本屋さんのダイアナ
柚木麻子(著)
/新潮文庫
作品情報
私の名は、大穴(ダイアナ)。おかしな名前も、キャバクラ勤めの母が染めた金髪も、はしばみ色の瞳も大嫌い。けれど、小学三年生で出会った彩子がそのすべてを褒めてくれた――。正反対の二人だったが、共通点は本が大好きなこと。地元の公立と名門私立、中学で離れても心はひとつと信じていたのに、思いがけない別れ道が……。少女から大人に変わる十余年を描く、最強のガール・ミーツ・ガール小説。
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商品情報
- シリーズ
- 本屋さんのダイアナ
- 著者
- 柚木麻子
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮文庫
- 書籍発売日
- 2016.07.01
- Reader Store発売日
- 2016.12.16
- ファイルサイズ
- 0.8MB
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この作品のレビュー
平均 4.3 (374件のレビュー)
-
あなたは自分の名前が好きですか?
この世には人の数だけ名前があります。人はその名前と一生を共にします。そんな名前をつけてくれた人がこの世からいなくなってもその名前と共に長い人生を送ります。人は生き…ていく中で、衣食住の全てにおいて自身の好みに合わせてそれらを自由に選んでいきます。しかし、一生を共にする、生きている限りいっ時も離れることができないにもかかわらず名前だけは他人がつけたものを使い続けなければならないというのはよく考えるととても不思議なことだと思います。
とはいえ、付けられた名前を気に入っているのであればなんの問題もありません。しかし、人の好みは千差万別です。必ずしも自分の名前が好みであるかどうかは別物です。昨今、”キラキラネーム”と一括りにされる名前の存在があります。”当て字で間違った読ませ方や、しばしば暴走族が好む発音に文字を当てはめたような名前”とも定義されるその名前。一方で『彩子』という一見何の変哲もない名前でも、本人が『子がつく名前なんてめずらしいでしょ。おばあさんみたい』と気に入らない場合もあります。大切なのは本人がその名前に納得しているかどうか、ということだと思います。
さて、そんなことを念頭に置いていただいた上で、この作品の主人公のことを見てみましょう。この作品の主人公は『矢島ダイアナ』という名前です。『ダイアナ』は、漢字では『大穴』と書きます。『毎週のように府中の競馬場に出かけて、まったく働かずに賭け事だけで生計を立てていた』という父親。『競馬や競輪、競艇で賭け金の百倍を超える当たりを意味する』『大穴』という言葉をそのまま名前に使って『あんたが世界一ラッキーな女の子になれるように』とつけたというその名前。そんな命名理由を聞いて『この名前のせいで、ダイアナは八歳にして未来に絶望していた』と感じるダイアナ。この作品は『自分の名前が大嫌い』というダイアナの物語。そんなダイアナと知り合って『ダイアナなんて名前で羨ましいなあ』という彩子の物語。そしてそれは、そんな二人が時には親友として交わり合い、時にはお互いを意識し合いながらもそれぞれの青春を駆け抜けて大人になっていく様を見る物語です。
『新学年の一日目がなんとか晴れてよかった』と、『三年三組の新しいクラスメイト』を『後ろから眺めるのは』主人公の一人・矢島大穴(やじま だいあな)。『自分の名前が大嫌い』というダイアナは『毎週のように府中の競馬場に出かけて』いたというダイアナの父親と相談して『あんたが世界一ラッキーな女の子になれるように』と名付けたという由来を母親から聞いて『八歳にして未来に絶望してい』ました。そんな母親は『勤め先のキャバクラで使っている』『ティアラ』という名前を普段からダイアナにも呼ばせています。そんな時『とうとう、自己紹介の順番が来』たダイアナは、『矢島ダイアナです。本を読むのが好きです』と『できるだけ小さな声』で言ったものの『あの子、外国の子?』『髪が金色だよ』と『ひそひそ話』をされてしまいます。休み時間になって髪の毛のことを話題にされ、『ダイアナなんて変な名前』と名前のことも指摘されるダイアナ。その時でした。『ダイアナは変な名前じゃないわよ』と、『真っ黒なおかっぱ頭の女の子』が話し出しました。『「赤毛のアン」って知ってる?アンの親友はダイアナって言うんだよ』と続ける女の子は『ダイアナなんて名前で羨ましいなあ』と微笑みます。『私は神崎彩子(かんざき あやこ)っていうの』と自己紹介する女の子を見て『この子と仲良くなりたい』と願うダイアナは、『学校が終わったら、中央図書館に行くの… 一緒に…行かない?』と勇気を振り絞って彼女を誘いました。そして、場面は替わり、『早く、早く』と家に急ぐのはもう一人の主人公・神崎彩子。そんな彼女の頭の中は『親しくなったばかりの素敵な名前の美少女でいっぱい』でした。『矢島ダイアナ… こんなに早く親しくなれるなんて』と、『一年生の頃に図書館で見かけて』以来、ダイアナのことが気になっていた彩子は喜びを隠せません。図書館前に行くとダイアナが座ってハンバーガーを食べていました。『一度も買い食いをしたことがない』彩子はダイアナを『ひどく大人に思』います。そして、彩子は『欲しいものとかやりたいこと、ある?』と訊くと『私、大人になったら自由に名前を選びたいんだ』と答えるダイアナは、『十五歳になったら… 普通の名前に変え… お父さんを探しにいくんだ』と続けます。そんなダイアナを見て『物語のヒロインみたい』とうっとりする彩子は、『ダイアナっていい名前だと思うよ…うちにね、「秘密の森のダイアナ」って絵本があるの…一緒に読もうよ』と自宅に誘います。『面白そう。その本、読んでみたいなあ』と約束が成立した二人。『三年生は楽しい一年になりそうだ』と、『「赤毛のアン」でアンとダイアナが親友にな』った場面を思い起こす彩子。そんな二人のその後の日々が描かれていきます。
『字が読めるようになるずっと前から、自分の名前が大嫌いだった』というダイアナと、『ああ、ダイアナなんて名前で羨ましいなあ』という彩子の二人が等位のダブルヒロインを務めるこの作品。『小さな頃から繰り返し金色に染められ』てきたダイアナと、『つやつやした黒髪』の彩子の似顔絵が本文中に交互に登場し、視点の切り替えの目印の役割を果たすという面白い工夫がなされています。そんな物語で特徴的なのが段落を下げて本文との違いがわかるように記述されていく小説内小説「秘密の森のダイアナ」の存在です。『児童書なんだけど、大人が読んでも引き込まれる』というその物語は、『意地悪な魔法使いのせいで、両親と生き別れになった少女ダイアナが森の動物や妖精達に助けられ、自分の力で生き抜いていく』様を描いたものでした。そんな物語は、彩子が『うちの父が昔、担当したの』と幼い頃から作品に接点を持ち、その主人公の名前がダイアナであったところから、同じクラスになったダイアナにその本を紹介することで二人を結びつけていく役割を果たしていきます。小説内小説が登場する作品は多々ありますが、この作品の特徴は、主人公が同じダイアナであること、そして、後半になって一つのキーワードになっていく『呪いを解く』という言葉の先に物語が描かれていくことです。小説内小説「秘密の森のダイアナ」は、それなりの文章量をもってその存在が小説内に提示されますが、単独でもこの物語を読んでみたい、そう強く感じさせるとても魅力的なお話だと思いました。
そして、この作品は『本を読みふける時だけ、ダイアナは自分を取り戻すことができる』、『こうして家で本だけ読んで過ごせないか、と思う時がある』というダイアナの存在もあって、さまざまな『本』の名前が登場します。『外国の本が好きでした。女の子たちがみんなが通る「赤毛のアン」、「秘密の花園」、「若草物語」、「小公女セーラ」などを読みました。全部好きなんですが、特に「赤毛のアン」が好き』と語る柚木麻子さん。そんな柚木さんの思いそのままに登場する『本』の内容が作品をリードする場面は多々あります。例えば『山の上女学園』で『文芸部の部長』としての日々を送る彩子。一見充実した日々を送っているようにも見える中で『彩子は「風と共に去りぬ」の三巻にすみれの押し花の栞を挟んでそっと閉じた』というシーンです。『南北戦争や人殺しを経験したいわけではないけれど、この穏やかで平坦な毎日があと三年以上も続くと思うと、思いきってなんでもいいからひっかき傷をつくりたくなってしまう』と思う彩子。『大人になって振り返った時、胸がひりひりしたり、切なくなったりするような思い出が一つもないなんて、それはやはり悲しいことのように思えた』と現状を憂います。こういった形で極めてさりげなく登場する『本』の数々。「ライ麦畑でつかまえて」、「カレンの日記」、「ナルニア国物語」、「メアリー・ポピンズ」、そして「丘の家のジェーン」と次々と登場する『本』の数々。読書歴が二年しかない私には全く未知の世界ですが、これらの作品を知っていれば、この作品の奥行きはもっともっと広がっていく、他の作品の内容にサラッとリンクさせることで物語世界の奥行きを巧みに広げていく柚木さんの手法にとても上手さを感じました。
そんなこの作品はダイアナと彩子を等位のダブルヒロインとして登場させるという面白い構成をとっています。『漢字で「大穴」と書く』『自分の名前が大嫌い』と『八歳にして未来に絶望』していたダイアナ。そんな名前を『ダイアナなんて名前で羨ましいな』と現れた彩子。そんな彩子は『子がつく名前なんてめずらしいでしょ。おばあさんみたい』と自分の名前を対の話題にすることでダイアナに親しく接していきます。そんな二人の境遇は全くと言っていいほどに正反対です。経済的に恵まれた家庭に育った彩子は例えば文房具も『自由が丘の文房具店で買ってきた、フランス製の高級品』です。しかし、そんな彩子にはダイアナが持つ『光るシールや蛍光ペンや人気アニメのキャラクター』の文房具が魅惑的に映ります。一方で『水商売をしながら女手一つで自分を育てている』という母親と二人暮らしのダイアナにとっては『彩子の家にはダイアナの欲しいものすべてがあった』と映ります。そんな二人が小学三年の第一章〈”ほんもの”の友達〉で出会い、第六章〈呪いを解く方法〉では22歳の大人の時代が描かれるというまさに14年の長きにわたってその対照的な人生が描かれていきます。なんとも微笑ましいまでの小学三年生の二人の姿が描かれる第一章だけ読むと、その後の二人が辿ることになる人生は意外性に満ち溢れています。物語のスタート時点の二人の置かれた境遇の違いがその後の二人のそれぞれの人生にどんな影響を与えていくか、極めて説得力のある柚木さんの描く物語にすっかり魅せられました。
そして、そんな物語において冒頭で提示された『十五歳になったら名前って自由に変えられるんだって。そうしたら私、普通の名前に変えるの』と未来の思いを語ったダイアナがその時にどんな行動を取るのか、そして、『お父さんを探しにいくんだ』とも語るダイアナが実際にどんな行動を取るのかは物語の最大の山場です。1990年代半ばから登場したと言われる”キラキラネーム”。この作品の主人公のダイアナ(大穴)は、まさしくその代表格とも言える名前を与えられて育ちました。『自己紹介の順番』を恐れ、『静かに過ご』したいと幼い頃から願い続けるダイアナ。流石にこの漢字含めたダイアナという名前はないだろうとは思います。そんな名前が『奇妙な名である』、『むずかしくて正確に読まれない』、そして『外国人とまぎらわしい』といった『「名の変更許可申立書」の「申立ての理由」』に合致するのもわかります。そして、第三章〈月光石のペンダント〉では、15歳になったダイアナが長年抱いてきた『私、普通の名前に変えるの』という思いを果たすべく具体的な行動に出る姿が描かれていきます。さて、その結末は、ダイアナは父親と会えるのか、そして、違う道を歩き出したダイアナと彩子のその後の人生は、と、物語は後半に向かって大きく動いていきます。良い人ばかりではなく、明確に悪人も登場する、でも”白”柚木な結末を見るこの作品。スクールカーストを描いた「王妃の帰還」も絶品でしたが、青春期を送る少女たちの内面を見事に描き出す柚木さんの真骨頂とも言える傑作だと思いました。
『みんながみんな、アンみたいに飛び立てるわけじゃない』、『アンの良いところをダイアナは自然に引き出してあげたんだ』という「赤毛のアン」の物語に、等位のダブルヒロイン・彩子とダイアナの人生を巧みに重ね合わせるこの作品。それは、『自分の心がけ次第で人生を変えることができる』と気づいていく二人の少女が大人になっていくのを見る物語でもありました。
『人生の道しるべになる』という私たちの名前。どんな名前にだってそれをつけた人の何かしらの思いがこもっていることを感じるこの作品。作品内に登場する数多の物語の名前が作品世界の奥行きを広げていくこの作品。少女たちの確かな成長を描く柚木さんの上手さをとても感じた素晴らしい作品でした。続きを読む投稿日:2022.02.05
大穴と書いてダイアナと読む女の子と、その親友彩子の友情の物語。お互いがお互いの環境を羨ましく思いつつ、でもリスペクトしながら付き合っている幼少期が微笑ましかった。
会わなくなってからも影響を与え合う2…人の友情の深さが羨ましい。続きを読む投稿日:2024.05.02
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