱状態で、判断能力がなかったと、罪の軽減を求めようとしたりしている。もちろん、ミーチャ本人は、自分は殺していないわけだし、精神的にもどこもおかしくないと思っている。弟のアリョーシャも何度もたずねて行っている。そして、イワン(ミーチャの弟・アリョーシャの兄)も。どうも、アリョーシャはイワンがミーチャのところに来ているということを知らなかったようだ。しかも、どうやらイワンはミーチャによからぬ話を持ちかけているらしい。それは「逃げる」ということ。ここから逃げ出してグルーシェニカといっしょにアメリカにわたる、そのためのお金を用意してくれると言う。どういう思いでそんな話を持ち出したのか。イワンは父親殺しの犯人を兄ミーチャだと思っている。アリョーシャは、ミーチャの言葉を信じて、ミーチャは犯人ではない、真犯人はスメルジャコフだと考えている。しかし、スメルジャコフが殺したという証拠は全くない。さあ、裁判で判決が下されるのは明日というところまで迫っている。さて、その話に進む前に一つおもしろいエピソードが登場する。アリョーシャがリーズ(前にラブレターをくれた少女。結婚の話はなくなっているようだ。)に呼ばれてホフラコーワ夫人(リーズの母)の家に行ったときのこと。夫人からこんな話を聞かされる。しばらくの間、ラキーチン(アリョーシャの友人?で、グルーシェニカのいとこ)が夫人の家にしょっちゅう顔を出していた。そしてどうやらその夫人(未亡人)に好意を持っているらしい。しかし、ホフラコーワ夫人は、今は別の若い男性に興味がある。それで、ラキーチンにはもう家に来てくれるなと告げる。それからしばらくして、新聞への投稿で、ホフラコーワ夫人がミーチャのことが好きだった、などという話が書かれていた。もちろん、個人名は伏せられていたが。そして、それを書いたのがどうもラキーチンらしい。嫌がらせで書いたのかもしれない。この父親殺しの事件は世間の注目を集めていたから、そんな噂話までもが新聞に取り上げられていた。新聞と言うか、いまで言う写真週刊誌のようなものだったのかもしれない。これはあとから、アリョーシャがミーチャを通して聞くことになるのだけれど、どうもラキーチンの狙いは、ホフラコーワ夫人が持っている財産にあったようだ。とんでもない男だ。さて、イワンの話にもどろう。どうやら、ミーチャよりもイワンの方が精神的にどうにかなっているようだ。幻覚症状が現れるようになっている。悪魔が出てくるのだ。(今で言う多重人格のようなものかもしれない。自分の中の別の人格と、本人とが会話をしている。)悪魔のささやきで、父親を殺したのは自分だと感じるようになっている。スメルジャコフは癲癇(てんかん)の発作からは立ち直って、いまはフョードル家とは別のところで寝泊りをしているのだけれど、そこにイワンは何度も訪ねて行っている。スメルジャコフが真犯人であるということを最初はいくらか信じていたが、いろいろな状況証拠から、やはり父親殺しの犯人はミーチャだろうと思っている。ところが、判決が明日にと迫ったその日、スメルジャコフから3000ルーブルという大金を受け取る。そして、スメルジャコフ自身の口から、スメルジャコフが自分の主人であるところのフョードル・カラマーゾフを殺した。そして、この3000ルーブルを盗んだ。癲癇の発作は芝居であった。という話を聞くことになる。それをどのような方法で実行に移したか、どのような思いで主人を殺したか、そういう話を聞く。イワンは次の日の裁判で、このことを話すと言う。スメルジャコフも裁判に連れて行くと言う。イワンはその日のうちに、警察にこのことを届けた方がよかったのかもしれない。しかし、精神的にかなり追い込まれた状態だった。自宅にもどったイワンはまた悪魔を見る。スメルジャコフをそそのかして父親殺しをさせたのは自分だと追い込まれていく。もう、ほとんど正常な意識がなくなっている中へ、アリョーシャが訪ねてくる。そして言う、スメルジャコフが首をつって死んだと。

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    投稿日: 2018.10.18
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    や……やっと読み終わったぞ(ぜい、ぜい)という感じ。 普通2巻で挫折する人が多いと聞きますが、むしろ宗教話の多い2巻の方が、私には面白く、この3巻では、長男坊の行動と心情に、かなりイライラさせられました。

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    投稿日: 2018.07.03
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    第1部、第2部に渡って神はいるか、いないか、などを挙げ、宗教面を引き合いに出したりアリョーシャを通して相関関係を我々読者が(カテリーナの件についてを除いて)説明的に理解していたったのは全てこの第3部のためにあったと感じた。 また、第3部まではアリョーシャが軸となっていたわけだがゾシマ長老の件があってからは彼の中で何かしらの変化が現れ始めていることは誰もが感じ取っていたと思う。物語を最後まで読まないと分からないが、ある面においては最初はドミートリー、イワンを見つめるアリョーシャという構図になっており、あくまで正義の、正しい心の持ち主というアリョーシャのまなざしによってカラマーゾフの血がいかに卑劣かを表現されていたが、そのアリョーシャにも卑劣とは言わないが何かに侵食されてきている感じは今後の展開にもよると思うがもしかしたらアリョーシャも変わることによって絶対的なカラマーゾフ家の血が表現されるのではないかと感じた。第3部ではドミートリーが主軸であったが、段々ドミートリーの悲劇的なまでに思い通りにいかない彼の行動には読者としては最後まで落ち着かずにはいられなかった。また、村上春樹の現在の文体には少なからずドストエフスキーが影響している要素があることを感じた。

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    投稿日: 2017.03.03
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    うううううむ、ミーチャが理解できない。 理解できるわけがない。 イワンやアレクセイ、フィヨードルならどうにか理解も出来るけれどドミトリィだけはどうにもこうにも。 そのミーチャが出ずっぱりなので、面白いも面白くないも何もいえない。 何度読んでもこの辺りは苦手だ。

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    投稿日: 2016.10.12
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    永眠した長老の腐臭 1本のネギ、 芥川龍之介のくもの糸、全く同じ話で驚く、 お金がないと言う切羽詰まった状況、お金がありすぎると言う状況が、いかに人間に不条理な選択を迫り、狂気に駆り立てて行くか、

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    投稿日: 2016.01.14
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    いよいよ物語のクライマックス、フョードル・カラマーゾフ殺害事件が起こる。最も怪しい容疑者、ドミートリーを中心にこの巻の物語は展開される。 それにしても、ドミートリーがあまりにもおバカで読んでいてイライラする。この人が現代の日本に生きていたら…親が経済的に豊かで面倒を見てくれるようなら何とかやっていけるだろうけど、親がフョードルのようなネグレストだったら半グレになるしかないんじゃないか。 そんなおバカを支えてくれる社会の暖かさを感じる。そもそもフョードルが子ども達にまったく関わらなくても召使いや親戚が面倒をみてくれる。役人のペルホーチンや宿屋を営む農民のトリフォーンなどは、腹に一物あるものの何かとドミートリーを気にかけ手を貸してあげている。現代にはない人の繋がりを羨ましく思う。

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    投稿日: 2015.08.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ミーチャの出番が多く、350ページあたりからやっと父殺しが発覚する三巻。 その辺りからはテンポもよく、かなり読みやすくなったように感じた。 ミーチャは高潔なのかもしれないけど、身近にいたら断じて関わりあいにはなりたくないタイプだと思う。 素直で純粋な面も多いが、それ故にかあまりに直情的すぎて危険に感じる。 それが今後の裁判にどう響いてくるのかが気になるところ…。 (2022/03/28に再読。感想は再読記録のほうに。)

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    投稿日: 2015.03.17
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    2015年12冊目。 2巻ではイワンとアリョーシャの会話とゾシマ長老の伝記がメインで、出来事の流れはそこまで多くなかったが、3巻ではアリョーシャとミーチャの二つの視点で物語が大きく展開し、ついに父殺し事件を巡っての予審が始まる。 一つひとつの出来事が濃厚でありながら、疾走感があり一気に読めた。 数々の伏線が最後の四巻でどう完結するのか楽しみ。

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    投稿日: 2015.01.16
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    文学史上最も有名な「父殺し」を巡り、疾風怒濤のスケルツォが展開する。錯乱と混乱、そして過剰。人間の狂気の全てを詰め込んだミーチャが、カーニバルな世界を踊り狂う。目眩のするような読書体験を、一気読みで。

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    投稿日: 2014.12.15
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    漸くと言うべきか、ストーリーが走り出した。 それにしても嘘を吐く人間はよく喋るということか、とにかく自分に酔った感じで話倒す。 そこにはカラマーゾフ的というよりも普遍的な醜悪さ、あるいは人間臭さが漂っている。 この点ではこの作品は言われてみれば理解可能な人間の不条理を描写しているのかも。

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    投稿日: 2014.10.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ここから物語は 一番目の仇であったであろう(?) フョードルの殺害により、新たな展開を 迎えます。 どうやら、彼の殺人には 周りの人が思っているよりも なにやら深い真相が絡んでいそうです。 ただし、先入観で物事を見る私たちには 仕立て人はミーチャしかないように見えるようで。 だけれども、あの部分からしても 何か一波乱ありそうです、 それはなんなのでしょうね。

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    投稿日: 2014.08.13
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    第3巻。痴話喧嘩の発展と、ついに起こる殺人事件。うーん、ようやくストーリーに動きが出てきたのだけど、やはり文章が長い。まだいまひとつ馴染めないかな。。

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    投稿日: 2014.06.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2014 3/28読了。Amazonで購入。 前巻で亡くなったゾシマ長老。死後、奇跡が起こることを期待する人々の前で、しかし起こったことは・・・。 そしてついに起こる大事件。父・フョードルが死に、まさにその日に父の元を訪れ、血まみれになって逃げていったミーチャが、多額の現金を持って元恋人と去っていったグルーシェニカを追いかける・・・! いよいよ話も佳境か、ミーチャの独特のものの考え方とかいつものカラマーゾフ的振る舞いがどんどん悪い方向に事態を進めていくのがうわあああ、ってなりつつ目が離せない。面白い! あとシャンパン飲みたい。

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    投稿日: 2014.03.29
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    ミーチャがやってしまった・・・。親と恋敵になり、お互い嫉妬に狂っている様子が醜かった。グルーシェニカの振る舞いも嫌い。 どうなるの?イワンは?アリョーシャは?と先が気になってきた。少し面白くなってきた。4巻がたのしみ。

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    投稿日: 2014.01.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    おとんが殺されてようやっと話が動き出し、面白くなってきた。 にしてもほんとよく喋るね・・・。 特にミーチャ。

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    投稿日: 2013.12.21
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    第3巻はスピード感がすごい! アリョーシャもミーチャも変わってゆく。 起承転結でいう、「転」 すごく面白く読めた。

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    投稿日: 2013.12.02
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    スケルツォ。 第4部への期待高まる、第3部。 止めることの出来ない流れ。 空疎な熱狂。 8編「ミーチャ」と9編「予審」の対比・落差が、9編をよく引き立てている。 がくんと落とされるような感覚。

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    投稿日: 2013.10.17
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    ロシア語って独特の響きがありますよね。私はこのロシア語特有の響きが大好きなんです。 長男がドミトリー(愛称はミーチャ)、 次男はイワン(愛称:ワーニャ)、 三男がアレクセイ(愛称:アリョーシャ)。 このちっちゃい「ヤ」の愛らしさと、ロシア特有の冷たさというか冷徹さの対比が、何とも言えないスパイシーな印象を残してくれます。愛称で言うと、日本人の「ちゃん」に通じるところがありますね。ドイツ語だと名詞のあとに小さい、可愛らしいということで「ヒェン」を付けます。言葉って面白い!とくに名前は!!

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    投稿日: 2013.10.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    大河小説と呼ばれるのは、ある一族の歴史であるとか、一国の興亡を描いたものだろうが、この『カラマーゾフの兄弟』は、それらに十分匹敵するスケールの小説でありながら、ここ第3部の終りまでには、たったの3日間しか経っていない。本書の亀山訳では、実に3巻、1500ページ近くを費やしているのにである。実に特異な小説というべきだろう。物語は、ここにきてドミートリーが一気に主役の座に躍り出る。しかも重大な嫌疑を受けて。4巻と5巻の一部を残すのみとなったが、終幕は全く闇の中だ。アリョーシャは、この事態にどう対処するのか。

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    投稿日: 2013.09.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    スケルツォ楽章とも云うべき第3幕。話しは急展開し、フィョードルの死、ドミートリーのモークロアでの乱行そして逮捕まで。このミーチャという人物の魅力、ハチャメチャ振りが極めてリアルに書かれ、これまた現代性を感じました。特に逮捕直後の取調べ場面のやりとりは正に現在の刑事事件を思い出させるような描写で、息詰まる思いで一気に読みました。

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    投稿日: 2013.08.18
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    やっと事件が。2巻から間をあけてしまったらまた名前がわからなくなっていて、ずっと別人と思ってた人が同一人物なのが最後に発覚。人物紹介各巻につけて!

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    投稿日: 2013.06.28
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    複雑な構成を持つ作品で、「思想小説」「宗教小説」「推理小説」「裁判小説」「家族小説」「恋愛小説」としても読むことができる。とことんミステリ目線で読んだのだが、そのスタイルが合っていたらしい。複雑で豊富な内容なので、その都度、作中のテーマに意識を合わせて読むと、途中で混乱することは必至。自分の目線を決めたらその角度に作品を当てはめて読んでみる。ブレの少ない読書になるので、無駄なストレスは軽減できる。

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    投稿日: 2013.02.05
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    ゾシマ長老の死と、フョードルの死。二つの死が兄弟たちを襲う。 まずアリョーシャの落ち込み方とそこからの復活。アリョーシャは強い子(子っていう年齢でもないけど末っ子だけに、というか、なんか描かれ方が幼いイメージ)です。 ミーチャ、もといドミートリーが限りなく黒。解説によればkara=黒、とのことですが。何度も出てくる形容詞の“カラマーゾフ”が気になる。女好きとか、力とか、なんというか、理性とかをぶっちぎる原始的な生命力なのかな、と。

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    投稿日: 2013.02.02
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    26 サクランボジャムでお茶を飲むのが大好きだった… 続きは186~ 逗子図書館 自分に重なる部分もあり・・・・ ”最後に救いがあって欲しい”と切に思う。 4巻が早く読みたい。

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    投稿日: 2013.01.17
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     物語も中盤まで進み、特にこの巻はほかの1−2巻に比べて飽きずに、スラスラと読むことができた。  “嫉妬深い人間は誰よりも早く許すことができると、女たちはみな知っている” というくだりには考えさせられた。嫉妬心の強弱というのは、その対象に対する信仰の強さ、つまりは「そいつのことをどれぐらい信じているか」の度合いによるのかもしれない。嫉妬心を感じるということはつまりは、その人のことを信じていたからでもあるし、逆説的にいえば、信じきることができないからでもあるのだろう。  ミーチャが取り調べをうける場面などは、胸の奥を無遠慮に掻きむしられるような気分で読んだ。往々にして、被疑者への取り調べはパズルゲームのように行われるもので、それはある意味では合理的なのかもしれないが、あまりにも公正さを欠いているような気がするのだ。それが100年以上も前の、しかもロシアの片田舎でもそうであるというのは、ある種の絶望感と、諦観のようなものを感じた。

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    投稿日: 2012.10.14
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    いきなり3巻になって、話の展開が変わってきた。ミステリーとなってきた。それが後半になると、さらに進化、法廷もののサスペンスになってくる。 村上春樹が薦める古典だから、是非読了したいと、途絶えていたこの作品の続きを読み始めたのだ。冗長なだらだらと続く、登場人物のおしゃべりに辟易として、ロシア人はこんなにおしゃべりな人ばかり揃っているのかと、感心したり、呆れたりしている。 この作品が一級のミステリーで終わるのか、第4巻を楽しみにしていたい。

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    投稿日: 2012.10.07
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    三巻まできたので、、がんばろうと思った。 途中、女達のイザコザとか、、ちょっとだけおもしろいなと思う部分はありました。

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    投稿日: 2012.09.22
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    どうにも面白さが分からん。。 「重厚な。。第2部とは異なって、第3部は。。疾走感をもって展開し読者を飽きさせない」著者による巻末読書ガイドより 疾走感なんて求めてないんだけどなあ。。 第2部は、大審問官の話には確かにすごく引き込まれ、続きにすごく期待を持たせる感じだったのに。。 確かに、以前岩波版で読んだ時もこのモークロエに宴会のくだりは長く退屈だった記憶がある。 「悪霊」を読んだ時だったか、後書きかなんかに、何でこんなに長いのかの理由として、この時代主な読者である上流地主層はとにかく暇。だからだらだらと長い物語大歓迎だったとかなんとか。。 第4部に期待 と書いたのが今年(2012年)3月

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    投稿日: 2012.08.22
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    3巻に入ってちょっと停滞期。 でもところどころの登場人物の言葉の重みにはっとさせられることが多い。長いけど、おもしろい。噛めば噛むほど良い、するめ的作品。

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    投稿日: 2012.05.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    他の方も書かれていますが、3巻で物語が静から動になる、といった印象を受けます。 かといって3巻から読めば、といえばそんなわけなく。。 (ここまで読んだ甲斐があったからこそ!) 1,2巻の積み上げが、顕れる巻なので、ここで興味が無いと、次巻以降に行けない可能性高い!?

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    投稿日: 2012.03.27
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    3巻目。 事態が大きく動き出し、とても面白かった。 取り調べの部分は、手に汗握る展開だった。 この先がどうなるかが見ものである。

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    投稿日: 2012.01.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ミーチャのあの錯乱と潔癖、人ごとだとは思えません。残酷ながら生きながらえる生命をそれでも肯定しようという高潔な『弱い』意志に、ミーチャは苦しめられ分裂する。一カ所でも欠けたらその意志に反してしまう、ならばこそ偽悪的な人格を演じて卑怯者と言われる方が良い。いや良いとは思ってはいない。病気だと宣告された人間は自分がいったいどんな病気なのか気になるように、高潔な意志に反する自分はどれだけ卑怯者になれるものなのか確認するために、自分の中の本能を観察していく。そんな人間じゃないんでしょうか!最終編は泣きそうだよ!!

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    投稿日: 2011.11.04
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    3巻目です。 この巻は、2巻目ほど深い論議は読めませんが、出てくるキャラクターが立っていて、面白く読ませます。 笑ったのはエントリーにも書いた某人物の「おまえ、ペンキ屋だな」というセリフ。 詳しくは読んで戴くとして、この部分、某高級ホテルのトイレの中で読んでいて吹き出しました。 突然の笑い声に、周囲の人は怪しんだと思うのですが、絶妙のタイミングなんだもんな。 この前後に、「運命は、ばけものですからね」なんていうスゴイセリフも出てくるんで、まさかあの悲惨な混乱状態をこんなセリフで落とすとは思わなったです。 さて、話はいよいよ裁判になります。 殺人事件の犯人は誰か? 普通に考えればミーチャ以外ありえないのですが、そこは稀代の傑作小説なんですから、展開を期待しましょう。 まあ、ここからは半分ミステリー小説のノリで読みます。 ps 巻末の亀山さんの読書ガイドが非常にオモシロイです。 まず、日本の左翼が絶賛する露文の大大将、ドストエフスキー様はネトウヨだったのあだあ、ということにビックリ! まあ日本の左翼は単に日本嫌いだから良いのか。 ポーランドとロシアの歴史的経緯も興味深いですね。 それからカラマーゾフという名前が「黒く塗る人」という単語の合成語になっている、というのも興奮の事実だった。 すぐにストーンズの曲を思いついたんだけど・・・関連はどうなんだろう? 後はロシアの宗教史ですね。 ロシアはギリシャと同じで正教会ですよね。 祖先崇拝と自然信仰、農耕儀礼から、ウラジミール一世が十世紀後半に持ち込んで、異教と融合、二重信仰と知りました。 一つ利口になれました。 相当にオモシロイ小説です。 精密なダイヤグラムに基づいて書かれているので、文学を読むぞ~という気負いがなくても読めますから、気軽に手に取ってみましょう。 ドストエフスキーはスティーブン・キングと同じ位、小説が巧いよ。

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    投稿日: 2011.09.25
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    とにかく三巻の躍動感はすごかったです。ページをめくる手が止まりませんでした。とくにミーチャの章。それぞれの恋愛事情が切なくってたまりませんでした。あぁミーチャはどうなってしまうのか!

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    投稿日: 2011.08.26
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    たぶん今まで生きてきた中での最大の読書。3まで読んで、4の途中で放棄。近いうちに最初からじっくり読み直したい。誰か全巻まとめて譲ってくれないかな…

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    投稿日: 2011.08.18
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    1・2巻は、話を追っていくのにとにかく必死でしたが、3巻目にして、ようやくおもしろくなってきました。 それは、アリョーシャに語って聞かせる長々しいカラマーゾフ家の人々の主義主張が終了したからでしょう。 あとは、キリスト教義の難しい話がさほど取り込まれていないこともあり、内容に引っかかることもなく読み進められました。 (でも、宗教はこの作品の要の一つでもあるため、よくわからないからと読み流しては、理解が減じるのではという恐れも抱いています。ああどうすれば・・・) さまざまな人の元へ行き、話を聞いているアリョーシャ、今度は父と兄がいがみあう最たる原因となっているグルーシェニカの元へと向かいます。 しかしこれは、彼女の罠。はじめは彼を陥落させようと色仕掛けで近づきます。 突然膝の上に乗るなんて、なんというコケティッシュぶり。 しかし、彼の高邁な心に触れたとたんに、素直な心を取り戻します。 この辺りの、妖婦から天使へと変貌するような変わりぶりにはおどろくばかり。 令嬢カテリーナとのやりとりの時には、(恐ろしい女だ)とかなり引いていましたが、男性の心を惑わす女性の本当の心がわかったことで、ぐっと親近感を覚えました。 二人の会話の中で登場した「一本の葱」のエピソードは、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』とほぼ一緒。 芥川が、この話が掲載されているロシア民話を読んだものとされているそうです。 オリジナルでなかったのはショック。『羅生門』など、結構伝承をベースに話を書きあげることが多い作家だったんですね。 アリョーシャが尊敬していたゾシマ長老が亡くなり、悲嘆にくれる彼ですが、第7編最後には、アリョーシャは師の死から立ち直り、天啓を受けるような美しい記述で締められます。 広がりゆく幸福を予感させるものでしたが、それからアリョーシャはいったん物語から姿を消し、ドミートリーの言動がメインとなります。 やはりカラマーゾフ一家の主義主張は私には強すぎ。このドミートリーの延々と続く話を読んでいるうちに、またげっそりしてきました。 とにかくくどいし周りくどいのです。 グルーシェニカも、容赦なく「うんざりする」「だらだら話す」と彼を指摘していますが、人の言うことを聞く一家ではありません。 あとがきに、ドストエフスキーは癇癪もちだったとありますが、やはりその性格が、人物の激しさを生み出しているのでしょうか。 副詞「とつぜん」が、文章に頻用されていると、翻訳者が述べています。 それはつまり、せっぱつまった人物たちを表現するためでしょう。 冷静さを欠いているような、錯乱しているようなドミートリー。人との会話の噛み合わせのずれに、居心地の悪さを感じます。 警察に尋問されても、なかなかお金の出所を教えたがらないあたりも、周囲を疲れさせるキャラクターに思えます。 常に情動的で、感情に知性に負けている印象。頭が悪い設定でしょうか。 さらに、自分のせいで父親を殺めたのではないかと思うグルーシェニカは、5年越しの片思いの相手をあっさりと捨てて、突然ドミートリーになびきます。 これまでは意にも解せず、まるで相手にしていなかったのに。 移ろいやすい女心にしても、あまりの豹変ぶりに、ついていくのが大変です。 あんなにこだわって、失恋の痛手から悪女のように成長した彼女なのに、将校との復活愛はもういいのでしょうか。 愛っていったいなんでしょう?猫の目のようにくるくると変わるもの? 問題となっていく、ドミートリーの持つ出所不明の三千ルーブルという大金がいくらくらいの値段なのか、見当がつかずにいましたが、翻訳者の指摘によると、1ルーブル=千円くらいだとのこと。 すると、三百万円と考えてよいようです。 事件は起こってしまいました。 そして、あまりにもドミートリーにとって不利な状況となっています。 でも、この人は、ゆきずりの他人にしろ、自分を育てた老人にしろ、誰かれ構わず暴力的だし、女性から預かったお金を平気で使い込むし、発作的なところがあるし、不気味なので、住民としても野放しにしておくのは恐ろしかったのではないかと思います。 それに、あれほど父親のことを憎い、殺したいと公言していたら、嫌疑もかかって当然。 キリスト教では、「考えたらやったと同じ」とされていますから。 一番気になるのは、グルーシェニカの今後です。 恋敵のカテリーナは最近登場せず、すっかり影が薄くなっていますが、婚約者が殺人容疑でとらえられたというこの事態にどう出てくるのでしょう。 登場人物は、全員強烈な自我を持ち、人間的に不安定な人ばかり。 どうも、みんな性悪説で不幸体質のような気がしてなりません。 だから神への救いを求めるという図式でしょうか。 時代の違いから生じる感覚はありますが、自分たちの住む現代世界も、この作品世界と何ら変わりがないものなのかもしれないと思い、ぞぞっとしました。

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    投稿日: 2011.06.16
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    死体が腐臭を放つ小説は初めて読んだ。キャラクター小説では死を描けないという話を思い出す。そう考えてみると、死というイベント、キャラを立てるための一イベントとしての死が大半だったような気がしてくる。ま、大して変わらないか。リアリズム風の一イベントってだけであって。 話としてはミーチャ無双。最後まで読んでないけど、一番人気あるのはミーチャだろうなーとか思う。

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    投稿日: 2011.05.02
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    三巻再読。 グルシェーシカについては意外に悪い人ではなかった。 いい女ってやつはあーいうのを言うのかもしれないと思った。 長男ミーチャについてのイメージが変わった。 がさつでで無神経なイメージが強かったが、 ある種の誇りを持っていて、情熱的、一途で好感が持てた。 しかし、話がくどくどするところは嫌いだと思った。 感情的にものを言うから解釈するほうが、精神状態、その意図をつかんでやらないといけないので、友達としてはめんどくさいかもしれない。

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    投稿日: 2011.04.05
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    前評判に違わず、カラマーゾフの兄弟は三巻からかなり面白くなってきました。遂に、カラマーゾフ家の父、ヒョードルが死に、長男ドミートリーが捕まりました。続きが気になって一気に四巻突入。もう四巻も終盤です。

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    投稿日: 2011.04.02
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    ようやく 本題に突入‼ 目まぐるしく変わる 被疑者の心理を 美醜 利害 善悪の観点から 見事に描写している まさしく PAINT IT BLACK!

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    投稿日: 2010.12.18
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    ドストエフスキーの真骨頂とも言うべき、「魂の相克」、善と悪のが同居。分裂する自我。いや善と悪という観念は人間が勝手に作り上げたもの。 ドスト氏はその上を喝破する。人間の奥深さ、不可解さに驚愕。 そして第3部はとにかくミーチャの滑稽さ過剰さに爆笑させられた。

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    投稿日: 2010.12.05
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    いよいよ物語は加速する。カラマーゾフ家の長男、ミーチャの混乱した思考がとんでもない方向に物語を引っ張っていく。ひとりの女性を愛するがゆえに罪を犯し、放蕩を尽くし、自分でも止めようのない暴走が始まる。やがてそれは悲劇的な結末に...。演劇的な台詞と人物描写の過剰さが魅力。

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    投稿日: 2010.07.27
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    2巻までと違い、スピード感があって読みやすい。あっさり読み終えることができた。 ゾシマ長老が腐臭を放ち・・のところ、5巻でイリューシャは死んでもにおわなかったと描写があった気がするので、意図があるのか? そしてフョ―ドルが殺害される、のは知っていたけれど、意外にあっさりだったことにびっくり。

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    投稿日: 2010.02.08
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    2巻とは違い、息もつかせぬ疾走感で読み進められる。 第7編 アリョーシャ ・ゾシマ長老の遺体から腐臭が… ・グルーシェニカが子どものころ料理番から聞いたという逸話『一本の葱』は、芥川の『蜘蛛の糸』と関係あり。話はほとんど同じ。 第8編 ミーチャ ・第2巻で登場しなかったミーチャは、そのころ金策に走っていた。 2日目~3日目の行動が描かれる。 ・父を殺したミーチャは、昔のポーランド人の恋人と会うためモークロエにいるというグルーシェニカのところに行き、豪遊する。 ・P278「1772年以前の、ポーランドを分割する前のロシアに!」など、ロシアとポーランドの歴史をあらわしていて面白い。 ・警察があらわれ、どんちゃん騒ぎから一転、予審の現場と化す。 ・ミーチャが荷馬車で街へと連れられていくところで終わる。

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    投稿日: 2009.11.14
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    とうとうフョードルが殺された! ミーチャが犯人だと思ってたけど、そうは簡単にいかないみたい。 ミーチャの心の動きが手に取るように伝わってきた。

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    投稿日: 2009.10.14
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    2009年10月2日 2巻の続き。 2009年10月4日 p. 99 「さまざまな思いが破片となって心のなかにちらつき、入れ替わり立ちかわり、小さな流れ星のように明るく輝いてはすぐに消えていく。」 2009年10月8日 p. 153 「三時間ほどで着いた。」 一分間が事細かに描写されることもあれば、三時間という結構な長時間がこの一行で終わらせられる場合もある。同じ時間でも、それがもつ意味は異なるのか。それとも全ての時間は対等に重要なのだろうか。 p.155 私はミーチャと同じ恋愛気質なのだろうか… 私の場合「嫉妬」ではなく、doubtであるが。 2009年10月23日 読み終えた。ミーチャが必死に無罪を主張する様が何とも言えない。憎たらしいわけでもないし、かと言って愛くるしいわけでもない。自分を投影できてしまうからだろうか。

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    投稿日: 2009.10.02
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    ドミートリー大暴走。 そしてついにフョードルは殺されてしまう。犯人は誰でしょうか…。 しかしみんな激しいなあ。日本人には想像がつかない。

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    投稿日: 2009.09.15
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    図書館で借りた。 1,2と読むスピードが格段に違った。 今回は一気に読みました。 3巻は起承転結の「転」にあたるような気がします。

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    投稿日: 2009.09.02
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    長くて難しい話かと思って敬遠していたけれど、読みだすと止まらなくなるくらい面白かったです。 もし自分にキリスト教に関する知識があれば、もっと色々なことを読み取れただろうなと思います。

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    投稿日: 2009.06.08
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    これまで新潮文庫と読みやすさを比べてきたが、どうもここに来てあまり差がなくなってきたように思える。この光文社の亀山訳は、誤訳が多いと言うことなので、この小説を正確に、原文に忠実に読もうとする人は、新潮文庫を読んだ方がいいだろう。とは言え出来る限り平易な日本語で訳そうと言う訳者の努力は伝わってくるし、実際あまり難しい言葉は使われていないので、文学に深入りしていない人、原文との多少のズレが許せる人にはお薦めと言えるだろう。 内容について。 ゾシマ長老の逸話を読むといつも、俗人と言うものの醜さを感じずにはいられない。どんなに精神的な高みに上った人に対しても、それを僻む人々、あるいは野次馬たちは常に彼らの没落を願っているのだ。そして話で示されているように、人間と言うものは行いの立派な人の没落を嬉しがるものなのだ。要するに「出る杭は打たれる」と言うやつだろう。 これは現在の日本人にも根強く存在する心理だ。芸能人や政治家等と言った「高みに登った」人たちの思わぬ犯罪そして堕落は、常々話題にされるし、それによって思わず喜んでしまう人は数知れないではないか。 この3巻ではミーチャの活躍がとにかく目立つ。彼は粗野な人間ではあるが、だからと言ってもちろん(敢えて俗な言葉を使うが)ただのDQNではない。と言うのも自分の信念を守り通し、誠実に生きていることが読み取れるからだ。1500ルーブルの話がそれを如実に表していると言えるだろう。そんな彼が結局事件を起こしたのだと僕はあまり考えたくはないし、考えられないのであるが、どちらとも取れる、そしてどちらにとっても矛盾のない書き方がなされているので、悩んでしまう。新潮では犯人を決め付けてしまっていたが、こちらは(まだ読んではないが)そうではないらしい。いやはやドストエフスキーも謎を残して去っていったものだ。

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    投稿日: 2009.06.01
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    これってミステリーだったの?途中からすごく面白くなって来たし、ミーチャが人間くさくて好きになって来た。

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    投稿日: 2009.05.22
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    ところどころに読者がつまずく石が配置してあり、読了するのに非常に時間がかかった。 ただ、後半物語がドライブし始めてからはグイグイと引き込まれること請け合い。読了後はかなりの達成感を得られる。 また、何年か後に読みたい本だ。

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    投稿日: 2009.04.22
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    2巻までは何か起こりそうな雰囲気はあっても、何も起こってなかったのですが 3巻でついに、その何かが起こります! おもしろいです〜!ほんとに。 「罪と罰」もそうでしたが、こういう「次はどうなるの?」っていう展開の時に、小難しい話をさしはさんだり、変に勿体ぶったりしないでガーッと進んでいくこの感じ。だからドストエフスキーが好きなんです。 そして、ドミートリーの魅力も全開です。1,2巻でアリョーシャの人間性にとても魅かれましたが、ドミートリーの考えなしだけど正直なキャラもいい。二人は兄弟だなぁと思うのは、二人とも人間を愛しているというところ。だからこそ、人間として魅力あるキャラクターになるんでしょうね。 残すは4巻だけなのがさびしいくらい面白かったです。

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    投稿日: 2009.03.31
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    イワンの大審問官の話がこの刊だった気がする。 そのシーンは頭がぐちゃぐちゃになるけれど、でも面白い。

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    投稿日: 2009.01.30
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    やっぱり星5つで。 冒頭はゾシマの死によって発生した事件によるアリョーシャの動揺、暴走。 自然の摂理にさえ目を背ける人々の心、圧倒的なものが失墜した瞬間の狂乱。大騒ぎです。 アリョーシャはともかく、出てきても最後まで常に取るにたらないその割に目障りなラキーチンが楽しくてしょうがありません。 なんなんでしょうね、あの鼻につくとかのレベルを軽く超えてしまっているがために発生するおかしさ。 中盤からはひたすらミーチャ。 2巻では気配のなかったミーチャ大暴走の2日間。 すごいよ。この人はどれだけ馬鹿げたことを言っても興奮して取り乱しても、なにか芯がある。 でも身内や友達には絶対欲しくない。(そんなことはどうでもいい) 神の不在、この世界で神を信じることのむなしさと向き合い続けた2巻とは異なり、とにかく金と女、世俗にまみれた3巻。 それでこそミーチャの「高潔」を描くことが出来るってことなのかな。

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    投稿日: 2009.01.22