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powered by ブクログ《紹介》 野口英世、伊藤博文、エジソン、後藤新平等、父・星新一と親交のあった明治の人物たちの航跡をたどり、父の生涯を描き出す異色の伝記。
0投稿日: 2025.08.24
powered by ブクログ星新一 「明治の人物誌」 野口英世 伊藤博文 後藤新平 らの伝記 著者の父(星一)と関係ある偉人の伝記から父親像を形づくり、自分のルーツを探ろうとした本。自助の精神、成功と失敗を繰り返す人生に 父親と偉人たちの共通性を見出している ショートショートの名手らしく、普通のエピソードと違い、偉人たちは お金や女性に極端にだらしなかったり、豪傑すぎて敵が多かったりする。こちらの方が人間らしい 伊藤博文については、この本の通りなら、もっと評価されるべきだと思う。他の本も読んでみる 名言「金銭は品性である」
0投稿日: 2021.06.07
powered by ブクログ幕末・維新に興味のある自分にとって、ショートショートの雄である著者が、なぜ明治の偉人伝を書いたのか? 気になる本だった。そして読んでみて驚いたのは、著者の父が苦学し、実業家として立身する中で実際に関わった人々だったのだ。だからこそ、その誰もが人間臭さを持って描かれている。万人に知られる偉人も、本書で初めて知ることができた人物も、19世紀末から20世紀初頭の激動の時代に活躍した。そんな時代に神が遣わしたスケールの大きい人間、そんな思いで読了。
0投稿日: 2021.05.12
powered by ブクログ高校生くらいまでに読んでおきたかったと思った本、それでも今読んでも明治の異人(偉人)たちに感銘を受ける。 司馬遼太郎にせよ、なんにせよ歴史上の人物は書かれた書籍に書いてあることがどれほど実際と合っているかよくわからない。この本は著者の星新一さんの父親と関わりがあった人達について書かれており、面白いアプローチだと思った。それでいて伊藤博文や野口英世といったよく知られた人物が出てくるところが本書の魅力。 政治かを中心に様々な魅力的な人物が紹介される中で、今日本に必要なのは後藤新平ではないかと思った。圧倒的なスケール感で理想を語りそして実現していく人物、ビジョンを語り日本をデザインしていけるリーダーそのものだと思った。 懐古主義的、古き良き時代という表現を個人的に好まないが、明治という時代はいい意味での鷹揚さと適当さがあったんだなと感じた。現代の方が圧倒的に便利で成熟した社会となっているが、明日どう生きるかも見えない中で理想を語り借金をしながら行動していく無鉄砲な姿はまぶしく感じる。 個人的には岩下周清が好き、今でいうベンチャーキャピタル、信念を感じる。 ◯野口英世 ・理解力が凄まじく、農家の出だが小学校を出たほかはほとんど独学、すっ飛ばしてアメリカの大学の研究所で働く。語学医学に長け、翻訳など貢献は大きい。 ・浪費癖がひどく、渡米のために婚約して得た300円を別れと称して豪遊して使い果たす。同額借金して乗り込む始末。 ・一度日本で案内しただけのアメリカの教授の元に転がり込み、図書館の名著を英訳してまとめを作って力量を認められ、給料を得る。 ・毒蛇の研究を引き継ぎ30年越しの研究を11ヶ月で仕上げる。その後デンマークへの留学を手にし、正統な医学をようやく学ぶ。 ・星新一の父星一とは同じ体の不自由(野口は手、星は片目失明)かつ福島出身東北なまりアメリカで懇意になっていた。 ・アメリカで高級取りになるも、欲しいものはすぐ買う、日に十何本も葉巻を吸い、高級な洋服を作りすぐ汚し、という人間離れ。 ・寝ずに研究に没頭、梅毒の血清診断、スピロヘータの純粋培養に成功した欧米に名が知れ渡る。 野口英世の能力の高さと、計画性のかけらもない浪費癖の対比が人間臭くて魅力的 なんと利他の心と高い志を持った無欲な人物が多かったものか。 ◯岩下清周 ・三井物産、三井銀行と組織勤めをするがうまく行かず、縁のあった大阪で信用の高い藤田からの依頼で40にして北浜銀行の専務になる。その後頭取へ。 ・事業を育て、産業を進歩させ、国を富ませるのが使命と心得、欧米にへの遅れを挽回すべく燃えていた。 ・当時の同業者が石橋を叩いて渡る中、経営にその人を得たと信じると、勇敢にこれを後援して成功させた。 ・独力で研究し、織物機械を発明した人が名古屋にいると聞き、実際に見てものの良さを知る。出資者を集め研究費として提供し続け、5年ほど赤字を出したが外国製をしのぐものが完成し実用化。発明者の名は豊田佐吉。繊維業回の育ての親である。 ・東京商工銀行が預金の支払い不能に陥ったとき、同業者が誰も助けなかったところを合併して救った。 ・ヨーロッパで医学を学んだ湯川玄洋は大阪で開業、診察に何度か行ったのち、もっと大きな病院をとためらう湯川を承諾させ土地も建物も用立てて大病院を作り上げる。のにち養子としてこの家を継ぐのが湯川秀樹。医師としての実力や性格だけでなく、大病院の必要性、採算まで調査した上であろう。 ・赤坂の洋菓子店に洒落たキャンディを発見、仕事着で愛想良く対応する青年に聞くと彼がアメリカで働きながら覚えたと言う。これを資金面で応援する、その青年こそ森永太一郎、のちの森永製菓。 ・醤油醸造で量産がうまくいかず失敗もあったが、見込み違いの失敗はこのくらいらしい。 ・星は製薬事業を立ち上げるときに資金を出してもらった。 ・箕面有馬電気鉄道は三井銀行の後輩小林が計画、会社設立時株の払い込みが無かった中、小林の才能に惚れ込んでいる岩下が自ら社長となり、鉄道を完成させる。これが阪急の前身で、乗客を増やすために動物園を作ったり宝塚を観光地化したりした。 ・土建業界で仕事を覚えら独立した大林芳五郎にも惚れ込み、新会社ができるたびに工事関係は彼のところへと口添えした、大林組である。 ・大阪奈良を結ぶために創立された大阪電気軌道(株)工事途中の生駒山が問題となり倍お金がかかるがスピードが出せるトンネルを主張、難工事でお金も追加で随分かかり、途中から社長を継ぎ自宅まで担保に入れていたが何とか開通させた。現在の近鉄。 ・藤田二代目との確執、新聞への対応の悪さもあり、難工事ですっからかんになった後の預金取り付け騒ぎで危うくなる。なんとか破産は魔逃れたものの、支店で横領もあり責任を取って辞任する、58歳 ・突然背任横領、文書偽造、商法違反などの罪で逮捕される。欠損は罪ではなく頭取が刑事責任を問われたことはない。原敬を潰すための大浦の画策であった。 ・10年に渡る裁判は富士の麓の農園で過ごす、次第にほとんどの基礎内容が無実であることが証言されていったが、適当に聴取で述べたことが自供となり横領の罪で10カ月の監修、出社後72で他界。 ・信念、大胆、奇才の度が過ぎていた。良い補佐役がなく、他人をもてなすのが好きなのにもてなされることも物をもらうことも嫌いで、事業欲が強いのに金銭には潔白、その矛盾性が誤解の元になった。 ・百歩咲の見える者は狂人扱いされ、五十歩先の見える者は多くの犠牲者となり、一歩先の見える者が成功者で、現在を見えぬのは落伍者である 胆力が半端じゃない、いったいどれだけの金の卵を支えてきたのか、こんな凄腕のエンジェル投資家がいたのかと驚く、それでいて無欲。 ◯伊藤博文 ・多くの歴史上の人物との違いは、成功挫折の末のクライマックスがない。順を追って書くと明治の歴史そのものになる。 ・農民から下級武士の家に養子として入った身、長州藩時代は暗殺も相当したのではないか、中年時代にスリを投げ飛ばし現行犯で縛り上げる腕前があった。 ・明治維新時は駐日英人の対応、維新後は廃藩置県のサポート、英国資金での東京横浜間の鉄網建設、アメリカの勉強も経て通過の改革、実務をこなす。 ・西南戦争、大久保暗殺、木戸の病死で一区切り、大久保を継いで内務卿となり国内統治の実質的な責任者となる。 ・自由民権運動の流れもあり、欧州で法を学びにいき、内閣を作り、45歳で初代内閣総理大臣となった。その後憲法発布 ・4回も首相に任命されているのは地位への執着がなくすぐ辞めるから。「お前にはそれができるが朕にはできぬ」と明治天皇に言われ恐縮する。天皇からの厚い信頼。 ・事態の処理が巧みな政治家で政敵もいない、大きな目標や主義主張もない平和主義者で、挫折もなければ国民的人気も出ない。威圧感も与えないし大物扱いもされない憎めない人柄。 ・何とか戦争を避けようと尽力する中、日清日露と和解の戦果に国民は不満で暴動が起きたが、いずれも収束すると後からその判断が正しかったことがわかるのであった。 ・唯一の欠点は無類の女好きでぞろぞろ美女を連れていたりし、新聞の攻撃材料たった。 ・星は韓国統監となった伊藤に誘われて動向する。 ・ロシアとの会談のため満州を訪れたときに韓国人の凶弾に倒れる、69歳。新聞は伊藤を英雄に祭り上げ、世論も盛り上がり韓国併合をやってしまったが、伊藤自身はそんな思いはなかった。 ・世界の情勢を考え、弱い日本の立場を考え穏やかかつ理性的にことを進めた。イギリスでのショックからの謙虚さを常に持ち続けた。彼以降の為政者は日本は強国という点から考えはじめている。見事な安全運転でなすべきことは全て成就させた。 日本的平和的で最も優れた政治家であろう、しかしそんな伊藤博文ですら無類の女好きという人間臭さがあるのがまた魅力的。 ◯新渡戸稲造 ・戦後あっという間に軍国主義から民主主義へ転身した要因の一つに彼の存在があるのでは。 ・アメリカ、ベルギーと留学し、農学を深める。その後北海道の開拓に貢献。いくつも校長を兼任したり活躍するがノイローゼで一年ほどアメリカで休養 ・英文で書き上げた武士道は、義、勇、仁、礼、誠、忠、克己などの章に分けて、日本における独自の生産的秩序を論じた。根本には恥を知るすなわち名誉を守るがある。 ・後藤新平に仕え、台湾の資金確保のためサトウキビ事業を立ち上げ、数年のちに巨大な利益を生む事業を作り上げた。学者だけの人ではない。 ・熱心に口説かれ一高校長に就任。籠城主義、独善主義の傾向のあった一高に、新風を吹き込んだ。つとめて講演をし、寛大さ、謙虚さ、心のふれあいの必要を説いた。学生たちも大言壮語型がへり、禁酒と思索を重んじるようになっていった。 ・実社会で通用するものでないと意味がないというSociality ・あらゆる知識をのみこみ完全に消化し、自分ものとしてわかりやすく皆に説明する。学者としてはあまりにはばが広すぎた。 ・日米交換教授として各大学各地で166回にも及ぶ講演を実施、どこも満員大好評で、当時議会に提出されていた排日的な移民法は立ち消えた。 ・再び体調不良により7年に及んだ校長辞任、5年ほど療養の末、国際連盟発足時に日本の代表である事務次長に就任。 ・英国ドラモンド総長は連盟精神普及のための講師を派遣する際ほとんどを新渡戸に依頼した。講演がうまく、聴衆に感動を与えられるのは彼を置いて他にいないとのこと。 ・皆に愛され尊敬され、かといって国威を発揮しない、それゆえに日本の評価を高めた。 ・「専門センスではいかん、コモンセンスでなくては」、が口癖、どの分野でも専門の学者以上の学識を持ちつつ、一般人の水準向上に努めた。 グローバルな場において彼ほど日本人として存在感を発揮した人はいないかもしれない、5千円札の顔になったわけがわかった。 ◯エジソン ・8才遅れて小学校に行くも成績ビリで「頭がくさってる」と先生に言われ腹を立て不登校になる。母親が色んな本を読んできかせ、自らどんどん本を読むようになる。 ・9歳、自然科学の学校という本に惹かれ熱狂的に実験を試みる。地下室に入り浸る。 ・12歳、実験資金確保のため鉄道の売り子としてデトロイトとの間を行き来、昼間は蒸気機関の修理、図書館の本を読み漁る。 ・列車の中に活字印刷機を持ち込んで新聞販売で利益を上げたりもした。この頃から聴覚症状が出始めた。 ・16歳、電信技術士の資格を取り、通信の仕事をしながら各地を渡り歩く。 ・21歳、ウェスタンユニオン電信会社のボストン支局の職を得る。ファラデーの実験日誌を読みふけり自力で実現を試みる。発電機の発明はされていたが実用化されていなかった。 ・23歳、通信装置の改良やウォール街の取引所の装置の改良などでお金を稼ぐ、しかし大組織の一員は好まず会社を立ち上げる。 ・新型の電信記録機を作り上げると、ウェスタンユニオンが買い取ってくれ5千ドルを得る。 ・再びウェスタンユニオン(WU)で働き、電気記録機の欠陥を完全に改良して4万ドルを得る、その資金で再び独立した相場受信機を製造する工場を立ち上げた。 ・WUに対し鉄道事業を持つグールドが進出を図るが、WUが特許違反を申請して勝訴、グールドがエジソンに回避策を求める。 そして見事に発明する。しかしエジソンの四十通信の権利争奪戦が7年にわたり続き巻き込まれる。 ・29歳、6年過ごした工場を閉鎖し、田舎町に研究所兼工場を作り、組織的体制での発明と開発に取り組んだ。 ・電話の発明自体はベルに先行されるか、炭素粒を使って音量を上げ、感応コイルで通話距離を数百キロに伸ばし、実用性向上に貢献、大きな継続的特許収入を得る。 ・次に音を記録したいと蓄音器を発明、第一回目の実験で自分の声を再生することができ、人生最大の驚きを味わう。社会の反響もものすごく大勢が研究所に押し寄せた。 ・ユニークな発明はたくさんあるが、実は先人の研究の発展や改良が多い。蓄音器ほどの画期的な発明は他に少ない。極めて簡単な原理ながら誰も思いつかなかった。しかし1分半の録音の使い道が見出せずブームは収束。 ・30歳、取扱厄介なアーク灯、従来のガス灯に代わる白熱灯の開発競争に参戦、今回は蓄音機の成功とありバックアップも強力になっていた。真空のガラス管内で金属を光らせる。熱でとけ短時間しか光らないのをどうするかが壁であった。 ・電灯ばかりに注目する他の人と違い、発電機の性能、付帯設備や回路を考慮し、消費電力量を定め、抵抗の大きい材料に絞り少ない電流を流すインスピレーションを得た。 ・32歳、それでも片っ端かは色んな材料を試して2年もの歳月を経て何百回目かにようやく炭化した木綿糸で13時間半の点灯を実現。まもなく170時間まで到達、電灯時代を迎える ・エジソンシステムと呼ばれる、新型発電機、地下導線、安全ヒューズ、絶縁材料、スイッチ、調節器、電流測定器、家庭用引き込み線などを改良し実用レベルにした。 ・電灯事業ら機械製作会社、バーグマン会社と複数の会社があったが、資金調達のために特許を持つ電灯事業の株をほとんど売ってしまっており、会社経営の舵取りはうまく行っていなかった。 ・41歳、整理統合によりGE設立、170万ドルほどを手にしたものの、大部分の株はモルガン財閥の元にあり、自分の支配下にはなかった。 ・会社を売り、また新たな事業を起こす、買った方は産業を発展させていく、このサイクルがアメリカの発展を支えた。 ・ニコラ・テスラが発明した交流用変電機、を空気ブレーキを発明したウェスチングハウス技士が、採用し直流システムのGEと対立。 ナイアガラに巨大な水力発電所を作り交流で送電、豊富な電力供給を実現。 ・44歳、イーストマンのフィルムカメラを改良し、動く写真を眺める装置を発明。覗き式映画の一大ブームが来る。 ・多方面への発明意欲は留まることを知らない。10年の際月と百万ドルをつぎ込み、鉛と酸を使った耐久性の悪い蓄電池を改良する。その狙いは電気自動車にあったが、ガソリン自動車に先を越された。フォード。 ・エジソンは家族を愛し、部下に慕われ、大衆的人気もあったが、親しい友人はほとんどいなかった。その例外がフォードだった。16歳年下のフォードは以前試作したガソリンエンジンをエジソンに見せ、良い感触と激励を得ていた。 ・一つの事業に集中していればフォード以上の財産を築けたかもしれないが、訴訟や大損失、数えきれないほどの失敗と共に千を超す発明を成し遂げた。 エジソンが如何に多くの発明を成し遂げたか、しかしその中で純粋に発明としてゼロから最も無いものを作ったのが蓄音機というのが面白い。確かに電球にせよ、エジソンシステムにせよ、ゼロからではない、改良し本当に実用に耐えうるものにする部分での発明に長けた人物だった。真のそして純粋な発明家。 ◯花井卓蔵 ・刑事事件における第一人者である大弁護士 ・大事件ばかりが残っているが、時には無報酬で1万を越す弁護をしたと言われている。 ・罪を憎んで人を憎まず。 ・人は誰にも他人特に地位のある者の失脚を面白がる心がある。そして正義漢、うさんくさいことは警察に徹底的に調べて欲しいと思う。みせしめに重刑も期待する。しかしもし自分が身に覚えのないことで警察へ連行され、自白を強要、防戦方法もわからない、豚小屋にいることを思い知らされる。そのために弁護士はおり、その期待に応えることに花井は生きがいを持った。例えば書類不備による公文書偽造の疑いなどである。 ・大戦後の経済不況で各地の銀行が倒産、預金者が頭取や重役を訴える。これを弁護し、無罪にしたことで、人々の怒りを買ってその後議員への立候補を諦める。自らよりも職務優先である。 ・非常に勉強熱心、宗教問題では外国の心霊現象について調べ、列車や船舶の衝突事故では性能や構造の研究のみならず模型による事故の再現まで行なった。鉱毒事件では土壌の検査、木の根を抜いて被害の状況も調べた。検出熱心。 ・被告の性格、人生、家族、交友に至るまで調べ、刑法仁愛論に基づく情状の弁となるものだから有罪でも被告は納得して刑に服すのだった。 ・罪せんがために罪するのではなく、救わんがために罪するなり ・政治争いから星が阿片密輸の容疑をかけられたときは、すでに引退していたものの台湾まででかけで弁護し無罪にした。 ・全国弁護のため動き回り東京の寝台列車を最も利用した人とされている。 ・議員としての活動も大きい。各種法律改正の会議には絶対に遅刻しない。人権擁護に関する件も多いが立憲政治を、つらぬく大きな目標に向け使命と信じて尽力した。 ◯後藤新平 ・数多くの伝記が書かれ、野口英世を除いて他にいない。貧乏士族の家に生まれ、維新のゴタゴタ後世に出て生存中に伯爵にまでなった人は他にいない。科学的な政治家。 ・医学を学び、建白書好きな一面と掛け合わせ、当時としてはかなり進んだ予防医学の考え方を提唱していた。 ・公衆衛生原理という本を書き上げ、国家も人も一つの生命体とみて健全な発達と生活環境の改良をめざせという主張をする。経済は国の栄養と論じた初めての人であろう。 ・日清戦争後、20万を越す兵士の帰還に際して検疫を任され、短期間で検疫所を作り上げ、見事に国内にコレラを持ち込まずに済ませた。 ・過去大阪でお世話になった石黒先生の引き立てと児玉の抜擢があってのことだった。何かやるには実力者の後援が必要だと知り人間的に成長する。 ・そして児玉の下での病の台湾再生、阿片問題には、阿片中毒者には与え、新規は罰則としつつタバコなどガキの弱いものへ切り替えさせる。横行していた盗人は仕事を与えて治める、大型予算を日本から取り付け、鉄道や港湾も整備、銀行や戸籍も整備し、産業も育成する、そして着任して7年後には健康体へ ・部下への愛情も深い、遅くまで仕事をして夜中に戻ってきた部下の報告を聞き終わると、ご苦労様一緒に風呂に入ろうと思って待っていたんだと労った。部下はこの人のためなら死んでもいいと思ったという。 ・台湾の功績で男爵となる。 ・戦利品の満鉄の運営を任される。2年の期間であったが、現地に配慮しつつ、英国から借金もして資金を集め、線路幅を広げて海外の中古車両を走れるようにし、沿線開発も進めた。しかし本土の方針が定まらず度々苦言を出す。 ・桂太郎内閣の発足に伴い逓信大臣として入閣、満鉄運営の権限を移す約束の元である。電話の普及もあり、軽んじられていた省が科学技術の役所として重要性を増しつつあった。 ・国鉄の生みの親、電気事業法も作り水力発電所も進めた。 ・後藤の大風呂敷、理想を抽象的なものから具体的なものにする才能があり、日に何個も桂にアイデアを持って行った。10のうち1,2は凡人には思いつけない天下の名案があると言わせた。 ・さまざまな改革や創業を行なった。いずれも医師が患者に対する態度である。時には手荒でも健康体になるようにとの期待と愛情と願いがこもっていた。 ・東京の市長になった時は、給料を上げよと要求して、その額を全て寄付。退職金もそっくり少年団へ寄付、死後遺産どころか借金が残った。借金で政治活動をしていたのだ。 後藤新平の言葉で印象に残っているのは「何かを成すには後援者の力が必要だ」という言葉、台湾での功績は相当大きいが、この言葉は重い。そして国を治す医者のような感覚で政治を行っていたというのが興味深い。
0投稿日: 2020.05.23
powered by ブクログ再読 自身の父親に関する人物たちの評伝 解説にあるようにその父親が評価した側を取り上げることで その行動の正しさを肯定したい信条が全体を支持している 自分のことだからそうでない側は書けなかったのだろうか 一面でなく様々な面からの視点を一人の著者に求めるものではないだろうけれど
1投稿日: 2018.10.19
powered by ブクログ固そうな表紙と題名で手に取るのを躊躇うには非常に勿体無い作品。星新一による明治の偉人伝記。 とにかく今の政治家に幻滅している人はこれをぜひとも読んで欲しい。すごく元気が出る。
0投稿日: 2017.08.11
powered by ブクログ個人的感情に基づいているからなのか、複数人についての偉人伝はどれも濃厚で、なおかつ作者の父にまつわる内容だけに各章で重なる部分が見受けられたこともあり、正直読むのに時間はかかった。 ただ、当然というべきか、作者の父にまつわるという点において一冊を通じた物語として成立しており、前後で繋がりを感じられる部分もあったのはよかった。
1投稿日: 2015.03.29
powered by ブクログぅん、意外にも面白かった! 意外っていうのも失礼ですけど。天下の星さん捕まえて。 たまたま、歴史小説的なものに興味を持ち、かつ、星新一を久しぶりに読もうかなと思ったときに見つけた本。 星さんがこういう本も書いていたなんて知らなかったなぁ。 対象人物の抽出基準は、星さんのお父さんとのつながり。 なんか、野口英世とか、完全に昔の偉人、というイメージなんですが、そんな人材が、今生きる人の(いや、まぁ今や亡くなっていますが)お父さん時代というレベルの人??と思うと、なんだか不思議でした。 そして、一般的にはレアな人であっても、星さんのお父さんとのつながりを基に光が当てられているので、へぇこんな人がいたのか!と(著名でない割にやっていることはなかなかすごかったりする)、なんだか面白かった。 対象者は、 中村正直 西国立志編←これは要は翻訳なんですが、当時の、なんていうか向学の啓発本に近い。かなり面白く、ベストセラーな感じになったらしいよ。なるほど。そんなのってあんまり歴史の授業じゃ習わないからね。そういうのを一緒に習えたら(そこまでは時間が足りないことも重々承知しつつ)面白く定着するだろうに。 野口英世 彼がお金にだらしなさすぎた(!!)のは、結構びっくりだったなぁ。 岩下清周 やり手の銀行マン。中小企業等も義侠精神で育て続け、受付に女性事務員を置いたさきがけ、森永製菓の見込み育ての親(融資ってことよ)だったり、湯川秀樹の父親の病院を見込んで大きくしたのも彼だったり、関西の鉄道を育てまくったり。なんと生駒のトンネルを掘ったのも彼らしい。原首相と親密と見られて政治に巻き込まれひどい道をたどったとか。 伊藤博文 言わずと知れた人ですが。以外にも、権力に執着はなかったみたい(だから、うん辞めるわー、みたいな感じで首相を止めて、でもまた担ぎ出されて、結局4内閣作ってたり。)。親露派。結構中庸を好む感じの穏健派だったみたい。満州で頑張ったりとかしてた。鉄道を初めてひくことを推進したのも彼。天皇からも頼りにされていたとか。でも女好き(笑)。 新渡戸稲造 少年時代は正義感でもって暴れん坊だったらしい。でも、今後は学問が重要、という時代で、農業をおさめ。札幌農学校に進学→キリスト教徒になる→渡米・フレンド派→米国人奥さん、札幌農学校校長、中学や高校の校長も務め、非常なる穏健派で周りから尊敬・信頼を集める。インフルエンザが流行った時、学生に朝礼で、無事ですの一言でもいいから親にはがきを出しなさい、と言ったりしたとか。連盟の時も、周りからも信頼され、数々の議長等したって。武士道。 エジソン この人は、大量に発明したらしい!電気のイメージが強かったけど、電気も、蓄音機も、映写機も!なんかものすごい勢いで発明王だったらしいことに驚き。だけど、どれも執着することはなく、また、事業化の才能はあまりなかったみたいで、とにかくずっと発明してたみたい。 後藤猛太郎(たけたろう) 伯爵。お資産のお父さんの会社を資金的に助け書く出した人。スーパーダメ男だったらしいけど(ほんと、なんでこの時代はこういう人が多いのだ???遊びすぎ。)、そのときやっと設けて安定したらしい。 花井卓蔵 当時の超社会派弁護士。徹底的に調べ上げて、正義を貫いたとか。当時の官憲の時代の中で。また、恐らく刑法の基礎も築いたひとっぽぃ。 後藤新平 医者。国家衛生原理。朝鮮半島からの引き上げ兵の検疫など完璧にやり遂げた。国家も人体と同じで、病と原因がある、として、めちゃめちゃ国家の基礎を作りまくった人。台湾と東京。すごい。 杉山茂丸 表に出る役回りの人では全くなかったが、政界の裏側でいろんな人を陰で動かし、何気にもしかしたら思うように世界を動かしていたかもしれない人。。
1投稿日: 2015.03.29
powered by ブクログショートショートで有名な星新一のお父さん星一(ほし はじめ)は、星製薬を創業しモルヒネの精製に成功、そして星薬科大学の前身となる商業学校を設立します。 本書は、時折息子の視点を交えた星一の伝記だが、先の過程で星一が出会った人物や影響を受けた人物を、明治の偉人伝風に紹介するという変わった手法をとっています。 伊藤博文や新渡戸稲造、エジソン、後藤新平、野口英世といった有名な人物から花井卓三、後藤猛太郎といった普段聞きなれない人物が出てきます。 文章の読みやすさはショートショートで実証済みで、各人のエピソードの選別も秀逸です。 本書で紹介されている人物で杉山茂丸がいる。当時、僕には「夢野久作の父親」という印象しかなかった杉山だが、星新一はこう評している。 「玄洋社という国家主義の団体の連中とつきあいながら、一人独自の道を進み、英語もでき、国際情勢にあかるく、陽性な性格。官職についたことはないが、各方面の実力者と親しい。ちょっと不思議な人物である。」 そんな杉山が、伊藤博文や後藤新平の章などで星一とともに暗躍するのだ。そして満を持しての最終章が「杉山茂丸」だ。 そんな杉山が故郷福岡から飛び出すきっかけが伊藤博文暗殺を企ててのことだなのだから、もうハラハラします! 杉山茂丸にして息子が夢野久作…、最後には孫の龍丸も登場しますが、興味がある方は杉山家を調べてみると面白いと思います。 キーワードは「グリーンファーザー」です。 本書にもそのキーワードに近しい記述があります。
1投稿日: 2013.06.23
powered by ブクログ中学生の頃大好きだった星新一に最近またはまってます。 星新一と言えばショートショートの名手のイメージでしたが、この作品は少々毛色が違い、筆者の父、星一氏と直接間接関わりがあっ明治時代の偉人たちの物語。あまり知られてない人物も居ますが、筆者の軽妙で解りやすい文章のお陰で楽しく読めます。
1投稿日: 2013.05.26
powered by ブクログ著者の父を巡る人々を描いた好著。著者の父の青年期を描いた「明治・父・アメリカ」本著に出てくる後藤新平絡みで攻撃される「人民は弱し官吏は強し」を合わせて読むとなおいいでしょう。
1投稿日: 2012.12.04
powered by ブクログ星新一による明治人物史。 実父、星一の遠い思い出も散りばめられ、味わい深い評伝の数々。 伊藤博文、野口英世、中村正直等の評伝を辿りつつ、明治という時代の知られざる側面を垣間見れる良品。 星、四つで御座います。
1投稿日: 2012.07.21
powered by ブクログ全体的に、一人一人の伝記がもう少し短ければ、もっと気軽に読めるのかな?と思いましたが、文章が分かりやすかったので、読みにくい、というほどではありませんでした。著者のお父さん、星一さんがお世話になった人を中心に書かれているので、個人個人のエピソードを知りたい人にはおすすめかも。 一番印象に残った人物は『岩下清周』。中でも谷口房蔵と岩下清周の銀行内での一幕のエピソードは明治とういう激動の時代を生きた男達の息吹を垣間見た気がしました。 そのほか、山口県民としては『伊藤博文』の伝記も興味深かったが、伊藤博文の場合、あまりに伝記が多すぎるため、著者はまとめるのにかなり苦労されたようです。 そんな伊藤博文さんは、実はとても気さくな人物だったと書いてあり、驚きました。本書の中にも書いてありますが、紙幣の中の『厳格な』イメージがこびりついているからなんですね。伊藤博文さんの笑った写真が見たくなりました。
1投稿日: 2010.05.02
powered by ブクログ著者が父の思い出と共に、関わりのあった人々の経歴を紹介していく本。私が主に参照したのは、花井卓蔵・後藤新平・杉山茂丸ですが、伊藤博文やエジソン(!)など有名どころも。伊藤の章を見ると、著者の指摘通り紙数の都合等でやや詳細さに欠けるものの、花井の章は関係史料が入手しにくい私にとってお役立ち。
1投稿日: 2009.10.23
powered by ブクログ明治時代を生きた自身の父親に関わりがあった、もしくは影響を及ぼした人物達を簡単にまとめた本。歴史に名を残したような著名人がずらりと並んでいる。それらの人物について書かれた書物や子や孫から聞いた話をまとめている。いい所も悪い所も愛情を持って書いているように見受けられる。それぞれの人物が人間臭くまとまっていて面白かった。
1投稿日: 2009.09.05
powered by ブクログ明治時代の、志の強い、ダイナミックな、10人の人物像で面白く読める。星新一のお父さんと関わりのあった人たちでもあるので、その人物像の描写は生々しい感じもある。だけど、後藤猛太郎、杉山茂丸という人選は、読んだ後でも疑問符が残る。
1投稿日: 2009.04.26
powered by ブクログショートショートの星新一さんが書かれたお父様の時代の人物誌。お父様の星一さんはアメリカで野口英世博士と懇意にしていました。後藤新平や伊藤博文、エジソンなど子供のころから親しみのある人たちが出てきて面白いです!
1投稿日: 2008.06.19
powered by ブクログショートショートで有名な星新一の作品。 明治におけるさまざまな人物を取り扱っていて、ショートショートで有名な星新一の作品の中では異色だと思います。 扱っている人物の伝記としても勿論面白いのですが、明治という時代がどんな時代であったか、それを知る入門としても適していると思います。
1投稿日: 2008.03.20
powered by ブクログまだ読みかけなのだけど。 ここ最近で一番印象に残った本。 偉人と呼ばれる人たちも、元々はフツーの人でしかない。ただ、努力することをやめず、やりとげた人なんだなぁ、と。明治がぐっと近く、そして遠く感じる本。
1投稿日: 2008.03.16
powered by ブクログショートショートで有名な星新一さんの本。 近代史が苦手な私に、まずは↑これがとっつきやすいんじゃない、と、友達が薦めてくれて、注文した本なのですが、文庫ながら500ページという厚さと地味な表紙に、「読みきれるかなぁ。」と、手に取った時点には興味をなくし、枕元に置いておくこと数週間。 昨夜、目が冴えて眠れなくなったので、「あ、そうだ、これでも読んで眠くなろう。」と 手に取ったのが大きな失敗。すっかり目が覚めちゃいました。面白すぎて。 子供の頃読んだ、まじめで立派な野口英世とは違う人がそこにいて、 星新一さんのお父さんで製薬会社の社長だった星一(はじめ)氏を軸に、中村正直、伊藤博文、ほか明治の偉人達の人間味溢れる姿が、ショートショートで鍛えた人をあきさせない文体で淡々と描かれていて、、、。 今日は寝不足で使い物になりませんでした。私。
1投稿日: 2007.03.29
powered by ブクログ星新一の最後の新潮文庫。 ショート・ショートとは違った作風が新鮮。 星氏の父上の幅広い交友関係が伺えます。
1投稿日: 2007.01.06
