なくしたものたちの国
角田光代(著)
,松尾たいこ(著)
/集英社文庫
作品情報
いつのまにかなくなったもの、というのが、人生にはたくさんある。たとえば、赤ん坊のときに好きだったぬいぐるみ。水玉模様のかさ。初めてできた友だち。恋とは気づけなかった幼くてまばゆい初恋・・・・・・。松尾たいこの彩り豊かなイラストから角田光代が紡いだ5編の小説には、そんな愛しくてなつかしい記憶がぎっしり。人生の出会いと別れをこまやかに綴った、せつなくもあたたかい作品集。
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商品情報
- シリーズ
- なくしたものたちの国
- 出版社
- 集英社
- 掲載誌・レーベル
- 集英社文庫
- 書籍発売日
- 2013.08.01
- Reader Store発売日
- 2014.02.14
- ファイルサイズ
- 2.1MB
- ページ数
- 208ページ
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この作品のレビュー
平均 4.1 (57件のレビュー)
-
あなたの宝物はなんですか?
ー はい、家族です。
さすが!カッコいい回答ですね。他にはありますか?
ー はい、元気な体です。
上手いですね、そうですよね、それが一番ですよね。
では、今から十年、二十…年、三十年前のあなたの宝物はなんだったでしょうか?十代の頃、さらにもっと前の幼少期のあなたは今と同じ回答はしないはずです。思い出してみてください。あの時、あの頃、大切に枕元に置いて一緒に寝たぬいぐるみ、どこへいくときも大切に胸に抱いて放さなかったおもちゃ。その時代のあなたが大切にしていたものがそこにはきっとあったはずです。十代の頃の宝物、もっと前の幼少期の頃の宝物。では、その大切にしていた宝物をあなたは今も手元に持っているでしょうか?恐らく多くの方にとって、それらは既に手元にないものではないでしょうか?あんなに大切にしていたものだったにもかかわらず今は手元にはないかつての宝物たち。では、そんなものたちは今どこにあるのでしょうか?どこに行ってしまったのでしょうか?もう、二度と会うこと、手にすることはないのでしょうか?なんだか、そんな風に考え出すととても切なくなりますよね?でも大丈夫。そんなものたちが向かう国、そんなものたちが、今も変わらずそこにある、そんな国があるのだそうです。そして、そんな国のことを「なくしたものたちの国」と言うのだそうです。これは、そんな国にまつわる物語。角田光代さんが優しさの限りを込めてあなたに送るファンタジーの世界です。
小学生だった主人公が大人の女性になっていくまでを五つの短編が織りなす連作短編の形式を取るこの作品。ふわふわとした夢心地の世界に誘う、角田さんのファンタジーの世界。そんな中でも子ども時代の主人公が登場する一編目と二編目が絶品だと思いました。そう、そんな一編目〈晴れた日のデートと、ゆきちゃんのこと〉は、もう冒頭の一行目からあなたを一気にファンタジーの世界へと誘います。
『うそだと言われると思うけれど、わたしは八歳まで、いろんなものと話ができた。すべて、ではない、言葉がわかるものと、わからないものがあった』という主人公。『飼っていた猫のミケの言葉はわからなかったのに、毎朝庭にくるトカゲの言葉はわかった』という幼少期の主人公。『何が話しかけてきてだれの言葉が理解できないか、まったく予測がつかない』ことに戸惑う主人公。『そうっとドアノブをまわさないと、そのノブが「いてえな!」と叫ぶかも』と不安がり、『よく注意して聞かないとバスの運転手が言っていることがわからない』と不安がる日々に『わたしはびくびくした子どもだった』という主人公。そんな主人公は『ほかの人と違うということを知られてはいけないと思』いつつ幼い時代を過ごします。そして、小学校の『入学式の日、父と母に連れられ』た主人公は『幼稚園の数十倍の子どもたちがいるのを見てこわくなって、逃げだし』ます。校庭の裏に『動物舎があったのだった。鳥舎と。山羊舎と、うさぎ舎』を見つけて近寄る主人公。『あたし、ゆき』と突然山羊が喋ります。『雉田成子です』と山羊をまねて名乗る主人公・成子。『ナリちゃんさあ、そこにある枝を放ってくれなあい』という山羊に枝をとってあげると『歯がゆくって!』と枝をかじる山羊。『学校ってどんなところ』と訊く成子に『騒々しいところだわよ。でもまあ、悪いところじゃないと思う。毎日毎日、ずいぶん大勢がくるみたいだもの』と答える山羊。そんな山羊と会話する日々を送る成子に、ある日山羊は『ひみつがあるんだけどー』と話しかけます。『あたし恋をしているの。それがびっくりしないでね、相手は学生さんじゃなくて先生なの先生。音楽の先生』と耳元で声を潜める山羊。『恋』というものがよく理解できない成子は『あのさあ、恋ってどんな感じ?』『あのさあ、恋ってどんなふう』といろんなものに訊いて回ります。そして、夏休みに入って山羊舎に行くことのなくなった成子。やがて、そんな夏休みが明けた初日、ふと、周囲が『静か』だと感じる成子。昨日まで成子に話しかけてきたものたちが『話しかけてこなかった』と気づきます。そして、『八歳だった夏休みが終わったあと、わたしは、いろんなものと話すことができなくなった』ことを知ります。そんな成子は山羊舎へと向かいます。そして…というこの短編。冒頭から一気に連れて行かれるいきなりのファンタジー世界には、とても愛くるしい、そして素直で優しい主人公・成子の幼少時代の『いろんなものと話ができた』という不思議な体験が丁寧に描かれていました。まるで夢を見ているかのようなその物語。そして、この印象がその後に続く大人になっていく成子の世界観に深みを与え、印象深く物語を繋いでいきます。
「なくしたものたちの国」というとても不思議な書名のこの作品。あなたは『なくしたものはありますか?』と聞かれた時、なんと答えるでしょうか?いや、落とし物なんてしたことはないし、なくしたものなんて思い浮かばない、そんな風におっしゃる方もいるかもしれません。でも、本当にそうでしょうか?『なくなったのに気づかないものってたくさんある』のではないでしょうか。二編目の〈キスとミケ、それから海のこと〉では、そんな問いに銃一郎の言葉を通して角田さんはこんな風に答えます。『昔の写真を見るとすごくよくわかる』。そう、子どもの頃の写真。『ぬいぐるみとか、帽子とか。ああ、これ好きだった、とか、これ持っていた、とかいうものがたくさん写ってる』という確かにその時代を共に過ごしたはずなのに、今はない『なくしたものたち』がそこに写っていることに気づきます。大切なものだからこそ、いつも一緒に過ごしていたからこそ、一緒に写真に残ったそれらの宝物たち。確かにそんな風に言われて思い出すと、小学校の頃毎晩枕元に置いて寝たあの図鑑。おばあちゃんに買ってもらったあのおもちゃ。あの時あんなに大切にしていたのに、こうして写真にも一緒に写っているのに、一体どうしたんだっけ?、と思い浮かんでくるものが私にもたくさんあります。生きてきた時間の長さに比例して、物凄い数のものと出会い、そのものを愛し、そして意識にさえ残らず消えていった宝物たち。そんな『なくしたもの』に焦点を当てるのがこの作品でした。そして、『なくしたもの』たちが今もある・いる国。『なくしたものたちの国っていうのがあるんじゃないかな』と銃一郎の語りを通して角田さんはそんな国のことを読者に問いかけます。『子どものころからなくしものが多い』と語る角田さん。『あったものは、もしかして、無になったのではなく、どこかに在り続けているのではないか』と『あとがき』で問いかけます。かつて一度は身近にあったものたち、それはかつて一度は私たちが愛情を注いだことがあるものだったはずです。そんなものたちが『ひっそりと。息をひそめて。わたしの見る世界とは、決して交わらない場所に、でも、確固として今も在るのではないか』と続ける角田さん。今はもう手元にないものたちを思い、こうして物語として描きあげる角田さんの深い愛情と、かつて時を共にしたものたちへの優しい眼差しを、五編通して強く感じました。
この作品を通して、かつて大切なものをなくしてしまっていることに気づく私たち。それらは、かつての自分自身のその時代を彩り、その時代を生きる支えになってくれたものだったのだと思います。私たち人間は、思った以上に移り気だと思います。成長すれば、人生のステージが変われば、かつて大切にしたものたちにとって変わって、新しいものたちとの時間が始まります。それが成長するということだとも思います。でも、ふと、かつての時代を共にしたものたちのことを思う時、それらは『なくしたものたちの国。村でも星でもいい。なくしたものたちの場所があって、みんな、そこに移動している』。そんな考え方ができることを教えてくれたのがこの作品でした。
なくなったもののことを思いやり、それは「なくしたものたちの国」にあるんだという気持ち。そんな気持ちは、そんなあの日の宝物たちにきっとまた会える日が来る。いつかどこかで巡り合える日が来る。だってそれはそこにあるのだから、というとても前向きな気持ちに繋がっていきました。そんな角田さんが描くこの物語。なんて優しい気持ちに包まれる物語なんだろう、そんな風に感じた作品でした。続きを読む投稿日:2020.10.01
このレビューはネタバレを含みます
日常を描いているようで、その中に起こるちょっと不思議でファンタジックな事柄を日常に落とし込んでいるような気がする小説でした。ヤギのユキちゃんだって、ミケの生まれ変わりの銃一郎だって、ナリコ以外の人にと…ってはただのヤギでありただの少年なのに、彼女たちを特別大事に思っているナリコにとってはかけがえのない大事な人たちなんだと思いました。そういう大事に想われた経験のあるものだからこそ、無くなってしまった後に「なくしたものたちの国」へ行けるのかなと考えました。続きを読む
レビューの続きを読む投稿日:2023.05.11
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