
Serendipity ~偶発的な出会い~ Vol.47 世界の見方を変える社会学

2011年に刊行した『絶望の国の幸福な若者たち』で、現代の若者像を冷徹かつリアルに浮き彫りにしてみせた古市憲寿さん。若き社会学者として脚光を浴びつつ、その肩書に囚われないジャンルレスな活躍を見せる氏にお話を伺いました。読書遍歴から新たな著作のテーマまでを、気鋭の論客が語ります。
日常と地続きにある「すこしふしぎ」な世界がおもしろい

僕は子どもの頃、図鑑ばかり読んでいたんです。小学生の頃はサメが大好きで、子ども用から研究者向けのものまで、サメが載ってる魚類図鑑を手に入るだけ買ってもらっていました。それで次に何をするかというと、自分なりの図鑑を作るんです。たくさん資料を集めて、意味があるなと思った情報を再構成し、絵を描き、文章を書いて……そう考えると、やっていることは昔からまったく変わってないですね(笑)。
ずっと図鑑ばかりで、名作や古典といわれるものをまったく読んでいなかったんですが、中学生の頃から小説を読むようになり、高校生になってから小説以外の本も読むようになりました。通学に片道50分かかったんですが、その間、本を読むくらいしかすることがないんですよね。それで新書や評論を、少しずつ読むようになったんです。
好きな本のひとつが、瀬名秀明さんが選んだアンソロジー『贈る物語 Wonder』です。瀬名さんもファンであることを公言している藤子・F・不二雄は、SFを「すこしふしぎ」の略だと言っているんですが、この本にはその「すこしふしぎ」をテーマにした小説やコミックが集められています。僕は瀬名さんの小説をよく読むんですが、藤子・F・不二雄をはじめ、小説に出てくるモチーフが僕の好みと一致していることが多く、近しいものを勝手に感じていて。この本にも、子どもの頃に読んだ短編がいくつか入っていたりして、おもしろく読みました。

SFのなかでも、日常と地続きになっているような物語がすごく好きなんです。たとえば藤子・F・不二雄の『T・Pぽん』もそう。平凡な中学生がひょんなことからタイムパトロールに選ばれて、過去に起きた事件から人を助け出すという話なんですが、地球の滅亡を救うみたいな大きなことはせず、歴史を変えない範囲で救える人だけを救い出している。そのヒューマンスケールな感じが、僕は好きです。『ドラえもん』にしても、未来から来たロボットのくせに、基本的には日常からはみ出さないじゃないですか。22世紀の科学を使っているのに、のび太一人さえも救われない。僕が藤子・F・不二雄を好きなのは、日常性というものがきちんと描かれているから。世界をガラッと変えるのではなくて、日常を少しいじることで、あり得たかもしれない世界を見せてくれる。その描写が、すごく上手だなと思うんです。
たまたま自分の考えに近かったのが「社会学」だった

僕は今も、社会学をやってるつもりはあまりないんです。たまたま興味があることが、社会学と呼ばれるものと近かっただけ、というか。大学でも入学した頃はデザインや建築を勉強していたんですが、あるとき社会学者の小熊英二さんの授業を受けたら、すごくおもしろかったんです。世の中で起きている出来事を、個人の心理というよりも、社会構造に注目し、そこから現象を読み解いていく。そういう考え方が、自分の思考方法に近いなと思ったんです。それから、社会学の本も読むようになりました。
今、本を書いているのも、趣味のような感じなんです。何かに突き動かされて書くというよりは、単純に、そのときに関心があることをまとめているだけ。ほんとに子どもの頃の図鑑作りと同じで、楽しいからやっているんです。そういうやり方は、上の世代の研究者とは違うかなとは思います。研究者の中には、世間から離れて、ひとつのテーマを一生かけて追い求めるようなタイプの人もいますよね。そういう人を尊敬はするけど、飽きっぽい僕にはできない。それに今は変化の激しいすごくおもしろい時代。社会のいろんなことが変わりはじめている。それなら時代と伴走したほうが、楽しいかなって思うんです。
子どもの頃からそうなんですが、興味があるものって1年ずつくらいで変わるんです。今、興味があるのが戦争です。去年、ハワイにある戦争博物館に行ったところ、暗さより熱気や明るさを感じて、戦争という記憶の残し方が日本とはだいぶ違うなと思ったんです。世界の戦争博物館を比べたら、国家による記憶の残し方の違い、みたいなことを考えられるんじゃないか、と。つい先日もポーランドのアウシュヴィッツやベルリンに行って、戦争博物館を見てきました。戦争博物館については来年の夏までにまとめられたらなと思っています。
それと今、秋に出す予定で若手起業家の本も書いています。若手起業家の現実をルポルタージュ風に描きつつ、日本における起業や、働き方の歴史を振り返るような本です。これも、たまたま僕が友人と会社をやっていて、まわりにおもしろい人がたくさんいるので、彼らを観察したものを書きたいと思ったのがきっかけです。
社会学も読書も、別の世界を見せてくれるところが楽しい

僕は、子どもの頃からこんな感じなんです。どこに行っても、あんまり何かにはコミットできず、一歩引いて見ている。小学生の頃もスポーツが苦手で、みんながやってるサッカーにも参加せず、「みんな、なんで楽しそうなんだろう?」と思いながら体育も遠くから見学していました。でもこの「世の中を一歩引いて見る」というスタンスが、社会学と僕との近さなのかもしれません。
社会学のミッションのひとつに、社会の別の見方を提示することがありますが、読書もそうですよね。良質の読書体験は、日常の中の切れ目というか、違う世界を見せてくれる。僕自身、読書をする理由はそこにあると思っています。人って普通に日々暮らしていると、今、ここにいる自分がすべてだと思ってしまうじゃないですか。でも、実はそんなことはない。ここにいなかった自分も、まったく違う人生もありうる。ちょっとしたきっかけで人生も社会も変わりうるし、もしかしたら本を読むこがきっかけとなって、社会さえも大きく姿を変えるかもしれない。そういう、「今ここにある世界がすべてではない」ことを見せてくれるのが読書の一番の楽しみだと思うし、僕の本を読んだ方にもそう感じていただけたら、すごくうれしいですね。
Photo/Chihaya Kaminokawa
Text/Tomoko Yabe
古市さんの著書
古市さんのおすすめ本

『幸福論・生きづらい・時代の社会学』
ジグムント・バウマン(著) 高橋良輔、開内文乃(訳)/ 作品社
バウマンは、ポーランド出身の社会学者です。1925年にユダヤ系の家に生まれ、ナチスの侵攻を受けてソビエトに亡命し、第二次大戦末期にはポーランド陸軍に入隊します。でも戦後に反ユダヤ主義が強まって海外にわたり、高齢になってから社会学者としてその名を世界中に知られるようになる。そんな彼の数奇な運命が、この本にも影を落としている気がします。幸福論という題名ですが、幸せになる方法よりもむしろ幸福を追求することの難しさについて書かれた、暗く切ない本なんです。研究書って一見、中立の立場から書かれているように見えますが、実は書き手の人生や境遇から、なかなか自由になれないと思うんですね。それがこの本には如実に表れている。すごくおもしろい本だと思います。

『トクヴィルの憂鬱 フランス・ロマン主義と〈世代〉の誕生』
高山裕二 / 白水社
この本は、19世紀の思想家トクヴィルの研究書です。トクヴィルの生まれた時代は、フランス革命が起き、封建的な価値観から解き放たれ、個人が自由になった時代でした。でもそれゆえの不幸というものに、この本は注目しています。自由を得たことで彼らは、自分たちで夢を探し、人生を決めて、未来を作っていかなければいけなくなった。たぶんトクヴィルの世代が自分探しをはじめた第一世代。そんな人たちの憂鬱がここには描かれている。今の日本も、企業に属していればそこそこの人生が予測できた時代が転換期にさしかかり、自分で自分の人生を選ばなければいけなくなっている。そんなところが現代の日本の状況ともシンクロしていて、興味深く読みました。
Profile
古市憲寿 (ふるいち のりとし) 社会学者

1985年、東京都出身。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所訪問研究員(上席)。有限会社ゼント執行役。専攻は社会学。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『希望難民ご一行様』などがある。





