
Serendipity ~偶発的な出会い~ Vol.49 全国を駆け巡る俳優・篠山輝信が語る近代作家たち


NHKの朝を飾る情報番組『あさイチ』に出演し、その熱くテンション高めのリポーターっぷりで人気を集めている俳優・篠山輝信さん。生中継のリポートのため、全国の津々浦々を駆け巡る毎日のなかで、読書は欠かすことのできない楽しみなのだとか。片っ端から読破したという近代作家たちの作品を中心に、さまざまな本について語っていただきました。

こういう重厚な長編作品を読み慣れていない頃に手にした1冊でしたし、個々の描写が長いこともあって読み進めるのに苦労したんですけど、下巻に入ってさまざまな伏線が絡み合ってきた辺りから物語にどんどんのめり込んで行きました。そんな読書体験ってそれまで味わったことがなかったので、とても衝撃的でしたね。この小説が一般的にどういうカテゴリーに分類されているのかわかりませんが、僕は恋愛小説として受け取りました。特にラストで、主人公のラスコーリニコフがソーニャという女性に心情を吐露するところ。彼女の投げかけた言葉によって、主人公も読んでいる僕もすごく救われるんです。
僕の一番好きな漱石の作品ですが、今の時代に受け入れられるのかなと思うところもありますね。主人公の坊ちゃんは誰彼かまわず喧嘩するし、見方によっては結局、暴力に訴えることでしか問題を解決できないとも言える。「ただボコボコにしてるだけなんじゃないか」と批判されるんじゃないかとも思ったり(笑)。それでも僕は、作品中の坊ちゃんと下女の清との関係性にすごく惹かれるんですよ。清だけが心のよりどころの坊ちゃん、そしてどんな時でも坊ちゃんを肯定してあげる清。この両者の絡みに、やはり名作たる由縁を感じます。坊ちゃんが清のことを綴る最後のくだりは泣けますよね。決してデレデレしていないんだけれど、あったかい気持ちになるんです。
ハードボイルド小説の古典ですね。これはもう男性ならみんな好きなんじゃないでしょうか。物語は一人称で綴られ、主人公のフィリップ・マーロウの目線で情景が浮かび上がる。舞台である半世紀前のロサンゼルスを訪れているような感覚になるんです。ユーモアと皮肉に満ちあふれた台詞回しの数々がまたいいんですよ。この本は先に清水俊二訳の版を読み、その後から村上春樹訳の版も読みました。ユーモアやシニカルな表現って時代が強く反映されるので、半世紀前と今とでマーロウの言葉尻がどう変わったのか知りたくなったんです。そういう意味で、ハードボイルド作品は、20年に1度は新訳が出てもいいんじゃないかと思いますね。
これは高校生の頃にハマった漫画で、将棋の棋士の物語。今でも好きな漫画のベスト3に入ります。僕自身は将棋を指せないので、そんな人間がオススメしていいのかわかりませんが(笑)、逆に言うと指せない僕でものめり込めるし、棋士たちがプライドを持って戦っているのが手に取るようにわかる。なにより台詞がカッコいいんですよね。「苦労しないといい将棋は打てない」みたいな言い回しがあるんですが、僕はこれを「いいものを表現したいなら、自分が消耗するくらいストイックに突き詰めていく覚悟がないとできない」ってことだと勝手に解釈していて、自分の中で大切にしているんです。
Interview
近代作家を片っ端から読破

僕は朝の番組のレポートで地方を回ったりしているので、仕事での移動が多く、その時間はだいたい読書にあてています。それと最近は、少なからず大人になったので呑み屋というかバーというか、お酒を飲むのにも友達とつるまずに行くこともあり、そんな時も本を読んで過ごすことがありますね。だいたい週に1、2冊は読んでいます。
学生時代は演劇や戯曲には触れていたものの、いわゆる名作や古典といった類いを熱心に読んでこなかったことにコンプレックスを感じているところがあったんですよ。小さい頃は親から「本を読め、本を読め」と言われていたけど、とにかく身体を動かすのが好きで、聞く耳を持たなくて。そういうこともあって、大学を卒業したくらいから、名前はよく聞くけど読んだことないな、という小説を片っ端から読破していきました。森鴎外に夏目漱石、三島由紀夫……近代作家の作品をとにかくたくさん読みましたね。

漱石は近代作家の中でも一番読みやすいと思います。すごくユーモアのセンスを感じる。読んでいて普通に声を出して笑っちゃうことも多いですよ。三島由紀夫は文体がすごいですよね。美しい日本語に出逢えます。言葉って音でもあるし、日本語はこういうリズムやメロディーを持ってるんだって気づかされる。海外の文学も好きですね。特にレイモンド・チャンドラー。どれも台詞回しがシニカルでかっこいいし、ひとつも普通に受け答えしない。こんなこと言える人になりたい、なんて憧れるんです……実際に使ったらクサいだけかもしれませんけど(笑)。
でも一方で、例えば『ハムレット』中の名言「to be, or not to be」--ここにシェークスピアはリズム感や韻を持たせているわけですが、「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」という日本語訳からは、その面白みは感じられませんよね。やっぱり原文のリズム感を含めてひとつの作品だと思ってしまうので、日本の作家の本に自然と手が伸びがちってところはあるかもしれませんね。
豊かな日本語を知ること

本屋さんに行ってもまだまだ読んだことのない名作がたくさんありますし、最近の作品はあまり読む時間がとれません。村上春樹だけは毎年、誕生日になるとなぜか弟が一冊ずつ贈ってくれるので(笑)、ほとんど読んでいます。それと、ロケで訪れた土地が舞台になっている小説を手にすることも多いですね。三島由紀夫の『潮騒』は、仕事でタコ漁を経験した伊勢湾の歌島が舞台と知ったからですし、中国・香港のロケから戻ってきてから手にしたのは、かの地を舞台にした山崎豊子さんの『大地の子』でした。
本を読んでいると、日常会話で使っているボキャブラリーがいかに少ないものか思い知ります。文章の1/10くらいの言葉で会話している。人とのコミュニケーションって会話だけで成立するものではないですし、むしろ言葉以外の部分があるからこそスムースにやりとりできるんでしょうけども、やっぱり豊かな日本語を知ることは日本人の喜びだと思うんです。それから、僕の場合はレポートの仕事が多いので、たくさんの言葉を知っておくことは武器になります。言葉を知っていれば知っているだけ、その場の情景や食べ物の美味しさを表現する引き出しが増えますから。まあ、いかにも文語っぽい言葉を使ってもいやらしいだけですけどね。この前、うっかり「いささか……」なんて会話の中で使って突っ込まれてしまいましたし(笑)。
Profile

篠山輝信 俳優
1983年生まれ。玉川大学芸術学部卒業。NHKの情報番組『あさイチ』のレギュラー・レポーターを務めており(現在は偶数月の月曜〜木曜を担当)、人気を博している。そのほか舞台や映画、バラエティー番組などで活躍中。






