
プロ棋士の厳しさと、彼らへの敬意(3月のライオン)
プロ棋士の厳しさと、彼らへの敬意
その少年は、幼い頃すべてを失った。夢も家族も居場所も──。この物語は、そんな少年がすべてを取り戻すストーリー。その少年の職業は──やさしさ溢れるラブストーリー。
私は小学生の頃、将棋が大好きでした。
当時の本棚は将棋の本と雑誌だらけ。
小さな町ですが、町内の大会で優勝したこともあります(優勝賞金の1,000円は漫画本に消えました)。
ノートの切れ端に書いた詰将棋を雑誌に投稿して、3回採用されたことはいい思い出です。
もしかするとプロ棋士を目指せるかも! と妄想した時もありましたが、
千駄ケ谷の将棋会館で大会に出てボロボロに負け、全国の壁を感じて断念。
プロ棋士を目指す人のレベルってとんでもないんだな、と「井の中の蛙」を思い知った出来事でした……。
(その後、中学に入って引っ越しをし、周囲に将棋をする人が全くいなくなったことで、自然と将棋から離れていきました)
さて、そんな「憧れの」プロ棋士が主人公であるこの作品。
なんとプロ棋士の仙崎学九段が監修しています!
(昔、雑誌での連載を楽しく読んでいたので、馴染みがある名前でした!)
将棋に居場所を求めた主人公の少年
幼い頃に交通事故で家族を失った主人公の桐山零は、父の友人である幸田八段に内弟子として引き取られます。
幸田八段は何よりも将棋が第一という性格で、二人の実子にも将棋をさせていました。
※子供たちの名前が「歩」と「香子」というのも将棋第一という性格を表していますね……(「歩」も「香」も将棋のコマの種類)
身寄りのなくなった零にとって、幸田家では絶対に必要とされたい。
だから「将棋が好き」と嘘をついてまで、必死で強くなっていきました。
零は将棋の才能があったため、幸田八段からは実子以上に特別扱いされます。
一方、才能がないと見なされた歩や香子は将棋をやめさせられます。
その結果――
零と歩・香子との仲は険悪になり、彼は幸田家でも居心地が悪くなってしまいました。
中学卒業後、零は15歳で幸田家を出て、一人暮らしを始めます。
皮肉にも零は、居場所を手に入れるために強くなった将棋で、居場所を失うことになってしまったのです。
将棋の世界が持つ「優しさ」と「厳しさ」
家族を失い、香子に「ゼロ」と揶揄されるほど何も残らなかった零ですが、だからこそ「将棋」は彼にとっての救いでした。
将棋をしている限りは、彼にも確かな居場所があります。
対局中は誰かが必ず目の前に座って、真剣に戦ってくれる。
「ゼロ」な彼にとっても、将棋のルールは平等です。
コマが少ない状態で始められることも、不利なルールで戦わされることもない。
一方、プロとなれば当然のように厳しい側面・容赦ない側面が顔を出してくることになります。
零だって何度も負けますし、逆に格上の相手(藤本棋竜)に対して小さなミスをついて勝つこともあります。
きっと、どの勝負事でもそうなのでしょうが
(野球やサッカーなどのスポーツも、趣味でやることとプロになることはまったく違うでしょうし)
まだ十代でありながら将棋しか残らなかった主人公を見ると、
「こんな残酷な世界しか残らなかったのか……」とやりきれない気持ちになりました。
先崎学九段のコラム
単行本版では、先崎学九段のコラムが話と話の間に差し込まれて、漫画を補足しています。
(個人的には、とても内容理解に役立ちました!)
中身は、大きく分けて以下の2つになります。
1)作中で描かれた棋士の生活について(裏事情)を明かす
2)将棋の盤面そのものを解説する
1)について。
作中でプロ棋士の私生活は色々と描かれていますが、実際のところどうなのか?
漫画に描かれていたような、こんな変わり者の棋士はいるのか?
棋士たちの趣味は?
棋士同士の交流は?
棋士の収入は?
……などなど、気になることを先崎九段の視点で色々と明かしてくれます。
(このあたりの話は、将棋を知らない方が見ても面白いと思います!)
2)について。
こちらは作中での将棋についての詳細解説です。
そのため、(1)とは異なり、ある程度の知識がないと内容を理解できないと思います……。
印象深かったのは、作中・宗谷名人と島田九段の一局についての解説です。
最後に島田九段が気づいていなかった起死回生の一手「7九角」。
この手を指していれば島田九段が勝っていたのに、
気づけなかったため負けてしまった……というシーン。
私は漫画を見ても、なぜこれで島田九段の勝利になるのか、まったく理解できませんでした……。
なので、それをコラム部分で細かく説明してくれたのはとてもありがたかったです。
(作中でそれを説明できなかったことは仕方ないかと思います。
「なぜ島田九段の勝利か」を理解させるには、かなり長い説明にコマを割く必要があり、漫画としてのテンポも悪くなりますので……)
やっぱり棋士はすごい
作中の棋士たちは、(立派な人もいますが)人間的にはバランスが欠けた、未熟と思える人も多いです。
零のような若者ならある程度仕方ないところもありますが、いい年した大人が、どうしてここまで子供なのかと……。
ですが、こうも精神をすり減らすほどの世界で戦い続けているということは、それだけでも敬意を払わずにいられません。
そして、自分がもっと将棋の才能があったら、無邪気にこの世界に飛び込んでいたのかもしれない……と思うと、恐怖を感じました。
凡人の私は心の底から、「将棋の才能がなくて良かった!」と叫びたくなったのでした。(Kainuma)


