ポトトさんのレビュー
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88
このユーザーのレビュー
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ガリバー旅行記 GULLIVER’S TRAVELS
ジョナサン・スイフト, 原民喜 / 青空文庫
無料版だけど安心しておすすめ!
22
子供の時少年向けのを読んで以来、初めて『ガリヴァ―旅行記』をちゃんと読んだ。人間の世界を風刺する物語だという知識を持ったうえで読み始めたせいか、今回は逆に、どんな不条理な異世界の中にも、一人くらいは絶…対的に安心や信頼のおける人が登場することの方が印象深かった。
結局のところスウィフトという人は、痛烈な皮肉の精神の中にも、それでも人間への希望を決して忘れなかったのではないかなあ。そういう楽観性が、私にはむしろ一番共感できるところだった。
無料だからというだけの理由でDLした青空文庫版で読んだが、訳者の、ちょっと不思議な感じの「あとがき」がすごく良かった。 続きを読む投稿日:2013.09.24
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折れた竜骨 上
米澤穂信 / 東京創元社
西洋史好きのツボを刺激する、ミステリーにしてファンタジーにして冒険活劇?
15
日本中に確実に一定数存在すると思われる、「高校世界史をエンターテイメントとして愉しむことを知っている類の人たち」ならば、きっと楽しめるはず!
中世のヨーロッパは、現代とはまた全然別の意味で、グローバル…な時代だった。この物語の舞台であるイングランドの架空の島ソロンもまた、様々な場所から様々な背景を抱えてやってくる人々の、交差点のような場所。そんなひとクセもふたクセもある人々のそれぞれの事情と思惑が、ひとつの事件をめぐって入り乱れる。
探偵小説的な謎解きもあり、騎士と魔術師が活躍する中世ファンタジーのお約束もあり、活劇的な戦いの場面もあり・・・と、そういったエンターテイメント小説の要素がみごとに無理なく併存しているところがすごい。
主人公のアミーナは、この手の物語のヒロインにしては珍しく冷静沈着で好感が持てた。でも、それだけにちょっと物足りなくも思ってしまうから、「読者」って贅沢だ。 続きを読む投稿日:2013.12.28
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ジェーン・エア(上)
シャーロット・ブロンテ, 大久保康雄 / 新潮文庫
もっとも安心しておススメできる日本語訳
5
私が世界で一番好きな小説は、これと、トルストイの『戦争と平和』。でもそれぞれが「好き」な理由はちょっとずつ違う。
トルストイの方は、間違いなく人類史上最高の小説だと思うのだけど、こちらはそうは言いきれ…ない。ストーリーに強引なところがないとは言えないし、突っ込みどころもたくさんあるし、主人公二人の暑苦しいまでの情熱は、誰もが受け入れられるものではないとも思う。
でも、だからこそ、理屈抜きで「好きだから好きなんだー!」と言える作品でもある。ジェインの境遇が変わるごとに何度か舞台が切り替わるのだが、どれにもそれぞれの独特の空気感があって、そのひとつひとつが全部(暗い時代のものであっても)イイなあと思えてしまう。
そういうわけで読める限りの日本語訳を読んだけど、それぞれに特徴や長所がある。その中でこの大久保訳は、全体のバランスが非常によくて、これから読もうとしている人にいちばん安心してお勧めできるバージョンだと思う。一言でいえば、「しっかりしている」感じ。日本語訳ジェイン・エアのスタンダード・バージョンを選ぶなら間違いなくこれ。 続きを読む投稿日:2013.09.28
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金田一耕助ファイル1 八つ墓村
横溝正史 / 角川文庫
推理あり、活劇あり、恋愛ありの極上エンターテイメントだった!
5
タイトルや世間一般的イメージ(そしてまたこの角川版の表紙も!)から、おどろおどろしい和風ホラー仕立ての探偵小説を想像していた。ところがところが、後半に行けばいくほど秘宝をめぐる冒険活劇の要素が強く、甘…酸っぱい恋愛物語の要素もあり、むしろこれはとてもよくできたハリウッド映画ばりのエンターテイメント小説なのだと気付かされた。語り手でもある主人公のキャラクターが、屈折したところや病的なところのない普通の好青年だったこともあって、読後感はむしろさわやかと言ってもよいほど。
美也子、春代、典子という三人の若い女性キャラがいずれもとても印象的だった。古い小説にありがちなご都合主義の女性像ではなく、とても丁寧に描かれており、三人ともがそれぞれ意味あいは違えど「ヒロイン」の名にふさわしい個性を持っていた。 続きを読む投稿日:2014.01.07
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一八八八 切り裂きジャック
服部まゆみ / 角川文庫
虚実入り混じる、すばらしき小説世界
5
当時の若き日本人が見た、かの時代の英国の物語。切り裂きジャック事件はあくまでも物語の筋を動かす動力にすぎず、メインは日本人留学生の目に映る、ヴィクトリア朝ロンドンのあれこれ。
とても良かった。何よりも…終わり方がこの上なく美しい。この虚実混交したスバラシイ物語の読者たちを、虚実混交の世界に残したまま・・・それも、突き放すようなものでなく、その世界に心地よく浸からせてきれいに幕を閉じる。結局、どこまでが真実で、どこからが著者の付け加えた虚構なのか。それを判断するのは、読者の想像とお望みと興味次第。そんな粋なラストシーンです。
コナン・ドイルさんもきっとそのうち出てくるはずだ!・・・と思っていたけど出てきませんでした。笑。 続きを読む投稿日:2015.12.24
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麦の海に沈む果実
恩田陸 / 講談社文庫
小説の評価を「好き」か「嫌い」かで量る人向け(良い意味で)
3
この作家の作品は、いつも魅力的な謎と舞台設定でぐいぐい惹きつけておいて、最後にパッと読者を突き放し呆然とさせて終わる。
これは、大湿原の真ん中にぽつりと建つ、閉ざされた全寮制の学園での約半年間の物語。…それぞれが何かしら秘密を抱えた、才能に満ちて美しく、でも年齢相応の悩みも持つ生徒たち。過去から現在まで相次ぐ、生徒の失踪と死亡事件。その舞台となる図書館や薔薇園や尖塔といった「場」。たぶんここには作者の好きなものがたっぷり詰め込まれていて、その「好き」を共有できる読者(私のように)にとっては、しばしそこに身を置くことができただけでも、幸せな読書体験になるだろう。
だからこそ、結末でポンと突き放された時の衝撃とカタルシス、そして何よりの納得感もひとしおだと思う。「ごめんね、これはあなたの物語じゃなかったのよ。でもひょっとしたらこれもあなたなのかもしれないよ」と。 続きを読む投稿日:2015.10.07