ガーデン
千早茜(著)
/文春文庫
作品情報
放っておいて欲しい。それが僕が他人に求める唯一のこと――
ファッション誌編集者の羽野は、花と緑を偏愛する独身男性。帰国子女だが、そのことをことさらに言われるのを嫌い、隠している。女性にはもてはやされるが、深い関係を築くことはない。
羽野と、彼をとりまく女性たちとの関係性を描きながら、著者がテーマとしてきた「異質」であることに正面から取り組んだ意欲作。
匂い立つ植物の描写、そして、それぞれに異なる顔を見せる女性たち。美しく強き生物に囲まれた主人公は、どのような人生を選び取るのか――。
※この電子書籍は2017年5月に文藝春秋より刊行された単行本の文庫版を底本としています。
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商品情報
- シリーズ
- ガーデン
- 著者
- 千早茜
- 出版社
- 文藝春秋
- 掲載誌・レーベル
- 文春文庫
- 書籍発売日
- 2020.08.05
- Reader Store発売日
- 2020.08.05
- ファイルサイズ
- 1MB
- ページ数
- 256ページ
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この作品のレビュー
平均 3.6 (66件のレビュー)
-
あなたは彼に『部屋の植物たちが心配なので、僕は滅多に旅行には行かない。出張もなるべく日帰りにする』と言われたらどう思うでしょうか?
私たちは会社で、学校で、そして街中で、日々数多くの人と接していま…す。親しい関係から、単なる行きすがりの人までその関係性はさまざまです。ただ、一見関係が深いからといってその相手の全てを知っているかと言われればそんなことはないものです。たまたま見えているその人の横顔がその人の全てでもないでしょう。そんな横顔からは決して見えないその人本来の素顔が隠されていることだってあるかもしれません。人を理解するということはそう簡単なことではないはずです。
人の世を生きていく限りは、どんな素顔を持つ人も、他人との関わりなくして生きていくことはできません。
『放っておいて欲しい』
誰にだってそんな気分になる時もあるでしょう。しかし、そればかりでは人の世を渡っていくことはできません。私たち人間は人と関わらないで生きていくことなどできないからです。
さて、ここに『放っておいて欲しい』、『それが、僕が他人に求める唯一のこと』という思いの中に生きてきた一人の男性が主人公となる物語があります。『不幸も幸福も個人の中にしかない。理解や共感には限界がある』という強い思いの中に生きるその男性。この作品はそんな男性が『自分以外の人間の気配のない空間で植物に静かに触れたい』と願う物語。そんな男性が『仕事も性欲も家には持ち帰りたくない』という部屋で、『植物』たちに『待たせたね、と心の中で呟』き、そんな『緑の庭で眠る』物語。そしてそれは、そんな男性が『僕に関わった女性たちはみな消えていく』という現実に目を向けることになる物語です。
『ターニングポイント』と『ふいに投げかけられた言葉に』顔を上げ、『デザイナーの江上』を見るのは主人公の羽野(はの)。『俺さ、この間、入籍したんだよね』、『相手に子供ができちゃってさ』という説明に『それでターニングポイントか』と『合点がい』った羽野。少し会話を続けた後、部屋をあとにした羽野は『派手なターニングポイントはなくても、節目というものは誰の人生にもある気がする』と思い『僕の人生の節目。それは、小学校六年生の時だ』と、『父親の仕事の関係で』『小学校六年生の時に帰』るまで海外で暮らした時のことを思います。『「帰国子女」というラベル』を貼られ『なるべく目立たないようにし』、『自分の立ち位置を慎重にはかりながら学生時代を過ごし』、『放っておいて欲しい』、『それが、僕が他人に求める唯一のこと』と思う羽野。そんな羽野は『小さい頃』『貧しい国』の中で『敷地内には畑と使用人の家、そして小さな果樹園までもがあった』という家で暮らし、『広大な庭の隅々までを知り尽くし』ていました。『あの頃、僕の世界は庭だけだった』という羽野。そして、今の羽野は『ミドルエイジを対象とした生活デザイン雑誌「Calyx」を刊行』する編集部で働いています。そんな雑誌も先週校了となり季節柄花見に誘われた羽野は『飲み会の開始時間を過ぎるまで仕事をして』『一時間遅れで店につ』きました。結婚の話題となり『わかるわかると際限ない共感大会』になるのにうんざりする羽野。そんな中、『羽野くん、女性に興味ないもの』、『女性より植物の方が好きなんだって』と、『同期のタナハシ』の話題に巻き込まれた羽野について『草食系って感じがする』と『誰かが大きな声で言』ったことで『みんながきゃっきゃと笑』います。しかし、『人の趣味がそんなに可笑しいことですか?』とアルバイトのミカミが言ったことで場が静まります。そして、少ししてミカミと場を後にした羽野は、一人マンションへと帰りつきました。『採光に恵まれた角部屋は、緑に覆われている』、『ベッド。オーディオセットと趣味用の本棚以外は植物しかない』という羽野の部屋。『蛇のように絡まりあうガジュマル、三つ編みのような幹のパキラ、つやつやの葉のブラッサイア』…と夥しい植物に囲まれた暮らし。『この部屋では僕だけが異質だ。異質な僕の存在を取り囲み、彼らは沈黙したまま呼吸を繰り返す』と植物たちのことを思う羽野。かつて暮らした異国での体験に心囚われ、植物に囲まれながら日々を生きる羽野の日常が描かれていきます。
“放っておいて欲しい。それが僕が他人に求める唯一のこと。羽野と、彼をとりまく女性たちとの関係性を描きながら、著者がテーマとしてきた「異質」であることに正面から取り組んだ意欲作”と内容紹介に語られるこの作品。漆黒の背景に真紅の花が一輪強い存在感をもって迫る表紙が読者の目を惹きつけます。花をモチーフに展開されている写真家・中村早さんの「flower」というシリーズから選ばれた写真を使ったというその表紙。そんな表紙の印象は物語を読み進めるにつれ、『花』のみに止まることなく、『植物』が強い存在感をもって迫ってきます。
まずは、これは小説なの?それとも『植物』を説明する本なの?というくらいに読者を圧倒する『植物』の表現を見てみたいと思います。
・『たくさんの切れ込みのある大きな葉のモンステラ、枝がぐにゃりと曲がったフィカス・アルテシマ… どれも一メートル以上の大きさに育っている』。
・『本棚から垂れ下がるポトスとアイビー、天井からチェーンで吊るしたビカクシダ』。
・『壁に取りつけた棚にはぷくぷくとした多肉植物が十三種類、並んでいる』。
他にも『ブラッサイア』、『コルディリネ』などいかにも南国?を思わせる『植物』の名前が次から次へと紹介されていきます。『ポトスとアイビー』は知っていますが、他の名前は私には全く未知の世界です。せっかくなのでインターネット様のお力をお借りしてそれぞれの『植物』の写真を見てみましたが、『数々の濃い緑の葉が部屋を縁取り』…と描かれていく羽野の部屋はもうジャングルなのではないかと想像してもしまいます。しかも、『植物』は葉っぱものだけではありません。
・『デンドロビウムの花は満開だ。花芯をうっすら黄に染め、紫と白の花びらを広げて、鈴なりに咲く様は華やかで可愛らしい』。
そんな風に花をつける『植物』についても語られていきます。そして、そんな『花』を愛でる羽野の姿をこんな風に表現します。
・『月のよく冴えた晩にベッドに寝そべりながらぼんやりと光る花々を眺めていると、黒々とした森の上に浮かんでいる気分になる』。
まさしく趣味の世界に没入する人物をそこに見る表現です。
・『見つめていると、花の温度のない美しさがしんしんと迫ってきて眩暈に似た恍惚を覚える』。
そんな表現まで登場すると、妖しい雰囲気感までもが漂ってきます。しかし、それはどこまでいっても羽野の心の内であり、上記で触れた『人の趣味がそんなに可笑しいことですか?』というミカミの正論の前では、余計なお世話的な感情でしかありません。物語では、『植物』に魅せられた羽野が見せる姿がこれでもかと描かれていきます。千早茜さんには「透明な夜の香り」で香りにとことんこだわった世界を見せていただきました。あの感覚に魅せられた方には是非おすすめしたい作品だと思いました。
そんな羽野の現在に至る原点は『僕は日本で生まれ、父親の仕事の関係で海外で育ち、小学校六年生の時に帰ってきた』という生い立ちにあります。『もとは「発展途上国帰国子女」という短編』だったものを編集者の進言で長編にしたというこの作品成立までの経緯を語る千早さん。そう、この作品はそんな短編タイトルが表す通り、『途上国』から帰国した主人公のさまざまな思いが土台に流れています。このレビューをお読みになられている方にも『帰国子女』と呼ばれた過去を過ごされた方もいらっしゃるかもしれません。
『属する集団と少しでも違うことをすれば、「やっぱり帰国子女だからかな」と微妙な笑顔を浮かべながら線をひかれる』。
帰国後の苦難の日々、『口をつぐみ気配を殺してなるべく目立たないように』『自分の立ち位置を慎重にはかりながら学生時代を過ごした』という羽野。『帰国子女』と呼ばれた過去をお持ちの皆さんにはそんな羽野の思いに共感するところが多々あると思います。そんな羽野は、現地では『治安が悪かったせいで自由に外出することもでき』ず『学校と家との往復の』日々を過ごしていました。そんな中に『手入れの行き届いた庭』に居場所を見つけた羽野。『僕は庭の中にあり、同時に庭は僕の中にあった』という日々を過ごします。
『あの頃、僕の世界は庭だけだった』
そんな思いの先に『植物』に囲まれる今を生きる羽野の存在は強い説得力をもって読者の前にその姿を確かなものとします。
人によって好きなものは千差万別です。このレビューを読んでくださっている方の部屋の飾りがバラバラなように、そして誰もそのことをとやかく言う権利などないように、小説世界とは言え、羽野がどんな部屋に暮らそうがそれは自由です。この作品の主人公である羽野は、『植物』との暮らしの中でこんな感情を抱いていました。
『放っておいて欲しい』、『それが、僕が他人に求める唯一のこと』
『植物が好きというより植物に覆われた場所が好き』で、『自分以外の人間の気配のない空間で植物に静かに触れたい』と『植物』の存在を強く意識する羽野は、リアルな人間社会の中で浮いた存在ともなっていきます。彼のことを思い、彼と共に生きたいと願う女性たちにもそんな彼の感覚は関係が深くなればなるほどに伝わってもいきます。そんな中でも羽野の心を支配する『植物』の存在は揺らぎません。
『僕だけを待っている植物たち。僕が部屋に帰れなくなったら都会の片隅で朽ちていくだけのものたち。僕にしがみつく彼女たちによって僕は生かされている』。
そんな思いの中に生きる羽野が一つの気づきを得る瞬間の到来。『どうして僕は誰も幸せにすることができないのか』という羽野の深い悩みを見る物語。全編に渡る『植物』の強烈な存在感に圧倒される中にそんな物語は終わりを告げました。
『あの頃、僕の世界は庭だけだった』
幼き日々の異国での生活の先に、『植物』に囲まれ、『植物』と暮らす主人公・羽野の日常を描くこの作品。そこには、『部屋の植物たちが心配なので、僕は滅多に旅行には行かない』と、『植物』を中心とした生活を生きる羽野の日常が描かれていました。『植物』を全編にわたって描いていくこの作品。そんな『植物』への羽野の強い想いに少し怖いものを感じさせもするこの作品。
言葉を発しない『植物』の不気味な静けさが背景となる物語の中に、冷んやりとした独特な世界観が癖になりそうな作品でした。続きを読む投稿日:2023.06.05
『女は花なのかもしれない。愛でられたいという本能だけで咲く花。』
植物を偏愛し、自宅に自分だけの庭を持ち、そこに自己の存在肯定を見出す編集者の羽野は、表面だけ相手が望むようにふるまっているだけで、…他人に対する意思や望みがない。よって人に傷つかない。また女性の底の知れなさが怖い。一度応じてしまったら、果てのない「感情共有」という欲望に、永遠に応え続けなくてはいけない気がするから。
人が孤独なのも、さびしいのも、当たり前のことで、それは幸福でも不幸でもなく、ただの事実だ。愛情によって、ぴったりと重なるような理解ができたと思えたとしても、それは錯覚に過ぎないのだけれど、その錯覚を求める女性は多い。羽野はきっと、そういう認識で生きている自分のことを尊重してもらいたい。
恋愛感情なしに自分をさらけ出すことの出来ていた相手である緋奈が、温度なく諦めのこもった目を向け、あなたは「不自然だ」と言い放ち、目の前から消える。そこで初めて羽野は自分の臆病さを自認する。こうしてそぎ落とされた己の欲望を直視するところで、物語は終わりを迎える。
『僕は彼女の体温を知らない。彼女の肌も、その奥も。』理性的であることはある種、楽をすることだと思う。完全に正しさに行ききらない曖昧さを手放さない大人は、たしかに危ういけれど、鮮烈な魅力を放つ。どハマりしたくなる何かがある。赤い唇をもつ理沙子に溺れていく、痛々しくも人間らしい羽野の姿を、もっと見ていたいなと思った。
続きを読む投稿日:2024.05.31
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