
欲が生みだす怪異を知恵で照らして解体する
欲が生みだす怪異を知恵で照らして解体する
時は平安、藤原家が宮廷の権力を掌握せんと目論んでいたその頃、都で突如起きた女官の行方不明事件。「鬼の仕業」と心配する帝から命を受けた・在原業平は、ひとりの青年と出会う。その少年の名は――菅原道真。ひきこもり学生の菅原道真と京で噂の艶男・在原業平――身分も生まれも違う、およそ20歳差のふたりが京で起こる怪奇を解決!? 「回游の森」「SP」の気鋭・灰原薬がおくる、平安クライム・サスペンス!
<Reader Store限定>第1巻が半額!!
【期間】2017/7/7(金)~7/20(木)
歴史ミステリーの新本格
ときは平安、魑魅魍魎が都を跋扈し、貴族は血みどろの権力争いに夢中な時代。
漢書が最先端の学問で、倭歌がイケてる知的娯楽、説法や加持祈祷はライブやフェスとかにあたる存在だった、そんな時代のクライムサスペンス(犯罪モノ)が、本作『応天の門』。
平安京ではすべての非日常がもののけによる怪異にされてしまう。その裏にあるのは人間の欲望だったり、切羽詰まった事情だったりするのだが、それを知恵の光で照らして謎を解体するのがメインストーリーだ。
平安で謎解きといえば、何かしらの超常現象が起きそうなものだが、本作は見事なまでに鬼も妖怪も出てこない。本格ミステリーの展開に徹している。ただ、クライムサスペンスというだけあって、ちいさな事件も何かしらの陰謀に絡んでいることが多く、事件解決がそのまま物語の一区切りを意味しないので、どんどん読んでしまう。
学問の神様と歴史的プレイボーイの謎解きコンビ
すべて鬼のせいならば楽であろうなあ
物語の初っ端からこんな会話が出るくらい、鬼も妖怪も出てこない。それでも何かあれば「もしかして鬼の仕業なのではないか」という噂が出るくらいには、オカルティズムが残っている。現代の感覚とも近い気がするが、これも言いようによっては「鬼や妖怪が存在していた時代」ということになるのだろう。
そんな時代に、異常にロジカルでクレバーな天才少年がいる。それが本作の主人公・菅原道真だ。

無知と権力が嫌いで、自分の知的好奇心を満たすことが大好き。最先端の文化と学問が花開く国、「唐」に憧れるオタク気質の少年だ。基本的にはコミュ障の仏頂面なのだが、オタクなので貴重な唐物を目の前にするとちょっとテンションがおかしくなる。

相棒役は日本史上トップクラスのプレイボーイとして有名な、在原業平。事件をエサに道真を現場に連れ出し、ときには世の不条理を見せる。道真のような頭脳はないが、如才ない振る舞いと人誑しのスキルがカンストしているため、気難しい道真をまんまと乗せて捜査に巻き込んでいる。

人前に出る時は完璧な所作と笑顔で相手をとりこにする天才だが、道真に対しては割りと無防備な姿を見せたりもする。ときには若い頃に泣かせた女がしっかり幸せを掴んだ姿で現れて大恥をかいたりもする。

雑に言えば、安楽椅子探偵に助けを求める警視庁捜査一課長みたいな構図だ。検非違使(けびいし。今でいう所轄の警察)との軋轢もちらちらと見える(きっとこれも、本作クライマックスの伏線になっている)。
歴史が最大のネタバレだけど…
テーマはいわゆる「一番恐ろしいのは人間」というやつになると思うのだけれど、それだけで安易に終わらせないから面白い。
様々な立ち位置のキャラクターたちが、信念や怨念、利害やしがらみを通して見る世界は多彩で、人間の知恵をどう使うかで、世の中の見え方はこんなにも変わるのかと思わされる。
その世界の多様さを引き立てるためにか、登場人物たちは皆非常に「キャラが立って」いる。いい人・悪い人それぞれ魅力的で、全員がキーマンに見えてしまうため一人一人紹介することができない。
おそらく、クライムサスペンスとしての本作は、タイトルにもある「応天門」にまつわる歴史的大事件がクライマックスになるのだろう。日本史に残る大きな謎のひとつがどう描かれていくのかがとても楽しみで、事件にまつわる重要人物となる「彼女」が出てきたときは「うおっ」と声が出た。すごく丁寧で、美しい伏線だった。
あまり知られていない事件なので、気になった方は、ぜひ調べずに本作を読んでほしい。
しかし本作、何が切ないって史実だということだ。この物語は歴史が最大のネタバレをしており、私たちは、先の展開をすでに知っている。唐に憧れる道真が遣唐使を廃止させた理由や、平将門、崇徳天皇と並ぶ日本三大怨霊とまで言われるようになった経緯を思うと、「いったい何があったんだよ…」と言いたくなる。
この少年が日本三大怨霊の一人になるの?
そう、菅原道真といえば「怨霊になった人」という認識だったのだ。政争に破れ、失意のままに没した後に怨霊になって平安京をパニックに陥れたから、知恵の神「天神様」として太宰府に祀られた、白紙(894)に戻そう遣唐使の人。
死人に口なしだ。道真の死後、どのように世間が動いていったのかを考えるのは本当に悲しい。
「一番恐ろしいのは人間」というテーマに、安易に負けないでほしいと願ってしまう。
天神様として神になるところまで含めた、彼の「勝利」を祈ってしまう。
っていうか、この道真くんが太宰府に祀られてるとして、「学問の神様」は(まだ)いいとしても、「パワースポット」とかいう十把一絡げのセーブポイントみたいな扱いをされているのはなんともシュールである。
死後の世界があるとしたら「ハァ?千年経ってもそんなもんですか?」って心底がっかりしてるんだろうな。かわいいな…。
面白かったら学ぶのだ
学校の授業のなかで、国語、地理に続いてつまんなかったのが「歴史」だった。
国語は何よりも読書感想文が嫌いだったし、地理は行ったこともない土地の情報を丸暗記するのが苦痛で仕方なかった。歴史は似たような名前の別人が似たような事を繰り返しているのをひたすら頭に叩き込む苦行という認識だったのだ。
その後、オタク魂が目覚めてからは、ごく一部の歴史にだけは妙に詳しくなったりした。オタク女だったら土方歳三か沖田総司、安倍晴明、伊達政宗のどれかには引っかかってるんじゃないかと思う。『応天の門』を読むと、それに在原業平が追加されるような気がする。ありわらのなりひら、って語感も良いよね、なんか。
人間、楽しければ学ぶのだ。というか、学ぶこと、知ることって、本来とても楽しいことなんだ。
東京大学史料編纂所の本郷和人氏が監修を担当している。当時の文化に関する解説文がものすごく読みやすくで面白いので、「マンガの後の解説文ウゼエ」って読み飛ばしがちな人もぜひ一読してほしい。
「知ってる!」と「知らなかった…!」がほどよくブレンドされていて、手が止まらない。
あと、歴史の勉強で「ふじわらのなんちゃら」の多さに折れた人にもオススメします。顔がついてるから覚えられるよ!(Amati)
ライター:Amati
4歳のアホ男児と0歳のようじょを育てながら仕事を続ける個人事業主です。
ライターがメインだけど最近自分でも何してんのか分かんなくなってきました。オタク。


