
瀬名秀明インタビュー

『ドラえもん』初の小説化に挑んだのは、東北大学大学院生時代に『パラサイト・イヴ』で鮮烈なデビューを飾り、現在は日本SF作家クラブ会長も務める瀬名秀明さん。子供のころからドラえもんの大ファンで、自身の作品にも大きな影響を受けているという瀬名さんが、『小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団』の魅力を語ってくださいました。
SF作家の“基礎体力”としての『ドラえもん』
僕が初めて自分のお年玉で買ったコミックは『ドラえもん』。物心ついたときから学年誌に連載されていた『ドラえもん』を読み、『コロコロコミック』も高校時代まで買い続けていたので、ドラえもんはとにかく身近な存在でした。ドラえもんの魅力は、起承転結がハッキリしていて、「お話の面白さって、こういうことなんだ!」という感覚が子供でも自然とわかること。また“22世紀から猫型ロボットがやってくる”というSF的な設定にも抵抗なく親しむことができ、物語を読むときの“基礎体力”を培ってくれた作品です。今思うと、僕がSF作家になる最初のきっかけは、ドラえもんだったと言っても過言ではありません。
ドラえもんは僕にとって特別な存在。だから、「小説化しよう」なんて大それたことは考えたこともなかったんです。ただ、今回、小説化した『のび太と鉄人兵団』は、“メカトピア”という遠い星から地球を征服しようと攻めてきたロボットの兵団をドラえもんたちが阻止する、という非常にハードな物語。正直に言うと、「読みごたえのある題材だから、もし小説化するならコレだな…」と密かに思ったことはありました(笑)。だから執筆の依頼をいただいたときはとてもうれしくて「ぜひやらせてください!」と即答。でも、どんな仕上がりになるかは、自分でも全く想像がつきませんでしたね。
原作を大好きな大人も「読んでよかった」と思える小説にしたい

小説化にあたってまず決めたのは、読者の対象年齢を心の機微もわかる14歳くらいに設定して、そのうえで子供から大人まで感動できる作品にすること。また、原作の世界観はくずさず、藤子・F・不二雄先生のマンガが本当に好きな人たちにも楽しんでもらえる小説にしたいということでした。そのために、原稿を書くときは、藤子・F・不二雄先生の呼吸に合わせるようにしようと決め、机の上に原作コミックを開いてクリップで留めたまま、すべてのコマを暗記するくらい読み込んで、1ページ1ページ小説化していきました。藤子・F・不二雄先生のマンガは密度が高いので、1日でコミック4~5ページ分、原稿用紙にして10枚程度書くと、もうヘトヘト。小説の前半はできるだけ原作に忠実に書き、後半からは僕なりのオリジナル展開を加えています。原作にもアニメ映画にも登場しない、でも藤子・F・不二雄先生ファンならだれもが知っているキャラクターも登場するので、楽しみにしていてくださいね。
藤子・F・不二雄先生が原作で描いたのは、本当に危機的な状況に陥ったときの友情の意味や自分の役割、“思いやりのある心が未来をつくるのだ”というメッセージです。ふつうに考えれば、攻めてくる鉄人兵団に小学生だけで立ち向かうのは、かなり大変なことですよね。ものすごい覚悟をもって一致団結し、それぞれの役目を背負っていた彼らの、マンガのセリフの裏にある感情をもっと表現してあげたくて、スネ夫やジャイアンの心の葛藤や変化、ドラえもんやのび太との友情も小説では丁寧に書きました。
“小説”というメディアに求められるリアリティ
さらに、意識したのは、小説としてスムーズに読めること。例えば、この作品ではのび太たちが地球征服をたくらむロボットたちと戦うため、3日半、家を空けるんです。マンガやアニメでは、家に残された家族たちの描写はなくテンポよく物語が進むのですが、実際にそんなことがあったら、家族は心配して結構大変でしょう(笑)。だから小説では、ちゃんと落としどころをつくるオリジナルの描写をしました。また、この作品には“鏡面世界”という鏡の中の世界が登場するのですが、なぜ鏡の中では左右が逆になるのか、アミノ酸の構造が左右逆になったら食べ物の味はどうなるのか…、実は科学的に説明がすごく難しいんですよ。そういったところもある程度のリアリティを保たないと小説として不自然になってしまうので、専門家の方と5時間くらい議論して、根拠を盛り込んでいます。
藤子・F・不二雄先生からの宿題

僕はこれまでも、ロボットをテーマにしたオリジナルの小説で、“ロボットと人の違いは何だろう?” “ロボットはどう発展していくのか”ということを考えてきました。今でもすでに、ロボットに受験戦争を勝ち抜かせて、東大に入れようというプロジェクトが始まっている時代。ロボットがどんどん発展した将来、人間とロボットがどのように共存し、関係を築いていくのかは、ドラえもんを読んだ僕らが考えていかなければいけません。僕なりの答えのひとつは、ドラえもんとのび太のように年月を共有して、ともに成長していく“友達ロボット”。「ふだんはロボットであることを忘れているけれど、本当につらいときやさびしいときに頼りになる存在がいて、それがドラえもんのようなロボットなんだ」という理想の関係を、この小説の中でも描きました。
藤子・F・不二雄先生の原作からは、“科学を通じて世の中をよくしたい”という気持ちがひしひしと伝わってきます。その“未来をどう考えるか”という、SFの基本ともいえるテーマを力強く伝えるため、SF作家の僕なりに、描写や設定にも心を砕きました。読者のみなさんにも先生のメッセージを受け取っていただけるとうれしいですね。
ところで僕はちょうど今、新作の長編小説を執筆していて、そろそろクライマックスシーンに差しかかるところ。ドラえもんの道具の中に、絵を見せてスイッチを入れると「いい、いい!」と褒め始め、周りの人までその気にさせてしまう“ひょうろんロボット”というものがあるんですが、それを出してくれたらなぁ…。心がくじけないよう、原稿を「いい!」と褒めてもらいたいです(笑)。

のび太が北極で拾ったものは、なんと巨大ロボットの部品だった!しかし、ドラえもんと一緒に組み立てたロボットは、ビルを一撃で破壊する武器をもつ、恐ろしいロボットで…。
1987年と2011年に2度アニメ映画化もされた、藤子・F・不二雄先生の『大長編ドラえもん』シリーズ第7作目『のび太と鉄人兵団』を、瀬名秀明さんが独自の視点で掘り下げノベライズ。大人も泣ける作品として生まれ変わりました。
Profile
瀬名 秀明 (せな ひであき) 小説家

1968年、静岡県生まれ。日本を代表するSF作家であり、薬学博士。日本SF作家クラブ会長。『パラサイト・イヴ』で第2回日本ホラー小説大賞、『BRAIN VALLEY』で第19回日本SF大賞を受賞。ほか『八月の博物館』『デカルトの密室』など著書多数。科学ノンフィクションや文芸評論、エッセイなど、著作活動は多岐にわたる。

