Reader Store
ことばの教養
ことばの教養
外山滋比古/中央公論新社
作品詳細ページへ戻る

総合評価

13件)
4.3
6
3
0
0
1
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    今から三十六年前 ことばのある暮し を旧版として、十六年前に新版が文庫になり、いま私がよむ。 ことばに対する思い、洞察力、電話、手紙とその頃を思いながら読み進めて、今はもっと人との 会話が ことば でなくなっているんだなぁと、改め感じ入るところ。 読んでいて、まず葉書を出したいなぁと、思った。 誰にと考えると、なかなか? 亡くなった 親父、お袋に投函できない手紙を まずはボールペン、万年筆、そして 筆 書いて仏壇においてみようか? 返事が来るかもな。 そんな気持ちにさせていただきました。

    7
    投稿日: 2024.05.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ことばの教養 著:外山 滋比古 紙版 中公文庫 おもしろかった。 日本人にとって、複雑になってしまった日本語について語るエッセイ集 ■心を伝える ・日本のことばはまず目で話す。そして、そのあと、口でも話すようになっている。 ・だから、電話のように、目がきかないと、パンドラの箱のようにいろいろな間違いを飛び出させる ・いま、NHKのアナウンサーは一分間に300字くらいの速さで原稿を読んでいる ・このごろの人気タレントを注意してごらんなさい。たいていが早口ですよ。 ・逆にゆっくりした話し方をしようと心掛けているが、もともとが早口のせいもあって、なかなかうまく行かない。 ・わかものは年寄り以上に言葉にうるさいことがこの調査にもはっきり出ている ・わかものの中にことばの老人が住んでいるらしい。保守的である。他人が傷つけまいとする気持ちがつよい ・センテンス(文)の終わりは、句点(マル)、句や節の終わりは読点(テン)をつける ・学校でそう教わって、その通りにしてきたが、やがて、はっきりきめられないこともあることに気が付くようになった。 ・センテンスであっても、意味が大きく次へ流れるようなときには、マルでなくテンを使うことが多くなった ・「…と思います」が悪文であることはたしかだ。 ・電話は便利だと思っている人たちはすこし誤解している。 ・かける側には、簡便である。 ・かけられる側はありがたくないことが多い ・手紙で人と付き合うコツは、こまめに返事を書くことにつきる ・こまめ、というのは、すぐということである ・ふみの友、というのは、双方が返事を出す心がけさえ失わなければ、いつまでも続くのである ・年賀状にコピーを送る人はないが、添え書きのまったくないのは、コピーより悪いかもしれない ・かといって、すべてに添え書きできるとは限らない。へたに書いてはまずいような公的な相手もある ■諸家の書簡 ・スペインのことわざに、「どういう人間といっしょに暮らしているかを告げよ、しからば、君がいかなる人物かを言い当てよう」、というのがある。 ・怠惰は弱き心をもてるものの隠れ家にすぎない ・今の人のことを軽蔑した口ぶりで語ってはいけない。古人のことをやたらにありがたがってもいけない ・乃木将軍、夫人の辞世の句 うつし世を神さりましし大君の、みあとしたひてわれはゆくなり ・出てましてかへります日のなしときく、けふの御幸に逢ふそかなしき ■読書の愉しみ ・本があまりにもたくさん出るので、落ち着いていられないのかも知れない ・追い立てられるように、あわただしくつぎつぎ読む。 ・読んだ本がその場でわかってしまわないと承知しない、せっかち読者である ・ささやかな読書歴を振り返ってみても、本当に影響を受けたと思うのは、たいてい、はじめはよくわからなかった本である。 ・わかれば安心してすぐ忘れる ・わからぬからいつまでも心にかかって忘れない、反芻しているうちに、だんだん心の深部に達するようになるである。 ・三上 馬上、枕上、厠上 ・ヨーロッパに「名著を読んだら著者に会うな」ということわざがある ■読書のヒント ・禅でいう、啐啄(そくたく)の機、孵化する卵を親鳥がつついて殻を破ってやる。このタイミングを誤ると雛は死んでしまう ・日本ではじめての普通語辞書「言海」をつくったのは大槻文彦である ・明治20年代の日本は外国に対して恥ずかしくない近代国家の形をととのえるのに、追われていた。まず何が必要か。 ・憲法、中央銀行、国語辞書。近代国家に欠かせない、政治、経済、文化の柱となる仕事である。という認識があった。 ・言海は明治初年のナショナリズムを母体として生まれた ・本を読むのもつきあいなら、一度だけで本当のところはわかりにくい。 ・おりにふれて旧交をあたためる。 ・長年親しんでいるはじめてわかる本がある。 ・読書百遍意おのずから通ず。 ・世の中があわただしくなったが、本とのつきないは静かに深くありたい。 ・やはり、おもしろくなくてはいけない。 ・おもしろいというのは、おもしろおかしいのと同じではない ・いまの世の中には本当におもしろい本にめぐり合うことは昔に比べて本が多くなっているだけに困難である。 ・真の良書、掛け値なしにおもしろい本は、どれかということを今ほど問われている時代はないと言ってよい ・教育はある程度の権威を前提とする ・権威とは権力をふるって威張ることではない ・尊敬に値いすると思われる存在にはいくらそっとしていてもおのづから権威がそなわる ■ことばと文章 ・文章料理の上達には、休ませないことだ。毎日つくる、つまり、毎日書く。 ・欲を言えば、ほめてくれる人が身近にあるといい ・ある老詩人が、自分を育ててくれたのは、ほめられたことばであると告白している。 ・日本人はつよいことばをはばかる。 ・敬語をやかましく言うのも当然だ ・皮肉なことに、われわれ自身そのことを忘れがちである ・手紙より電話のほうが多くなるのは、現代が相手のことを考えなくなったためであろう 目次 1 心を伝える 2 諸家の書簡 3 読書の愉しみ 4 読書のヒント 5 ことばと文章 あとがき ISBN:9784122050648 出版社:中央公論新社 判型:文庫 ページ数:240ページ 定価:571円(本体) 発行年月日:2008年10月 発売日:2008年10月25日初版 発売日:2010年07月20日再版

    11
    投稿日: 2023.12.25
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    この本を読んでまず感じたのは、まるで「徒然草」のようだということ。氏の博識、幅広い人間関係と多くの経験からくる言葉は納得の一言だ。人柄を思わせる明快な語り口やユーモラスな発想など、兼好法師を思わせる。 「伝える」「読み取る」難しさは、本や手紙だけでなく人間関係にも当てはまる。氏の、コミュニケーションには言葉のセンスが必要というご意見には、我々日本人が に欠けている教養と感服した。

    0
    投稿日: 2022.11.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    少し時代をトリップした感じが、またおもしろかった。 しかし、かつて日本人は読書をよくしていたというのは、本当なのか?

    0
    投稿日: 2020.11.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ”日常会話、手紙、読書会などを題材として「ことば」について考えさせてくれる外山滋比古さんのエッセイ。2012年最初に選んだ一冊で「料理のように書く」という素晴らしいメタファーを見つけられて幸せ。 ※「料理のように書く」は、「V ことばと文章」の1つ目のエッセイ。pp.197-203 に掲載。 <読書メモ> ★こどもは年賀状を喜ぶ。  何枚来るかにひどくこだわる。(略)ところが、きちんと向うから来てくれないと、おもしろくない。もちろん全部くるわけがない。出した人からは来ないで、出さなかった人から意地悪く来る。出しおくれてバツわるい思いをするのは、こどもだって変りがない。  こういう感情教育は学校でもしてくれないもので、大切にしなくてはなるまい。(p.66) ・このごろの親は子に手紙を書かなくなった。  (中略)昔はずいぶん教訓の手紙が書かれたようだが、中でも目ざましいのに、ほとんど毎日、息子にあてて、人生を教える手紙を書いた人がある。(中略)  借問す。いまの父親にこれだけの見識と子に対する権威、ありや、なしや。(pp.89-93)  #俺も父にもらったが、息子には書けていない…。 ★本を読めば、読むに値する本を読めば、頭の中がかき廻される。あとは、すこし休んでやる必要がある。濁った水が澄むのには時間がかかる。立てつづけに本を読むのは、どうもあまり賢明ではなさそうである。(p.130) ・みんなが素直に自分の意見を出し合って、それがおのずから調和をつくり出す。そういう連句的人間関係とでもいうべきものをひそかにねらっている。心にくい。(p.143)  #★外山さんの「若い友人たちの読書会」についての評。こういう場を目指したいな。 ・他人の言うことを聞けない人間に、どうして他人が言うかわりに書いたことを、一字一字、文字をひろって読むような面倒なことに耐えられようか。読みながら、あるいは、ろくに読みもしないで、かってな自分の空想をもてあそぶ??これでは本がおもしろくなるわけがない。(p.190)  #なるほど、痛快な世俗評。まず聞ける子をつくれ、ということ。 ・読むのが食べるのに通じるなら、書くのは料理をつくることに似ている。とにもかくにも料理ができるようになるには、ひとのつくったものを食べることから始まる。できればすぐれた料理、名文を食べたほうがいい。(p.199) ・ほかの人がどんなにほめたたえるものでも好きになれなければ、しかたがない。自分の趣味に殉ずるほかはない。もっとも、それで、天下の珍味と言われるものがことごとく嫌いであるというようなことになったらことは重大である。これこそ味音痴の嫌疑は濃厚である。けれども、そんなことはまずないと考えてよかろう。(p.199) ・料理についてうるさい講釈をする人があるが、たいてい、ロクなものしかつくることができない。論より証拠。説明するより実際に口に入れてみる。なるべくすぐれたものに広くふれ、自分の好みで、これといった名料理を選ぶ。そうしたら、それをまねて自分でもこしらえる努力をする。我流はゲテモノになりやすい。(p.200) ・書きたいことがはっきりしないのに、文章を書こうというのは、材料なしに料理しようというものだ。この当り前のことがよくわかっていないことが多い。題だけ与えて、さあ何でもいいから書いてみよ、などというのが、いかに無理な難題であるかがわかっていない。  はじめに、詞想という材料がほしい。書きたいことが頭にいっぱいなら、放っておいても何か書きたくなる。おもしろいことに、それを書く前に人に吹聴したりすると、とたんに興味が失われる。手の内はめったに見せるものではない。人目にふれただけで材料の鮮度は落ちるような気がするものだ。(p.201) ★文章料理の上達には、休まないことだ。毎日つくる。つまり毎日書く。そういう連続の中から、その人でなくては出せない味、スタイルがおのずと生まれてくる。(p.202) ・ある老詩人が、自分を育ててくれたのは、ほめられたことばであると告白している。料理の腕を上げるのにもほめ上手がいなくてはいけないが、文章を書く苦労を吹き飛ばしてくれるのは、“おもしろかった”という知友のひとことである。われわれはお互い、もっとほめ上手になりたい。(pp.202-203) ★文章と料理と違うところが一つある。  料理ならできたてをそのまま食べるのがおいしいが、文章はそのままではまだ本当の味が出ていない。  できれば風を入れる。しばらくそっとしておいて、書いたときの興奮のすこしさめたところでこれに修正を加える。推敲である。このときは、自分の文章に対して、きびしい読者、批評家になっていなくてはいけない。(p.203) ・家の住みよさを判断するのは大工ではなくて、そこに住む人だと言う。料理のよしあしがいちばんよくわかるのは、コック自身ではなくてそれを食べる人だ。文章の味についても、書く人は読む人におよばないことが多い。書くためには読むことが必要である。(p.203) <きっかけ>  最近お気に入りの外山さんの本。ことばの使い手に学ぼう。  …という気持ちで2009年10月に購入。読むまでに1年2ヶ月かかる。”

    0
    投稿日: 2019.08.15
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    日本語や読書に関するエッセイ。 タイトルと著者名を見て即買い。 昭和57年と63年に出された著書から、選りすぐったエッセイを 再編集した一冊。 内容によっては今の時代と合っていないものも多少あるけれど、 ほとんどのエッセイは今もその輝きを失っていない。 第一章「心を伝える」の中の「手紙のある生活」では、就職した 時に高校の同級生宛に書いた手紙をことを思い出し、「思います」 では、常日頃思っていることを言い当ててくれたし、試験直前の 大変なときに限って普段は目もくれない本棚の本を読み耽って しまうという第三章「読書の愉しみ」には、身に覚えがある!と 手を打ってしまった。 もちろん、こうした共感できる部分も多くあったけれど、その他にも 思わず唸ったくだりが随所に。 いちばん印象に残ったのは、第四章「読書のヒント」の中で 触れた読書ばなれのくだり。長いけど、そのまま引用しよう。 "子どもの読書ばなれは大人の読書ばなれを反映している。 子どもは親の鏡である。 それに、大人が子どもからバカにされているうちは、いくら 大人が読書を子どもにすすめてみても効果はあがらない。 教育はある程度の権威を前提とする。権威とは権力をふるって 威張ることではない。尊敬に値いすると思われる存在には いくらそっとしていてもおのずから権威がそなわる。 すこしくらいのみ込みにくいことでも、権威をもった人から 言われると我慢してのみ込む。入れてかんでみると案外 おいしい、おもしろくなってくるということになる。子どもから 尊敬される教育者や大人がすくなくなったことが、読書 ばなれを食い止めるための努力を実らせないでいる。"

    0
    投稿日: 2018.11.18
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    外山さんの本は4冊目くらいになる。エッセイが多い。このエッセイも気の利いたものが多かった。心の休養に一服という本。

    0
    投稿日: 2018.10.17
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    引用「読書の愉しみは、ありあまる時間をもてあまして読む本からではなく、忙しくて忙しくて、することが山ほどあるが、それを放り出して、こっそり、いくらか罪の意識をもって盗み読む本から、最も鋭く感じられるらしいことはうすうす気がついている。」(p.136) なるほどなぁ。 覚えておきたいものだ。

    0
    投稿日: 2014.02.24
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

     今までも外山氏の著作としては、「ちょっとした勉強のコツ」「日本語の作法」などを読んだことがありますが、本書もそれらと同系統のエッセイです。  一昔前の古風なちょっと気難しいお爺さんのひとり語りという趣の内容で、そうですねと思えるところもあれば、そうかしら?と首を傾げるところもあります。  特に「手紙」や「電話」といった「コミュニケーション」をテーマにしたくだりを今読むと、ともかく時代感覚のずれを強く感じますね。概ね20~30年ぐらい前という中途半端な過去が舞台なので、かえってその違和感が際立つのでしょう。

    0
    投稿日: 2013.02.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「読む」「書く」「話す」についての短い(数ページ)エッセイ集です。これらについて、体験と考えが簡潔にまとめられており、非常に読みやすい本です。執筆時にインターネットはまた今ほど公な存在ではないので、若干の古さを感じはしますが、それを差し引いても十分読み応えがあります。 辞書を読む、とか、若い頃しませんでしたか?百科事典をめくっているだけでどうして楽しいのか、とかについて、簡単な考察が述べられています。あと、忙しくなると読書に走る気持ちとか。 別の視点から見ると、起承転結が非常にはっきりしているエッセイが多いので、受験生なんかは小論文を書く前に、こうしたエッセイで構成を学ぶのもいいのかもしれません。論文書けといわれているのにエッセイ書いちゃいけませんが。 読む・書く・話す。私たちの活動のほとんどはこれらで占められます。一つのエッセイに必ず思い当たる節があるので、おすすめです。

    0
    投稿日: 2011.09.06
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本を読めば読むに値する本を読めば、頭の中がかき回される。立て続けに本を読むのはよくない。 文庫本は素晴らしい。 本は生真面目に出来ていて、ユーモア、笑いが少ない。そうかな? いっそのこと書店がストとかで本が全くでなかったら、読書の亜紀を思い出す。 本を読むというのは人とつきあうのに似ているのだが、わからなくても、読みきれなくても、なんとなく分かれがたい本もある。

    0
    投稿日: 2009.08.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    購入者:今倉 貸出:清水(2008.11.17)返却(2008.12.8) 言葉は時代によって多様に変化している。言葉が乱れていると言われる時代だが、それも文化なのだと思う。手紙を書いたり、本を読むという機会はあまりないが、FK文庫によって「読書する」という機会は非常に増えた。少しずつでも「本」をこれからも読んでいこうと思った。 貸出:今倉(2008.11.17)返却(2008.12.30) 堅苦い本かなと思って購入しましたが、実はことばの教養にまつわるエッセイで意外に面白かったです。特に“読書の愉しみ”の章は共感しました。私も昔は少し背伸びして大人っぽい本をたくさん読むのが好きだったので、もし子供を読書好きに育てるとしたら「読め読め」言わず、「別に読まなくてもいいよ」といって逆教育したら成功するかも…なんて…思いました、少し。読書は強要ではことばの教養にはならない、楽しんでこそ正しく身に付くものだと改めて感じました。

    0
    投稿日: 2009.01.12
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    英文学者が日本語について語った本。 言葉の感覚の鋭さが全然違う。 特に面白かったのが、たびたび出てくる「手紙」に関するくだり。 すぐにつながる電話よりも手紙のほうが趣があって、相手の邪魔にもならずいいらしい。 納得。こういう感性大事にしたい。

    0
    投稿日: 2008.12.17