
Serendipity ~偶発的な出会い~ vol.35 登山のススメ

モデルとして、女優として、多忙な日々を送るKIKIさんは、月に2度は山に向かう大の登山愛好家でもあります。「毎日でも行きたい」とにこやかに語る彼女は、山頂を目指すだけではなく、独自の視点で山での生活を楽しまれているご様子。登山に魅了されたきっかけや、その魅力について、たっぷりとお話しいただきました。
●同じ山でも、毎回発見がある

子供の頃、両親がよくキャンプやスキーに連れて行ってくれていました。我が家では、アウトドアが特別なことではなかったんです。だから5年ほど前に、友人から誘われて初めてチャレンジした登山にも、意外とすんなり入っていけました。この時に登ったのは八ヶ岳でしたが、暮らしている街からほど近いのにまったく違う景色に驚き、すっかり魅了されたんです。目線が変わるというか、街では平行移動が中心だったのに、上下への動きが加わって三次元で展開されるので、すごく世界が広がった気がしました。
よく「オススメの山はどこですか?」と聞かれることがありますが、そんなときは場所のオススメよりも、私が好きな“山の過ごし方”をお話させてもらっています。実際、どの山も魅力的ですし、一度登った山でも季節や時間帯、天気が違えばまったく違うものに感じられます。一緒に行く相手が変われば当然着眼点も変わるので、そういうことでも新鮮な発見がありますし。さらに言うと、行った先から見えた場所にも行ってみたいと思ってしまう。あっちからこっちを眺めたらどうなんだろう……と、興味が湧くんです。だから私自身はすごくリピート率が高いですし、行きたい場所は二乗で増えて行くんです(笑)。
●日帰りではもったいない
そこでオススメの過ごし方ですが、「ぜひ山小屋まで行って欲しい、泊まって欲しい」ということですね。日帰りではどうしても気ぜわしく、歩くことばかりに気を取られてしまい、なかなか景色を楽しむゆとりがなくなってしまう。それに、夕暮れ時や夜など、人が少ない時間帯は一層自然が近く感じられますし、夕焼けや朝焼け、星空と空の変化も楽しめますよ。私自身、山に行くこと=頂上を踏むことと思っていた時期もありましたが、今は尾根を伝って出来るかぎり自然の中に長くいたい。海外のトレイルに行っても、山々を見上げながら時間を過ごすことが多いんです。
以前、両親と屋久島に行ったときにも、多くの方が日帰りで縄文杉を目指すなか、私たちは一泊しました。屋久島にはそれまでも何度か行っていたんですが、森の豊かさが素晴らしく日帰りではもったいない。夕暮れや朝もやも体験して、最初は泊まることを渋っていた父も満足してくれました。山に限らないかもしれませんが、こうした最初の体験はとても大切なものだと思います。
そうやって余裕のあるスケジュールを組んで、“なにもしない時間”を楽しむことは登山の醍醐味のひとつですね。でも一方で、自然の中にいるとおのずと“なにもできない時間”というのもできてきます。たとえば天気が崩れて、丸一日動けなくなったりする。ちょっとした天気の変化が、大自然の中では生死に関わります。こういった危険を予感できないと本当に危ないですし、本来人間も、動物として持っているべき感覚なのだと思います。
●どんな状況でも楽しもう

待機している時間は本を読むことが多いですね。旅先には必ず本を持って行くんです。待機しているときはもちろん、移動の時間やテントの中と昔みたいに気忙しく観光地を回るというコトも減ってきたので、本を読むためにまとまった時間が取りやすいんです。基本的には小説ですが、行く先々をちょっと意識して3~4冊、鞄の中に入れたりして。でも結局1冊しか読まなかったり、読み始めて「失敗したー」なんて思うこともしばしば……。また山小屋の本棚もあると必ずチェックしますよ。山に関する書籍が結構並んでいるので、頃合いのものを手にしては友達と「次はここに行きたいね」なんて話したりして過ごします。
それと写真を撮ったりもします。カメラは、ハーフサイズで撮れる一眼レフのフィルム式のものを使っています。ファインダーを覗いた時に縦構図になるので、自分の視界にフィットするんです。私の場合は、大自然をパノラマでバーンと撮るよりも、山小屋のやかんとか、ちょっとしたものを撮ることの方が多いので。でも、こういう身近なものへの目線を持っていると、見通しが悪くて景色が堪能できない日でも楽しいんですよ。雨の日はコケやキノコ、葉から滴る水滴、そういった小さいものが活き活きとしてくるんですね。せっかく山に行ったのに、雨だからとがっかりして帰るよりは、なんであれ楽しまなければ損ですよね。こうした考え方も山で学んだこと。どんな状況でも楽しめる術と、諦めて状況を受け入れる様になりました。
逆に言えば、たまにしか山を訪れないのに雨を楽しめるような人って、普通の暮らしの中でも、程よく肩の力が抜けてる気がします。実際、私も以前ほど無理をしなくなりました。いろんなことを予期して準備して、それでも駄目なら「しかたないや」って。「また来たいな」という次へのキッカケと捉えたりして。元々そんなプラス思考だったわけではないんですが、自然とそういった考えをするようになりましたね。
●山岳信仰への興味
最近は信仰のある山に興味があります。後から知ることも多いですが、歩いた山道が、修験者によって拓かれたものだったりするんです。わかりやすいところでは富士山。かつて参道だった場所から登ると神々しく見えたり、異形の岩があったりするんですね。ほかにも月山や鳥海山、白山に八甲田山などにも登りましたが、「山」を「サン」と読むような場所は、信仰がある場合が多いようです。東京がベースなので、どうしてもアプローチしやすい北の方へ行くことが多かったんですが、今後は国内なら鳥取の大山、愛媛の石鎚山などにも登ってみたいと思っています。
もちろん海外に目を受けても、各地に山岳信仰はありますね。中にはチベットのカイラス山のように、信仰の対象であるがために登頂許可が下りない山もあります。代わりに信徒は山の裾野を囲うように拓かれた巡礼路を歩くそうです。またヨーロッパでは、山には悪魔がいて、登頂することで悪魔を征服するという意味合いが込められているなど、国や地域ごとに意味合い、捉え方が変わってくるんです。さらに教会建築となると、そうした違いが見た目にも如実に表れているので魅かれます。
以前から、旅の主目的のひとつに建築を見に行くことがあったんですが、八ヶ岳に行ったころから、建築のなかでも特に教会を意識するようになっていました。今ではどこか行くとなったら、自然と「山」と「教会」、この両者があるような場所を探しています。いずれ、こうした体験をまとめたいですね。山岳信仰についての著書はこれまでも出ているんですが、敢えて読んでいないんです。やっぱり、自ら現地に身体を運ぶことでしか、感じられないものも多いからです。
●毎日でも行きたい!
月に2回は山に行きますが、今は体力が続くなら毎日でも行きたい、というのが本音です。「山で何もしないで過ごす時間がいいんです」なんて言いながら、すごくいろんな場所に行きたい。年末も30時間かけてパタゴニアに行ってきましたが、そうした労は厭わない。そう考えると、以前より欲張りになっている気がします。山から帰ってくるとキレがいいんですよ、頭も、身体も。だから街にいるときは、午前中から集中していろいろと片付けるようになりました。それから、東京にいる時間が限られている分、以前より仕事も忙しい気がします(笑)。分かりやすい言葉を使うなら、生活にメリハリがついたのだと思います。
KIKIさんの紙で味わう一冊
『黒部の山賊 アルプスの怪』/ 伊藤正一(著)/ 実業之日本社
『月山』/ 森敦(著)/ 河出書房新社

『黒部の山賊』は、山に行くようになって少し経った頃に手にしたものです。それまで山に関する本を読んだことがなかったんですが、一度行ったところ、行った先から見えた場所について書かれた本に興味が湧いたんです。これは北アルプス、黒部源流に半生を過ごした著者の生活記録という一面もあります。同時に、昔はあの辺りに山賊と見間違われるような人がいたというのも驚きでした。『月山』は、登ることよりも山域で過ごす時間について描かれています。外部から見た山の暮らしを読むにつれて山岳信仰の地として知られる山ですが、“信仰以前に生活がある”というのが分かります。そして、生活の中に、山を神様として崇めているというのがよくわかります。こうした関連書籍を読んでからその山を訪れると、感じ方も違う気がします。
Profile
KIKI モデル・女優

東京生まれ。
武蔵野美術大学造形学部建築学科卒。在学中からモデル活動を開始。
雑誌やTVCMなどの広告、映画・ドラマ出演をはじめ、連載などの執筆、ラジオのナビゲーター、アートイベントの審査員など多方面で活動中。
『OZ magazine』(スターツ出版)にて「early bird」、『LEICA STYLE MAGAZINE』にて「カメラというのりものにのって」好評連載中。
NTV「ゆっくり私時間~my weekend house」、ETV「高校講座~美術」オンエア中。著書に『LOVE ARCHITECTURE』(TOTO出版)、「山スタイル手帖」(講談社)、「美しい教会を旅して」(marbletron)。
公式サイト http://kiki.vis.ne.jp/
公式ブログ http://blog.honeyee.com/kiki/






