
Serendipity ~偶発的な出会い~ vol.20 壁を乗り越える

幼少の頃から先天性骨形成不全症という骨が折れやすい病気と闘いながら、「もののけ姫」のテーマ曲によって、カウンターテナー米良美一の名前は一気に世間に知られることとなりました。しかし、昇りつめる名声とは裏腹に、心も体もボロボロになっていった米良さんは、自分を変えようと必死の格闘をくり返し、いま生きながらに生まれ変わろうとしているのです。
八百万の神を感じた宮崎の自然。閉鎖的な村社会での子供時代。
昔も基本的には今とあまり変わっていないと思いますけど、気がちいさい小心者のくせに、妙に大胆だったりもする子どもでした。きれいなものや音楽は小さな頃からずっと好きでしたね。とはいえ、閉鎖的な村コミュニティで、先天性骨形成不全症という病気もあって周囲の人々と上手に関係性を築けず、性格もひねくれてしまいました。でも、生まれる場所も運ですし、時代も運。そこは自分の業というか宿命なんでしょうね。ただ、ひとつだけ言えるのは、芸術からかけ離れているような田舎が、実は逆にとても芸術的だったりするんです。生まれた宮崎の田舎には、天孫降臨の高千穂神楽をはじめ、幾らかの山岳信仰による神楽がありました。神様の儀式なのですが、舞うのは普通の村人のおじちゃんたち。普段は焼酎を飲んで、酔っぱらって喧嘩なんかしているおじさんが優美に神楽を舞う姿に、八百万の神が見えたこともありました。芸術家は神が作った自然の造形に近づきたいと思うものです。私であれば、鳥の声のようにいつ何時も歌うことができたらとかね。水や風、木の葉のこすれる音、そして自然の素朴さや厳しさ、慈愛を感じられるような場所は、逆説的に芸術的素養が育つ環境だったと言えると思います。しかも身体が不自由でベッドにいることが多く、一人で空想や妄想が広がって、頭の中で超能力のようにイメージを膨らませていました。そうしたことも私の芸術的な素養を育ててくれましたね。
東洋医学の先生との出会いが、生きながら生まれ変わる道を開いてくれた。

人生の師と仰ぐ東洋医学のT先生に出会ったことで、沢山の智慧を授けていただき、いろいろなことが開けてきました。先生が私の人間性や人格を上げるために多くの書物を与えてくださるんです。心理学や哲学などから、私が苦手な政治経済の本までいろいろあるのですが、先生が理解のための下地つくってくださります。ただ本を読め読めといって訳もわからず読んでいてもだめで、ちゃんと読み取るには、読み手側も成長していかないとだめなんですよ。加藤諦三先生の社会学や心理学の本はたくさん読みました。読書は、自分を知るため、作るために必要なんだなと思っています。私は必要だから読んでいるのであって、読書は嫌いではないけど苦手なんです。小説とかよりも、自分という人物を知るための本を読みたい。自分を含めてですが、どうしても人間というものがわからなくて。人は好きなんですよ。人は好きなんですけど、他人の気持ちがわからないんです。
何より大切なのは無条件の親の愛情
例えば、母親の愛情を知らない、帰る家が安心な場所だという思いがない人間は、どんなに頑張っても相手との強固な関係性を結べなくなってしまいます。親子は確固とした繋がりの基本であり根本ですから、そこに拒絶や否定の経験があると、いつ壊れるかという不安がつきまとってしまわけです。これは本当に大変なこと。1番の幸せは、親に有り余るほどの愛情を注がれて育つこと。そういう人は恋人に捨てられても、人に裏切られても、社会でつらい目にあっても立ち直れます。でもそれがない人間は復讐と恨みを頼りに生きていくことになってしまう。私の場合は、そこにプラス病気と身体の障害でもひねくれて、ねじれてしまった。親は私に命を与えてくれて、教育も受けさせ、多大な医療費も捻出してくれた。ただ、その恩と同じかもしくはそれ以上に、僕に沢山の恨みがましい想いや愛情の無い態度をしたという親の罪も見なきゃいけないとT先生に教えていただいたんです。親を否定的に見ることはとてもツライことです。しかし親に対してきちんと向き合い、嫌な部分をありのままに見なければ、身近な気の許せる人々に矛先を向けて満たされていないものをぶつけてしまうんです。私はそれをステージ上でもやってしまっていました。そういう中、先生と巡り会い、自分から不幸に向かうことをやめて本当に愛する人たちと繋がりたいと思うようになったんです。きちんとした誇りを持てる仕事をしてお金を稼ぎ、それを皆さんに還元していきたい。つまり、いま生き直しているんです。生きながら生まれ変わろうとしているんです。
復讐の道具としての歌から、人を救う歌へ。

子供の頃、歌は復讐に使う道具でした。親に酷いことを言う人、僕を馬鹿にする人も歌を歌えば皆賞賛してくれました。神様が貸してくださった最高の道具を、最もいけない方法で使っていたんですね。でも、日本が大変な今こそ、これまでのたくさんの不徳や不義理を、世の中の皆さんに喜んでいただけるように歌で返していけたらと心から思っています。温かいものを見たり聴いたりすると、本当に心から涙が出ます。音楽の趣味も昔とは変わって、クラシック音楽より昭和歌謡が好きなんです。今はとにかく戦後の焼け野原と同じですから、これから何が起こるかわからない。だからみなさんが知っていらして、喜んで、元気になってくださる歌を歌いたいです。自分に歌う喜びを取り戻させてくれた美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」のように、大衆歌謡曲の中にもすごく良い歌があります。これからはそういう大衆クラシカルなものにもアプローチしていこうと思っています。こういう時だからこそ、高いところから偉そうに歌うのではなく、皆さんの中に入ってもしくは皆さんの下に潜って、皆さんの繊細な心を支えられるような音楽をさせていただけたらと思っています。
米良美一 さんの紙で味わう一冊
『ああ、正負の法則』/美輪明宏(著)/パルコ出版

美輪さんの本は装丁がすてきで、こだわりが満載です。第2次世界大戦まで、日本にはたくさんの色や美しい感性が溢れていたのに、戦争によって全てなくなったという美輪さんの発言が、本の装丁として見事に現れている一冊です。物事は相対性で不安定だけど、真ん中を生きていくことが大事なんだと学びました。
Profile
米良 美一 (めら よしかず) カウンターテナー

1971年、宮崎県生まれ。94年洗足学園音楽大学を卒業。96年、オランダ政府給費留学生としてアムステルダム音楽院に留学。97年、宮崎駿監督作品「もののけ姫」の主題歌を歌って一躍脚光を浴びる。CD録音は多数あり、キングレコードやスウェーデンのBISレーベルより世界各国で発売されている。
2007年、大和書房から自叙伝「天使の声~生きながら生まれ変わる」を出版し、これまでの人生から得た経験をもとに、全国各地で講演会も精力的に行っている。




