【感想】日露戦争、資金調達の戦い―高橋是清と欧米バンカーたち―

板谷敏彦 / 新潮選書
(32件のレビュー)

総合評価:

平均 4.5
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3
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  • 単なる美談としてではなく

    もし高橋是清の外債公募ツアー回顧だけならば、ちょっと面白い歴史物に過ぎないでしょう。また、日露戦争当時の世界経済・ファイナンス概論だけならば勉強にはなっても無味乾燥でしょう。両者をうまく組み合わせることで、面白く読める上に、知的興奮のある読み物になっています。

    舞台となる20世紀初頭は、産業革命が世界にひととおり浸透して経済・金融がグローバル化した時期です。ヴィクトリア朝は終わっていますがまだ英国が世界のリーダー的地位にあり、太平洋に達した新興勢力米国の勢いはすさまじく、極東の島国日本がようやく世界に向かって本格的に開かれ、ロシアでは革命の予兆が漂っています。

    当時のロシアの人口は日本の3倍、GDP(購買力平価ベース)も同じく3倍。

    あれ?一人当たりGDPは日露で同等だったんですね。ロシアはヨーロッパの後進国とは言え、この事実は個人的には意外でした。

    こういったデータの積み重ねで、当時の日本が置かれていた状況、さらには、高橋らがどんな判断でどう行動したかが伝わるようになっています。また、ロンドン公債市場や東京株式取引所の相場が、戦況の報道を受けて上下する様も丁寧に追われており興味深いです。
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    投稿日:2013.09.27

  • 資金調達に成功し戦争にも勝った。しかしそれが満州にのめり込むきっかけになってしまう。

    高橋是清自伝によると日露戦争開戦前の戦費の見積もりは4億5千万円だった。戦前の1903年の一般会計歳出は2億5千万円程度、当時の銀行預金残高は7億6千万円ほどである。日露戦争臨時軍事費特別会計の決算額収入17億余りの内外国債で6億9千万、内国債で4億3千万を調達している。金本位制度を守ることは外国で公債発行をするための必須条件であり、例え内国債の発効であっても裏付けとなる準備金つまり金かあるいは金と等価とされるポンドを持ってなければならない。日清戦争を例にとると戦費の1/3が外国に流出しているので同じ比率だと当初の見込みでも1億5千万が流出する。当時の日銀所有正貨は1億1700万円で開戦時に正貨として持てる余力は5200万従って流出分の不足1億円だけではなく準備金も必要になる。政府は開戦前にポンド建て外債2千万ポンド(2億円)の募集枠を閣議決定し、高橋をロンドンに派遣した。

    1900年の国力の比較では人口、GDP、日露戦争当初予算のいずれもロシアは日本の3倍程度で、一人当たりGDPではほぼ並んでいた。ロシアとフランスが同盟関係でイギリスとドイツはロシアを警戒、日英同盟はあるが日露戦争に対してはイギリスは中立、アメリカと日本も当時は比較的良好な関係で英米は微妙だ。清朝の弱体化でロシアは沿海州を取得し、不凍港の旅順を租借し東清鉄道と南満州鉄道の敷設権を手に入れ沿線都市を植民地化していった。日本がロシアの満州権益を認める代わりにロシアは日本の朝鮮半島の権益を認めるよう申し入れるがロシアは相手にせず、アメリカとイギリスは満州権益の門戸開放を求めていた。元々の日露戦争の目的からするとすでに勢力化に置いていた朝鮮半島の確保だったはすで、欲を出して満州鉄道をロシアに成り代わり支配しようとしたことが後の第二次大戦につながっていく。満州人からするとロシアも日本も欧米も迷惑なことには変わりないが清朝はもはや力を持たない。

    高橋は第一回の公債発行に苦慮していたがそれを助けたのがクーン・ローブ商会のヤコブ・シフでユダヤ人を迫害するロシアに対しこれまでロシアのファイナンスに協力してきたが一向に改善されずならば日本に協力してロシアを弱体化させる方がましだと開戦前に日本の公債引き受けを密かに決めている。それでも開戦直前の日本公債発行が実施できるかは危ぶまれており、ジャンク債同様だったのでシフも慈善活動をするつもりはない。日本が有利になりそうならそこで恩を売るというのがシフの計算だった様だ。3月31日に高橋がロンドンに到着後一旦公債発行を諦めた高橋が4月22日にイギリスの銀行家カッセル卿配下のビートンに合い「もしも日本が、海戦同様陸上戦でも敵を打ち負かす決心なら、その時まで待った方がいい、ただし待ってる間にもチャンスには備えておるべきだが」と言う手記を残している。4月30日に鴨緑江の戦いに日本軍が勝ち、フからすれば鴨緑江の勝利でようやく参加条件に見合う物になったと言える。そして3日に晩餐会で高橋はシフに引き合わされ翌日クーン・ローブ商会は公債参加表明する。

    日本の公債利回りは3/31の6.43%からこの勝利で5%台にやや下がったがそれでもロシア公債の4.3%に対して1%以上のスプレッドがついており6/16に一旦0.76%と縮めたが203高地攻略に失敗した10月中旬には1.34%にまで拡がり、旅順要塞攻略に成功した12月末でもまだ0.74%ついている。欧米投資家にとっての日本はハイリスク商品のままだった。

    ロシアが売られるきっかけはバルチック艦隊がイギリス近くの北海でにわとり艦隊というイギリスの漁船団を砲撃したハル事件から、日本の幻の水雷艇におびえ漁船1隻を撃沈ししかも誤爆により巡洋艦2隻が被弾した。ついでニコライ二世がデモ隊を武力鎮圧した血の日曜日事件でさらに売られ3月にはとうとうスプレッドがなくなった。3/10の奉天会戦に勝った後も日本国債は売られ投資家の興味はいつ講和するかに移っている。バルチック艦隊は10/15に出航してからわざわざ近海運行用で船足の遅い艦船を随伴させ、マダガスカルで2ヶ月カムラン湾でも3週間停泊し5月末の日本海海戦に現れた。艦隊行動をとるにも遅い艦に合わせることになり敵前回頭がなくてもバルチック艦隊に勝ち目は薄かった様だ。

    後のデフレ退治でリフレ派がモデルとして讃える高橋是清だが日露戦争当時は財政均衡を重視している。高橋が調達した公債を返済したのは第一次世界大戦という神風だった。緊急時には禁じ手も辞さないでモラトリアムや金本位制からの脱退もやったがリフレ策の後は軍事費の削減に動いたのが原因で暗殺されてしまった。
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    投稿日:2014.09.13

ブクログレビュー

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  • 小松福門

    小松福門

    戦争するのってめちゃくちゃお金がかかる。銃弾一発もタダではない。当時の日本は明らかに資金不足で戦争を続けるには外国からの外貨調達が必須だった。政府から命じられて欧米に向かった高橋是清氏と深井英五氏。日本の財政事情に止まらず、英ポンド中心の国際金融市場、ユダヤ人たちの思い、モルガン家の勃興など様々な視点から全く新たな日露戦争像を示す、金融版「坂の上の雲」。最後までドキドキしっぱなしで読み応え抜群の良書。続きを読む

    投稿日:2023.07.14

  • matsunokaori

    matsunokaori

    日露戦争の影の英雄、高橋是清による日露戦争開始後の苦難の資金調達の戦い。新興国日本というベンチャー企業の資金調達の物語としても読める。
    日英同盟とはいうものの、商売は別ということ。その現実を飲み込みながら、英米の投資家から投資を受けるために、走り回る。
    戦争遂行に戦費が必要なのは自明だが、ビジネスの側面がついて回り、投資家との駆け引きがなされる。英米の投資家の熟練が見てとれる。
    また、日露戦争の時点においても、米国が英国から金融覇権を奪い取ろうと力を蓄えているのがわかる。
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    投稿日:2022.10.30

  • kncskm

    kncskm

    このレビューはネタバレを含みます

    日露戦争の前後、戦争を始めると物資の調達が必要で、物資の一部は輸入に頼るために対外支払いが必要になる。当時は金本位制が採られていたので『じゃぁお金をたくさん刷りましょう』というわけにもいかず、金(gold)が必要になる。自力で急に外貨が獲得できるようになる訳でもないので、足りない分は借りて賄わなければならない。
    借りる?誰が?誰に?という段で、特命を受けて欧米渡った人たちと、それを迎えた人たちの話。

    目的は戦争遂行のためだし、借り手は極東の新興国、ロシアの行く末はヨーロッパの国々の均衡に影響が大で、差別や偏見なんて言葉があったかどうかも分からないくらい当たり前のように見下されている。こんな具合のとても政治的な借金の交渉記録を、1日単位で見て行く。

    『契約調印日の朝にようやく米国側からOKの返事が来た』みたいな綱渡りの仕事を実生活でもしているためか、刻々と変わる状況を追体験しているような気分。卑近な話ですが。

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    投稿日:2021.06.12

  • eisaku0330

    eisaku0330

    面白い!文章・STORYが上手
    1.国際金融-1900年鉄道投資に過半 新興国投資日本も
    2.日露戦争の財政 伊藤博文だけが困難を認識
      金子堅太郎は協力要請を断る ルーズベルト人脈
    3.1902年日英同盟はロンドン市場を
      1899年第二次ボーア戦争で余裕はない
    4.NYヤコブ・シブ ロシアのユダヤ人迫害へ対抗
    5.日本海海戦の衝撃
    「サンクコスト」が日本国を滅ぼした
    満州は20億の金と10万の命により獲得(小村寿太郎)
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    投稿日:2020.12.28

  • Tommy

    Tommy

    金融史を学びたく手に取った一冊だが、長編と言う事で読み始めるまでに時間がかかっていた。しかし、読み始めるととてつもなく面白く一気に読み切ってしまった。戦争をするためには資金が必要で、新興国日本が資金調達のため奔走し、日露戦争後には先進国の仲間入りを果たしていく姿は、明治と言う激動の時代を感じる。今ではなくなった金本位制が先進国の証だったり、国を超えた人とのリレーションが世界を動かして行くと言った世界観が日露戦争の裏側では存在していた。続きを読む

    投稿日:2020.05.20

  • W. Yuriko

    W. Yuriko

    名著すぎる。日本の財政事情に止まらず、英ポンド中心の国際金融市場、ユダヤ人たちの思い、モルガン家の勃興などなど、視点はとても広く、日本の立ち位置がとてもよく分かる。当時の時代の空気感が、市況データ、手記、電報、内外の新聞記事をもとに丁寧に描かれていて、資金調達なんていう一見味気ない切り口ながら、日露英米の人間模様が生々しく炙り出されている。もっと早く読めばよかったー!続きを読む

    投稿日:2019.11.23

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