くっちゃね村のねむり姫さんのレビュー
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蜩ノ記
葉室麟 / 祥伝社文庫
冒頭部分から、その世界に引き込まれます。
30
主人公の一人である若い武士が、目的地に向かう途中から物語は始まります。その風景描写はまさに純文学の世界です。直木賞受賞作ですが、これを大衆文学と呼ぶには、申し訳ない気がします。
10年後に切腹する…ことが決まっている武士の元に、若い武士が、それを監視するという目的で送り込まれてくるわけですが、それが運命の日まで、あと3年という時期。この期間が絶妙です。その3年の間、寝食を共に過ごす内に、武士とは、人間とは、はたまた生きるとはということを若い武士は、学ぶと言うより、体感することになります。
武士社会の理不尽さ、人間の欲望に対するあさましさ、おろかさ、そして潔さ。きっかけとなった事件の謎解きの面白さ(けっこう込み入っている)もさることながら、思わず「おまえの生き方はどうなんだ?」と襟を正したくなる作品です。
タイトルは、蜩がその日その日を懸命に生きていることからとったと物語の中で説明されています。読む前は、あの悲しい鳴き声から、切ない話なのかなと思っていましたが、さにあらず。涙の中にも、すがすがしささえ感じさせる秀作であります。是非、時代小説ファン以外の人も、一読をオススメします。2014年秋には、映画も公開されるとのこと。役所広司と岡田准一が、どのように役を演じるのか今から楽しみです。 続きを読む投稿日:2014.05.29
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日本のいちばん長い日(決定版) 運命の八月十五日
半藤一利 / 文藝春秋
労作であり、力作であり、そして傑作です
14
戦後70年という今年、様々な行事も企画され、またこの作品も再度映画化もされるとのこと。そんな年に、もう一度じっくり読んでみるのも良いのではないでしょうか。
この作品の特徴は、ノンフィクションであり…ながら、あたかもその時を実際に体感しているかの様な文章にあります。
同時進行で進んだであろう事項を、沢山の資料と聞き取り調査を踏まえ、それを時系列に並べるだけでも大変な労力が必要と思われますが、所々とても格調高い表現が使われているのも、この作品を単なるノンフィクションに終わらせていないところです。
たとえば、降伏が決定されたという8月10日には、「その夜はかがやかしい月が中天にかかり、宮城の庭の老松の葉影が一本ずつ数えるほど明るかった。そして夜明けを告げる鶏鳴が聞かれた。この夜は空襲が全くなかった。」このような描写が随所に使われる一方、その内容は、戦争をいかに終息させるかを巡る、手に汗を握るサスペンスと言えなくもなく、あまりに小説風な作品なので、これが日本で実際にあった事柄なのだと言うことを忘れてしまうかもしれません。でも、これは紛れもなく我が国の歴史の一ペーシなのです。
この作品は、戦争終結を決定し、玉音放送を全国に流すまでの、とても短い期間において、「指導者」と呼ばれる人々の葛藤と騒動を描いているわけなのですが、当時の普通の人々、所謂一般国民の心情がつまびらかになっていないところが難点と言えば言えるかもしれません。でも、それは作品の主旨とは異なるので仕方がないでしょう。
それにしても、当時の「国体」とはいったい何を指していたのでしょうか。国民あっての国であって、国あっての国民ではないはずです。また、あの天皇陛下を絶対視する思想はどのように生まれて来たのでしょうか。その一方で、現人神として敬うならば、神が誤りを犯すはずもなく、ましてや、奸臣に惑わされているなどという、たとえば畑中少佐の様な考えは、それ自身が自己矛盾しています。昭和天皇も、すべての軍の最高責任者でありながら、すべての情報が知らされていたとは思えず、そんな状況の中で、責任ある決断だけ頼られても苦悩するだけだったでしょう。
この作品を読むと、まさに紙一重で悲劇的結末を回避できたことがよくわかります。二・二六事件で、鈴木貫太郎が生き残ってくれたことに、感謝せねばならないでしょう。また、玉音放送は、テレビなどでも何度も放送されていますが、正直言っ
て、当時の感度の悪いラジオで聞いて、いったいどれだけの人が理解できたのかなぁと疑問でありましたが、放送する際は、通常より出力をアップしていたとか、その「お言葉」の後、ちゃんと放送局員による解説みたいなものがあったことも記され
ています。こんなことは学校で習った覚えはありません。また、一方で、その放送の寸前まで、大本営発表の戦果報告がなされていたことも驚きであります。
あの大戦の戦争責任について、論じられることがよくあります。ランチェスターの法則を用いるまでもなく、当時の指導者達には負けることは判っていたはずで、当初から、いかにタイミング良く講和に持ち込むかが鍵だったはずなのに、どうしてこ
んな結末になってしまったのでしょうか。始めるのは簡単でも、幕を引くことは、とてつもなく難しいことなんですね。
安保法制の議論が喧しい今、あの狂気の時代をもう一度じっくり考え直してみるきっかけになると思います。まだ読まれていない方には、是非一読して欲しい一冊であります。 続きを読む投稿日:2015.07.31
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喪失
カーリン・アルヴテーゲン, 柳沢由実子 / 小学館
推理小説というよりサスペンスです
13
書籍説明には、ホームレスがある日突然、猟奇殺人の容疑者となると、あっさり書かれていますが、このホームレスの女性は、只者ではありません。生活の糧は、高級ホテルで男を引っかけ、食事と暖かいベットを頂くこ…と。ただし、カラダは与えないという、したたかな女です。でも、ホームレスになったワケは、リストラとかそんな話ではなく、普通ではない家庭環境、成長期の体験が原因らしく、精神病院の入院経験もあり、裕福な家を飛び出して10年以上ということが読んでいるうちにわかってきます。
そんな彼女が、ある男をカモにした翌朝、別室でその男が殺されたことを知ります。しかも、内蔵を切り裂くという猟奇殺人。当然、容疑者として追われることになりますが、なぜか次々と同じように人が殺され、ワケがわからないうちに、容疑者として世間の話題の人となってしまいます。様々な要素が彼女を犯人であることを示しており、逃げ回る彼女は、最早絶体絶命!
次々と殺される男女に共通点はあるのか?なぜあのようなむごたらしい殺し方なのか?はたまた彼女は本当に無実なのか?そうならば、どうそれを証明すればよいのか?
絶望感漂う展開の中、過去の回想シーン、幻想シーン?が挿入されるので、ホントは無意識の内に彼女がやったのか?なんて思わせるシーンもでてきます。
スウェーデンの作家が書かれたモノなので、なじみのない地名が沢山出てきますし、人の名前もロシア文学ほどではないにせよ小難しいものがあります。しかも、翻訳物特有の言い回しが、少々読みにくい。それでも、物語の結末がどうなるか知りたくて、ページをめくる手が早くなります。そして、ようやくたどり着いた結末は、思いもかけぬ動機と犯人でした。
推理小説としては本格モノではないと思いますが、この緊張感溢れるサスペンスは、殺し屋とかスパイとかが登場するものではなく、日常にも潜在するであろう狂気として、逆に怖いものがありました。
訳者のあとがきによれば、原題は「SAKNAD」というそうで、これには失踪という意味と喪失という意味があり、英語のタイトルは「MISSING」となっているとか。訳者の方は作者にお会いして、その意図を聞いた上で「喪失」としたそうで、確かに、読んでみると「喪失」の方が的を射ていると思います。
全てのモノを打ち捨てて身軽になれば、お気楽な生活が出来るかも、と思わないわけではありませんが、自分に関わるモノ全てを喪失することが、こんなに恐ろしいことになるとは思いも寄りませんでした。
初めて読んだ作家の作品でしたが、他の小説も読んでみたくなりました。 続きを読む投稿日:2016.02.20
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無私の日本人
磯田道史 / 文春文庫
タイトルが総てを物語ります
12
タイトル通りの内容で、面白かった映画「殿、利息でござる」。その原作本とのことですが、ちょっと趣は異なりました。穀田屋十三郎に阿部サダヲの顔が被ることはありません。
この本は、一人だけの話ではなく、…穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月という、三人の人物を語り尽くした一冊です。この内、私は中根東里の名だけは聞いたことがありましたけれど、その詳細はまったく存じ上げませんでした。この本は、歴史書であり、分類上もノンフィクションで整理されているとおり小説ではありませんけれど、小説風に書かれているので、大変読みやすいですよ。
「武士の家計簿」から10年あまり後に書かれたと、あとがきにありましたが、「武士の…」の時は、さほど意識しませんでしたが、磯田道史の文学的素養も、なかなかのモノだと思います。
その「武士の…」のあと、読者から届いた手紙がきっかけで、穀田屋十三郎の調査に入ったとのこと。地方に住むアマチュア歴史家は、埋もれた歴史の発掘者であり、代弁者なのですね。
内容は、先に書きましたとおり小説風に進みますが、そこは磯田道史なのです。BSプレミアムでMCを務めている看板番組と同じように、興が乗ってくると、彼の歴史観、文化観が、ほとばしってくるようで、熱を帯びた筆致にかわります。興奮気味に筆を進めている感じに、読んでいるこちらもワクワクするというもの。
一貫してその心情にあるのは、経済成長に本当の幸せがあるのか?ということでしょう。彼はあとがきの中でこんなことを書いてます。「地球上のどこよりも、落とした財布が戻ってくるこの国。こういうことはGDPの競争よりも、なによりも大切なことではないか。」そして、「あの人は清濁あわせ飲むところがあって、人物が大きかった」というのは、まちがっている。と言い切ります。
確かに、藤原正彦氏が「解説」で書かれているとおり、幕末維新の頃に来日した多くの欧米人は、「日本人は貧しい。しかし幸福そうだ。」と言いました。今の世の中、何か忘れちゃぁいませんか?と言うわけです。
古文書を自在に読み解き、それをまさに、俯瞰した目で見ることが出来る磯田道史という、歴史学者の枠を飛び越えた気鋭の人物から、これからも目が離せないと思っています。 続きを読む投稿日:2016.11.07
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家族という病
下重暁子 / 幻冬舎新書
重傷だったのは、筆者本人でした。
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書籍説明に「家族とは何か」を提起する一冊、とありますが、一般論的に「家族」という物を分析し、解説したと言うよりも、ご本人の人生体験を書き連ねて一冊にしたものです。その為、傾聴に値する項目も多々あるに…も関わらず、筆者自身が書かれている様に、「家族の話はしょせん自慢か愚痴」に終わってしまっているのが、大変残念なところであります。また、なぜこの筆者が結婚したのかが、読者にとっては、まったくの謎のままで終わります。あれだけ家族の呪縛を嫌っていた人が、子供を作らない決心までして、どうして結婚したのか?結婚した方が色々と社会的に有利だからと言うのは、あくまでもカップルを組んでいる人達との比較でしょう。そもそもカップルを作る必然性が彼女からは感じられないのです。まさか若い芸能人であるまいし、堂々とデートしたりセックスしたりできるという肉体的欲望のためとは思えないし、それでいて「つれあい」の自慢はしても、「つれあい」に対して自分が何をしているのかは見えてこない。その肝心なところを述べて欲しかった気がします。
また1つ気になったのは、「オレオレ詐欺」の話題です。筆者は「どうして家族からの頼みだと、疑いもせず聞いてしまうのか?」と問い、なぜそんなに家族を信頼するのかとの疑問を呈しておられますが、たぶんそれは逆で、まったく信頼していないからだと私は思っています。もし信頼していたら、自分の子供や孫が、金のことで自分に迷惑をかけるはずがないと思っているだろうし、ましてや、金を渡す時に、本人以外の人間をよこすような礼儀を知らない輩が、自分の子供や孫であるはずがないではありませんか?所謂儲け話に対する「振り込み詐欺」は、自分に対する利益を求めているわけですが、「オレオレ詐欺」は、この問題を放置したら発生するであろう自分に対する不利益を、無意識の内に回避しようとしているだけで、そこには家族に対する信頼感なんぞ微塵もないと、私は思いますよ。
本の終わりには、今は亡き家族に対する手紙が掲載されていますが、そのまた最後の最後に自分自身に対する手紙が書かれています。これを読むと、とても寂しげな人に見えてしまうのは、私だけではないと思います。様々な苦労を重ねた人は、人に優しくなれると言います。となれば、家族という病にかかったことのある人、あるいは今かかっている人の方が、人間的に豊かになれるのかもしれません。家族という物が、社会の最小単位であることだけは、間違いのないことですからね。 続きを読む投稿日:2016.03.28
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猫又お双と消えた令嬢
周木律 / 角川文庫
懐かしき香り漂うミステリーでありました
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読み始めは、ファンタジーなのかと思いましたよ。猫又とは、あの猫又のことで妖怪なんですけれど、とってもチャーミングな少女として登場します。その彼女が、湯川秀樹の弟子である大学院生とひょんな事から同居し…ている場面から物語は始まります。こんな猫又ちゃんとなら、是非同居したいものだと思うのは、私だけではないでしょう。そして、そこへ持ち込まれてる奇妙な相談。ここから物語は展開します。
舞台は、元士族の没落しつつある子爵家。そこの令嬢を誘拐するという予告があったとのこと。このレトロ感あふれる設定に、令嬢(もはや死語?)誘拐。しかも、犯人は「魔術師」と名のっている男?!ほ~らほら、これはもう、遙か昔、むさぼる様に読んだ怪人二十面相の世界ではありませんか?
一応、密室から令嬢が誘拐されるという密室推理の類いなのですが、状況説明が丁寧を通り越して少々クドい。そのためか、私の様なボンクラな読者でも犯人は容易に特定できましたし、そのトリックまで推察できました。では、途中でつまらなくなったかというと、そうではなく、面白いことに、読者である私と主人公だけがわかっている真実を、まだ何もわかっていない他の登場人物達に、主人公が、どうわかりやすく説明するか?ということに興味が移るという、不思議な体験をいたしました。
レトロチックな雰囲気に浸りつつも、ハッピーエンドに終わりますから、読後感はいいですよ。なんか乱歩の怪人二十面相シリーズをまた読みたくなってしまいました。 続きを読む投稿日:2016.03.16