さんかく
千早茜(著)
/祥伝社
作品情報
「おいしいね」を分け合える,そんな人に、出会ってしまった。古い京町家で暮らす夕香と同居することになった正和。理由は“食の趣味”が合うから。ただそれだけ。なのに、恋人の華には言えなくて・・・・・・。三角関係未満の揺れ動く女、男、女の物語。恋はもういらないと言うデザイナーの夕香。夕香の“まかないが”が忘れられない営業職の正和。食事より彼氏より、研究一筋の日々を送る華。一人で立っているはずだった。二人になると、寂しさに気づいてしまう。三人が過ごした季節の先に待つものとはー。
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この作品のレビュー
平均 3.9 (152件のレビュー)
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「さんかく」というタイトルから何を連想する?
表紙に優しいタッチで描かれた三種類の料理の絵と「さんかく」というひらがなの標題を見ると「三角関係」「おむすび」を連想する。
そのとうり。これは男女の「…三角関係」と「おむすび」をはじめとした「食」の小説なのだ。
京町家に暮らすフリーのデザイナー、高村(こうむら)さんは、ある日カフェでバイトをしていた時の後輩、伊東くんに再会する。バイトをしていた頃から高村さんの作る「まかない」が大好きだった伊東君は、度々、高村さんの暮らす町家にお邪魔して手料理をご馳走になったり、高村さんと待ち合わせて、居酒屋で美味しい物を一緒に味わったりするようになる。
ある日、伊東君の住む大阪のアパートの更新の時期になって「京都いいですね」という彼に「この家の二階の部屋空いてるけど」と高村さんは同居を提案してしまう。
そして、伊東君が高村さんの町家に越して来てから、高村さんが用意してくれる夕食を食べ、朝は高村さんが握ってくれた塩むすびを食べ、冷蔵庫に何種類か用意しておいてくれるお惣菜を弁当箱に詰めて出勤する毎日となった。
二人とも男女としてはお互いに興味は無く、そういう意味での「後ろめたさ」はないのだが、伊東君は京大で動物の研究を続ける恋人の華には高村さんのことは内緒にしている。
一方、高村さん(夕香)のほうも、十年来ずるずると不倫をしている東京の本庄さんという相手が一応いるのだが、年上ぶって高級食材ばかりをご馳走してくれる本庄さんよりも伊東くんとの気のおけない食事のほうが楽しかったり、何よりも歳下の伊東くんに慕われていることをまんざらでもなく思っている。
正和(伊東くん)の恋人、華は研究のために死んだ動物の解体をしており、絶滅危惧種の動物の死体が研究室に運ばれてくると夜中でも呼び出されて、血まみれになって解体作業にとりかかる。忙しくてなかなか会えない華に正和が会う時にはコンビニの惣菜やテイクアウトのフライドチキンを持っていく。華と会う時には、いつも油と香辛料と添加物にまみれた食事で済ましてしまうことや華がフライドチキンを食べながら「〇〇筋が綺麗に剥がれた、綺麗な骨格が出てきた」などと話すことを何となく不気味だと思っている。心は間違いなく華にあるのだが、体は滋養のある食事をゆっくり味わえる高村さんとの生活を求めている自分を否定出来ないでいる。
そして、華は正和がいつの間にか自分に内緒で京都に越してきて、胃袋を掴まれた年上女性と暮らしているのとに嫉妬し(当たり前だ)、正和のLINEも無視して、研究に没頭していく。
イケズな私は「そんな獣女子とは早く別れて、素直に高村さんを選びなさい」と思う反面、「フリー」の身で京町家に住んで、年下男性を餌付けて暮らすという「いいとこ取り」生活をしている高村さんにも反感を覚え、最後に高村さんが東京に帰る決心をしたときには「さっさと帰り」と背中を押していたりした。
完全に「どっち」と選べないこともあるのだなあ。異性としての「どっち」ということだけでなく、「恋」か「生活」かの「どっち」。「ときめき」か「安定」かの「どっち」。
キュッと力を入れてむすんでいるが、ふんわり温かいおむすびみたいに、湿度があって優しいが、中庭で棘が光っている京都みたいに、自分の気持ちにスッパリ決断を下す前に心を込めて下ごしらえする料理のように、少し時間のかかる「どっちつかず」の楽しさを味わうことが人生での美味なのだなあと感じた。
高村さんは京都で「いいとこ取り」生活をしていたと先程書いたが、決して、自分に甘いだけの女性ではない。もとはといえば、「ちゃんとした」自分を取り戻すために、京町家で、丁寧な暮らしをするようになったのだ。リノベーションされた綺麗な京町家ではなく、古いだけの黴臭さも雨の日の下水臭さもあり、ネズミの走る音も聞こえ、夏は蒸し風呂で冬は底冷えが半端ない「生活する京都」を選んで生活していた。そんな「黴の匂い」も感じられる中で「ご飯の炊けた匂い」がむくむく勝ってくる感じ。正和の恋人、華が動物の死体解剖した後で「肉食べたい」と言う、若者の「生」と「食」への渇望。写真でただ単に「映える」ような料理ではなく、生きている中で「ギュッと胃袋を掴まれる」瞬間を書くのが上手い人だなあと思った。
立命館大学出身で大学時代を京都で過ごされた千早茜さんのこの小説には京都の街並みや美味しいお店が沢山出てくるが、観光案内的な小説ではなく、青春時代がギュッと詰まった小説だと思った。
続きを読む投稿日:2024.06.02
千早茜さん好きかもしれない。
なんかどこかで同じような話を読んだような…と思ったら、江國香織さんのホリーガーデンの中野くんと似てるんだ、伊東くんが。中野の善良、中野のカインドネス。投稿日:2024.05.26
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